東方読心録   作:Suiren3272

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第二十九話 ~お兄ちゃん~ Side:I

『――ねえ……お兄ちゃん』

『どうしたの?』

『またおむれつもどき、作ってほしい』

『ん、もうこんな時間か。今日も母さんは遅いみたいだし、そろそろご飯にしようか』

『うん……!』

 

 ――夢を、見ていた。

 

 小さい頃の夢。

 

 お母さんはいつも帰りが遅くて、正直寂しい。

 

 でも……そんな時の寂しさも癒してくれるような、優しい光みたいな存在。

 

 私は、お兄ちゃんが大好きだった。

 

 いつも私に笑いかけてくれて、私ためを想ってくれるお兄ちゃんが、大好きだった――。

 

* * *

 

 遡ること数時間前。突然起こったのは、目を疑うような現象だった。

 

「――お取り込み中、ちょっといいかしら?」

 

 何もない空間から突然、女の人が出てきたのだ。ふんわりしたスカートと変わった配色……不思議な格好をしたその女の人は、私の方を見ると、笑みを浮かべて言った。

「あら、あなたが碧翔の妹さん? とても可愛らしいわね……目のところとか碧翔にそっくり」

 皆、圧倒されて声も出ない。この人は一体……?

 

───────

 

「それじゃあ、あなたも幻想郷の住人だと……?」

「ええ、そうね。でも、住人というより管理者の方が正しいかしら」

 イレギュラーすぎる女の人の登場と共に、碧翔の話の現実味が増した。正直、突然の事にまだついていけてないけど……先ほどの裂け目の出現と目の前の人物が、これが現実の出来事だと物語っているようだった。

 

 その女の人は碧翔の方を見て問いかける。

「私は八雲紫。ゆかりちゃんでもゆかりんでも、好きなように呼んでね?」

「……あー……紫さん」

「あら、ノリが悪いじゃない」

 碧翔は、八雲と名乗った女の人の様子を窺いつつ考えている様子だ。……この人はどうにも胡散臭いというか、少し変わった雰囲気を持っている。まあ、目の前であんな現象を見せられたら、信じざるを得ないけど……。

 

「あなたは、幻想郷に戻る気はある?」

「…………正直」

 碧翔は、少し間を開けてから言った。

「……よく、分からない……ですね。どうしたらいいのか……」

 八雲は、再び私の方に目を向けると言った。

「私は歓迎するわよ? そうね……あなたもどうかしら?」

 

 ……は? 私……?

 先ほど、八雲から”幻想郷”についての説明は一通り受けた。結界によって現代日本とは隔離された世界。隔離されているため存在を認識できないだけで、正確には日本の一部だという。碧翔もどうやらこの事は知らなかったらしい。

 そんな作り話のような世界に、この一ヶ月間碧翔はいたと……。さっきも言った通り、にわかには信じがたい話だ。

 でも……私がそこに誘われる理由は?

 

「碧翔、あなたは妹さんが大事なんでしょう? 妹さんも碧翔のことが大事だと。ならいっそのこと、一緒に幻想郷へ来てしまうのはどうかしら?」

「おいおい、ちょっと待ってくれ。話についていけないのもそうだが、唐突すぎじゃねーか?」

 碧翔の友人の……蒼月だったっけ。彼が八雲へと問いかける。

「あら、悪い話じゃないと思うけど。第一、本人達に聞いてみないと分からないでしょう? どお? おふたりさん?」

 

 冗談を言うような口振りだけど……なんとなく、こちらの様子を窺っているような感じがする。

「蒼月の言う通り、いきなり過ぎるよ。これじゃ妹さんも混乱すると思うし、碧翔だって……」

 青澄も続けて言う。

 

 ……なんだろ、この状況。

 一緒に幻想郷に。正直、考えてもみなかったというか、分からないことが多すぎる。……実際どうなんだろうか。碧翔と一緒にいられるし、碧翔の悩みもなくなって。どんな場所かは知らないけど、少なくとも、碧翔は心惹かれたんだ……よね。

 

「……あの」

 小さい頃から、コミュニケーションは得意じゃなかった。碧翔みたいに人から好かれるようなタイプじゃないし、友達も多くないし、はっきり言って話すのは苦手だけど……。

 私は八雲に問いかけた。

「もし、幻想郷に行ったら……周りの人達は? 碧翔みたいにいなくなったら……また大騒ぎに、なるし」

「ああ……そのことなら心配いらないわよ? ありとあらゆる記録や、皆の記憶は全て消せるしね」

「……!」

 

 ……本当に、そんなことが可能なのだろうか……?

「もちろん能力を使えば、だけどね?」

「ああ……そういえば幻想郷の人達は、何かしら能力を持ってることが多いんだっけ……はは」

 皆が驚く中、碧翔はどこか納得しているようだった。幻想郷で過ごしていたからこそなんだろうか。

 

「ああ、それと、あの覚妖怪があなたのことを探してたわ」

「あ……さとりが?」

 と、碧翔の表情が明らかに変わる。

 さとり……? 女の人だろうか。知らないうちに他人と知り合っているというのは、なんだか少し寂しいような気がする。

 

「さとり……なんて言ってました?」

「んー? そうね……まあ、あの覚妖怪が、あなたが帰ってくることをどう思うかは別として……」

「……」

「……ま、あなたによろしくって言ってたわ」

「……そう、ですか」

 話の内容はあまり理解できないけど……碧翔が悩んでいることは確かだった。

 

「ちょっと……一日、考えさせてくれませんか?」

「私は構わないけれど。ちゃんと考えて、自分の答えを導き出したらいいんじゃないかしら?」

「……ありがとう、ございます」

 二人の会話を聞きながら、私は部屋の窓を見つめていた。

 

* * *

 

「っ――!! ……お兄ちゃ…………っ!」

 

 ぐっと意識が覚醒する。ぼやけた視界に映るのは部屋の天井。……寝てた、のか。

 身体に力を入れて起き上がると、部屋の窓を見つめる。外には、雲でぼやけた月がゆらりと浮かんでいた。

 ……お兄ちゃん、か。そう呼んでいた時は今より楽しかった。二人で繋ぐ生活。振り返ってみれば、碧翔のおかげで、今まで生活できてたんだ。

 寝起きのせいで、碧翔が帰ってきて、八雲が来たことまで夢だったんじゃないかと思える。でも、あれは紛れもない現実で……碧翔がどうするのかも、分からない。

 

 この一ヶ月間バタバタしてたし、最近はほとんど話してなかったからあんまり意識しなかったけど……やっぱり碧翔には一緒にいてほしい。それに、本来それが正しい答えなんだろう。でも……碧翔は迷ってる。迷ってるってことは、それだけ大切なもの、大事にしたいものが幻想郷(向こう)にもあるってことだ。

 

「……お兄ちゃん」

 

 やっぱり、私は――。

 

* * *

 

「……碧翔」

「ん……ああ……どうかした?」

 碧翔はリビングの椅子に座っていた。スマートフォンで何かを見ていたようだ。

「晩ご飯……どうするのかなって」

「本当だ、もうこんな時間か。何か用意するよ」

 そう言って立ち上がると、冷蔵庫の方へと向かう。何気ない会話にどこか既視感(デジャヴ)を感じつつも、碧翔が座っていた隣の椅子に腰を下ろした。

 

「碧翔が言ってた……幻想郷って、どんな感じ?」

 テーブルの木目を指でなぞりながら、一つ質問をしてみる。

「んー……不思議なところ、かな。景色がすごく綺麗なのと、向こうの人達と話してると楽しくて、なんというか、心安らぐ感じ」

 特別何かがあるって訳じゃないんだけどね、と付け加えると、碧翔は冷蔵庫を閉めた。

「でも、結局は居候って立場だしな……さとりっていう向こうの人に――いや、正確には妖怪なんだけど、大分お世話になったんだ」

 

 さとり……さっき言ってた人のことか。今回の話は……多分、その人も大きく関わってるんじゃないかと思う。

「……その人のことは、どう思ってる? ……大切?」

「え? まあ……さっきも言ったけど、さとりにはお世話になったし、一緒に過ごすうちに……確かに大切な人になったかな。もちろん、こいしや空、お燐も――あ、他の幻想郷の人達も同じだけど」

 知らない名前がいくつか出る。一貫して少し変わった名前だったが、全員女の人のようだ。

 この後もしばらく幻想郷について質問をした。幻想郷について語る碧翔は……よく分からないけど、色々迷っていながらも、どこか穏やかな感じだった。

 ……そっか。

 

 ――その日のご飯は、懊悩と決意の味がした。

 




なんかずっと前書きが似たり寄ったりだったんで、ちょっと後書きだけにしてみます。

──碧翔の妹─────
さてさて、そんなわけで今回は妹視点でした。皆に『妹さん』とか『あいつ』とかって呼ばれている通り、名前の設定がありません。他キャラに比べて不憫な気もしますが、最初の方から名前を出していなかったので、後付け設定感が出るような気がしてそのままにしてます。
口調はどこか淡々としているというか、話し方が途切れ途切れなイメージなのですが、私の技量不足で多分再現できてません。
外見設定は碧翔と同じくありませんが、個人的に低身長なイメージ。あ、あときっと可愛いはず!

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