ムカデの姫   作:仕舞獅子舞

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囚われの犯罪者

百足の姫がトリガーを引く。銃声が店内に響く。

一発の銃弾が恐るべきスピードで狼面へと突き進み、彼の拳の前で弾け飛んだ。

百足の姫が撃つと同時にライカンスロープは腕を伸ばし、その射線上に自らの拳を置いたのだ。

 

「へぇ、すごいね、狼男さんの手! 銃弾受けても平気なんだ! 怖いなぁ、そんな手で殴られたくないなぁ……あっ、私、アイドルだから顔面殴るのはNGだからねっ!」

「心配せずとも、あたりにくい場所など狙わん」

「ふーん、顔に当てなくても十分威力あるってことね。うーん、嫌だなぁ。このお仕事、キャンセルすればよかったなぁ」

 

百足の姫が数歩、後ろに下がる。それに合わせてムカデも少しだけ後ずさった。

ライカンスロープの拳は当たればいいが、当たらなければ意味がない。対して百足の姫には遠距離武器、銃がある。ここはライカンスロープから距離をとり、相手の拳のリーチの外から、銃弾を叩き込むのが一番いい。

なのに、百足の姫は引き金を引かない。銃口を狼面へと向けているが、弾は発射されない。

ムカデが、動く。側面の壁から天井へと移動した 。さっきと同じように、天井から攻撃する気だろう。

だがそうすると、本体がガラ空きになる。

 

「判断を謝ったな、百足の姫っ!」

 

狼面が走る。一気に距離を詰め、その拳を前に突き出す。

一撃必殺。銃弾すら破壊する拳が、少女に迫る。

 

私は目を伏せた。少女が肉片に変わるその瞬間を見たくなかった。だが、いつまで経っても肉が弾け飛ぶ音は聞こえない。

 

「ハハッ! 今のは危なかったよ。まぁ、よけられないほどじゃないけどね」

 

目を開けると、少女が目の前にいた。彼女は息を切らさず、ただ目の前にいる敵の方を向いている。

おそらく、彼の拳を回避したのだろう。だが、どうやって? あの距離から避ける方法なんて、ほとんどないはず。

 

「……本体は雑魚だと思っていたが、我の考えを改めなければいけないようだな」

 

ライカンスロープが忌々しそうにそう呟いた。まさか、あの一撃を交わしたというのだろうか。狼面と少女の距離は1メートルもないように見えた。そこから繰り出された高速の一撃を、この少女はよけたというのか。

 

「雑魚ってひどいなぁ。だてに犯罪者やってないんだよ、私だって」

 

少女がトリガーを引く。ばら撒かれる弾丸。店内に響き渡る爆音。無数の弾丸が、狼面へと突き進む。

だが、当たらない。

狼面が手を前へ突き出す。それだけで、まるで見えない壁があるかのように、弾が全て弾かれた。

 

だが、百足の姫の攻撃は止まらない。狼面の頭上から、黒い杭が降り注ぐ。

ムカデからの攻撃を、狼面はすれすれのところで躱す。

何度も床に突き刺さり、そして引き抜かれる杭。ムカデが攻撃中も、少女は銃を撃ちつづけた。

弾丸は彼が腕を伸ばすだけで防がれ、杭は身体を逸らすことで避けている。一発一発が致命傷となりかねない。それなのに狼面の動きには、余裕がある。

 

銃撃が止んだ。弾切れ。少女はすぐさま弾倉を引き抜き、胸元から新しい弾倉を取り出す。

 

だが、その隙を逃す彼ではない。

 

ライカンスロープ、一気に後ろへ跳躍し、そのまま店外へ。ムカデが杭を彼へ向けて放つが、当たらない。

 

「時間だ。我は逃げることにしよう。また会おう、百足の姫」

「うわっ、ダッサ! そのセリフクサ過ぎ!」

 

少女もライカンスロープを追い、店外へ。だが、彼女は即座にとまり、その場で身をかがめた。

少女の頭上を黒い円盤が飛ぶ。回避されたそれは、そのまま店内に侵入し、未だ動けずにいる私たちの方へとーー

 

瞬間、天井から飛び降りたムカデが、円盤を地面に押さえつけた。

よく見れば、黒い円盤は、マンホールの蓋だった。はっとして前を向けば、もうそこに狼面の姿はない。

 

「逃げられちゃったかぁ。下水道の方に逃げるとは、やるなぁ、あの狼さん。流石になんか罠しかけてるだろうから、これ以上は深追いできないね」

 

百足の姫が、その手に持った銃をくるくる回しながら、店内に入ってくる。

主人の元へ這い寄るムカデ。その黒い身体を撫でながら少女は呟く。

 

「なんか手がかりでも、って思ったんだけどーー特になさそうだね。伸びてる人たち連れて帰ってもいいけど、場所がないんだよね」

 

ムカデをその体に巻きつかせた少女は、ゆっくりと店から出て行く。何か考え事をしているようにも見えるし、何も考えていないようにも見える。

私は震える足を叩き、なんとか力を込めて起き上がる。とりあえず危機は去った。今私がすべきことは、ここにいる客の避難だ。

近くにいた人の手をとり、起き上がらせる。誰もが憔悴し切った様子で、中には泣いてるものや、恐怖のあまり体が一切動かせなくなっている人もいた。

破壊された店内は早くも再生を始め、ムカデが作った穴や、ライカンスロープが殴った床を直していく。どういう原理かは分らないが、この町では一般的な光景だ。

倒れている人たちに肩を貸し、なんとか起き上がらせていると、店の外から騒音が鳴り響いた。とっさに視線を店の入り口へと向けるが、そこには何もいなかった。

 

あの、派手な服を着た少女すらも。

 

 

 

 

 

 

「さて、お説教タイムだ」

 

俺は近くに置いてあった一眼レフのカメラを、目の前にいる少女へと向ける。

オレンジ色がメインの派手な服と、同じくオレンジ色の巨大なリュックサック。作成者曰くピエロがモチーフのその衣装をきた少女、エミーこと黄原絵美をカメラのレンズに収め、シャッターをきる。

テレビで見る百足の姫と違い、彼女は黒髪メガネのおさげ。派手な衣装が恐ろしいほど似合わない。撮った写真を確認した俺は思わず吹き出した。

 

「……笑わないで、ください」

「いや、だって、これは笑えるぜ。似合わないったらありゃしねぇ! ハハハ!」

 

隣でカウンターを拭いていたマスターも、俺の肩ごしにエミーの姿を見て、思わず吹き出していた。

百足の姫が激闘を終えて、はや数十分がたった。ここは犯罪者である百足の姫の隠れ場である、会員制バー、ハインヴィーク。マスター曰くドイツ語で帰り道を意味するらしい。

 

そんなハインヴィークには今、開店前ということもあり、四人しかいない。一人はこの店のマスター、二人目は店の奥で睡眠を貪っているであろう猫又恵子、三人目は俺、相沢武榴。

そして四人目が、能力者、黄原絵美だ。俗に言う百足の姫の正体が、この地味な少女だと聞いて誰が信用するだろうか。しかし、彼女が百足の姫であることは間違いなく真実だ。

犯罪者でありながら犯罪者を狩り、いまだに誰も殺していない、町のヒーロー的な立場の少女。そんな百足の姫は今、床に正座させられている。俺によって。

 

「いいかエミー、もう一回言うぞ。お前には何度も、俺がOKと言うまで戦いに行くなと言ったよな」

「……はい」

「その理由は分かってるよな」

「姫の姿になるためには、薬が必要だからで、薬はかなり希少だからです」

 

人間の身体の形状を変化させる、少々特殊な薬だ。それを使えばどんな人間でもイケメンになれるし、男を女に、女を男にすることもできる。テレビで見かけるあの金髪少女の姿は、そんな魔法の薬を使用した結果だ。

ただし、科学技術が発展しているこの町でも市販されていないものだ。その理由は簡単。

 

「薬が何でできてるか、分かってるよな」

「猫又さんの、血です。猫又さんの血を投与したら、猫又さんが能力を使って、身体の形状を変えてくれます」

「薬のストックが足りなくなったから、さっき搾り取った。その意味が分かるな?」

「ごめんなさい!」

 

猫又の能力は、自らの血が投与された人間の形状を変えるというもの。だから薬を一つ作るために、彼女から血を抜き取る必要がある。

本来なら注射器一本分あればそれで十分なのだが、ここの機材の都合上、一度血を抜こうとすると血を大量に抜かなくてはいけなくなるのだ。

 

「猫又は貧血で倒れた」

「ごめんなさいっ!」

「俺に謝っても意味ないだろ……ったく」

 

俺はカメラをカウンター上に置き、椅子からおりる。

 

「お前に勝手に動くなって言ってた理由はもう一つある。それはお前がバカだからだ」

「結構厳しいんだね、武榴くんは」

「そりゃそうだよ、マスター。話ができる相手に殴りかかるとか、マジでなに考えてんだよ、エミー」

 

今の黄原絵美には、百足の姫の面影は一切ない。まるで叱られた犬のように、しょんぼりした様子の少女というのが、彼女の本当の姿だ。

彼女自身は本来気の強いタイプでなく、万引きすらできないほど臆病で、その上根っこからの平和主義。

 

「ったく、こいつが犯罪やってるとか、いまだに信じらんねぇよ」

「本当だね、武榴くん。このエミーちゃんがあの犯罪者とは、誰も信じてくれそうにないね」

 

俺はふと、バーの隅にあるテレビへと視線をやった。そこに映っているのは、あの派手な服を着た少女、百足の姫と狼のマスクをつけた犯罪者、ライカンスロープの姿。

さっきからテレビが報じているのは、襲撃したにもかかわらず金銭は取らなかった狼男達のことと、なぜか自分たちの情報をネットに拡散させるという、彼らの奇行だ。

 

「一応確認するぞ、エミー」

「……どうしたんですか、相沢さん?」

「その犯罪者、ライカンスロープは、確かに電話で誰かと話したりしてなかったんだな」

「はっ、はい。間違いないです! ちゃんとこの目で見ましたから!」

 

興奮したのか立ち上がろうとするエミーの頭を、人差し指で抑える。

 

「なるほどなぁ。ちょっと調べた方がいいことが増えたな」

 

俺がネットで確認した限りでは、襲撃者達はケータイで誰かと交渉している、というような情報が流されていた。

このネット社会では、稀に嘘の情報を流して楽しむ輩がいるが、そういうのは大抵、事件の翌日以降と決まっている。それが、現代の社会での暗黙の了解だ。

 

おそらく今回の嘘の情報は、ライカンスロープ達と何かしらの関係がある。もちろん何の関係もない可能性の方が高いが、それでも一切警戒しない訳にはいかない。

 

俺はエミーを床に正座させたまま、顎に手を当てて店内をうろつく。

 

「そもそも今回の事件の目的はなんだ? ……金が絡んでないとなると、やっぱり能力者の権利拡大を訴える類か?」

「えーっと、そのことなんですけど、テレビでは放送してないですけど、あいつら、確かにアンデッドだって……」

「エミーちゃん、敵の言葉を鵜呑みにしちゃいけないよ。アンデッドは犯罪組織の代名詞だから、とりあえずそう名乗っておけば、警察も強行突破をかけてこなくなるんだよ」

 

アンデッドは自分たちの目的のためなら、どんな手段も問わない犯罪者集団だ。そんな奴らが占拠している場所に警察が突入したら、人質はいったいどうなるのか。突入した警官達はどうなるのか。

答えは簡単だ。

 

全員死ぬ。事実、アンデッドが人質を取ってビルに立てこもった時、警察官63名と人質213名は帰らぬ人となり、その上で実行犯達は皆、能力を使用してどこかへと消えてしまったという。

この失敗から警察が学んだことは、アンデッドに手をつけたらマズイ、ということだった。

 

「でも、本当にアンデッドである可能性は捨てきれない」

「そうですよっ! アンデッドが絡んでる可能性は充分ーー」

「まぁそれは、元アンデッド様に聞いてみりゃわかる話だ」

 

俺はカウンターの奥にある扉へと視線を向ける。

この店のスタッフ用控え室の、マスター用のロッカーの隣。そこがこの店の地下倉庫への入り口となっている。

あそこに保存しているのは年代物の酒や店で使う塩やグラスのストックだけではない。百足の姫が使う銃や弾丸、代えの衣装、そして人間。

 

「マスター、猫又が起きたら独房を開けてくれ。話がしたい」

「えっ……」

 

あからさまに嫌そうな顔をするエミー。俺もできればあの部屋は開けたくないが、今回の場合は仕方ないだろう。

アンデッドが相手なら使えるものはなんでも使わないと、最悪死に至る。

 

「さて、エミー。俺からのお説教はこれでおしまいだ。お説教っぽいことは何もしてないけどな」

「……相沢さん、ごめんなさい」

「謝んなよ、エミー。勝手に動いたことに関しちゃ怒ってるが、芽衣を助けてくれたことについては、感謝してる」

 

芽衣が犯罪に巻き込まれたときいて、一刻も早く助けたいと思ったのは事実だ。今回のようにこちらに何の利益もない事件に首を突っ込もうと思ったのは、エミーだけではないのだ。

 

ふいにカウンターの奥にある扉が開かれた。中から出てきたのは青白い顔をした猫又恵子。

 

「うぅ、お肉食べたい……」

「あっ、おはようございます。猫又さん」

「ふあぁ、おはよ、エミーちゃ……ん?」

 

眠そうに目をこすりながら出てきた彼女の目が、見開かれた。

思わずしまったという顔をするエミーだったが、もう遅い。

 

「エミーちゃんかわいいっ!」

 

さっきまでの気だるげな感じは吹きとび、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のような目で、自身の肩ほどある高いカウンターを飛び越え、エミーへと飛びついた。

 

「かわいいよっ! エミーちゃん! その衣装、姫が着てると殺意がわくけどエミーちゃんが着るとかわいいよっ!」

「猫又さん!? 貧血は大丈夫なんですか!?」

「かわいいもののためなら貧血なんて些細なことよ。エミーちゃぁん。もっと愛でさせてぇ」

 

オレンジ色のい服をまとった少女に抱きつき、その頭を撫でる猫又。その荒い息遣いは変態のそれだ。

普段の猫又は目つきが鋭く、彼女の高校ではクールでかっこいい女の子として通っているが、実は可愛いもの好きで負けず嫌いだ。だからエミーが店に来れば必ず抱きつき、姫に馬鹿にされれば顔を真っ赤にして怒る。

こんな姿を彼女の学校の生徒が見れば、皆目を疑うんじゃないだろうか。

 

「あれ、武榴、いたんだ」

「なんだその対応は。お前から血を抜いた時もいただろ」

「エミーちゃんがいればいいから、武榴は帰っていいよ」

「エミーにその衣装を着させたのは俺だぞ」

「ありがとうございます、武榴さま」

 

近くの椅子に座り、その膝に乗っけたエミーに頬ずりする猫又。あの百足の姫の衣装は、金髪の少女、通称姫が着るもので、再度薬を投与して姿を元に戻す前に脱いでしまうことがほとんどだ。だから普段、姫以外の人間があの服を着ることはない。

だが別に姫以外が着れないわけではない。

 

「でもどうして武榴はエミーちゃんに衣装を?」

「あぁ、ちょっとしたお仕置きさ。あと、突然お前の血を抜いたことへの謝罪だ」

「武榴、グッジョブ」

 

嬉しそうに親指を立てる猫又に、俺とマスターは苦笑いを浮かべることしかできなかった。エミーが俺の方を睨んでいるが、猫又の機嫌を直すために、犠牲になって貰う他ない。

エミー達をおいて、俺とマスターはカウンターの奥、スタッフ用の部屋へと向かう。

部屋の中央にある木製のテーブルを挟んで、俺とマスターが飾り気のない簡素な椅子に腰掛ける。

 

「また派手にやったね、武榴くん」

 

テーブルの中央に置かれたサブマシンガンを手にとって、マスターが呟いた。

 

「そもそも今回は出る気もなかったんだが、エミーが動いちまったからな。弾薬はかなり使っちまったが、資金は大丈夫か?」

「今の所は問題ないよ。今までずっと強盗の類を狙っていただけはあって、資金だけは潤沢だからね。あと14回は無駄な事件に首突っ込めると思うよ。あっ、地下の鍵先に渡しとくね」

「日々の努力の結果、か」

 

弾丸だって無料じゃない。マスター達が気づきあげた裏ルートを通して、アメリカから輸入している違法品だ。一発撃つだけで金が吹き飛ぶ。それでも銃があるのとないのとでは雲泥の差だ。

 

「マスター、そういえばリンが使ってる銃弾の密売ルートは、まだ生きてるんだよな」

「うん、何の問題もなく」

「それなら、今度弾薬を買うついでに、ナイフも買っておいてくれ。この前一本投げちまった」

 

マスターはポケットからメモを取り出し、机上にあったボールペンで何かを書き込んでいく。彼が他に何かあるか、という目で見てきたので首を横に振る。

 

「そうだ、武榴くん。今度一緒にリンちゃんのところにーー」

「断る」

 

俺の頭に、茶髪の少女の姿が思い浮かぶ。人懐っこい笑顔を振りまきながら、麻薬の密売を行っていた少女。今は麻薬から足を引いたそうだが、その代わり武器の密売に特化したらしい。よく分らないが、麻薬の密売ルートが潰されたから武器や兵器を売ることにしたそうだ。

 

「あいつとはできれば会いたくないんだよな。」

「彼女、武榴くんに惚れてるからね」

「あれはもう愛を超越して殺意だけどな」

 

あの女は、社会的には悪い女だが、人間的には悪いやつじゃない。むしろいいやつと言いたいが、それは親しくない人に対してだけだ。

あいつは好きな人の飲み物に毒もったり、さりげなく麻薬使わせようとしたり、どさくさに紛れて後ろから俺を撃ち殺そうとしたりと、かなり危ない行動を取る。

どれもあいつなりの愛情表現らしいが、こちらからすればたまったものじゃない。むしろ今俺が生きてるのが奇跡と言ってもいい。

 

「そういうわけで、あのサイコパスと会うのはまた今度でいいか?」

「たまにあってあげないと、彼女拗ねちゃうよ?」

「拗ねてもちゃんと武器を売ってくれれば問題ないさ」

 

そう口にしてから思った。拗ねられたらいつかあったときに本気で殺されるんじゃないか? まぁその時はマスターと猫又も連れて行こう。

 

俺らが一通り金についての話を終えた時、スタッフルームの扉が開き、満面の笑みを浮かべた猫又と、顔に疲労感を貼り付けたエミーが入ってきた。

エミーはさっきまでの衣装ではなく、俺たちの学校制定の制服姿だが、いまだに猫又に後ろから抱きつかれている状態だ。別に抱きつかれている本人が嫌がっていないので、俺もとめるつもりはない。

エミーが眼鏡の位置をなおしながら口を開く。

 

「相沢さん、マスター、話は終わりました?」

「あぁ、今終わったところだよ、エミーちゃん」

「丁度いい、エミー。今から地下に降りるから、ついて来てくれ」

 

あからさまに嫌そうな顔をするエミー。ため息をこぼす彼女の頭を撫でる猫又。

 

「エミーちゃん、仕方ないわ。あいつから話を聞き出すためには、現場で情報を得たエミーちゃんが適任だもん」

「猫又さん……」

「お前の気持ちはわかるが、我慢してくれ」

 

俺とエミーはスタッフルームの隅にある、地下への入り口をあける。今も格納庫として使われているので、一応業務用エレベーターがあるが、人間を乗せられるサイズではないので、俺たちはハシゴで下へと向かう。

 

地下はそれなりに広く、四人家族が生活できるほどの空間はある。そんな広い空間は大量のダンボールのせいで狭く見える。

 

そんな地下にたった一つだけある扉の前に立ち、俺はさっき会話中にマスターからもらった鍵を、ドアノブにある鍵穴へと差し込む。

カチリ、という音ともにロックが解除された。

 

「相沢さん……」

「……開けるぞ」

 

ギィ、という音ともに開く扉。その中の光景に、思わず顔をしかめた。

 

コンクリートがむき出しとなった壁には、黒いマッキーで書かれた謎の文字列。床には銀マットが一枚だけ引かれていて、その上には一人の人間が寝転んでいた。

 

首に無骨な首輪をつけ、足首に枷がつけられた、四十代くらいの男。足の枷からのびる鎖は地面に埋め込まれていて、入り口から5メートルの範囲には近づけないようになっている。彼は顔にはヒゲを蓄え、髪もボサボサだ。

エミーもそいつの姿を見て、思わず目を逸らした。

 

「……起きろ」

 

俺がそいつに声を掛けた。

眠そうに目をこすりながら、こちらを睨みつける男。彼こそ『元アンデッドの幹部』である佐々木だ。

 

以前百足の姫が遭遇し、瀕死の状態まで追い込んでなんとか捕まえることができた男。その能力は今、首につけられた旧式の制御装置によって封じられ、店の地下で密かに匿われている。もしこいつの存在が警察にばれたら、俺たちは間違いなく逮捕されるが、そのリスクを背負ってでもこいつを匿うのには理由がある。

 

こいつだけが持っているアンデッドの情報だ。

警察すら入手できていない情報を、こいつは持っている。その情報によると、アンデッドの協力者は警察にもいるということがわかった。それが意味することは簡単。こいつを警察に渡したら、間違いなく逃げられるということだ。

 

佐々木は俺の方を見てから、その後ろにいるエミーへと視線を移し、その口元に笑みを浮かべた。

 

「珍しくマスターじゃないと思ったら、百足の姫がご登場か。いや、それに変わり者、相沢武榴も一緒か」

「変わり者とはひどい言いようだな」

「能力者達の間じゃ有名さ。俺もアンデッドに入る前は何度もお前の名を聞いたよ。能力者のために動く、変わった非能力者」

「悪いが、お前とは長話をする気はない」

 

相変わらず冷たいな、と笑う佐々木。緊張感のかけらも感じられないが、彼は元アンデッドで間違いない。

 

「ライカンスロープ。この名前に心当たりは?」

 

エミーが尋ねる。かれは首を横に振る。

 

「聞いたことないね。俺たちの仲間にも、そんな奴はいなかった」

「狼のマスクをつけた男。筋肉質な体型です」

「なら、ますます知らないな。俺たちの間で狼のマスクをつけたやつは一人、俺だけだ」

 

アンデッドの特徴は、自らの顔を隠すためにマスクをつけるということ。リーダーのスカルがドクロのマスクをつけ、他のものもその名前に沿ったマスクをつけている。

ついでにこの佐々木がアンデッドだった頃の名前は、ハンター。反面狼で反面鮫という不思議な仮面を被っていた。

 

「ライカンスロープってのが狼面使ってるなら、間違いなくアンデッドじゃないと言いたいが」

 

頭をボリボリと掻く佐々木。

 

「俺が捕まっちまったから補充要員として新しく入った可能性は否定できない」

「……」

「そんなに俺を睨むなよ、百足の姫。俺が言ってることは全部事実さ」

「どうして敵にペラペラと真実を語る?」

「真実じゃなくて事実を語ってるだけさ、百足の姫」

 

あくびを一つつく佐々木。

 

「そこの相沢武榴には言ったが、俺はここにいないと殺されちまうから、俺を匿ってるお前らには感謝してるんだぜ」

「殺される?」

 

不思議そうな顔で俺の方を見るエミー。そうだ、こいつは警察に行ってもどのみち死ぬんだ。

 

「相沢武榴よぉ、説明してやってくれよ」

「……アンデッドのトップ、スカルに殺されんだよ。佐々木の話だと、ミスを犯した構成員は処刑されるんだと」

「でも、警察に捕まれば安全なんじゃーー」

 

それがそうもいかないんだよ、と佐々木。

 

「警察内にいるアンデッド関係者が俺を脱獄させた上で、殺すんだよ。百足の姫」

「そんな……」

「アンデッドと関わったら最後、死あるのみだ。お前にもいずれ死が来るぜ、百足の姫」

 

くつくつと笑う男。強く拳を握りしめるエミー。そんな彼女を無視して俺はかれに話しかける。

 

「ライカンスロープに心当たりがないなら、下水道について話してもらおうか」

 

笑みを貼り付けていた佐々木の顔が、固まる。

不思議そうに俺を見るのはエミーだ。下水道がどうした、という顔をしている。

 

「お前の仲間に下水道に詳しいやつはいたか?」

「いたっていうか、下水道のルート把握担当が俺だ」

「なら教えてもらおう。この町に唯一あるドーナツショップの近くにあるマンホールから行ける場所を、全てだ」

 

マンホールや下水道自体はすでに警察が捜査し出しているだろうから、手のつけようはない。しかし、地上までは流石の警察も手のつけようがないだろう。マンホールが繋がった場所全てを封鎖したりはできないはずだから、こちらは地上から犯罪者の痕跡をたどる。

 

「下水道内なら警察犬の鼻も死ぬだろ」

「相沢さん、どういうことですか?」

「後で教える。あっ、そうだ。エミーは先に上にいって、マスターと猫又からバイク借りといてくれ」

 

エミーも俺も一応バイクの免許はある。さすがに高いから自分のバイクは持っていないが、猫又とマスターのものを借りているので不便ではない。

 

先にエミーを上に行かせて、俺たちは部屋の中に二人きりとなった。しばらくすると、俺のポケットに入れたケータイが振動した。マスターからだ。俺は着信を無視して、目の前の男に語りかける。

 

「もう大丈夫だ、楽にしていい」

 

その言葉を聞いた佐々木は、ベットのしたから細いワイヤーを取り出し、自分の足首についた枷をいじり出した。

彼の行動は無視して、俺は話しかける。

 

「すまない、佐々木。あなたをこんなところに閉じ込めてしまって」

「しゃあないだろ。こんくらいの扱いしないと、あの嬢ちゃんがなにしでかすか分かれねぇんだろ?」

 

ワイヤー一本で自分の足かせを外した彼は、足首を数回捻ってから立ち上がる。

 

「相沢武榴には感謝してる。百足の姫の家に軟禁されてた俺を、ここに連れてきてくれたんだからな」

 

彼は確かにアンデッドの一員だが、俺と同じ人間だ。

 

「マスターには、望むなら外出させるように言ってるが、エミーにばったり会ってないよな?」

「あぁ、ばれてない。それにお前らの資金から飯食わせてもらってるから、相沢武榴には頭が下がるぜ」

 

エミーには内緒だが、こいつにはわりと普通に生活してもらっている。無理やり拘束するのが俺の趣味じゃないというのと、エミーによる彼の拘束が予以上常に酷かったというのが理由だ。

手足をロープで縛り付けた上に、3日間の絶食。人間に行ってはいけない行為を受けた彼に対する同情心は、俺やマスターも多少持ち合わせていた。

一応ある程度の自由は許し、その代わり情報を提供して貰うという関係を作り上げたのだが、その関係もエミーの行動で台無しになりかねない。

 

「くれぐれも、エミーにはバレないでくれ」

「心配するな。百足の姫に会わないよう、細心の注意は払ってるさ」

「それならいい」

 

俺が部屋から出ようとすると、ちょっと待て、と佐々木が声をかけてきた。

 

「教えてくれ。ライカンスロープってやつがアンデッドって名乗ったのは、本当なのか?」

 

俺は黙って頷く。

 

「そうか。相沢武榴。お前さんの予想を教えてくれ。ライカンスロープはアンデッドだと思うか?」

「違う」

 

俺は断言する。あんな奴が、あんな甘い奴がアンデッドであるはずがない。

今回の事件において、死者は一人も出ていない。そんなこと、本当のアンデッドが絡んでいるなら絶対にあり得ないはずだ。

 

「そうか、お前さんは偽者と予想するか」

「あぁ、相沢武榴はそう予想するぞ」

 

この言葉に佐々木は少しだけ顔に笑みを浮かべた。

 

「引き止めて悪かったな、相沢武榴」

「問題ない。大した時間じゃないさ」

「また会いに来てくれ、相沢武榴。……スカル様に永遠を」

 

その言葉、エミーの前で言ったら殺されるぞ。

俺はそう言い残して部屋の扉を閉めた。




みなさん、お久しぶりです。
投稿がかなり遅くなったことをお詫びします。遊戯王二次創作を書いたり、現実が忙しかったのが主な理由です。
今後も投稿は遅くなるかもしれませんが、ご了承ください。

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