インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~ 作:鳳慧罵亜
互いに振り下ろされた竹刀。そのどちらもが互に直撃をしている。
一夏の振り下ろした竹刀は蘇摩の肩に、蘇摩の薙いだ竹刀は一夏の脇腹に。
互の体に直撃した竹刀はピクリとも動かずに、振り下ろした2人も動かなかった。
しばしの沈黙が流れる。
両者無言の中、箒は唾を飲みその瞬間を待つ。
そして、ゆっくりと互の竹刀を引いた両者。その両者のどちらにも笑顔はなかった。
「ふうっ……まいったな。ここまで行くとは思わなかったよ」
「そ、そりゃあ俺も頑張ったからな……」
ここで初めて、2人の顔に笑みが走る。
「んじゃ、特訓その1。合格だ。やったな」
「お、おう……」
「今日は帰ってゆっくり休め」
一夏は若干ふらつきながらも、竹刀を戻してゆっくりした動きで出口に歩いていく。
箒は慌ててあ様子で一夏に駆け寄っていく。
「ふうっ……」
「すごかったね。なんでここまで強いのか聞いてみたくなるけど」
剣道部の部長が蘇摩に近寄る。蘇摩は無言で一夏が戻した竹刀を取って、部長に渡した。
「構えててください」
「え?うん」
部長が渡された竹刀を正眼に構える。蘇摩がそこに自分が持っていた竹刀を軽くぶつけた。
パキ……
すると、両方の竹刀が半ばで折れた。
一夏が持っていた竹刀は綺麗な折れ方をし、蘇摩の竹刀は折れた部分がねじれるようになっていた。
「ねえ、一夏くんもだけど、どうやったら頑丈な竹刀がこんな感じに折れるのかな?」
部長がやや顔を引きつらせながら聞いた。額には冷や汗もかいている。蘇摩は苦笑いし、答えた。
「基礎の威力の上昇でしょうね。一夏の方は。俺は一夏に当てるときやや腕を捻ったから、あいつには強烈だったろうな。この竹刀みたいに」
「ぶっちゃけて聞いていい?どっちが先に当てたの?」
部長の質問。それは最後の打ち合い。どちらが先に当てたのか。その問に、蘇摩は出口の方を向く。
「あいつの成長速度は俺の予想を超えているよ。すごいな……本当に……っ」
蘇摩は徐に肩を抑えてゆっくりと回す。かなり痛かったのだろう。なにせ竹刀が折れるほどだ。相当なダメージに違いない。
そして、蘇摩の回答はもはや皆まで言う必要もないだろう。
「俺の速度を一瞬とはいえ上回るか……。ハハッ」
蘇摩は肩を抑え、苦笑する。だが、その笑いには確かな期待が込められていた。
―――
「大丈夫なのか、一夏」
「……」
箒の問いかけに答えない一夏。その顔は考え事をしているようだ。かなり真剣な表情をしている。
「一夏?」
「箒」
「!?」
いきなり名前を呼ばれて驚く箒。だが、一夏の表情を見て、すぐに落ち着いた。
「あの時さ、なんかこう、なんていうのかな。俺自身よくわからないんだけど」
一夏は、そう言って言葉を続けた。
「自分がさ、なんていうかさ……勝てるって、勝った瞬間てさ、すげえ嬉しいな」
「頭でも打ったか……可哀想に」
「そんな可哀想な目で俺を見るなよ。こう見えてすげえ真面目な話してるんだからさ」
一夏は、一度正眼の構えを取り、手を振り上げた。
「あの時さ、蘇摩の竹刀よりさ。俺の竹刀の方が本当に一瞬だけど早かったんだ」
「!」
「俺にもよくわからないんだけどさ。なんか、あの一瞬だけどすげえモノがゆっくり見えたんだよな」
一夏は、あの瞬間のことを思い出した。
視界が一気にクリアになり、蘇摩の剣が、箒の瞬きが、自分の剣が、すごくゆっくりとしたものに見えた。
ゆっくりになりすぎてぎゃくに怖かったくらいだ。
「それで、俺の竹刀が蘇摩より先に届くのが見えたんだ。最初は信じられなかったけど、蘇摩がやったなって言った時にさ、なんて言うか嬉しいというかできたのか、ていうのが
同時でさ……」
「そうか」
あの瞬間、箒にはよく見えなかったが、一夏はこういうことには嘘は言わないことを知っていた。だからその言葉も信じることができる。
そうか、やったのだな、一夏。
「だが、このくらいで調子に乗るようではまだまだだぞ」
「ああ。自分の力くらいわかってるさ。まだそれなりの基礎ができたばかりだ。これからISでの技量も上げていかなくちゃならないからな」
「ああ。その粋だ!」
ふと、一夏の表情が変わる。先程までの凛々しい顔が、みるみるうちに青ざめていき、歪んでいった。さらに脂汗も書き始めていく。
「む?どうしたのだ一夏」
「箒……保健室に行こう」
一夏は、急にうめき声をあげ、右側の脇腹を両手で抑えた。
「いっでええええっ!」
「……今更痛みが来るとは……はぁ」
――――
蘇摩は生徒会室で、楯無の治療を受けていた。未だ痛むのか、時折顔をしかめている。
「それにしても、かなり強く当たったわね」
「ああ。正直もらうとは思ってなかった」
最後に湿布を貼って、パシンと叩かれる。蘇摩の顔が若干歪んだが、気にしない気にしない。それに蘇摩がダメージを受けているのに、一夏にダメージがないわけがない。
これくらいは我慢するべきだろう。蘇摩もそれが分かっているから何も言わない。
楯無は、蘇摩の向かい側に座りなおす。そして、質問する。
「それで?感想は?」
「あいつの成長は想像以上だ。多分今回くらい襲撃があったら、一皮むけるかもな」
楯無の問いにそう答える蘇摩。左手を眼前にかざし、彼はこう言った。
「この5日間のあいつの成長速度は、はっきり言って怖い。短期間で俺の動きを学習している。今までのデータやあいつの有様からは想像もつかないレベルで能力が上昇している」
「それって、一夏君の才能が開き始めてるってこと?」
「かもしれない。多分、俺と戦うことで、少し強引にだがあいつが自分で自らの才能をこじ開けかけているのかもしれない」
蘇摩は左手を握り締めた。そして、嬉しそうに笑う。その表情は今までに見たことがないほどに、清々しいものだった。
「弟子が強くなるのを間近で見る師匠ってこういう気持ちなのかな」
蘇摩はそう言うと、ゆっくりと立ち上がる。そして、口を開いた。
「思ったより早く、護衛の必要はなくなるかもな……」
「そう……」
楽しそうに、それでいてさみしそうな響きを持った声。それに応えた楯無の表情は、浮かないものだった。
――――
「……」
千冬は一人屋上の柵に寄りかかっていた。その手には携帯を持っている。
コールオンが数回鳴ったあと、目的の人物が出た。
『Hey CHIHUYU. Wow, it’s been such a long time(はあい千冬。本当に久しぶりね)』
「イツァム。聞きたいことがある」
『Huu……まずは挨拶が先じゃないの?麗しき日本の文化はどこにいったのかしら』
その電話の女性、イツァム・ナーはオーストラリアのホテルのベッドに寝転がっていた。そして、英語で挨拶したら、きつい言葉が返ってきたので、日本語にする。
……まさか千冬、英語わからないんじゃ。
「そんなわけあるか」
「WAO!!あなたって電話越しの相手の心も読めるのかしら!?」
「悪いが、こちらもあまり時間は取れなくてな。お前のおふざけに付き合っていられん。なに、しっかり聞きたいことを話してくれれば時間はとらせんさ」
『聞きたいこと、ねぇ……なにかしら?』
「蘇摩・ラーズグリーズについてだ」
イツァムはベッドから上半身だけを飛び起こした。いきなりそんな質問をされるとは思っていなかった。てっきりこちらで掴んだ亡国の情報をよこせとか言ってくるものだと思っていたが、
まさか、蘇摩の質問が飛び出してくるとは、彼が何かをやらかしたのか……ありそうだけど、任務は真面目に行う蘇摩のことだ。
(彼がボロを出しとというよりは、千冬が鋭いというべきかな)
『蘇摩?ああ、あの傭兵ね。彼がどうかしたの?』
「ふん。恍けるか?ならあの学園祭の時、よく多忙の国家代表が来られたものだな」
(なるほどね……そうきますか)
『あら?多忙なのは日本様とかほかの国だけでしょう?オーストラリアは言うほど多忙じゃないわ』
「そうか、ならば蘇摩と学園祭を一緒に回っていたそうだな。爆弾解体で見事に爆発させたそうじゃないか」
『……彼とは一緒に仕事をしたことがあるのよ。それのよしみ』
イツァムは早くも自らの黒歴史とした出来事をあっさりとえぐられ、仕方ないような調子で話す。だが、しれっと嘘を言うのは傭兵の技術というべきか。
だが、千冬の追求はまだ続いていた。
「仕事をしただけで随分と仲良くなれるものだな。相手は金で動く連中だぞ?」
「……」
「あいつの通り名は知っているが、『白い閃光』といえば大量虐殺がお得意の人間だったな。噂ではまだ10にも満たない子供ですら平気な顔で殺せるそうじゃないか。それに―――」
「千冬」
イツァムの声は急激に冷えたものに変わった。さっきのはいった声。代表候補生くらいなら、恐怖で足が震えるだろう。
この殺気は、本当に人を殺した人間にしか放てないものだった。
「ねえ、千冬。貴方は彼が本当に金だけで動くような人間に見える?そんな噂だけで彼を判断できる?」
「…………」
「もしそうなら……私はあなたを蔑如するわ。千冬」
「……」
「彼は傭兵よ?それ以上でも以下でもない。確かに彼はそれが任務なら虐殺であろうと、暗殺であろうと平気な顔でやるわ。でもね、彼はまだ16歳の少年よ?」
「そうだな」
「言っておくけどね……彼は私たちが思っているよりもすごく脆いわよ?」
イツァムは思い出していた。4年前のあの日、彼女が死んでから、しばらくの間、かなり自暴自棄になっていた蘇摩のことを。
それを見た人物は、あれがあの蘇摩とは思えなかっただろう。それほどまでに変わっていたのだ。あの時の蘇摩は。
そして、イツァムはおもった。誰よりも強いこの少年は、ほかの普通の同年代の子供となんら変わりないのだと。
「彼のことを、よく知っているな」
『当たり前じゃない。私は彼の友人よ?』
「そうか。友人、か……」
得体の知れない少年について、ひとつわかったような気がした。
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