インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~   作:鳳慧罵亜

14 / 116
想い

蘇摩は授業中にも拘わらず、廊下を歩いていた。目的地は3階のある一室。目的地についたところで、一応札を見て確認を取る。

 

(ここであってるな)

 

2回、扉をノックする。「どうぞ」と女子の声が聞こえてきた。

 

「失礼します」

 

そう言って扉を開けてはいる。札には『生徒会室』と明記されていた。

 

「さ、適当に座っていいわよ」

 

「はいはい」

 

そう言って手近な椅子を引っ張り。椅子にしかれている座布団のようなものを取り除いた上で、ゆっくりと座る。・・・・・・よし、椅子自体に仕掛けは無し。

 

その行動を見ていた、蘇摩の前にいる人物、更識楯無は唇を尖らせ、ぶーぶーと文句を言い始めた。

 

「なによ~。お姉さんのお気遣いを素直に受け取れないわけ?」

 

蘇摩は呆れ顔になって溜息をついた。

 

「この座布団が普通の座布団なら、俺も普通に座ったろうさ」

 

そう言い、例の座布団に軽くパンチする。するとまるで屁をこいたような音が座布団から漏れ出した。俗に言うブーブークッションだ。

 

楯無はちぇ~、とつまらなそうに椅子から立ち上がり、流し台に向かっていった。

 

「それで、一体どういうつもりなんだ?楯無」

 

蘇摩は呆れたような怒ったような声を出した。縦無はティーカップに紅茶を注ぎながら、今回の件についての説明をはじめる。

 

「えっとね、一夏くんが部活に入っていないのをいろんな部から苦情が殺到しててね、それで学園と生徒会としてはどこかの部に入部させないといけなくなったのよ」

 

なるほど、随分もっともな理由だな。まあ、彼女の口調と顔からしてその事情に裏はないだろう。

 

「でも、一夏くんが部活に入っちゃったら、蘇摩が何かと不都合があると思って、一夏くんは生徒会に入ってもらうことにしたわ」

 

「は?」

 

(おいおい、投票決戦なんだろ?それでどうやって生徒会にはいらせるつもりだよ)

 

そんな俺の思考を読んでか読まずか、楯無はニンマリと笑を浮かべた。それは4年前と同じ、いたずらを思いついた時の、蘇摩にとっては、

嫌な思い出しかない悪魔のような笑顔だった。

 

「うふふ♪もう策は練ってあるの」

 

楯無の『策』を聞いた蘇摩は、呆れてものも言えなくなった。なんともまあ、えげつないものを考えるものだ。

 

「詐欺だろ」

 

「あら♪嘘も方便って昔から言うじゃない。別にそれに騙しているつもりはないわよ♪」

 

「・・・・・・」

 

だめだこいつ。早く何とかできねえ・・・・・・。

 

「まあ、その話は置いといて・・・・・・」

 

楯無は、椅子から立ち上がり、ゆっくりとした動きで蘇摩に近寄った。

 

「・・・・・・やっと、二人きりになれたんだし」

 

「おい・・・・・・楯無・・・・・・」

 

蘇摩が椅子から立ち上がる前に、楯無は彼に距離を詰める。そして、抱きついた。

 

「会いたかった・・・・・・」

 

楯無の声は弱々しく、今にも泣きそうな響きがあった。蘇摩は、何も言わなかった。何も言えなかった。

 

「あの日から、ずっと探し続けた。蘇摩がいなくなったあとすぐに、更識の当主になった。約束したじゃない。当主継承式、一番前で見てくれるって・・・・・・っ」

 

楯無の涙声えを聞いた蘇摩は、毒気を抜かれた気分になった。それと同時に体温が引いていくような感覚に見舞われる。楯無のことを忘れた日なない。と言えば完全に嘘だ。あの時以来、蘇摩は自身の目的のため、過酷な戦場へと赴くことが増えていた。そして、彼女のことを思い出すたびに懐かしさと、後ろめたさが彼を襲う。だから、なるべく思い出さないようにしていた。そして、4年間の月日が流れていた。

 

そして、4年目のあの日、楯無はあの日の約束を胸に俺を探し当て、この学園に俺を呼んだのだ。驚いた。彼女が俺をずっと覚えていてくれていたことに。

同時にまた後ろめたさが蘇った。彼女を忘れようといていた自分を想ってくれた事に。

 

胸が締め付けられるような痛みが走る。そして、自分がイツァムに言った言葉が、跳ね返ってくるような感覚に襲われた。

 

――4年前から、ずっと俺を想ってくれている奴がいるのに、そいつの想いからずっと逃げ続ける始末――

 

蘇摩は心のどこかでは、既に彼女(楯無)の想いを受け止めたいと思っていた。それでも、そう思うと何度も脳内に見せ付けられるように浮かぶ、あの日の光景。

 

――――――

 

――銃声

 

――振り向いた自分

 

――膝を崩し、倒れる金髪の女性

 

――彼女の胸に空いた小さな穴

 

――抱きかかえる

 

――最期の言葉を紡ぐ彼女

 

「●◆△■▽○◆○▲」

 

銃声と爆音のノイズが走る。だが、彼女の声は嫌に頭蓋に反響した。

 

――――――

 

あの日以来、誰かと深く関わることが怖くなった。友人としてでなら、その死は受け止め切れる。だが、それ以上の関わりを持つと、それだけでその死を受け止めるのが怖くて仕方がなくなる。

そして、自分が思っていたよりも、強く、弱いということを知った。

 

正直に言おう。俺はあいつが好きだった。あの金髪の俺とは全く正反対の、あいつのことが。

 

眩しかった。俺とは違うものの見方をできるアイツが。

 

惹かれた。どうしようもなく、アイツの隣に居たいと思っていた。

 

だから、まだ、目の前で泣きながらにも、自分を思ってくれる人を抱きしめることができない。

そうだ、ごくありふれた小さい悲劇程度で、人は簡単に崩れ落ちる。たとえ幾日も血の海に立っている化物のような人間も、心は16歳の人間だった。

自身は同じ思いを何人にもさせたというのに、自分が同じ思いをすると、こんなにも脆くなる。自分勝手なクズだった。

 

「まだ・・・・・・ダメ・・・・・・?」

 

だから、まだコイツの想いは『受け取りたくない』。自分勝手なわがまま。でも仕方ないじゃないか。おれは、一人のクズみたいな人間なんだから。

蘇摩は答えない。でも、それに答えを見た楯無。彼女は「そう」と言って、彼からゆっくりと首に回した手を離してゆく。

 

「・・・・・・なんで・・・・・・っ」

 

「え・・・・・・?」

 

楯無は目を見開いた。そこには彼女が初めて見た光景があった。

 

顔を伏せる蘇摩。その頬から顎へと伝い、雫となって床に落ちる。そう、蘇摩・ラーズグリーズは、泣いていた。。自身の記憶の続く限り、『蘇摩・ラーズグリーズ』が生まれて3度目の涙。

 

楯無は自分が夢を見ている気分に襲われた。4年前、どんな苦痛にも顔に出すこそすれ、涙を一度も見たことはなかった。その彼が、いま、ここで、泣いている。

楯無は、困惑することすらできずに、ただ呆然とその光景を見ていた。

 

「セラスといい・・・・・・お前といい・・・・・・っ」

 

「蘇摩・・・・・・」

 

蘇摩は感情が爆発しそうになるのを必死に抑えた。でなければ自分が『なにか』を言ってしまう。後戻りのきかない、『なにか』を。

それでも、口は止まりそうになかった。

 

「なんで・・・・・・何も言わないのに、俺を理解できるんだよ・・・・・・優しく、できるんだよ!!」

 

怒鳴ってしまった。感情があふれてくる。爆発しないようにするのが精一杯で、溢れてくる感情は抑えられなかった。あまり変わらないものだ。

でも、爆発させてしまうと、本当に、後戻りができなくなりそうで怖い。だから、それだけはダメだ。抑える。

 

多少漏れても仕方がない。小を流してでも、大だけは絶対に流してはならない。

 

楯無は、微笑んだ。微笑んで、その言葉を口にした。

 

「貴方は、もうズタズタじゃない。それでも戦って、戦って既に傷だらけだから、傷が1つ2つ増えたところで、関係ないって思ってる。でも、それが貴方の『強さ』。私はそんなあなたの強さが、好きなの」

 

「っ!?」

 

―――

 

「お前は、どうしようもなくボロボロだ。なのにさらに傷を増やしていく。でも、お前のそんな『強さ』に、私は心奪われたのだな・・・・・・」

 

―――

 

(そうかよ・・・・・・お前も、コイツも、同じだってのか。同じ部分を・・・・・・見たのかよ)

 

「だったら・・・・・・」

 

「蘇摩・・・・・・」

 

蘇摩は左腕で涙を拭う。そして顔を上げた。泣いて、充血した目。でも、その瞳の日本人離れした黒い輝きは、損なうことはない。

 

「おまえも、あいつと同じことを言うんだったら、あいつより、生きてみせろよ。どんな手を使ってでも生きてみせろ。じゃなきゃ、俺は受け取れねえよ」

 

蘇摩の言葉。楯無は扇子を広げた。満願成就の字が書かれている。何時もより少し歪な字だ。蘇摩は苦笑した。

 

「もう、叶った気でいるのかよ。これからが辛いんだぜ」

 

「あら、私は異能生存体よ?何があったって私を殺すことはできはしないわ♪」

 

二人して、笑いあった。蘇摩は、少し自身の気持ちに踏ん切りがついた気がした。




感想、評価、意見、お待ちしています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。