インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~ 作:鳳慧罵亜
「……くそっ」
さっきからおかしい。
何がおかしいのか?それはうまく説明できないが、言えることはある。
俺はあの程度のレーザー砲なら、カンタンに避けられるはずだ。
事実、盛大に被弾した時も俺はレーザーの軌跡を完全に見切っていたのだ。
今までと同じように、レーザーの軌跡を見て、それをかわすために機体のブースタを吹かし、避けるだけ。
さっき被弾した瞬間も、俺は2機の『敵』からのl攻撃をさばいて、あとは側面の砲撃を避けるだけだったはず。
タイミングには多少面食らって舌打ちしたが避けられるはずだった。
「何故だ……」
あの瞬間に、機体の反応速度が落ちた。
今も被弾した影響で右側のフレームがきしんでいる。そして、未だ期待の反応速度は落ちたまま。つまり俺自身は『敵』の攻撃についていけているものの、
IS自体が、俺の速度に追いついてこれていないから、結果として被弾する瞬間を俺は眺めるだけになってしまっている。
「―――ちぃっ」
まただ、今のも発射の瞬間から俺のいる地点までの到達時間は0.03秒。生身の俺なら簡単にかわせる速度のはずなのに、かすってしまう。
なぜ避けきれない。
機体にガタが来ているのか?
もしそうならもう少し持ってくれよ、少なくともあと12分は持ってくれれば一夏に任せられる。
護衛対象に任せるとかどんだけ切羽詰まってるんだろうな、俺は。
「くそ……」
アサルトライフルで、右側から突進してくる1機を射撃。狙いは付けない。付けたところでフレーム自体ががたがたな右腕じゃ大して変わらない。
とにかく足を止められればいいのだが。とおもって撃った射撃をその『敵』はシールドを展開して、正面から防ぎながら突進してくる。
それを見て足止めは不可能と判断し、その場から離脱距離を取りつつ、今度は2機の『敵』に対して射撃をする。
だが、いくら大口径のアサルトライフルとは言えども、所詮アサルトライフル。
その程度の弾丸では装甲に傷をつけるだけで大したダメージにはなっていない。
しかも、こちらの射撃に構わず、1機は両腕を、片腕を破壊されたもう1機は片腕をこちらに突き出してくる。その3本の砲口からは
レーザー特有の粒子が顔を覗かせている。
「ちっ」
すぐに回避行動をとる。発射されたその3本のレーザーは避けきれた。だが、すぐにブレードを振りかざした3機目が再び側面から突進してくる。蘇摩はすぐにそちらに向き直し、
大剣で防御する。左腕のパワーアシストはまだ健在なので格闘戦に関しては問題なく行えるのだが、それでもただでさえ状況は不利なのに加えて
今は右半身がほぼ死んでいるということだ。
左腕の大剣で『敵』のブレードを弾き、左足で思いっきり蹴りを入れる。『敵』はそれにより吹き飛び、こちらもけった反動を利用して、体を捻りつつ左側のブーストのみを吹かして
距離をとった。
その瞬間、今まで蘇摩がいた地点を3本のレーザーが通り過ぎていく。
「くそっ……さっきより明らかに動きが良くなてるな……」
こちらの動きをトレースしてリアルタイムで戦略を立ててきているのか、または別の理由かは知らないが、かなり厄介だ。
どうする?頭の中で考える。恐く俺が耐え切れるであろう残り時間はあと8分。
その間に、どれだけのダメージを『敵』に与えられるか。できるなら1機は俺の意地とプライド諸々のため1機は確実に叩き落としたい。
だが、こいつらの多分無人機ゆえの連携力と性能差をどう覆すか……。
「―――ちぃ!」
考えているあいだにも、『敵』の攻撃は続いていく。さらにやばいことになってきた。
「まじか!?」
今度は砲撃に徹していた2機も、大型ブレードを展開してきた。そして、格闘戦に徹していた1機は距離を取りつつこちらに片腕を突き出してくる。
ここへきて戦闘パターンを変えてきたか。おいおい、冗談じゃないぞ!
こいつらの送り主は俺になにか恨みでもあんのかよ!心当たりなんて多すぎてわかったもんじゃねえけど、陰湿すぎんだろが!
そう思うが、敵は優しくはないもので、3機がそれぞれ個別のタイミングと方向からブレードを振りかざし突進してくる。
「おもしれえ!」
言葉とは裏腹に口調と声は焦りを孕んでいる。だが、それでも格闘戦には絶対の自信がある蘇摩。正確に対処していく。
1機目。正面から来る『敵』のブレードを躱し、2機目の上から来る『敵』はブレードを受け流し、正面からよけた敵に向かって蹴り飛ばす。3機目の側面から来た敵はブレードを受け止める。
だが、受け止めるのは一瞬ですぐに力を抜いて『敵』の傍を通り抜けるようにして背後を取る。
「これが『
振り向いてくる『敵』の胴体に向かって、大剣の刃を突き出す。だが、『敵』は振り向いた向き的に間に合わないためかブレードではなく、その反対側の腕を盾にした。
突き出した刃は腕を簡単に貫く。当初の目的は防がれたが『敵』の戦闘力をしうだだけでも儲けものだ。
突き出した刃は縦になっているため、そのまま切り上げると、貫いた腕を簡単に上に切り裂いた。そしてその切り上げた腕を折り曲げて振り下ろし『敵』の胴体をもう一度狙う。
『敵』はブレードを振り上げてこちらの一撃を防御した。
このまま鍔迫り合いに持ち込もうとも思ったが、それは即座にやめてブレードを弾き、後ろにバックステップする。
再び俺のいた場所を3本のレーザーが貫く。
今度は目の前の、先程まで格闘戦を行いっていた『敵』がブレードを収納して腕を突き出してくる。
「!」
それに反応し、回避行動をとる。すぐに俺のスレスレをレーザーが通り過ぎていった。
「くそ……あと6分……早くしろ一夏……っ!?」
そこまで言ったところで、俺はハッとした。
俺が、誰かに助けをもとめた。しかも自分任務である護衛の、その護衛対象である人間に。
そこのことに俺は動揺してしまった。確かにこの状況では猫の手も借りたくなるのには違いない。
思えば最初に、一夏が俺のところに来た時にも俺は一夏に助けを求めたのだ。
なぜ、俺はそんなにも弱かったのか?
こんな戦闘に俺は助けを求めたのだ。この戦場に……
「―――しまった!?」
常に冷静に周りの状況を把握しろ、取り乱した時点でアウトだ。いつか強盗犯たちに言った彼の戦場の心得。それが彼に帰ってくるかのように、彼はいま同様で一瞬とは言えど
取り乱した。そのけっかは?
ジ・エンドだ。
蘇摩が気付いた時にはすでに目の前に4本のレーザーが迫っていた。だが、躱せる―――そう思い、ブーストを全開にして、回避行動を取ろうとしたとき、
機体が遅い。
ダメージの蓄積や、先ほどより感じていた機体の反応速度の低下。もともとISにはダイレクト・モーション・システムというものが存在し、搭乗者の動きを先読みして
動くのだが、それすらも何故か蘇摩の肉体の可動速度についてこれていない。
つまり、本来ならばよけられるはずのこの3機の砲撃も今の蘇摩、いや『アビス・ウォーカー』には追従しきれるものではないのだ。
(おわりかよ―――)
―――終わり?
俺はここで終わるのか?こんな普段なら笑って飛ばせるこの状況で?
そういえば、いつもの戦場の感覚が……薄くなってきていたな。
戦場だったら、もっと意識が鋭敏になって、周りの景色ももっと良く見えたはずなのに。
くそったった数ヶ月戦場から離れた程度でこの為体か……申し訳が立たねえよな……あいつらによ。
こんなところで終わるような人間じゃないはずだ俺は!
動けよ、今瞬間、動かなけりゃ何もできやしねえだろが。あいつを、俺を今も待ち続けてくれたあの女にも、俺に初めて好きという感情を教えてくれたあいつにも!
「動けえええええ!」
―――
閃光が貫く。そして、それはアリーナのエネルギーシールドに直撃し、それを貫通した。
レーザーが消える。その軌跡の後には焼け焦げた地面が残っていた。
だが、その
――――
「ラウラ!」
「わかっている!」
箒が2本の刃で牽制し、『敵』の動きを制限する。『敵』はそれを止めようと、箒に向かって大型ブレードを振り上げて突進してくる。箒はそれを刀をクロスさせて受け止めた。
「くう……」
『敵』ISのパワーアシストはかなり強力なもので、2本を防御に使い、『紅椿』のパワーシストを全てつぎ込んでなおその斬撃は重かった。さらに『敵』はブーストを吹かして
力押しで箒を押し切ろうとしてくる。
「うかつだな」
だが、次の瞬間、『敵』はピタリ、と動きを止めた。いや、正確には動こうともがいてはいるものの、IS自体が金縛りにあっているようになっており、
不可解な電子音を鳴らしている。ラウラのIS『シュヴァルツェア・レーゲン』の特殊武装。『
外部から能動的にISのPICのみならず、慣性そのものを停止させる兵器で、特に実弾を多用する敵や格闘戦が得意な敵に対しては強力なアドバンテージとなる。
「いまだ!」
「ああ!!」
箒は『紅椿』の新武装『穿千』を起動する。第4世代特有の両肩の展開装甲が変形しクロスボウのような形状の武器を作り出す。
「これでえ!」
両肩の『穿千』から放たれる真紅のレーザーは、圧倒的熱量で地面を焼き払いながら『敵』に牙をむく。
その一閃は敵の片腕を展開されたシールドごと、木っ端微塵に吹き飛ばした。そこへラウラも続く。
「くらええええ!!」
右肩の大口径レールカノンが唸り声を上げて、連続的に発射される。硬質な劣化ウラン弾が敵の胴体や、頭部、脚部などに直撃していく。
凄まじい猛攻を受ける『敵』だが、その瞬間。敵は全身からエネルギーを放出した。
「何!?」
箒は展開走行で防御し、ラウラは後ろに距離を取る。
エネルギーを放出し、その影響で装甲がパージされて基部フレームのみとなった敵。それはまるで骸骨のようだった。その周りには2機のビットのようなものが浮遊している。
「基部フレームだけでよく動くものだな……」
「だが、あれが奴の奥の手ならば、それさえ突破すれば……」
箒とラウラは身構えて、『敵』の出方を待つ。
『敵』は不気味な電子音を上げて、2人に突撃していった。
――――
「はあ……はあ……はあ……」
3機の『敵』がその音のした方向を振り向くと、そこには蘇摩が立っていた。
不思議なことに、損傷の激しかった右側のフレームを含めて全てのパーツが新品同然になっていおり、より精錬されたフレームに仕上がっている。
その藍色のマントは先ほどの焼け焦げ、ボロボロになっていたのが嘘のように、綺麗に風にはためいている。
『フォーマットとフッティングが完了しました。確認ボタンを押してください』
突如目の前に現れたメッセージ。
激しく息を切らす蘇摩。だが、その口元はいつもの笑に変わっていった。
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