インフィニット・ストラトス ~力穢れなく、道険し~   作:鳳慧罵亜

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タイヘンっ申し訳ありませんでしたー!!!!

仕事と作成の両立に苦しみスランプ状態に陥っておりまして、今日まで投稿ができませんでした。

ようやく、スランプも治ってきて小説も書けるようになりましたので、仕事となんとか両立しながら作業を再開していきたいと思います。

いままで大変申し訳ありませんでした。



嵐のあとには雲は消え

真っ暗だ。

 

真っ暗だ。

 

真っ暗だ。

 

暗い闇の中にいた。自分がいるのかすらもわからないほどに暗い。

一歩足を踏み出す。踏み出した感覚こそあるものの、本当に自分は足を踏み出したのか、それがわからない。

それでも、自分の感覚を信じて歩き出す。

 

自分が一体どこに向かっているのかすらもわからない、本当に歩いているのかすらも、感覚があるだけで見えないのだから分かりようがない。

そもそも、一体なぜ、自分はこんなところにいるのだろうか。

 

暗い。

 

暗い。

 

暗い。

 

一体、ここはどこなのだろう。

感覚の上だけで歩き、幾許かが経った頃。いや、何も見えないから時間感覚もクソもないのだが、とにかく感覚的にそれくらいが経ってから。

 

ふと、光のようなものが見えた。

すごく儚い、ともすればすぐにでも消えてしまいそうなほどに淡く、弱々しい光。

 

でも、だからこそなのだろうか。

 

この足はその光に向かって、走り出した。

感覚の上だけで言えば、全力で走っている。どうやら自分はきちんと前に進めているようだった。

 

その証拠にさきほど見えた光は徐々に大きくなっていく。

 

「ハッ、ハァっ、ハァッ、ハッ―――」

 

息が切れ始めてきた。でも構わずに走り続ける。光が近づくにつれ、少しづつ、言いようのない不安に襲われはじめた。

 

行くな

 

行くな

 

行くな

 

これ以上進むな。

 

これ以上進めば、お前は必ず後悔する。

 

この光の先には、お前を―――

 

「―――っ―――――――っ!」

 

その不安を押し殺し、ただ走り続けた。

光が近づいてくる。それの比例して膨れ上がる不安、そして恐怖の感情が体を駆け巡る。

 

だが、この光を目指さなければならないと、感情とは別に頭がそう訴えていた。

 

目をそらすな

 

目を閉ざすな

 

それを見ろ

 

 

その両翼に板挟みにされながらも、走り続けた。

走って走って、走って、ついに光の前に到達する。光の目の前で止まり、膝に手をついて中腰になった。

 

肩で息をしている。かなりの距離を走ったようだ。、気がつけば額から汗が流れて呼吸を整えるためにする息が肩でしているのだと感覚が教えてくれる。

 

ようやく呼吸が落ち着き、額の汗を拭う。

 

淡く弱々しい光に、わずかだが体が照らされて、自分の体を初めて視認しできた。

そのことに少し安心し、体を見るために下げていた顔を上げる。

 

光は今にも消えそうなほどに弱く、触れればそれだけで消えそうなほどだった。

 

光に手を伸ばす。触れれば消えそうな光は、しかし触れても以前と消えずに残っている。

 

 

―――瞬間、光は輝きになって、膨れ上がる。そして、体を飲み込んでいく。

 

 

 

「っ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が黒い闇から、白い闇へと変わった。変わったのは色だけで、自分の体を視認できないのには変わりがない。

また感覚だけを頼りに歩くことになるのか。そう思った直後、白い闇は一瞬で掻き消えた。

 

「!?」

 

視界にひろがったのは見覚えのある場所だった。

第4アリーナ。だが、その光景は普段のアリーナとはかけ離れたものだった。

 

無数の砲弾が雨のように飛来し、アリーナを原型もとどめないほどに破壊させていく。壁は崩れ、地面はクレーターだらけになり最早見る影もない。それでもなお雨は止むことなく振り続ける。

 

 

―――雨の切れ目に見えた人影。

 

 

 

腹部に刃が突き刺さり、茫然とした顔で膝をつく幼馴染。そして、その眼前で笑っている自分の姉の顔――――

 

 

―――――そうだ、俺はあいつを―――

 

 

 

 

「箒いいい!!」

 

気がつくと、俺は右手を天井に向けて突き出していた。

その天井には見覚えがある。たしか、この学園の保健室だったはずだ。

 

 

そこまで思考して、俺は保健室のベッドで寝ていたのだと理解した。

 

だが、なぜ俺は保健室にいるのだろうか―――

 

 

『箒いいいいいい!!』

 

 

『まさか貴様が「殺してやる」とはな』

 

 

「っ!!」

 

思わずベッドから起き上がる。ベッドにはカーテンがかかっていて周りが見えないようになっていた。

 

「―――っぅう」

 

鈍い痛みに襲われて腹部を抑える。だが、その痛みが俺に事実を突きつける。

 

そうだ、俺はあの時まどかと戦っていて―――そして、負けたのか。

 

腹部の痛みに顔をしかめていると、カーテンが少し開かれた。

 

「起きたようね。おはよう、一夏君」

 

開いたカーテンから顔を覗かせたのは、保健室の葛城先生だった。彼女は白衣を着てお、りさっきまであのISに乗っていたときの雰囲気とはまるで別人だ。

 

「先生!俺―――っつう・・・・・・!」

 

「無理はしないように。ISの力で傷は回復しているけど、まだ痛みは残っているはずよ」

 

先生はカーテンを開ききって、冷蔵庫からお茶を出した。それを紙コップに注ぎ俺のところまで持ってくる。

 

「とりあえず、喉渇いたでしょう?」

 

そう言って、お茶の入ったコップを差し出す。俺はお礼だけ言ってそれを受け取る。

 

「ありがとう、ございます」

 

お茶を飲む。思った以上に喉は乾いていたようで、あっという間に飲み干してしまった。

 

「篠ノ之さんと更識さんは無事よ。ISの治癒能力で傷はほぼ塞がっているわ。今は別室で寝かせてあるけどしばらくしたら目を覚ますと思う」

 

「そう、ですか・・・・・・よかった」

 

ほっとしたのと同時に、心の奥で怒りが込上がってくる。

その怒りはほかでもない、自分に対してのもの。

 

蘇摩に鍛えられて、強くなった気でいた。蘇摩のおかげで、以前よりはみんなを守れるようになったと、そう思っていた。

 

でも、結果はこのザマ。何も守ることができなかった。

 

拳を握る。爪が食い込むほどに強く握った。

 

「……ちくしょう……」

 

先生は何も言わず、その場を後にした。後に残された俺は、繰り返し同じ言葉を口にしていた。

 

「……ちくしょう……ちく、しょう……っ」

 

強く握り締め、爪が皮を破る痛みなど感じない。自分が刺された傷の痛みなんて初めからない。あるのは単純、己の非力さだけだ。

 

「ちくしょう……ちくしょうっ……!」

 

守ると言ったはずなのに。そのための力をつけてきたはずなのに、まだ遠い。自分の非力さに憎しみすら湧いてくるほどだ。

 

どうして、己は何一つ守れないのだろう。

 

「ちくしょう……ちくしょうっ!!」

 

答えは見つからない。ただ一人で同じことを繰り返すだけだった。

 

――――

 

ラボの中で彼女はモニターを眺めていた。

 

「うーん。やっぱりここにいた。わたしの追跡から逃れるなんて不可能なのだよ!」

 

楽しそうに彼女はモニターを眺めており、その後ろには流れるような銀髪の少女が立っていた。楽しそうにモニターを見つめる彼女を、少女は不安そうに見つめている。

 

「ふん、ふっふー♪、この束さん謹製の無人機127機相手に『あれ』はどこまでやれるかな~」

 

「……」

 

少女はモニターに写る映像を見ながら、微かに震える体を抱きしめるように抱える。

 

『あれ』は危険だ。現在こそ世界にあれと戦えるのはどれほどだろうか。私には想像ができない。

以前見たのは、その力のほんの一片。それだけで、私は思い知らされた。

 

「勝てない」と―――。

 

それを知ってか知らずか、自分の主は一見過剰とも思える戦力を一息に放った。

今回製造されたゴーレムⅣは以前IS学園に送ったⅢの進化型。

 

性能で言えば第4世代ISに迫るほどで、以前よりも更に優秀なAIを内蔵した特別性。それを100機以上も製造し、狙う標的はたったの1人。

その気になれば大陸を征服できるほどの戦力を向けるにしては過剰にも程がある。まるで一匹のアリに戦車で挑むようなものだ。

 

だが、それさえも―――。

 

相変わらず鼻歌を歌いながらモニターに食い入る主越しに、モニターを見つめ直す。

モニターに映っている景色は、絶対零度で作られた氷の空間。

 

 

エベレスト、巨大クレバス深部。

摂氏273.15℃。まさしく永久に溶けることのない絶対零度の空間の中に、その存在はいた。

 

クレバスの内部に入り、3000m地点まで降下したところにあったのは、広い空間だった。

クレバスの切れ目からドーム状に広がった部屋は、明らかに人工的に作られたもの。

 

が、気温は-273℃。それはおよそ生物が生きて存在できる環境ではない。

 

一切の光を許さない凍結された暗闇の中に、無人機は降り立った。

最初の1機が降りると、次々に同じ造形の機体が蟻のように降りてくる。太陽の光の存在しない陸の深海はISのハイパーセンサーにより、自然光がなくても昼間と変わらない空間認識能力を保つことが出来る。そして、その映像は無論ラボにいる創造主、篠ノ之束にリアルタイム送られているのだ。

 

先程から彼女が見ているモニターにはこのISの映像が映し出されていたのだ。

 

全127機

 

そして、それを確認した。

 

 

 

 

 白

 

    金

 

        紅

 

 

 

 

一切の不純を排斥した、氷の白さに全く同化しない程の純白の翼を開き、

深紅と黄金に彩られた荘厳と絢爛たる煌きを放つ肢体を持つその存在は、およそ現世に現れるものではない。

そう、例えるならば天使。機械仕掛けの天使だ。

 

天上から、神の遣いとして地上に降り立つとされるその存在は、最も天に近い地上から3000mの切れ目の中に身を置いていた。

機械仕掛けの天使、音もなく翼を羽ばたかせ宙に留まっているそれを纏うのは、人。

真紅の鎧から覗く陶磁器のような滑らかで白い肌、純金のような光沢を放つブロンドの髪、見る人全てを圧倒する美貌。

閉じた目を開いて、見下ろした先には、無数の機械巨人。

 

その表情は燦然と、無表情でもなければ、喜怒哀楽の何らかの感情を出しているわけでもない、毅然としたものであった。

 

「ふぅ――――」

 

深く履かれた息はこの極低温の世界の中で一瞬にして凍りつき、唇から息とともに放出された水蒸気は白い水滴となり氷となって

氷面におちる。

 

そうして、ただ宙に佇むその姿だけでも圧倒的な存在感と美しさを持つ天上の使者の前に立つのは62機の機械の巨人。

 

『標的確認。戦闘開始』

 

ゴーレムⅣ全127機が同時に無機質な音声を発し、それぞれが個別に動き出す。

天使を囲いながら距離を詰め、5機が天使に大型ブレードを展開し襲いかかる。

 

左右前後上の5方向から迫るブレード。

その隙間を縫うように残りの機体がレーザー砲が発射される。8方を完全に囲むように放たれた攻撃に逃げ場はない。

127機のレーザー砲と5機のブレード、すべてを受けるにはエネルギーがいくらあっても足りず、また躱す隙間もとうになくなっている。

 

そんなぜった絶命の状況の中で、攻撃が天使に届く瞬間天使の表情には―――

 

「―――フ……」

 

―――笑がこぼれていた。

 

――――

 

夜、俺は保健室をあとにして、自室に向かっていた。

時間はすでに9時を回っており、夕食もとっていないが、不思議と空腹はなかった。でも、たとえ空腹だったとしても今の俺にまともに食事が取れるとは思えない。

 

「箒……」

 

ふと立ち止まり、後ろを振り返る。先ほどのことを思い出したのだ。

保健室を出る直前、箒の寝ているベッドを覗いた。

 

箒は寝ていると思い、起こすのも悪いとちょっとカーテンを開けて中を除く程度に見ようと思った俺は、音を立てないようにカーテンをそっと開き、少しだけ開いた隙間からそっと、ベッドを除く。

 

綺麗に布団を首までかぶり呼吸の旅に胸が上下するのが見えるくらいで、容態は安定しているようだった。

 

その姿に安心して、息をつきかけるも、すぐにあの時の光景が脳裏に蘇り、俺を苦しめる。

 

それに、よく見れば輸血用のパックが点滴のように吊るされてあり、彼女がどういう状態だったかを鮮明思い出す。

 

「っっ……!!」

 

思わず奥歯が強く擦り合わされる。言いようのない気持ち悪さがこみ上げてきて、ただ一言が擦り切れる様な声で唇から漏れた。

 

「……ごめん……っ」

 

その言葉を履いた瞬間、この場にいられなくなってカーテンを閉め用としたとき、彼女が俺を引き止めた。

 

「待て……一夏」

 

箒は目が覚めていたようだった。カーテンの隙間から覗く俺を見たらしく、まだ起き上がれない体で右手と顔だけを俺に向けて、手を伸ばす。

俺に向いた顔からは目に涙が溜まり、今にも泣き出しそうな表情をした箒はたった一言、俺に言ったのだ。

 

「すまない」

 

「……箒……?」

 

いま、なんて言った?

 

すまない?いま、すまないていったのか?

 

「すまない……一夏」

 

箒の目から涙が流れ、必死に俺に届かせようと手を伸ばす彼女を俺はどんな表情で見つめていたのだろう。

 

すまないだって?なんでお前がそんな事を言う?

 

「どうして……」

 

そんなことを、お前が言うんだ。お前が言うべき言葉はもっと違うだろう。

もっと、別の……

 

お前は―――

 

「お前を、守れなかった……一夏」

 

その言葉は、俺がするべきでお前が言う言葉じゃない。

 

俺が謝らなければならないのに、なんでお前がいうんだ?

 

どうして?

 

なんで?

 

「―――っ!!」

 

俺は言いようのない罪悪感に駆られ、逃げるようにその場を後にした。

箒が何か言っていたような気がするが聞こえなかった。いや、聞きたくなかった。

 

あのまま聞いていたら、俺が今までやってきたことが、すべて崩壊するような気がしたからだ。

 

「……」

 

気づいたら部屋の前まで付いていた。

ドアを開けて中に入る。無人の部屋にはカーテンのかかっていない窓から月の明りが差し込んでいた。

 

千冬姉達は事件の処理に追われているのだろうか。確かめる気力もないが、漠然とそう思った。

 

ベッドに腰を掛ける余裕もなくとじたドアに背をもたれ、崩れ落ちた。

 

「俺は……」

 

強くなりたいと願った。守りたいと思った。箒やセシリア達、楯無さんに蘇摩にも手伝ってもらって、我武者羅にやってきた。

そして、以前よりは格段に強くなったはずなのに、このざまで。

 

「……ちくしょう……っ」

 

何回も口にした言葉を飽きもせずに繰り返しつぶやくことしかできない。

俺は、どうしたらいいのだろうか。

 

答えは見えてこない。

 

 

 

もし、ここにいるのが俺じゃなくて蘇摩なら、どうしただろう。

 

 

 

などと、ありもしないIF、意味のない仮定が頭をよぎった時だった。

 

―――♪

 

携帯の着信音が無音の部屋に痛いほどに響く。

 

初めは無視しようと思ったが、知らず手が携帯を開いて、通話ボタンを押していた。

そんな自分に若干嫌気がさしたが、開いてしまった以上でなければならない。

 

誰から来たのかの確認もせずに、俺は携帯を耳に当てて、口を開いた。

 

「……もしもし……」

 

『どうやら生きてるか。声を聞く限りだと完膚なきまでにやられたな?』

 

「……蘇摩?」

 

携帯から聞こえたのは、蘇摩だった。少しだけ、こちらの様子を伺うようなトーンで、でもいつもどおりの笑みを浮かべていそうな声が聞こえた。

 

『俺は今カリブ海沖にいるんだが、そっちのことは聞いている。辛うじて生きているようでなによりだ』

 

蘇摩の口ぶりからすると既にここで起きた事件の事を聞いているらしい。そして、俺のことを心配して電話をくれたのだろう。

ややおどけた口調だが、わずかに安堵しているようなため息混じりの声だった。

 

「……守れなかった」

 

『あん?』

 

知らず、口が開いていた。俺はいつの間にか、蘇摩に対して弱音を吐くくらいには信頼を向けていたらしい。

だから、俺が口を開いた先に出た言葉は、誰にも言わないような、弱音だった。

 

「強くなりたいって、蘇摩に手伝ってもらったのに、おれはまた、誰も守れなかった……!本当に、失うところだったっ」

 

『……』

 

「なあ、俺はどうしたらいい!?どうしたらお前みたいに強くなれる!?どうやったらお前みたいな力が手に入るんだ!?」

 

溜め込んだ感情が爆発した。こんなこと、箒にも言わないだろう激しい激情を、俺は電話越しに蘇摩にぶつけたのだ。

蘇摩はそれを黙って受け止めて切れた。だまって、俺の言葉を聞き続けてくれた。

 

「どうすれば、みんなを……まもれるんだ……っ」

 

『それだよ』

 

「っ!?」

 

俺の慟哭に対して俺のことを否定せず、肯定もせず、蘇摩が言ったのは酷く単純で、簡単な『正解』の一言だった。

 

『今までのお前だったらどれだけ技術と経験を積んでも、誰も守れなかっただろうさ。お前に欠けていたのは、2つある』

 

「俺に、欠けていたもの?」

 

電話越しから、蘇摩の笑いが漏れた。まるで、出来の悪い生徒の成長を喜ぶ教師のように。俺というパズルに欠けていたピースを嵌めるように言ったのだ。

 

『一つは今のお前の言葉にある『危機感』。今までにないほどに肌に感じ、直感するその感情が、お前の弱さを強さに変える。そして、もう一つは……』

 

蘇摩は一度言葉を区切った。その間に電話越しのはずなのに、蘇摩が口に笑みを浮かべたような気がして、俺は息を飲んで続きを促した。

 

「……もう一つは?」

 

『これが一番お前に必要だったもの。『殺意』だ』

 

「っ!!」

 

『さっきのお前の慟哭、それに確かに込められた感情。殺意のない攻撃など、いくら強くても意味がない。殺意があるからこそ、その攻撃は自ずと重くなる。ああ、だからって相手を必ず殺せっていうわけじゃない。あくまで殺意があるかないかの問題だ』

 

蘇摩の言葉は、本来ならば忌避するべきものだ。殺意なんてもの、あってはいけないと論理的にはわかる。でも、それ以上に感情と本能が、蘇摩の言葉を受け入れているのがわかった。

 

「俺に足りない2つのもの……それが、危機感と殺意」

 

『そうだ。その2つは戦士が必ず持っている当たり前の気構えとっていい。現に俺との特訓だって、お前は何回も死ぬかと思っていたはずだぜ?』

 

「うっ……」

 

思わず手で首筋を摩る。傷はふさがっているものの、わずかに跡がある切り傷がドクンと脈打つような気配がした。

そうだ。蘇摩との特訓で、何度も蘇摩に殺されかけた記憶がある。蘇摩は決して最後の一手でこちらを殺しはしなかったものの、その攻撃には確かに殺気と気迫が込められていた。

 

それを思い出して、ゴクリと唾を飲み込んだ。その音が聞こえたのか、蘇摩は笑って『思い出したか?』と言った。そして続けて口を開いた。

 

『お前の端末に強化プログラムを送ってやる。俺の最後の餞別だ。次に会う時までには、一人前の戦士になっておけ』

 

「ありがとう蘇摩。なあ―――」

 

『あん?』

 

前から蘇摩に聞きたかったことがひとつあった。それを口にする。

 

「なんで、俺にここまで付き合ってくれるんだ?」

 

『―――』

 

そうだ。蘇摩がここまで俺に付き合って特訓もしてくれて、だから俺はここまで強くなった。

その点には感謝してもしきれない。

 

だが、なぜ蘇摩がここまでしてくれるのか。蘇摩にはここまでする理由がなく利点もない。

俺が強くなっても蘇摩にはほぼ得なんてないのだ。それなのに、こうして学園から別れたあとも俺のことを気にかけてくれて、こうして新しい道を示してくれる。

 

その理由を明らかにしたいとした俺の問いに、蘇摩の返事は何処か懐かしむような、遠い笑いを漏らしたものだった。

 

『今度あったら教えてやる。それまでに強くなれ。じゃあな』

 

「あ、まって―――」

 

ツー、ツー、ツー

 

電話は切られ、その数秒後メッセージ受信の音がなった。メッセージを開くと、『必見!戦士の戦い!!-蘇摩・ラーズグリーズ厳選編-』と厳かな筆文字で銘打ったプログラムが表示された。

 

「強く……戦士に……」

 

俺は夜中、そのプログラムに見入っていた。

 

 

そして、1ヶ月の月日が経ち、後に『IS戦争』と呼ばれることになる第3次世界大戦が起きたのだ。

 

――――

 

エベレスト、クレバス内部

 

暗闇の空間、絶対零度の世界。

生きるもの全てを排除する天然の処刑場のような空間は、仏教に伝わる一つの地獄のようだった。

 

大紅蓮地獄。その極寒にうずくまる人々の背は、凍傷で皮が剥がれ落ち、蓮の花に似た血肉が花開くという。

その地獄を体現したかのような空間、その地面には無数の鋼鉄が散乱していた。

 

所々で炎上したり、火花がちているなにがなんなのかの区別もつかない鉄の塊の海は、

つい先刻前までは無数のISだったものの成れの果ての姿なのだ。

 

そして、その鉄の海の中央に唯一人、明確に形を保った存在がある。

 

周囲を覆う鋼鉄が先頭の激しさを物語っているのに対し、真紅の熾天使は全くの無傷、戦闘が始まる前と何一つ変わらぬ姿でここに立っている。

そう、確実に彼女はここに健在なのだ。

 

「―――――…………」

 

深呼吸を一つ。まるで自分の生を実感し、味わうかのように大きく息を吸い、吐き出す。

 

「――――ああ」

 

口を開いた。そして、まるで初めて喋るかのように、ゆっくりと、噛み締めるように声帯を震わせ、意思を空気の振動にして発する。

 

「―――私は今、生きている」

 

嬉しそうに、悲しそうに、楽しそうに、つまらなそうに、嗤うように啼くように、ただの一言。

その中にはち切れんばかりの激情が言葉になってはきだされた。

それは単に嬉しいとか悲しいとかではなく、真実、喜怒哀楽の感情が混ぜ合わさりその全てを煮て濾したものを凝縮したような、そんな純粋さと混沌さを込めた一言だ。

 

「やはりお前だ」

 

次に放たれた言葉はつい先ほど放たれた一言とはまるで違う、悦の入った、艶やかな声。媚びるようなものではなく、只管思い焦がれる、恋愛を知ったばかりの乙女のような声だった。

 

「私を殺せるのはお前だけだ。ソーマ」

 

その一言とともに、空間の周りの残骸が一斉に爆発する。

氷の密閉空間内で100体以上のISの残骸が一斉に爆発すれば、その結果は火を見るよりも明らかだろう。

 

間も無く空間は激震し、小さい氷の破片かが天上からおちる。

 

『お前も、ここで、シ……』

 

残骸のさらに破片から聴こえてくる人の声。だが、もはやそんな声など彼女には届いていない。

彼女にとっては今まさに崩落しようとする氷壁の空間よりも、自分を殺しに来た天災よりも、自分の求める人を想うほうが、ずっと

重要だから。

 

「お前の腕の中以外でなど私は死なない」

 

胸中の愛を叫ぶような激しさと、想い人に告白するような羞恥が込められた独白は続き、徐々に大きくなる揺れ。巨大な氷の塊が

轟音とともにおちる。

 

そして、とうとう巨大な揺れとともに、空間が崩れ始めた。中は全て埋め尽くされ、後には巨大な氷の塊だけが残る。

 

「私は―――」

 

そして、彼女の独白は崩れゆくクレバスの闇へと消えていった。その真紅の肢体と白い翼とともに。




感想、意見、評価、お待ちしています。

一夏はどんどん蘇摩に近づいていく。次かその次あたりで一夏がどう変わったのかを見せたいと思います。
多分1月上旬に投稿できたらいいなと思っています。


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