インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~   作:鳳慧罵亜

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想いと憎悪

蘇摩は、箒が多少落ち着いてきたところで、口を開いた。

 

「まあ、なんていうか。うん。お前はさ、一夏の『何』でありたいんだ?一夏の『何』になりたいんだ?」

 

「……!なにを……」

 

箒にとってその質問は衝撃を与えた。一見突飛な質問だが、実に的を得た質問でもある。彼女は一夏のことを好きと思えど、彼のなんで有りたいか、何になりたいかなどは、

あまり考えることはなかった。いや、蘇摩の言ったことを真剣に考える人物など、それこそ少数派なのだろう。箒の反応を見て、蘇摩は無言のまま少し頷いた。

 

「そのままの意味だが、あまり考える奴はいないだろうな」

 

「……」

 

「だけどな」

 

蘇摩はそう言ったあと、少しだけ間を置いた。その間に、箒は息を飲んだ。なにか、今以上に衝撃を受けるような、そう言った感覚があった。

 

「お前らを見てるとさ。なんだか危なっかしくてよ。本当、なにやってんだか……てことになってるわけ。だから、お前に特別にこの話をしようと思ってね」

 

蘇摩は笑いながらそう言ってるが、その本心がつかめない。言葉通りのことではあるのだろうが、裏に何かあるのでは、と。そういう空気が流れている。蘇摩はそんな箒の気m地を知ってか知らずか

先ほどより、目つきが真剣なものへと変わる。

 

「隠し事しても仕方ないから言うがな。一夏の置かれている立場は、危険だ。織斑千冬の弟、そして男としてISを動かせる。それだけでいろんな危険がある。知り合いの傭兵仲間に調べてもらったが、アイツは過去、『ある組織』に誘拐されている」

 

その話は一夏から直接聞いたことがある。第2回モンド・グロッソの総合部門決勝戦の時に千冬さんが試合を放棄し、弟……つまり一夏の捜索に向かったと。

だが、その話と今回のことが何の関係があるのだ。

 

「一夏は、あいつ自身が思っているよりも、殺される可能性が高いってことさ」

 

「な!?」

 

私の疑問に答えるかのように言った蘇摩の一言は、私に大きな衝撃を与えた。だが、蘇摩の言葉は止まることはない。

 

「お前には教えておく。俺の任務は『織斑一夏の護衛』任期は今年を含めた約3年間。その3年のあいだは、死なせるつもりは毛頭ない。だけどな、その後、あいつが狙われない保証はない。

もしそうなってあいつが死にそうな場面になったら?」

 

その言葉は、私に大きなショック、衝撃、そんな言葉では言い表せないほどのものを受けた。今まで考えてこなかった、圧倒的現実を突きつけられたのだ。それに私の思考は、

ほぼ停止したといってもいい。一夏が死ぬ……?そんなことは考えたことはなかったし、考えたくもない。だが、蘇摩の言うとおりに一度一夏は誘拐されている。

 

それは千冬に対して何かがあったのかもしれないが、それに加えて今のあいつはISが操縦できる男子として、世界的にも注目を集めた。

 

それは今までこの世界の基盤に変わりつつあった女尊男卑に真っ向から対立したといいてもいいだろう。当然面白くないものたちもいるわけだ。

 

「さて、ここらで最初の質問に戻そう」

 

蘇摩は一度言葉を切り、一瞬の間のあとでもう一度口を開いた。

 

「お前は、一夏の『何』でありたいんだ?一夏の『何』になりたいんだ?」

 

「……」

 

困惑することはなかった。だが、私は一夏の何でありたいのか。それは深く考えさせられることだった。

だが、考えても何か特別なことなど出てくるはずもなかった。みんな、それぞれ一夏のなんでありたいか、ということは考えてあるのだろうか。

 

「ひとつ言うけど、そんな特別なことなんざいらねえよ。例えばあいつの一番でありたい~とか、そんな在り来りなもので十分なのさ」

 

私の考えていることを見透かしたように蘇摩は言った。本当にそんな在り来りなことでいいのか。言葉の意味を考えれば考えるほどに、何か特別な何かが必要だと考えてしまう。

だが、蘇摩の言葉はそれを根本から打ち砕くものだった。

 

「特別なものなんていらない。いるのは明確な『想い』と、それを実現させるだけの『力』、それだけだ」

 

「……」

 

簡単に言う。だが、それを簡単に行ってのけるコイツは、私の苦悩をしているのだろうか。いつも肝心な時に、私は役に立たなかった。

いつもほかの専用機持ちの彼女らが、肝心な時にあいつの隣にいて、私はただ眺めていただけ。その辛さが、お前に分かるか……!

 

「知ったことか」

 

蘇摩は私の考えていることを悟ったかのように言ってのけた。軽々しく、あっさりと。そんな感情すら見透かしたように蘇摩は口を開いた。

 

「お前に私の気持ちがわかるか。だと?それなら訊くが、お前に俺の気持ちがわかるか?わからないだろう。その程度のことさ」

 

……一瞬蘇摩がみせた瞳の揺らぎに箒は気づくことはなかった。

 

「脇道にそれたな。話を戻すぞ。お前に『想い』があるなら、力はこれから付けていけばいい。都合のいいことに、楯無が一夏と一緒にお前のコーチを買って出たんだ。あいつは見ての通りの人たらしみたいなやつだが、ISに関しては間違いない。それは断言する。それはお前にとって都合のいいことだ」

 

蘇摩の言葉には、言い知れない重みがあった。それはただ言うことだけしかできない人間の言ではない。

 

「それを上手く使え、そうすればほんの数週間でお前の力は劇的にとはいかないが、変わるだろう。そうすれば、自ずと自分のことがわかってくるさ。自分が求めているものが何かも、な」

 

「……なんで、そんなことが平気で断言できるんだ?」

 

蘇摩の言葉を聞いて出来た疑問。蘇摩の言は明らかに、『それ』を経験したものにしか無い、説得力と重みが存在する。だが、箒の蘇摩の印象は目の前の男はそういったことの経験がなさそうに見えていたからであった。

 

「決まってんだろ」

 

口を開き、こう続けた。

 

「俺だって、好きな女性(ひと)くらいいたさ」

 

「え?」

 

思わず出てしまった間抜けな声。蘇摩は少々眉をひそめた。彼にとっては心外な反応だったのだろう。

 

「俺だってなあ。そういうことくらいあるさ。俺はそいつの拠り所に、心を許せる場所で在りたかった。そのために、そいつと一緒に戦ったことだって腐る程ある。同時に俺も、あいつが、俺の拠り所であって欲しかった。実際、そうだったよ……」

 

最後の蘇摩の言葉が、妙に神妙なものになったのを、箒は気づき、それを口にしてしまった。

 

「そ、その人は……今?」

 

「死んだよ」

 

「―――っ!」

 

「死因はレーザーの高温による心臓の焼切。及びそれによる心肺停止。即死はしなかったが、確実に急所を貫かれて、どうやっても助かる状態ではなかった」

 

蘇摩は表向き淡々と言ってのけているが、箒は見た。彼の手が、肉を食い破らんほどにきつく握り締められているのを。それだけで彼女は理解した。蘇摩がどれほど彼女を想っていたのかも。

 

「まあ、過ぎたことだ。それより、問題はお前だよ」

 

「あ、ああ……」

 

これ以上、余計に突っ込むことは、彼にとって苦痛でしかないだろう。変な同情は、彼を余計に傷つけるだけだ。箒はそう考えて、口を閉ざした。

 

「とりあえず、俺が言えることは3つ。ひとつ、自分の感情には素直になったほうがいいぜ。ふたつ、暴力は振るうなよ。振るったら悪印象とまではいかないだろうが、伊いい印象は与えないぜ。

3つ、なるべく2人一緒にいろ。2人きりになろうとはあまり考えないほうがいい。とにかく3人でも4人でもいい。とりあえず、あいつの近くにいろ。そして、本当に2人きりになれた時が勝負だ。まあ、慣れればどうすればいいか、わかってくるさ」

 

蘇摩は笑いながら言った。私は蘇摩とのこの話が終わった頃には、何か大事なものを手に入れたような気がした。

 

今なら言える。私はあいつの背を守れる存在になりたい。あいつは、自分の大切なものを全て守れるようになりたい、そう言っていた。

だから、私はそんな一夏の背中を守れるようになりたい。決して特別なことじゃない。でも、だからこそ私にとって生涯をかけて目指すことができる場所だと想う。

 

 

――――

 

「マドカ。準備は出来てる?」

 

「ああ。当然だ」

 

高級ホテルの一室。いっそその部屋には似合わなさそうな、少年と少女が向かい合っていた。お互いの前にはコーヒーが置いてある。

少年のはブラック。少女のはミルクが入ったものだった。

 

「わかってると思うけど、今回の作戦でオータムの邪魔はしないようにね。」

 

「わかっているさ。お前が全て、仕込んで(・・・・)おいたのだろう」

 

マドカは目の前の淡い金髪の少年に笑を投げかける。それは昔とは違う、裏のない純粋な微笑みだった。まるで、恋人にでも向けるかのような、優しい微笑み。

 

「わかっているならいいけど、もちろん僕も失敗はしないように何度もプログラムを確認したから、確実にオータムは失敗する」

 

「そうすれば、後は私のやりたいようにできる、か」

 

「そうだけど、ブリュンヒルデには気を付けてね。マドカの実力は知ってるし、僕も可能な限りサポートするけど、正直代表候補生たちと同時じゃあ抑えきれる自信がないよ」

 

少年の表情も、裏表のない、ただ純粋に目の前の少女を心配するものだった。

 

その雰囲気は、まるでホテルの一室でデートでもしているかのようであった。ただ、その会話はデートとは似ても似つかぬ、彼女らの『目的』のもの。

少女の表情は、少年に向けられた穏やかなもの。だが、その言葉の矛先は、憎しみの込められた、彼女にとって憎悪の対象である。

 

「心配ない。姉さん(・・・)が出てくる頃には、様子見は終わらせるつもりだ。まだ、私の復讐は始まったばかり。そう簡単に終わらせては意味がない」

 

「うん。君の憎悪は、そんな簡単に決着をつけちゃダメだ。そうでなきゃ、『復讐』の意味がないからね」

 

甘い雰囲気の中に潜むドス黒い空気。それは彼女たちを心地よく包み込む、まるで麻薬のようなものだった。

 

「フフッ」

 

「アハハ」

 

笑い合う二人、そのうち、二人は飲みかけのコーヒーをよそに、手を絡め合い、隣の部屋へと消えていった。

 

このときすでに、濁り水はゆっくりと動き出していたのだった。




感想、意見、評価、お待ちしています。

箒は、蘇摩からいろいろと学んだようです。
これから一夏やほかのメンツに対する態度がどう変わってゆくのかなー(おい

そして、動き出すもうひとつのサイド。
以前の番外編から違和感を感じた人、正解です。

この二人には、今はあかせませんが、とんでもな設定を用意してあります。
いづれ明かす時が来るのでその時はお楽しみください。

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