めざめてソラウ   作:デミ作者

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イリヤちゃん出ません(全ギレ)


ソラウちゃん十六歳

 大英博物館の地下にある『時計塔』、魔術師たちの工房の集うそこは、当然と言うべきか空気が悪い。工房を構えるには適した立地ではあるものの、その雑然さや品のなさ、また、周囲に他人の工房が存在することに忌避感を覚える者はそれ以外の場所――例えば講師なら自らが教鞭をとる学園都市に工房や研究室を構えたり、あるいはそれらを二つ、三つと持つ者も存在する。

 そして俺が今向かっているのも、そんな一人の魔術師が複数構えた工房の一つだった。

 

「おはようございます、レディ・ソフィアリ!」

「レディ・ソフィアリ! 今日もお美しい!」

「ねえ、見て! 三国の女王(トリプルクイーン)よ!」

「うわぁ……可愛いし綺麗、いつ見てもクラッと来るな」

 

 目指す研究室は鉱石科の奥に存在する。それ故に学術都市の中を突っ切り、教室棟の廊下を歩き、教室や図書館と言った様々な施設の複合された多目的施設を進むのだが――扉を開け、角を曲がる度に歓声が彼方此方の生徒から飛んでくるのだ。

 

「御機嫌よう。今日も魔導の探求、頑張ってね?」

 

 そんな事態に陥った原因は分かりきっている。自分のせいだ。

 数年前、父の補佐として時計塔に連れてこられた時分から、俺は精力的にある活動をしていた。それは、人の取り込み。勢力争いの渦中にあったソフィアリ家の立場を安定させるには、その勢力を支えるだけの人数が必要だ。それ故に俺はソラウの身体持ち前の美貌とオトコとしての感性を活かし、降霊科と天体科で、そして自由な出入りが許可されてからは鉱石科においてロビー活動――愛想を振りまき、笑顔を向け、誘惑し、魅了する――を行って来たのだ。

 その結果が、今の俺――降霊科学部長の娘であり、天体科学部長の秘蔵っ子であり、鉱石科学部長の()()()である『ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ』なのだ。

 そう、婚約者。

 俺はつい先日、婚約者候補から婚約者へと正式にランクアップしたのだ。お相手は勿論、みんな大好きケイネス・エルメロイ・アーチボルト。俺が十六歳となったのを見計らったように周囲が一斉に動き出し、元々原作通りに俺……ソラウにベタ惚れだったケイネスはそれを受けてここぞとばかりに喜び勇んで働きかけてきて。結局、周囲に流されるままに婚約関係を結んだと言うわけだ。

 最も、俺としてはハナからその関係を忌避していた訳ではない。理由はいくつも存在するが、一番大きな理由は『原作から逸れるから』である。

 原作通りに進んでゆけば、生存できる確率が加速度的に下がって行くことはどうしようもなく把握している。しかし、だからと言って原作を外れてしまうと何が起こりうるか。答えは、対策の出来ないまま不可避の死が訪れる可能性が出現する、だ。

 故に、俺は原作を辿る道を選んだ。原作を辿り、その隙間を抜けて、どうにか生を繋ぐ。虎穴に入らずんば虎子を得ず、危険を冒さねば死の運命など覆せないということだ。

 ……俺は生き延びる。その為に必要な事であれば、どんな事でもするし、どんな立場にも甘んじよう。

 ちなみに、婚約者となったからといってPC版stay night、hollow ataraxiaのようなことはやっていない。俺は未だに聖処女、もとい純潔の乙女(エリちゃん)である。中身はオトコだけど。

 というか、幾ら何でも男相手にPC版SNとかホロウとか無理なのである。父からの遠回しな圧力を素知らぬふりしてケイネスと学術的に魔術を高め合う仲に収まっていることはPC版SN的、ホロウ的展開に対しての予防なのである。

 ともかく、俺は純潔の乙女(エリちゃん)である。ついでになぜか、純潔の乙女(エリちゃん)であることが知られている――否、望まれているようでもある。主に一般生徒(シンパ達)に。それ故の、俺の立場であったりもする。まあ彼らならば俺がたとえどうなろうと傅き続けるのだろうけど。

 

「……まあ、その結果がこんなお姫様扱いなのは……ちょっとくすぐったいし恥ずかしいわね。悪い気は、しないけれど」

 

 とまあ、偉そうなことこそ考えているが、この待遇は中々どうして嫌えるものではない。もう十年前後ソラウとして、人の上に立つ生まれの魔術師として生きてきたとはいえ、元々中身は普通のオトコなのだ。傅かれるのも悪くない――などと考えていると、ふと、視界にある少年の姿が映った。

 人通りの多い大廊下から離れた、人気の少ない奥まった場所(そこ)。そんな所に立って、誰もいないのにおどおどとしている男など、俺は一人しか知らない。扉の前に立ち、ノックすべきかどうしようか迷っているであろう彼の肩を、俺はそっと叩いた。

 

「はい、おはようミスター?」

「うわあッ!? ごめんなさいごめんなさい、ボク怪しい者じゃ――って、ソラウさん?」

「ええ、ソラウさんよ。それではもう一度。おはよう、ミスター・ベルベット?」

「え、ああ――おはようございます、ソラウさん」

 

 ウェイバー・ベルベット。それが、ケイネスの講師室の前で立ち竦んでいる彼の名前だった。

 型月厨の中でその名を知らない者は存在しないであろう、誰もが認めるFate/zeroの正ヒロイン。かつ、後代においては他者の才能を見抜き、発掘し、導き、大成させる傑物。ロード・エルメロイ二世の名すら冠するようになる魔術師見習い、それが彼である。

 俺と彼の関係は、割と昔まで遡る。ケイネスの講義を生徒席側で受けていた際に図らずも(意図して)隣に座ったことが関係のきっかけだっただろうか。あるいは、彼が道を歩いていた時に曲がり角から飛び出て偶然に(狙って)ぶつかってしまったことか、もしかしたら何かの世間話の際に年齢が同じことにかこつけて期せずして(計画通りに)会話が盛り上がったことだったかも知れない。

 まあ何にせよ、俺は思いがけず(完全に狙って)未来の一級講師とのツテを手に入れていたというわけだ。

 

「それで、あなたはケイネスの研究室の前でどうしたの? 何だか、迷っていたようだけれど」

「ああ、それは……先生の講義について、疑問点や質問点を自分なりに考察したレポートを書いてみたんだけど、それを提出するかどうか迷ってるんだよ。けど、これは先生からの課題じゃなくて自主的に書いたものだからさ。提出して良いのかどうか困ってるんだ」

「あら……レポート? 良いわ、それ位なら私がケイネスに渡しておいてあげる。ケイネスも、私が薦めるのならちゃんと目を通してくれるでしょう」

「ほんと? ありがとう、助かるよソラウさん」

「構わないわよ。それに、ケイネスも講師なんだから生徒の面倒はきちんと見るべきではなくて?」

 

 そう言って、俺は彼に笑いかける。ソラウ四十八の美少女奥義の一つ、ソラウウィンクだ――だが、それを使うまでもなく、彼の瞳には仄かな熱っぽさが見える。

 さもありなん、考えてみて欲しい。公式で美女と評される俺のまだ少女と呼ばれていた時分、つまり美少女が隣に座ったり曲がり角からぶつかってきたりおしゃべりしたり。そう、ラブコメである。

そんなラブコメめいた状況に、彼が巻き込まれればどうなるか。答えは言わずもがなである。

 

「ほんと、その通りだと思うよ。――けど、ケイネス先生はよくやってくれてると思うよ。他の先生とは違って、形はどうあれボク達に熱心に指導してくれる。偶に……いや、結構な頻度で、歯に絹着せない正論でボク達を叱責するけど」

「それはそうでしょう。ケイネスもあなた達を導く立場なのだから、間違っていることをそのままには出来ないでしょう? あなたも、いずれケイネスからこっぴどくやられる日が来るかも知れないわ――あら、もうこんな時間ね」

 

 腕時計を見ると、三十分が経過していた。本日の予定よりも大幅に遅れてはいるが、まあ些細なことだろう。この三十分で未来の一級講師とのコネを更に強められたのなら、リターンの方が更に大きいからだ。

 

「あなたとの会話は時間を忘れるわ、困った人ね。それじゃ、私は行くわ。これはケイネスに渡しておくから、あなたも魔術の研鑽に精を出して頂戴ね」

「え、ああ……うん、それじゃ、また」

 

 ウェイバーが抱えたスクロールの束を受け取りつつ、そっと手の甲を撫でておく。茹で蛸のように顔を真っ赤に染め走り去る彼を横目に、俺はそのまま扉をノックした。ややあって、部屋の主であるケイネスから入室の許可が下りる。同時に、此方へ矛先を向けていた侵入者排除用のトラップの気配が薄れた。

 

「おはよう、ソラウ。少し遅かったじゃないか?」

「おはよう、ケイネス。ええ、少し友人と話していたの。これ、その友人から預かったものよ? 魔術的な仕掛けはされていないわ」

 

 部屋に入ると、ケイネスは読んでいた分厚い本を机の上に置いて歩み寄ってくる。その彼の手に、一瞬だけ起動した魔術回路ですら看破できる程に何の細工もされていないスクロールを手渡し、入り口近くの椅子に腰掛ける。俺専用に作らせただけはあって、座り心地は良好だ。

 

「ふむ、これは……ウェイバー君か。後で目を通させて貰おう。先日の課題についても目を通したが、彼自身は非才ではあるが、こうして自らの意見を纏め、プレゼンする能力は高い。君の言っていた通りだね、ソラウ」

「でしょう? それに、あんな態度で中々どうして思い切りも良さそうよ。切っ掛けがあれば化けるんじゃない――勿論、魔術師としてではなくまた別の何かに、ですけど」

 

 そう言って、俺は大きく伸びをした。伸びをすると同時に、たわわに実った胸が揺れる。zeroの登場人物の中で最も大きくなることは理解していた、言わば約束された勝利の胸(エクスカリバスト)ではあるが、第二次性徴からこっち、よくもここまで成長したものだと感嘆してしまう。未だに健全なオトコの精神を保っている俺にとっては色々と辛いものがあるが。

 だがまあ、これ()も使いようだ。健全なオトコである俺から見て魅力的であると言うことは、即ち世の大半の男から見て魅力的であると言うことだ。俺は、そんな胸の谷間から一つの試験管を抜き出した。

 

「あ、そうそうケイネス。ちょっと見てよ、ねえ」

「ど、どうしたのかねソラウ? な、なんだか今日の君は少しばかり刺激的に過ぎる気がするのだが――ああいやそれが悪いという訳ではなくて、むしろセクシーで構わないと私は思うのだが」

「ほらほら見てみて。月霊髄液(ハイドラ)模倣(コピ)っちゃった♡」

 

 語尾に茶目っ気たっぷりの小悪魔ハートを乗せた言葉と共に、栓を開けた試験管の中身を床に垂らす。その中身は水銀……でなく水。ただし、水銀の質量と性質を持ち、月霊(ヴォールメン・)髄液(ハイドラグラム)と同じ性能を有した水だ。試験管の口から溢れ出ると共に質量軽減の魔術が解かれ、床に広がってゆく水。しかし、それがカーペットや調度品を湿らせることも、染み込むこともない。まるで水銀のように広がったそれに一言呪文を呟くと、それは俺の意思に応じて球形に収束した。

 どこからどう見ても、透明であることを除けばケイネス・エルメロイ・アーチボルト渾身の礼装と全く同一。それを見て彼は、

 

「――――――ハァッ!?」

 

 絶叫した。絶叫し目を点にするケイネスを宥めすかし、模倣した月霊髄液を形状変化させて作り出した椅子に座らせる。そうして、俺は彼に模倣の仕組みを解説した。

 とは言っても、やったことは今まで幾度と無く繰り返してきた『置換』と『転換』だ。置換魔術を用いてオリジナルの月霊髄液を構成する概念、魔術式、質量、その他あらゆる要素の全てを投影六拍を踏んでコピーし、それを同じ体積の水に貼り付けただけ。もっと簡単に言えば、『月霊髄液』のクラスカードを『水』に夢幻召喚(インストール)したようなもの、と言えば分かりやすいだろうか?

 しでかした内容こそとんでもないことだと自覚しているが、今の俺……俺という魂によって特性が変化し、魔術回路をきちんと鍛え、魔術に関する造詣を深め、手術で身体にメスを入れ、そしてケイネス・エルメロイ・アーチボルトに師事したソラウの肉体にとっては、これは出来ないことでは無かったのだ。

 

「……いやはや、この私がここまで驚かされるとは。やはりソラウ、君は素晴らしい頭脳と実力を持っている。で、だね。それは理解したのだが、なぜ私の礼装を複製しようと試みたのだね?」

「そうね。私の魔術の完成度を試したくなった、というのも嘘では無いのだけれど――一番はやっぱり、あなたの為かしら?」

「私の、為?」

「ええ、あなたの為。月霊髄液は他に類を見ない程に優秀な礼装だけれど、弱点が無い訳では無いでしょう? 攻撃に回すと守りが薄くなったり、質量の関係で攻撃が単調になったり。でも、それらは月霊髄液が複数個存在すればカバーできる問題でしょう? だから、私はそれを増やそうと思ったの。そうすればあなたの安全はより磐石なものとなるし、ケイネスなら増えても問題無く操れるでしょう?」

 

 四十八の美少女奥義の一つ、ソラウ言いくるめを使用。あなたの為なのよ、というワードを繰り返し使うことで彼のハートをくすぐる技だ。そして、それは目の前の彼に対しては絶大な効果を発揮するのだ。

 

「ソラウ……! 君は、君はそこまで私のことを思って……!」

 

 まあ嘘だが。

 正確には、嘘も混じっている、だ。オリジナルの月霊髄液の弱点を補強するために作製したのは嘘ではないし、それがケイネスの安全を確保する為なのも本当だ。だが、それら全ては俺の為、俺が生き延びる為に行っているのだ。

 

「うふふ、気に入ってくれたみたいで何よりよ。……ああ、そうそうケイネス。私、今日はこれから礼装としての効果を備えた服を製作しようと思っているのだけれど、手伝ってくれるかしら?」

「勿論だ、構わないとも。君の構築する魔術式はとても美しい、私の参考にさせて貰うよ」

「もう、お世辞は要らないわよケイネス。それに、参考にしたいのは私の方だもの。礼装服のデザイン、あなたの好みに合うように作りたいもの」

 

 スマイルを飛ばし、ケイネスの気分を盛り上げる。彼の手助けがあるのならば、俺一人で作製するよりも遥かに高度な礼装としての性能を備えた服が完成するだろう。イメージはFate/Grand Orderにおけるマスター礼装。あれに準ずるものを作れたならば、そしてそれの性能を万全にすることが出来れば、生存確率はまた一つ向上するだろう。

 そんな事を考えながら、俺はケイネスと連れ立って工房へと潜っていった。

 ――机の上に置かれた、ケイネスの読んでいた本。背表紙に『聖杯戦争』と記されたそれを残して。




今回は『純潔の乙女』に『エリちゃん』ってルビ振ったのが個人的ベストポイントだと思います。
何のことか分からない人はCCCやろう、な!

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