インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~   作:鳳慧罵亜

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蘇摩の過去 Fin

RAVEN.Aビル。セラスの自室は思ったよりスッキリとしていた。彼女の性格がそのままに反映されたように、無駄な家具などは置いておらず、

あるのは下から備え付けてあるベッドにテーブル、イスにソファ。テレビに冷蔵庫にキッチン。そして、彼女の私物であろう本に鏡台だ。

 

鏡台が置いてあるのは、まあ彼女も年相応の女子ということだろう。彼女の部屋に入るのは初めてだったが、想像より目立ったものが少ないな。

 

「い、いま。茶を淹れてくるから、そこらへんに寛いでいてくれ」

 

「あ、ああ。サンキュな」

 

彼女がキッチンに立つ。俺は適当にソファに座らっせてもらった。ソファの向かい側にあるテレビとその隣にある本棚。ここから見てもわかるが、

難しい本が並べてある訳でもなく・・・・・・へぇ、ミステリが好きなのか。

 

ソファから立ち上がり、適当に目に付いた本に手を取る。なかなかに有名な著者、アガサ・クリスティの代表作『ABC殺人事件』。エルキュール・ポアロが主人公の

本格ミステリ作品。一度読んだことがある、なかなかに面白いというか、複雑で入り込めるものだった。

 

「はいったぞ」

 

セラスが盆に載せたティーカップとポットを運んできた。俺は本を棚に戻し、ソファに向かう。座った頃には、既に紅色の茶が入ったカップが

差し出されていた。

 

「サンキュ」

 

カップに手を取り、口に運ぶ。ちょうどいい温度で飲みやすい。口に広がる香りが良い。

 

「どうだ?」

 

「美味いな」

 

やや不安げに聞いてくるセラス。おそらく日本人の俺の口に合うかが、不安だったのだろう。だが、かなり美味しい。香りも味も今までで一番うまい紅茶だった。

そして、俺の言葉を聞いて安心したのか嬉しかったのか、少し顔を綻ばせて「そうか」と言った。

 

 

紅茶の淹れ方には自信があった。ただ、日本人である蘇摩の口に合うかは、わからない。そういった所で、少し不安になる。だが、あいつは気に入ったようで、

美味い、と言ってくれた。その表情に嘘はない。目を見ればわかる。蘇摩の考えることも、その顔を見ればなんとなく、分かる。

 

「そうか」

 

正直、嬉しかった。今まで何人かに紅茶を馳走したことはある。だが、ここまで嬉しいのは初めてだった。・・・・・・でも、本題はそれじゃない。試合後にロスヴァイセに言われた一言、

それが私の脳内に残響する。

 

意を決して、私は重い唇を開いた。

 

「そ、その・・・・・・だな」

 

「ん・・・・・・」

 

蘇摩はカップをテーブルに置く。その動作一つにも、何だか私たちのような上品な、というものとはまた違った気品が感じられる。それは、絶対的な強者の雰囲気にほかならない。

私の口は、自分の。そして蘇摩の感情に対して、決定的な確証を得るための言葉を紡いだ。

 

「お前は・・・・・・私のことを、どう想っている?」

 

 

 

――――

 

 

 

「お前は・・・・・・私のことを、どう想っている?」

 

蘇摩の脳に反響したその言葉は、彼に少なからず衝撃を与えた。蘇摩だって鈍感でもなければ、馬鹿でもない。セラスの言葉の意味を理解した彼は言葉に詰まる。彼がこれまで感じていた

彼女への感情、気持ち。それが走馬灯のように脳裏に流れてゆく。

 

―――俺は・・・・・・

 

「私は・・・・・・お前が、好きだ」

 

「・・・・・・!」

 

蘇摩はその固まった思考をセラスの言葉で、かき消された。そこから、セラスの独白のような言葉が続いていった。

 

「私は・・・・・・多分、あの時、お前と任務に出たあの日、お前に抱きしめられた時、お前を好いたのかもしれない。お前と、剣を交え、ともに戦場を駆けて行って・・・・・・解らなかった。

戦ってばかりで、感情が精錬されすぎたんだ。戦うために、だから・・・・・・」

 

蘇摩は言葉が出てこない。彼女の独白を聴くに連れて、彼も自分の内に渦巻く感情が不確かなものから、徐々にはっきりとした形になっていくのを感じた。それが何なのか、もはや

考えるまでもない。

 

脳裏に映るのはセラスの顔。目の前にいる自分と反対の様で似ており、互いに現実主義のようで、理想主義、違う哲学で動いているようで、根底は同じもの。コインの表と裏。でも、

どこが表でどこが裏?そうだ。そんなもの合ってないようなもの。二人は反対だけど、限りなく似ていた。

 

そうだ、俺もあの時から・・・・・・

 

ならば、答える言葉は一つのみ。唇が乾いて、重い。それでも言わなけゃ、なにも始まらない。

 

「俺も、お前が好きだ」

 

 

私はその言葉を、聞きながら、どこか空耳のようにも感じた。でも確かに、耳に残響している蘇摩の言葉。そうか、お互い自分の感情に気づかなかったから、何もわからないままだったのか。

でも、やはり、ロスヴァイセに言われたからだが、確認してよかった。聞く前は不安もあった。でも、今は良かったと思う。お互いの気持ちをしれたのだから。

 

「・・・・・・そうか」

 

蘇摩の顔を見る。頬を少し染め、バツの悪そうな顔をしている。相当今の言葉が恥ずかしかったのだろう。でも、後悔した様子はなかった。私も、後悔はない。今は、ただこの感情を

どうするかを考える。そして、答えはすぐに見つかった。

 

「そ、その・・・・・・これから、少し関係が変わるかもしれんが、よろしく、頼む」

 

いまはそう言葉にするだけだった。蘇摩ははあ、とため息をつき、困ったような微笑みを向けた。彼が微笑んだのは初めて見た。なんだ、すごく、穏やかで、優しい顔じゃないか。

 

「ああ、こちらこそ宜しくな。セラス」

 

今はこれでいいんだろうな。ったく、らしくないな。だが、こんな日も悪くない。

 

「んっ」

 

「んむ!?」

 

突然、唇が塞がれた。目を見開いとれの瞳に映ったのは、エメラルドブルーの瞳に映る、俺の瞳。漆黒の輝きは驚きに見開いていた。数瞬の刹那。ただ唇を合わせるだけのキスだった。

だけど二人には、その数瞬がまるで時間が止まったように長い時に感じられた。

 

「ん・・・・・・はぁ」

 

唇を離したセラス。その頬は、おそらく俺以上に朱に染まっている。

 

「・・・・・・事故、と言う事にしておいて欲しい。私の気持ちの表しだ」

 

それは、二人にとって、互の感情が強く互いに刻まれた瞬間であった。

 

 

――――

 

 

二人が互の感情を知ったあの日から半月。二人の関係は劇的に変わったわけではなかった。ただ、お互い少し距離が縮んでいた。歩くとき、座るとき、会話をするとき、食事の時、

その他の二人で行動をしているときは少しだけお互いの距離が縮んでいた。ただそれだけのように見える。

 

見る人が見れば、関係が少し変化していることはわかった。特にイツァムとロスヴァイセから見れば、お互いの気持ちが通じ合っていることが丸分かりであった。そして、

あの日以降、ロスヴァイセは少々消沈しているようだった。逆にイツァムは蘇摩たちから、何があったのかと根掘り葉掘りを聞きまわる毎日。

 

そして、彼らはいつもどおり、二人で任務に出たのだった。

 

任務は何かの因果が働いているのか、またしてもイスラエル。今度は反政府の過激派組織の一掃。言い方が変わっているが、要は「こいつら邪魔だから殲滅しろ」と言う、

いつもどおりの内容だった。依頼主は無論ポール。

 

任務開始。お互い、始めは別行動。そして、あるルートで合流し、そのまま残党を殲滅していくという、普段通りの進行だった。そう、いつもどおりのもはやただの作業とかしていた任務だった。

 

甘かった。と言えばそれまでだ。だが、この時は誰もが予想打にしていなかった。あいつも、俺も奴らも、すべてが。

 

「こちらRAVEN。敵戦力の殲滅を確認。任務完了と判断し、帰投する」

 

セラスが、軍本部に連絡をする。俺は、刃に付いた血を、剣を払うことで、振り落とし、右手に持っている鞘に収める。

 

「蘇摩。帰るぞ」

 

セラスは連絡が終わったのか、インカムから手を離していた。蘇摩は、「OK」と言い。セラスの隣に立つ。ふたり揃って足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

                      銃声

 

 

 

 

 

 

 

 

崩れ落ちる音がした。

 

 

俺は隣を見た。そこには、崩れ落ち、うつ伏せに倒れる彼女の姿があった。

 

瞬時にあたりを見渡す。そこに死んだと思っていたイスラム過激派の残党が、銃を片手でもっていた。そして、こちらに標準を向けなおす。そして、引き金を絞った。

考えるより先に、体が反応する。一瞬で加速した知覚は、ライフル弾をも、スローモーションに見せる。それを見ながら(・・・・)躱し、一瞬で距離を詰める。

 

「しねええええ!!」

 

一閃。

 

おそらく、死にかけていたあの男は、何が起きたのかすらわからず、おそらく自分が引き金を引いたところまでしかわからないままに、死んだだろう。蘇摩はセラスへと駆け寄る。

胸部の中心に、穴があいていた。その穴からは焦げ臭い匂いがする。だが、そんなものは今の彼にはどうでもいいことだった。

 

「セラス!!セラス!!!」

 

抱き起こし、必死に彼女の名前を呼ぶ。セラスは、蘇摩の顔を見て、安心したのか、唇を緩めた。

 

「よかった・・・・・・おまえ、は無事だったか・・・・・・」

 

「んなこたァどうでもいいんだよ!おい、死ぬんじゃねえ!!」

 

蘇摩は懇願するも、もはや無意味なことは知っていた。彼女も理解しているようで蘇摩の懇願に答えずに、自分の思いを話していく。

 

「前から、見ていた。傷だらけで、血みどろに・・・・・・なっている、お前を」

 

「セラス・・・・・・」

 

「それが何を意味するのか。ようやく、わかっ・・・・・・た。お前はどれだけの傷を、心に、おったんだろうな・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

蘇摩は答えない。でも、それが彼女にとって、一番の回答になったのか、微笑みながら、言葉を紡いだ。

 

「お前は、どうしようも、なく、ボロボロだ・・・・・・。なのに、さらに傷を・・・・・・増やして、いく。でも、お前のそんな『強さ』に、私は心奪われたのだな・・・・・・」

 

荒い息で、言葉と途切れ途切れになっている。でも、それでも彼女の言葉は彼に、彼の耳に反響していた」

 

「セラ、ス・・・・・・」

 

蘇摩の視界が、悪くなる。目頭が熱くなり、目を開けるのが辛い。それを見たセラスは、笑いながら言った。

 

「はは、らしく、ないな・・・・・・おまえが、泣くなんて、初めて見た・・・・・・よ」

 

「ばかいえ、おれ、が。泣くわ・・・・・・け・・・・・・っ」

 

そういうも説得力のないことは、理解できていた。セラスは、最後の力で、彼に一番伝えたかったことを、伝えた。

 

「お前を、愛してる」

 

力を振り絞り、顔を近づける。蘇摩はその彼女の頭を抱き、彼女の最後の願いを叶えた。

 

「ん・・・・・・」

 

唇を合わせる。それだけのキス。それが、彼女にとって、最高で、最後の悦楽となった。

 

彼の服を掴む力が弱くなっていく。そして・・・・・・

 

 

―――――――――パタン

 

 

彼女の腕が、力なく地に落ちた。

 

唇を離した蘇摩。最後の彼女の顔は、この上なく、幸せそうな微笑みだった。

 

ポタ・・・・・・ポタ・・・・・・。

 

彼女の服に、雫が落ちる。これは、涙・・・・・・なのか。初めてだ。俺が、『蘇摩・ラーズグリーズ』が流した、初めての涙だった。

 

彼女の亡骸を抱いて、歩き出す蘇摩。この時、彼は気づいてなかった。セラスの体から、一滴の血も流れていないこと(・・・・・・・・・・・・・)

 

そして、あの時過激派の残党が撃った銃弾は、彼女とは全く離れた、無関係の位置に銃痕を残していたことを(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)




感想、意見、評価、お待ちしています。


ようやく、過去編が終わりました。いや~長かった。
数えてみたところ、この話を入れた全22話の内、8話が過去編という・・・・・・。(^^;

そして、要やく終わったと思ったら、本編全く進んでねえじゃねえか!!という事実が。
ええ、これから本編を書き上げて投稿していきますので、これからもよろしくお願いします

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