天龍いくえ不明   作:クレマ

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みんなFGOやってんのな。よし、俺もやってみっか!

貯まった呼符(90枚)でマーリンガチャ イクゾー!!



結果、ルーラージャンヌが出ました(勝利)













90枚使い果たして金枠鯖はジャンヌしか出ませんでした(爆死)


オリ主が原作と世界の乖離に苦しむ二話

深い暗がりから、明るみに這い出るような。

生暖かい水飴の中をかき分けて進むような。

 

まどろみから浮上して、意識が熾り燃え上がり――。

 

目を開く。

 

「あっ、よかった。……大丈夫ですか?」

「……はい?」

 

明るい日差しの中。

硬い地面の上で。

目が覚めたら、金髪の美少女に顔を覗き込まれていた。

というか、膝枕されていた。

 

――ファッ!?

 

さて、何を言っているのかわからないと思うが……いや、ほんとどういう事なんだコレ?

目が覚めたとは言え、いまいちまだ頭がぼーっとする。

具体的には何故外で目覚めるのかが思い出せない。

そもそもこの人は一体誰なんだ……?

 

「痛っ……!」

 

いつまでも膝枕されたままにはいかないので、(若干名残惜しみながら)身を起こす為に地面に手を突くと、突然肩に引き攣るような痛みを覚える。

反射的に手を当てると、何となく手触りに違和感。見れば、まるで穴が空いたかのように服が破れている。

 

「何だこれ……?」

「日本は治安が良いと聞いていたのですが……酷い怪我をされていました」

「――――――――っ」

 

転がるように少女から距離を取る。――いや、実際の所その必要は全く無いのだが、今の俺は「他人」というものを酷く恐れていた。

 

「あんたは……」

 

ぼやけた昨日を思い出した。

痛みと恐怖、そして絶望と――剣。

 

夕方に受けた、到底助かるとは思えなかった怪我が既に跡形も残っていない。

名残のように肩が痛むが、それだけだ。

 

自分の神器は、剣を出現させた。とても、怪我を治すような機能があるとは思えない。

なら、この少女は、おそらくは――。

 

「あっ、申し遅れました。私、本日この町の教会に赴任してくることになりました、アーシア•アルジェントです」

 

アーシア•アルジェント。

ハイスクールD×Dにおいては悪魔を助けたことで教会から追放された、治癒の力を持つ神器を宿す元聖女。

細かい日時は不明だが、おそらくは数日中に命を落とすことになる、ただの人間。

 

「アーシアさんか。俺は兵――」

 

名乗ろうとして、口を噤む。

いや、待て。もしも堕天使レイナーレが俺の事を仲間に話していた場合、これから廃教会に赴くアーシアの口から俺の名前がでるのは不味い。

もしもレイナーレが「たかが人間の分際でこの私をフッた兵藤一誠とかいうアホをブッ殺してくるわ」とか言っていた場合、アーシアに兵藤一誠という男が救われたという情報は俺にとって非常に不都合だ。

しかし、原作では確かドーナシークとかいう堕天使が兵藤一誠の顔を知らないような口ぶりだった。

ならば。

 

「ひょう?」

「……ああ、兵部京介だ。キョースケでいいぜ」

 

偽名。

心優しいシスターさんに嘘を吐くのは少々良心が痛むが、ここには兵藤一誠なんて男はいなかった。――そういう事にしなければ、せっかく助かった命が無駄になる。

アンリミテッドな名前になってしまったのはご愛嬌だ。兵、から続く適当な名前が思いつかなかったのだ。

 

「実はでっかいナイフ持った大男に襲われてさ。死ぬかと思ったけど、いや、助かったよ。ありがとう」

 

そうだ。レイナーレもここにはいなかったということにする。

通り魔に襲われて重傷を負った俺は幸運なことに偶然通りがかったアーシアに救われた。

レイナーレも兵藤一誠も、なんの関わりも持たない。

そういう事にしよう。

 

「――そうでしたか。これもきっと、主のお導きですね」

 

神様。

聖書の神。

聖四文字。

 

この世界において、それは遥か昔に失われた存在だ。

聖書という神話、天使と堕天使と悪魔の三つ巴の大戦。大きい目で見れば内輪揉めの仲間割れだが、その戦いにて、四人の魔王達とともに滅びている。

現在ではその名残ともいうべき体系化された奇跡、「神のシステム」を天使長ミカエルが維持しており――とにかく、既に「神様のお導き」なんてものはただの幻想で。

故に、彼女の祈りは最早見当はずれだ。

――でも。

 

(神様を信じたい気持ちは、俺も分かるよ)

 

俺は彼女の神器によって死の淵から救い上げられた。

神器とは神のシステムによって運営されており、神のシステムは信徒の信仰を束ねることによって構築されている。

ならばきっと、俺を救ったのは彼女と、彼女の祈りだ。

 

そんな彼女の信じるものなら、俺も信じてみようかな、と。

 

「ああ、神様様々だな! 俺もちょっと入信してみたくなったぜ」

 

これは、そういう軽い気持ちで口にした言葉だった。

すると。

 

「なら、どうぞ」

 

そう言って、首に掛けていた十字架の付いたネックレスを手渡して来たのだ。

 

「いや、受け取れねえってそんなの! それってあれだろ、結構大事なものだろ?」

 

俺の知識が正しければ、この十字架の付いたネックレスはロザリオと呼ばれるものだ。

いや、ロザリオには数珠のような珠が付いているはずだし、そもそも首に掛けるものではないらしいからこれはまた違う物なのかもしれないが、それでも信仰の証には違いない。

大工にとっての金槌のように、料理人にとっての包丁のように、書道家にとっての筆のように、無くてはならないものであるに違いない。

 

布教を行う宣教師ならともかく、教会から追放され、行く宛を無くして堕天使に引き取られた彼女が、誰かに譲り渡せるものを持っているわけが無いのだ。

 

「いえ、いいんです。もう危ない事の無いようにって、神様のご加護を祈るお守りです!」

 

無い。の、だが……。

 

「……そう言われると、遠慮しづらいな」

 

しかし、純粋な親切心からの贈り物となると話は別だ。利害とか損得とかそういったものの一切を無視した、ただ善かれと思っての行動には、有無を言わせぬ熱量がある。

 

「もしかして、押し付けがましかったですか……?」

「いや! 別に、そういうわけじゃないんだ。……うん、ありがたく頂くよ」

 

まあ、決して迷惑なわけでは無いし、善意を拒絶するのはガキっぽい気がするので受け取ることにする。

手渡されたネックレスを早速首に掛けると、若干申し訳なさそうだったアーシアさんの表情がぱあっと明るくなった。

 

(うん、やっぱり女の子には笑顔がにあ――)

 

「ところでキョースケさん」

「あ、はい」

 

美少女の顔がほころぶのにちょっとほんわかしていると声がかけられる。

そういえば、彼女は確か廃教会に行きたいが、道が分からなくて困っている、という設定だったはずだ。

廃教会……堕天使の巣窟。俺を殺しかけた怪物と、その信奉者たるはぐれ神父達のテリトリー。

 

――寒気がした。

の、だが。

 

「――ううん。やっぱり、なんでもありません」

 

拍子抜けだった。

 

「見た所、もう大丈夫なようですし、私はここで失礼させていただきますね」

「あ、ああ……気を付けてな。物騒だし」

 

てっきり、教会まで案内してください的なお願いをされるのかと思ったが――というか実際、原作では道に迷っているところを主人公に送ってもらうはずだったのだが、一体どういう事なのか。

主人公である俺が生存していることから――否、物語の始まりの日にレイナーレをフッた時からハイスクールD×Dはすでに俺の知っているものとは変わっている。

現に俺の神器は赤龍帝の篭手ではなかったし、俺の評価はエロ三人集の筆頭ではなく中二病だ。

しかし、駒王学園にはオカルト部が存在し、堕天使レイナーレは俺を狙い、そして元聖女アーシアはこの町に来た。いくらバタフライエフェクトが起きたとしても、外国まで変化を起こせるとは思えない。

なので、元々地図を用意しているとか、堕天使達やはぐれ神父達に案内をもらっているとか、前もっての準備が必要になる理由は除外できる。その上で考えられるのは他の誰か、英語の話せる者に道を教えてもらっているとか――。

 

はて。

去って行く、日本語を話せないハズのアーシアを見ながら疑問が一つ。

 

――俺は何故アーシアと会話できたんだ?

 

 

 

―――

 

 

 

閉じ切った部屋の中。

カーテンまで閉めた、暗がりの安全圏(テリトリー)

 

「イッセー……本当に晩ご飯要らないの?」

「……ああ。なんか、食欲湧かねえわ」

 

ベッドの上に踞って、食事さえ断って――ようするに、引きこもりと化していた。

 

アーシアと別れるまではなんと言うか、美少女とのおしゃべりにメンタルセラピー的な効果があったのか、割と精神的に落ち着いていたのだが、そこから別れて家に帰る頃にはすっかり心的外傷(トラウマ)を拗らせてしまっていた。

 

明確に自分の力(セイクリッドギア)勝利した(死地を乗り越えた)という感覚があったならこんな風にはなっていなかったのだろうが、残念な事にあの時はぶんぶん振り回していた手の中に突如剣が出現しただけという、振り返ってみれば間抜けなものだった。我侭なようだが、これでは勝利の実感には程遠い。

――死と痛みの恐怖に打ち勝つには、あまりにも程遠い。

 

とは言え、まあ一般人が怪物(堕天使)に襲われた結果としては命を失う事も無く、怪我の一つも残らないとなればむしろ上々と言えよう。

 

と。

理屈の上で客観視すればリザルトでSランク待った無しな結末なのだが、それで終わりにならないのが人生と言うヤツだ。

具体的には学校だ。

俺が堕天使レイナーレに襲われたのは金曜日のことだったので、そこから一晩気を失って土曜日になり、その土曜日は部屋から出ずに過ごして今が日曜日の夜になる。

一晩で、腹をくくる。

学校とは俺にとっては日常だ。日常に沿って、規則正しく行動する事こそが刻み込まれた恐怖を過去の物にし、徐々に薄め、いずれは消し去ってくれるに違いない。

だから、問題はその日常への第一歩を踏み出せるかどうかなのだ。

 

「踏み出せるか、どうか……」

 

か、どうか。

 

……うじうじ。

 

弱気の虫が、うじうじと。

 

「……あ”あ”ーッ! 暗ぇっ! 楽観だ楽観。こんなもん、案ずるより産むが易し的なサムシングだよ絶対。そうでなきゃ困るもん」

 

気勢を上げる。

心に巣食う陰気を弾き飛ばすようにベッドから飛び上がって、窓を覆うカーテンに近づいて――ジャーっと。

 

「だいたい環境が悪い。こんな部屋暗くしてお外シャットアウトして、一歩踏み出すもクソもねえじゃん。何やってんだ俺は……」

 

カーテンに続いて窓も開け放つと風が入って来た。

穏やかな涼風は換気ゼロで若干蒸して来ていた俺の部屋と一緒に俺の心まで洗ってくれるようだ。

そのまま窓から外を見れば、雲一つない夜空に綺麗な月が輝いている。

 

「よし、そうだな、日常ってんなら飯食わねえと。晩に晩飯食わねえで日常もねえよな」

 

神器の事、アーシアと話せた事、色々と気になる事は尽きないが、全部後回しにしよう。

まずは今生きている事を喜んで、まずはそれからだ。

 

ぎゅるるとうなり声を上げ始めた腹をさすりながら――ふと、下を見下ろすと。

 

「あいつら……?」

 

親友だった。

ふらふらと、見えないロープで引っ張られるような生気のない歩き方をする、松田と元浜の二人。

我が家に通りがかって、通り過ぎて行って。

その先にある物を想像して。

俺はスマホを引っ掴んで大急ぎで靴を履いて。

 

家を飛び出す決心をした。

 

 

 

―――

 

 

 

「待てよ……! 待て、おい! お前らッ!」

 

身体をぶち当てるようにして扉を開き、どこに行くのかと静止を求める母の声を振り切って。

遠ざかった二人を追いかけて追いついて。

肩を掴んで振り向かせて――振り向かせたその顔は。

 

「――――――っ」

 

ゾッとした。

振り向かせたその顔には、有り体に言って生気が無かった。

青ざめて生きているように見えない、という事ではない。

開いた瞳孔、虚ろな眼差し、抜け落ちた表情に、開いているというよりも閉じていないだけの口元。

――生きていない。と、一目で確信した。

何も見えず、何も聞こえない。そうなるように魂を封じ込めて、所有者を失った肉体を遠隔操作(ハッキング)される。

人権、誇り。人の魂の尊厳を何から何まで無視して犯す。まさに、悪魔の所業。

 

そんな事をする悪魔に、俺は心当たりがあった。

はぐれ悪魔バイサー。

主に歯向かい、これを殺すかあるいは逃げ出した元人間の転生悪魔。

原作では特に見せ場があるわけでもなく、味方tueee描写のためのカカシみたいな扱いで大したキャラ設定も無い。主人公のチュートリアルのための、いわゆる使い捨ての出落ちキャラだった。

だが、バイサーには一つだけ重要な設定があった。

それは、ハイスクールD×Dにおいておそらく唯一の、食人行為の常習者である事。

人を誘き寄せ、喰らう。

まるで誘蛾灯に吸い寄せられるかのように、盲目的に亡者のように、意思無く歩く親友二人の様子を見れば、なるほど、一目瞭然だ。誘き寄せられている。

であれば、食われるのだろう。

 

――冗談じゃない!

 

「ふざけんなッ! んなことさせてたまるかよ……テメェら、さっさと目を覚ましやがれ!」

 

そうだ、そんなこと許せるわけがない。

憤りを胸に、二人を殴りつけ、押し倒し、力ずくで押さえつける。

だが――

 

「うお――とま、止まれよおい!?」

 

止まらない。

空虚なまま、ふらふらと。――重機を思わせる緩慢な怪力で。

俺を払いのけ、拘束を意にも介さず。

まるでゾンビのようだ。

死を恐れず、痛みを感じず、理性を知らず――だからこそ、己が身体の限界を無視して、骨肉の崩壊と引き換えに人知を超えた膂力を発揮する。

であれば、ブチブチと引きちぎれるように響くこの音はきっと筋繊維の断裂に違いない。

 

「どうすりゃ良いんだよ……っ!」

 

俺がどれだけ力を込めても、二人の速度は変わらない。

ずるずると引きずられるだけで、足手纏いにすらなれず――ああ、もう着いてしまった。

無力感を抱えながら辿り着いてしまった、町外れの廃屋。

はぐれ悪魔バイサーの棲家だ。

 

「クソが……っ!」

 

さて、この「町外れの廃屋」だが。

もともと町外れなんて簡潔な説明をされてしまっているが、正確には町外れというよりも立地の悪い閑静な住宅街というほうが正しい。

原作ではただ廃屋としか書かれてはいなかったが、こうして実際に来てみると廃屋というよりも割と綺麗な――というか、周囲の住居よりもいくらか大きめの、ぶっちゃけ城みたいな洋館であった。

だというのに廃屋となっているのはきっと、この一帯の目玉として変に力入れてでっかいのを作ってしまったけど集客力に重きを置きすぎて売らなきゃいけない事を忘れてて気付いたときには価格がとんでもない事になってしまい最終的には誰の手に渡る事もなくいつのまにか廃屋みたいになってしまった、とかそんなんだろうなあ、と――。

そういえばこういうのって不動産とかがたまに入って掃除とかして維持するとか聞いたことがあるけど、見るからに埃積もってるし窓から蜘蛛の巣が見えるし、作った会社はもう滅びてるんだろうなあ、と思いつつ。

そうじゃないなら、売る前に魔法とかで一気に綺麗に出来る、悪魔達の会社が作ったに違いない。

 

とまあ、それはともかくとして。

ひとりでに開かれた扉をくぐって入る二人に俺。

 

早速出迎えたのは人骨だった。

 

「――――ひっ」

 

肋骨であったと思しき、滑らかにカーブした骨。

大腿骨であったと思しき、長く太い骨。

これらはひび割れ、折れて、全体像をうまくつかみ取れないが、一つだけ損傷の少ない骨があった。

 

頭蓋骨。

学校の理科室にあるような骨格標本と同じそれが、腐敗した肉片をへばりつけたまま痛ましく放置されていた。

これさえなければ何か人間ではない他の動物の骨だと勘違い出来たのに。

 

「オヤァ……?」

 

恐怖に肺がこわばって呼吸が変になった俺に、その時声がかけられた。

 

「ヘンなのがいるなァ……? お菓子についてくるオマケかな……?」

 

バイサーだ。

 

酷く艶かしい、陶酔した女の声。

部屋中に反響するような、奇妙な聞こえ方だった。

どこから喋っているのか分からないせいで、四方八方を囲まれているようにすら感じられる。

 

「呼んだのは二人だけなのに……大盛りなんて幸運だなァ……?」

 

ゆっくりとした声。

距離感すら掴めないせいで、遠くから叫ばれているようにも、耳元でささやかれているようにも感じられた。

ちょっとドキドキするのはきっと、興奮ではなく恐怖に違いない。

 

誰がオマケだこの野郎――と言いたいが、下手に挑発しても死ぬだけだ。

大丈夫、こっちだって策はある。別に相手を撃破するだけが道じゃない。

 

「お前は……はぐれ悪魔バイサー、だな」

 

懐から携帯電話を取り出し、通話しているかのように耳に当てながら一歩踏み込み、親友二人の前に出る。

 

松田と元浜は家に入ってすぐ動かなくなり、その場で立ち尽くすだけだった。

ちょうどいい、すぐに洗脳状態が解けてパニックを起こされるよりはマシだ。

 

「俺です。はい、情報通りでした」

 

あたかも通話相手がいるかのように呟き、すぐに携帯をポケットにしまう。

 

「魔王ルシファー様が妹君、紅髪の滅殺姫(ルイン•プリンセス)と謳われるリアス•グレモリー様の管理する、この駒王町に侵入するとは……知ってか知らずかはともかく、運が無かったな」

 

あくまで高圧的に、可能な限りの高慢を装って宣言する。

そう、策とは即ち、虎の威を借る狐作戦だ。情けない事だが。

 

(でも、無力に悔しがるのは今じゃない。今は演じ切るんだ、悪魔の眷属を)

 

ちらりと振り返って、操られた親友二人を見る。

 

「貴様の命運もここで尽きる――と、言いたい所だが。ここで事を起こしては民間人を巻き込むか」

 

チッ、と腹立たしそうな舌打ちも忘れない。

良いぞ俺、今の俺かなり悪魔だよ俺! この調子で仲間tueee感と俺sugosooo感を演出しきればバイサーをここから撤退させられるかもしれん。

 

「リアス様は慈悲深い方だ、人間を巻き込む事を好まん。二人を解放し、この町を離れるならば……不本意だが、見逃してやろう」

 

言い切った。

さあここが分水嶺だ、これが上手く行くかで俺の命運の明暗が決まる。

さあ、返答やいかに。

薄暗い洋館の中を沈黙が包んで――。

 

「……ああ、お芝居は済んだか?」

「クソッたれが!」

 

ごう、と風を切る音がする。

それも真上から。

第六感、背筋に走る悪寒を信じて身を投げ出すようなダイブでその場から逃げる。

 

「見てたぞ……? そこの二人を止めようとして……引きずられて……必死だったな……?」

 

振り返ると、そこにいたのは四足獣のような巨大な怪物。

まるで薄汚いケンタウロス。肉食獣を思わせる異形の下半身から裸の女の上半身が生えている。

そんな怪物が二つの長槍を手に、ついさっきまで自分のいた場所を粉砕していた。

 

「……いい歳して覗きかよ。自重しやがれっての、年増が」

「お前は何だか旨そうだなぁ!」

「話が通じねえし!」

 

突進を転がるように回避する。

まずは距離を取るのだ。こんな怪物とまともにやり合うなんて論外だ。離れれば何とかなるというわけではないが、近づいたら命が無い。

離れて、太く頑丈そうな円形の柱を背に、その陰に隠れて――あれ、それからどうしよう。

バイサーはそもそもが巨体だ。それはつまりその巨体を実戦的に動かすだけの筋肉がそこに詰まっているという事で、その巨体で人間を追いつめるための戦術を持っているということで。

筋肉というのはゴムみたいなものだ。伸張したり膨張したりして、堅く弾力がある。分厚くなれば鎧と変わらない。

要するに、強いのである。只人が殴ったり蹴ったりしただけでは、ビクともしないくらいには。大きいというのはそもそもその時点で力だ。その上で超常の魔力を持っているなんて。

 

ビキリ、と不吉な音がした。

 

「――ッ!」

 

直感に従い、背にした柱から避難する。

直後に発生する亀裂音、破壊音、内部から爆発したかのように散弾が如く飛散する鉄筋の混じったコンクリート片、それらを生み出したバイサーの突進――人間を優に十回は殺害させられるだけの殺意がそこにあった。

 

「マジかよ……」

 

飛んで行ったコンクリート片が備え付けの家具を破壊する。

テーブルの脚が圧し折れる。

踏み心地の良い絨毯が引き裂かれる。

高級感溢れる赤いソファには大穴が空き、内部のスポンジのクッションをはみ出させ。

こぼれたクッションの欠片が、人間の内臓を幻視させて。

――恐怖にこみ上げる嘔吐感をそれでも無理矢理飲み込んで。

にぃぃ、と。

破壊衝動の発散によるものか、惰弱な生き物を追いつめる喜悦からか、振り向いたバイサーの歪んだ笑顔を睨み還す。

 

決して。己に何の力も無い、というわけではないのだ。

例えば堕天使レイナーレに目をつけられた事。

レイナーレの目的はあくまで神器持ちの排除であって、無力な一般人を虐殺する事ではないのだから逆説的に俺には何らかの神器が宿っている証拠になりうる。

そしてそのレイナーレを殺した謎の直剣。

これこそ俺の神器の発露にして、力の証明に他ならない!

 

「つーわけで、来いッ! 俺のセイクリッド•ギアッ!」

 

故に叫ぶ。

かつて堕天使を斬り殺した直剣を掴み取るようなイメージで開いた右手を前に突き出し、握り込んだ左手は正拳突きの引き手のような位置に。

なるったけ勇壮なポーズで、全力で格好を付けながら、有らん限りの勇気を振り絞って。

神器とは、想いを力に変換する装置であるが故に!

――が。

 

「……来ねえ!?」

「こここ滑稽だなぁあははははははははははははははは!」

「てめえは来なくて――うおお死ぬ死ぬ死ぬっ!」

 

神器の代わりにバイサーが来た。

 

(なんで神器が来ねえんだ!? あれか、条件付きとかそういうやつか? レイナーレの時みたいにピンチじゃないと出て来ないとか……今がその大ピンチだよクソが!)

 

再度の突進。

 

「うお……クソッ!」

 

それが連続する。

バイサーの下半身は獣のそれだ。悪魔の筋力、瞬発力を持っている事以上にその構造自体が人間のものよりも遥かに移動に優れている。

しかし肉体の大型化によるものか、単純に技術がないのか、その動きは大雑把で細やかさに欠けていた。

神器も使えない俺がここまで生き延びていられるのは、偏にこれによるものであった……が。

 

「もぉぉぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

何度も何度も――人間以上の速度で追いかけ回されて、いつまでも躱せていられる訳が無かった。

 

とてつもない速度で接近する、殺戮の喜悦に狂った嬌声。

ドスンドスン、と床を粉砕せんとばかりに踏み鳴らされる足音。

崩れた体勢を自覚し、避けられない事を悟る。

不明な理由で出現を拒む神器。

しかし、存在しないわけではない、はずなのだ。

――だから、語り掛ける。

 

(俺の神器、お前が表に出てくれないのは分かった。でも、だったら俺の内側でくらい働きやがれ!)

 

この神器に意思があるのか、そんな事は分からない。

分かる事は一つ、神器には想いに応える機能があるという事。

 

「だったら! もっと速く疾走れェッ!」

 

その時、グン、と。

脚が燃える――否、錯覚だ。

怒号の瞬間、一体どこにこんな力があったのかと疑問に思う程の活力が胸の奥から発現し、両の脚に収束して爆ぜる。

視界の全てが溶けたように流れ、極僅かな残像を残して線に変貌し――。

 

「うおぉぉおお――!?」

 

当然、そんな世界の速度に俺が適応できるはずもなく。

 

「――っでェッ!?」

 

頭部への衝撃、それに遅れてやってくる鈍痛。

辛うじてバイサーの攻撃の回避には成功したものの、体勢の崩れた所から無理に飛び出した事もあり、ろくな着地も出来ずに避けた先に転がっていた壊れた家具に頭をぶつけてしまう。

 

「……っ、馬鹿な、どこに――!」

 

バイサーはと言えば突然の超加速に獲物の姿を見失ったのか、俺の姿を探している様子であった。

不意打ちの絶好の機会だが、しかし俺はと言えば脳震盪でも起きたのか全身がふらつく。

風邪で高熱に浮かされたように身体の重さが消え失せ、視界が揺れてまともに立つ事すら難しい。

鈍痛の止まない頭に手を当ててみれば、酷くぬめる。

手のひらには血液がべっとりと付着していた。

 

「……はは」

「そこかァ!」

 

思わず笑ってしまう。

これまで平和に、オカルトの関わる事など一切無い、ごく普通の生活をして来たのに。――して来れたのに。

堕天使には殺されかけて、今はこうやって悪魔に命を狙われている。

“原作”が始まったとたんこれである。一体何だって言うんだ。まるで踏んだり蹴ったりだ。

――気に入らない。

 

「チョロチョロとネズミのように! 目障りだ! さっさと死ねぇ!」

「ふざけやがれ! 窮鼠猫を噛むだ、お前が死ね!」

 

べっとりと血に濡れた右手で首に下げた十字架のペンダントトップを握り締める。

決して、これは祈りではない。

握り締めた十字架のペンダントトップを通したひもから引きちぎる。

一矢報いる、その決意のために!

 

「潰してやる……っ!」

 

バイサーがその手に握る一対の長槍を振り上げる。

俺の十字架を握るこの手に光が生まれる。

 

抗う。只それだけを胸に、理不尽への怒りと湧き上がる活力に任せてバイサーの攻撃に立ち向かう。

 

手に生まれた光は輝きを増し、体積を一瞬で増加させて棒状に変化する。

棒状に変化した光は炸裂するように弾け、十字架を象った鉄槌へと姿を変えた。

 

「たかが人間の分際でぇッ!」

「見下してんじゃねえ!」

 

振り下ろされる一対の長槍。

十字槌を握り締めて振り上げる。

バイサーに比べ地力と体格で劣る俺では防御したとしても守りの上から潰されてしまう。

 

(防ぐんじゃない……打ち勝つんだ!)

 

狙うは武器破壊。バイサーの長槍は見るからに簡素な物で、ともすれば自作した物のようにも見える。あまり質は良く無さそうで――端的に言って、ボロっちい。

これならば性能が未知数とは言え、曲がりなりにも神器である十字槌の方がいくらかは上等なはずだ。

だから、打ち合った際には、きっと――こちらの方に勝機がある。

ふらつきは、いつの間にか消えていた。

 

「おおおおおッ!」

 

果たして――勝ったのは俺の十字槌だった。

十字槌を払うように振るい、まずバイサーの右手の長槍が圧し折れる。

勢いを僅かに減じさせた十字槌に力を込め、そのままの軌道で左手の長槍に叩き付ける。

角度的に正面衝突に近かった右手の長槍と違い、真横から叩き付ける事になったからか、あるいは右手の長槍との衝突による減速の所為か。十字槌が左手の長槍を破壊する事は叶わず、その成果は軌道を逸らすだけにとどまった。

だが。

 

「まだだッ!」

 

この、胸から湧き上がる活力はまだ、尽きてはいない!

左手の長槍を弾いた十字槌の動きを柄を蹴ることで反転させる。

落ちる十字槌をツバメ返しのように跳ね上げて、頂点に昇ろうとする軌道を力尽くで捩じ曲げる。

 

ここで勝てなければ死ぬと確信した。

 

「おらァ!」

「ギャアアアアアアアアッ!?」

 

捩じ曲げた十字槌の軌道をバイサーに向け――直撃させる。

命中したのは胸の中心。クッションとなってしまう柔らかな乳房を避け、胸骨のど真ん中を強烈に打ち付ける。

バキバキ、と硬質の砕ける音が響く。鉄槌の破壊力、活力のもたらす膂力に悪魔の骨格が限界を迎えてしまったのだ。

ジュウ、と肉の焼けるような音が発生する。十字架の聖性に悪魔の肉体が悲鳴を上げているのだ。

 

追撃を絶やしてはならないと直感した。

怒りと痛みに絶叫する今でなければ負けるのは自分になる。

 

「ああッ!」

「アガッ!」

 

再び振りかぶる時間も惜しかった。

胸骨を粉砕し、陥没した胸元から十字槌を引き抜く事もせず、鉄槌のヘッドをこすりつけるようにそのまま顔面へと移動――顎を搗ち上げる。

槌の勢いのままに活力によって強化された脚力で跳び上がり――視界の外で折れた長槍を捨てていたのか、空手となっていた右手で胸ぐらを掴まれる。

 

「ガッ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「しまっ……!」

 

バイサーの絶叫が変化する。

悲鳴から咆哮に。

困惑と恐怖のそれから、殺意と憤怒のそれへと。

見れば長槍を握る左腕は弓の弦の如く引き絞られており、今すぐにでも強力な刺突を繰り出す事に何の支障も無い。

だから、今すぐにでもこの振り上げた十字槌を振り下ろすべきなのに。

血の混じって、ごぼごぼと水っぽい音の混じった咆哮の威圧は、俺の動きをほんの僅かに停止させ。

 

「…………ッ!」

「くそ……っ!」

 

終に息の尽き果てて、尚も止まない咆哮。

もちろんそれは音声にはならず、かすれた喉の震えと、最早空気を取り込む事のない潰れた肺から漏れた死血の滴りでしかないのだが。

しかしそれでも、それは死を目前にした命の、純粋な獣性の発露であった。

肺は潰れ、聖性に灼かれ、既に先を失った悪魔の、言わば悪あがきだった。

引いた左腕は突き出され、突撃する長槍の穂先は俺の心臓へと向かう。

――しかし。

 

「え……」

 

どちゃっ、と。

おそらくはバイサーが最も信を置いていたであろう簡素な長槍が、叛旗を翻していた。

俺の心臓に向かうはずの長槍が、簡素であっても悪魔の怪力に振り回されて尚壊れる事の無い程度には頑強なそれが。

足りないリーチは太さを犠牲にして、細長く姿を尖らせて。

あたかも生きた蛇のように捩じ曲がり、まるで稲妻の如く持ち主の頭部を貫いている。

 

「……え、なん、で――」

 

理解が及ばなかった。

なぜ相手の武器が一人でに動いて、あまつさえ変形までしているのか。

変形するだけならともかく、それが持ち主を害するなど意味不明だ、道理が通らない。

武器は己を守り、敵を害するための物だ。敵を守って己を害してしまうのではその存在は根底から破綻している。

 

しかしそんな混乱の中でも物理法則は正常に機能していた。

バイサーの放つ決死の咆哮に、確かに俺の動きは一瞬止まった。

とはいえ、所詮は一瞬。すぐに活力によって増幅されたパワーを以て動き出し、十字槌は振り下ろされる。

バイサーの武器が異常を起こしたのはその後だった。

一度起こした動きは慣性に従って運動し、障害があるまでは停止する事は無い。

――たかが困惑による思考の停止程度では、決して。

 

ごしゃっ、と。

結果として、バイサーの頭は完全に破壊されたのだった。

物理的に跡形も無く叩き潰され、砕け散った骨肉の一片にいたるまで余す事無く聖性に灼き払われた

はずだった。

悪魔であるバイサーの魂は浄化され、欠片も残さず無に還る。

バイサーの肉体は命を失った事で一切の力を失い、糸の切れた操り人形のように崩れ落ち、そして見えない炎に灼かれたように急速に炭化してぼろぼろになっていく。

終には骨格さえ露出させて――その骨さえも同様に炭化して、後は同じだ。

 

バイサーは消滅した。

勝ったのは兵藤一誠、俺だ。

 

「俺が、勝った」

 

そう、自分に言い聞かせる。

最早悪魔も堕天使も、俺にとってはただ恐ろしいだけの存在ではない。

兵藤一誠には戦う為の力があり、そしてそれをある程度は自由に行使する事が出来る。

俺はもう、逃げ惑う事しか出来ない無力な一般人ではない、なくなったのだと。

 

「俺の、勝ちだ!」

 

精神の昂揚――勝利による興奮か定かではないが、なぜだかとてもいい気分だった。

無性に、身体が熱かった。

 




しょうがないので石でマーリン当てました(無課金大勝利)

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