インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~ 作:鳳慧罵亜
健室から出て、蘇摩と楯無が廊下を歩いていたとき、前から誰かがやってくるのが見えた。
背格好は低めでどうやら服装から教師のようだ。
「あれ、山田先生?」
「……みたいだな」
どうやら無効もこちらに気づいた模様で、途中から走り出してこちらに来る。
「更識さん。ラーズグリーズさん。ちょうど良かったです」
「はい?」
蘇摩が何やら面倒そうな顔をした。教師からちょうど良かったと言われるのは面倒事が多いという認識があり、なにやらあるようであまりいい顔ができなかったのだろう。
次の言葉に、楯無もあまり面白くなさそうな顔をすることになる。
「取り調べです!」
「は?」
「……はぁ」
蘇摩は若干顔を引きつらせ、呆れてしまったように頓狂な声を上げた。楯無はそれを見てため息をつく。
「えっと、今から15分後に取り調べがりますので、生徒指導室に来て―――」
「まともに戦ってすらいない上層がよくもまあおめでたい事をおっしゃられることで」
「蘇摩」
蘇摩がここまで嫌味なように露骨な敬語を使う場合は、大抵切れてる。それを楯無は4年前に知っていた。だから諌めるように口を開いたが、蘇摩は止まらない。
「襲撃の対応すらまともにできず、ロックされたシールドもチンタラ解除しながら、隔壁も火力で潰さずにとことん安全な方法で長々やっといて、それで専用機持ちの連中を危険に晒しといて、事が終われば取り調べだ?とんだお笑い種だな。そんなことでよく今まで機能していたものだなここも。
これじゃあ織斑千冬がいたところで意味がほとんどありはしないじゃないか」
「え…………」
「それで?どうせ取り調べも学園本位で行っているものじゃないのだろう?どこの差金だ?IS委員会か?国連か?」
「ええ、と。その……政府、ですが……」
蘇摩の威圧するような雰囲気に対応がしどろもどろになる真耶。蘇摩はため息をついて、呆れたように首を振りながら口を開く。
「そっちにも面子や立場があるのはわかるよ。でもよ、立場があるんならそれ相応の対応ってもんがあるだろう。それをせずしてこちらにさも義務があるように自らの不始末ゆえの結果を押し付ける?」
「で、ですが参加していただかなければ報告書が書けませんし、それに政府のIS特務機関に身柄を拘束されます!」
「報告書に書く内容なぞ上から傍観していたのだからよくわかると思うのだがね。『敵は全てで7機?それらの特徴は無人機かつ一夏からの話だと以前襲撃してきた敵の発展系の可能性大。
武装は高出力エネルギー砲に大型物理ブレード。第3世代相当以上のパワーアシストや機動力を持ち、AIの能力もそれなり以上、少なくとも代表候補生と互角レベル。さらに絶対防御の発生を妨害する機能も備わっていた。戦闘を行った各専用機持ちは俺を含め大した負傷は無し、だが、俺を除いてISにダメージレベルC以上の損傷を受けている。この状況に付き、政府関係者には警備体制の見直し、及び非常時への対応を強化するために人員の増加を求む。可能ならば各国の国家代表、もしくはそれに近いレベルの人物を要求する次第』で、いいんじゃないですか?かなりアバウトですけど」
蘇摩はここで言葉を切り、「さらに」とけた。
「ISの特務機関だって大したことはない。練度はイマイチで録に人間を撃った事のない素人の集まりだ。身柄を拘束?
やれるならやってみろってんだ。逆に
蘇摩の生気のない目が真耶を貫く。その目を見た瞬間、真耶はまるで自分に抜き身の刃が自分の首に添えられているような感覚に陥った。
動けば首を撥ねられる。そんな恐怖に、ISに乗っているとは言えど、一般人にかわりない真耶には強すぎる感覚だった。
「あ……あ……」
殺気もなにもむき出しに自分の苛立ちを叩きつけるように話す蘇摩。それには楯無すらも恐怖感を覚えるほどであった。
裏の人間でもない真耶は、足を震わせて、涙目になりながらもこちらに訴えかけかけようとしているが、唇は青くなり、震えてしまっていてろくに話せそうもない。
楯無も言葉につまり、何も言えないでいた。それは自分も思っていたことだったから。
なまじ自らが優秀であると、周りが無能に見える。それを言ったのは誰だったか。蘇摩は闘争に長けすぎているからこそ、そんな周りの行動力の無さが浮き彫りに見えてきてしまうのだった。
「ラーズグリーズ。あまり教師を困らせるな」
「お……織斑先生……」
前から千冬が歩いてくる。蘇摩はつまらなさそうにそれを見ていたが、やがて口を開いた。
「それで、貴女と言っても今回の件に関してはかなり杜撰な対応でしたね。あなたがその気になれば、打鉄なんかでも、エネルギーシールドとはいかなくても、
隔壁の一つや二つ、破壊することはできたはずだ」
「買いかぶりだな。今の私では打鉄ではこの学園の強化防壁を破壊するしは多少なりとも時間がかかる」
「だが、それでもチンタラロックを解除しているよりも早かったはずだ。指揮官としての立場があるのはわかりますが、ただつっ立って上から支持を飛ばすだけでは、無能な指揮官と変わりはない。尤も、あなたの周りにいる人物が、貴女が見える範囲にいなければ何もできなくなるようなものでなければね」
「随分と辛辣だな。何をそんなに怒っている?」
「随分と人を舐め腐った真似してくれたなって言ってんだ……!」
蘇摩の目が刃物のように研ぎ澄まされていく。同時に殺気の質までもが変わっていく。
無軌道な怒りから、明確な殺意へと変わっていったその目は触れたもの全てを切り刻まんとする刃のごとくに、千冬を貫く。
「貴女は」
蘇摩の言葉は周りの人間を驚愕させるのには十分に過ぎていた。
「貴女は敵が最初から俺を狙っていたことも、俺以外の人間を殺す気がないことも知っていたんだ。だから貴女はあそこまで長々とした対応を続けていた。違うか?」
「え……!?」
「うそ……でしょ?」
蘇摩の言葉に、言葉をなくす2人。千冬は表情を変えることはなかった。この程度のことは予想していたのだろう。
「……だとしたらなんだ」
「俺の能力の限界値を測りたかかったのだとしてもほかの面子の支援は知すべきだったと言っているんですよ。俺はいいですよ?金で雇われている人間ですから。ですがほかの連中はそうじゃない。なのに貴女は……」
「随分と饒舌だな。ラーズグリーズ」
「っ!?」
千冬に言葉を遮られて、一瞬息を飲んだ蘇摩。それは千冬の威圧感でも言葉を遮った事実でもなく、千冬の発した言葉の意味だった。
随分と饒舌。傭兵という職業上、ふざけでもなければ饒舌になることは漏らしてはいけない情報をうっかりでも漏らしてしまう恐れがあるためにしてはいけないこと。蘇摩も例外ではなく、楯無や簪以外のメンツにはほとんど必要以上のことはしないように心がけてきた。
ある程度の例外はあっても、それは自分の存在や任務のこととは全く無関係であった故であったからだ。
なのに彼はこうして普段より、警戒していた千冬の前でこうも饒舌に喋っていた。
「お前はこの程度のことにそんなに斟酌するような男か?」
「……俺は無能とも言えるような対応をするなと言っているんです。優秀な人間がそれなりの対応をしなければならないというのに貴女はそれをしなかった。俺はそれが気に食わないんですよ」
「それにしては随分と苛立っているようじゃないか。無関係の人間に情でも移ったのか?」
(……露骨な探りだ。そんなものにかかるとでも思うのか?)
「味方の損失は最小限に、敵への損害は最大限に。闘争の基本だ。情などという問題ではない!」
(……蘇摩が声を荒げてる。どうしちゃったのよ……そんなに感情をむき出しにして)
楯無にはどことなく蘇摩がそこまで怒る理由がわからなかった。今までも蘇摩は呆れて愚痴ることはあってもここまで感情を表に出して声を荒げることなどなかったのに。
なぜ、今になってそんなに声を荒げているのだろうか。彼の言葉では自分の扱いはどうでもいいがそのためにほかの人間を巻き込むなということだろう。
確かに、今回の襲撃事件の千冬の指揮は不審な点も多かった。
代表候補や、私は大丈夫だったものの、一夏君は蘇摩と一緒にいて彼らだけが、単機で敵と戦っていたのだ。
危険度では一夏君たちの方が高い。なのに、姉であるはずの千冬はそれをわかっていて、わざと救援がなるべく遅れるような指示を出した。
何故?それに今の織斑先生の態度もおかしい。
なぜこうも挑発的な言動を繰り返すのか。
「もう一度聞くが、なぜそんなに声を荒げる?代表候補の中に気になる奴がいたとでも言うのか?」
「何……?」
「ふん。閃光と言っても所詮男か?あの中に惚れた奴がいるとでも言うのかな?金で動く人間が聞いて呆れる―――」
その瞬間、私と山田先生は、信じられないものを見た。
蘇摩の実力派知っているつもりだったし、彼の能力はISよりも、生身での方が真価を発揮することもわかっている。
でも、私は4年前の蘇摩の方に目を向けていたのだ。
4年間という歳月は、どこまで人を変えることができるのだろうか。
それと、その相手が元とは言えどISで世界最強の名を手に入れた人物だったことも影響しているのかもしれない。
ブリュンヒルデ。そう呼ばれたあの織斑千冬。
公式戦では負けたことのない最強の人。非公式戦でも聞く限り負けたということはない。
正直、あの人が負けるという図が想像できないほどに、織斑千冬は強い。
それでも、私は甘かった。
世界最強。その彼女の背後に、ナイフの刃を首筋にピタリと当てている。
蘇摩・ラーズグリーズ
――――
甘かったのだ。私は。
世界最強という名に、誇りを持っていたこともある。矜持としたこともあった。
でも、その名にカマかけたことなどこれまで一度もなかったはずだ。
それでも、甘かったのだ。
奴の本気を見たかったというのもある。だからあの戦闘の時に私はわざと今日救援を遅らせた。
限界を確認した時に、強引にでもシールドなり隔壁なりを破壊させればいい。そう思っていた。
そして、私は見た。ファースト・シフトと言う、本当の意味で専用機が完成した瞬間を。
蘇摩の能力は私の想像を超える速度で敵を潰した。
しかもコアを破壊せずに、機体のみを潰すという我々にとっても理想的な形で。
正直言って、恐怖を感じた。コイツがもし敵に回ったらと思うと……。
その時、私はこいつを止められるのか?
そんな予感が頭をよぎる。
そんな時。山田先生とコイツが言い争っている。いや、正確にはコイツが一方的に攻めているように見えたのだが。
どうも、感情が前面に来ているようだ。
奴があそこまで感情的になっているのも珍しかったが、ちょうどいい。そう思った。
人とは感情的になっている時が、なにか情報を漏らす時だということを知っている。
だから、あえて挑発的な態度を取って、あいつがぼろを出す瞬間を待っていた。
だが、私はその時に思いもよらずに地雷を踏んでしまったらしい。
蘇摩の姿が消えた。
気づいたときには、ナイフの刃が私の首筋にあてがわれていた。
見えなかった。いつ、動いた?いつナイフを抜き取った?いつそこまでの動きができるほどの力を溜めた?
以前屋上で蘇摩が見せた動きも十分すぎるほどに早かった。だが、今回はまるで違う。
見えなかったのだ。何もかもが。
これは、拙い。
間違いない。私がもし、この手に武器を持っていて、こいつと殺し合うこととなったとき。
屍となり地面に転がっているのは……。
私のほうだ。
これが、蘇摩・ラーズグリーズの『本気』か……
「あまり……人の領域に足を踏み込むと、痛い目を見ることになる」
蘇摩はゆっくりとナイフをどけた。その気になればこの瞬間に私は反撃ができただろう。だが、反撃をしたところで、その攻撃がやつに届く前に……私は死ぬかもしれない。
「俺のことが知りたければ、それでも構いませんが、ほかの連中を巻き込むないでいただきたいものですね。それが約束できるのならば、校長先生を取り調べに参加させることです。無論政府の人間は除外し盗聴の可能性をゼロにすること。それが条件です」
蘇摩はそう言うと、自室の方向へと歩き出していった。
楯無は、千冬達に一例をすると、蘇摩を追いかけていった。
「……すまなかったな。山田先生」
「い、いえ……ですが、ラーズグリーズさん。彼は、何者ですか?」
未だに恐怖で足が震える真耶の問に、千冬は答えるべきかどうか迷った。だが、すぐに口を開いた。
「……ただの傭兵だ。ただし……天才のな」
自分の言葉が彼を形容するに足りないことを、千冬は知っていた。それと同時に、それ以外に同形容していいかわからないことも、知っていた。
――――
「くそったれ……っ!」
蘇摩はピタリと立ち止まり、壁を殴打する。
その衝撃で、壁に少しヒビが入るが、そんなことを気にしていられないほどに今の彼は動揺していた。
(なぜ俺が……あそこまで苛立ってていたんだ)
おかげでうっかりぼろを出すところを、ギリギリで抑えられたが、そもそも千冬が俺の正体を確かめるというのは今に始まったことではない。軽く流せば済む話だったんだ。
なのになぜ……いくら楯無が危険にさらされたからって……
「っ!?」
おい。なぜそこに楯無が出てくるんだ!?
あいつは確かにクライアント以上に、俺にとっても個人的に死なせたくないやつだ。
それは確かだ。だけどなぜ俺のいらだちの原因にあいつが出てくるんだ!?
(くそっ……どうかしちまっている。最近面倒事が多くて混乱しているだけだと思いたいが……)
なんでここまで苛立つのか、それの理由は分からないが、何故かその理由に楯無の存在が出てくると
妙に納得しかけた自分を殴りたい衝動に駆られつつも、なんとか抑えて再び歩き出した。
感想、意見、評価、お待ちしています。
……俺TUEEEEEEやメアリー・スー的なことは避けたいのだが、どうしてもチート気味になってしまうな。うーむ……。悩む