インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~ 作:鳳慧罵亜
「……っと、そろそろこっちの出し物の時間だ。悪いな、イツァムまた後で」
「ええ、後でね……ソーマ」
齢28。オーストラリア国家代表は、先ほどの爆弾のショックから抜け出せてないのか、生気の抜けたような顔で、こちらを見送る。
失礼だが実年齢+5歳ほど老いたように見えてしまう。だが、それは決して言わないのがマナーだろう。
さて、楽屋を後にしよう。舞台の幕開けだ。タイトルは……
「亡霊姫、登場(ファントム・オブ・シンデレラ.エントランス・イン・ザ・ステージ)」
少々芝居がかった言い回しとイタイ題名だが、脚本家としては及第点だろう。さて、と
pipipi……
電話だ。楯無から、か。
「俺だ」
『蘇摩?こっちは一夏くんと接触したわ。今彼は劇の衣装に着替えてるところよ』
「ああ、今行く」
じゃあな。と言おうとしたところで、楯無が口を開いた。
『そういえば、簪ちゃんが、蘇摩が綺麗な女性と歩いているのを見たって聞いたんだけど?』
……迂闊だった。人見知りの引っ込み思案な妹が、学園祭を回っているなどと、完全に誤算だ。そして連絡の早いこと、相変わらず仲のいい姉妹だことで……!
「見間違いじゃないのか?」
『女性の方は長身で、サングラスをかけてて、茶髪のウェーブで、紅色のシャツに黒いジーパンはいてるって言ってたけど?』
「……」
冷静を装って、遠まわしに否定するが、完膚なきまでに現場証拠を叩きつけられ、俺は沈黙するしかできなくなった。
『まあ、私も簪ちゃんに詰め寄られたんだけどね♪なんで蘇摩がここに居るのか~って。ほら、……蘇摩って簪ちゃんと仲良かったじゃない……?』
途中から段々楯無の声色が変化してくる。徐々に低く、ドスの利いた声に変化していき、一瞬体が身震いをした。
「仲良かったのくだりで声色が変わったが気のせいか?」
『あら、気のせいよ……』
「わかった!わかったから!話はことを片付けてからきちんとしてやるから!じゃあな!!」
強引に携帯を切り、電源を落とす。ったく、亡国と連中と
――――
「全く、考えてることはちゃんとわかるんだから。援軍を呼んだって素直に言えばいいのに」
「お姉ちゃん……今の声じゃ……言いたくても、言えないと思う」
楯無の後ろにいた簪は、今までの姉の対応に呆れ半分で口を開く。昔から、この姉は蘇摩に関して、変なところでヤキモチを焼いたり、相手に嫉妬したりしていた。
簪自身は、蘇摩に楯無とは別の意味で好意を持っていた。
それはあこがれに近い感情。簪が好きな勧善懲悪物のヒーロー番組のまさにヒーローといった感じで、でもそれとは少し違った雰囲気の蘇摩に恋愛感情とは違った意味で惹かれていた。
そんな彼女だから、蘇摩がこの学園に来ていたことに驚いた。しかも綺麗な女性と一緒で。携帯で写真を撮り、メールにして楯無に送る。
すると2秒で電話がかかってきて、どこで見たの?と聞かれたから3階C棟とこたえ、そして自分の質問を投げかけると、言葉につまりながらも答えてくれた。
蘇摩のISの整備は私が手伝ってあげよう。そう思いながら、楯無と合流したら、しまのやり取りで、若干姉に呆れてしまう。
「うーん。まあ、仕方ないわね。この一件が済んだら、ゆっくり話を聞いてあげようじゃない♪」
ウフフフフと傍から見ると引くような笑い方をしている姉を見て、簪は「幕と照明、準備してくる」とだけ言い、足早に去った。
――――
「おーおー。派手にやってること」
蘇摩は舞台の司令室から、事を生温かい目で見ていた。ここには舞台の垂れ幕や、証明の操作をすることができ、各位置のカメラから舞台の全容が確認できるようになっている。
さらに眼前のガラスから、舞台が一望できるようになっており、観客席と舞台がよく見える。
「蘇摩……久しぶり……」
そこに一足先にいた簪は、やや遠慮がちに蘇摩に声をかけた。
「ああ、久しぶりだな簪。4年ぶりになるか」
「うん……」
「専用機、出来たらしいな」
「うん……お姉ちゃんが、手伝って、くれた」
ふーん。どうやら、あの時言ったことは無駄ではなかったらしいな。
「そういや、日本国家代表候補になったんだってな。おめでとう」
昔と変わらない。人見知りの自分にもこうやって気さくに話しかけてくれる。変わらない彼の姿に喜びを覚えつつ、礼を言った。
「ありがとう。でも、お姉ちゃんには……まだ敵わない」
「ああ、あいつは本当バカみたいな努力家だったからな」
蘇摩は4年前の事を思い出した。
あるときは深夜の道場で俺と戦って、あるときは朝早い庭で、あるときは夜遅くまで部屋の机に向かい朝まで勉学に励む。
自分には才能がない。そう言いながらも、天才と呼ばれまくって嫌になってた俺と試合で負けて負けて負けての繰り返し。
それでもあいつはやり続けた。何故か?簪に裏の世界に来て欲しくなかったからだ。
俺は『当時』の楯無の依頼で、姉妹の護衛を努め、その傍らでこちら側に邪魔な政府のお偉方などを殺して回っていた。
その情報は更識や、時の首相によって遮断されていた。だが、『今の』楯無しは俺がそういうことをしているのを知っていたのだ。それが、今度は自分の役になることも。
対暗部用暗部。更識以外の暗部が少なくなった今、することは政府内の『ゴミ掃除』が多い。そんな血みどろの場に簪を巻き込みたくなかった。当時の彼女はそう語った。
だから、血反吐を吐きながらも、あいつはさらに血反吐を吐く努力をしていき、ついに俺と渡り合うことができるに至る。そんな彼女は既に『当時の』楯無など、敵ではなかった。
――ん?
「D-8の席、拡大してくれ」
「?わかった」
思考を中断したのは、その席に一瞬映った人物に目がいったからだ。
拡大された映像に映し出されたのは、巻紙礼子。亡国のエージェントだった。しかも、どこかに移動をしようとしている。
「楯無に伝えろ。「連中が動いた」てな」
「わかった」
簪は短く返事をして、蘇摩を見送る。その顔は、彼女は昔一度見たことがあった。あの時、黒い服の人たちに囲まれた私たちを救った時の、人を惨殺した時の蘇摩の笑みだった。
――――
「な、なんじゃこりゃああああ!?」
思わず松田○作殿の名言がほとばしってしまう。理由は簡単だ。
その舞台の劇がシンデレラという至って普通の劇のはずだった……はずだった。(大事なことなので2回ry)
だが今は、ラウラにナイフを投げつけられるわ、セシリアにスナイピングされるわ、鈴に飛剣(蘇摩曰く「一昔前の暗殺武器」)投げつけられるわ、なんだかシャルロットには被っていた王冠を求められ、それを渡そうとしたら
唯一の救いは、真っ先に刀で襲ってきそうな箒が来ないことだが……あれ、舞台袖で手招きしてるの、箒じゃね?
とりあえず、箒のところに向かおう。舞台の影だからスナイピングの危険がなくなるだけでも万々歳だ。
「はあ……はあ……はあ……た、助かった……のか……?」
呼吸がうまくとれない。よく今まで無事だったな、俺。
「全く、男子がそんなことで悲鳴を上げてどうするのだ」
「とは、言ってもよ……あんな目に、あって、ピンピンするのは、蘇摩か、千冬姉くらいだって……」
「情けないな。少なくとも蘇摩は大丈夫なのだろう?同じ男として情けなくないのか」
「うっ……」
痛いところを疲れる。蘇摩は何か、模擬戦でも授業でISを使うことがあっても、体育でマラソンをしてても、今まで息を切らす場面を見たことがない。
本人は鍛え方が違うと言っていたが、どう鍛えればあんなに体力がつくんだろうか……。
「まあそれはそれとして。そ、その……だな」
箒が急に表情を変えて、少し口をもどらせながら、話を変えてきた。……雰囲気からして、シャルと同じなのかもしれない。
「お、王冠を……」
「悪い」
俺はそう言って、一目散に走り出す。そして、箒が怒鳴りながら追いかけてくるが、こっちにも事情がある。そこは理解して欲しい。それにしても……この状況で、真っ先に刀振り回して、
襲ってきそうな奴なのに、なんでだろ。いや、振り回されても困るからこっちのほうがいいのだけれども。
と考えてる暇はああああああ!!!
ら、ラウラが今度はサブマシンガンを取り出してきた。いいんですか!?軍人がそんなことして!
周りの連中も、先ほどよりも物騒な武器を構えて襲ってくる。鈴に至ってはISを持ち出してくるし、これはたまったもんじゃない!!
「こちらへ」
「へ?」
俺は足を引っ張られ、舞台のセットから転げ落ちた。
――――
「さて、獲物が餌に食いついたか、あとはリールを巻くだけだ」
蘇摩は一夏がいた場所とは反対側の舞台の袖、かなり暗いところにいた。目には大きなゴーグルのようなもの、RAVEN7つじゃない7つ道具、望遠機能付き赤外線暗視ゴーグル。
『じゃあ、こっちも張っておくわね。陽動舞台が動くかもしれないから』
イツァムからの連絡に「OK」と短く返事をする。向こうでは楯無が見える。こっちに手を振っているが、あいつも動くときは動くはずだから、こっちはこっちの仕事を始めますか。
蘇摩は舞台を走って横切っていった。
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