インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~   作:鳳慧罵亜

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一先ずの終結

IS学園。地下特別区画。

 

「各員の安否は?」

 

「あ、織斑先生。オルコットさんに凰さんにラーズグリーズさん。更識さんは多少の怪我はありましたがそれ以外はあまりこれといった怪我はありませんでした。

それと、こちらの解析も一通り終わりましたよ」

 

「そうか……あまり根を詰めすぎるなよ」

 

山田真耶は教師でさえもその一部しか知ることのない場所で2人は無人機の解析を行っていた。そこに千冬が入ってきて真耶に缶ジュースを投げて渡した。

ロイヤルミルクティーの缶に口をつけて例の無人機の解析結果を空中ディスプレイに投影した。

 

「これを見てください。やはり今回の無人機は以前現れたものの発展型でした」

 

「コアは?」

 

「例によって、未登録のものです」

 

「回収できた数は?」

 

「全部で3個です。いずれもラーズグリーズさんが倒した無人機から回収できました。他は戦闘の際に全て破壊されています」

 

千冬はその報告を聞いて、少し考える素振りを見せたあと、こういった。

 

「政府には全て破壊したと伝えろ」

 

「で、ですがそれは―――」

 

「考えても見ろ。ISのコアなんてどこの国も喉から手が出るほどにほしがるものだ。それを易易に政府に渡してみろ。余計な火種のもとになる」

 

真耶の言葉を途中で遮るようにして千冬は言った。ISのコアとは『表向き』は全てで467個という絶対数で成り立っている。

それが世界中に割り振られているのだ。

 

だが、ここにどこの国のものでもないコアが存在している。それはすなわち手に入れた国が自分のものだと言い張れるようなものだ。

だが、絶対数が固定されているISのコアが手に入るのならば、しかもどこの国のものでもない。ヘタをすればそれを巡って戦争が起こりかねない。

千冬の判断は当然のものだった。

 

だが、その言葉はtこのそのコアを所持するIS学園を危険にさらすことにつながりかねない判断だった。

 

「…………」

 

真耶の重い沈黙に、千冬はなるべく明るい声を出して言った。

 

「心配はするな山田君。私は元とは言えども、世界最強だぞ?」

 

「……はい」

 

「学園の一つや二つ、守ってみせるさ」

 

千冬はニヤリと口角をつり上げた。

 

「この命をかけても……な」

 

――――

 

「つぅ……まいったな」

 

「何がまいったよ……。まったく、よくこんな怪我で今まで平気な顔していられたわね」

 

保健室で、蘇摩は楯無に治療されていた。

 

というのもオルコットと凰は怪我自体は大したことはなく、捻挫や打ち身等で住んでいたが、蘇摩は別だった。

アリーナのシールドを簡単に突き破る威力を持ったエネルギー砲を食らって無事な方がどうかしているというもの。

 

蘇摩は右腕の火傷に裂傷。打撲。頭にも切り傷や軽い火傷が出来ていた。

 

「そこまでの大怪我ってわけじゃないさ。しばらく派手に動かなけりゃな」

 

「全く……心配するこっちの身にもなってよね……」

 

「悪いな。だけど収穫はあった。ISの能力が向上した時点で俺の儲けものさ」

 

「それだけど……何が変わったの」

 

蘇摩は楯無の質問にISのデータの載った携帯端末を取り出して、楯無に見せた。

 

「えっと……機体能力自体は全体として2%の向上。反応速度は以前の約20%。エネルギー効率の5%の向上に、瞬時加速の加速能力が15%上昇、ね……」

 

「どうだ?すごいもんだろ」

 

「全然」

 

蘇摩の言葉に楯無は真顔でそう答えた。それには蘇摩もくるものがあったのか、マジで……といった顔になった。

 

「はっきり言って本来IS、しかも専用機のファーストシフトで上昇する数値としてはまったくもって少ないわ。どうしてこんなに少ないのかを問いたいところよ」

 

「そう、なのか?俺はてっきり凄まじい変化があったのだと思ってたんだが……」

 

目に見えて落胆する蘇摩。だが、楯無には異常にしか見えない。そんな少ない変化で、あれだけの能力の向上を見せる蘇摩。

特に変わったといえば反応速度が蘇摩にあわせて上昇したことと加速能力が上昇したこと。一応装備が解放されたことも変化とは言えるが、

たったそれだけの変化しか起きないというのはある意味で不可解と言える。

 

例えるならば、一夏が最初の戦闘でセシリア・オルコットと戦闘したときにファーストシフトを行った。その時の機体能力の上昇幅は、全体として25%はあったはずだ。

そらが蘇摩の機体はたったの2%。それで無人機を圧倒する能力の上昇につながったということになる。

 

「反応速度の上昇だけであんなに戦闘ができるのは、蘇摩ならではって感じね」

 

「人を化けもんみたいに言わないでくれよ。これでもれっきとした日本人なんだぜ?」

 

「それでも、まだお姉さんに勝てるなんて思わないほうがいいわよ?私だってそれなり以上に流行るんだからね♪」

 

「見させてもらったよ。『グングニル』だっけ?よくあそこまでえぐい技を思いつくな」

 

楯無が無人機を粉々にした『グングニル』あれの要諦はごく単純。水圧で機体を粉砕したのだ。

その構造はダイヤモンドの切断にも使われる水圧カッターと同じ。

楯無は水をやり場の形に押し固め、圧力を加える。加えれば加えるほどに水はその体積は変えないものの、凄まじい力で圧力が加わっている状態になる。

そして、それを本の一部。槍の先端だけ開放し、全体にかける圧力をさらに上昇させた場合には水は凄まじい切れ味の刃となって物体を貫く。

 

それを楯無は水の槍の先端のいくつかにそれを作り、まるで掘削ドリルのような破壊力と加害範囲の兵器に仕立て上げたのだ。

そして、粉々になった敵を貫いたのも、同じ原理。

 

床に落ちた水を瞬時に圧縮し、槍の形状にしてバラバラになった無人機を再び下から上へと貫いたのだ。

 

その際にISコアすらも粉々にしてしまい、回収できなかったのだが。まあ、それは置いといて蘇摩は包帯でぐるぐる巻きにされた右腕を見て、

ヤレヤレといったように首を振った。

 

「こんなんじゃ、文字書くの左手になりそうだな」

 

蘇摩は基本左利きなのだが、字を書く時だけは右手で書いている。

曰く「文字は右手の方が書きやすいようにできているから」らしい。

 

「これで一応治療は終わりだけど、最低でも2週間は包帯は取れないわよ」

 

「左手でなんとか頑張ってみるさ。それに右腕も使えないわけでもないしな。こんな傷で立ち止れるほど俺は弱いつもりはないんでね」

 

蘇摩は軽く右腕を握る。鈍い痛みが走るが、それに顔を変えることはない。そうだ。

この程度で止まるほど俺は脆い人間じゃない。少なくとも、俺はこの程度の傷など今までに何度も負ってきているのだ。

それがいまさらなんだというのだ。

 

「……蘇摩」

 

楯無は蘇摩の左側に周り、ベッドに座る。そして頭を蘇摩の肩にもたれかけた。

 

「楯無……?」

 

「……無茶、しないで」

 

蘇摩の左腕に手を回して、抱きしめた。蘇摩は楯無の手が妙に暖かく、心地よく感じた。それと同時にこみ上げてくる感情。それに困惑する。

 

(俺は……っ)

 

未だに払拭しきれない過去の傷跡。それが蘇摩の心に爪を立てて削り取る。

そんなずきりとした痛みが蘇摩の心に浸透する。

 

「楯無……」

 

「もう少しだけ」

 

楯無はいつもより、弱々しく、甘えた声で蘇摩に囁く。蘇摩も穏やかな笑みを浮かべて「もう少しだけだ」と言った。

 

傷は消えないし過去も変えられない。でも、少しだけなら……甘えても許してくれるか?セラス……。

蘇摩の思いは、今なお死んだ彼女に向けられている。だが、それが少しだけ、別の方向へ向けられているのを楯無は気づいていた。

 

(貴方は過去を忘れるわけがない。でも、それでも私を見て欲しいと思うのは、愚かなのかしら?蘇摩)

 

――――

 

「うんうん。システム稼働率も上がってきたし、欲しいデータは集められたし、『熾天使』も確認できた。順風満帆ってやつだね♪束さん最高にハイってやつになっちゃうなー」

 

灯りのない暗い部屋の中、ディスプレイの明かりだけが煌々と輝いている。用途不明の機材が所狭しと転がっている部屋の中でディスプレイの光を遮る人影がひとつ。

それはほかならない、ISの生みの親にして世界最高峰の天才と呼ばれる人物。篠ノ之束その人だった。

 

「いやーでもまさか『ゴーレムⅢ』が全部破壊されちゃうとはねー。流石の束さんもビックリしちゃったよー。まさか欠陥品(・・・)の009とその搭乗者があそこまでやるだなんて

ねー」

 

明るい言葉は同時にかすかな怒りも感じれれるものだった。

欠陥品009。それは束が製造したISコアの10作目のものだった。だが、それは重大なバグにより、束本人が世界の何処か(・・・・・・)に破棄したものだった。

 

そして、今彼女がいじっている球体状のものはISのコアだった。

どこの国にも所属していないコア。つまり新規のコアはその全てが例外なく束の手によるものだった。

 

それはISのコアは束にしか作れないのだから。

 

「まあ、ISは人間が乗って初めてその真価を発揮できるものだからねー。無人機という時点で性能が落ちるのは仕方のないことだと言えるかなー」

 

ISの無人化技術。それも束のみが持っている技術だった。だが、もしその技術が解析されてほかの国がそれを実用に至った場合、それが何を引き起こすのかを彼女はどこまで理解した上で行動しているのだろうか。

 

「ふふんそれにしてもいっくんも箒ちゃんも強くなったものだねー。この調子ならあと1年もすればいけるんじゃないかな(・・・・・・・・・・)

 

その言葉は、一体何に対して向けられたのかは束本人にしか分かることはない。

 

「でも欠陥品も欠陥品でやるよねー。まさか『1次移行』で束さんお手製の「IS駆動妨害ジャミング」を防ぐなんて」

 

束は鼻歌交じりで、どこまでも楽しそうに言うのだった。

 

「それもこれもあの搭乗者くんがいるからかなー。気に入れられたもんだね。あれも……」

 

束はコンソールを凄まじい速度で叩き、何やら構築しているようだったが、数秒でその手を止めた。束は何かを思いついたように、今度はその構築した図面を削除したのだった。

 

「ふふん。『あれ』がどこまで強くなるのかを見たくなったよ♪この束さんに興味を抱かせるなんて、やるもんだね!」

 

束は今度はまた別の図面を立ち上げて、コンソールを打ち始めた。そして、それが幾許化した時にピタリとその指を止める。

 

「あとはちーちゃんと『暮桜』が復活すれば怖いものなんてないよね!!『熾天使』も『クソ野郎』も何もかも綺麗さっぱり潰してー……」

 

束はそこでピタリと口を閉じて、ディスプレイの脇に置いてある写真に手を取った。

何もかも画像やCGなどの電子物品として置いてある束の部屋に唯一あるアナログもの。そこにはある青年の姿と自分、そしてその真ん中にいる2人の少女と1人の少年。

 

「この世界を変える……それが私にこの腐りきった世界の美しさを教えてくれた君への恩返しだよ」

 

 

 

―――エラン。

 

 

 

 

束の最後の言葉は酷く、さみしいものだった。




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