インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~ 作:鳳慧罵亜
「……セ、ラス……」
この現象は夢ではない。それは断じて判断できる、させられる。だが、まったくもって信じ難く、受け入れがたい現実であることには違いない。
なぜだ?
お前は俺の前で、俺の腕の中で死んだはずなのに……遺体はイギリスで火葬まで行ったはずなのに……。だが、どういうわけか彼女は現に俺の前にいる。
決して幽霊とか幻覚とかそんなチャチなシロモノなどではないということくらい言ってのけられよう。
俺は幻覚を見るような薬を打った覚えはないし、幻覚を見るほどストレスが溜まっているわけでもない。
それに、幻覚や幽霊なら気配を感じることも、ましてセラが彼女の存在を捉えられるわけがない。
それはつまり、そういうことだろう。
『蘇摩さん?一体何が……それにセラス、って……』
セラが何かを言ってきているが、あいにく耳に入ってこない。今の俺の中には再開の感動や喜びも多少はあったかもしれないが、それ以上にはるかに
不可解さと信じられない思いが勝っていた。
「……4年ぶり、か……」
彼女の声は、記憶に残っているものとなんら変わりない。さながら玲瓏な鐘のような透き通り、かつ凛とした響きを持つ。
「短くもなく、かと言ってそこまで長いわけでもない……微妙な時間だな」
「……」
『え、その声……まさか……そんなこと……っ』
セラも状況確認のため集音レベルを上げたらしく、あいつの音声を拾ったのか信じられないといった、震えた声を上げる。
そしてようやく気付いた。彼女の姿は4年前と比べて少し変わっていた。
ポニーテールにしていたブロンドは下ろされていて、動きやすい軍服のようなデザインのものとは違い、色は赤色だが、基本デザインは俺と同じコート。
左側の腰にあいつのクレイモアがぶら下がっている。
セラスは一部の隙のない足取りでこちらに歩み寄る。その顔には往年の記憶のままにある微笑みを浮かべていた。
蘇摩はようやく、幾ばくか落ち着きを取り戻し、かろうじて呻くような声を上げることはできた。
「……なぜだ?」
吐き出された言葉は問い。何故、ただその一言の質問。
だがその問いは、ただなぜ生きているのではと問う意味ではないことはその口調が示していた。彼女が足を止めたのはその問いを聞いた数瞬あとのことで、2人の距離は、3mもなかった。
「なぜ……か」
セラスは一言つぶやいたあと、考えるように上を見た。シールドに覆われた薄緑色の空。まるでどういう回答をすればいいのかと迷っているようで、同時に
答えていいのかとも迷っていいるようだった。
時間にすれば十数秒……やがて顔をおろし、蘇摩を見るセラス。
「……お前を試すため……が一番あっているか?」
帰ってきた返答。傍から見れば何を言っているのか一瞬理解が遅れ、曖昧な理解に至るだろう。蘇摩もそうだった。だが、それでいい。その言葉の意味を正しく理解してしまえば
おそらく蘇摩はこの場で彼女に斬りかかっていただろう。曖昧な理解だったからこそ、彼はまだ言葉を紡ぐ程度の冷静さを保てた。
「試す……だと……」
「ああ」
つぶやいた蘇摩の言葉に応えるようにセラスは続けた。蘇摩になら、絶対に理解しきれる言葉で。
「お前が、
その言葉は彼にとって、理解しうるには十分すぎていた。かつての記憶が巡る。
行き着いたのは、やはりあの時。
―――はじめまして、エランといいます―――
そうか。
そういうことか……。
「……そうかよ……」
奥歯が砕けんほどに歯ぎしりをする。そこから先のことは、もはや衝動といったほうがいいだろう。
それほどに、彼女の言葉は彼にとって衝撃的という言葉すら温湯のようなものだった。
「おおおお!!」
「……」
刃を抜き去り、斬りかかる。3mにも満たない距離は、彼にとってないに等しい。まさに一瞬で彼女に接近し、斬りかかった。
だが―――。
ギィイン
金属がぶつかり合う音が響く。セラスも自身のクレイモアを逆手で抜き、蘇摩の斬撃を止めていた。
キキッ
軽い金属音と共に、互の刃がわずかに揺れる。かたや刃という言葉が生ぬるいほどに鋭い漆黒の瞳。かたやどこまでも穏やかに、まるで慈しむような優しいサファイアの瞳。
だが、この一瞬でこの場の空気はまるで10近く下がったかのような雰囲気になる。
―――ああ、そうだ。
この鋭さ、この疾さ、この切れ、変わらないどころか以前より数段より増している。流石だよ、さすが私の想い人。その激情も、たとえ私でさえ殺すというその覚悟と業。
やはりお前は私の好きなお前のままだ。
だから―――
「フッ!」
穏やかだったサファイアのような瞳は、一瞬で触れれば切れる刃に変化する。そして、蘇摩の凄まじい剣圧を利用し、刃を受け流しながら後ろへ飛ぶ。
彼女の元RAVENトップを飾った身体能力と、蘇摩の異様なまでの剣圧が重なり、一気に4、5mは後ろに後退する。
蘇摩は彼女が後ろに飛んだ一瞬あとに追撃をかける。右から薙がれる一閃。セラスはそれを紙一重で躱し、返しに突きを見舞う。
その突きを蘇摩は紙一重という言葉すら怪しくなるほどのギリギリを躱していった。そして薙いだ刃を反転させ、返しの一閃を放つ。が、それは彼女がかざした剣に止められる。
それでも構うものかと、剣を止めようとしない。止める刃と薙ぐ刃。拮抗したのは一瞬ですぐに蘇摩の刃がセラスの剣をそれごと彼女を切り伏せようと迫る。
並のものならその一瞬で武器ごと切り捨てられて終わるだろうが、セラスは並のものなどではあるはずがない。
剣をすぐに斜めにして、蘇摩の剣を受け流す。だが、その速度が速すぎるのか、蘇摩の斬撃の威力が高いのか、剣と剣が交差している点から火花が散る。
完全に受け流す直前、ひときわ大きな火花を散らせセラスが刃を振るう。首を狙った一閃は呆気なく躱された。
今度はお返しとばかりに蘇摩は受け流された直刀で切り上げる。だが、それは彼女が後ろに飛んだことで空を切るに終わった。
そして両者の動きは止まる。この間実に10秒足らずの攻防。
止まったのは一瞬のこと、再び蘇摩が仕掛ける。
閃光がごとき突進を上乗せした突き。もはやそれは目で追って行けるような速度ではない。おそらくスーパースローですら、ややコマ飛ばしに映るであろう速度だ。
それをセラスはいとも簡単に柄を目線に掲げ、刃を下にした守りの構えで受けてみせる。
ジュィン!!
「―――っ!」
「っぅ……!」
激しくも一瞬の火花と金属音。その直後にまた激しい金属音が押収する。
袈裟懸け、右薙、左切り上げ、右切り上げ、すべて蘇摩の音を置き去りにするような斬撃をすべて止めてみせるセラス。
決して蘇摩は連撃を加えているのではない。
一撃一撃が完全に止められ、その度に止められた反動でもって切り返しまた一撃、それを繰り返しているのだ。
もはや2人の手足は、一撃が止められる一瞬だけしか正確に見ることはかなわない。動くたびにぶれているようにしか見ることは適わないのだ。
幾度目かもはや分からぬ攻防。その撃を受け止めたところで、蘇摩の攻め手が緩む。どんな強力な台風だろうと、目が存在しその目に入った瞬間はすべての風や嵐は止む。
その刹那にも満たいない一瞬に、彼女は反撃を繰り出した。
「はっ!!」
特に特別なことはない。ただの左薙であるが、それは恐ろしい程に正確かつ精密に蘇摩の首筋を斬らんと迫る。この一撃、蘇摩でなければ何もできずに素っ首を落とされたことだろう。
それほどに、的確なタイミングで、蘇摩ほどではないが、凄まじい速度でもって放たれた。
そのタイミングはもはや防御のしようがなく、体の重視移動の瞬間のため回避等できるようなものでもない。
以前楯無が使った『無拍子』それに近いものだ。どちらの質が上かは言わずもがな。並―――否、いかなる達人ですら、防御も回避も不可能な一瞬の間隙を狙った一閃などどうしようもないはずだ。
「っ―――!!」
吹いたのは風。彼女のコートの裾、降ろした長髪を一度巻き上げるほどの突風だった。
この室内で風が吹くはずはない。
「フフ」
セラスは声に出してわずかに笑う。そして、刃を背中に這わせ―――
ギィン!!!
もはや飽きるほどに聞いてきた金属音が響く。セラスは首を回し、目を限界まで横に向ける。そこには当然というべきなのか、ありえないというべきなのか。
おそらくセラスが取る選択は当然だろう。
蘇摩がその顔にひきつりながらも、笑みを浮かべている。
が、その首には赤い直線が引かれ、血が流れている。
蘇摩の凶刃を受け止めたセラスの剣にも、血がついていた。
「さすがだな」
「俺を誰だと思ってやがる……!」
―――ああ、そうだな。そうだとも。
お前は『蘇摩・ラーズグリーズ』だ。永劫変わらない私の想人。
あの一閃を、蘇摩は避けてみせたのだ。
完全にとはいかずに、その首に確かな切り傷をつくっているが、頚動脈に届いてはいない。
だが、浅いわけでもなくとめどなく血が流れている。
が、本来首が飛んで然るべき一閃だったのを、まだ彼は生きている。しかも、そのままセラスに反撃できるほど余力を残して。
つまりは、あの時セラスの髪を巻き上げた突風は蘇摩が起こしたものだ。
無間流歩法奥義―――『縮地』
仙人の御技を体現したその歩。無論それだけでセラスの一閃を躱せるほど彼女の一閃は微温くない。
それはすなわち、彼が『蘇摩』であったことと言える。
至近距離からの銃弾を目で追えるほどの反応速度。それはつまり、神経の伝達速度と同義。
人の神経伝達速度の限界は0.1秒と言われている。その速さでは、銃弾を目で追うことなど不可能と断言可能だ。
だが、蘇摩の反応速度は一体どれほどのレベルなのか、いつか彼は5/1000秒の世界を見切ったことがある。
すなわちそれは、彼の神経伝達速度はもはや未知数の領域にあるといってもいい。
そんな彼だからこそ、今の一瞬を回避できたのだろう。
裏を返せば、蘇摩の反応速度を持ってしてでも、今の一閃は回避しきれなかったということだ。
「フフッ」
ギィン!
「ちぃっ」
セラスが蘇摩の刀を弾く。蘇摩ははじかれた衝撃に乗り、後退する。そこへ初めてセラスからの攻撃が来た。
「はあ!!」
「っぐ」
はじめの突きを紙一重で躱す。次に次に来たのは、横薙ぎ。それもバックして避けた。
だがまだ終わらない。
「フッ」
「!!」
横薙を躱したのと同時に、刃が蘇摩へ向けて突き出された。まだ振り抜かれてすらいない、まだ刃が蘇摩へ向いている瞬間の突き。
その動きは、まるで蘇摩がバックで躱すことを事前に知っていたかのような動きだった。
「ちぃいい!!」
体をひねり、直刀を盾にして受け流す。刃と刃が十字に交差した瞬間、まだ火花が出ていない瞬間にセラスは剣を引き、斬り下ろす。
蘇摩はそれを紙一重で躱し、踏み込んだ。
「!」
「捕まえたぁ!」
無論セラスの切りおろした刃は、蘇摩に向かって横薙ぎに変化する。だが、構うものかと蘇摩は大きく踏み込んで右薙を放つ。
セラスは、蘇摩の腹を切りながらも彼の斬撃をバックして躱したために、切口は浅かったのあがわかった。
だが、蘇摩の斬撃を躱しきったセラスと、ダメージ覚悟で踏み込んだが、一撃与えられなかった蘇摩。どちらが上かははっきりしているだろう。
(クソッタレが……!肉切らせてもダメか……相変わらずいい読みしている)
蘇摩は一度後ろに下がって距離をとった。これで2人の距離は2m半程に広がる。
セラスの強みは「読み」。
蘇摩の斬撃すべてを止め、動きを先読み反撃できる。その精度は驚異という他ない。
攻撃は全て読まれ、回避すら相手の攻撃の要点になる。ならば取るべきは。
(……読まれても、対応できない攻撃……)
必然的に、攻撃手段は絞られる。おそらくこれが来ることも彼女は予想している。簡単に読まれるだろう。
だが、今の俺は昔には使えなかったものも使える。
「―――ふぅ」
ひと呼吸入れ、剣を構えなおす。同時に両足に負荷をかける。
瞬間、蘇摩の雰囲気が一変する。触れればズタズタにされる様な刃ではなく、まるで亡霊のような、曖昧で透明なつかみ難いモノへと変わっていく。
「……!」
セラスはそれを感じ取り、今までのどこか余裕を持った穏やかな表情が変わった。
目をやや細め、剣を一度眼前へ掲げてからもう一度構える。
沈黙―――
しんと静まり返ったこの場所には運や、偶然といった不思議が入り込む余地などあらず、そして誰かがいたとしてもそのあいだに割ってはいることなど、それこそその人物の死を意味するような
いうなれば、時間が停止したかのような重圧と冷気が漂いはじめる。
実際に、このアリーナの室温は壁に添えつけられている温度計。その示す表示は先頭が始まる前よりも、本当に5度落ちていた。
「「……………………」」
いつ終わるともしれない沈黙の中、同時にいつ始まっても不思議でない空気。2人の両目が、見開かれた。
刹那、いや清浄の出来事である。
舗装された床が叩き割れ、蘇摩の姿が掻き消えた刹那。
銀色の閃光が2筋、ほとばしった。
「―――っ!」
「!!」
「―――微温い」
―――ギィイン!!!!―――
「な―――」
セラスの首を寸分の狂いなく、思考の速度でうち放たれたその一閃は至極呆気なく、まるで正面からバカ正直に振るわれた竹刀を止めるがごとくに防がれ―――
ザン―――
「―――ん、だと……!?」
落ちはのは、蘇摩の左腕だった。
――――
それはまさに刹那を超えた清浄の出来事であった。
蘇摩の攻撃は至って単純、彼の十八番であり、自身が絶対の自信である『縮地』の発展『旋』でセラスの背後に回り込み、その瞬間には『瞬撃』を叩き込むというもの。
『旋』は彼は4年前には使えなかった境地であり、『縮地』自体も、昔と今とでは疾さが違っていた。
いかにセラスといえど、自分の予想がいたらないところまでは読むことができない。だから、彼女の予想の埒外の攻撃で彼女を殺すつもりだった蘇摩。
だが、それでもセラスに対しては賭けだと思っていた。もしかしたら、セラスはこの攻撃も読んで、防いでくるかもしれないと―――。
そうだ。彼も防ぐとは予想として思っていた。あくまでも、もしかしたら止められるかもしれないと。
だが、結果は―――
蘇摩はその直刀をもった左手を落とされたのだった。
「ぐっ……!!」
血が泉のように流れ出る左腕を抑えながら、蘇摩は未だに信じられなかった。なぜ、防がれるならまだしも、
予想だにしないことだ。攻撃した側の腕を切り落とすなど、同攻撃するか、わかっていないとできない対応。
そうだ。セラスは、『旋』で回り込んだ時には既に、
「私の予想外を付いたつもりだったのだろう。確かに、今の攻撃は4年前にはなかったものだ。だがな」
セラスは一度言葉を切り、蘇摩に近寄る。そして、蘇摩の顔に両手を当てて、その耳に優しく、まるで愛でるように囁いた。
「お前がこの程度のことなど、やってのけると私は信じていたよ」
―――と。
ドズッ
「ガハッ……―――」
「お休み、蘇摩」
蘇摩の意識は、そこでブラックアウトを起こした。
感想、意見、評価、お待ちしています。
蘇摩、惨敗。\(^o^)/
今はそれだけ言いたいですw