インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~   作:鳳慧罵亜

85 / 116
帰還の訪れと忠告

蘇摩・ラーズグリーズは屋上にいた。肩に包帯を巻いて左腕を吊っている。

右手に携帯を持って、耳に当てながら景色を眺めていた。

 

「ああ。てなわけで、義手を一つ用意してくれないか。え?どんなやつがいいかって?

動きゃいいよ動きゃあ。どうせもう左手は使いもんにならねえし、右利きに矯正すればなんとかなるさ」

 

失ったものは戻ってこない。なくなったことを悔やむのならば、残ったものでどうするかを求める。単純なこと。

それにそう悲観したものではない。ペン使っている手は右手だ。なら、ちょっと練習すればすぐ右利きに矯正できるだろう。

 

『そうか。ならば朗報だ』

 

電話の相手、ジャック・O・ブライエン。RAVENS ARKの幹部であり、おそらく最も若くして戦場を知り尽くす男。

 

『「AC」の完成が目前と迫った。そのシステムを利用した義手義足なら、すぐにでも用意できる。確か、お前の「AMS」適性は……』

 

「ああ。ぶっちぎりの『S』ランク。よく考えりゃわかるだろ」

 

『ふむ……そうだな。時期的にもちょうどいいかもしれん』

 

ジャックは言葉を切った。そして、その意味は蘇摩にも伝わったようで彼は一瞬目を細め、表情にわずかな影を作った。

 

「了解。一度もどる。その時に内容は聞くとしよう」

 

『ああ。チケットはこちらから送ろう』

 

「OK。それじゃ、また」

 

そう言い、携帯を切った。そうだ。現状の自分の戦力は半分ほどにまで減少している。その状態では任務の遂行は困難になるだろう。

それならば、一度戻ったほうがいいかもしれない。それに、今の状況……下手をすると、第3次世界大戦が起こるかもしれないほどに深刻だ。

 

理由は単純、篠ノ之束という存在。

 

彼女が現状の学園の自体を知れば、いやもう知っているかもしれない。だとすれば、いったいどんな馬鹿な行動に出るか予想はつくが、あくまで予想。

自体が予想を超えるなど、よくあることだ。

 

その行動がヘタをすれば世界中に飛び火してしまうお空もある。あの人物は愉快犯のそれといってもいい。しかも自己中心的思考の持ち主。つまり、

たとえ自分が原因で世界大戦は起きようとも、知ったことかと言い出すに違いない。

 

こんな人殺しの仕事を嬉々として行う身として少々変だが、戦争にはしたくはない。

 

万が一にも、あの馬鹿(楯無)と戦うのは嫌だ。

 

イツァムや、ロスはまだしも、耐えられる。仲はいいが、まだ割り切れる。

でも、あいつだけはごめんだ。2度と、目の前で好きな女が死ぬのは見たくない。

 

随分身勝手とは思うが、古来より人とはそんなものだろう。崇高なる聖人君子などより、卑小なる俗物の方がやりやすいし気が楽だ。

 

チケットが来るまでにいくばくかの猶予はある。さて、何ができるわけでもないが……この前のあれだけは清算しとかないとまずいかな?

などと考えつつ、絶賛授業中(織斑先生)のこの時間で、悠々と屋上から降りていく蘇摩である。

 

――――

 

現在より2日前。ハッキング事件当日。

 

「…………」

 

IS学園から北西に4Km先にある喫茶店。少女は1人テーブルに座っていた。

少女の名前はクロエ・クロニクル。IS『黒鍵』の専用操縦者にして篠ノ之束に忠誠を誓う人間である。

 

(任務は完了……急いでここから離れなくては)

 

ただの一回も口をつけていないカフェオレをそのままに、席を立った瞬間、彼女はその声を聞いた。

 

「相席させてもらおう」

 

まるで、玲瓏な鐘を思わせる透明な響きを持った声。それはデータ上では知っていた。

かつて、IS学園に向かわせたゴーレムⅢの指揮官タイプを、まるで赤子の手をひねるかのような動作で消滅させた女性。

 

「セラス……ヴィル・ランドグリーズ……」

 

「どうした?座るといい。このような場所で立ち話など変に見られるぞ?」

 

「……っ」

 

穏やかに笑い、着席を促す彼女。その声は微塵のゆらぎがなく、その動作は女性の私も見惚れてしまうほどに隙がなく、流麗だった。

紅茶の入ったカップを一口飲むその仕草すら気品が溢れている。

 

逃げられない。そう直感し、先程まで自分が座っていた席にもう一度座りなおす。

 

「そう恐縮するな。私は別に争いに来たのではない。ただ、忠告をしに来ただけだ」

 

震える手でカフェオレに手を伸ばす。隠そうとするが、隠し切れる恐怖ではない。そう、怖いのだ。

おそらく退治している相手が織斑千冬ならば、手の震えを隠すこともできただろうが、彼女は何かが違うのだ。

 

まるで、自分の行動の全てが見透かされているような。何をしても、それはことごとくが彼女の対処が聞く程度の範囲内とでもなっているような。

言いようのない恐怖に襲われる。

 

「……」

 

「フフ……まあ、もったいぶるのも好きではない。単刀直入に言わせてもらおう」

 

どこまでも、穏やかで。まるで自分の動揺、焦り、恐怖すべてを見透かしているような微笑みのままに彼女は続けた。

 

「あまり、ヘタに動き回るな。あまりに目に余るようだと……潰してしまうぞ?」

 

「―――!」

 

―――殺すしかない。でも、できるのか?

 

いいや、やるしかない。

 

冷静沈着を信条とする彼女らしからぬ、あまりに突飛で焦りすぎた答え。だが、それは逆に急ぎを一周りしてかなり冷静な判断だったとも言えるかもしれない。

 

「―――っ!!」

 

閉ざされた両の眼を見開く。

白眼は黒に、黒い瞳は黄金に異端の双眸としてその眼光はセラスを貫く。

 

「ほう……随分と面白い形容だな。篠ノ之殿はそこまでに達しているということか」

 

関心の息とともにティーカップを受け皿に下ろす。

カチャ、という音が鳴った瞬間には自分の周りが、前後左右上下、何もない真っ白の空間へと変わってしまっていた。

 

まるで自分の頭が上に向いているのかしたん向いているのかすらもわからなくなってしまうような、異質の空間に彼女は閉ざされた。

 

「成程……一つの幻覚現象のようなものなのかな?たしかにこれは強力無比なのだろうな……」

 

セラスは、息を吐き目を閉ざした。

 

その瞬間に、自分の首筋を狙い飛翔したナイフを左手の人差し指と中指ではさみ、受け止める。

 

「だが……ぬるいな」

 

そして、その目をひらく。

 

瞬間、真っ白の何もない世界に、その逆の色。つまり真っ黒で、巨大な亀裂が走った。

その亀裂は徐々に広がっていき、ガラスが割れるような音を奏でて崩れていく。

 

「……そん、な」

 

クロエはそういう他なかった。別に彼女は特別なことをしたわけでもなし。ただ目を閉じ、開いただけで、自分が生み出した世界が音を立てて崩れ去る。

ふつうに考えてこんなことはありえないし、可能だとも思わない、でも、彼女はそれをやってのけたのだ。

 

そして、その時気づいてしまった。いや、見てしまった。

 

私は、無意識に自分の感覚に蓋をしていたのだと気づいた。

 

彼女の、いや自分たちの周りの席で、彼女に近い人物が、倒れ込んだのだ。

その客は一人だった。だから、周りにはまだ気づかれていない。

 

そして、無意識に蓋をした感覚でも、わずかに感じるのは、殺気の残滓。近くにいただけで、殺気に当てられて人が気絶してしまうのだ。まともに感じていたらこっちもああなっただろう。

 

敗北―――それすら生ぬるい。

 

彼女はこれを勝負だとすら思ってもいない。ただ、少々さっきを込めただけで、自分の世界が崩壊させられた。

 

「もう聞いているかもしれないが、もう一度言っておこう」

 

唖然とする私を見ながら、彼女は殺気の残滓を流がしたまま、言葉を続けた。

 

「蘇摩以外に私を殺せるものか……いや」

 

その声はまるで恋人の惚気を言うように甘い声で、顔を思い出すようなうっとりとした表情で、にべもなく言うのだった。

 

「あいつの腕の中以外でなど、死になどしない」

 

そう言って、彼女は席を立った。

 

「今日はあくまで忠告に来ただけだ。篠ノ之殿にも伝えておくといい……。まあ、聞くかは分からぬが」

 

そう言って、彼女は今度こそ店を出ていったのだった。

 

――――

 

「はい。こちらはコンタクトには成功しました。とりあえず変成機使って呼んだだけですが、いいのですか?」

 

『ええ。よく短い期間で彼女を見つけたわね、十分よアール。戻ってらっしゃい。』

 

レイはあるレストランの前で、スコールに連絡をしていた。

スコールは彼の手際を褒める。だが、彼にはそれ以上に深刻な心配事があった。

 

「あの……マドカは今」

 

『ああ。エムなら今私の近くで仏頂面しながらロケットいじってるわ?あまり興味がないみたいね』

 

「……そうですか。いえ、彼女が今のところ平然としているならいいのです」

 

『そう思うんなら、早く彼女の元に戻ってあげてね?正直あなたがいなかったら制御するのが大変だわ』

 

スコールの呆れたようなため息と声が聞こえてきて、レイもあははと乾いた声が漏れた。

それに、なんだか目標も変声機越しの僕の声を聞いて、何やらテンションがやたら高くなっていたのが気になる。僕の声を聞くまで、なんだか喜怒哀楽の怒哀が抜けて、ほか2つがマックスにまで登ったようなわけのわからない声を出していたものだから、それが一気に喜楽に変わったのが怖かったといえば怖かった。

 

「ともかく、了解しました。僕もいそいで帰還します。マドカには少しおとなしくしているように行っていてください」

 

『はいはい。しっかり伝えるわよ?それじゃ』

 

携帯を切って、スコールは顔を未だにロケットを弄っているマドカに向ける。

相変わらずの仏頂面で、面白くないと言いたげな表情である。

 

「エム。アールからの伝言ね」

 

スコールの言葉を聞いて、エムはわずかに顔をこちらに向けた。

 

「あまりはしゃがないように。おとなしくしててね。だって」

 

「……余計な世話を」

 

マドカは呆れたような、それでも少しだけ嬉しそうな声を出して、ロケットを首にかけ直す。そして、部屋の入り口まで歩いていく。

 

「あら?どこに行くのかしら」

 

スコールは、これからマドカがしにくことなどわかっているが、それでも聞く。なんてことはない。

ただちょっといじりたいからだ。それを知ってか知らずか、マドカは鼻を鳴らして言った。

 

「お前には関係ない」

 

そう言って、無造作にドアを開けて出て行く。おそらく自分お部屋へ着替えにでも行くのだろう。

多分、私とオータムが目標と交渉している間、2人で食事でもゆっくり取るつもりだろう。

 

「まったく……本当にアールにだけはなついてるんだから」

 

スコールは、彼……アールと出会う前と今のエムの差に少しだけおかしさを感じ、クスクスと笑うのだった。




感想、意見、評価、お待ちしています

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。