インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~ 作:鳳慧罵亜
蘇摩はソファで寝転がり、本を読んでいた。この前、図書室から昔読みかけだった本を偶然見つけ、借りてきた。さっきの出来事で、もう部屋から出る体力が残っていない。
俺と同じ状態であろう一夏は、机でISに関しての座学を学んでいる。楯無が教師役を買って出ていたので、勉学は大丈夫だろう。問題は、その座学の途中で誰かが部屋にやってくることだ。
一夏の経験談から、いま部屋に来て欲しくないランキング第5位はシャルロット・デュノア。物分りのいい彼女は、不機嫌になることはあるだろうが、ISを持ち出してまで、
一夏を攻撃することはないだろう。
続いて第4位。セシリア・オルコット。
彼女も比較的物分りがいいはずだ。一夏から、1、2回ISで撃たれた事があるらしいが、残りのメンバーに比べれば十分説得でなんとかなるレベルだろう。
続いて第3位。凰 鈴音
彼女は、短気な性格なのだろう。この状況下ではISを持ち出す可能性が一番高い。だが、武装が単純なため、抑えるのは簡単だ。
まあ、来てくれないのに越したことはないのだが
続いてベスト2。ラウラ・ボーデヴィッヒ。
おそらく5人の中で一番戦闘力が高いであろう彼女は要注意だ。AICもあることだし、何かあったら俺が出張る必要があるだろう。
ん?今まで出てきた3人?楯無に任せるさ。元はあいつが蒔いた種なんだ。まあ、あいつもやるときはきちんとするさ。
そして栄光の第1位は―――
コンコン
……手遅れ、か?
「は、はい。どちら様ですか?」
一夏が少し慌てた調子で、ドアに小走りしていった。そして、次の返事で俺は自分の予想がことごとく正確であると思い知らされた。
「わ、私だ。差し入れを持ってきてやったぞ」
「げっ、箒!?」
――――
私は差し入れを持って、一夏の部屋に向かっていた。今月に入っての初めての料理はかなり出来が良い自信作だった。
これを食べた時の一夏の反応が楽しみでつい笑みを漏らしてしまい、自然と足取りも早くなっていった。
……しかし、人は時と共に変わるものだな。
幼い頃の思い出。その中の一夏は、当然だが子供じみていた。
それが今ではあの頃の面影を残しつつ、落ち着きのある大人の雰囲気を身につけてきている。
言ってしまえば、箒の好みにどんどん近づいてきているのであった。
(う、うむ。私も私で女を磨かなければな。あいつの好みの女がどういうものかはわからないが、いい女であれば悪くはないはずだ)
胸に秘めた想いを再確認して、胸の高鳴りを心地よく受けとめる。
(今日は一夏の模擬戦の成績も散々なものだったし、少しは気分の晴れる差し入れも必要だろう。うむ。うむ)
二人きりになる理由もぬかりはない。蘇摩も部屋にいるだろうが、あいつはこういうことの理解を持っているようだ。すぐ部屋を出てくれるだろう。
ただ、可能性としてほかのメンバーが彼を夕食に誘いに来るということを、都合よく忘れている箒であった。
無意識に歩くペースが早くなってゆく。その早足はまもなく一夏の部屋の前に到着したのだった。
(さ、さて。なるべく平静を装って……)
咳払いを一つ。そして、ドアをノックする。
コンコン
「……」
(む?返事がない……)
恐くノックが控えめすぎたのだろう。先ほどより強い調子で再度ドアを叩く。すると、数秒で返事が来た。
『は、はい。どちら様ですか?』
「わ、私だ。差し入れを持ってきてやたぞ」
『げっ、箒!?』
……げっ、とは何だ。げっ、とは。
少しむっとするが、こんなことでこの先の楽しい時間を無駄にしたくはない。そこは抑える。
「入ってもいいか?」
『……すまん。だめだ』
この言葉で、流石に箒は感情的になった。怒りの衝動のままにドアを開けようと押すが、開かない。どうやら一夏が抑えているようだ。中から必死な声が聞こえてくる。
『わ、わりい。また今度……また今度ってことで、な?な?』
「?」
あまりに余裕のない切羽詰った声に不思議に思っていると、女性の楽しそうな声が聞こえてきた。
『一夏君、何してるの?あ、わかった。浮気がバレるから必死なんだ?』
「―――!!」
『楯無……お前なあ……』
女性の声のあとで何やらため息混じりの呆れた声が聞こえたが、そんなことは関係ない。一夏の対応と今の声を照らし合わせた上の判決―――死刑。
怒りのままに紅椿を起動。その装備である日本刀で、ドアを両断した。
「のわあああああ!?」
「一夏……覚悟はいいな?」
「やれやれ。チャージ音の聞こえるレールカノンより
これが第一位の理由だ。ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンの最大化力を持つ装備は肩部の大口径レールカノンだろう。人間は切れると、その時自分が持つ最大威力の攻撃を行おうとする。
それがラウラにとってはレールカノンであり、目の前の箒にとっては日本刀での直斬りだ。
チャージ音の聞こえるレールカノンなら、防ぎようはある。だが、なんの拍子の無しにいきなり飛び出す剣は抑えようがない。つまり、こうなったら俺はもう手出ししたくありません。
IS使えば早いだろうが、そこまで展開が早いわけではないので、その道のプロにおまかせします。
「ま、まて箒!誤解だ!!」
「何が誤解か!そこに直れ!成敗してやる!!!」
まさに怒髪天を衝く。そんな怒りに我を忘れてしまったかのような状態の箒に楯無が至って落ち着いた様子で声をかけた。
「まあまあ、落ち着いて。冗談だから」
「…………」
しかし楯無の格好に問題があった。彼女は先程から水着エプロンから格好が変わっていない。そして、正面から見ると思いっきり裸エプロンにしか見えないその姿は、箒に余計な誤解を与える。
ゆっくりと刀を振り上げる箒。
「一夏あ!!」
「な、なんで俺が!?っていうか前にもこんなことがあったような気がするぞ!!」
かろうじて一太刀目を避けた一夏。だが、そのせいで壁際に追い込まれた。周りの椅子とかを盾にと思ったが、IS企画の武器では椅子ごとき、チェーンソーの前のベニヤ板に等しい。
あっさりと彼もろともにバッサリ行かれるだろう。
やれやれと、本を閉じ、箒を止めるべくソファから立ち上がる蘇摩。だが、その前に、彼らに割って入ったのは楯無だった。
「あらあら、直情的ね」
ガギン!と、鈍い音と共に箒の振り下ろした刃は停止した。
楯無しの右手には、丁度箒の刀と一夏の間に入っている大型のランスが握られていた。
「「!?」」
「ごめんねー。今一夏くんを亡きものにされると、お姉さんちょっとだけ困っちゃうなー」
あまりにも一瞬のことで、箒も一夏も驚愕の表情を浮かべる。蘇摩も表情はあまり変わっていないが、やや目が見開いていた。
(すっげー。武器の展開速度はロスとトントンじゃねえか。さすがはロシアの国家代表。実力もあいつらと並んでじゃねえの?)
記録によれば、ロスヴァイセのライフル展開速度は0.12秒。それとほぼ同じ速度で、楯無はランスを呼び出したことになる。ちなみに第2回モンド・クロッソ当時、
織斑千冬の雪片の展開速度は0.04秒。セラスのクレイモア展開速度は0・05秒。本当に当時セラスは織斑千冬以来の天才と呼ばれていた程の実力を持っていた。
格闘部門決勝戦。エネルギー量での判定負けを喫したセラス。おそらくは、第3回モンド・クロッソでは千冬を下すことができたかもしれない。
(……所詮過ぎたことか……)
蘇摩は思考を止め、楯無たちの方へ向き直る。丁度楯無が、箒の持っていた日本刀を弾き飛ばしていた。こちらへ回転しながら飛来する日本刀。蘇摩は目を一瞬細める。
そして、こちらへ飛んでくる日本刀を避けようともせず、逆に半歩前へ出る。そして、左手を前に突き出し、外側へと振り抜いた。
―――パシィ―――
外側に広げられた蘇摩の左手には、先の日本刀が握られていた。回転する日本刀の柄を見切り、刃が床につくかつかないかの丁度柄が上を向く瞬間を見計らって振り抜いた左手で捉えたのだ。
一歩間違えれば大怪我、ヘタをすれば左手が切り飛ばされたかもしれない―――それすら表情を変えずにやってのける蘇摩。最早人の域を超えたような動体視力である。
だが、それを見た者はいなかった。一夏も箒も楯無の行った一瞬でランスを用いて日本刀をはじき飛ばした行為に目を奪われていたからだ。
「勝負アリ、ね♪」
箒は、悔しそうにISを解除する。ニッコリと微笑む楯無は、箒にも、一夏にも優しく格上であることを告げ、そして
「♪」
蘇摩へ顔を向け、ウインクをする。蘇摩はその行為で全てを理解した。彼女が何程の能力を身につけたのか、昔みたいな事あるごとに蘇摩が刀を彼女と誰かの間に入れた、あの時とは全く逆の位置。誰かの間に刃を入れられる立場になったことを。
「……」
蘇摩は彼女を見て、ため息をつきながら僅かに、しかし確かに頬を緩ませた。
(ああ、認めるよ……)
そう心の中で彼女を賞賛し、手に持った日本刀を箒に返すべく、3人の立っている場所へ歩を進めた。
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