インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~ 作:鳳慧罵亜
「アイム シンカー トゥ~トゥ~トゥ~トゥトゥ~」
何時からだ?俺がこれを口ずさむようになったのは。たしか、あの歌を聴いたのは10年前のあの日。
どこかの紛争地域だったかな。偶然拾った壊れかけのカセットから聞こえてきた。
I'm a thinker.
―――――――――.
I'm a ――――.
A drastic baby.
――― and jump out.
Feel it in the wi―.
――――――――――――― me.
The deep-sea fish ―― you forever.
―――― thinking ――.
Out of space, When som―――――――.
――――――――.
ノイズがひどく、聞こえてきたのは一度きりだった。ただ、最初のThinkerのフレーズがひどく耳に焼きつき、
いつからか、仕事の合間にこの歌を口ずさむようになっていた。
本当に、何時からだろう―――
「こ、このっ!!」
と、そうだ。まだ「仕事」の途中だったな。最後まで気を抜くのは御法度ってね。
駆け出す。目の前にいる人物は3名。いずれも、銃をこちらに向けて発砲してきた。だが、問題ない。
蛇行するように走る。銃弾は駆けたすぐ後ろで、地面に直撃し、コンクリートの床をえぐる。
銃弾は体に一発もあたることは無い。まずあたったら、その時点でアウトだからだ。3人の人物は、悲鳴を上げた。
無理も無い。距離は10Mほどで、しかも3人がかりで撃ってきているのだ。まず普通なら、ものの数秒で蜂の巣か、
人の形状すらなさない肉塊へ成り下がるだろう。だが、普通でない「もの」も、この世には存在したのだ。
「な、何故だ!?」
「何故あたらない!」
「くそ!当たれ!当たれ!!」
その速さはまさに閃光の如し、其れも、少年は、白いエナメルのコートを羽織っている。コートは、彼が野は知る速さのあまり、
風に吹かれたようになびく。だが、そのコートにも一発の銃弾も当たらない。
徐々に蛇行する幅を縮めていく。3人との距離は、残り1m半。十分。
飛んだ。銃弾の雨を掻い潜った脚力は1m半の距離を、一瞬で縮めた。右手につかまれた得物を、左手で、抜き取る。
それは、一振りの刀。ただし、その刀は、日本刀特有の「反り」がほとんど無く、鞘と柄が同じ黒漆塗りの木でできたものだ。
鍔すらないその刃は、黒い鞘から抜き放たれるのと、ほぼ同時に、一人目の首と胴体を、綺麗に別けた。
それを二人が視界に納め、その情報が脳に伝達され、状況を理解したときには、二人目が逆袈裟に斬られた。
「う、あああ……!」
残った一人は、ゆっくりと後ずさりした。後ろに、一歩、一歩と下がるにつれ、視野に入る情報が広がる。
つい先ほどまで、この国の腐った政府を討つ為に、この国の未来の為にと、酒を酌み交わした、
仲間が、友人が、無残な姿で横たわっていた。
その二人の返り血を少しだけ浴び、同じように、ゆっくりと近づくものは、自分達よりも、はるかに若い、
一人の少年。男は、仲間の一人が、酒の席で語った、ある話を思い出した
「ホ、白い閃光(ホワイト・グリント)……!」
その目はやや薄暗いこの部屋でも、はっきりとわかるくらいに輝く黒い瞳。少し返り血を浴びて、その緋色を鮮やかに魅せる肌は
白人にしては濃く、黒人にしては薄すぎる、いうなれば黄色。そして、少年が羽織っている白いエナメルのコートは、
返り血を浴びながらも、その血を弾き、白さを損なわず、むしろ弾かれ、わずかに残った血の緋が、その白さを際立たせていた。
―――そいつは、白いコートを羽織って、剣一本で戦場に赴き、弾丸の雨を物ともせずに駆け抜けて、敵を
惨殺していくって話だ。んで、付いた異名が『白い閃光』なんだってよ、これが事実ならアウトしても見方でありたいもんだ―――
―――ハハッ。そうだな―――
「白い閃光……か」
少年は、立ち止まった。そしてゆっくりと天井を見上げる。いや、男にはわかった。あの少年は天井なんか見えちゃいない。
少年が見ているのはこんな狭い天井なんかよりはるか上、天だと。
「いいな、その表現。気に入ったわ」
少年は此方を向き直り、再び此方に近づいてくる。男は悟った。もう、無駄だ、と。
あの少年は、人間じゃあない。そんなものよりはるか上の存在なんだと。
「おおああああああああああああ!!」
ならば、どうせ死ぬなら最後位格好よく死にたい。そう男は思った。不思議と震えはとまり、頭も冴え、手に持つ銃口が、
さっきより、正確に少年を捉えた。
黒光りする銃口から、放たれた音速の円錐状の物体は、直線を描き、少年の心臓へ、飛んでゆく。撃たれた距離は、5m
撃たれた弾の速さは秒速900mで発射される。少年のいる5m先に届く時間はおよそ、0.0056。1000分の5秒だ。
1000分の何秒と言う世界のなか、撃たれた少年は、口元に笑みを浮かべていた。
放たれた銃弾は、少年の胸に直撃する――――ことは無く、空を切った。少年の姿が、弾丸が当たる寸前で、消えた。
胴体に、熱いものが、流れ出る感触がしたのは少年が消えたのと同時といってもいいタイミングだった。
男が最後に見たものは、薄暗いこの部屋でも、はっきりとみえた、白いコートの裾……
「かっこよかったぜ、あんた」
そんな声が、聞こえた気がした。
「アイム シンカー トゥ~トゥ~トゥ~トゥトゥ~」
おれは歌う。この歌を、歌うことを忘れるその日まで。
外に出た。綺麗な夕日が地面を美しく染める。夕日が染めるのは朱。それに照らされ、芸術のような美しさを見せたのは
、真紅に染まった地面。
その芸術さえもかすませるのは、夕日を浴び、真紅の大地に立ち、歌を口ずさむ一人の少年。
「アイム シンカー トゥ~トゥ~トゥ~トゥトゥ~」
横たわる屍は、この歌が響いていたとき、まるで、その少年を讃えるかの如くに、かすかに笑っているように見えた。
「アイム シンカー トゥ~トゥ~トゥ~トゥ~」
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