ムカデの姫   作:仕舞獅子舞

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仮面をかぶった狼男

この町にはドーナツショップが一箇所しかない。俺たちの帰り道にあるゲームセンターの向かいのチェーン店だけだ。

芽衣はいつもチョコレートがたっぷりついたもの、そして俺はクリームが入ったものを買う。俺が中学生だった頃からずっと、それだけは変わらない。

道を歩きながら財布の中を確認。小銭が少々で、札がない。帰ったらすこし下ろさないと、明日ゲーセンに行けなくなりそうだ。

 

歩きながらケータイを取りだし、ニュースを確認する。最近は百足の姫の話題がほとんどだが、たまにそれ以外の能力犯罪の情報が出る。それを、知りたいのだ。

 

ーーアンデッドの活動が収まっているのは、百足の姫が関係している!?

ーー能力者によるバスジャックを警察が確保。

ーー能力者犯罪の増加と銃器の流通について。

ーー商業地区にて能力者による強盗発生。警察が鎮圧。

ーー非能力者による犯罪。コンビニで能力者多数負傷。

ーードーナツショップで人質をとった立てこもり発生。警察に多数の負傷者有り。

 

「……あ?」

 

俺の脚が止まる。ネットの記事が気になって脚を止めたわけではない。

進行方向に張られた黄色いテープ、そこに書かれた立ち入り禁止の文字。銃で武装した警察と、不安そうな顔をする野次馬達。

俺は人に囲まれ、進めなくなっていた。

ポニーテールの幼馴染に顔が一瞬浮かんだが、そのイメージを頭を振ることで払った。あいつは、犯罪に巻き込まれるほど鈍くない。きっと早めに身の危険を感じて、逃げるはずだ。

 

俺の指が素早く動く。表示された電話番号は、芽衣のもの。だが、通話ボタンを押せない。

 

舌打ちを一つしてから、人混みから抜け出す。再び指を動かし、今度はエミーの電話番号を出し、通話。

やけにゆっくり鳴る呼び出し音が、俺をイラつかせる。早く安心したかった。ポニーテールの幼馴染が無事だと、確信したかった。

 

『……もしもし、相沢くんですか?』

「あぁ、俺だ、武榴だ」

『今テレビを確認しました』

 

歩きながら、しっかりと声を出す。

 

「なら俺の言いたいことはわかるな。映像にあいつはーー芽衣はいたか?」

『いました』

 

俺の背筋が凍る。やはり芽衣は、立てこもり事件に巻き込まれた。

俺は歩く速度を早める。目的地は、俺の家だ。ここからそう遠くはない。

 

「お前、今どこにいる?」

『マスターのお店です。マスターも、猫又さんもいますよ』

「分かった。マスターに伝えてくれ。家に出前頼む」

 

それだけ言うと電話を切り、再びネットを開く。

相手が人質を交渉材料に使うタイプなら、芽衣がすぐ殺されることはないだろうが、純粋に非能力者を忌み嫌っているタイプなら、彼女の命はない。今は、とりあえず情報が欲しい。

 

高速で指を動かしながら、状況を把握する。敵が何者か分らない以上、俺たちが動く訳にはいかない。例え芽衣が危険な状態だとしても、だ。

俺としてはいち早く彼女を助けたいが、ここはじっと我慢しなくては。

 

ーーやばいやばいって

ーー店が占拠された! 死にそう!

ーードーナツ店がやばい!

ーー能力者だ! 銃持ってない。

 

指と目を動かし、ネット上の情報を瞬時に見分け、必要な物だけを頭に残す。

SNSによる情報収集は、もっとも早いが主観がはいる。的確な情報が、もっと必要だ。

 

ーーなんか人質の首輪ぶっ壊しやがったぞ!

 

首輪は外部から衝撃が加わると、自動で麻酔を注射するようになっている。手っ取り早く人質の意識を奪う手段だ。

今回の犯罪は、人質を交渉の材料とするタイプらしい。

 

ーー誰もまだ怪我してない。優しそう。

 

非能力者に対する恨みはなさそうだ。だが、楽観視はできない。

 

ーー電話で交渉してるっぽい。

 

話は通じるらしい。交渉次第では芽衣を無傷で取り戻せる。

 

ーーアンデッドって言ってるぞ! アンデッドが復活したのか!?

 

これはデマと見ていいだろう。あの犯罪者集団なら、人質を死にかけの状態にした上で、交渉に入る。実際に奴らが使ってた手法だ。

 

ーーなんかムカデみたいの出てきた! 百足の姫が助けに来た!

ーームカデだ! 助かった!?

ーー百足の姫、でてくんの遅いよ! 怖かったぁ……

 

「…………は?」

 

 

 

 

 

たっくんたちと別れた私は、その足で帰り道にあるドーナツショップに向かった。今日は先日もらったクーポンのおかげで、いつものドーナツが半額になる。

この機会に、たっくんたちと一緒にドーナツ食べたかったんだけど、用事があるなら仕方ない。ネガティブな思考は切り捨て、ポジティブに考える。明るいのが私、結城芽衣だ。しょぼくれてたら、きっとたっくんに笑われちゃう。

 

「でも、一緒に来たかったなぁ」

 

幼馴染のたっくん、相沢武榴はちょっと変わってる。非能力者なのに、能力者をかばう。別におかしなことではないけど、その真剣さはちょっと怖くなるほどだ。

たっくんは私と一緒に、小さい頃からずっとこの町にいて、ずっと能力者と遊んで育った。だから、能力者が悪い人だけじゃないってことをちゃんと知っている。言ってることは難しくてよく分らないけど、たっくんはいつも能力者の味方だ。

でも、能力者絡みの事件があるとすぐに現場に行きたがるのが悪いくせだ。すぐ、私を置いてけぼりにする。

 

「まったく……たっくんったら」

 

どのみち今日は皆いけなかったのだけれど、せめてたっくんだけでも私に付き合って欲しかったなぁ。

 

今日は私も部活からのお誘いがなかった。自分で言うのもあれだけど、私はそれなりに運動ができるから、よく運動部から練習相手になって欲しいって言われるんだけど、今日は珍しくそういうのがなかった。ここ数日ずっとお手伝いしてたから、気を利かせてくれたのかもしれない。久しぶりのおやすみだったから、たっくんと遊びたかったなぁ。

 

「まぁ過ぎたことを悔やんでも意味ないよね!」

 

今頃たっくんは、銀行の前で百足の姫の残した何かがないか探してる頃だろう。私はいつものドーナツショップに入る。

 

「いらっしゃい! あっ、芽衣ちゃん。今日は1人なんだね」

 

知り合いの女性店員さんが笑顔で手を振ってくる。私も笑顔で返す。いつもなら満員の店なのだが、今日はそれほど混んでいるわけではなさそうだ。

 

「いつものドーナツ2つ、持ち帰りで」

「毎度。今日は彼氏も一緒じゃないんだね」

「かっ、彼氏じゃないよ! たっくんはただの幼馴染! 彼氏じゃないから!」

「まったく、照れちゃって。武榴くんみたいなイケメンが彼氏なんて、羨ましい限りだよ、お姉さんは。……ほい、二つでお会計がーー」

「あっ、クーポン使うね」

「えーっと、じゃあお会計変わって、216円だよ。……毎度あり!」

 

ドーナツが入った紙袋を、いつものお姉さんから受け取る。今日は特に用事がないから、ここで食べて行ってもよかったかもしれない、と今更ながら思った。

 

「そういえば、芽衣ちゃん。吹雪くんとエミーちゃんは?」

「たっくんのことはきかないの?」

「どうせ昨日強盗が押し入った銀行にでも行ってるんでしょ? あの子変わってるからね」

 

店員さんは自分の左手を撫でる。そこにあるのは、黒くていかつい腕輪。能力者を繋ぐ首輪。

 

「能力者のお姉さんに、あんなに優しくしてくれたのは武榴くんだけだったなぁ。あの子、能力者のためにはなんだってする、変わった子だよね」

「百足の姫について自分で調べてるのも、あれを捕まえて能力者に対する偏見を少しずつ変えていきたからだって、たっくん言ってたっけ」

「変わってるよね。能力犯罪がなくなれば非能力者の見方も変わってくるって、本気で思ってるんだから」

 

たっくんは能力者じゃないけど、能力者を少しも怖がっていない。私もそうだからこんなこと言っても説得力はないけど、非能力者は能力者が怖いらしい。

能力者を歩く凶器だって思ってる、ってたっくんは言ってたけど、私にはどういうことかイマイチ分らない。

 

「それで、吹雪くん達は?」

「吹雪くんは部活のお手伝いで、エミーは本屋」

「それで一人だったんだね」

「そういえばお姉さんは仕事しなくていいの? こんな長いこと私とだべっちゃって、給料減らされちゃうんじゃない?」

「大丈夫、大丈夫。お客さんいないし、この店に来る人からしたら、お姉さんと芽衣ちゃんが話してるのはいつものことだって納得してくれるよ」

「それならいいけど……あっ、お客さん来たっぽいから帰るーー」

 

直後、私の視界が歪んだ。平衡感覚を維持できず、床に膝をつく。

 

何が起こったの? なんで私は立てないの? 頭が痛い。上から何かで押されてる? いや、違う。

 

「……うっ」

 

空気が、違う。吸えば吸うほど、頭がクラクラする。匂いもおかしい。ドーナツの甘い匂いの中に、強烈な異臭が混ざってる。何か良くない物が空気に混ざっているの?

 

頭を持ち上げ前を見ると、そこにはガスマスクをつけた、黒い作業服が四人。全員が手ぶらだ。

もうろうとする頭で必死に考える。

何か、まずいことに巻き込まれた。間違いない。これはーー

 

能力犯罪。

 

「……ヤバイよ、たっくん」

 

思わず呟いた幼馴染の名前。

彼ならこの状況をどうやって切り抜けるのだろう。

 

動かない頭を必死に動かす。

異臭がいっそう強くなり、意識がかすれだす。駄目だ、これ以上はマズイ!

 

脚に力を込め、後ろに跳躍。ガスマスク達から距離をとる。

 

空気が少し綺麗になった。頭にかかっていたもやが薄れていく。

 

ガスマスク達の中央に立っていた体格のいい男が、隣のガスマスクの肩を叩いた。すると異臭が消え、私の頭がだんだん正常な状態へと戻った。

肩を叩いたそのガスマスクを外した。猛禽類のような鋭い目つきの、いかつい顔をした男だ。顔つきが、そこらへんにいる人とは違う。ガスマスクをかぶっていたから分かり難かったが、スキンヘッドのこの男は、見ているだけで私の背筋に冷たい物が走る。

 

「やあ、一般市民の諸君。我々は強盗だ」

 

スキンヘッドの男がそう言うと、おもむろに足元の床を殴った。瞬間、爆散。

飛び散った木片が店内を飛ぶ。喉からこぼれた悲鳴は、他者の悲鳴と混ざりあう。頭でなく、体が言っている。あれを食らったら、死ぬと。

 

「諸君には人質となってもらおう。なに、逃げようとしても無駄だ。それはそこの小娘が一番わかっているな」

 

スキンヘッドの視線が私に突き刺さる。震え出す膝。体が、あの男にみられることに、恐怖を感じている。

 

先ほどスキンヘッドに方を叩かれたガスマスクーー金髪の男が、何も言わずにレジの方へと歩いて行く。レジには、誰もいないように見えるが、あそこにはあの人がいる。

 

「大将、気失ってるけどこいつ、能力者だ」

「ちょうどいい。こっちに持ってきてくれ。一般市民諸君の記憶に、我々の存在という物を刻み込んでもあろうじゃないか」

 

金髪が、店の制服をきたお姉さんを担いでレジから出てくる。彼女は完全に気を失ってる。

スキンヘッドは金髪以外の二人に、視線を向けた。それだけで彼らは外へと出ていった。

 

「そろそろ警察が嗅ぎつける頃だろう。ちょうどいい。諸君ら非能力者がいかに愚かかを教えてあげよう」

 

金髪が担ぐお姉さんの首を掴むと、片手で軽々とそれを持ち上げて見せる。

 

「……うぐっ!」

 

お姉さんがうめき声を上げる。

 

「お目覚めかな」

「ぐっ、息、苦し……」

「おっと、力が強すぎたようだな。私の能力の特性上、力の加減が難しくてな」

 

少し力が弱まったのか、お姉さんは息を一気に吸い込みーー能力を使った。

 

音波制御能力。空気の振動をコントロールする能力で、使い方によっては人間の意識を一瞬で奪うことが可能だ。

 

空気が震える。直後、金髪が床に倒れた。目を見開くスキンヘッド。それもそのはずだ。

 

首輪付きの能力者にとって、その力はミツバチの針と同じだ。一度きりの一撃必殺。普通なら使わない。

 

お姉さんの首輪が赤く光り、大音量の警告ブザーが鳴る。そんな中、彼女はスキンヘッドに向けて一言。

 

「バーカ」

 

糸が切れた人形のように、お姉さんの身体から力が抜ける。はたからみていてもわかった。首輪の安全装置が作動し、体内に高濃度の麻酔が投与されたのだ。

以前たっくんが言っていた。首輪には致命的な欠陥がある、と。それは緊急時への対応力の欠如。

これを初めて聞いた時は、どういうことかイマイチ分らなかったが、ここにきてようやくその意味がわかった。

 

スキンヘッドが手を離した。重力に逆らわず、床に落ちるお姉さんの身体。私の後ろから悲鳴が上がる。

 

「……まさか、首輪が作動することを恐れずに能力を使ってくるとは。我らの仲間であればどれほど心強かっただろうか」

 

スキンヘッドはそう言いながら、こちらの方へと近づいてくる。膝が震えて動かない。ヤバイとは思っているが、身体がいうことをきかない。

 

男はまるで品定めするように私たちを眺めたあと、一人の子供の近くで脚を止めた。

 

「ふむ、ちょうどいいな」

 

スキンヘッドが子供の腕を掴む。いや、掴んでいるのは腕じゃない。腕についた制御装置、首輪だ。

 

「諸君は知っているか。この制御装置には外部からの衝撃を感知すると、装着者の体内に麻酔を投与する仕組みになっている」

 

今にも泣き出しそうな子供を無視して、スキンヘッドは続ける。

 

「その仕組みを悪用すれば、無害な人間の意識を奪うことができると思わないか?」

 

突如として子供の首輪が赤く染まる。

子供の目が一瞬だけ見開かれたが、すぐに床に倒れこんだ。麻酔が、投与されたのだ。

 

スキンヘッドは懐から何かを取り出す。よく見ればそれは狼の顔をもしたマスク。スキンヘッドはそれをかぶると、高らかに宣言する。

 

「我が名はライカンスロープ! アンデッドのメンバーが一人、ライカンスロープだ!」

 

アンデッド……。

 

「犯罪者集団……」

 

思わず口にした言葉。しまったと思ったがもう遅い。

 

「我らのことを犯罪者呼ばわりとはな。命の大切さを知らないようだな、小娘」

 

容赦のない殺気が私の方へと向く。頭ではなく身体が言っている。これはマズイ、と。

 

「だが、言葉を口にできたことは褒めてやろう。後ろをみてみろ。恐怖のあまり、誰も何も口にできていないぞ」

 

スキンヘッドーー狼面のライカンスロープに言われて振り返る。先ほどまで楽しく過ごしていた人は皆恐怖のどん底。お姉さんのように一矢報いようというものはいない。

かくいう私も脚が動かない。動かせるのは口だけだ。

 

「さて、諸君らには我々のために一働きしてもらおうか」

「……何をさせる気?」

「そう怖い目で見るな、小娘。諸君らにはネットを使って、この状況をできるだけ分かりやすく外部に配信してもらおう」

 

動いていた頭が固まる。

 

「……え?」

「聞こえなかったのか、諸君。……わかり易く言い直そう。死にたくなければケータイで外部に助けを求めろ! 今すぐにだ!」

 

他の客は皆、急いでケータイを取り出した。皆が焦りを顔に浮かべつつも、指を高速で動かしている。そんな中、私は身体を動かせずにいた。

ライカンスロープが私の前に膝をつき、狼をもしたマスク越しに、私をじっと見つめてくる。

 

「死にたくなければ外部に助けを求めろと、言ったはずだが?」

「……死にたくないけど、体が動かないのよ」

「そのわりに口だけはスラスラ動くようだが?」

「そうね。あなたがアンデッドに関係しているからかしら。体は恐怖で動かないけど、口だけは憎悪で動かせるみたいよ」

「ふむ、口だけは強気だな。まぁいい。小娘一人使えないところで、我々の計画に支障はない」

 

狼面は腰を上げ、再び店内をうろつく。皆が必死にケータイに食いつき、外に助けを求めている。

 

「一つ……いい?」

 

また能力者の首輪を掴もうとしていう彼に、声をかける。

 

「なんだ、小娘」

 

狼面は振り返らずに、返事をした。能力者の首輪が再び赤く光る。また一人、意識を失った。

恐怖で動かなくなりそうな口を必死に動かし、言葉を紡ぐ。

 

「どうして、外部に連絡なんてさせるの? 警察に嗅ぎつかれて、面倒になるだけじゃない」

 

確かにその通りだ、と口にしたライカンスロープ。

 

「だが、この騒ぎを嗅ぎつけるのは警察だけではない。それくらい貴様にもわかるだろう?」

 

……わからない。この事件を外部に配信して、警察以外に何が嗅ぎつけるというの? 私がSNSで叫んだとして、反応するのはパパとママ、たっくん、それと学校のみんなとか近所の友達だけ。ライカンスロープのメリットとなるようなことは何もーー

 

待って。

本当にそれだけ? 不特定多数にも送れるSNSなら、反応するのは家族だけでなく、ここにいる人間の関係者もではないか? いやそれだけでなく、この事件に関心のある人、さらには能力犯罪が嫌いな人間や、能力犯罪を止めようとしている人間も反応するはず。

 

「ーーーーそういうことね」

 

目的がわかった。彼らアンデッドがしようとしていることは……

 

突如、ドアが爆散。

店内に放り込まれる二人の男。ライカンスロープが振り向く先には、奴がいた。

 

黒光りする巨体、無数にある足、暴力を形にしたような顎。そう、その形はまさしくムカデ。

店内が再び悲鳴に包まれる。誰もが恐怖にかられ、ただ本能のまま叫ぶことしかできない。投げ込まれた男の方を見れば、腕や脚に無数の裂傷を負い、今にも死にかけといった様子。一方のムカデは、無傷。男達の能力がなんだったのかは分らないが、それでも外を任されたのだから、弱いはずがない。

百足の姫(センチピード・プリンセス)はヒーローだ。

以前テレビで言われていたことだ。能力犯罪に介入しては、死人を出さずに事件を解決する。

私の体から力が抜ける。助かった。そう思っただけで、身体を支配していた恐怖が薄れ、代わりに疲労感が襲ってくる。

 

店内に入ってきたムカデは、すぐそばで倒れいた金髪ーーお姉さんにやられた男を顎で器用に掴み上げると、後方、店外へと放り投げた。

人間に対する扱いとはかけ離れた行動。さっきまでとは別種の恐怖が、店内に満ちる。ライカンスロープとはレベルが違う。このムカデは危ない。

 

「ふっ、ついに来たか百足の姫(センチピード・プリンセス)

 

指をぼきぼき鳴らしながら、狼面がムカデの前に立つ。作業服から伸びるその腕はかなり太く、手の表面積も常人のそれをはるかに超えている。手を開けば、このムカデの頭くらい容易く掴めそうだ。

 

対するムカデはまるで蛇のようにとぐろを巻き、顎を目一杯開いて、狼面を威嚇する。

互いに何も語らない。ムカデもライカンスロープも互いに出方を伺っているようにも見える。

 

狼面が、動く。

その巨体に見合わぬほど軽やかに、そして一瞬で距離を詰める。そこから放たれる高速の拳。床を粉砕した一撃が、ムカデに迫る。

直後、轟音とともにムカデが店外へと吹き飛ばされた。店内を暴風が吹き荒れる。拳が当たった時の衝撃波で、店内の椅子、机、レジなど物という物が吹き飛んだ。

床に膝をついていた私や、他の人たちも同様に壁へと叩きつけられる。強制的に肺の空気が外へと押し出される。目眩がする。

 

狼面、首をゴキゴキと鳴らしながら、私たちの方を見る。

 

「ふむ、やり過ぎてしまったようだな」

 

やり過ぎたなんてレベルじゃない。ちょっと殴っただけなのに、周りに対する影響が尋常じゃない。あの男の能力がなんなのか、ますます分らなくなる。

単純な身体強化であれば、これほどの衝撃が生み出されるはずもない。

 

朦朧とする頭で考えながら店外を見ていると、再びムカデが店内に入ってくる。地面に足を全てつけ、ゆっくりと歩いてくるその姿に、狼面は確信を得たように言う。

 

「ふむ、能力で作り出されたものでも、しっかりとダメージは通るようだな。ならば、勝機がないわけではないな」

 

私の目からみてもわかる。あのムカデはライカンスロープの一撃の威力を見誤った。だから正面から受けたのだろう。銃弾程度なら簡単に弾けるほどの硬皮があるからこそのミスだろう。

ムカデは頭を持ち上げ、数度その身体を横にしならせる。私の記憶が正しければ、このムカデは変形する。自由自在に形を変え、時には盾、時には剣となるのだ。

 

ライカンスロープ、腕を回しながらムカデとの距離を詰める。ゆっくり、間合いを見極めるように、慎重に。

 

「百足の姫が操る百足。貴様だけでは我を倒せんよ」

 

狼面が笑う。ムカデは相変わらず体をしならせている。

 

「百足の姫。貴様の力は確かに強力だが、能力単体の性能で優っているものなら、いくらでもいる。我々アンデッドには、貴様より強いものなどザラにいる」

 

ムカデの動きが止まる。

直後、再び狼面が距離を詰める。再びあの衝撃が来る。身構える私。

だが、衝撃は来ない。ムカデが拳を回避した。上段、頭を狙った一撃を、後ろにそることで回避したのだ。

 

ムカデ、後ろに下がることでライカンスロープとの距離をとる。あの拳を警戒しているのだろうが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

完全に状況はムカデの防衛戦となっている。このままでは、ムカデに勝機はない。

 

せめて一瞬でも私が気を引ければいいのだが、体が動かない。ライカンスロープへの恐怖が、私の中で渦巻いている。

 

「私に能力があればーー」

 

自分の無力さが恨めしい。こんな時に能力があれば、私も誰かを救えるのに……。

 

ムカデは先ほどと同じように身体を左右に揺らしている。適切な間合いが、未だに掴めていないのだろうか。それとも、何かを狙っているのだろうか。

 

ムカデが、動く。店の壁へと突き進み、そのまま一気に壁を登り切った。黒い巨体は天井に張り付く。ムカデの足全てが、しっかりと天井に突き刺さっている。これに対し、ライカンスロープは手を叩く。

 

「天井にいれば我の拳が当たらないとみたか。だが、その状態では我を無力化することもできぬぞ? さぁ、どうする」

 

天井を這いながら狼面の頭上へと移動するムカデ。するとライカンスロープは突然後ろへと跳躍する。

直後、彼がいた場所に、巨大な黒いトゲが突き刺さっていた。とげというよりは杭に近い。頭上からの一撃は明確に狼面を狙ったものであり、その命を奪い取らんとするものだった。

杭はムカデの体から伸びていた。おそらく身体を変形させ、攻撃の手段としたのだろう。杭が徐々に持ち上がり、ムカデの体と同化する。

 

「……ふむ、百足の姫は相手の命をとらないものだとばかり思っていたが、どうやらそういうわけではなかったようだな」

 

狼面のせいで表情は分らないが、その声からは動揺が透けて見える。

百足の姫は人を殺さない。そんなマスコミによる勝手な解釈が、ライカンスロープの中で巣食っていたのだろう。おかげで彼の思考を少しだけかき乱すことができたかもしれない。

 

杭を全て引っ込めたムカデが動き出す。再び狼面の頭上へ。だが、ライカンスロープも動く。あえて前に出て、ムカデの下をすり抜けた。

遅れて杭が射出されるも、彼にかすりもしなかった。

 

黒き杭へ向けて、狼面の拳が振るわれる。

ムカデ、杭を素早く引っ込め、移動。そして杭を放つ。

ライカンスロープ、回避し拳を杭へ放つ。

ムカデ、杭を引っ込める。

 

どちらの攻撃も、当たればただでは済まない。

店内の皆が息を飲む攻防。互いが攻撃を放つたびに、強烈な風が巻き起こる。

 

攻防を中断したのはムカデだ。このままでは埒が明かないとみたのか、杭を撃つのをやめ、天井に張り付いたまま動かなくなった。

ライカンスロープが距離をとった。あれだけ連続で拳をはなったにもかかわらず、彼の息が上がっているようには見えない。

 

「流石は百足の姫が作りし武器よ。我を相手にして、いまだに立っていられるのは貴様が初めてだ。……いや、立っているというよりは天井に張り付いているといったほうが的確か」

 

沈黙。ムカデは語らない。

 

「能力で作られし身体に口はない、か。我とやりあったものと話ができないというのは、いささか寂しいな」

 

沈黙。

 

「貴様がいつまでそうしているつもりか分らぬが、このままでは埒が明かぬぞ?」

 

沈黙。

 

「ふむ、口のない物と話すというのは、いささか滑稽かもしれぬな。これ以上語ることはないな」

 

「なら私とおしゃべりしようよ」

 

彼女は、そこにいた。破壊された入り口に立つ一人の少女。

オレンジ色の衣装をみにまとい、無骨な銃を肩に担ぎ、巨大なリュックサックを背負った、金髪で幼い顔の少女。

百足の姫(センチピード・プリンセス)

 

一体いつ現れたのか、一切分らなかった。ムカデとライカンスロープの攻防に目が行き、入り口に意識がいかなかったのだ。少女と狼面の間を塞ぐように、天井からムカデが下りてくる。落ちるという表現の方がしっくりくるが、落ちるというほど無様ではなかった。

 

地面に降り立ったムカデを撫でながら、百足の姫が口を開く。

 

「まったく、いろいろと困っちゃたわ。外は警察(ファン)のせいで厳重封鎖状態。ムカデさんはなんとかこっちに送れたけど、私はなかなかこっちに来れなかったわ」

「どうやって警察の封鎖網を突破したのだね、百足の姫」

「トップアイドルは魔法が使えるのだ」

「答えになってないな」

「答えてないもん。アイドルは余計なこと言うとすぐすぐスクープにされちゃうからね」

 

手元でクルクルとサブマシンガンを回しながら、彼女は続ける。

 

「さてさて、無粋な警察が強行突入とかしてくる前に、片付けて帰らないとね。ファンとの触れ合いは制限時間付きなのだ」

 

かぼちゃのように膨れ上がったスカートの中から、黒い物を取り出す百足の姫。弾倉だ。

 

「本体が出てきてもらってすぐで悪いが、我々はもう時間切れでね。悪いが帰らせてもらおう」

「えっ、もう帰っちゃうの!? アイドルが目の前にいるのに握手せずに!? あっ握手券持ってないんだね? 駄目だよぉ、ファンならちゃんとCD買ってくれないと。一人二枚がノルマだぞっ?」

 

ムカデが顎を大きく広げる。百足の姫は弾倉を銃に差し込み、装填。銃口を狼面へと向ける。

 

「無断でアイドルと触れ合おうとした君には、警察に捕まる権利をプレゼントするね!」




最初に、投稿ペースはこれからもっと落ちますがご了承ください。
今作は自分の好きな物を詰め込んで形にしたものです! 一回書いてみたかったを詰め込んだ結果がこれです。
今作を読んでくださった皆様にはもう言う必要はないと思うのですが、今作は異世界転生ものではありません。強いて言えば、ハーレムものにしようとも考えていません。自然とハーレムものになるかもしれませんが(笑)
では今回はこの辺で。
今作を閲覧してくださった方、お気に入り登録してくださった方、ありがとうございます。
作品に対する感想、批判、ご意見等お待ちしております!

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