インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~ 作:鳳慧罵亜
放課後、蘇摩は生徒会室で寝ていた。最近はあまりに突飛な出来事が多すぎたために、いろんな意味で精神的にまいるものがある。
セラスは生き返ったしなにやら、世界情勢がやばい方向に進んできてるっぽいし、楯無とはまあ、いわゆる『しちゃった』し……。
なにか神様とやらは俺に試練を与えるのがお好きなようだ。
あくまで予想だが、このままいくとまずいことになりかねない。
早いとこあの兎さんを見つけなければ戦争にまで発展しかねない。
だが、現状こちらに打つ手はない。
まあ、そのあたりはジャックが何とかすることに期待しよう。適材適所、デスクはあいつがやって戦場には俺らランカーが行けばいい。
それよりも、ぶっちゃけなんつーか……体がだるい。
久しぶりにあんなことしたからっつーかなんというか体力的な問題じゃなくて精神的にくる……。
最近は娼館とかにも行ってねえし。つか日本に娼館とかあったっけ?
イギリスには結構あったしドイツやフランスとかもあるっちゃあったが、日本にはそれがないんじゃね?というくらいに見当たらない。
ああ、久しぶりに行ってみたくなってきた。特にイギリス。あそこはいろいろと懐かしい場所でもあるわけで、多分一番長くいた国ではなかろうか。
てなことはどうでもいいんだよ。問題は絶賛感覚のない左手だ。つかなくなってるしな。
「AC……か」
ジャックの言っていた言葉を思い出す。あれの完成の目処が立ったと。確か俺のPCにも入っていたはずだ。
PCを開き、操作する。目的のフォルダを探し当てて、ダブルクリックをすると、2秒とかからずにそれは開かれた。
『PROJECT・ARMORED CORE』
次世代型独立2足歩行兵器。装甲する心臓。
おそらく、この世にISが出ていなければ、この機体が世界を闊歩してたに違いない。
基盤はISと似たようなものではあるが、根本的なものが違う。
これは、『兵器』だ。最初から戦場に趣き、兵を殺害し、兵器を砕き自軍を勝利に導くための存在。
ISとは根本的に違う高純度水素燃料機構。AMSを利用した駆動装置。プライマルアーマーの防護機構など。
どれも、研究を重ね実践を重ねていったもので、ぶちゃけると最初から実戦運用を前提に開発が進められている。
そして、今回ジャックが用意してくれる義手というのは、AMS。つまりACの駆動技術を利用しまもので、端的に言えば電気信号を利用している。
だが、これを動かすにはAMS適正という先天的適性が必要で、まあそれあえあれば誰だろうとACをうごかせる。
そんな便利なものを使った義手なわけで、基本生活に困ることはないだろう。だが、戦闘には少々向かない。
「何で向かないの?」
「ああ、そりゃあ……」
となりから質問があったため答えることにする。
「触感の問題さ。反応速度はかなりいいやつなんだが、ISと違って腕の周りに装甲張るのとは訳が違うんだ。ない腕に機械の手をくっつけるわけだから、無論触感はない。
それは武器を持つに関しては少々致命的だからだよ」
「それで右利きにするっていうこと?」
「ああ。そうだが……おい楯無」
「なあに?蘇摩」
そして、いつの間にか。いや実際は俺がPCのフォルダを開いてから12秒後に気配消して入ってきたのだが、それで驚く程おれはまともな人間やってねえんだよ。
「人のPCフォルダ勝手にみんなよ。これでも機密資料なんだ」
「大丈夫よ。傍から見てても複雑怪奇だし、データだって明らかに英語や日本語とか、そんなんじゃなかったでしょ」
設計書は、まあ無論そうだ。英語ではなく、何故かドイツ語やフランス語、ロシア語とかを無理やりアルファベット表記にしているものだ。
いやまあ、普通はこれを専用の翻訳機当てて見るのだが、あいにく俺は全部読めるもので使わない。
まあ楯無とかには複雑怪奇な代物だろう。そういうものだ。
「それで、何か用か?」
「用か、って。ここは生徒会室よ?」
「ああ、そうだったな」
そう言いつつPCを閉じて、突っ伏す。さっきも言ったようにだるい。少し休みたい。
そう、休みたいのだ俺は。しばらく1人でゆっくり周りを気にせず休んでおきたい。だというのに……。
「ん……」
俺の背中には柔い感触が広がっているし、体には細いものに巻かれるし……いや、わかりますよ。何がどうなっているのかというくらい俺だってわかっているつもりですから。
だけど少しくらい現実から逃げることも必要なのだ。その程度のアバウトさを持っていなければ人生なんて詰んだも同然だよ。
つまり、楯無が俺に抱きついてきてるんだよね。
確信とともに、目を開き首を捻ると、ああやっぱり。
「んんうー……んん」
なあ、そうやって抱きつかれると、起きように起きれないのだが、何とかしてくれよ。
「とりあえず離せ」
「イヤ」
「子供かお前は」
「いいじゃない。一昨日『あんなこと』したんだしさ♪」
「……」
確かにあんなことしたばっかだよ。お互いもう恥ずかしいも何もないようなことやったばかりだよ。でもな、それとこれとはわけが違うだろうがよ。
そう言っても聞かないだろうなあこの女は。まあ、そこがコイツのいいとこでもあるんだけどさ。
なんだか、女の好みが一定しているのかしていないのか……べつにたらしのつもりはないし優柔不断のつもりもないが……。
「楯無」
「……」
「おい」
「……」
なんか、名前呼んでも反応しなくなりやがった。何がしたいんだろうか。
女性の考えは複雑だと古今変わることはないらしい。俺は鈍感じゃないつもりなのだが、こういうことはさすがに分からない。つかわかるやつっていんの?
まずそこから知りたいものだ。
「……ぇ」
「あん?」
何か、小さい声。ほとんどゼロ距離のこの状況でも聞こえきれないほどの小さい声で、楯無は何かを言った。でも、そのくらい小さい声だったために
聞き取ることができずに、聞き返してしまう。
「名前……昔みたいに「私の」名前で呼んで……蘇摩」
「……」
なるほど。
名前か……忘れていたわけじゃない。『楯無』は更識の当主を指す、一首の記号とでもいうもの。こういう風習は昔もあっただろう。
雑賀衆なんかがいい例じゃないかな?
告白すると、俺はコイツが好きなんだと思う。セラスと楯無。2人のうちどちらか選べと言われれば、今の俺は間違いなく楯無を選ぶだろう。それくらいには好きだ。
楯無もそれは理解しているのだろう。一昨日のことといい、俺に対してあまり遠慮のない行動が多くなった。そして、俺はそのことを迷惑に思わず、むしろ嬉しいとさえ思っている。
戸惑いがないわけではない。だが、この感情は初めてというわけでもなかったから、迷いはない。
そして、コイツにとって叶えたい想いは『楯無』という更識の当主じゃ嫌なのか。暗部の長ではなく、4年前のあの時のひとりの娘。あの時と同じ自分じゃないといやか……。
なら、それに応えないわけには行かないよな。俺にも多少の甲斐性はあるつもりだ。
「……『刀奈』」
そう。この名前があいつの本名。4年前、俺がどこにいても追いかけてきて、どこまでも付いてくる。あの日の娘。
引っ込み思案な妹想いで、それでもいたずら好きでバカやるたびに俺が当主に怒られて、切れた当主を俺がぼこぼこにしていたあの頃の刀奈。
名前を呼ばれた時のコイツの顔は、間違いなくあの時と同じだった。
「……ええ……ええ!」
ぎゅ、と蘇摩を抱きしめる腕に力がこもる。蘇摩は苦笑しながらも、その声はどこか嬉しそうだった。自然と蘇摩もその口元に頬笑みを浮かべる。
「まったく、動こうに動けねえじゃねえか」
4年か、5年か。その年月が過ぎて今、蘇摩の目は彼女に向けられたのだった。
それは彼女にとって追い続けた想いの着。
そして蘇摩にとっては一度なくしたはずのぬくもりだった。
(ああ。俺も、どこかで求めていたのかもな)
この温かい、心許せる相手と時間を。
――――
「うん、うん、この肉おいしいねー。あ、わいーん」
牛飲馬食、日本ではそういうのだろうかと思うほどに遠慮なしに、料理をガツガツむしゃむしゃと飲み食いしているのは、現在世界中が血眼になって探している稀代の天才
篠ノ之束である。
彼女がなぜここにいるのか。それは彼、レイ・ベルリオーズの能力によるとところが大きい。彼が、束の使う通信装置の周波と電波をつかみ、そこへ連絡を入れたのだ。
こうして口で言うだけならば簡単だが、それが一体どれほどの難易度なのかは想像に苦しくないだろう。
「お気に召しまして?束博士」
「ん?そうだねー。そこの睡眠薬入りのスープ以外はねー」
企みを暴かれたところで、スコールはその表情を変えることはない。
むしろ、睡眠薬入りのスープを飲んでも顔色ひとつ変えることない篠ノ之束の方であろう。
その様子を、離れたテーブルからつまらなさそうに眺めていたマドカと、多少の興味はあるのか、普通に見ているレイがいた。
「ふん」
「へぇ……」
あまり関係ないが2人のテーブルにはステーキと、ナポリタンが置かれている。そして、2人はいつでも抜けるように右腰の拳銃に手を添えていた。
それを尻目に、スコールはテーブルに肘を付いたまま笑みを絶やさない。
「それで束博士。例の件は考えて頂けたかしら?」
「どの件ー?」
「我々、『
「あはは。ダメだよー。今はそれどころじゃないんだー」
けらけらと笑いながらそういう束。だが、ここでスコールはふと異変に気づく。「ダメだよー」束はこう言った。彼女の性格から考えて、スコールは
「いやだよー」と帰ってくるものと思っていた。だが、返答は「ダメだよー」
そして、今はそれどころではない。そういったのだ。
その意味に気がつかないスコールではない。
「それどころではない、と。なにか深刻な問題でも?」
「うん。そうなんだよー」
束ねは相変わらずけらけらと笑いながら話し出す。
「ちーちゃんがね、ちーちゃんがね。あのクソ野郎にボコボコにされちゃってさー。私は今すぐそいつを叩き潰しに行きたいんだー。でもね、そいつの居場所がちょっとわからないから
探してるところなんだよー。だからね、それで忙しくて、ISのコアなんて作ってられないんだー」
そう言いながら、未だに料理をばくばくと食い漁る束ね。その表情は貼り付けたような笑顔のままであるが、言葉の端々に例えようのない感情が混沌としていた。
怒り、憎しみ、賞賛、驚き。様々な感情が入り混じり、言いようのないモノへと化している。
だが、ふとその手を止めて、「あ、でもね……」とつぶやいた。
「条件付きでいいなら、2つ用意があるんだー。それでいいならあげるよー」
「それはそれは……」
願ってもいない幸運であった。2機あるだけでかなり戦力の向上が見込める。
しかも、束謹製のIS。高性能であることは間違いない。
条件付きというなら、その条件はかなりの無茶であれ飲む。いや、飲まなければならないだろう。
そう思い、口を開く。
「どの、条件とはなんでしょうか?」
「うん。といっても簡単だよー」
表情は変わらず、ケタケタと笑いながら束ねは言った。
「ISは2機、いずれも既に持ち主はきまているからねー」
そう言って、彼女はどこからともなく取り出した、2つの指輪。
ひとつはダークブルー。もう一つはダークレッド。単色で統一された指輪はシンプルな形状で、ペアルックのようでもあった。
それを見て、スコールはなんとなく察しがつく。
「わかりました。ではあの2人をお呼びしますね」
「うん」
スコールは離れたテーブルで眺めている2人を手招きした。
「ちっ」
「……」
マドカは不承不承といったようすで、レイは訝しげな表情でやってくる。
「この2人でよろしいですね?束博士」
「うんうん。ばっちぐーだよ」
束ねそう言うと椅子を飛び降り、2人の前までやってくる。
「うふふ……こうやって直に見るのは何年ぶりかな?かな?」
束はそう言うと、2人のことを交互に見ながら、もう一度口を開いた。
「No.0,000,000,000,000,001。織斑マドカ」
「なっ……!」
「No.7,323,666,123,924,568。レイ・ベルリオーズ」
「なぜ……それを?」
その発言位マドカは驚愕し、レイはマドカをかばうように束に立ちはだかる。今のは僕らが作られた時の番号。それはたん順位何番目に生み出された個体という意味のものだが、
問題なのは、ボクらを生み出した研究所は、僕が跡形もなく消し去ったはずだ。データも物理的資料も、研究者たちも何もかも。なのに、なぜこの女はそれをしっているんだ。
ISを展開する。
「一体あなたは、なぜ僕らの『それ』を知っている?」
右腕のエネルギー砲をチャージする。単純計算でIS2機を破壊できる威力を持つ。その光は全てを焼き尽くす新版のように低い唸り声を上げながら粒子を収束させていく。
だが、それをみる束ねの表情は先程までとは打って変わって穏やかなものだった。そして、破壊の光を前にして、何ら臆することなくその腕に触る。
瞬間
「な!?」
レイのまとった鋼鉄の腕が、一瞬にして、バラバラにされた。
「うんうん。粒子収束の時にエネルギーが漏れないよう、アックロップにラインストテーターをかませて、砲撃そのものが躱されても、ストテーターを通る事で
発生するプラズマ渦流に巻き込まれてダメージは必至。消費エネルギーも、多量ながら、碗部に直接ジェネレーターを搭載して直結させてるから機体エネルギーはほぼ消費しない……
さすがだねレっくん。これは束さんでも考えなかったよ。まったく、本当にすごいね。さすが
その言葉は、あまりに突飛すぎていて、理解できなかった。いや、彼女の言う通りならば理解できて当然だろうが、本能とでも言うべきところがその理解を拒んでいたのだった。
理解するなと、それだけは分かってはいけないと。
でも、それも次の発言で粉々に崩されるのだ。
「―――
その束の表情は、紛れもなく子供の成長に喜ぶ母親のものであった。
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