骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第9話:エンリ・エモット

 リ・エスティーゼ王国領、城塞都市エ・ランテルの北に広がるトブの大森林。その南端に位置するカルネ村は野盗の襲撃によって悲惨な状態に陥っていた。人口120人のうち生き残ったのは僅か半数。25世帯の内13世帯が断絶したのだ。働き手の多くを失ったこの村の未来は暗い。

 他の王国領とは違い比較的()()()と評されるエ・ランテルだが、税収は確実にこの村を廃村へと追い詰めるだろう。毎年行われる帝国との戦争もまたそれに拍車をかけるに違いなかった。

 

 襲撃の翌日。村人達は心の傷が癒されぬまま復興に努める。村の行く末が暗くとも、今は全て忘れて行動するしかない。

 早朝から復興作業をする村人達の横で、トブの大森林に入る為に準備を進めていたンフィーレアの前にエンリが顔を出す。

 

「ンフィー、ちょっと良いかな」

「エ、エンリ!? どうしたの?」

「うん。昨日助けて貰ったお礼をきちんとしたくて。その、モモンさんに紹介してくれるかな」

「あぁ、分かったよ。じゃあ、付いてきて」

 

 ンフィーレアは皆と準備をしていたモモンガ達の前にエンリを連れていく。準備と言っても少量の食料と多めの水、薬草を入れるバッグを用意するだけなので、モモンガ達は既に準備万端だ。クレマンティーヌだけは肌の露出が多いために、虫除けの香料が入っている小袋で身体をポフポフと軽く叩いている。

 

「モモンさん。少し宜しいですか。エンリが昨日のお礼をしたいと」

「あぁ、はい。大丈夫ですよ」

 

「あの! エンリ・エモットです。昨日は妹共々助けて頂いて、本当にありがとうございます!」

 

 エンリはそう言うと勢い良く頭を下げる。感謝を表すのに頭を下げるという日本人めいた所作に親近感を抱いたモモンガは、その純粋な気持ちを素直に受け取った。両親を失ったばかりで辛いだろうに、こうしてわざわざ感謝を伝えに来た彼女に感心したのだった。

 

「気にしないで下さい。私達は漆黒の剣の皆さんに雇われて居合わせたに過ぎませんから」

 

 それを聞いていたルクルットがやや呆れたように口を挟む。

 

「いやいや、流石に謙遜し過ぎだぜ、モモンさん。居合わせただけって言っても俺たちだけじゃエンリちゃんを助けられなかったし、40人の野盗を相手にするなんて絶対に出来なかった。間違いなくモモンさん達が居たからこの村は助かったんだぜ?」

「その通りなのである。プレートこそ(カッパー)であるが、その活躍はアダマンタイトと遜色ないのである」

 

 ルクルットの言葉に合わせてダインもモモンガ達を称賛する。力量の差を素直に認めており、その目に力への嫉妬も無い。心からそう思っているのだろう。ンフィーレアとニニャも続きそうだったのでモモンガは手で制止して「褒められると恥ずかしい」と言うと、やはり皆呆れたような、それでいて謙虚な姿勢に好感を得た表情でモモンガを見るのだった。

 

 

 

「ンフィー。折り入ってお願いがあるんだけど」

 

 エンリはモモンガ達からンフィーレアに向き直ると、何処か思い詰めた表情で姿勢を改める。

 

「どうしたの?」

「その、薬草の採取に私も雇ってもらえないかな。お父さんが遺してくれた蓄えだけだとこの先不安で……」

 

 両親を失い、幼い妹と二人きりになってしまったエンリはこれからの生活が不安で一杯だった。これがエモット家だけの不幸ならば、気心の知れた住民たちが手助けをしてくれたであろう。しかし、事は村全体の問題だ。人口が半分になり、どの家も家族の誰かを失ったような状態では“他所の家”を手助けする余裕なんてある筈がない。エモット家も畑を所有しているが、エンリひとりで妹の面倒と畑仕事を両立するのは難しいだろう。

 そんな中、薬草の採取に行くンフィーレアたちは、エンリにとって一つの希望だ。冒険者が多く集まるエ・ランテルではポーションの需要が高く、それに比例して材料となる薬草の買取価格も高額。一番価値のある薬草をバッグ一杯に採取出来れば金貨2枚、農夫の2ヶ月分の稼ぎになる。しかし、森は危険だ。エンリひとりでは森の深い所へは当然行けない。ンフィーレア達が居る今が絶好の機会なのだ。

 しかし――

 

「ごめん、エンリ。君を連れていく事は出来ない」

「そ、そんな! お願いよ、ンフィー……」

「モモンさん達の強さに甘える形になるけど、今回の採取はいつもより深い所まで行こうと思っているんだ。下手をすると森の賢王に遭遇するかもしれない。そうなった時、エンリの安全を保障できない。もし万が一が起こったら、ネムはどうするんだい?」

「……」

 

 エンリに何かあればネムは天涯孤独になる。それは分かり切ったことだ。悲痛な表情になるエンリに、ンフィーレアは意を決して口を開く。

 

「状況を考えれば、エンリが焦る気持ちもわかるけど。今回は村で待っていて欲しい。ただ、代りと言っちゃなんだけど、その、僕からもお願いが一つあるんだけど……」

「え?」

「その、大切な話があるから。今夜、時間を空けておいて欲しいんだ」

「う、うん」

 

≪モモン。これってあれだよね。彼、死亡フラグ立ってるよね≫

≪そんなフラグはへし折ってやりますよ≫

 

 ンフィーレアの様子に何かを察したのか、エンリは頬を染めて俯く。

 その様子を微笑ましく見守るダインとニニャ。モモンガとやまいこはどこか眩しそうにしている。そしてルクルットとクレマンティーヌはニヤニヤしていた。

 そこに村長と狩人のような格好をした村人が近づいてくる。

 

「ンフィーレアさん。こんな事をお願いするのは甘えすぎかもしれないが、冒険者を一人村に置いてはくれないだろうか。野盗が報復に来るかもしれないと皆不安がっているんだ。今、村でまともに武器を扱えるのがラッチモンだけなんだ……」

「ここに村中から集めたお金がある。昨日助けて貰った分の報酬も併せて、これでなんとかならないだろうか」

 

 ンフィーレアはラッチモンから受け取った皮袋を確認すると、銀貨50枚と銅貨2000枚ほどが入っている。村中から集めたというのは本当なのだろう。正直なところ命の対価として冒険者へ支払う報酬にしては少なすぎる額ではあるが、これがカルネ村に出せる限界であるのは明らかだ。

 ンフィーレアは困ってしまう。村人達の懸念も理解できるが、ここで戦力を割いてしまっては本来の目的である薬草採取に支障が出るかもしれない。モモンガ達の力は信用しているが、森の南側を200年前から支配している森の賢王の強さが未知数なのだ。

 

 モモンガは話の雲行きが怪しくなってきた事に眉を顰める。出来ればこのまま森へ入り大自然を満喫し、可能なら森の賢王を見てみたかった。村に多少は同情しているが、このままずるずると付き合っていつまで経っても出発できないのは御免被りたかった。

 

(ふむ。静観するつもりだったけど、仕方がないか)

 

「ちょっと宜しいですか? 昨日の野盗は総勢40名、後詰めが居ない事は魔法で聞き出したので間違いありません。しかし、皆さんの不安も理解できますので、ここは特別に私のマジックアイテムで戦力となる者を召喚しようと思います」

「召喚、ですか。それは、モンスターを使役するみたいなものなのでしょうか?」

 

 やや不安そうな村長だがその質問も当然だ。モモンガ達の事は昨日の救出劇で信用はしている。その実力も恐らく英雄級ではと薄々感じてはいるのだ。その彼が召喚するモンスターとは如何ほどのものか。たとえ本人が大丈夫だと言っても恐ろしかったのだ。

 その不安を感じ取ったモモンガは村長達に告げる。

 

「そこまで心配されなくても大丈夫ですよ。……そうですね、お手数ですが広場に村人を集めて貰えますか? 皆の前で実演した方が混乱も少ないだろうし、野生のモンスターでないことが分かれば安心もするでしょう」

「わ、わかりました。すぐに集めます」

 

 復興作業をしていた村人たちは、村の恩人であるモモンガがさらに村の守りを呼び出してくれるということですぐさま広場に集まってきた。人数にして60人強。その表情には昨日の今日で疲れが見て取れるが、命の恩人たるモモンガに向ける眼差しには崇拝や敬愛が入り交じっていた。

 モモンガは通る声で広場に集まった村人に話し始める。

 

「お集まり頂きありがとうございます。皆さんの不安を拭う為にこれからモンスターを召喚しますが驚かないように。エンリ、ここへ」

「えぇ!?」

 

 急に呼ばれたエンリは尻込みしてしまうが、恩人の言葉を無下にする訳にもいかない。おずおずとモモンガに近づくと、小さな角笛を手渡される。

 

「これはゴブリン将軍の角笛と呼ばれるマジックアイテムだ。吹けば小鬼(ゴブリン)が召喚され、お前に従うだろう。さぁ、吹いてみろ」

「は、はい!」

 

 エンリは勇気を出して角笛を吹く。若干緊張していた為か、鳴り響いたのは「プー♪」という玩具のような可愛らしい音だった。エンリは思わず失敗してしまったかと心配したが、広場の村人たちが自分の後ろを見ながら騒めいたのに気が付いた。

 (かく)して小鬼(ゴブリン)達は召喚された。レベル8小鬼(ゴブリン)を12体、レベル10小鬼の弓兵(ゴブリン・アーチャー)を2体、レベル10小鬼の魔法使い(ゴブリン・メイジ)を1体、レベル10小鬼の司祭(ゴブリン・クレリック)を1体、レベル10小鬼の騎兵(ゴブリン・ライダー)(ウルフ)を2体、レベル12小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)を1体という、軍勢と呼ぶにはいささか小規模な全19名の小隊だった。

 

「無事に召喚できたようだな。彼らは(シルバー)級冒険者くらいの実力、のはずだ。その辺の兵士並みには役に立つはずだから村の防御に使うといい」

 

 モモンガは呼び出された小鬼(ゴブリン)達を観察する。呼び出したエンリが怖気づいているせいか、居心地悪そうに辺りをキョロキョロと見まわしている。戦闘の為に呼び出された訳では無いと感じ取り、状況把握に努めているようだ。そして微妙にモモンガを警戒する素振りを見せていた。

 

小鬼(ゴブリン)たちよ。確認だが、お前たちの主人は誰だ?」

 

 その問いに一番体格の良い小鬼(ゴブリン)が答える。

 

「もちろん、そこに居られる召喚主様です」

 

 エンリが小さく息を呑む。

 

「その通りだ。この娘の名前はエンリ・エモット。お前たちの主人だ。そしてその主人にお前たち小鬼(ゴブリン)を召喚するアイテムを与えたのが私、モモンだ」

 

 この短いやり取りで小鬼(ゴブリン)達はこの場の力関係を察したようだった。ここでモモンガはエンリと小鬼(ゴブリン)達だけに聞こえるように声を落とす。

 

「取りあえずお前達が召喚されるに至った経緯を掻い摘んで説明しよう。昨日この村は野盗に襲われた。エンリの両親を含め村人の半数が殺された。残った村人達だけでは村の防衛に不安がある。故にお前達をエンリに召喚させた。追加情報だが、この地域では亜人種の小鬼(ゴブリン)は基本的に人を襲うモンスター扱いだ。だが先ほど言った通り村は防衛力を欲している。上手く立ち回れば村人たちに受け入れられるだろう」

 

 モモンガは小鬼(ゴブリン)達に命令はしない。主人ではないからだ。その代りに情報を与える事で彼らが円滑に事を運べるよう促す。小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)が心得たとばかりに小さく頷く。

 それを確認するとモモンガは声の調子を戻しエンリに言う。

 

「良し。ではエンリ。念のためにもう一つ角笛を渡しておく。万が一、こいつ等だけでは対処出来ない状況になったら吹くといい。分かっていると思うが使い切りアイテムだからな。使う際は時期を見誤るなよ?」

「わ、分かりました! モモン様!!」

「どれ。試しに小鬼(ゴブリン)達に何か指示してみろ。そうすれば村の皆も安心するだろう」

「え、えっと。小鬼(ゴブリン)さん、私の前に整列して下さい!」

 

 その号令に従い小鬼(ゴブリン)達はエンリの前に整列する。小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)を先頭に並ぶ彼らの姿はなかなか頼もしい。広場に集まって見守っていた村人たちも「おぉ」と感嘆の声を上げる。

 

「大丈夫そうだな。じゃぁ、上手く使って村を守れ」

 

 そういうとモモンガは遠巻きに見ていたンフィーレアや漆黒の剣の面々を連れて行ってしまう。後ろからエンリの「ま、まだ心の準備が!」とか聞こえてきたが、早く冒険をしたいモモンガはその声を無視した。トブの大森林へ入る頃には「エンリ様に忠誠の儀を!」と何処かで聞いた事があるような台詞が聞こえてドキリとしたモモンガであったが、心の中でエールを送ると振り返る事無く森へ踏み込むのだった。

 

 

* * *

 

 

 小鬼(ゴブリン)を従えたエンリを残し、一行はトブの大森林へと足を踏み入れた。目指すはンフィーレアが知る採取場所。そしてそこから少し奥を探索する予定だ。

 森へ入り、100メートルも進むと気温が徐々に低くなる。奥へ行くほど樹木が高くなり、陽の光が届かなくなるのだ。

 頭上を覆う青々とした木々は風が吹く度に騒めき、所々覗く枝では翼を休めている小鳥がさえずっている。足元に鬱蒼と生い茂っている藪からは昆虫のものだろうか様々な鳴き声が響く。全方位から聞こえてくる生命の息吹が、モモンガとやまいこの全身を包む。

 

「これが森の空気。凄く重い」

「湿っていて、空気に味がある」

 

 二人は深呼吸をすると、草原とは違う森林独特の空気を吸い込んだ。

 モモンガがふとクレマンティーヌを見ると、真実の部屋で会った時より肌が健康的でツヤツヤとしていたが、ちょっと気怠そうにしている。森は合わないのだろうか。

 

「どうした、クレマンティーヌ。昨日はナザリックで十分休めただろ?」

「え? あぁ、うん。料理も美味しかったし大浴場も最高だったけど、最後のマッサージが強烈でさ。全身の筋肉が弛緩している感じ?」

「そうか。大浴場か。そういえば自室の風呂には入ったけど大浴場はまだ入っていないな。今度入ってみるかな」

「リラクゼーションルームは超良かったよ! モモンちゃんも試さないと勿体無いよ!」

 

 何処か悪戯っ子のような表情でクレマンティーヌはモモンガに提案し、やまいこは何を想像したのか顔を赤らめている。クレマンティーヌはそんなやまいこを見ると、やや非難するように話しかける。

 

「誘ったのマイちゃんなのに、な~んで一緒にマッサージ受けなかったのー? 超ー気持ち良かったのに」

「いや、ボクの想像していたマッサージと違ったというか。ま、まぁ、マッサージは次の機会に……」

 

 やまいこはゴニョゴニョと口籠る。

 

「そ、それよりもモモン。ボクの考察を聞いて欲しいんだけど」

「考察?」

「うん。スレイン法国は100年前のプレイヤーを確認できなかったって言ってたでしょ?」

「あぁ。100年周期で現れる筈なのにな。確か200年前が13英雄だったか」

「そうそう。で、今朝ね、村長から聞いたんだけど。カルネ村の名前、100年前に村を開拓したトーマス・カルネっていう人物が由来らしいんだけどさ、“トーマス”って如何にも地球産っぽい名前の響きじゃない?」

「まさか、いや、確かに……。ンフィーレア、ニニャ、ルクルット……ペテルとダインは地球にもありそうな響きだけど、この世界の名前は聞き慣れないものが多いのは確かだな。冒険者組合の受付もたしかイシュペンだったか……。そう考えるとトーマスは確かに怪しい気がするな」

「ただ、カルネ村の発展度合いを見ると見当違いかもしれないけどね」

 

 確かにカルネ村の様子を見る限り、リアル世界の文明を感じさせない牧歌的なものだ。ただ、もしかしたら意図して目立たないように隠遁した可能性もあるが……。

 

「プレイヤーの子孫が居たら面白そうだな。もしかするとスレイン法国のようにカルネ村に神人が現れるかもしれないぞ?」

 

 そんな取り留めの無い話をしながら森を進むと、特にモンスターに出会うこともなくンフィーレアの言っていた小さな広場に出る。

 

「皆さん、着きました。小休止しましょう。この広場を中心に少し薬草を採取した後に今回はもう少し奥へ行こうと思います」

 

 

 

 小休止後、ンフィーレアから薬草の説明を受けると、転移後初めて大きな問題が発生した。モンスターなどが襲撃してきた――訳ではなく、転移後のモモンガとやまいこにとって()()()()()()()という普通の行為がとても難易度の高いものになっていたのだ。

 薬草を見つける事はできる。流石に見比べれば素人でも判別はできた。しかし、いざ薬草を摘もうとすると上手く行かないのだ。次の季節の為に根を残して摘まねばならないのにその根を傷つけてしまったり、茎の根本から摘んだと思ったら薬効のある茎を潰してしまうなど、採取の手際としては酷い有様だ。

 

「すまないな、クレマンティーヌ」

「いいよいいよー。場所だけ教えてくれれば私が摘むから」

 

 薬草をまともに摘む事が出来ないという現実に意気消沈した神々にどう声をかけたものかと困っていたクレマンティーヌだったが、当人たちの立ち直りが早かったのと、自分が代りに採取することで役立てる事が分かると、早々に喜びを感じていた。

 テキパキと採取するクレマンティーヌを眺めながら、モモンガとやまいこは原因を推察する。

 

「やっぱあれかな。ボク達はユグドラシルのルールにある程度は縛られているみたいだね。これってボク達はモンクと魔法詠唱者(マジックキャスター)で採取スキルを持っていないから上手くできない、って考えていいよね?」

「……多分そうですね。ユグドラシルに()()()()()()()()()()()()()()()()は、きちんとそれらを取得していないとこの世界ではまともに行う事が出来ない可能性がある……と。錬金術師(アルケミスト)のタブラさんとか森司祭(ドルイド)のぷにっと萌えさんやブルー・プラネットさんなら上手にできるかもしれないけど……。NPCにも採取させてみたいですね。特にマーレやパンドラズ・アクターなら採取できるかもしれない。まぁ、プレイヤーとNPCではまた条件が異なる可能性もあるけど……。はぁ……、俺達これ以上成長出来ないのかなぁ……」

 

 モモンガは自分のレベルがカンストしてしまっている事に一抹の不安を感じてしまう。ゲームであれば問題は無かったが現実世界で自分だけ成長出来ないというのは恐ろしい事のように思えたのだ。今はまだ自分より強い存在に出会っていないが、当然この広い世界には自分を遥かに超える強者がいる可能性があるのだ。

 しかしモモンガのそんな心配をやまいこは否定――、いや、一つの可能性を提示する。

 

「モモン。それは早計だよ。確かにボク達はカンストしていてユグドラシルのキャラクターとしては完成されていたと思う。でもここはゲームの中ではなく現実世界。ユグドラシルの魔法が少し変質していた事に鑑みれば、ボク達もユグドラシルのキャラクターではなくなっている可能性が高い。何かを習得するのにゲーム時代以上に修練が必要なだけかもしれないよ」

 

 やまいこの言わんとしている事は何となく分かるモモンガだったが、魔法以外で、ユグドラシルのキャラクターとして何か変わったかと言われると確信が持てなかった。()()()()()()()()()自分が死の支配者(オーバーロード)であることを受け入れてしまっているのだ。

 

「例えばだけど。半魔巨人(ネフィリム)であるボクのクラスはモンクだけど、この世界では現実(リアル)の『教師』という職業(クラス)を活かす事が出来ると思う。別に転移してきたからと言って知識を向こうに置いてきた訳じゃないからね。モモンもネクロマンサーとかエクリプスのクラスを持っているけど、それらとは別にこの世界では営業職のクラスを持っている事になるでしょ? これってボク達も変質している証拠だと思うんだ」

「そう言われると確かに……。現実世界(リアル)仮想世界(ユグドラシル)、あの二つの世界で得た経験をこの転移世界で活かす事が出来るというのは新しい。ゲームと現実の融合……か。もっと色々と検証しないといけなくなったな」

 

 今後、調べなければならない事が分かっただけでも収穫だった。やまいこのお陰でいくらか成長に展望が見えたモモンガは気が少し楽になると、一人黙々と採取を続けるクレマンティーヌを手伝う為に薬草探しに戻るのだった。

 

 

* * *

 

 

 ンフィーレアの号令の下、薬草採取を一時中断して遅めの昼食を楽しんでいた一行だが、突如として森が騒めくと緊張した空気が流れる。野伏(レンジャー)のルクルットが警告を発する。

 

「何か来る」

「……森の賢王でしょうか」

 

 不安そうなンフィーレアの言葉に全員が武器を取る。森の騒めきに全神経を集中していたルクルットは焦ったように続ける。

 

「こいつは不味いぞ。デカいのが一直線に突進してきている」

 

 彼のその言葉にモモンガは即座に決断する。

 

「ンフィーレアさん。何が来るにしても縄張りを侵しているのは我々です。ここは引きましょう。予定通り我々が殿(しんがり)を務めますので直ぐに撤退をお願いします」

 

 モモンガの提案にンフィーレアは頷くと、漆黒の剣と共に急いで荷物をまとめると撤退を始める。予め決めてあった行動故にそれは素早いものであった。

 

(やはり良いチームだな。緊急時においても乱れが無い)

 

 感心しているモモンガにルクルットが去り際に声をかける。

 

「じゃあ、俺達は先に行くぜ。モモンさん達も頃合いを見計らって逃げてくれ」 

「任せてください。あとは私たちが対処しますので」

 

 

 

 ンフィーレアと漆黒の剣を見送ると、モモンガの前にやまいことクレマンティーヌが陣取る。レベルが未知数である森の賢王を想定した場合、前衛職の二人が前に出て直接戦闘が苦手なモモンガを下がらせるのは当然の判断であろう。

 

「〈集団標的(マス・ターゲティング)〉〈全能力強化(フルポテンシャル)〉〈硬化(ハードニング)〉〈加速(ヘイスト)〉」

 

 モモンガがバフを掛け終わりしばらくすると、森の奥から轟くような音が真っすぐ向かって来るのが分かった。音がする方向を注視していると、突如として20メートル先の藪の中からしなる音と共に鞭の様な物体が前衛の二人を襲った。

 唸りを上げて迫る鞭を、やまいこは装備していたナックルでいなす。そのいなされた鞭が藪の中へと戻るのに合わせて、クレマンティーヌは武技を発動して藪の中へと追撃する。

 

「逃がさないよ!」藪に向かって突進するクレマンティーヌだったが、相手も隠れ続けるつもりが無かったのか勢いよく飛び出してその姿を露わにすると、そのまま体当たりを狙って突進してくる。

 完全にクレマンティーヌとの衝突コースだったが武技〈不落要塞〉の発動でダメージを相殺すると、クレマンティーヌは体当たりしてきた相手を足場にし、反作用を利用して再びやまいこ達の方へと大きく飛び退く。強襲が失敗に終わった彼女は小さく舌打ちをしている。

 

「柔らかそうな見た目の癖に金属みたいに堅いとか……むかつく」

「それがしの初撃を防ぐばかりか体当たりも効かぬとは……。その強さ、先ほどの追っ手の仲間であるな……。あくまでもそれがしを逃がさぬつもりでござるな……」

 

『それがし……ござる……』

 

 姿を現した()()を見て、モモンガとやまいこは何とも言えない気持ちに襲われ、次第にやる気を無くしていく。

 

≪やまいこさん……。あれ、どう見てもハムスターですよね……≫

≪う、うん。大きなジャンガリアン・ハムスター……だね≫

 

 姿を現したそれは、銀色の毛に覆われた巨大なハムスターで、先制攻撃に使われたであろう鞭の正体は堅そうな鱗に覆われた尻尾であった。

 

「ふふふ。それがしの威容を目の当たりにして畏怖しておるな?」

「……お前の名は?」

「ふむ。それがしは森の賢王でござる! 命乞いをするならその強さに免じて今回は見逃しても良いでござるが?」

 

 モモンガとやまいこの態度を“恐れ”と勘違いした森の賢王は尊大な態度をとる。

 

「モモンちゃん。どうする? やっちゃう? やっちゃっていい?」

 

 二人のやる気が急降下した事に気付いたクレマンティーヌが確認とばかりに聞いてくるが、正直どう扱って良いものか迷っていた。200年近く辺りを支配する凶悪な魔獣を想像していたのに出てきたのは可愛らしいハムスターなのだ。

 モモンガはふと森の賢王が出合い頭に言った言葉を思い出す。

 

「そういえば、さっき“追っ手の仲間”とか言っていたな。誰かに追われていたのか?」

「……その反応からすると勘違いでござったか。左様、それがしの縄張りを侵した強者に追われていた最中でござる。……むむむ。噂をすれば、追い付いたようでござるな……」

 

 その言葉に森の賢王が現れた方向を見ると、黒い法衣を着た金髪の男が一人飛び出してきた。

 

「やっと観念しましたか。森の賢ぉうっ!? って、クレマンティーヌか!?」

「あ、兄貴っ!?」

「そ、その格好は? 一体なぐわあぁっー!!?」

 

 その格好(猫耳)は一体どうした、と言おうとした彼――クレマンティーヌの兄、漆黒聖典第五席次、一人師団ことクアイエッセ・ハゼイア・クインティアは、妹が咄嗟に蹴り上げた土を顔面に食らい苦悶する。

 

(おいおい。実の兄にいきなり目つぶしとは鬼畜だな……)

 

「ぐぅっ……。あれから殊勝になったと安心していたのに! はっ!? 貴方がたはもしや!!?」

 

 クアイエッセは妹の隣に佇む二人に気付くと跪く。隊長から報告を受けていた彼は、謁見した時と姿こそ違うものの、この二人が神々である事を即座に見抜いたのだった。




クレマンティーヌ(……現実世界!? 仮想世界!!? 転移世界!!!?)

独自解釈
・カルネプレイヤー説
・クラスやスキル周りのお話

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