インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~   作:鳳慧罵亜

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侵入 Ⅱ

現在R-6、つまり3人の合流地点へ向かっている人物。RAVENS ARK、ランクA-5ミヒャエル・フォーゲルはいつもの任務と同じように口の中にガムを噛みながら

通路を歩いていた。彼女は恐らくRAVENのAランカーの中では一番潜入が得意であろう人間で、ここへ来るまでに接触した人間の数は13人。

うち、接触し殺害ないし行動に不能にした数は1人だけだ。蘇摩は言うまでもなく、警備の時点で全滅させており、ここまでのステルスはランクA-1、イツァム・ナーでもできていないであろう。

 

だが、決して彼女らの能力が低いわけではない。この女性、ミヒャエル・フォーゲルの潜入に関する能力が常軌を逸しているだけである。

無論、いままで見つかることなくここまで来ている。もうすぐ兵器格納庫に到達し、そこの天井のダクトをくぐれば、一気にR-6ポイントの天井まで出られるのだ。

 

もちろん兵器格納庫には監視カメラなり、見回りなりいるだろうが、その配置、行動ルートは全て頭に叩きこんであり、とくに監視カメラはそうホイホイ付け替えたりできるものではない。

カメラの位置が固定ならば、どこが死角になりどう通れば一番カメラに写りにくいかが一目瞭然。

 

見つからないようにするのが難しければ、見回りから服を奪うなりなんなりすればいいだけ。彼女にとっては無問題である。

現在のところ、彼女にとって一番の問題はというと。

 

(ここが外れりゃ、あとはラーズグリーズのところだけだが……)

 

その可能性は単純計算で50/50。久しぶりに多少は手応えのある潜入なのだ。是非ともあたりを引いておきたい。ただそれだけである。

 

先ほどの通信からもう間も無くイツァムがこちらの援護に来るはずだ。どういう形でかは知らないが、あの女はランクA-1。間違っても互のどちらかがリスクを背負うような真似はしないだろう。

自分は自分の仕事を楽しくやるだけだ。

 

そして、兵器格納庫に到達する。厚さ10Cmはありそうな高さ5mの重厚なゲートは開いている。無用心、というより何かの搬入作業でもあるか、もしくは別の……。

 

(ま、考えたって出るわけねえか)

 

余計な思考は即座に打ち切り、今は目の前の仕事に集中する。カメラはこのゲートを入ってすぐ右上に存在している。これは可動式ではないので、いきなり躓きかけるが問題ない。

多分設計ミスかなにかだろう。カメラはゲートのすぐ右上ぬある。つまり、ゲートの右端付近(・・・・・・・・)は写せないのだ。

 

そして、その位置をカバーできるカメラは、可動式で目を盗むことは簡単だ。

つまり、可動カメラがこっちを向いていないタイミングで、ゲートの右端を通ればいい。

 

(……今か)

 

足音を立てないように、かつ迅速に移動する。そして、ローロングで素早く並べてあるミサイルの影に隠れる。さて、問題はつぎだ。

この格納庫は階段で2階に相当する部分に通路があり、そこにダクトがあるためそこを使いたいのだが、無論階段なんて普通に通れば警備ないしカメラに一瞬で発見される。

なので、ここは何か一つ手が欲しいわけなのだが……!

 

『こちらRAVEN1。ミヒャエル?私。いま格納庫の南側ゲート付近にいるわ』

 

通信を聞いて、「待ってました」とばかりに小さくガッツポーズ。

 

「RAVEN5。イツァム、そっちからも見えると思うが、タイミングを合わせて「あれ」を撃ってくんねえか?」

 

『「あれ」?』

 

イツァムはミヒャエルとは反対の場所にあるミサイルの影から、ミヒャエルの言う『あれ』を探す。そして、それはすぐに見つかった。

 

(なるほど……ね)

 

『OKよ。タイミングは任せるわ』

 

そう言って、彼女はグロック・カスタムを抜く。銃身をバレルジャケットで覆い銃身下部にレールを設け、そこにレーザーサイトを装着、レーザーサイトの下に折りたたみ式フォアグリップを取り付けた彼女のオリジナルカスタムである。無論、銃口にはサプレッサーを装着可能なようにネジ式になっている。

 

対するミヒャエルはM93r。ただサプレッサーがつけられるようにしただけのもので、簡易だが、彼女は銃にそこまで愛着が強い質でもない。まともに撃てればそれでいい。

その中でもM93rは彼女にとっては多少お気に入りというだけのことだ。

 

「んじゃ、いくぜ。3、2、1……」

 

ミヒャエルのカウントダウンが始まると同時に、2人は「あれ」に向けて標準を合わせていた。確認などしなくても、互いにどこを撃つかなどわかりきっている。

 

「0」

 

―――パシュン―――

 

 

ギィンという音が響く。そしてその一瞬あとに、それはおきた。

凄まじい勢いで立ち込める白い煙。いや、正確には煙であるが、煙じゃない。

 

彼女らが撃ったもの。それは消化器だ。

同時に同じ標的の、イツァムは消化器を固定する器具を、ミヒャエルは発射バレルの根元を。そうすることで消化器は落下し、転がり、消火剤を撒き散らし、その勢いであらぬ方向へと飛んで行き、

さらに消火剤を広範囲に撒き散らす。

 

もののの数秒で、格納庫は消火剤で充満される。この状況ではカメラなど役に立たない。すぐに警備兵が駆けつけるだろうが、そのあいだにイツァムは退散し、ミヒャエルは階段を上りダクトへ侵入する。

 

そして、警備兵は真っ白な格納庫で何が起きているかも知らないまま、現在の状態の報告を行うのだった。

 

「管制室へ。どうやら老朽化していた消化器が落下で破損したらしい」

 

『了解。速やかに消火剤を片付けよ』

 

「了解。ってもなあ」

 

「どうするよ」

 

警備兵は、この状況をどうしようかと思案する。そして気づくはずがない。この状況において自分たちがとんでもないミスをしていることを。いや、

これは彼らのミスではなく、彼女らのファインプレーとでも言うべきなのかもしれない。

 

なぜなら、彼らは自分たちがミスを犯したという自覚もなければ、ここに侵入者が来るかもしれない。そういう思考ができなかったのだから。

 

――――

 

現在、織斑マドカとレイ・ベルリオーズは基地内の誰も使わないような地下通路で、彼と対峙していた。

 

「やはりな。貴様等ならば、来るだろうと思っていた」

 

「そして、ここに来るメンツも、どういったルートを使うかも、すべて予測済み。だから僕らがここにいるわけ」

 

彼女等の前にいる1人の男。それは紛れもなくここの警備兵の格好をしていたが―――

 

「あーあ。ったく、変装は得意じゃないが、苦手でもないってのになぁ」

 

ため息をつきながら、警備兵の服を脱ぐ。顕になったのは、灰色のシャツにク黒のズボン。ベルトにホルダーとボックスを付けて、左手に暗銀色のグローブをつけた少年。

蘇摩・ラーズグリーズだった。

 

「最初からバレてたてことか」

 

「少なくとも僕等にはね」

 

「他の間抜けどもは知らんが、スコールは見抜いていそうだがな」

 

2人は拳銃の1つすら武装していない。対して蘇摩は拳銃をすでに持っている。だが、2人の能力、特にマドカは拳銃くらいならば余裕で見切れるだろう。

単純な能力ならば蘇摩が上だろう。だが、マドカたちは2人。一見するとどちらが有利かわからない状況で、蘇摩は頭を降った。

 

「で、どうなんだ?武装してないところを見ると、単に俺を殺すなり捕まえに来たわけじゃないっぽいけど?まあ、御2人は武装する必要ゼロっぽいけどねえ」

 

蘇摩の言葉にマドカは無表情で、レイは面白そうに笑った。

 

「アハハ。流石だね。この数十秒でそこまで見抜くんだ」

 

笑いながら、手をひらひらさせるレイ。どうやら今のところは本当に交戦の意思はないようだが、油断はしない。

 

「取引だ」

 

唐突に、今まで無言だったマドカが唐突なことを言ってくる。

 

「取引?」

 

「そう、僕らはこのままキミを素通りさせてあげてもいい。でも、その代わりひとつ条件を飲んでもらう」

 

(この状況下での取引。そしてその条件内に含まれる此方を看過する発言……まさかこいつら)

 

そこまで思想した蘇摩。そこであるひとつの可能性に思い至る。頭はそこまで良くない蘇摩だが、それは一般的な試験や学校の成績といった意味で彼は頭はそこまで良くない。

だが、瞬間的な頭脳の回転はかなりいい。それは今までの戦争で培った経験則によるものもあるし、もともとそういった人種でもあるからなのだろう。

 

「条件は?」

 

蘇摩はそう言って言葉の先を促す。

蘇摩の返事に、レイは満足したように頷いて、口を開いた。

 

「条件は―――」

 

――――

 

「それで、私たちを集めて何があると思えば、ただの会議じゃねえか」

 

亡国企業に属しているIS操縦者は全員ひとつの大部屋に待機していた。その人数は10人である。

 

「確かに3、4人ほどで万一に備えることはあったが、まさか全員が来るとはな」

 

「D、お前は何か聞いているか?」

 

「何も聞いていない。おそらく全員がそうであろうまあ、Jかウィンターあたりは聞いているのではないか?」

 

「そうだな。そうなんだよ2人ともよぉ」

 

「私はスコールから聞いていたが、説明はするなと言われている」

 

「同じくだ」

 

Jと呼ばれた長身の女性と、その隣に座っているウィンターと呼ばれた水色のロングヘアーの女性。彼女らは何かを知っているのだろうが、話そうとはしない。

 

「まあ、いいじゃねえか。スコールには考えがあるだろうしよ。要はあたしらは必要になったら出て、敵を潰す。それだけだろうが」

 

「あんたは楽観的ねぇ。オータム。でもぉ、わからないのはこの状態だけじゃないしね」

 

この中では一番小柄な少女が椅子に座った足をぶら売らさせながら言った。

 

「あのクソ生意気な新参2人~。なんで2人揃っていないのよ~」

 

「落ち着けN。オータム。卿は何か知らないか?同じ部隊だろう」

 

オータムはめんどくさそうにあくびをしながら質問に応じた。

 

「ああ?知らねえよ。あいつらあたしの言うことなんかてんで聞きゃあしねえ。それにあの片割れどっちか似てぇ出したら基地一個吹き飛びかねえっつの。あの馬鹿げた大火砲なんざ喰らいたかねえんだよ」

 

オータムは変わらずめんどくさそうにしているが、このメンツの中では誰よりもあの2人のことを知っているつもりだ。そして、いま現在あの2人のISがもはや自分たちの及ぶ領域にないということを

知っている唯一の人間でもある。ほかに知っているのはスコールのみ。

 

「確か、ランブリング・メガセリオンに、サイレント・ゼフィルスだったわねー。でもさ、あたしらにかかればイチコロじゃんあんなの。スコールはなんであいつらに何も言わないわけ?」

 

「はっ!?あいつらと戦ったことのねえ奴がよく吠えたもんだな?あたしにすら勝てるかわかんねえ雑魚がしゃしゃってんじゃねえぞN」

 

Nの言葉にオータムは、挑発とも取られかねない。いや、実際に挑発しているのだろうが。そういう発言をする。もともと癖とプライドの強いメンツが集まっているのだ。

そういった発言は即刻火種になる。

 

「……いったわね、オータム。負け続けの犬がよく吠えたものじゃない」

 

「はっ、カナダから目こぼししてもらった小娘がいきがるんじゃねぞ?」

 

「やめろ2人とも」

 

「このような場所での流血は見逃せんな」

 

一触即発の状態になった2人を諌めるJとD。

そして、

 

「私たちがイチコロだと?よく吠えたな雑魚」

 

「落ち着いてよマドカ。彼女は自分の優位性を示したいだけなんだから」

 

まるで狙ったかのようなタイミングで部屋に入ってきたマドカとレイ。それを見たNがちょうどいいとばかりにマドカを睨む。

 

「あら?遅かったじゃない新入り。なんで遅れたのか説明はないの?」

 

「鼠に人間の言葉が理解できるのか?」

 

だが、そんなNの雰囲気にも何ら臆するどころか、お前など眼中にないといったふうに空いている椅子に座るマドカ。それに対して、Nはそのプライドをへし折られたといってもいいだろう。

とうとうISを部分展開し、マドカに殴りかかる。

 

「ふざけんじゃないわよォおおお!!」

 

「N!!」

 

「あーあ」

 

何人かが、Nを止めようとするが、遅い。すでに展開されたISの碗部がマドカの顔を捉えている。だが、それに対してオータムだけが失笑し、レイは興味がないといったふうに持ってきていた本を読んでいる。

そして、当のマドカは―――

 

―――ギィイン

 

「……」

 

「嘘……でしょ……」

 

椅子に座ったまま、足を組み左手に展開したピンク色のナイフ一本で、Nの部分的とはいえ展開されたISの一撃を受け止めていた。

使ったのはピンク色の特徴的なナイフのみ。

 

これは奇しくも、当時のIS学園で、織斑千冬がラウラ・ボーデヴィッヒの一撃を受け止めた状況に酷似していた。

 

「挑発にもならない言葉遊びで激昂するとはな。程度が知れる」

 

そして、ナイフを翻す。

 

それだけで、甲高い金属音とともに、彼女のISの腕は簡単にはじかれた。

 

「―――っ」

 

この場にいた全員が息を飲んだ。3人を除いて。

 

特に一番衝撃の強かったのはほかならぬNだろう。彼女は一番小柄だが、亡国企業にはそれなりに長く所属している。

使用機体は、カナダのレイレナード社が開発した第3世代『アリーヤ』。高機動型のISで、唯一現存する第3世代の中で、攻撃用途ではない第3世代兵装を装備されている。

 

高機動型とは言えど第3世代型。そのパワーアシストは相応に高い。そして、自分の操縦技術は、亡国の誰にも負けないと自負していた。

そんな自分が放った、激昂していたために本気とはいかなくても、手加減などまるでしていない一撃を、生身のままナイフ一本で止めてみせた新参者。

 

それだけで、彼女のプライドは粉々に砕け散ったといってもいい。

 

そして、それぞれ大なり小なり、プライドを傷つけられた亡国企業のIS操縦者たち。

 

今のNの一撃。自分たちでは生身で防ぐのは無理だっただろう。自分たちも、一部ISを展開して受け止める必要があったに違いない。それを織斑マドカという存在は、生身でやってのけたのだ。

 

「……ふん」

 

マドカは特に感動もなく、ナイフを収納した。そして、隣に座るレイに少し身を寄せる。

 

「寝る」

 

「おやすみ」

 

この部屋にのしかかる言葉にできない重圧。そして、それを露とも感じていないような2人。この場にいた全員がおそらく同じ感想を持ったであろう。

 

―――この少女(少年)は何者だ?

 

と―――。




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