インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~   作:鳳慧罵亜

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第24話

「じゃあ、勝負しましょう。俺が負けたら従います」

 

「うん。いいよ」

 

そして俺達は剣道部などが使う道場に来ていた。ちなみに先ほどの言葉のやりとりは、楯無が勝手に一夏を糧に部活に入れることにしたお詫びとして、彼を鍛えてあげる。と言ったのだ。

それを一夏が断り、なぜ、と理由を聞いてきた。それに対しての楯無の回答が「君が無茶苦茶弱いから」。確かにその通りなんだが、彼はそのことが気に入らなかったらしく、勝負をして自分が負けたら従いますと

言ってしまったのだ。

 

忘れもしない。あの時の楯無の表情。4年前と同じ、えげつないいたずらが成功した時の、あの時と同じ笑い方をしていた。

 

ご愁傷様。一夏くん。

 

――――

 

俺と楯無先輩は放課後の畳道場で向かい合っていた。他に来ているのは蘇摩だけで、布仏姉妹は用事があるのだという。蘇摩は畳の上で、靴下のまま壁にもたれかかり腕を組んでいた。

両者とも白胴着に紺袴という日本古来からの武術用のスタイルだ。ちなみに蘇摩は制服のまま。時々欠伸をしている。

 

「さて、勝負の方法だけど、私を床に倒せたら君の勝ち」

 

「え?」

 

「逆に君が続行不能になったら私の勝ちね。それでいいかな」

 

「え、ちょっと・・・・・・それは」

 

それだと先輩がひたすら不利なんじゃ。そう言おうとしたとき、言葉がかぶせられた。

 

「正当なハンデだよ。安心しろ、お前じゃ奇跡が起きても楯無には勝てねえから」

 

言葉を放ったのは蘇摩だった。俺の心境を知ってか知らずか、俺が思ったことに返答するような口ぶりだった。

確かに相手はこの学園で最強の人物かもしれない。俺が勝つのは確かに無謀かもしれない。でもはっきり言われれば言われるほど、ムッとして、ついつい構えてしまう。

箒の道場では、刀が折れたことを想定して素手での古武術も教えていた。その身に染み付いた武芸というものは、錆びることはあっても、朽ちることはない。

 

「いきますよ」

 

「いつでも」

 

楯無先輩は笑顔を崩すことなくたっている。涼し気な笑顔は、彼女が身にまとっている雰囲気と合わせてそのミステリアスさを際立たせる。

 

(まずは小手調べ・・・・・・)

 

まずはセオリー通りにすり足移動。相手の出方を伺いつつ、楯無先輩の腕を取る―――が

 

「残念♪」

 

「!?」

 

一瞬にして返され、畳の上に叩きつけられた。衝撃で息がつまり、強烈な圧迫感と肺にかかる圧力により息が強制的に吐き出される。そして、気づいたときには楯無先輩の指が俺の頚動脈をなぞるように触れてた。

 

「う・・・・・・」

 

「まずは一回」

 

その気になればいつでも殺傷が可能ということを示唆して、彼女は一夏から離れる。

 

(この人、かなり強い・・・・・・!)

 

千冬姉を相手にするくらいの気持ちで行かないと絶対に勝てない相手だと今更ながらに悟る。すると、今度は無闇に相手をするわけには行かない。状況は膠着を迎えた。

 

「・・・・・・」

 

「ん?来ないの?じゃあ私から―――行くよ」

 

どん、といきなり目の前に現れた楯無。これは日本古来からの武術に伝わる奥義の一つ『無拍子』だ。

人間とは、簡単に言えばリズムというもので生きていると言っても過言ではない。たとえばそれは心臓の鼓動であったり、脈動であったり、呼吸であったりと、多岐にわたっている。

つまり『息が合う』というのは、それの肯定であり『肌が合わない』というのはそれの否定だ。

 

そして、そんな律動(リズム)を意図的にずらし、相手の責めを崩す業がある。それを『打ち拍子』という。

 

逆に律動を合わせ、自在に場を支配する業を『当て拍子』という。

 

どちらも日本武術の中でも、かなりの上位技術であるが、それを超える技も存在している。

 

それは、相手に律動を一切感じさせることなく、また自分も相手の律動を感じることなく、律動の間の空白(・・・・・・・)を使う技術。それを『無拍子』と言う。

極めれば、自分の動きを相手が気づいたときには、既にこちらの最大威力を発揮できる間合いに居るという、極めて強力なものだ。

 

ぽん、ぽん、ぽん、と肘、肩、腹に軽く掌打を打ち込まれる。それにより、反射的に各関節が強張ってしまう。その瞬間、両肺へ強烈な双掌打が打ち込まれた。

 

「っっはあ!」

 

肺に与えられた衝撃により強制的に酸素が放出され、一瞬だが、意識が遠のくような感覚に見舞われる。そして

 

「足元注意♪」

 

ズドン!という音と共に背中から思いっきり畳に叩きつけられた。しかも投げ飛ばされる際に指の『貫き』により、関節をやられたらしく軽い麻痺を起こしていた。

軽いとは言え麻痺した関節は力が入らず、まともに動ける気がしない。

 

「これで2回目。まだやる?」

 

襟元一つ、息すら乱さずに笑顔のまま、先輩は俺に聞いてくる。だが、俺だって男だ。簡単に諦めてりはしない。

 

「まだ、やれますよ・・・・・・」

 

だが、そうは言ったものの麻痺が完全に抜けきってないらしく体はしゃんと動かない。

 

気合一発。深く息を吸い込み、吐き出すと同時に全身のバネを使い、一気に跳ね起きた。

 

「ん。頑張る男の子って素敵よ♪」

 

「それはどうも」

 

一連の流れを見ていた蘇摩は、口元に僅かな笑みを浮かべていた。

 

(一夏も思ったよりはやる。だが、今回の相手が悪すぎるな。一夏の動きには古流武術の流れが見て取れる。だけど、道場拳法にしては見上げたものだ。

だが、「更識」は対暗部暗部。その技は全て殺人拳だ。道場拳法と殺人拳じゃ、隔たりが大きすぎるぜ。一夏)

 

蘇摩は一夏へ賞賛を送りながら、今度は盾無のほうへと見やった。

 

(楯無も4年前と比べて見違える程に動きに切れがかかっている。あんときは、実践で使えると思ったら死ぬってレベルだと思っていたが、4年という歳月を無駄にしなかったんだろうな。

RAVEN内でも、Bランクの上位には余裕で入れるぞ)

 

いつの間にか、一夏達の空気はさっきまでとは違い冷え切ってきていた。蘇摩は思考を中断し、二人を見る。どうやら一夏は一発で勝負をつけるつもりのようだな。楯無もそれに気づいているんだろう。

その顔から笑顔が消えている。

 

緊迫した空気が張り詰めていく。その冷え切った空気の中で、互いに必殺の時を待つ。

 

 

 

 

先に動いたのは、一夏の方。

 

 

 

 

迅速な動きで一気に距離を詰める。その動きは、無拍子を静とするなら、まさに動。相手の一拍子目より先に動く。まさに後の先をとった動き。楯無も今までとはまるで違う一夏の速さに驚いたのか

距離を取ろうと半歩下がる。

 

(もらった!!)

 

先輩も、迎撃とばかりに右足の蹴りが凄まじい早さで飛来する。一夏の手が先か、楯無の足刀蹴が先か、まさに刹那の瞬間―――。

 

 

 

バチィ!!!!

 

 

 

パシ、パシ――――

 

 

何かが爆ぜるような音と、互の攻撃が何者かによって捉えられたのは、ほとんど同時だった。俺は驚愕に目を見張った。さっき使った技は篠ノ乃流古武術裏奥義『零拍子』。

相手の律動より先に動く必殺の技。今だって、はっきり言えば、楯無先輩の蹴りより、コンマ数秒で俺の方が早かったはず。なのに、あの一瞬の攻防が見切られたというのだ。

 

先輩の方は大して驚いた様子もなく、ただ嬉しそうに笑顔を浮かべているだけだった。

 

「そこまでだ」

 

言葉を発したのは俺と先輩のあいだに割って入り、俺の腕と楯無先輩の足を捕まえている人物。蘇摩だった。

さっきまで蘇摩がいた場所を見たら、足があったはずの部分の畳が弾け飛んでいる。まるで、強力な圧力が一瞬にして加えられたような、そんな感じの弾け方だった。

 

「無間流歩法奥義―――『縮地』昔より早くなってない?蘇摩」

 

楯無先輩の言葉に蘇摩はしてやられてとばかりに、ため息をついた。そして、ジト目で先輩を睨む。

 

「おまえ、最初から「これ」が目当てだったな」

 

「うん♪まあ、最後の一夏くんの動きは予想外だったけどね」

 

楯無先輩と蘇摩のやりとりの意味は正直わからないが、俺は蘇摩の力の一部を見た気がした。シャル達から、話には聞いていた。まるで本当に消えたみたいだったと。実際にこの目で見ると、

本当に消えたように映った。いや、何も見えなかった。

 

それはさながら、一筋の閃光が如し。そう思えた。

 

「じゃあ、一夏。悪い」

 

「え―――」

 

腹部に走る激痛と衝撃により、俺の視界は一瞬でブラックアウトした。




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