インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~ 作:鳳慧罵亜
「それで、一夏は拒否ったと」
「ええ。彼らしい回答よね」
生徒会室で、蘇摩は楯無しと全学年合同タッグマッチの件について話をしていた。
そして、その話とは若干無関係だが、一夏が楯無からの護衛の件を断ったという話を聞いたところだ。
「まあ、それはそれでだ。……んまあ、タッグなら適当にやればいいことだし俺は誰得もうかなー」
「それに私という選択肢は含まれないのかしら?」
「いや、含まれているけどさ」
蘇摩はそう言うと、一度言葉を区切りコーヒーを啜った。
コップを置いて、一息つく。
「たまには俺ばっかじゃなくて、簪のことも見てやれよ。あいつは思ったより強い。だけどまだ高校生だぜ?」
蘇摩は遠まわしに、楯無の誘いを断った。そして、言葉を続ける。
「姉妹なんだからさ。そういう2人の時間もちゃんと取った方がいい。じゃないと、昔みたいにまた冷めた関係になる」
「……うん」
蘇摩の言葉に楯無は納得したようで、少し名残惜しげに微笑んだ。
「ありがとう。蘇摩」
「礼を言われるほどのことじゃないさ」
「でも、それじゃ蘇摩は誰と組むの?」
「別に、一夏と組むさ。アイツもそのつもりだろうしな」
蘇摩はそう言ったあとで、ふう、とため息をついた。楯無は蘇摩の言いたい事がその溜息でわかってしまった。
「アイツも唐変木を少しは直したらどうなんだよ。いくらなんでも鈍すぎるぜ……」
「フフッ。でも、お姉さん的にはまだまだ決まらないほうがいいな~」
「なぜ?」
楯無にそう問う蘇摩。その問に楯無は、煌びやかな、それはもう清々しいほどに輝かしい笑みを浮かべた。
「あの子達を弄り回せるから♪」
「……こっちもいいかげんにしろよ」
蘇摩は、学園に来て矢鱈と多くなったため息をまた吐くのであった。
――――
「……ここを、こうして……。RI233から……232に……」
簪は、整備室でパソコンとにらめっこをしている。もう2、3時間はモニターに映る複雑な言語の羅列と格闘している。
こればっかりは、自分の手で作り上げたい。そう思って造り始めて早半年。なかなか思うように動かないシステムに、簪は今日も苦悩していた。
「お嬢さま~。本体の~整備、終わりましたよ~」
「……ありがとう。本音……」
「いえいえ~。ところで~まだ完成しませんか~?まるちろっくおん~しすてむ~」
「……うん」
簪が作っているのは、打鉄弐式の特殊武装『山嵐』のマルチロックオンシステムである。
造り始めて半年、大体のシステムはほぼ完成しているのだが、一旦個別ロックオンをしても、ロックオンインジケーターが一つを残して全部消えてしまうのだ。
問題は多分プログラムの処理に負荷がかかりすぎているため。
そうして、あーでもないこーでもないとプログラムを見直しているのだが、どうも不備が見つからずに困っている。
本音には、『打鉄弐式』の整備をお願いしていた。
「…………」
困って困っての果てに、簪は一度パソコンを閉じた。
「どうして……」
「あら、簪ちゃん?」
「お姉ちゃん……?」
簪は、意外な来客にちょっと面食らった。自分の姉。更識楯無がこんなところに来るなんて、思ってもいなかった。
「あ~。たっちゃんだ~」
本音は楯無を見つけると、トコトコと駆け寄っていた。テンポが遅いくせに妙に速い。
「あらあら。本音ちゃんもいるのね。……どう?簪ちゃん」
「……まだ、プログラムがうまくいかない」
簪は、ISの構成を楯無や彼女の知り合いに手伝ってもらい、完成した。でも、その目玉武器である『山嵐』のプログラムは、自分で作りたかった。
理由は簡単。
意地だ。
難しいからこそ、自分の手で作ることに意味がある。
そう思い、作っているがなかなか完成しないことも事実。
そして、普段からうなっていることよりも、今日楯無が来たことについてのほうが簪には大きかった。
「……どうしたの?」
「ん?ああ、そうだった」
楯無は本音と戯れながら、思い出したように口を開いた。
「今度の全学年合同タッグマッチ。私と組もう?」
「……!」
こんな提案をしてきたのは初めてのことだった。
今までは私が避けていたこともあるが、お姉ちゃんが自分から誘ってきたのはこれが最初のこと。
つい嬉しくなって、頷いた。
「……うん」
「やった!じゃあ早速作戦会議よ!ちょと生徒会室まで来てくれる?」
「え?」
簪は、訳も分からずに楯無に連れて行かれたのだった。
手を引かれて走っている途中で、楯無が怖い笑みをしていたので、何かロクでもないことを考えているような気がする。
――――
「………」
女性は一人で広い空間を進んでいた。
その通路は薄暗く、人が通るには些か大きすぎていた。
やがて明るくなっていき、通路の出口に出る。通路を出た先にあったものは、巨大な塔のようなもの。
その塔は機械のようで、モニターや、コンソールなどが備え付けてあり、今もなおかすかな駆動音と電子音がなっている。
「もどりました」
女性は、その塔の前に立つと、簡潔にそう言った。
『ご苦労』
すると、どこからともなく声が聞こえてくる。
男と女、二人の音声を一緒に流しているような、そんな声。
塔の周りや壁に付いている幾つものスピーカーから聞こえるその声は、限りなく人に近く限りなく機械じみていた。
「スコール・ミューゼルを通し、亡国企業には警告を致しました。ですが、本当にいいのですか?篠ノ之束は放置しておけば必ずこの世界を混沌に陥れます。それなのに―――」
『そこまでだ』
その声は、彼女の言葉を遮るように言った。
『篠ノ之束には未だ利用価値がある。それに篠ノ之束も我々が狙っていることくらい承知済みだろう。利用価値がある以上、篠ノ之束はしばらく泳がせる。これは決定事項だ』
もはやその声はただ録音を再生しているようにしか聞こえないほどに淡々としている。
だが、塔の前にいる女性は、納得がいかない様子で、再び異論を申し立てた。
「しかし、それでは我々の存在意義について重大な矛盾を生じることになるが」
女性の声も、人の声であるが機械のような調子だった。凛とした透き通るような声なのに、その機械的な口調がその声を生気のないものへと作り替えた。
『私の決定は絶対だ。そして、現在の最高優先事項はエラン・キュービックの捜索、及び抹殺。異論は必要ない』
「……了解」
女性は、未だ納得のいく様子ではなかったが、踵を返し再び通路を歩き出す。後には電子音と駆動音が響く塔がやけに大きく見えるのだった。
塔が完全に見えなくなったところで、彼女は歩みを止めた。
(……ここに来て思考がチグハグになってきている……一度決定した命令を取り下げて、急遽別の命令を与えてくるなど……矛盾が生じている。どういうことだ?)
今までには、こんなことはなかった。
国のバランスを崩しかねないいレギュラーはRAVENを使って排除し、それでなお排除できないモノは私自らが始末しに行ったこともある。
だが、ここに来て『あれ』に異常が起きているのではないかと思うほどに、思考と言動に矛盾が生じ始めている。
事の発端は、先のIS実験機暴走事件のことだ。
夏のことでISの代表候補生と、世界初の男性操縦者である織斑一夏が収めた。
その事件の首謀者である篠ノ之束の排除命令が出て、奴を捜索していた。
篠ノ之束も『我々』が狙っているということは知っていたのだろう。
世界のいたるところにダミーを置いて、逃走を図っていた。
精巧なダミーや、篠ノ之束に付き従っている少女のおかげで奴の排除には時間がかかるという見越しを立てていた。
そして、あの男。
『蘇摩・ラーズグリーズ』
彼がISを動かせるということが分かり、任務も兼ねてIS学園に転入したことを知ったときからか、
『アレ』はその言動に矛盾を孕ませ始めていた。
その最初の命令が、『篠ノ之束の抹殺を一時中断し、蘇摩・ラーズグリーズの偵察、及び第2抹殺候補エラン・キュービックの捜索、及び抹殺の第1命令引き上げ』いきなりそんなん命令がなされたのだった。
彼を見たときは、…………フッ、ここで話しても仕方のないことだ。
問題なのはエラン・キュービックの捜索、及び抹殺の件だ。
あの男はかなり前に事故で死亡したはずだ。
その確認も取れている。
なのになぜ、篠ノ之束の抹殺命令を取り下げたのだ。亡国企業への必要以上の接触を禁じたことも気になる。
この調子では、私は何のためにここに居るのだ。お前から離れて、お前が私のことを過去の人間としているであろう現在においてこの矛盾したまま私は、何のために生きればいいのだ……っ。
彼女は、拳を握り締めたあと、また歩き始めた。
その思いに、苦悩を残したまま。
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