東方読心録   作:Suiren3272

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どうもです。
また投稿にかなり間が空いてしまって、『次話投稿』という文字を押すのが随分久しぶりに感じました。
勢いに乗ってくると結構書けるので、なるべく頑張りたいです……と、いうことで。
それでは、どうぞ。


第二十七話 ~来訪者~ Side:A

「はぁ……」

 ため息。幸せが逃げると言われるけど、今は体が重くてしょうがない。少しでも軽くならないかと何度も息を吐くが、マシになるどころか心も含めて重く、圧迫されていく一方だった。

 

 今日は月曜日だが、今俺がいるのは家。昨日親が帰って来てから一連の流れは説明した。いっそ幻想郷のことを打ち明けてしまおうかとも思ったが、蒼月や青澄と話が食い違うと面倒になるし、何より信じてもらえる訳がない。

 蒼月達と連絡をとったり親と話し合ったりした結果、まだしばらくは学校を休むことになった。周りの人達に知れたら騒ぎになるし、俺の今の状態を考えて、ということなんだけど……。

 

 先程から流れているテレビ番組。芸人と思われる人達がなにか喋っているが、内容は全く入ってこない。

 俺はぼんやりと、昨日親と交わした会話を思い出していた。

 

 

​───────

 

 

「そういう訳だから、しばらく学校は休みなさい。少し様子を見た方が良いかもしれないし、ね。今週の土曜は私も仕事が無いから、その時に一度病院へ行きましょう」

「……ああ、ありがとう、母さん」

 俺は母にお礼を言うと、身体を伸ばすために椅子から立ち上がる。

 ふと廊下の方に目を見やると、丁度角から妹が出てくるところだった。一瞬目が合ったが、すぐに横の扉を開け、中に入っていく。どうやらトイレみたいだ。

 

「……あの子、碧翔がいなくなってから、家事とか結構するようになったのよ」

「え、そうなの?」

「ええ。最近は料理もやっているし⋯あなたも頑張らないと、そのうち追い越されちゃうかもね」

 母はそう言うと、使っていたコップを持って立ち上がった。

 

 あいつが料理って……確か三、四年前に俺を手伝ってキュウリを切っていたのが最後なんじゃないだろうか。いや、そもそもそれは料理とは言わないか。というか、家事とかってことは、もしかして部屋の掃除もあいつが? 俺がいた時から同じ環境が続いているということは……。

 

 

​───────

 

 

 部屋の時計から音楽が流れ、ふと我に返る。一時間ごとに別々の曲が流れるこの時計は、俺が小学校高学年辺りの時に買ったものだ。銀を基調とした色で構成されたシンプルなデザインで、これだったら何にでも合うからという理由で購入したんだったと思う。しばらく動かしていないため、埃は積もっているが、まだまだ健在だ。

そんな時計の針は丁度正午、十二時を指していた。⋯そろそろ昼食の時間か。

 

 実は今、この家には俺以外に妹もいる。どうやら土曜日にも特別授業があったらしく、今日はその振り返りで休みになっているらしい。

「昨日のあいつの顔……」

 睨みつけるように鋭く、それでいてどこか哀しさを含んでいるような複雑な表情。

 妹が怒る気持ちも分かっているつもりだ。俺だってあいつの立場だったら混乱するに決まってる。でも……何かが他の理由があったりするのではないかと、昨日の妹の言葉から違和感を覚えていた。

「……よし」

 このままじゃいけない。どうすればいいかは分からないけど、今はもう一度あいつと話してみるべきだ。

 そう決心すると、俺は妹の部屋へ向かうために、椅子から立ち上がった。

 

 

 家の廊下のフローリングは、古いからか歩くたびにギシギシと音がする。そのため、部屋にいても誰かが向かってくる場合はすぐにそれを察知することができた。何気に防犯対策かもしれない。多分俺が今部屋に向かっていることにも気づいているだろう。

 部屋の扉の前に立つと、一度深呼吸してからノックをした。……俺は幻想郷の住人とは違うからね。

 

「あー……起きてる? って、この時間で寝てたら流石にまずいと思うけど」

 呼びかけるが、返事はない。当然ながら扉には鍵が掛かってるし……。

「昨日はごめん。多分お前の気持ちをちゃんと分かってなかったんだと思う。昨日……いや、もっとずっと前に話をしておくんだった」

 そうだ。妹が部屋に篭もり気味になった時点で、ちゃんと向き合うべきだったんだ。今こうなっているのも、変に野放しにしていたせいだよな。

「人の気持ちとか探るの、苦手だからさ。なんでお前が今の状態になったのか、正直言って俺には分からない」

 廊下に置いてある観葉植物の土が乾いていた。

「でも、今回のことで感じたんだけどさ――やっぱり、俺はお前が大事みたいだ」

 

 窓から差す光が俺の体に当たり、廊下の壁に影を作る。それをぼんやりと眺めながら、俺は扉から離れた。

「……ごめん、やっぱりそんなこと言える立場じゃなかった、ね。俺はもう行くよ」

 そう言ってそこから離れようとした時、部屋の中から物音が聞こえてきた。扉に何かがもたれかかるような音と振動が伝わってくる。

「……羨ましくて」

中から突然、声が聞こえた。

「何でもできて皆に優しくて、周りから信頼されていて……何も出来ない私に手を差し伸べる……真剣碧翔という人間が、羨ましくて、妬ましくて、恨めしかった」

 

 中からまた少し音が聞こえ、それと同時に妹の声も遠くなった。

「でも、私は……私……」

「あ……あのさ!」

 とてもか細く、放っておいたら消えてしまうんじゃないかと感じさせるようなその声に、思わず大声を出した。気が付くと、体も扉にぴったりとくっつけている。傍から見たら意味不明な状態だ。

「ほら、もうすぐ昼だしさ、昔作ってたあの卵焼き、また食べない?なんて言ったっけ……ああ、擬似的洋風卵焼き(オムレツもどき)だっけ?」

 返事はない……と思われたが、かなり間を開けて。

「……うん」

 返ってきた返事に、安心して息を吐いた。

 

 

* * *

 

 

 擬似的洋風卵焼きと書いて、オムレツもどきと読む。いつだったか、妹と二人で考え出した名前だ。今考えるとネーミングセンスに少し笑える。見た目は普通の卵焼きだが中身が半熟になっているため、半熟卵焼き、と表現した方が正しいかもしれない。

 オムレツというのは基本焦げ目を付けず、全体的にふわっとした食感を感じられる食べ物だ。しかし、オムレツもどき(これ)は外側が結構しっかりと焼いてある。焦げ目も若干付くため、オムレツと卵焼きの間ということでこの名前になった。

 

 コンロに火をつけ、フライパンに油を入れる。充分に熱したところで、卵二つをかき混ぜたものを投入。ちなみに、少しだが塩コショウも入れてある。適度に混ぜ、まだあまり固まっていない時点でフライパンの下部に寄せ集め、ここで火を強める。そうすることで、卵の外側にだけ火が通るという仕組みだ。いい具合になったら卵を裏返し、少しだけ間を開けてから火を止める。余熱で中まで火が通らないようにすぐさま皿に盛り付け、最後にケチャップを端の方にかけたら完成。

 こう焼くことによって、外はカリッと(カリッとはしてないけど)、中はフワッと、というテレビ的表現を再現できるのだ。

 

「よし、できたよ」

 流石にこれだけだと昼食にならないため、ご飯に納豆、妹が作ったという味噌汁、野菜を切ってドレッシングをかけただけの超シンプルサラダなど、簡単なものを一緒に用意した。

 既に食卓に着いていた妹の向かい側に座り、手を合わせる。

「いただきます」

 そう言って、サラダに箸を伸ばす。

 ……幻想郷でさとり達と一緒に挨拶をして誰かと会話しながら食べるのに慣れていたからか、なんというか寂しい。今まではこれが普通だったんだけどな……。

 

 妹はしばらく目の前のテーブルを見つめていたが、しばらくすると俺が焼いたオムレツもどきに手をつけた。

「なんか懐かしいなー……こういうの」

「……」

 相変わらず無言だが、二人でご飯を食べること自体かなり久しぶりのため、俺は少し懐かしさを感じていた。

「しばらく作ってなかったけど、うまく焼けてる?」

「……ん」

俺と目は合わせずに、小さく答えた。

 

 と、ここで妹が作ったという味噌汁を飲んでみる。

 ……おお、なんと言うか……普通に美味しい。って、この言い回しをすると決まって親に『普通なのか美味しいのかはっきりしろ』って言われるんだよな。俺的には案じていたことがなく、ちゃんと美味しいものになってる、って感じの意味合いで使ってるんだけど。

 それにしても、料理か……。まぁ味噌汁くらいなら大きく失敗することは無いだろうけど、妹が料理をしている姿が全然想像できない。……って、ちょっと失礼か。

 

「あのさ、さっきの話なんだけど……」

「……」

 ご飯を食べていた手が、ピタッと止まった。

「俺って全然運動出来なくてさ。お前小学校の時、毎年運動会で活躍してたでしょ? ちょっと羨ましいなぁ、なんて思ってたんだよね」

 確かにちょっと不器用なところはあったけど、俺と違って前から運動は得意だった。俺みたいな運動できない勢からしたら妬ましいことこの上ない。ぱるぱる。

 

「だからさ、お互い様。なんだろう、どんな人でもそれぞれ良いところと悪いところってあると思うんだ。まぁその意味合いにもよるけど……。だから、悪いところを見るよりも、良いところを探した方が良いと思うんだよね」

 そんな簡単な話じゃないとは思うけど、何に対しても明るい方を見て、希望を持って行動した方が人生得なんじゃないかと思う。……んー、でもまあ、当たり前と言えば当たり前か? 何にしろ、俺はそういう生き方の方が良いと思うし、そうしていきたいと思ってる。いや、そりゃあ普段からずっと意識してるわけじゃないけどね。

 

 

「それに……この味噌汁、美味しいよ。料理してるところ見たことなかったからさ、作れるようになってて驚いた」

「……」

「それに、この家だって。昨日母さんから聞いたよ。俺の代わりに家事とか全部やっててくれたんだよね? ……なんか、本当に成長したな……ありがとう」

 

 外から近所に住む子供たちの遊ぶ声が聞こえる。平日のため、おそらく幼稚園に入る前くらいの歳だろう。

 

「ん……その。ごめん……昨日」

 

妹の声が、一つ。

 

「いや……俺の方こそ、今まで悪かったよ」

 

俺の声も、一つ。

 

 

 しばらくの静寂。紡ぎ出す言葉も見つからず……とりあえず食事を再開することにした。妹の方を見ると、先ほどよりも穏やかな表情になっている。俺にできることなんてほとんど無いけど、元々は俺のせいでもあるんだし、少しでも力になれたら嬉しい。人によっては偽善的とかって言われそうだけど……偽善とか偽善じゃないとか、その辺りはよく分からない。あんまりそういう話は好きじゃないし、普段から考えることもないし。俺はそんなこと、考える必要はないと思う。どんな思いで行動しても、相手の力になればそれで……やめよ、やっぱり俺はこういう話駄目だ。

 

 

「一つ……聞きたいんだけど」

 しばらく食べていると、妹が言葉を発した。

 

「碧翔は……記憶、本当に、無いの?」

 

 真っ直ぐな眼。俺は思わず、『それ』から視線を逸らした。

 ……そんな表情で問われたら、嘘なんて……。

 幻想郷のこと。こっちに来てからはずっと黙っていた。はたしてそれは、俺や皆のためになるんだろうか。……俺は。

 

 

「……あのさ、蒼月と青澄が来たら、話したいことがあるんだ」

 

 

* * *

 

 

「調子はどうだ? 何か思い出せたか?」

 

 夕方。学校帰りの蒼月と青澄が、昨日の約束通り俺の家に来た。俺は二人を昨日の部屋に案内すると、自分のスマホを片手に、その向かい側に座った。二人の横に、少し距離をおいて妹も座る。

 

「……そのことで話したいことがあって」

「思い出せたの?」

 

 青澄が問いかけてくるが、俺はそれを無視してスマホを操作すると、いつものギャラリーアプリを開いた。どれにしようか迷ったけど……とりあえず紅魔館を撮った時の写真を見せる。

 

「これ、なんだけど」

「うわ、大きい建物だね……。これがどうかしたの?」

 

 俺はもう一度スマホを手元に戻すと、今度はさとり達と撮った写真を表示させる。俺も写っているものだ。

 

「信じられないだろうけど……俺さ、本当は記憶が無くなったりなんてしてなくて……幻想郷っていう、異世界……? みたいなところに行ってたんだ。今まで嘘ついて、ごめん」

 

 三人は顔を見合わせる。スマホの写真も見せたが、やはり信じられてはいないようだ。当然か。スマホを渡して、向こうで撮った写真は全て見せたが、皆困惑するばかりだった。

 

「えーと……とりあえず落ち着いた方がいいんじゃないかな。多分、色々あって疲れてるんだよ、きっと」

 

 青澄の言葉に、俺は苦笑した。……やっぱりやめておけば良かったかなぁ。

 

 

 と、その時、不意に俺の横側の空気が揺らぐ。気のせいかと思ったが、直後、俺の横に何かが現れた。いや、空間が裂けた、とでも言うべきか。端にリボンが付いたその裂け目の中には、おぞましい程に大量の目のようなものが浮かんでいる。

 空気が揺れるような、痺れるような感じがするその裂け目の中から、一人の女の人が出てきた。

 

「――お取り込み中ちょっといいかしら?」

 

 

 




いかがでしたか?
後書きで書くことが無くなってきたので、しばらくはなんとなくキャラクターについての話でもしていこうかと思います。完全な雑談なので読み飛ばしOKです。

​​──真剣碧翔(まつるぎあおと)─────
主人公の碧翔は、当初は今よりも内気なキャラをイメージしていました。名前はGoogle先生で検索したものを繋ぎ合わせて作ったのですが、友人に「くどい」と言われ撃沈。
読者の方々にそれぞれのイメージをもって読んで頂きたいということで、外見設定は一切ありません。あ、でも序章の『さらさらとした風が髪をなびかせるが』という表現から、少なくとも髪の毛は生えてます。はい。

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