インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~ 作:鳳慧罵亜
現在時刻2:34。RAVENS ARKの本部入口の前に俺はいる。もちろん、刀奈のやつも一緒だ。
「へぇ~こういう場所なんだ。思ってたよりも綺麗な会社ね」
「会社とは少し違うが、まあ綺麗なことは綺麗だよな」
久しぶりに帰ってきた。俺にとっては実家のようなものであり、活動の本拠地。世界最強の傭兵が集う鴉の巣。
そして、現在は……
「?どうしたの蘇摩」
入口に歩いていく途中の俺のみている方向が気になったのか、刀奈が問を投げてきた。
「Aランカーが戻ってきている」
「え?」
蘇摩は立ち止まり、あるビルの一角を指でさした。そこはこの本ビルの周りにある複数のビルで一番本ビルに近い建物で、その上層階の8段に明かりがついていた。
「あそこが俺らAランカーの住む場所なんだけど、上層8階埋まってるだろ。Aランカーが俺以外全員帰ってきている証拠だ」
蘇摩はそう言ったあと、再び歩き出した。刀奈もそれに続いて歩き出す。
入口の自動ドア開くと、眼前には大ホールが存在し、中央奥に巨大なカウンターが存在する。そこには8人の受付がいて、カウンターの左右に奥へとつながる通路がある。
ホールの隅には、ソファや簡易的なテーブルなどが置いてあり、壁には大型のモニターがある。現在も数人の人たちが、談話したり通路を出入りしていた。
蘇摩は受付に軽く挨拶したあとでさっさと奥に入っていく。特に検査とかは設けていないようだ。一見それでいいのかとも思うが、まず世間でここを知る人間はいないだろうし、テロなんかも起きないのだろう。
なにより、ここの人間は各々が自負と規律を持っているということなのだろう。ここでの殺しは禁止されているし、それを守っているということはそういうことだ。
蘇摩はそのままエレベーターに乗ると、階層ボタンを押す。
「で、これからどこに行くのかしら?」
「幹部室」
刀奈の問いに簡潔に答える蘇摩。どうも先のAランカー云々のところから彼の表情はどこか真剣味を帯びていた。
それは、少し考えれば分かることだ。
通常、他国の国家代表をしているAランカー等が
そして、蘇摩の目的の階層に到着する。ドアが開き、やや薄暗い廊下が眼前に広がる。
蘇摩はいつもよりやや重い足取りで歩き始め、刀奈もそれに習う。
廊下を歩き、正面に広がる扉を蘇摩は押しあけた。
「よく帰ってきた。ソーマ」
円卓状になっている場の一番右側の席に座っている男の開口一番はそれだった。
金髪の男で、年齢は20代後半から30代前半といったくらい。黒いスーツがよく似合っている。
「そして、RAVENS ARKへようこそ。Ms.サラシキ。歓迎しよう」
2人に簡易な挨拶をしたその人物。ジャック・O・ブライエンは椅子から立ち上がり、2人の前まで歩いてくる。その歩き方一つでもキレる人物であることが容易に取れる。ジャック・O・ブライエン。
RAVENS ARK最年少の幹部であり、その頭脳をもって、半ばRAVENの実働ランカーを仕切っている。
「どうやら大それたことをやらかすつもりみたいだな」
単刀直入の蘇摩の問いにジャックは不敵な笑みを作る。それでこそだと言わんばかりに、満足そうに頷いていった。
「そうだ。酔狂でAランカーを召集するわけがなかろう。同窓会など開くつもりはないのだ」
「まあ、俺らが必要ならいつでも呼べよ。あんたの筋書きがどうなってるのかは知らねえが?
少なくともAランカーが全滅することになるのはありえねえから、楽しませてもらうだけだ」
蘇摩の含みのある言い方に、ジャックはその笑みを崩すことなく、蘇摩の前で立ち止まる。
「お前を的に回さない立場に居れてよかったと私は常思う」
「俺もお前を敵に回すのはごめんこうむるな」
ジャックは自分の右手を差し出し、蘇摩もそれに応じる。2人の握手は、上司と部下という枠組みを超えたものであったことは、誰の目にも明白だろう。
「今日はゆっくり休むといい。お前のオペレーターもお前の部屋で待っているだろう」
「ああ、そうさせてもらう」
蘇摩はそう言うと、踵を返した。いつものように、軽い足取りでスタスタと部屋をあとにする。
刀奈はジャックに一度お辞儀をして、蘇摩のあとを追う。
それを見送ったジャックは会議室の窓際まで行くと、そこから見下ろせる眼下、つまりはARKの周辺の海を見て、つぶやいた。
「さあ、魅せてくれ。私の脚本は至高だと。なあ?ソーマ・ラーズグリーズ」
――――
「おかえりなさい!ソーマさん」
「ああ、ただいま。セラ」
久しぶりの自室に帰ってきて、第一感想は「広っ」である。
いやちょっとまてよ。1階層マルごと自分の区画だということは自覚しているし、総面積はアホらしくなるというのも理解しているが、
この部屋だけで学園の部屋はすっぽり入るぞ。なんだこの部屋、本当に俺の部屋かよ。
「へえ、随分広いのね。学園の部屋より広いじゃない」
「ああ。半年ぶりに帰ってきたが、どこかの高級ホテルかと思ったぞ」
「基本私も、ここの隣の部屋に住んでいますが、本当に広くて掃除も大変なんですよ」
セラが苦笑しながらティーカップを3つ用意する。蘇摩は「ありがとう」と言って、カップに入った紅茶を啜る。
セラ・クライシス。容姿はやや幼く、瞳はエメラルド。薄い金色の髪をボブにしてどこか小動物のような印象を受ける。
体型は、年相応のものであり、細い。
トレイを抱えた仕事着と思われるスーツがなんだか背伸びをした子供のような雰囲気を出している。
「それにしても、やっぱりお二人で来てるじゃないですか」
セラは微笑みながら、蘇摩にそう言った。蘇摩は「1人で来る予定だったんだよ」と言いながら、紅茶をすすっている。
その雰囲気はどこか兄妹のようでもあった。
見ていて、とても微笑ましくなるような光景である。
「2人とも、私だけおいてけぼり食らってるんだけどー?」
「ああ、すいません。更識様。私は、セラ・クライシスと申します。ご存知かと思いますが、ソーマさんのオペレートを務めさせてもらっています」
「ありがとう。でも、そんな他人行事じゃなくていいわよ?出来れば蘇摩と同じように扱ってくれると嬉しいわ」
「はい。わかりました。楯無さん」
成程。蘇摩とは違って随分素直な子だ。でも、オペレーターという仕事。しかもAランカーのオペレートをするのだ。
彼女の能力はそれ相応に高いだろう。蘇摩も、彼女のオペレートに何ら不満を感じていないようで、「子供だが、意外にできるやつだ」と私に言っている。
「それはそうと、私しばらくここに居るつもりなんだけれど、どこに寝泊まりすればいいのかしら?」
刀奈の問いにセラが普通にこう答えた。
「ここでいのではないでしょうか?少なくともまともな居住空間は私の部屋とここしかございませんし」
「いやいやおかしいだろ」
そこへ蘇摩が口をはさんだ。
「普通お前と同部屋だろが。なんで男と一緒の部屋で寝させるんだよアホ」
「え?だって、お二人共その様子ではもう付き合っているのでしょう?でしたらなるべく一緒にいたほうがいいんじゃないですか?」
どうやら若干天然が混じっているらしい。彼女の口調と表情から蘇摩をからかっているようにも思えない。真面目にそう答えているのだろう。
「だからお前は天然か?天然なのか?それともあれか?当てこすりか?俺が腰の軽い軽薄男だとでも思ってそんな当てこすりしてんのか?」
「セラスさんのことは関係ありません。それに貴方は腰が軽いどころか、恋愛ごとにはかなり一途で誠実な殿方ではないですか!それに
普通に娼館とかに出向いているのに何を言っておられるのですか」
そうなのよね。蘇摩って私がかなりアプローチしても、昔の思い人のこと考えてなかなか振り向いてくれなかったし、一見軽くあしらってるようで、
かなり、扱い方は丁寧だしね。ってうん?娼館?
「馬鹿野郎それ普通に言うんじゃねえ。話がややこしくなんだろが―――っ手遅れか……」
娼館《しょうかん》
遊女屋。ようは風俗店。つまりいかがわしい、青少年保護育成条例ガン無視なことを蘇摩はやっている、と。
「……蘇摩?」
「戦場で人殺しまくってると、いろいろ溜まるんだよ」
もはや開き直ったかのような、いや実際開き直っているのだろう。めちゃくちゃぶっきらぼうな口調で蘇摩が言い訳をした。
トレイを抱えたまま蘇摩の隣に立っているセラは「そうそう想い人に手出さないしよく娼館から何人かこっちに引き抜いたりしてますよね」とかなんとか、蘇摩を擁護するようなことを言っている。
正直、娼館云々のことはイラッとくるものがある。
「最近行く暇すらなかったんだし、いいだろが。セラスだって、ギリ容認してくれてたし」
「『私の年が18歳行くまでは、見ぬふりをしていておく』でしたっけ?でも、あれって要はそういうことでしょう?」
「どうでもいいけど、これからは行かないわね?蘇摩」
「いや、その……なんというか」
蘇摩の歯切れの悪い返事に思わず苦笑する。要は私に気を使っているということなのだろう。まったくこの有様には
成程、一途で誠実。セラちゃんの評価はなかなか的を得ている。たしかに蘇摩は想い人に対しては一途で誠実だが、相手に誤解をされる行動をとっている。一夏くんとちがって
その行動に自覚を持って行っているあたり、ある意味では彼より質が悪い。
「まあ、それがアナタらしいところなのかしらね?」
「とりあえず納得してくれたようで助かる。ということで娼館の件は」
「溜まってるなら私が『シて』あげるから、行かなくていいわね?」
「……ああ」
蘇摩は片手で頭を抑え、擦り切れるような声で是と言った。
「全く、これからなにかおっぱじめようって時に、こんなバカみたいな話しなくちゃならないんだよ」
「「バカみたい?」」
「……失言」
蘇摩はため息をついて、頭痛のする頭をもう一度抑えた。
なんだか、先ほどまで、ただ事じゃないと真剣に事態を見ていたのに、妹分と、こいつのおかげで一気に崩されてしまった。
全く、変にシリアスだった自分がバカみたいじゃねえかよ。
はあ、どうなることやら。
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