インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~ 作:鳳慧罵亜
一夏と蘇摩は自室で今度のアリーナに向けての話し合いをしていた。
理由は至極簡単。蘇摩と一夏が組んだからだ。
テーブルに並んで座り、パソコンを開いている。
そこには各専用機のデータが簡潔にまとめられていた。そして、一機一機に合わせてシミュレータも稼働させている。
専用機持ちの戦闘傾向のデータも入っており、対応策を考えるのには十分すぎるデータが揃っていた。
「―――んで、『シュヴァルツェア・レーゲン』のAIC範囲は最大で7m。ワイヤーブレードの射程距離は50mと、基本的に戦闘距離には隙が無い。当のボーデヴィッヒも戦闘能力はバランスが取れている。確実に専用機持ち組の中じゃ一番強いだろうな」
「うーん。そう聞くと、やっぱり一番厄介だよなあ。トーナメントじゃシャルと組んでたし、あの時はラウラも油断してたというか……みたいな感じだったからな」
「基本的には他の連中と変わらず、お前が前衛で俺が遊撃を担当する。ただ、基本的にボーデヴィッヒとは10m前後の距離を開けておけよ。下手に接近戦仕掛けて捕まったら本末転倒だからな。お前が可能な限り時間を稼いでくれれば、俺が相方を落として2対1だ」
蘇摩はこういう時に本当に頼りになるというか、流石に実戦経験が多いのだろうな。楯無さんが言うには、最低でも5年は傭兵を続けてるって話だし……。組む戦術も、こう奇策は使わずにシンプルな分確実で安定したものを組んでいる。
そういや、ラウラから聞いた話では戦闘で最も重要なのは、「戦う前に、相手の情報をどれだけつかめるか」らしいな。それも、正確かつ多量に。蘇摩はラウラだけじゃなくてセシリアやシャル、鈴に最近知り合った簪の情報までかなりの幅と質である。
「なあ、蘇摩ってこれだけの情報さ。どうやって集めたんだ?」
「情報収集は初歩だよ。まあ、一言では言えないな」
「……つまり犯罪まがいのことをしたのか」
「いい線だな。犯罪まがいじゃなくて、犯罪だ」
………楯無さんの性格があれなことにちょっとだけ納得がいった気がする。
何か違うけど、蘇摩も十分いい性格してるよ。
「それで、話を戻すぞ。ボーデヴィっヒについては言ったとおりにして、セシリアと凰は問題外だ」
「?なんでだ?」
「あの2人は頭に血が上ってるだろうから、お前めがけて突っ込んできたところを俺が叩く。それだけだ」
「うわあ、外道」
うん、間違いなく楯無さんの人たらしには蘇摩が絡んでる。確信した。
「篠ノ之は……ちょっと本番待ちだな。意外にも冷静に来るかもしれん」
「んー……確かに何か最近やたら刃物振り回すことはなくなったな」
「最悪のパターンは篠ノ之が冷静かつデュノアかボーデヴィッヒと組むということだ。そうなったらちょっと始末に置けん」
「そうなったら、どうするんだ?」
一夏は嫌な予感がしつつも、蘇摩に質問する。蘇摩は顎に手を当てて、考える仕草をする。そして、数秒後にこちらを向いて一言。
「俺に飛び火しないように立ち回る」
「見捨てるなよ!!」
やっぱりいい性格してるぜ、この傭兵は。
閑話休題
しばらくお待ちください。
――――
「……でだ、基本的にこの立ち回りで問題はない」
「うん。でも、俺がついてこれるかな……」
今更ながらに自分の能力値の低さがのしかかる。蘇摩の提唱した戦術は死角が少なく基本的に相手が誰であろうと十分に立ち回れるようにできている。それも、こちらの装備が少ないことを見越してのものだ。
ただ、それほど万能な戦術がなんのリスクもなく可能なわけがない。
つまり、実行難易度が高いのだ。
ほかの専用機持ち、特にシャルとラウラなら十分こなせるだろう程度のものだが、それが俺には自信がない。なんというか、改めて自分の実力のなさを実感したような気持ちになっている。
そんな俺の心境を見越してか、蘇摩が口を開いた。
「と、言うわけで。一夏にはちょっとした特訓をしてもらう」
「特訓?」
「タッグマッチまでの時間は1週間半。つまり10日ある。そのうちの5日間を通常訓練に付け加えたものをしてもらい、もう5日間はちょっと厳しいものだ。まあ、ある意味お前の命運がかかってるんだ。
頑張ってくれなきゃ俺も困る」
と、いうわけで俺達が来たのは……剣道場。
部活中だったが、蘇摩が理由を話すと、割とあっさり道場の半分を使わせてもらうことになった。
箒も、部長に言われてこっちに参加するようだ。
そして、蘇摩はおもむろに竹刀を2本取ると、一本を俺に手渡した。
「えっと……特訓って、もしかして……」
「これから5日間、生身での戦闘訓練だ。目的はお前自身の地力の上昇と戦闘適応能力の向上を図る」
蘇摩はそして、と付け加える。
「俺がお前よりISは素人なのに戦闘で強いのは生身での戦闘能力がずば抜けているからだ。つまり、生身での能力が上がれば、自然とISでの能力も上がるというわけだ」
「それで、5日間生身で……というわけなのか?確かに代表候補勢が生身でも強いのは知っているが、そこまで上がるものなのか?」
箒が俺の疑問を口にしてくれた。蘇摩はそれに対してこう言った。
「上昇幅は人それぞれだろうな。そのために残りの5日間をISでの戦闘に費やすわけだ。それにこれをやっておけば生身でも強くなれるんだ。一石二鳥だろ?」
「そうは言ってもよ、そんなすぐ強くなれるものなのか?」
「なるさ」
瞬間、蘇摩の体がぶれた。そして、既に俺の首元に竹刀があった。
「少なくとも、強くならなければ困るのはお前自身だろう。守りたいんだろ?自分の手にあるものは」
「あ、ああ……」
「なら、その大言を成せるだけの力をつけるのがお前の義務だ。そうは思わないか?」
蘇摩の言葉は、俺に深く突き刺さった。
……確かに、今までは口で言っていても自分の実力が及ばずに助けてもらうことが多すぎた。
クラス代表の時はISに助けられ、無人機襲撃は鈴に、トーナメントではシャルに、IS暴走事件ではまたISに……
先の学園祭では、今度は蘇摩に……。
そうだ。守るといったんだ。守られてる側はもう嫌なんだ。だったら、蘇摩の言うとおりに……やらなければならないんだ……!
「ああ!」
さっきよりも強い返事だ。それでいい。お前は強くなれるはずだ。織斑一夏。俺の護衛なんかいらなくても、亡国の連中を1人でたたけるくらいに、な。
「さて、早速はじめるぞ。いきなりスパルタだ。覚悟はいいな?」
「もちろんだ!!」
「あ、あの……」
箒が蘇摩に一歩近寄った。
「私も、やらせてもらってもいいだろうか……」
「箒……」
「私も、自分でも戦える力があるのだ。それを使えずにただ守られたり、足でまといになるのはもうたくさんだ。だから……」
箒の言葉に、蘇摩は口角を吊り上げる。まるで、その言葉を待っていたというように。そして、竹刀を俺の首元からどけて箒につきつけた。
「だったら、さっさと構えろ。いいか?防具はなしだ。基本的に俺は寸止めで行く。お前らは本気で打ち込んで来い。この5日間で、俺に防具が要るなと思わせられれば上的だ」
「わかった!」
「すぐにそうしてやる……!」
蘇摩は数歩下がり、半身になって構える。竹刀は片手でもち、開き気味に下げる。
一夏と箒は、剣道の基本通り、両手持ちの正眼で構えをとった。
「いくぞ……」
「「いつでも」」
宣告する蘇摩。それに応える一夏と箒。蘇摩はさらに笑みを深くした。
ググ……、と蘇摩の右足のつま先が鋭く畳を踏みつける。
蘇摩の体が――――掻き消えた。
「「っ!!」」
バシン!
咄嗟に守りの構えを取る一夏と箒。蘇摩の攻撃は正面からの横薙ぎで、その一発で一夏は大きく体制を崩した。
「くぅっ……!」
「っ―――」
蘇摩が止めとばかりに再度竹刀を振りかぶる。かなり大振りのために攻撃毎に隙ができるのだが、衝撃が強く剣を弾かれてしまった。飛ばすようなことはないがそれでも一撃で腕が上がってしまう。そのために蘇摩がもう一度振りかぶるのが見えても防御が間に合わない。
「させるか!」
箒が面狙いで竹刀を唐竹に振り下ろす。蘇摩は顔を箒に向けず、目だけを向けて大きく踏み込んだ右足を捻る。そして一気に左足を回して箒に向き直った。
振り下ろされる竹刀を、右薙ぎで弾く。
「くっ!」
「ぜえあ!!」
箒の剣を弾いた隙に体制を直した一夏が、左からの薙ぎ払いで蘇摩の動を狙う。蘇摩はそれを剣で止めずにジャンプし、まるでスタントマンがやるような空中で体を捻りながら剣の上を転がるように通過した。
「まじかよ!」
「狙いはいいが、甘いな」
すかさず、蘇摩は反撃の体制を取る。剣を水平に構え、右手で竹刀の柄頭を抑える。
(突きが来る―――)
直感でそう思い、一夏は竹刀を縦に構え刀身に左手を添えた。直後、蘇摩の突きが一夏の竹刀に交差する。
シィィィィ!
掠るような、擦れるような音が聞こえる。これが金属の剣だったら火花が散っていたに違いない。
(なんて速度だ―――!?)
蘇摩の凄まじい速度の攻撃に当てられて、近くが加速していたのだろう。その瞬間を一夏と箒は捉えていた。
蘇摩の竹刀を持つ手が捻られた。一夏の竹刀が弾き飛ばされたのはその直後のことだ。
さらに、蘇摩の蹴りが一夏の腹部に直撃し、一夏は体制を崩して尻餅を付いた。
そして、止めと言わんばかりに、その喉に竹刀が突きつけられた。
ドサ、と竹刀が畳に落ちる音がして、そのあとに転がる音が聞こえる。
(突きを放ち、一夏が防御をした瞬間に腕をひねり、切り上げて剣を弾き飛ばす。理屈は簡単だが、相当の速さと鋭さが必要な技だ……)
箒は、その瞬間のすべてを一夏以上に捉えていた。側面から切りかかろうとした時で、一夏よりも一歩引いた目線で見れたからその全てがつかめたのだ。
「まず一本」
蘇摩が宣告する。その顔には、相変わらずの笑が刻まれていた。
だが、不思議とその笑に苛立ちや怒りを感じることはなかった。相手を侮る嘲笑の笑みではなく、
強者の自身からくるものだったからだ。
「まだまだだろう?ほら、さっさと拾えよ」
蘇摩は竹刀を下ろし畳に転がっている竹刀を顎で指す。
一夏は直ぐに立ち上がれた。腹部への蹴りは、ただ相手の体制を崩す程度の威力ではなられたもので、大した威力はなかった。
ただ闇雲に強く攻撃すればいいわかではない。それも蘇摩は熟知している。オーバーキルは戦術の基本。だが、それは止めの時に対してであり、
それ以外は必要な分のみを使えばいい。
傭兵として、戦士として並外れていることを、2人は改めて知ることとなった。
(だが……)
「ああ。もちろんだ」
「私も、まだまだいけるぞ!」
そして、今度は一夏と箒は、蘇摩を挟み撃ちするような位置取りを取った。だが、完全に挟むと同士討ちの危険がある。だから、やや十字砲火気味に位置取りを行う。
「いい位置だ。その位置なら俺は強制的にどちかを狙う他ない。しかも完全にとはいかないがどちらかに背を向ける格好になりかねない。流石にわかっていても反応は遅れる」
「そうおいう割には、随分と余裕だな」
「ああ。俺はまだまだだぜ?全力とはいかないが、手を抜くつもりもないしな」
「当然だ。戦いにおいて手を抜くというのは相手に対する侮辱にほかならない」
蘇摩は「ああ」と言って、腰を少し落とした。
来る。2人は守りの構えを取る。
「―――行くぜ」
再び、蘇摩の姿が掻き消えた。
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