俺は、まあ。いわゆるところの転生オリ主だ。
転生先はハイスクールD×Dの世界の、それもまさかの主人公様。
おっぱいドラゴン、兵藤一誠その人である。
特に死んだという記憶はないのだが、なんか気がついたらそんなことになっていた。
神様っぽいお方に会った事もなければなんらかのチートを持っているわけでもない。
とはいえ、俺の記憶が――ハイスクールD×Dという物語が正しければ、この身体には二天龍の片割れたるドライグの魂を宿した神器、使用者の能力を十秒ごとに倍化させるというこの世界でもトップクラスのチート武器が備わっているはず、なのだが――
「でねえ……」
苦節十六年、イメージトレーニングだったり動きを伴ってみたりと多彩な方法でそれを出現させようとしたが、さっぱり出ない。便秘だったら腹が破裂してるぞこれ。
「くそっ……もう猶予がないぞ……」
そしてこの世界、なんだかんだ言ってめちゃくちゃ危険である。
ラノベでは割とギャグテイストが強かったからサラッと流されているが、一巻の序盤で主人公が物理的に死んでいるのだ。かの上条さんもビックリである。
聖書の神とやらがはた迷惑にも神器なんて作ってくれたせいで、それを狙って堕天使やら悪魔やらがマンハントよろしく人間を拉致ったりぶっ殺したりしてるのだ。
悪魔共はどうやら自己研鑽をしたがらないそうなので戦力の強化を神器にまかせているようだし、堕天使勢はどうだか知らないが、まあ悪魔勢とどっこいどっこいの力関係だから似た様なものであろう。
天使勢にはそういう描写こそ無かったが、聖剣関係で結構もにょもにょやっていたし、それ以外は清廉潔白であるとは考えづらい。
まあたしかにその辺の一般人が大量破壊兵器を持っているかもしれないとかだったら放置しておけるわけもないだろうが、被害者からすればたまったものではない。
どういうわけかは知らないが、堕天使はただ持っているだけで神器を探知してくるので“関わらなければ”とか“使わなければ”とかでは隠れられない。割と三下設定のレイナーレですら見つけられるのだからどの堕天使も似た様なものと思われる。進撃の巨人かお前らは。
まあそんなわけで、もしも俺が神器を持っていた場合はまず間違いなく物語に巻き込まれる。
もしくは物語に巻き込まれなかったとしても死ぬ。
なので、せめても神器には目覚めておきたい。自衛のために。
「だから来いや天龍ぅぅううッ!」
「うるっさいわね朝っぱらからこの子は! さっさと学校行きなさい!」
今生でのお袋殿に怒られたので学校に。――されど進展は無く。
―――
「よぉイッセー! 今日も元気に厨二病やってるか!?」
学校の教室に着いてすぐに友人から声をかけられる。
松田である。
原作においては「エロ坊主」やら「セクハラパパラッチ」やら言われているがこの世界においてもそのとおりである。
また、どうも俺が知っている限りではあるが、この世界は今の所、俺をのぞいてはハイスクールD×Dの流れを遵守している。
グレモリーさんと姫島さんは二大お姉様と呼ばれているし、木場君はイケメン王子だし、塔城さんはマスコットだし、支取さんは生徒会長である。あと幼い頃しか知らないが紫藤さんは男にしか見えなかった。設定で女の子だと分かっているのにである。騙し絵か何かかあいつは。
――ともかく、ここまで合っていてはもはやハイスクールD×Dを疑えない。やばい! 絶対にやばい!
あと勘違いしないでほしいのだが、俺は厨二病ではない。
いつまで経っても神器が目覚めてくれないので、流石に焦った俺はその“呼び出し”を学校でもやっていたら、いつの間にかそう呼ばれるようになっていただけなのだ。
ちょっと休み時間とかに「右腕が疼くぜ……!」とか「光に向かって一歩でも進もうとしている限り人間の魂が真に敗(ry」とか「お前は人の力を増幅するマシーンなんだ。お前はその為に作られ(ry」とかやっていただけなのだ。だけど…………なぜ?(バイド並感)
なお、この世界では前世の世界のネタのほとんどが通用しないので、オタク扱いこそされないが、言ってる事はアレなので普通にアレである。(オブラート)
「おう、お前は今日も元気だな松田。オープンスケベもムッツリならまだ可能性感じられたかもしれないのにな」
「だれが可能性ゼロだ!」
「小数点以下は切り捨てられてるから実際には小数点以下の確立で女の子のハートを盗めるぞ」
「ガセネタじゃねーか!」
等と、他愛も無い言葉の応酬を繰り返しつつ、席に着く。
……だが何か物足りない。
そうだ、俺たちは三人組のバカトリオじゃなかったのか。もう一人は何所に行った。
「そういや、元浜はどうした? 俺結構始業ギリギリに来たはずなんだけど……まだ来てないのか?」
教室を見回してみるも慣れ親しんだメガネの姿は見えない。
どうしたんだろうかあのロリコン。
「さあ……どうしたんだろうな。俺の所に連絡は来てないけど、イッセーはどうだ?」
そう返されて、そう言えばまだ自分はメールをチェックしてない事を思い出した。
が、ざっと見る限り目当てのメールは来ていないようだ。電話が来てたならさすがに気付くし。
「だめだ。なんもねえな――っと、お?」
その時ガラリ、と教室のドアがスライドする。
すわ先生が来たかと思ったが、どうもそうではないようだ。
「なんだ……?」
妙にざわついたクラスの面々を疑問に思いながら開いたドアの方を見ると。
(――――!?)
そこにはなんと、妙に満ち足りた様子の元浜が!
(誰だお前!?)
なんか、もう、お前悟りでも開いたの? ってくらい穏やかな表情をしているが、こいつは元浜である。忘れてはいけない。
エロメガネとまで呼ばれるこいつのことだ、どうせどうしようもなくどうでもいい事に決まっている。エロメガネのこと元浜って言うのやめろよ!
「よ、よう……元浜。なんだ、仏門でも叩いたのか? 今日はなんというか――」
「――世界は美しい」
「誰だお前!?」
なんか変な事言い出したぞ誰だお前。
だが尋常ではないこの様子……まさか、こいつ本当に悟りを……!?
そう考えると何か元浜が聖なるオーラを纏っているように見えて来た。
いや待て落ち着け元浜だぞこいつは。仮にオーラを出しているとしてもそれは一文字違いの性なるオーラだ。そうに違いない。
「どうしたんだ元浜……? 今までとはまるで別人だぞ、悪い意味で。俺これから世界は美しいなんて言う奴とどうやって接していけばいいかわかんねえよ……」
「いや、実は昨日素晴らしいDVDを手に入れてな。それで一晩盛り上がってたらもう朝には賢者モードよ」
悟りもオーラも無いんだよ!(やさぐるま)
……まあ、少し安心したが。
というか、それよりも現状教室中の女子達からまるで生ゴミを見るかのようなドM垂涎の冷たい視線が元浜に集中しているわけだが、こいつこれから大丈夫なんだろうか。
「――っと、チャイムだ」
「おお、そういや一限目なんだっけか」
始業のベルが鳴り、時間は進む。――わずかな焦燥を足跡に。
―――
放課後のことだった。
告られた。
告白された。
――ファッ!?
「ま、待て、待つんだ俺……! 俺がモテるなんてあっていいのか俺……!?」
告白してきたのは長く伸ばした綺麗な黒髪が印象的な美少女、天野夕麻さん。
しかし、ハイスクールD×Dにおいてそれは偽名であり、その正体は堕天使。
兵藤一誠第一の死亡フラグ、レイナーレさんである。
「あの……?」
「あ、いや、すみませんなんか、俺告白されたの初めてで……」
しかし俺、なんだかんだ言って実は冷静である。
そう、冷静なのだ。
膝がガタガタ震えているのも、決して女の子と一対一で向かい合ったことが前世含めて今回が初めてだからビビっているわけではなく、あくまで演技なのだ。
前世においても年齢=童貞歴であり、常からヤりたいヤりたいと思いつつも風俗に行く度胸もないビビりゆえでは断じてない。断じてない。(重要)
ああでもなんなんだよこの子唇ぷるっぷるじゃねえかよおっぱいデカいしやわらかそうだし腰エロすぎだろくびれってここまで興奮するものだったのかようなじ舐め回したい!
脳内では絶賛童貞こじらせ中なのだが、しかしここで思い出されるのがハイスクールD×Dである。
このまま進むとハートをブチ抜くゾ(物理)されてしまうのだ。
お手てつないで山歩きしたいくらい可愛い彼女だが、残念なことに俺は命の方が可愛いのだ。
まあ、要するに。
――ちくしょう往ねや原作ゥ!
である。
その後、銃を突きつけられながら「君は知りすぎたんだよ……」とか言われるモブキャラのような心境で断る事にした。
―――
その場に立ち尽くしていた。
あの後、「(気持ちは嬉しいけど流石に初対面の人とイチャイチャできる程トークスキルも甲斐性も持ち合わせて)ないです」と出来る限り丁寧にお断り申し上げたら「で、ですよね! 流石に唐突すぎましたよね! あは、ははは……」と顔を赤くして去って行った。
恥をかかせてしまったようで申し訳ない。
しかしあの時は近くに他の人も居なかったし、彼女の傷もそこまで深くはならないはず。
俺も誰かにこの事を言いふらしたりなどしないため、雪女的な時間差殺法をかましにくる事は無いと思う。――そういえばこの世界の雪女ってイエティなんだっけ? ゴリラに言い寄られるなんて笑い話にもなんねえよ。
「ああー……あんな娘から話しかけられる機会なんてもう二度とこねえよぉ……」
それにしても俺、未練タラタラである。
自分の意思で断っておいて女々しいと思うし我ながら恥ずかしいが、それでもえらい美少女だった。
まあ悪魔や堕天使というのは人を堕落させるのが生業みたいなものなのだし、そのためには人に受け入れられる必要があるのだから基本美しいのは当然なのかもしれない。
「……つーか、今日だったのか」
半ば呆然としながら呟いた。
原作の開始。
現実感が湧かない。
実感が追いつかない。
自分の知識を信じたくない。
原作なんてバカな妄想で、堕天使レイナーレなんて存在しなくて、天野夕麻という名前は偽名でもなんでもなくて、俺はただのデタラメに振り回されて女の子の真剣な想いを蹴っちまった大馬鹿野郎。
そうだったらどんなに良いか。
「……もしもそうだったら、少なくとも俺は槍に刺されて殺されたりはしない」
――こんな時まで何を考えてんだよ、真性のクズ野郎が。
どうか、あの女の子が悲しんでいますように、なんて。
日が暮れてきた。――今日は、人の多い道で帰ろう。
―――
いくつかの夜が明け、そして暮れてゆく。
まだ俺は生きていられたようだ。
あれからいくつか、準備をしてみた。
まず、折りたたみ式の警棒のようなもの。
正直のところ役に立つとは思えないが、まあ一応持っておく事にした。
次に、血糊袋。
なんとなく血っぽい液体をチャック付きのビニール袋に入れただけの物だ。
ようするに相手は神器持ちを排除、殺したいだけであって、別に俺の身体に用があるわけではないのだから、うまくすれば死んだふりが効くかもしれないのだ。
最後に、チラシ。
そう、原作主人公が悪魔になる形で復活するためのファクター。悪魔を召喚するためのチラシである。
たしかあれは煩悩を持つ人間にしか配ってくれないそうなのだが、まあ煩悩なんて誰でも持っているものだし、仏教的には死への恐れ、生への執着すら煩悩扱いされるので、まさか俺には配られないなんてことは起こるまい。
しかし、これはあくまで下策であると言わざるをえない。
そもそも死にたくない俺は死なない為の方法を探すべきであり、死んでも蘇るための方法に頼るのは間違いなのだ。
(とは言え、次善策があると安心出来るしな……)
否。次善策ではない、ただの妥協案だ。
戦っても勝てない。俺の命を狙う者はそういう存在だ。なら、負けた時の被害を少しでも減らす事に全力を傾けるべきだ。
究極的には戦わないことこそが最善なのだろうが……
――どうやら無理そうだ。
「なあ、天野さん。とりあえず命乞いをさせてほしい」
「無理ね」
背後に堕天使がいた。
右も左も前も、逃げようとすると、その行き先に光の槍を投じられる。ちょっと強すぎやしませんかね。
こちらに流れてくる、夕日に映し出された影を見るに、おそらく浮かんで――翼で飛んでいるのだろう。
つまり、おそらくはあのナイスバディがボンテージ姿に……! ぜひとも拝ませてもらいたいが振り向いた瞬間殺される様な気がする。
というか、何故気付けなかったのか。そもそもレイナーレは人間を下等なものとして見下している。そんな彼女が人間に告白し、そしてフられる。――末代までの恥(比喩)である。
じゃあなんで告白なんかしたんだ。とも思うが、まあ、何かの気まぐれだったのだろう。モテない男に最期くらい良い思いさせてやろうという上から目線の慈悲とか、単に人間を誑かして絶望を味わわせてやろうとか。
告白を受けても死ぬ、断っても死ぬ。フェストゥムか何かかよ。
「……思ったより冷静なのね」
「どうだろう。現実感が湧かないだけかもしれない。ほら、こんなファンタジックな武器を向けられてもさ」
嘘だ。
正直なところめちゃくちゃ怖い。
下手したら苦しみながら死ぬ事になるし、運が良ければ一瞬で死ねる。うまく行けば苦しみながら生き残れる。うまくいっても苦しいのである。死んだように見せかけなければならないのだから。
もう神器を発現させるのは諦めているし。
――しかし。
「でも、だからこそこうして、抵抗しようと思えるのかもしれない。ヒロイックな気分で。俺はほら、厨二病だからさ!」
言うと同時、懐から警棒を引き抜き、目の前に突き立つ光の槍に思い切り叩き付ける。
先ほど、話しながら俺は光の槍に触れたりなどしていたが、特に痛みなどもなかったからだ。
てっきりライトセーバー的な、高熱による溶断を行う攻撃かと思っていたのだが、そうでもないらしい。
特殊な追加ダメージが発生するのは悪魔に対してだけで、それ以外には単純な質量兵器として機能するようだ。つららを投げつけられているようなものか。
「ただ諦めてるだけかと思ったんだけど、現実が見えてないのね。……気に入らない」
警棒を叩き付けられた光の槍に、特に変化はなかった。
折れも曲がりもしない。だが、グラつく。堅いアスファルトの地面から引き抜けるようになる。
持ってみると非常に軽いそれを手に取って、そのまま逃げるように走り出す。
駒王学園に向かう。
そこに行けば悪魔が居るはずで、そこに行けば多分助かるはず。
幸い現在地からそんなに離れていない。せいぜい、走って五分程度か。
――生き残れるだろうか。
「――死にたくねえ……っ!」
―――
それから、走って、走って、走って。
「で、結局は駄目だったわね」
ペース配分ガン無視、命がけの全力疾走。それでも、学園にはたどり着けなかった。
相手の方が圧倒的に速いのだ。少しの間は逃げ回れていたのだが、すぐに先回りされてしまった。
投げた学生鞄は切り裂かれた。
一か八かの接近戦も無意味に終わった。
光の槍は手の中で消えた。もともとレイナーレの力なのだから当然の事だったのかもしれない。
警棒はへし折れた。所詮安物だったのだ。仕方ない。
「いや、どうかな。もしかしたら逆転の一手を隠しているかもしれないぜ?」
――なに減らず口たたいてんだろう、俺は。
学校はここからすぐそこで、曲がり角を二つ曲がればもうそこが駒王学園だ。
が、そのあと二つを曲がれない。
体力の残りを考えない全力疾走に命の危機という恐怖も相まって、息はもう上がり切っているし、それがなくてももう、眼と鼻の先に光の槍が突きつけられているのだ。
一歩でも動いたら死ぬ、ではなく、一歩動く事も出来ずに死ぬ、というのが現状だった。
……ひょっとしたら、土下座して下僕にでもなんでもなるからと命乞いをしたほうが建設的なんじゃないか。
――だってのに、なんだって俺はこんな相手を挑発するような事を……。
もしかして俺には実はええかっこしいなところがあったのかもしれない。
死を恐れずに立ち向かう的な感じで、漫画の主人公のような――
「じゃ、見せて見なさい」
「ギぃっーー!?」
左肩を光の槍がつらぬいた。
痛みよりも先に、灼熱を感じた。
「ぃ、ああああああああッ!?」
「結界を張ってるから、いくら叫んでもいいわよ」
そういう問題じゃねえよ、と心の中で悪態をつけたのは、肩から光の槍が引き抜かれ、激痛に地面をのたうちまわっている時だった。
右手を傷に当てるが、槍は貫通している。片方から圧迫するだけではもう片方から血が流れるだけで変わらない。
動脈を傷付けられてしまったのか、血がどばどば出てくる。
「つぅ、ああ、くそ、血が――うぁ……っ!」
無理だ。
漫画の主人公みたいになんて無理だ。
こんな、死ぬような痛みに耐えて立ち向かうなんて無理だ。
そもそも考えてみれば俺は、箪笥の角に小指ぶつけた時のあの一瞬の痛みだけでだけで立ってられないくらいなのに、こんな痛みに耐えるなんて無理だ。
ましてや、ただ死にたくないってだけの、薄っぺらな気持ちでは。
「非日常に出会って浮かれちゃった? 自分が特別だとでも思っちゃった? まあ、確かに特別よね。――特別、運が無い」
「っつ、く……来るんじゃねえよ、ちくしょうが……!」
ゴミでも見るかのような冷たい眼で、俺を見下ろすレイナーレ。
ようやく分かった、こいつは人間じゃない。
種族の壁とか、翼の有無とか、能力の差とか、そういう話しじゃない。
言葉を交わせて、意思を通わせられる相手を殺すことになんとも思わない、その精神性の事だ。
冷酷で傲慢で、寿命が長くて狡猾で、その上で人より遥かに強い。そんな怪物に、俺が勝てるわけが無い。
自らの力に驕っているとか、相手の脆弱に油断しているとか。
そんなの、何の力も無い俺には、何のハンデにもならないのに。
「に、逃げなきゃ……!」
「逃げられるの?」
最早レイナーレの言葉など聞こえない。
恐怖にこわばって足が言う事を聞かない。左腕は肩をやられて動かせず、唯一まともな右腕を使って地面を這う。
「今のアナタ結構好感持てるわよ? ナメクジみたいで無様で!」
――おっしゃる通りだ、クソッタレ。
血を流しすぎたからか、何だか寒気がする。
目も霞んで来て、肩の傷から痛みが薄れていく。
良い兆候の訳が無い。俺は今、死の淵に立っているのだ。
「……でも、もう飽きたわね。死んじゃう前に、殺してしまいましょうか」
霞む視界の隅。レイナーレの手に、光が収束して槍を形作る。
凶器を、作り上げる。
「ひっ……!?」
もうプライドも尊厳もあったもんじゃない。
言葉にもならない変なうめき声のようなものを洩らしながら、必死になって逃げ出し――
「ぁばっ、ごぅえッ!?」
横合いからの蹴撃に吹き飛ばされる。
人外の脚力による、腹部への強烈なサッカーボールキックだった。
「うっぶ、うおえ……!」
蹴り飛ばされ、ゴロゴロと転がっていった先。口の中、喉の奥からゴボリと苦みと酸っぱさの混じった液体がこみ上げてくる。
これまでに味わった事の無い吐き気と激痛に、もはや思考すらままならない。
半狂乱のまま恐怖に駆られて地面を這うが――。
「手伝ってあげましょうか!」
再度蹴り飛ばされる。
「…………ッ!」
もはや声すらでない。
恐怖で声が出ないとか、そういうのではなくて単純に、肺に空気が無くて声帯を振るわせることができなかったのだ。
ただ、口の中の酸っぱさと苦みに、鉄の味が加わるだけで。
「ひ、ヒュッ――!」
「え? もう一回?」
「ちが、やべて……ッ!」
ごちゃっ、と。
水気のある音がした。
今回はあまり転がらず、せいぜいがうつ伏せだった体勢が仰向けになる程度だった。
「あら、血がついちゃった。落とすの面倒なのよね、これ」
血が付いた、なぜ?
レイナーレが蹴ったのは俺の腹で、血が出ているのは肩だ。
手で肩を抑えているので血は背中に流れるはず。
が、気付いてしまった。
腹が、破けている。
「あァ」
ただただ恐ろしかった。
「あああああああああああああああああああああああ!?」
その恐怖を遠ざけようとやたらめったらに右手を振り回す。
今まで左肩の穴を抑えていて血まみれの右手は振るわれるたびにその血を撒き散らし、いつの間にか持っていた簡素な直剣でレイナーレの頚を切り落とした。
「え?」
おそらく、レイナーレにも何が起きたのかわからなかったろう。
当然だ、俺にだって何が何だか分からないんだから。
というか、単純に頭が回らない。血を流しすぎたのだ。
目の前では黒髪の女が一瞬で火葬されたかのように乾き黒ずみ灰となって白い骨を残し、その骨すら朽ち果ててゆく。
その光景の意味すら理解が及ばず。
本格的にぼやけてゆく視界のなかに、綺麗な金色が見えた気がした。