インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~ 作:鳳慧罵亜
日にちが経ち、キャノンボール・ファスト当日になった。
会場は満員御礼の様子で、まばらな雲が映える青空に花火が上がる。
一夏は空を見上げ、日差しを手で遮る。
今日のプログラムはまず2年生のレースの後で1年の専用機組、次に1年の訓練機組が走り、最後に3年生のエキシビション・レースが行われる。
学園の生徒は、前もって決められた座席があるため、そちらに座るからこの満員の状況でも観戦には困らない。
そして、もうすぐ1年生の専用機組のレースが行われるため、準備をしなければならない。
ちなみに2年生のレースでは、やっぱりというかなんというか……楯無さんがぶっちぎりに抜いてった。
楯無さんも他の生徒に合わせる形なので、訓練用のラファール・リヴァイブのはずなのに、他の生徒をぶっちぎりに抜いての圧勝だった。
ISのレースで1位と2位に5秒の差がつくのは極めて稀である。
やり方は少しアレな気がするが……。
ゴールしきった瞬間にエネルギーが着れるよう計算してのレース。後、楯無しさんが走ったレースでは
楯無さん以外の走者が2位の人を除いて全滅したと言えばわかってもらえるだろうか。
何があったのかは口で説明できないのでご想像におまかせするとする。
「一夏。こんなところにいたのか。早く準備をしろ。あと10分で私たちのレースが始まるのだからな」
「箒か。いやさ、すげー客入りだと思ってよ……」
「ああ。例によって各企業の関係者や各国政府の用人等も参列しているようだからな。警備も厳重になっている」
確かに、いたるところに警備の人と思われる人物たちがいる。
だが、それを抜きにしてもこれだけの人たちが集まるのだから、それはすなわちISの重要性を物語っているとも言える。
何にしてもこお大勢の人たちの前なのだ。良い結果を残したい。
「何をしている。早く行くぞ」
「お、おう」
――――
「………なあ、楯無」
「なあに?蘇摩。……まあ言いたい事はわかるけど」
蘇摩は会場に来てからずっとこの調子である。楯無は蘇摩の言い難い雰囲気に対応に戸惑っている。
なんというか、呆れ果てて物も言えないような、そんな雰囲気を醸し出している。
そして、蘇摩はきた瞬間から思っていたことを口にしだした。
「すっげー………ざるなんだけど。ここの警備体制」
蘇摩はため息混じりにそう言った。一般の観点から見たらものすごく厳重な警備が敷かれていると思うだろう。先の一夏や箒たちのように。
事実、楯無も万全とは言えないが、それなりの警備ではあると思っていたくらいだ。
だが、見る人が見ればここまでザルにできるのかと思ってしまう。特に蘇摩のようなプロ中のプロの視点ならなおさらだ。
「まず警備人数と配置のバランスが最悪。人数がいるのにバラけさせるって頭沸いてんじゃねえの。配置もまちまちで表面的なものにしか向けてない」
「あのねえ、蘇摩……」
「それに今も言ったけどなんで1人1人バラバラなんだよ。人数揃えるなら基本
「だからね……蘇摩」
「あと配置がなんで各ブロックの出入口とその周囲だけなんだよ。学園の周りや観客席も巡回させろよ」
「あの、蘇摩?」
「そして無線をなぜ使わない。どっかに大型機材置いて盗聴不能の暗号プロトコルで常時全体に情報交信させろよ。これじゃ襲撃で混乱したとき正確な対応ができねえだろ」
「そ、蘇摩?」
「さらに警備員等の動きは一体なんだ?まるで警察をそのまま起用したような形ばかりの警備をしてきたような動きばっかしやがって。ほんとに襲撃があった時に対処可能なのかよ
あのアマチュアどもが」
「聞きなさいよー!」
蘇摩のもはやマシンガントークならぬマシンガン愚痴に調子がことごとく崩される楯無。彼女は言うべきかと思ったが、行ったらまた面倒になるだろうと思って、言うのを諦めた。
この警備員たちは、普段首相や政府重要人物を警護しているエリート達であることを。
「くそったれ。これじゃ
「はぁ……もういいわ」
楯無は、このままこの会話を続けるのは自分のメンタルが持たないことを悟り、周囲に目を向けることにした。
……自分の目で改めて見ると、そこまで悪い警備体制ではないように見える。というより、普通にいいはずだ。
ただ、
例えばあるレイヴン等が、どこかの襲撃任務を受けるとする。そして、別のRAVENがそのどこかの警備の任務についていたとする。
そうなると、もはや達人の将棋を見ているような気になってくる。
蘇摩もそういうことがあったため、私『更識』の目から見たそれなり以上の警備も、『蘇摩』にとっては穴だらけの欠陥警備に見えるのだろう。
改めて、実戦に出ている人間とそうでない人間の絶対的経験値の差を思い知らされる。
「まあ、警備は仕方ないとして、だ」
ようやく落ち着いたのか、蘇摩が話を切り替える。その顔は先ほどのあきれ果てた顔とは違い、仕事を果たす傭兵のものだ。切り替えの良さも
人一倍早い蘇摩に楯無はほっ、と息をつく。
「来るとしたらレースの途中、仕掛け易いところに代表候補生たちが来た時にまず例のメガセリオン、だっけか。あのトンデモレーザーでぶっぱなしてくるだろう」
「そのあとで、サイレント・ゼフィルスをメインにランブリング・メガセリオンがサポートを取るといった感じかな
?」
楯無と蘇摩は自らの予想を突き詰めていく。彼らの戦力は現状このくらいだろう。戦力増強の線は薄い。連中もほかの国々でISの強奪を目論んでいるはず。
ならば此方に戦力を送り込む余裕はないはずなのだ。
「あの蜘蛛女ももうしばらくISを使えないでしょうから、2人だけなら対処も可能かしらね」
「いや」
楯無の言葉を否定する。蘇摩はある人物の顔が頭に浮かんでいた。
「スコール・ミューゼル……亡国企業の幹部だが、最近どこにも顔を出していないらしい。もしかしたら、もしかするかもしれん」
「わかったわ。私の方でも探ってみる」
「それじゃ。俺は行くわ。そろそろ専用機組レースだから」
そう言って、蘇摩は席を立つ。楯無は笑って、一言いった。
「頑張ってね♪」
その言葉に、蘇摩は手を軽く振って応えるのだった。
――――
学園から比較的近い場所にあるファストフード店。そこの2階席。テーブルに向き合う形で座っている2人がいる。
「……そろそろ時間だな」
「そうだね。でるかい?」
窓側に座っている少年は、カップのコーヒーを啜る。ほかのファストフード店よりも高めのこの店は、その分コーヒーやフードのモノが良いと、評判だった。
階段側の席に座っている少女はコップのレモンティーを飲む。
そして、互の飲み物が切れたとき、2人はどちらともなく立ち上がり、店をあとにした。
「それで?どこから行く?」
「奥に見える建物があるよね?あそこの屋上から僕が狙撃する。その隙をついてマドカが侵入する。僕はその後、君のバックアプに回るよ」
「スコールは?」
「彼女は既に潜入してる。僕の狙撃のあとで、彼女も動くそうだよ」
少年と少女は、二人ならんで歩き出した。互の右手と、左手が絡み合うように繋がれる。その雰囲気は甘く、どこか冷たい。
人だかりがあまりないこの辺は、彼らをよりくっきりと浮かび上がらせる。
少年は笑いながら、少女は僅かに微笑みながらまるでデートのような、そんな雰囲気で。
互の気持ちもなんとなくわかる。だから、余計な言葉はあまりなかった。
「さあ、あと10分だ。すこし急ぐよ」
「ああ」
2人は言葉とは裏腹にさして歩くペースを変えず、歩いて行った。
目的地は、建設会社ビル屋上。
標的は、IS学園。
そして、『織斑一夏』
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