インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~ 作:鳳慧罵亜
結果を見れば、惨敗というほかはないだろう。
IS学園に侵入した賊は殲滅。学園のハックに対しては専用機持によりデータの奪取はまぬがれた。
ここだけ見れば良好だと思う。だが、実際は。
山田先生と件の隊長は肋骨の骨折。肺にっさっていないのが奇跡と呼べた。
蘇摩・ラーズグリーズは左腕を失う重傷。学園施設にも多少の損害が掛かり、ハッキングに対しても何が目的だったのかすら不明、どうやってハッキングしたのかも不明という失態。
もはや、穴があれば入りたい。いや作ってでも入ると言いたいくらいの惨敗だ。
そして、私は
「斬られた箇所の角度と深さ、そして出血量が絶妙な形でして……後遺症は残ります。しかし、それ以上のことは確率的に見てもほぼないと言って良いでしょう」
どとのつまり、名実ともに一線から身を引かざるを得なくなってしまうが、生活自体に大した影響はないとのことらしい。
その結果に思わず歯ぎしりがしたくなる。
要は、私は死ぬ必要はないというわけだ。
あの女はそう言いたいのだろう。それに、あの状況のあの瞬間で私を殺すことなど容易にできたはずなのだ。なのにそれをせず一銭から引く程度の負傷ですませたということは、
ふざけてくれる。そして、やつの言っていたあの言葉。
『目的は達した。これより帰還する』
目的とは一体何だ。もしかすると、学園のハッキングと何か関係があるというのだろうか。もしそうだとすると、おそらくあのハッキングにはあいつが関わっていることは間違いない。
学園のコンピューターにハッキングするなど、あいつくらいしかできるような人間はほかに知らない。
だが、だとしたら一体何のためにあいつはあの女を、つかったのだ?
また無人機にでも任せればいいだろうに。そもそも、奴は死んだはずだ。なのに何故今私たちの前に現れたのだ。
いったいどういうことなのだ?わからないことが多すぎる。
そして、今なお奥のベッドで眠っている男。
「先生……彼は?」
「ご心配せずとも。一概に言えば深い眠りについている状態です。原因は精神的ストレスと、身体的過負荷ですね。ただ……」
「左腕の縫合はできないと」
「はい。切り口が絶妙なかたちで、縫合が取れないのです。あの左腕には義手をつけるしかないでしょう」
精神的ストレスと、肉体の過負荷。前者はおそらくあの女に関わることだろう。そして、肉体の過負荷……思い至るフシはある。
無間流。技は知らないが、彼はおそらく本来求められたもの以上にその技を使いこなしている。
それは技術的にも、精神的な意味においても。
だが、彼の体は未だ高校生レベルだ。完成しきっていない体で私の反応速度をすら超える疾さをだせば、肉体が追いつかないのは自明の理だろう。
そんなことは彼だって知っているはず。おそらく、自分の体の限界を超える勢いで酷使した結果なのだろう。それでさえ、あの女。セラス・ヴィル・ランドグリーズには届かないということだ。
問題はあいつは左利きだったはず。利き腕をなくせば、戦力として半分以下になるのはサルでもわかる。どうするつもりなのだ?
コンコン、コンコン
扉を叩く音が聞こえた。扉の向こうにいる人物の顔は予想がつく。と、いうよりこの時間でここを訪ねてくる人間はあいつしかおるまい。
「どうぞ」
俗に言う保健の先生。女性の方だが、先生はそう言って、入室を許可する。その一瞬あとに「失礼します」という言葉とともに予想通りの人物が入ってきた。
「織斑先生……こちらにいらしたんですか」
更識楯無。制服ではなく、夜の9時を過ぎているのに制服という出で立ちだが、ついさっきまで非常事態だったのだ。いくつか規則を破ってもとやかく言う気はない。
そして、こんな時間にとくに怪我のない彼女がここを訪れる理由など、1つしかない。
「更識か」
「こんばんわ更識さん。彼のお見舞いかしら?」
「はい……あの、彼は」
「まだ眠っていますよ」
「そうですか……」
それを聞いた彼女は、安堵したような落胆したような複雑な声色とともに息を吐いた。そして、中に入り、扉を閉める。
「織斑先生。葛城先生。校長先生が呼んでいました。職員全員で会議を行うそうです」
楯無は、ここに来るついでに頼まれたことを彼女らに言う。いつも穏やかな轡木先生が普段とは打って変わって随分と真剣な表情だったから、何か新たな問題が発生したのだろう。
職員全員という時点で、それは察せる。
それを聞いた織斑先生は疲れたようにため息をついて、葛城先生は苦笑し、織斑先生の肩を叩く。
「今度は一体なのが起きたというのだ。状況忙しいな」
「ここで愚痴っても仕方ないわ。とりあえず行きましょ?」
そう言って、2人は立ち上がる。
「更識。あいつが心配なのはわかるが、あまり長くいるなよ」
「更識さん。鍵は持って行くから、出るときはかけなくてもいいわよ?」
そう言って、2人は楯無のそばを通り、部屋から出て行った。
楯無はそれを見送ると、閉められたドアにもたれかかる。なんてったて起きたら保健室のベッドに寝かされて、辺りを見回すと私を撃ったRAVENのランカーらしき男がいたのだから。
驚いた。驚きでランスを展開して男に襲いかかろうとまでしてしまったほどだ。
さすがに男も慌てて敵じゃない敵じゃないと私を説得しようとしていた。
話を聞けば、蘇摩を見た時点でクライアントをさっさと切ることにしたらしい。
その前に、私が蘇摩の
その時に、彼からRAVENの特殊回線コードをもらったのだが、入っていたのは彼、ヴィルヘルムのコードだ。何かあったときに連絡すれば、可能な範囲で助けになる。といったことを言っていた。
理由まで言ってくれた。
「なんでって?そりゃあ内のAランカーに俺は味方だと思っていて欲しいからさ」
随分俗な人物だったが、嫌いじゃなかった。
しばらく経ったあと、ドアから離れる。
目的は無論奥のベッドに寝ている人物。
「蘇摩……」
目を閉じて、深い呼吸とともに眠っている蘇摩。左腕には包帯が巻かれ、そして手首と肘を繋ぐ腕が半分ほどの長さになっている。
「……っ」
椅子をベッドのとなりまで持って行き、座る。彼の左腕にそっと自分の両手をのせた。何があったのかはわからない。先生たちも深くは話してくれなかった。
ただわかったことは、蘇摩が全力で向かって負けたこと。
正直言って信じられる内容ではない。蘇摩が負けたなどと、いったい誰ならできるというのだろう。
それこそ、彼の過去に幾度となく出てきて、今も彼が私に心を向けてくれない理由そのものである彼女くらいしか。
その可能性は考えなくもなかったが、あまりに突飛すぎているためにないだろうと思っている。
でも、本当に彼に勝てるといえば彼女くらいしか思いつかない。
「…………」
自分がもどかしい。肝心な時にいつも彼の隣にいない。
そうだった。いつだって彼は1人で戦っていた。
文化祭。あの時くらいだろう。それでも私が来てからすぐに戦闘は終わってしまった。
キャノンボール・ファスト。ここも蘇摩は1人で戦った。
タッグマッチ。ここだってそうだ。蘇摩は3対1という状態で戦ってみせた。
そして、今回の襲撃事件。蘇摩はまた1人で戦い、敗れた。
なぜだろう。どうして私は彼の隣にいれないのだろう。蚊帳の外だった4年前。私はそれが何よりも嫌だった。ただ守られているだけの日々。
蘇摩がいなくなったあの日から、私はとことん自分を磨いた。その理由には簪ちゃんを巻き込みたくなかったというのもある。でもそれ以上に
蘇摩の隣にいたい。その気持ちが強かった。
そして、今私はあの時よりはるかに強くなったと思う。ううん。強くなった。
ロシアの国家代表になり、更識の17代目当主になった。
そして、現在専用機持ちが7人以上もいる中で、未だ学園最強で有り続けている。
周りからも、自分に対する評価は高い。
でも
それでも
蘇摩のいる戦場は、私とは桁が違うの?
蘇摩の戦場に、私は立てないの?
そんなの嫌だ。
また守られるだけなんて、絶対に断る。
だから、教えて蘇摩。
私は、まだあなたに守られているだけなの?そんないないほうがいいお荷物なの?
「蘇摩……」
腕にのせた手を握り締める。目頭が熱くなり、頬に雫が伝う。
「……っ……ぐ」
意識がもどる。つまり俺は意識を失っていたということだ。
だとすればいったいどれくらい意識を失っていたのだろう。そもそもなぜ意識を失ったのだろう。
『―――信じていたよ』
そうだあいつだ。セラス……俺は負けたのか。夢か幻の類じゃないことは、左手の感触がない時点で把握している。
ちっ……目を開けるのが億劫だ。だいたいこういう状況には決まってあいつがいるんだよ。嗚咽が聞こえてんだよ。泣いてるのがまるわかりだし。
一体何泣いてんだよ。理由は想像つくけど、別にお前が悪いんじゃないって。お前は十分強いよ。
ただ時と状況、つまり運だ。それが悪かっただけさ。お前はそんなこと関係ないって言うだろうが、実際そうなんだよ。ったく……。
「泣きべそかいて俺の前に座るなよ」
手を伸ばす。そして彼女の頬に伝う涙を拭う。
「……蘇摩?」
「俺以外に誰かベッドに寝てんのか?」
「……私が寝たい」
「キツイなそいつは。サイズ的な意味で」
「抱き合えば問題なし」
「俺にとっては問題しかねえな」
「私的にご褒美」
「俺的に……いや、なんでもない。つか泣きながら言っても可愛くねえよ。さっさと拭け」
言われて、楯無は蘇摩の腕から手を離して涙を拭った。それを見て蘇摩は体を起こす。左腕を上げかけて、右腕を上げ頭をかく。
どうも左腕がないということになれないらしい。まあ普通いきなり利き手がなくなればそうなるだろう。
「っしかし、この様子じゃあ縫合も無理っぽいらしいな。ジャックに頼んで義手用意してもらうか」
「蘇摩」
「あん?」
「誰と戦ったの?」
楯無の質問に、蘇摩は一瞬固まったが、一度目を閉じて、軽く深呼吸をした。
「バケモン」
「真面目に答えて」
「比較的真面目な答えなんだがな」
蘇摩の回答を楯無が即両断する。そして、蘇摩は苦笑しながらかぶりをふった。そして、今度こそ、彼女が求める答えをいう。
「セラス・ヴィル・ランドグリーズ」
「……そう」
得た答えに対して出たのはそっけない返事。予想した答えの中では最悪のケースだったが、逆に順当で、どう返したらいいかわからなかった。
「俺が4年で上がったように、あいつも4年経てばああなるかなって位には強かった。まあ、順等負けだな。ことごとく読まれきったし」
軽い口調とはうらはらに、その表情は固い。おそらく、いや確実に思うところがあるのだろう。
なぜ彼女が生きているのかなど、そんなことは聞く気はなかった。重要なのはなぜ、生きているのではなく生きていたという結果なのだから。
「……俺はな。楯無」
「ん?」
「死んだ人間が生き返るっていうフザケた道理はないと思っている」
「どうして?」
蘇摩の言葉に、楯無は問う。それに蘇摩は答える。
「そいつの『死』がなくなるからだ」
蘇摩は、今までの中でセラスの死を悼んでいることはあっても、一度も生き返って欲しいなどと言ったことも思ったこともなかった。どんなに打ちのめされていても、
それはその人物の『死』を背負っていたから。死という現実を踏みしめ、胸に刻んでいたから。
今まで背負ってきた。自分の罪とは言わない。ただ、背負うものとして、ずっとその背中に背負ってきた。それは今までに数え切れないほどの人間を殺してきたからという
一種の感覚麻痺とも言えるかもしれない。
でも、今まで自分の持つ一つの真理として背負ってきたもの。それが突然誰かに奪われた。そうだ、あのふざけた奴に、奪われたのだ。
「……いいだろう。そんなに望むなら、やってやる」
右手が軋む。ギリギリと、骨が悲鳴を上げるほどに拳を握り締める。爪が肉に食い込み、血が出ようと知ったことか。痛みなど感じない。待っているがい、俺が必ず貴様を
「貴様を潰し、この世界を―――」
変えてやる。
いつか思った願い。そして、突きつけられた真実に崩壊した夢。
不可能だと、真実など知らない方が良かったと。
でも、俺の夢を破壊するばかりか、あいつの『死』すら俺から奪うのなら。
お望み通り、叩き潰してやる。
口角が釣り上がる。蘇摩のその笑は何度か見ていた。だからこそ感じた。その笑が怖いと。
今までで見慣れてきたはずなのに、今怖いと思った。でも、同時にそれすらも蘇摩であると、蘇摩の中。汚れ切った内側が見れた気がした。
それが、蘇摩の人殺しの顔なのだろう。それを知った気がして―――。
同時に想う。やはり、私はあなたのそばにいたいと。あなたの隣で、その剣と合わせて槍を構えたいと。貴方が進むのなら、必ず追いついて、となりに立ちたいと思うから。
だから、そう思いたい。この行動は彼にとって、私にとって、意味あるものだと。
だから
「―――蘇摩」
「たて、なし……?」
抱きしめる。抱きしめられた。
再びベッドに倒れこむ。もう一度ベッドに倒す。
スプリングの軋む音。クッションが沈む感触。
「どうした。いきなり」
「……ねえ?」
耳元で囁く、魔性の言葉。
――――
「……痴呆か?」
「本気よ」
私はあなたの隣にいたい。心は既にあなたに捧げている。だから―――
「バカだよ。お前は」
付いた悪態はあまりに力なく、説得力にもかけていた。それは、ほかならぬ、彼も求めていたものだったから。求めて、それでも拒んだものだったから。
「だから、お前の居場所は、俺の隣になるんだろうな……」
「そうよ。あなたを諦めて秀才になるくらいなら、バカのままでいい」
「誰か入ってくるぞ?」
「鍵はかけてあるわ」
私の左手は彼の右手を絡め取り、右手は彼の左腕を取る。蘇摩の左手と右手の間には生暖かい感触。でも今はそれすら愛おしく感じてしまう。
逃がさない。離れさせない。もう、誰にも渡さない。
「―――は、自信ないぞ」
「それでもいいわ」
だから―――
やっぱり私は、あなたが好き。
感想、意見、評価、お待ちしています。
大体8巻目が終わったのかな?ここから、オリジナルの展開に持っていくつもりです。
というより、原作がここより進んでいたっけ?
ついでにステータスにセラス(現在)と織斑千冬を追加しときます。
搭乗機もついでにのっけますので、見て軽く絶望したい人はどぞ。