インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~ 作:鳳慧罵亜
ARK本社ビル地下。
実際の戦場を想定された闘技場がいくつもあるこの施設。今回はその中で、一番ポピュラーな廃墟地が選定された。
瓦礫や廃ビルのオブジェなどが建てられ、シンプルな環境だが、最も自分の技量を試されるところである。
現在ランクA-9。サー・マロウスクはこれから始まる戦闘に対して、自分にとって都合のいい考えをしていた。
(ランクは私と1違い……だが、所詮はBランク。しかもたかが男だ。何ができるわけでもあるまい)
彼女は典型的な女尊男卑の思想を持っていた。彼女はこれまで女性でありながら幾多の戦場を渡り歩き、生き残ってきた。そして、今はISの適性が認められ、今や彼女は
イタリアの代表候補生となっている。まさに順風満帆。そして、そのあいだに幾多の男を蹴をとしてきた。そんな彼女はISが生まれる前から女尊男卑の思考を持ち、
ISが現れてからはその思想が強かった。
実力もAランクにあった相応のものでもある。そんな彼女はたとえ自分とランクが1しか違わない者でも、俺が男だったため、いつものように見下した態度をとっていた。
「さあて、と」
彼女の目の前に現れた人物。蘇摩は、いつもと変わらない、軽い調子で、闘技場に上る。だが、その雰囲気が普通ではないことに闘技場の誰もが思った。ただ一人……サー・マロウスクを除いては。
彼女は、自分が前にいるのに、臆するどころか、その顔に挑発的な笑さえ浮かべていた。男の癖に自分に怯まない。その事実が、彼女を苛立てせる。
「ふん、男風情が……。幹部も何を思ったのか。まあ、精々簡単に殺されぬようあがくんだな」
いらだちを抑えて放った言葉。だが、今まで出会った男とは違い、その言葉をなんとも思っていないのか、目の前の男はこう返してきた。
「悪いが。小物の戯言に興味はないんでね」
その言葉に、今度こそ彼女は切れた。試合開始のカウントダウンが始まる。
片や怒りと屈辱に満ちた顔で、相手を睨みつける。
片やその顔に笑みを浮かべながらも、その眼は獲物を狙う虎のように研ぎ澄まされている。
―――GO
模擬戦。開始。
――――
開始直後。サーは左手に拳銃を抜き、発射した。グロックC18と呼ばれる拳銃は、拳銃でのフルオート射撃が可能な設計である。それは
拳銃として、破格の攻撃力を与えたが、代償として、両手でも御しきれないほどの
だが、彼女は反動をうまく受け流し、片手でも難なくフルオートの射撃を繰り出す。だが、蘇摩はそれを横にダッシュして避けると、コートの懐から拳銃を取り出し、発泡。
9mm口径特有の軽い乾いた発泡音と共に、弾丸が飛来する。だが、サーはそれを紙一重で避け、右手にサブマシンガンを取り出す。
「ふん。少しは使えるようだな。だが、これならどうだ?」
サブマシンガンとフルオート拳銃の同時射撃。蘇摩はそれを素早く弧を描くように走り、避けながら接近を試みるが、RAVENのAランクは其処らの雑魚とはわけが違う。
「雑魚が」
サーは足を振り上げる。瞬間。ズボンの裾からナイフが飛び出てきた。蘇摩は其れを紙一重で避けるが、同時に集中射撃が襲ってくる。
「チッ」
舌打ちをして、蘇摩はバックステップを取る。距離が少し離れた。
「男風情が……教えてやるよ。格ってやつを」
サーは再び2丁の銃を構える。まだ、戦闘は始まったばかりだ。
――――
闘技場、観客席。ARK内の闘技場には、すべて観客席が設けられており、ここで行われる戦闘は、すべてのRAVENが見れるようになっている。
理由は単純。彼らの娯楽である。
生き死にの戦場で生きている彼らにとってはこのアリーナ戦こそ、最大の娯楽とかしているのであった。
現在観客はARK内にいた全RAVENおよそ122名。そして、その観客の中、試合が最もよく見える場所に彼女等はいた。
一人は銀髪のショートヘアの女性。
一人は長身で茶髪のウェーブがかかっている女性。
一人はブロンドの長髪を、一つにまとめている少女
それぞれ上からランクA-3ロスヴァイセ・ヴィンヤード。ランクA-2イツァム・ナー。
そして、ランクA-1セラス・ヴィル・ランドグリーズ。
RAVEN最強の3人が、この場にいた。目的はもちろんこの模擬戦である。今、10年ぶりの男性のAランクが誕生するかもしれない試合に興味を惹かれたのだ。一人を除いて。
「ねえ、どっちが勝つと思う?」
イツァムが、一人でに質問する。その質問に応えたのは、ロスヴァイセだった。
「聞くまでもないだろう。サーの勝ちだ」
ロスヴァイセはあくまでも格上のサーが勝つと断言した。それはAランクとしての矜持なのだろう。AランクはRAVENの象徴であり、最強の傭兵でもある。
それがたとえ1違いでも覆されることはあってはならないと、彼女はそう考える。
模擬戦は、サーが押しているように見えた。2丁のサブマシンガンと、ハンドガンによる射撃に、蘇摩は避け続ける一方である。このまま、彼女の弾丸の餌食になるのは
時間の模代だろうと思われた。だが、ロスヴァイセの意見に反論をしたものがいる。
「違うな。勝つのは蘇摩だ」
セラスであった。彼と共同した彼女ならわかる。今、蘇摩は全く本気ではないことに」
「何?」
「へえ」
その反論にロスヴァイセが眉をひそめ、イツァムは面白そうに声を上げた。ロスヴァイセが、セラスに聞く。
「それはAランクが、BIランクに負けると言っているのか?セラス」
ロスヴァイセの押し殺すような声に、セラスはどこ吹く風といったように言葉を返した。
「お前は知らなだけさロスヴァイセ。あいつの実力を。だからそんなことが言える」
「それでは、この状況は何だ?現状、押しているのはサーだ。あのままでは奴の銃弾があの男を捉えるのも時間の問題だぞ」
ロスヴァイセの言葉にセラスは口角を上げた。その時だった。イツァムが声を上げた。
「ねえ、ロス。おかしくない?」
「何?」
イツァムが指を向けた。その先は対戦者同士が大きく映し出されているミニターだった。そこにはいつになく苛立ちを前に出しているサーと、それに反して、
笑みを浮かべる蘇摩があった。
――――
「ええい。なぜだ!何故当たらない!!」
サーはいらだちに言葉を吐き捨てる。そうだ、既に自分の周りには無数の空の薬莢が散らばっている。拳銃とサブマシンガンには改造した100連装ドラムマガジンを使っているが、
それも既に3つめに突入していた。ストックはあと1つ。それが尽きれば、あとはナイフだけでの戦闘になる。
「悪いな。まるで
「貴様ああああ!!!」
サーが再び足を振り上げた。裾から飛び出てきたナイフ。だが、蘇摩はそれを拳銃で弾く。
「フッ。『教えてやるよ。格ってやつを』」
先ほどのサーと同じセリフ。サーはさらに逆上し、弾を吐き出す。だが、その一発もが、彼には当たらない。
弄ばれている。そんな感覚にサーは襲われる。その証拠に奴は息切れのひとつ起こしていない。そして、何より今まで見下していた男という存在に、ここまでいいようにあしらわれている
それが彼女をさらに怒りへ駆り立てていく。まさにふの悪循環であった。
――――
「『ドミナント』説……」
ARK本ビル上層。幹部専用に充てがわれたフロアの一室に彼はある論文を読んせいた。
かつて、ある科学者により提唱された「先天的な戦闘適応者」。過去、歴史を振り返るとそこには必ず伝説と呼ばれるような猛者がいる。
本多忠勝。ハンス・ウルリッヒ・ルーデル。シモ・ヘイへ。舩坂弘。エーリヒ・ハルトマン。東郷平八郎。etc、etc……それらの人物たちも皆、ドミナントという、存在だと解かれていた。
だが、そのあまりにも眉唾なものに、誰もが振り返ることはなく。それは忘れ去られた過去のものと化していた。だが、今この人類にはそのドミナントこそが必要なのかもしれん。
世界を変えるため、この世界を未来へ受け継がせるために。
「だから、私は選ぶのだ。この世界の……」
彼は論文を閉じた。同時に、太陽が雲に覆われる。
――――
「ああああああ!私がこんな!何故……なぜだ!?」
この戦いに、決着の時が近づきつつあった。もはや最初の立場は反転。今は蘇摩が手動を握り、サーを追い詰める。既に銃は弾が切れ、もはやナイフのみでの戦闘。対する蘇摩は、
黒いつばと鞘を持つ鍔なしの直刀。もはや勝負は見えていた。
「くそが!私が、この私が、貴様なぞにいいい!!!」
ナイフを構え、突撃するサー。対する蘇摩は動こうとしない。サーは蘇摩の行動に疑問すら沸くことはなかった。それほどまでに、彼女は冷静さを欠いていたのだ。
ナイフが蘇摩の首元へと突き刺さる。サーは広角を釣り上げた。殺った。彼女は確信する。
だが、そのナイフは空を切った。
「な!?」
言うが早いか、既にサーの首元に、刀の特有な波紋を持つ刃があてがわれていた。少しでも横にずらせば、彼女の頚動脈をたやすく掻き切るだろう。決着は、今付いた。
ビ―――――
戦闘終了のブザーが響く。そして、モニターには蘇摩の勝利を知らせる文字が出ていた。
『そこまでだ』
周りがしんと静まる中で、幹部のアナウンスが流れた。
『認めよう、君の力を』
サーが、全観客が、ロスヴァイセが、イツァムが、彼女らすら驚愕のあまりに立ち上がる。その中で、ただ3人、口元に笑みを浮かべている。
―――これで一歩。
―――流石だよ。お前は
―――これで、『証明』されたか
『本日を持って、蘇摩・ラーズグリーズをランクA-9として承認する』
舞台の幕が、今開かれた―――
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