インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~ 作:鳳慧罵亜
織斑千冬がその場に到着したのはそのちょっと前だった。時間で言えばそう、2人の最後の攻防のあたりと言えよう。
だから彼女は、見た。見てしまった。
閃光が人としてどこまでの極地にいるのかを、そしてそれすら超えるものまでもがいることを。
「―――っ」
言葉が出なかった。
蘇摩の最後の攻撃、そしてそれを防ぎ反撃してのけた敵。こちらは一歩離れた目線だったからその全てを見て取れた。
一瞬。その言葉の意味を体現したかの如くの疾さで敵の後ろを取り、必殺ともいえる一撃を放った蘇摩。
そしてそれを
蘇摩が回り込んだ時には既に蘇摩へ向き直り、その一撃を防いだばかりか蘇摩の腕までも切り落とした敵。その実力の程は、もはや言うまでもないだろう。
風貌からおそらくは女性。見えるのが後ろ姿だけなので詳しいことは分からないが、蘇摩と色違いだが同じコートを羽織っている。そして右手には篭柄の剣を握っている。
「……誰だ」
語気を強くして呼びかける。意識を失い、彼女にもたれかかる彼を抱き止めていた敵は、彼を抱えたままアリーナのベンチまで歩き、蘇摩を寝かせる。
そして、無駄のない動きで振り向いた。
「お久しぶりですね。織斑殿」
「お前は!?」
「え……そんなこと……!?」
「……元イギリス代表。セラス・ヴィル・ランドグリーズ」
上から千冬、真耶、隊長の順で反応する。蘇摩程に著しく狼狽することはなかったが、それでも驚愕することに変わりない。だが、千冬だけは驚きと同時にある種の納得もしていた。
なるほど、彼女であれば蘇摩を倒すことも可能かもしれない。いや、彼女以外にできそうな人間などそれこそ思い至らない。
そして、同時に気になることも出てくる。
「随分大事そうだな。その男のことが」
そう、彼女は蘇摩の腕を切り落とした時から、随分と彼に対する対応が丁寧なのだ。およそ敵対する人間にやるようなものではない。
倒れこむ蘇摩を優しく抱きとめることも、わざわざベンチまで運び、寝かせることも。
そもそも腕を切り落としたあとで、わざわざ気絶させるという時点で何かが違うのだ。
その疑問に対してセラスは一度蘇摩に目を運んだあとで言った。
「4年前……いわゆる恋人という関係だっただけです」
「!」
成程。簡単に納得できる内容ではないが、自分の目には彼女が嘘をついているようには見えない。
おそらく彼女にとってそれほど大事な存在だったのだろう。山田先生はなにか驚いている様子で、隊長は興味がないのかさして驚いてもなく面白そうでもなかった。
「………よくわかった。それで、どうする気だ?」
「どう、とは?」
「しれたことだ」
手にしていたブレードの鋒をセラスに向ける。セラスはそれを目にしても、微塵のゆらぎもなにもなかった。
「捕まるか、死ぬか、選ばせてやる」
大した脅しにはならないとわかっていつつも、それを冗談と笑わせる口調ではない、無論そうするつもりだ。
これが普通の人ならば、すぐにしっぽを巻いて逃げ出すだろう。だが、彼女は
「死ぬ……死ぬ?」
とつぶやいたあと、突然笑い出した。
「フフフ……死ぬと、殺すと……フフフ、フフハハハハハハッ」
「な、何がおかしいのです!?」
彼女の哄笑に真っ先に反応したのは真耶だった。尊敬する人物の冗談を抜いた本気の脅しに対して、目の前の女性は笑ったのだ。
それが許せないのだろう。
セラスは目尻を手でふいた。そして、言う
「ろくに人を殺したことのない人が、私を殺せるなどと思うな。蘇摩意外に私を殺せるものか!」
そう言った瞬間、まるで流水のような動きと速さで、千冬に斬りかかった。ぶつかる刃と刃。あまりに無駄がなく流れるような動作と早さだったため
他の2人は咄嗟に反応が遅れた。千冬も危なかったといっていい。
「ぬっ!?」
「ちょうどいい。ここに来た目的を果たさせてもらおう!」
剣を弾き、後ろに飛ぶセラス。そこへ真耶がアサルトライフルで斉射をかける。だが、セラスはそれを蘇摩と同じように蛇行しながら走り、弾を避けていく。
蘇摩ほどの早速度はないが、蘇摩よりもはるかに動きが精密で複雑だ。
もしかすると、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」といった射撃の方が彼女の被弾率は高いかもしれない。射撃の狙いがしっかりしていて、たまのバラけも少なく確実に
獲物を捉えようとした正確な射撃は、ことごとくセラスに読まれ躱されていく。
この場合ばかりは、彼女の射撃の腕がアダとなった。
「―――はぁ!!」
隊長が、ISで殴りかかる。第3世代『ファング・クエイク』は主な武装はナイフとナックル。それゆえに、彼女はかなりのレベルで近接格闘術を習得している。
真耶の射撃をかいくぐるセラスを正確に捉えた攻撃。それはセラスを軽く吹き飛ばす―――
「遅い」
ことはなく、彼女は隊長の拳に合わせ剣を走らせた。斜めに走った剣は体調のISのナックルを受け流していく。
セラスは隊長の拳を受け流したままその脇を走り抜けた。
「フン!!」
今度は千冬がセラスに斬りかかる。側面からの斬撃を彼女は目線だけでそれを捉え、剣で防いだ。
そればかりか。
「フッ」
「何!?」
剣を斜めにし走らせる。その鋒の行き先は、織斑千冬。
「くう!」
なんとか躱したが、首の皮が切れた。一瞬でも反応が遅れれば、首に剣が刺さっていただろう。
「どうしました?蘇摩ならば笑って躱せる程度の速度ですよ?」
事実、蘇摩は腕を切り落とされたとき以外は、そのほとんどを化することなく躱しきっていた。
唯一、あの動きの間を捉えたほとんど回避不能の攻撃を除けば。
「ちぃっ!!」
千冬は剣を振り上げ唐竹に斬りかかる。セラスはそれを受け止める。確かに千冬の斬撃は躱せるような速度ではない。
読んでいても、なお早い。それは賞賛されるべきことだ。さすがはブリュンヒルデの名を冠することはある。
「はぁ!」
千冬の斬撃を受けると同時に今度は後ろから隊長が殴りかかる。
剣を弾きたいが、させんとばかりに千冬が圧力を上げる。避けようにも避ければその瞬間に蜂の巣だろう。
真耶が両手に重機関銃を構えていた。
詰、チェック。この状態では誰もがそう思うはずだ。武器は抑えられ、回避してもしなくても結局終わる。ISを展開する時間もない。
まさに詰。どうしようもない状態である。
「「「終わりだ(です)!!」」」
3人は自らの勝ちを確信する。この状況を靴がせる人間はほぼいないといっていい。
だが、彼女は誰だっただろうか。
「ぬるいな」
彼女はそこまでを
千冬のブレードと自分の剣が交差する場所を支点にし、飛ぶ。
「「なに!?」」
空中で体をひねり、隊長の攻撃を躱す。そしてそのまま隊長の顔面に蹴りを入れる。
その蹴りはISのシールドによって防がれるが、シールドには罅が入りその衝撃により彼女は一気に真耶の方へ飛ぶ。
「え?」
それがあまりにも唐突で、早かったために真耶は一瞬の判断が遅れてしまった。無理もない。おそらく今の芸当はRAVEN、Aランク1。イツァムですら出来るかはわからないほどのものだ。
もしかしたら、蘇摩も出来るかもしれないが、それほどの出来事だ。
セラスの蹴りが、真耶へ飛ぶ。それはシールドに亀裂を入れるが真耶に直撃することはなかった。だが、彼女は一気に絶体絶命とも言える状況を覆したのである。
「……化物か」
千冬は思わず愚痴った。というのもセラスがISを攻撃した時の光景に異常さを感じたためである。
ISのシールドは、搭乗者に生命レベルでの危険がなければ発動しない。
普段IS対ISの戦闘ではいつも発動するため、あまり感じないことではあるが。
つまり、彼女は生身で、ISが搭乗者の命を断つことができると判断するレベルの攻撃を加えたのだ。しかも、そのシールドに亀裂を入れるということをやってのける。
生身の蹴りで。
「……これでは1日手になりかねんな」
セラスは、そう言うと一度後ろへ飛ぶ。そして、右手を掲げた。その狙いに気がつかないバカはいない。
「させん!!」
まっさきに動いたのは千冬だった。風の如き疾さで駆け、袈裟斬りに切り込む。
だが、それは真紅の右腕によって防がれた。
「っ!?」
「セラフ」
一瞬でそれは展開された。
ISは普通は展開するときに、粒子から機体を構築するために搭乗者の周りに光を纏う。
だが、もはやセラスの展開速度では、その光すら見ることはかなわない。
ギィン
金属音と共に簡単に千冬ははじかれる。
千冬はすぐに体制を立て直し、後ろに飛ぶ。
その姿は鮮烈極まるものだった。
直線と流線が融合したシルエット。それを彩るは深紅と黄金。
フルフェイスの頭部。深紅のアイラインが輝いている。
そして、真紅でも、黄金でもない純白の翼。
そう、ウイングバインダーなどではなく、本当の翼であった。
おそらく翼を構築する羽の一枚一枚が、ISのパーツなのだろう。
その数の多さが、本物同然の自然な動きをこの機械こ体にもたらしている。
軽く羽ばたくその動きは、まさに飛び立とうとする白鳥のそれだった。
「行くぞ」
背部のブーストを吹かし、まず真耶に突撃する。
真耶はその速さに驚いた。まず間違いなく第4世代に匹敵するであろう速度。
だが、その速さは見慣れている。驚きはしたが冷静にブーストをフルスロットルで、下がりながら右手の重機関銃で弾幕を張りつつ、左手にグレネードランチャーを用意する。
そこで、彼女、否彼女たちはもう一つ驚愕することになる。
「小口径弾では私に傷ひとつ付けられない」
その言葉を発したたの無論セラス。彼女のIS『セラフ』の周りにはよくは見えないが、何か膜のようなものが張ってあり、小口径弾はその膜にせき止められ、セラスに当たることはない。
そこで、真耶は重機関銃『デザート・フォックス』を収納すると、もう一つグレネードランチャーを呼び出した。
「これで!!」
グレネードの連続発射。これならさすがにその膜では防ぎきれないと踏んでの行動。確かにそれは正解だったようだ。
「フフ……」
彼女がグレネード弾を、切り落としたことを見れば。
グレネード弾はことごとく切り落おされていき、彼女どころか膜にすらあたりはしなかった。爆風では彼女の膜を突破しきれない。
そして、セラスは一気に距離を詰め、右手に展開したプラズマブレードで斬りかかる。
「っく!」
真耶は物理シールドで防いだ。だが、瞬間
「はああ!!」
凄まじいまでの威力の蹴りが真耶を襲った。
そこまでに2回、シールドを叩き割る音が聞こえる。
「きゃああああああああ!!!」
真耶は弾き飛ばされ、アリーナのシールドを突き破り、壁に衝突する。
その瞬間、真耶のISは解除され、真耶は地面に崩れ落ちた。
「山田先生!!」
「―――ちぃっ」
次は隊長が、セラスに突撃した。その手にナイフを展開し、斬りかかる。
「フッ」
セラスはそれをプラズマブレードで受け止める。だが、隊長はそんなことはわかりきっていた。
だから、まだせめてを緩めない。
「はあああ!!」
まずはナイフを持っていない左手で殴りかかる。それをセラスは左手で受け止める。
続いて蹴り込む。それは一発目は躱された。そこから派生した回し蹴りは彼女の足を捉えたものの、それは受け止められてのことだった。
「ならばっ」
ナイフを弾き、もう一度今度は左手でのパンチがはじめ。
セラスはそれを紙一重で躱し、次のけりを両手でガードする。
「そこだ!!」
そして、最期にナイフを突き出す。そのタイミングは、奇しくも彼女の読みの内ではあったがそれよりも僅かに早かった。
「っ!!」
セラスはそれを避けきれずに、頭部のパーツに傷を作った。セラスは、ブーストを吹かして、距離を取ろうとする。だが、それに追従するファング・クエイク。
「おおあああああ!!」
追い討ちとばかりに蹴りを入れるが、機動力が向こうの方が数段高い。それにセラスはそれを左手で防いだ。
そして、セラスはそのまま距離を取り、着地。
頭部に傷をつけられたことは、彼女にとって意外なことだったようで、すぐに仕掛けてこなかった。
だが、傷をつけられても激高する様子はみせない。そればかりか、軽い笑みを見せている。
そして、
そして、鳩尾を狙った掌底突きを入れる。それは隊長が両手でガードする。だが、衝撃で一瞬隊長が浮かんだ。その瞬間に勝敗は決した。
「喰らえ」
「なに!?」
ドズン
腕から輝く青白い光が放たれた。そのプラズマ砲は隊長を吹き飛ばし、アリーナのシールドを突き破らせて内部に入れ、天井付近のシールドに叩きつけてようやく消滅する。
それはファング・クエイクを行動停止に追い詰めて、墜落させた。
「馬鹿な……」
千冬はそう言うしかなかった。
セラスのISの能力はここまで進化していたのか。
そして、これはISと操縦者の理想とも言えるべき関係にあった。
一夏や箒のように性能が勝っているでもなく、かと言って操縦能力が勝っているわけでもない。
凄まじく高い性能を、余すことなく最大限に引き出せる操縦能力。
人間の能力の境地が蘇摩であるならば、彼女がISと操縦者の境地と言えるだろう。
正直言って、今の私では太刀打ちできる相手ではない。
こちらにもISが、それも『あれ』があれば戦えるだろうが、打鉄程度では正直言って負けるだろう。
それほどの力を得ているのだ。いまの彼女は。
「行きますよ」
そして、自分が圧倒的優勢にいても、決して相手を過小評価せずISを解除せず戦うセラス。勝負の行方はわかりきっていた。だが、
「来い」
そう言う他なかった。これは自分は逃げられないと知っていることと、自分が世界最強のなを獲ったということに対する自負であった。
「世界最強……ブリュンヒルデ」
セラスのプラズマブレードと千冬のブレードがつばぜり合いをする。物理ブレードとプラズマのブレードは火花を散らすことはないが、
灼熱の奔流が巻き起こる。無論暑いというレベルではないが、無視する。
「はああああ!!」
剣を弾き、距離を取る。そして一気に突進する。その速さはISの瞬時加速にも負けない程の速さでセラスに切りかかり、セラスがブレードでガードした瞬間にまた剣を弾き、
再び切り込む。
前から、後ろから、左から右から、そして上から。
相手に的を絞らせない多角攻撃。本来ならば1対多数の戦いで真価を発揮する技ではあるが、それほどの敵だ既に認識しているのだ。
篠ノ之流剣術奥伝『
セラスはそれを読みながらも、防御が追いつかなくなってい行くのがわかる。
一つ、また一つと小さい傷がISの装甲についていく。
「やはりあなたは凄い」
セラスは、それに対して惜しみない賞賛を向ける。さすがは世界最強だと。故に―――
「あああああああああああああ!!!!」
千冬は最後の一撃を正面やや左側から切り込んだ。
「
一瞬、千冬はセラスが消えたように見えただろう。実際に既にセラスは千冬の後ろにいた。
そして、あまりにも唐突な出来事でその声が聞こえるまで、自分の腹部が切られていることに気づくことはなかった。
「な……」
どっ、とあふれる流血。膝を突き、右手で脇腹を抑える千冬。
そして、すでにISを解除していたセラスを見て理解した。あの一瞬で、セラスはISを解除したのだ。
展開の光すらせない速度をたたき出せるセラスならば、収納もそれ相応の速さだろう。
その一瞬でISを解除し、それにより見慣れていた真紅が消えたことにより、まるでセラス自体が消えたように見せかけつつ、そのまま最短で千冬の脇を抜けて、斬ったのだ。
まるで、それは曲がりなりにも、蘇摩の『縮地』にそっくりに見えた。
「なぜ、貴女が私に負けたのか、わかりますか?」
セラスは振り返り、片膝をつく千冬に問いかける。千冬は、言った。
「フン……一線から引いたから、とでも言いたいのか?」
「いえ」
その答えにセラスは即否定の言葉をいい、言った。
「人殺しの、業の差です」
そう言うと、セラスは、ISのその純白の翼のみを展開する。純白の翼をせったその姿は、美しい天使のようだった。
「目的は達した。これより帰還する」
そういい飛ぶ。アリーナのシールドを、展開した腕部のプラズマ砲で破壊し飛び去った。
それを見送った千冬は、あふれる血を抑えながらインカムに手を当てた。
「救護班……直ちに第3アリーナまで、来い……要救護者が3人いる。山田先生と、あともう2人だ。頼んだぞ」
そう言うと、千冬はばたり、と倒れた。
感想、意見、評価、お待ちしています。
えー、上記でも書いてあるとおり、この回は批判が出てくることを覚悟の上で書いております。
はっきり言ってもうはっちゃけました。はい。
可能であればこの回を読んだあとでも、引き続き読み続けてくれることを祈ります。