インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~ 作:鳳慧罵亜
蘇摩は現在、自室でパソコンを眺めている。
ディスプレイに写っているものは今回のミッションの内容と、シャドー・モセス島の地図。そして、亡国企業の基地情報。
ここに映し出されてはいないが、敵の戦力やこちらの戦力の情報もある。そちらは既に目を通しておいたので、あとは今見ている情報である。
「……セラ」
「はい」
数分ほどパソコンをみていた蘇摩が、オペレーターの名前を呼ぶ。彼女、セラはすぐに返事をした。彼女は現在蘇摩の部屋で蘇摩と同じようにパソコンを見ている。
内容もほとんど同じで、自分が今回どういったオペレートをすれば良いかを確認して、考えていた。
「D-8ブロックのゲート。開けるのにどれくらいかかる?」
「そうですね……。ざっと30秒前後といったところです」
「そうか。F-1ブロックのゲートとどっちが早い」
「F-1の方が簡単ですので、そちらのほうが早いかと」
同じパソコンでなくても、まるで広げた地図でも見ているかのような話し方と対応。成程、蘇摩が見た目以上にやるといったのも頷ける。彼女は
確かに優秀だ。今なお続く対応でも、彼女は考える時間はあっても言いよどむ時間はない。
そして、蘇摩の求めた回答にそれにあった答えを返している。
1度2度程度ならば、誰でもできるだろうが、現時点でこの応酬は既に10を軽く超えていた。
その数の対応にすら彼女はきちんと対応し、蘇摩は帰ってきた答えに対し、疑問を抱く様子はない。それも彼女が決して適当なことを言っているのではないということが伺える。
いや、むしろ「適当」に過ぎているのかもしれない。
適し、当てる。こう書けばむしろそのほうが彼女の対応にあっていると言えるだろう。
「R-3ブロックのセキュリティは?」
「網膜検査なので、気絶させるなどして網膜をコピーして頂ければすぐにでも」
「OK。なら話は早いな」
セラの答えに蘇摩は納得したように頷き、パソコンを閉じた。
「来い。機材と弾薬を揃える」
「わかりました」
蘇摩が椅子から立ち上がり、部屋の出入り口に向かう。彼の言葉にセラは頷いて、蘇摩の後につく。
蘇摩が部屋のドアを開け、外に出る。そして、それとこの出来事は同時だった。
「おはよう蘇摩」
更識刀奈。丁度蘇摩の目の前に彼女はたっていた。
「もう昼過ぎだ。刀奈」
「こんにちはカタナさん。昨日はよく眠れましたか?」
蘇摩の横からひょこっと顔を出してセラが尋ねる。その行動がどこか小動物のようで微笑ましい。
「ええ。よく眠れたわよ?それで蘇摩。何かあるの?」
「ああ。これから10時間後にここを発つ。少々でかい任務だ。てなわけで今日明日おとなしくしててくれよ?」
「今回は激戦が予想されます。それゆえのAランカー招集ですので、冗談は抜きで今回は動向を認められません」
蘇摩に続いてセラも真剣な顔で告げる。その時点で今回は冗談抜きで危険に過ぎるということが理解できる。
そもそも、大事をとって全員を召集するという時点で異常なことだ。
普段から任務における準備等はしっかりと行う蘇摩だが、今回はいつもとは一つ桁が違うとして、いつもより入念に準備を行っている。
無論それが理解できないほ刀奈ではないためそのへんはしかりとわきまえている。
「わかってるわ」
返事は即答であった。流石にこういった時までふざけているわけがない。自分が今回及びじゃないのも不満といえば不満ではあるが仕方のないことである。
Aランカー全員が集結して勝てないような戦場などあるはずがない。そこに自分が呼ばれていなくても心配する事などほぼないといっていい。
ただ、ひとつだけ言いたいことがあるのも事実で、いま蘇摩の前に立っているのもそれが理由。
それは至極単純で、簡単なこと
「死なないでね」
「当たり前だ」
「……そうですね」
蘇摩が楯無の言葉に即答し、セラはそれに少しだけ複雑な表情で応える。セラは4年前から蘇摩を見てきている。
蘇摩・ラーズグリーズ。彼は、長い付き合いだからわかる。セラから見た蘇摩は、なんだか生き急いでいるようにも見える。
言動は変わらない。スタンスも変わらない。戦いにスリルを求めていつつも、絶対に生き残ることを想定した戦い方。
自分の能力を絶対と信じたその戦い方。何も変わっていない。そのはずなのに、今の蘇摩はどこか、生き急ぎ、疾走しているように見えるのだ。
「死んでたまるか。俺に殺し合いで勝てる奴はいねえ」
いつもの通り、恐怖すら覚える笑みを浮かべる蘇摩の表情に、どこか憂いが見えたのは、気のせいだったのだろうか。
――――
「調子はどう?ロス」
ロスヴァイセは、射撃訓練場でいつものように、自分の狙撃の訓練をしていた。
手に持つ銃は「L96A1」と呼ばれるイギリス軍正式採用のライフル。自国の武器を使うのは伝統や文化を重んじる彼女らしいというべきだろう。
現在標的距離は900m。発射してから着弾まで、およそ1秒近くかかるであろう距離だ。撃って一瞬んで命中することはない。
0.9秒程のラグが存在している。現在残りの的は18。どれもがそれぞれランダムで別々に動いている。
「……」
標準、発射。
その一発は、吸い込まれるようにして、的の頭部中央やや右に着弾する。
リロード。
再標準。発射。
それはまた別の的の頭部中央やや右下に着弾した。
「……」
リロード。
再標準。発射。
淡々と繰り返し、全部の的に風穴が空き、倒れるまでにかかった時間はおよそ3分02秒。この距離で、かつボルトアクション式ライフルでのこの時間は、文字にするとなんでもないように見えるし、見ている側もなんでもないようにやっていると思うが、恐ろしいまでの連射速度、射撃制度である。
ただでさえランダムに動いている的に正確に当てるのは難しく、ボルトアクション式のライフルでは撃つたびにリロードが必要なのだ。
しかも、的の数は合計25。そしてロスヴァイセが手にしているライフルの装弾数は10発だ。つまり2度、弾倉を交換する必要がある。
そして、そのあいだにも動く的を正確に捉えるなど、もはや人間離れしているといっていい。
だが、問題なのは時間さえかければそれは誰にでも可能だろう。要はそれをたかが3分強でやってのけ、しかもただ命中させるだけではなく、全て頭部にかつ正確に撃ち抜くといった芸当をやってのけているのだ彼女は。
的の数は全25。倒れた的を見れば分かるが、あいた風穴の位置はどれも頭部中央の点から、5mm程しかずれていないのだ。
ちなみにこの的は頭部中央と、胴体心臓部に点が打ってあるだけで、ラインなどは全く引かれていない。
「……上々だ」
そして、すべての的を倒し、初めてロスは、自分の後ろにいる女性、イツァム・ナーの質問に答えたのだった。
質問の回答としてはずいぶん遅いが、それをイツァムは気にする様子はなく、むしろ好ましいとさえ思えるような表情で口を開いた。
「そう。ならバックアップは安心ね」
「対人でのバックアップは期待するなよ」
ロスヴァイセはそう言うと、ライフルをバックに解体してしまった。その手際もかなりのものである。
「……イツァム。少し時間はあるか?」
「ええ。私は準備はもう終わっているわ。あとは5、6時間ほど仮眠でも取れば問題ないわよ」
「……なら、少し話がある」
ロスヴァイセはそう言って射撃訓練上や、ほかの施設にも例外なく添えつけられている自販機に向かった。
そして、紅茶のボトルを2本買って、イツァムに一本渡す。
「コーヒーが良かったんだけど」
「あんな泥水はやめておけ。不味い上に寝れなくなる」
イツァムはロスヴァイセの言葉に苦笑しつつ、ボトルのキャップを開けて一口飲む。
「それで、話って何?」
「蘇摩についてだ」
――――
「それで、各幹部の護送にきたはいいけれど、こんな寒い場所とは思わなかったよ」
そう言って、暖房のきいている部屋でパソコンを打っているのは、レイ・ベルリオーズ。彼がいるということは、つまり彼女もいるということで
「そうだな」
彼女、織斑マドカはレイの傍に寄り添い、胸のロケットを弄びながら彼のやっていることを眺めていた。
あの日、篠ノ之束と接触して、彼らは新しいISを手に入れた。今まで使っていたISはそれなり以上に思い入れがあったものの、戦力の増加を図る意味ではどうしようもないものが存在している。
そして、束の言っていた通り、彼らの現在のISは、彼らに最も順応する形へと進化した。
最初は本当に何もないに等しかったが、
そして、それと同時に2人のクロッシングは以前よりも強くなっていた。
今ではISをまとっていない状態でも、お互いの存在がどこにいようと知覚でき、そばにいればその考えていることも、以前よりはっきりとした感覚でわかるようになっていた。
そして、それは互の理解だけにとどまらず。
「ん……ふぁぁあ」
マドカはレイの肩に頭を載せている形で、眠たそうに欠伸をする。以前はこんなに無防備な姿は決して見せようとしなかったマドカだったが、彼の前だけではこうした表情、仕草を見せることが目に見えて増えた。
「……くすっ」
レイも以前より表情が柔らかくなり、そっとマドカに毛布をかぶせる。
全て、この感情が偽物でないことは証明された。この互が抱く感情も、この関係も、何一つ偽物ではない。
ただ、作られたものであるだけ。
だが、それが何だというのだ。作られた?ありがとうと言える。
よく自分の前に貴方という存在を作ってくれた。
復讐という目的はいまなお忘れずこの胸に渦巻いている。忘れたことなどなかったし、忘れようと思ったこともない。
マドカはその出自の真実を知って、一回は揺らいだけど、それでも彼女は自分の意志で復讐をすると僕の前で言ってくれた。僕だって、自分の復讐を辞めるつもりはさらさらない。
絶対にやり遂げてみせる。いまさら立ち止まりはしない。
でも、今はさ、その先のことすらも頭に描けるようになったんだ。
おそらく昔なら、復讐が終わったあとのことなど考えもしなかったし、よしんば考えても何もできなかっただろう。
でも、今は違う。貴方の隣ならば、なんだってできる。どこへだって生きていけると、そうした確信があるのだ。
「まあ、今はこの会合をうまくやればいいだけだ」
そのパソコンに映し出されているのはあるファイル。それは今回の会合の流れと、幹部が集まっている部屋の映像だった。
そこには、自分たちの指揮者であるスコール・ミューゼルを初め、各基地の幹部たちが一斉に集まっている。
ごく一部の人間にしか知られていないこの島。知っているものも、今なおこのしまが生きているなど、思う由もないだろう。全く持って、
この会合には、おそらく亡国企業の最精鋭部隊が集結している。
その総数、実に13。
誰も彼もが、かなりの実力者であると同時に、癖の強いメンツだ。
まあ、自分たちも言えた義理ではないが、これを崩すのは簡単なことではない。
「……そう、簡単ではない」
一人つぶやく。この言葉の意味なんて、この島にいる人間で本当に理解できる人は、マドカしかいない。
「クスクスッ」
笑って、パソコンを閉じる。そして、自分の肩で静かに寝息を立てている彼女をそっと抱きしめて、僕等はベッドに沈んでいった。
今日、もしくは明日。僕らは目標に向けて、一歩前進する。
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立てたフラグは回収するべきでしょ。と思う今日このごろ