その女子高生はバーのカウンターに腰掛け、店の隅に置いてあるテレビの画面を凝視していた。彼女はこのバーの店員で客ではないのに、なぜか客席に腰掛け、バーのマスターに入れてもらったトマトジュースに口をつけている。
店長ことマスターも、客席に腰掛ける。午後5時、まだ店を開く時間ではない。早めに開店の準備が終えた二人は、仲良くテレビに映る少女の姿を眺めている。
テレビが垂れ流す生放送のニュース番組のテロップには、銀行強盗を少女が襲撃、の文字。映し出されるのは、覆面をかぶった巨漢達を、手に持った銃で無力化する、オレンジ色のサーカス衣装のような服をきた少女だ。
午後の街中とは思えないほどあたりは破壊され、人は誰もいない。近くのビルの窓ガラスは割れ、街路樹は燃えている。まさしく戦場といった有様だ。
少女はサブマシンガンと思われる銃で弾をばら撒いているにもかかわらず、全てが巨漢の脚に当たっている。致命傷には、ならない。
画面が揺れる。カメラマンが現地で撮影しているせいか、ピントが若干ずれている。
カメラに、女性の姿が映り込む。アナウンサーだろうか。
『ご覧ください! 未登録能力者集団と、同じく未登録の少女が、銀行前で激戦をーー危ないっ!』
画面が揺れる。カメラの映像が二転三転と、何度も縦に回転する。画面に亀裂が入る。アナウンサーの女性の悲痛な叫び声が、雑音とともにテレビで配信される。
これにはカウンターでジュースを飲んでいた女子高生も、無表情でテレビを見ていたマスターも、揃って顔を歪めた。悲惨なことになっているであろうカメラの持ち主のことを考えると、とても平然としてはいられない。
「これは、ひどいですね。マスター」
「ひどいね。きっと強盗の能力の流れ弾が、当たっちゃったんだろうね」
テレビの映像が動き出す。辛そうな男の声が、涙目のアナウンサーを写す。
『もうやめましょう! その身体でこれ以上現場にいたらーー』
『続けろ! 俺らはマスコミだ。現場で死ねれば本望だ!』
カメラマンらしき男の声。アナウンサーは目元を拭う。
『……現在、能力者集団は、少女によって大半が、脚を撃たれるなどして無力化されーーあっ、また1人少女が……』
オレンジ色でかぼちゃのような形のスカートを履いた少女が、覆面の股間を凄まじい勢いで蹴り上げた。続けて手に持った銃で脚を撃ち抜く。
少女の姿は、まるでピエロだ。オレンジ色が主体となった服装に似合わず、スニーカーを履き、さらに暴力を形にしたような黒い銃。それだけでも充分奇妙だが、彼女の背中には自身の背丈と同じくらい大きな、オレンジ色のリュックサックが背負われている。
ツインテールにまとめられた金髪、膨らんだスカートからのびる細い脚は雪模様に白く、銃を持つその腕も細い。背丈を見るに小学生のようにも見えるが、真剣に戦っている目つきは、幼さを残していない。
『くそっ、なんなんだよお前はぁ!』
強盗の一人が手を前に出す。それだけで、1メートルはある岩が、虚空から現れた。
『岩石生成能力!』
アナウンサーの言葉は、巨漢の能力を的確に表していた。正確には岩石生成だけではないのだが。
空中に浮かぶ岩が、少女の方へと射出される。ひび割れたレンズ越しにみても、その質量がかなりの物であることはわかる。
少女に当たる寸前、岩は突如弾け飛ぶ。代わりにそこにあるのは、少女のリュックサックから伸びた、黒いムチ。いや、触手といった方が適切だろう。
黒光りするその姿は、何処と無くおぞましい何かがあり、岩を破壊したことから推測するに、その強度はかなりの物だ。
岩を放った覆面は、一歩後ずさる。渾身の一撃だったのだろう。それがいともたやすく防がれれば、動揺しても仕方ない。
ピエロのような少女は、腕をしならせながら銃を撃つ。縦にばらける弾丸が、何発か覆面に命中。致命傷にはなってなさそうだが、無力化するには十分すぎる。
動ける強盗は、あと1人。大きめのトランクケースを近くに寄せつつ、手を前に突き出した覆面が、叫ぶ。
『なんなんだよ、お前は! どうして俺たちの邪魔をするんだよ!』
覆面の掌から、火球が発射される。発火能力を応用した、炎による遠距離攻撃。纏まった火炎が、まっすぐ突き進み、少女を燃やさんと迫りくる。
瞬間、少女が飛んだ。
黒い触手を地面につき、バネのように縮めてからの、跳躍。その様は、ホッピングを連想させる。宙を舞うオレンジ色の少女。覆面はすぐに手を動かし、空中にいる少女へと、追撃をしかける。
火球が再び迫る。空中に、逃げ場はない。
リュックサックから伸びる触手が、姿を変える。少女の正面で蛇のようにとぐろを巻くと、そのまま触手の接続面が、消えた。
丸い盾となった触手が、迫る炎とぶつかる。側面へと受け流される炎。
『俺の全力を防いだだと!?』
驚きの声をあげる覆面。だが、驚きはそれだけではない。
少女を守っていた盾から、銃弾が発射される。ばら撒かれる弾丸と爆音。突然の出来事に反応できず、強盗は銃弾を浴びて倒れた。
盾ごしに銃を撃ったと、テレビ越しに見るとわかるが、現場にいるアナウンサーは何が起こったのか分らず、呆然としている。
少女は再び形を変えた触手で、着地の衝撃を抑えてから、ゆっくりと地に足を着いた。そして、自分の服を確認するそぶりをしてから、ため息とともに肩を落とした。
『ちょっと焼けちゃった……。これだから熱血系は嫌なのよ。あっ、カメラ回ってるっぽい? だったら愚痴はNGだよね。アイドルはいつも笑ってなきゃね』
少女がカメラに向かって手を振る。レンズに付いた傷のせいで、少女の顔をはっきりと確認できないが、おそらく笑っているのだろう。
「アイドル気取り……なんかムカつく」
ストローでトマトジュースをかき混ぜながら、女子高生はつぶやく。隣でマスターも苦笑いをこぼした。
「犯罪者がアイドルを演じると、少し不気味に見えるね。なんだか狂気に染まってるみたいだよ」
画面に向こうにいる少女は、膝をつき傷口を抑える発火能力を持つ覆面の前に立つと、その足を踏みつける。
くぐもったうめき声が上がり。覆面の頭が少しだけ下がった。そこに突き刺さる少女の膝。
犯罪者ではあるが、怪我人に対して行った容赦のない行動に、アナウンサーが息を飲む。
『ふぅ、これで今回の事件は一件落着かな? さてさて、それじゃぁ必要経費の回収の時間でーす』
リュックサックから伸びる触手が、男の脇にあったスーツケースに叩きつけられる。見事に留め具だけが破壊され、中に入っていた札束がアスファルトで舗装された道にばらまかれた。
少女の触手が器用にその札束の五分の一ほどをすくい取り、それをリュックサックの隙間から中へと押し込んだ。
『ご馳走様でした。このお金は犯罪者を駆逐するための経費として、有効に活用するね! 警察に渡すより有効に使うから、許してね?』
銀行強盗から金を取り返すまではいい。だが、その金を持ち去るのは窃盗と同じだ。
『ちょっ、持って行っちゃうんですか!? それじゃぁ犯罪者ですよ!?』
『うん? 私は最初っから犯罪者だよ? ほら、銃刀法だって犯してるし、窃盗だって平気でするよ?』
アナウンサーの静止の声に、首を傾げる少女。
『弾ばらまくのだって、この衣装を直すのだって、お金がかかるんだよ? まともな方法でそんなに資金が集まるわけないでしょ。だから犯罪者のお金を横取りするしかないの。アイドルするのもお金がかかるのだ』
アナウンサーに言っているのか、それともテレビの視聴者に言っているのか分らないが、口にしていることは自分の犯罪の正当化だ。到底許されるようなことではない。
少女はリュックサックの中に触手が収まったのを確認してから、再びテレビカメラに向かって手を振った。
『それじゃぁ私は帰るね。ノルマクリアは成功したけどもう一回遊ぶ気にはなれないからね。アイドルの講演会はこれにて終了でーす! それではーー』
『逃がすとでも思ったのか!』
唐突に響く新しい声。カメラが、少女を取り囲むようにして銃を構える制服の警官を映し出す。皆半透明の盾で自身の身を守りながらも、少女へ銃口を向けている。
少女が金を回収し出してから、警察はずっと彼女を囲んでいたが、カメラの映像がズームされていたため、テレビ越しでは分らなかったのだ。
警官のうち、頬に傷がある、歴戦の兵士のような面持ちの男が口を開く。
『動くなよ、このじゃじゃ馬娘!』
『じゃじゃ馬じゃないもん! ネットでは
『うるせぇよ、じゃじゃ馬娘。銃刀法違反、窃盗、傷害罪及び器物損壊と公務執行妨害で逮捕だ!』
『今回は何も壊してないし、おじさん達の邪魔はしてないよ?』
『思いっきり公道に銃弾撃ち込んでんじゃねぇか!』
『流れ弾だよ。意図的に撃ち込んでない』
『しかもこないだの一件で俺の部下を病院送りにもしてんだよ! 忘れたとは言わせねぇぞ!』
『忘れた。アイドルは、ファン以外の顔は忘れちゃう生き物なのだ』
少女のリュックから、黒い何かが漏れだす。光沢からしてさっきの触手と同じ物なのだろうが、今度は形状が違う。
ムカデだ。それも、人ほどの起きさがある巨大なものだ。
闇のように真っ黒い身体、無数にある脚、そして凶器のような牙をもつ頭。そのおぞましい生き物が、少女の体に絡みつく。
アナウンサーも、警察達も、その状況に息を飲む。彼女の細い脚を、ムカデの脚が這い、その頭を少女の横までもってくる。
オレンジ色の服をきた少女は、ムカデの顎を撫ながら、歌うように囁く。
『よしよし、私の愛しきムカデさん。無礼なファンとの交流会はさっさと終わりにして帰りましょうねー』
彼女に言葉に反応し、ムカデが少女から離れる。脚を全て地面につけたムカデに、少女はその足を乗せた。
逃げられる。
そう判断したのか、頬に傷がある警察が銃を持ち上げる。
直後、銃声。少女を狙った弾は、頭をもたげたムカデに当たった。
『はっずれー! おじさんは銃の扱いが下手だねぇ』
黒き塊が、動き出す。少女を囲む警察をその頭でなぎ払いながら、近くにあるビルへと直進。銃撃が少女を襲うも、全て当たらない。当たりそうな弾はどれもムカデが弾き飛ばす。
ビルの足元までくると、少女がムカデの上でうつ伏せになった。ムカデは速度を落とさず、ビルの柱を駆け上る。飛び散るコンクリート、飛ぶ銃弾、飛び交う怒号。現場は混沌としていて、テレビをみているマスターが思わず苦笑いを浮かべるほどだ。
ビルを登り切った少女は、おもむろに立ち上がるとそも手を広げ、まるでピエロのような大袈裟な動きで、テレビカメラに向けてお辞儀する。
『ファンのみんな、また会おうねー。さよーならー!』
大きく手を振って、ムカデと少女はビルのかげに消えて行った。
テレビの映像が切り替わる。スタジオに、女性アナウンサーと専門からしきメガネの男が一人。
現場の映像が終わったからか、マスターがテレビの電源を切った。
「マスター、トマトジュースもう一杯ちょうだい」
「カクテル用のジュースだから、今日はもう我慢してくれ。僕のお店のストックも無限じゃなーー」
カウンター上に置かれた携帯電話がなる。マスターはすぐにそれをとり、発信源を確認してから、通話に出る。
「はい、何の御用でしょう。……あぁ、はい。出前は承っておりません」
「マスター、誰から?」
マスターは苦笑いを浮かべるだけ。女子高生もなんとなくその意味を察し、空っぽになったグラスを持ってカウンターの中に入って行った。
二人の間に沈黙が流れる。最近はずっとそうだ。百足の姫のニュースが流れるたびに、気まずくなるのだ。
バーの扉が開かれた。開店前に人が入ってきているというのに、二人は微動だにしない。
客が誰か、二人は嫌になるほどよく分かっているのだ。
そう、店に入ってくるのが、
「やっほぉ!
さっきまでテレビに映っていたということを。
派手なオレンジの衣装、大きなリュックサック、そしてツインテールにまとめられた金髪と、幼さの残る顔。間違いなく、犯罪者、百足の姫そのもの。
「また派手にやったね、姫ちゃん」
自分の隣に腰掛けた少女に、笑顔でマスターが話しかける。
「あっ、マスター私の活躍みてくれた? もしかしてテレビみてたの? だからだね、こんなに気まずい雰囲気が流れてるのは」
「当然よ! 身内がテレビであんな恥ずかしい演技してたら、みてるこっちも恥ずかしくなるわ!」
店員として働いている女子高生、
「猫ちゃん、もしかしてヲコなの?」
「オコよ! もうアイドル気取りはやめて! サポートしてる私も恥ずかしくなるわ!」
「わぁ、猫ちゃんヲコなんだ! 人は見かけによらないね」
「ねぇ、姫。私の言ってること分かってる? 私は真剣にあなたの演技についてーー」
「分かってるよ。猫ちゃんヲコなんだよね」
猫又をからかうようにクスクス笑う百足の姫。助けを求めるように猫又がカウンターに腰掛けているマスターを見る。苦笑いを浮かべながら、マスター。
「ヲコっていうのは古文単語で、愚かだとか馬鹿げてるっていう意味で使われるんだよ」
「なっーー!」
「わぁい、猫ちゃんヲコだぁ! クスクス」
「猫又ちゃん。グラス割ったら給料0にするよ」
今にも投げかけていたグラスを、静かに置いた猫又を見て、マスターはため息をついた。
「それで姫ちゃん。ムカデはどうしたんだい?」
「あっ、ムカデさんは私のリュックで寝てるよ。……そうだ、テレビつけようよテレビ! 私の活躍みてみたいし!」
そう言うや否や、カウンター上に置かれていたテレビのリモコンを手にとり、電源をつける。専門家らしきメガネの男が、百足の姫について独自で解析した結果を述べているところだった。
『ーーやはり百足の姫の能力は、物質生成能力の亜種ではないかと考えられます。リュックサックを背負っているのは、おそらく偽造でしょう。あの能力がカバンからしか出せないように思わせるのが狙いだと考えられます。あのふざけた態度や派手な服も、偽造の一環としてーー』
「あっ、この写真かわいい! 綺麗に写ってるなぁ、私」
画面に表示される少女の写真。どれも銃を振りかざしている画像だが、不思議と暴力的な画にはなっていない。
『ーーそして百足の姫が未登録能力者であるのはおそらく、自分がヒーローであるという勘違いでしょう。姿を隠して戦うヒーローの真似をしているんですよ、きっと』
『それにしては自分のことを犯罪者であると自覚しているようですが』
「うわぁ、このアナウンサー鋭いとこ突くなぁ! さすが国営放送! 着眼点がいいね!」
「ねぇ、姫。自分のことが分析されてるのに、怖くないの?」
「スターは分析されて、対策を取られる。その上で勝つのがスターなんだよ、猫ちゃん」
「姫はスターというよりピエロだけどね」
「ピエロというよりアイドルだよ」
「駄目、姫と話してると頭痛くなってくる」
腹を抱えて笑い転げる百足の姫。巨大なリュックサックのせいで、今にも腰掛けている椅子から落っこちそうだ。
バランスが悪かったのか、姫は突然椅子からおりて、その巨大なリュックサックを床に置いた。
「お金はいつもの金庫に入れておくね」
「わかったよ。リンちゃんに言って、銃弾を買い足す資金に使ってもらうよ」
「ありがとね、マスター。あと……」
リュックサックが開く。中にいたのは、膝を抱えて眠る裸の少女。
「ムカデさんの服を持ってきて」
猫又がそれを聞いて、カウンターの奥、スタッフ用の部屋に引っ込んだ。
リュックサックの中の少女は、寝息をたて、気持ち良さそうな顔で眠っている。そんな彼女の頭を、姫が撫でる。
「お疲れさま、ムカデさん」
姫の声は、さっきまでの人をからかうような調子ではなく、子供を心配する母親のそれに近い。
垂れ流しにされていたニュース番組が、二つの写真を映し出す。一つは百足の姫、もう一つは黒い鎧のような物をまとい、ドクロのような仮面をつけたなにか。
『ーー未だ捕まっていない犯罪者は、百足の姫と犯罪集団アンデッドのメンバーとそのリーダー、スカルだけですが、両者の関係をどうお考えになりますか』
『おそらく何らかの関係があると思いますよ。事実、百足の姫が現れてから、アンデッドによる被害が極端に減りました。これは推測ですが、百足の姫によってアンデッドが壊滅状態にまで追い込まれた可能性がーー』
マスターがテレビの電源を消す。そして黙って裸の少女を撫でる姫に尋ねる。
「姫ちゃんは、アンデッドと戦う気があるのかい?」
「……」
「ムカデちゃんと一緒にいたら、いつかアンデッドとぶつかることになる。それでも姫ちゃんは、ムカデちゃんの味方でいられるのかい」
姫は笑う。今日、始めて見せる苦笑いだった。
「ムカデさんと一緒にいれば、嫌でも奴らとはぶつかると思うけど、姫はずっと、ムカデさんの味方だよ」
ある日、人間は2種類に分かれた。超能力者とそれ以外に。超能力者が現れた当初は、非能力者が超能力者を畏怖し、隔離しようとしていたが、時代の流れとともにその傾向は弱まり、今は共存路線が歩まれている。
というようなことを書いて提出した俺のレポートは、当然のように高評価を得た。現実は全然違うのだが。
俺、相沢
俺の口からため息がこぼれ落ちる。
「ホームルーム中だぞ、芽衣。さっさと席にもどれ」
「いいでしょ、たっくんのレポートの評価が気になったんだから。ほえぇ、相変わらず凄いね。文才に溢れてるというか、無駄に書くのだけは上手いというか」
「本当に、武榴くんはこういうのだけはうまいよね」
「だけは余計だぞ、吹雪」
俺は突然会話に混ざってきた後ろの席の男ーー吹雪惣一の頭を軽く叩く。彼は成績優秀で頭も良く、その上顔も育ちもいい完璧人間だ。彼が運動部の助っ人として参戦すれば負けはなく、おまけのはてに女性に対してとても優しい。密かにファンクラブが作られるほどの人気に、男子はほとんど声をかけられずにいるが、唯一気軽に話しかけているのが俺だろう。
「あっ、吹雪くんもみる? たっくんのレポート!」
「おい、なんで俺のレポートを見せる権利をお前が持っている」
「そうだね、僕も武榴くんのレポート読んでみたいな。結城さん」
「はい、かしてあげる。後でたっくんに返しといてね。じゃぁ私は席に戻るよ」
そう言うとそそくさと席に戻って行く芽衣。彼女も気楽に吹雪と話せる人間の一人だ。別に幼馴染とか同じ中学校だったとかそういうわけではなく、たまたま俺と吹雪が仲良くなったところに芽衣も来て、そのまま彼女も吹雪と友達になったのだ。
吹雪は俺のレポートをパラパラとめくり、文章に目を通していく。一通り流し読みが終わったのだろうか。彼は真剣な表情でこう切り出した。
「共存路線には、程遠いよね」
「まぁな。非能力者にとってすれば、能力者は恐怖の対象だからな。最近に犯罪者の九割が能力者だっていうし、警戒するのが当然だろ」
「そのための『首輪』かぁ」
彼は自分の手首に巻かれた腕輪を撫でる。
銀色でゴツい形をしたその腕輪こそ、能力者であることの証だ。超能力暴走制御装置、通称首輪。能力者が能力発同時に体内で分泌される特殊な物質を感知し、一定量を超えた段階で麻酔を体内に打ち込む装置だ。
能力発動にしかその物質は放出されないため、能力を使っていない状態で能力者であるかを見分けることはできない。よって首輪をつけているのは、自ら名乗り出た登録能力者だけだ。
「お前も変わってるよな。自分から名乗り出るなんて」
「名乗り出れば補助金がもらえるし、お風呂に入る時は外せるから不便じゃないからね。それに、登録してないだけで犯罪だからね。登録しておいて損はないよ」
能力を登録しないだけで犯罪者となるのはおかしいと思うが、その言葉は飲み込んだ。
非能力者の俺が、能力者を擁護するようなことを言うと、他の奴らに目をつけられる。能力者か否かを見極める方法がない以上、余計なことは言わない方がいい。あらぬ疑いをかけられて通報されると時間が無駄になる。
「能力者は大変そうだな」
「武榴くんも大変そうだね。悩み事が多そうで」
「まぁな。最近は百足の姫みたいな犯罪者もいるからな」
「えっ、百足の姫って悩みのタネになるの?」
吹雪が不思議そうに首を傾げる。
「あれだって犯罪者の亜種だからな。ああいうののせいで、能力者が危険なものだって思われる」
マスコミは、百足の姫をヒーロー扱いしているが、俺はそうは思わない。確かに百足の姫は犯罪者を狙って襲撃し、自ら犯罪を引き起こすようなことはしない、漁夫の利を狙うタイプであり、なおかつ誰も殺さずに事件を収束させるが、それでも犯罪者は犯罪者だ。
「随分能力者に対して優しいんだね。もしかして未登録だったり……」
「吹雪、冗談でもそういうことは言うな。ただでさえみんな他人を信じれなくなってるんだ。ちょっとしたことで通報される。それにーー」
少しだけ声のトーンを落とす。
「最近アンデッドが動いてないせいで、みんな不気味に思ってるんだよ。そのせいで誤認逮捕の確率が高くなってる」
「……アンデッドね」
その名前が出て来るといつも、吹雪はその笑顔に影を落とす。
犯罪者集団アンデッドは、この広くも狭くも無い町、月島町で猛威をふるった能力者集団だ。銀行強盗、バスジャック、爆弾テロや警察署襲撃。無差別殺人や無差別放火など、犯罪の限りを尽くした犯罪者達で、その構成員は未だに一人も捕まっていない。
アンデッドを名乗る物が現れてもどれも模倣犯で、なかなかアンデッドという組織の実態を知ることができないのだ。
「でも、どうして最近はアンデッドが動いていないんだろうね。やっぱり百足の姫が関係しているのかな」
「その可能性が高いな。アンデッドが動かなくなってから、百足の姫が現れた。ってことは、あの派手な女がアンデッドと何かしらの関わりがあるってことだ」
ホームルームを終える号令がかかっても、俺たちは構わず話し続ける。
「うーん、関係があるのはわかるけど、どう関係があるのかな」
「さあな。そればっかりは俺もわかんねぇよ。情報が少なすぎて推測ができねぇ」
「また二人して難しい話してるよ」
ふと隣を見ると、そこにはほっぺたを膨らませた結城芽衣がそこにいた。俺も吹雪も一瞬だけ彼女に視線を向けたが、すぐに向き直る。
「それで、百足の姫とアンデッドの関係について、数少ない情報から推測するとーー」
「無視すんなコラァ!」
「うおっ、あぶねぇぞ芽衣! 椅子振り回すんじゃねぇよ!」
「無視するたっくんが悪いんだよ! ねっエミー!」
「ふぇ!? 今どんな話してたんですか!?」
慌てた様子で俺らの方を向いたのは、俺の前の席で本を読んでいた女子生徒だ。メガネにおさげというその姿がやけにしっくりくる彼女が、吹雪と普通に話せる三人目の生徒。俺たちが親しみを込めてエミーと呼ぶ彼女は、クラスの中で一番国語の成績がよく、音楽の才能もある、ザ・文科系少女。外見通り運動は苦手で、ドジっこなところもある。
元はといえば芽衣が、彼女を無理やり会話に混ぜたのがきっかけだったのだが、今では四人で遊びにいくほど仲が良くなっていた。
慌てた様子で俺たちを見るエミーに、吹雪が爽やかスマイルとともに話の流れを大まかに説明した。
「……つまり、二人が難しい話をしていて、芽衣さんがいつも通り怒ったんですね」
「そうなの! 吹雪くんもたっくんも、二人になるとすぐ難しい話始めちゃって、私が入る余地がないの! ホント困っちゃう」
「結城さんがいるところで難しい話しちゃ駄目ですよ、吹雪さん、相沢さん結城さんがかわいそうですっ」
「むぅ。エミーがそう言うなら仕方ないな。芽衣がバカで話について来れないのが悪いと思ってたんだが、エミーがそう言うならーー」
「こらぁ! たっくんまた私のことバカって言った!」
顔を真っ赤にして手を振り回す芽衣。吹雪は笑い、エミーはオロオロする。俺の周りでは、当たり前のような日々が当たり前のように過ぎていく。突然能力者に襲われて死ぬ人もいるというのに、俺たちはそんなことと無縁の生活を送れている。
「そういえば、今日いつものゲーセンにあたらしいダンスゲームが入荷されるんだって! みんなで遊びにいかない?」
「いいね、って言いたいところだけど、僕はバスケ部の助っ人にいかないと」
「私は、今日発売の本を買いたいから……ごめんなさい」
「今日は無理だ。事件の後だからな」
「ちぇっ。みんな駄目なんだ。仕方ないね」
芽衣は自分の鞄から一枚のチラシを取り出す。ドーナツショップの割引券がついたものだ。
「帰りにドーナツ買って、家に帰ってから食べよっと」
「結城さんは本当にドーナツ好きよだね」
「ほぼ毎日食べてますよね」
「そのくせ虫歯もねぇし、太らねぇし。世の中の女の敵だな」
芽衣は嬉しそうな顔で教室を出ていった。それを合図に俺と吹雪、それとエミーが廊下に出た。
俺とエミーが帰る方向は同じだ。というより、俺の目的地とエミーの行きつけの本屋がほぼ同じ場所にあるのだ。
「相沢くんは、どうしてこっちから帰るんですか? 相沢くんの家って反対方向ですよね?」
「昨日襲撃された銀行がこっちにあるんだよ」
呆れたようにため息をつくエミー。
「また『取りこぼし探し』ですか」
「まぁな。百足の姫が何か残してってないか、探しに行く」
「ほどほどにしないと、変な疑いかけられますよ?」
「ほどほどにするさ。どうせ何も残ってないだろうからな」
本屋の前でエミーと別れた俺は、昨日百足の姫が暴れた銀行へと向かう。
あの一件でビルは壊れ、道は割れ、血痕が飛び散っているのが普通なのだろうが、この町は違う。
能力研究の最先端をいく月島町は、科学技術においても他の場所よりも抜きん出ている。その証拠の一つが、再生する建物だ。
昨日あれほどまでに破壊された銀行前には、傷一つなく、何事もなかったかのように日常が流れていた。ムカデが這ったビルにもその痕跡はなく、道路に打ち込まれた銃弾の痕も消えている。これが月島町の科学力であり、月島町で能力者によるテロが起こる最たる理由だ。
月島町の科学力を手に入れれば、能力者に不利なこの世界を変えられる。そんな考えが能力者犯罪における動機のトップだ。
月島町は能力研究のために能力者が集まる場所でもあるので、月島町を手に入れるということは、同時に自分たちのことを知るということにもなる。特的機密として何の情報も明かされていない能力研究の正体を知るために、テロを起こすというものも少なくない。
そんな月島町で今一番騒がれている犯罪者、百足の姫についての情報を得るためにここまで来たのだが、警察もいないので今回の収穫はなさそうだ。
「そうだ、俺もドーナツ買って帰るか」
ポニーテールの幼馴染のことを考えながら、俺は来た道を引き返す。少し走れば芽衣に追いつくかもしれない。そんなことを考えながら。
今作を閲覧してくださった方、本当にありがとうございます。仕舞獅子舞です。今作は犯罪者の少女が戦う、簡単に言えばダークファンタジー系となっております。
他サイトではちょくちょくオリジナルを書いているのですが、本格的に当サイトで書いていきたいと思ったので、オリジナル作品をこちらに投稿しました。
楽しんでいただけたら幸いです。
ご指摘、誤字報告、ご感想、批判等なんでも承っております。