骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第8話:カルネ村

 薄暗く肌寒い部屋だった。

 

(どうして……こんな事に……)

 

 今、クレマンティーヌは全裸な上に口枷をされ、人間一人が横になれる大きな台に寝かされている。赤錆びた枷が強固に手足を大の字に固定しており、血が滲むほど力を込めてもがいても枷が肉に食い込むだけでビクともしない。

 つい先ほど自分の前任者がどうなったのかを思い出してクレマンティーヌは絶望する。彼は拷問官が望んだであろう情報を吐いたにも拘らず、()()()()頭を開けられ、掻き回され、絶命した。

 

(次は……私の番だ)

 

 休憩すると言って拷問官は出ていった。静寂に包まれた部屋の中で、クレマンティーヌは底知れぬ恐怖に襲われていた。静かだからこそ絶望に満ちた己の運命を考えてしまう。

 

(死にたくない)

 

 必死に首を回して周りを見るが、灯りが少なく全貌が掴めない。天井には滑車があり赤黒く変色した鎖が垂れ下がっている。先端には血に濡れたフックが付いていて容易に用途を思いつく。壁に掛けられた様々な形状の刃物からこの部屋の主が心底最悪な趣味の持ち主であることが分かる。

 

(!?)

 

 カラカラカラと何かを転がす音が聞こえる。……奴が来た。休憩に出ていった時には聞こえなかった音が不安を煽る。荷台を転がしているのだろうか。微かにカチャカチャと金属の擦れ合う音も聞こえる。

 

 カラカラカラ……

 

 直ぐ隣で止まったそれを窺うと、音の正体が高級宿などで料理を運ぶダイニングカートであることに気づく。そして、載せられたモノを見て悟ってしまった。

 

(腑分けされる……)

 

 青白い腕が伸び、クレマンティーヌの腹を優しく撫でる。必死に身体を捻り逃れようともがく。無駄だと分かっていても諦めきれない。目は涙に濡れて視界がボヤけ、息が荒くなる。

 

(嫌だ嫌だ嫌だっ! 誰か! 誰か助けて!! 死にたくない! こんな死にかたは嫌だ! 神様!!)

 

 生きたまま腑分けされるその恐怖に、クレマンティーヌはただただ神に祈る事しか出来ない。

 

(どうして、どこで間違えたんだろう……)

 

 

* * *

 

 

「この丘を越えるとカルネ村が見える筈です」

 

 ンフィーレアが初めてカルネ村を訪問するモモンガ達に説明する。声が明るいのは恋話で聞き出した意中の娘に会えるからだろう。昨夜の野営地からここまでモンスターに出会うことは無く、漆黒の剣の面々は討伐報酬が増えないとぼやいている。緊張感の無い雰囲気だがカルネ村の近くまで来ているのならそれも仕方がないだろう。

 しかし、一行の先頭を行くルクルットが丘の頂上に差し掛かると慌てたように荷馬車に駆け寄ると硬い声を発する。

 

「カルネ村に火の手が上がっている!」

「っ!? 皆さん! 荷馬車に乗って下さい! 村に急ぎます!」

 

 ルクルットの言葉に一早く反応したンフィーレアが皆を急かす。今まで温厚そうな彼が気色ばむ様は本当に同一人物かと見紛うばかりだが、事が異常事態なだけに皆素直に従う。御者台にルクルット、残りのメンバーが荷台に飛び乗ると、荷台を軋ませながら急発進する。

 所々岩石が転がる草原で下手に荷馬車を走らすと、ともすれば車輪が壊れかねず全力疾走する訳にはいかない。しかし人間がただ走るよりは断然速いし、体力を温存出来るのは大きい。このまま村まで強行するつもりだ。

 

 荷馬車が丘を越えると、南北に伸びる街道と村が見えてくる。村まではまだ遠いがうっすらと黒煙が上がっているのが確かに分かる。激しく揺れる荷馬車の上から目を凝らすと、米粒ほどの大きさだが街道を駆けてくる何者かを確認できる。

 

「〈遠隔視(リモート・ビューイング)〉、――少女二人が剣を持った男に追われていますね。どうやらただの火災では無さそうです」

「エンリだっ!」

 

 ンフィーレアは直感する。距離はまだあるが見知った相手の特徴があったのだろう。噂に聞いたンフィーレアの想い人の名だ。しかし姉妹との距離は絶望的なまでに遠く、どう見ても間に合わない。ンフィーレアは唇を噛む。

 モモンガは〈遠隔視(リモート・ビューイング)〉で追っ手を確認すると姉妹たちに時間が無い事を悟る。

 

「マイ、クレマンティーヌ、戦闘準備だ。〈集団全能力強化(マス・フルポテンシャル)〉〈集団硬化(マス・ハードニング)〉〈集団加速(マス・ヘイスト)〉〈集団自由(マス・フリーダム)〉〈集団感知増幅(マス・センサーブースト)〉〈集団魔法盾(マス・マジックシールド)〉」

 

 昨日とは違い今回は漆黒の剣のメンバーにもバフをかけていく。彼らはその意味を理解した。敵の規模が分からないが、このまま見過ごす訳にもいかない。少なくとも姉妹のもとまで行き、情報を得なければならない。

 

上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)

 

 モモンガは黒い片刃の双剣を魔法で作り出すと、御者台に身を乗り出し姉妹達を目視する。

 

「彼女達が危険ですので先に行きます。〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉」

 

 

 

 

 

 キィンッ!

 

 鋭い金属音と共に黒い風が吹いた――気がした。エンリは瞬きをしなかった筈だ。覚悟を決めて剣を受けるつもりだったのだから。しかし今、目の前に漆黒の服で身を固めた男が野盗から自分を庇うように立っている。何が起こったのか分からないがこの漆黒の剣士は双剣で野盗の剣を弾いたようだった。

 

 野盗も狼狽している。突然現れた漆黒の男に剣を弾かれたと分かると、咄嗟に後ろに飛び退き距離を取る。

 

「な、何だテメェ!! 一体どっから――」

「〈人間種支配(ドミネイト・パースン)〉、武器を捨て、地面にうつ伏せになれ」

 

 漆黒の男がそう命じると野盗が素直に従った。

 

「嘘……」

 

 エンリは大人しくなった野盗に驚き、また急に命の危機が去った事に呆然とする。そんな姉の腕の中でネムも漆黒の男と地に伏した野盗を交互に窺っている。

 

「エンリ! 大丈夫!? ダインさん、回復魔法をお願いします!」

 いつの間にか横付けされた荷馬車から聞き慣れた声が届く。

「ンフィーレア!? そ、そうだ、村が! 村が襲われているの!! っ痛……!」

 

 

 

 

 

 ダインが回復魔法をかけるべくエンリに近寄る。

「安静に。〈軽傷治癒(ライト・ヒーリング)〉」

「……あ、ありがとう、ございます」

 

 回復魔法で傷は塞がったものの激しく失血したためエンリの顔色は悪い。妹のネムには外傷こそ無いが疲労が濃く動けそうにない。ニニャたちが二人の身体を支え荷台へ乗せる。

 それを見届けるとモモンガはルクルットに声をかける。

 

「ルクルットさん。〈支配(ドミネイト)〉は長く持ちません。ロープで拘束をお願いできますか」

「おう。任せろ」

 

 ルクルットが手際よく野盗を縛る横で、モモンガは簡単な質問を野盗に投げかける。

 

「お前達は何者だ? 全員で何人居る? 目的はなんだ?」

「俺たちは『笑う甲冑団』。仲間は40人。カルネ村の殲滅が目的だ」

 

 その言葉を聞いてンフィーレアと漆黒の剣の面々は戦慄する。度々訪れている村の住民が皆殺しの憂き目に遭っているのだ。縛った野盗を荷台に放ると荷馬車が再出発する。

 

(これは急いだ方が良さそうだな)

 

「ペテルさん。我々は先行します。〈全体飛行(マス・フライ)〉」

 

 返事を聞かぬまま、モモンガ、やまいこ、クレマンティーヌの身体が魔法によって浮かび上がると、驚くべき速度で荷馬車を後にする。元々普通に走るより移動速度が速い飛行魔法が、今はモモンガによって加速されている為に馬より遥かに速度が出ている。

 モモンガは飛びすがらやまいことクレマンティーヌに指示を出す。

 

「野盗の背後関係を知りたい。クレマンティーヌは何人か生け捕ってくれ。マイは負傷している村人を見かけたら回復してほしい。出来ればここでンフィーレアに恩を売っておきたい」

『了解』

 

「モモン。捕虜はナザリックに送って情報を引き出そう」

「そうだな。アルベドに<伝言(メッセージ)>を頼む」

 

 村外れに差し掛かかり、村人の悲鳴や野盗の怒声が聞こえてたところでモモンガ達は速度を落とす。前方に数名の村人と野盗3人の後ろ姿を発見するとまずは様子を見る。野盗達は剣を振り上げ村人を煽ってはいるが直接殺そうとはしていない。どうやら村の広場へ村人達を追い込んでいるようだ。

 飛行で足音がしない為に野盗がモモンガ達に気付いた様子は無く、その攻撃は奇襲という形で成功する。

 

集団標的溺死(マス・ターゲティング・ドラウンド)

 

 村人を追い込んでいた野盗達は急に苦しみ出し地面に転がる。悲鳴を上げる事もできず口や鼻から水を垂れ流す異様な光景に、それまで追い立てられていた村人達が呆気に取られる。

 野盗が道端で溺死するという光景を目の当たりにした村人たちは恐れ戦くが、新たな闖入者に気付くと一瞬身を竦めて警戒する。しかし首から下がる(カッパー)のプレートを認めると駆け寄ってきて懇願した。

 

「ぼ、冒険者さん! 頼む、助けてくれ!! 村が滅ぼされちまう!」

「落ち着いて。私達はその為に来たんです。後ほどンフィーレアさんと漆黒の剣の皆さんも合流しますから。まずは現状の説明を」

 

 顔見知りの名前を聞いて安心したのか村人は幾らか落ち着きを取り戻す。彼らは知る限りの情報をモモンガ達に伝え、村を頼みますと頭を下げる。

 

「マイ、クレマンティーヌ。この様子だと三人で行動する必要は無さそうだ。広場で虐殺が始まる前に各自敵を撃破しよう。クレマンティーヌは十人くらい死なない程度に痛めつけてくれ」

「は~い」

 

 そして始まったのは村人の虐殺ではなく冒険者三名による一方的な狩りであった。

 野盗たちは村人をまとめて処分する為、広場への誘導に夢中でモモンガ達の襲撃に途中まで気付かなかった。そして気付いた時には遅かった。

 たった三人の冒険者に拳で粉砕され、魔法で貫かれ、剣で刺殺されていく。自分たちの剣は届かず、防御できず、逃げる事も叶わない。いつの間にか狩る側から狩られる側に変わった野盗たちは、モモンガ達の圧倒的な力の前に恐慌状態になり、闇雲に剣を振り回すだけになったのだ。

 

 

 

 こうして40人程居た野盗はモモンガ達に為すすべもなく討伐された。生け捕られたのはクレマンティーヌが相手をした20人中12人のみ。他の野盗は尽くモモンガとやまいこによって屠られた。

 決着が付くと脅えた表情の村人がモモンガ達を遠巻きに窺っているのに気付き、モモンガは優しい口調で村人たちに語り掛ける。

 

「もう安全です。どうか安心してください」

「あ、あなた様は……」

 

 村長らしき男が応対する為に近づいてくる。疑っている様子は無いが不安そうな表情だ。なのでモモンガは安心させる為に、周りにも聞こえるように話す。

 

「ンフィーレア・バレアレ氏の警護で近くまで来たところ、村から火の手が上がっているのが見えまして。我々だけ先行して飛んできた次第です。直ぐに彼らも来ると思いますよ」

「おお、私はこの村の村長です。村を助けて頂いてありがとうございます」

 

 村長はモモンガの手を取ると深く頭を下げる。その様子に他の村人たちも安堵の声を漏らす。安全を実感出来たのだろう。それを確認するとモモンガは改めて村長に小声で声をかける。

 

「生け捕った野盗から情報を聞き出したいのですが、使っても良い納屋などがありましたらお借りしたいのですが。あと……その、ちょっと村から離れていると有難いのですが」

 

 モモンガの歯切れの悪い言葉が何を意味するのか察した村長が村の北西を指し示す。

 

「では、あちらに普段農具などを保管する納屋がありますのでお使い下さい」

「ありがとうございます」

 

「モモンさん! 無事ですか!?」

 

 そこにガラガラガラと音を立ててンフィーレアの荷馬車が到着する。荷台の野盗が“仲間が40人居る”と語った為、戦闘を覚悟していた漆黒の剣の面々は既に戦闘が終わっている事に拍子抜けするが、広場に並べられた村人達の亡骸に気付くと表情を曇らせる。荷馬車から降りたエモット姉妹が向かった先がその亡骸の列である事もまた彼らの胸を締め付ける一因となる。

 

「ンフィーレアさん、私たちは大丈夫ですよ。それよりも村人の治療をお願いできますか? 漆黒の剣の皆さんもお願いします。ペテルさんだけ申し訳ないのですが私と村長さんのお話に同席して頂けると助かります。襲撃の経緯を聞こうと思うのですが、お知り合いが居た方が良いかと思いまして」

 

 モモンガの要請にペテルは頷く。他のメンバー達も了解するとそれぞれ行動を開始する。

 

「クレマンティーヌ。捕虜の中から情報を持っていそうな奴を6人くらい納屋に連れていけ。そして俺とマイが行くまで見張っといてくれ」

「りょうか~い」

 

 縛られた6人をエストックで突きながら納屋へと連行するクレマンティーヌは、普段の猫科の動物を思わせる愛嬌のある顔を酷く歪ませながら微笑んでいる。エストックで突く度に炎が小さく上がり、野盗がその度に小さく呻くのが面白いらしい。

 

(薄々気付いていたけど、あいつ、戦闘になるとちょっと過激だな……)

 

 

 

 やまいことダインは広場に集められた負傷者に治療魔法をかけていく。逃げ出そうとしたり激しく抵抗した村人は殺されてしまったらしいが、幸いなことに多くの村人は軽傷で済んでいた。もっとも一歩遅ければ皆殺しにされていた為に精神的な疲弊が酷く、無気力に座り込む村人が多かった。

 魔法による治療が一段落し、残りは薬草で事足りる村人達がンフィーレアとニニャの手当てを待つだけになる。

 やまいこがそんな広場を見渡していると何処からともなく声が掛かった。

 

「やまいこ様、アルベド様により派遣されました、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)でございます」

「ん? あぁ、不可視化しているのか。何人で来たの?」

「はっ! 私を含め15名です。他の者は村の西側にて待機しております」

「そっか。それじゃ、指示を出します。まず北西の村外れにある納屋に捕虜がいる。納屋に居る全員をナザリック第五階層の『真実の部屋』に送っておいて。彼らの背後関係を知りたいから丁重にね。それが終わったら村の周囲に展開して不審者が居ないか調べて。不審者が居た場合は手を出さず報告だけして。分かった?」

「畏まりました。捕虜をナザリックに送った後、村の周囲を警戒いたします」

「うん。よろしく」

 

 付近から八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)の気配が消えると、やまいこはモモンガと合流する為に村長の家に向かう。村長の家に着くと村が襲われた経緯をモモンガ達が聞き終えたところだった。

 

「モモン。村人の治療は大体終わったよ」

「お疲れ様。こっちは村が襲われた経緯が分かりましたよ」

 

 要約すると、先日、八本指を名乗る者が村を訪れたそうだ。その者は村長に、トブの大森林の中で秘密裏に麻薬の栽培をしないかと持ち掛けてきたらしい。麻薬畑の初期投資や収穫物の買取、警護の者を付けるといった至れり尽くせりな内容であったが、村長はそれを断ったのだった。

 

「なるほど。で、断ったから口封じに村ごと消そうとした訳か。無茶苦茶だね」

 

 やまいこはその八本指とやらの短絡的な振る舞いに呆れる。

 

「森に畑を作るだなんて不可能なんです! あそこは森の賢王の縄張り。下手に手を出そうものなら村が危険に晒されてしまいます! そう説明してお引き取り願ったんですが……」

 

 村長はそこまで言うと頭を抱える。自分の選択一つで村が壊滅しかけたのだ。死んでしまった村人に対して、自分が殺したも同然と思い悩んでいるのだろう。

 

「数日前まで王国戦士長様が滞在されていたのに……。あの御仁が居て下されば……」

「王国戦士長がいらしてたんですか?」

「……はい。最近この付近の村々が襲われる事件があったらしく、このカルネ村の様子を見に来たとの事でした」

 

 村長の話を聞く限り本当にタイミングが悪かったようだ。付近を警戒していた戦士長の一団が居れば被害は確かに抑えられたはずだ。しかし戦士長が居なくなるまで様子を見ていた可能性もある。かと言って麻薬畑を引き受けたところで森の賢王の怒りを買う可能性もある。そうなると運命は変わらない。村長独りの選択でどうこう出来る問題ではない。彼に責任は無いだろう。

 

 そういえば“王国戦士長”という言葉にペテルが興味を引かれたようだった。モモンガは件の戦士長に付いて聞いてみる。

 

「ペテルさん。その王国戦士長とはどのような人物で?」

「有名な方ですよ。本名はガゼフ・ストロノーフ。以前、王国の御前試合で優勝された方です。その強さはアダマンタイト級の冒険者に匹敵すると言われており、国王直轄の精鋭部隊を率いています。誠実な人柄もありますが平民出身という事もあり国民からも慕われている方ですね」

「ほう。それは会ってみたいですね」

 

 目をキラキラさせながらガゼフを語るペテルの顔には憧れが窺える。内政が酷いと噂される王国内において、平民出身の人間が活躍する様は大衆受けが如何にも良さそうだ。

 話が一段落したところでドアがノックされる。村長が出ると村人が葬儀の準備が出来たことを伝えてくる。

 

「皆さん。申し訳ありませんが葬儀の為に席を外しても宜しいでしょうか?」

「あぁ、お気になさらずに。私達も一度依頼主のンフィーレアさんと合流しましょう」

 

 

* * *

 

 

 外に出るとまだ日は高く明るかった。村人たちは葬儀のために村外れの共同墓地に集まっている。襲撃直後のこのタイミングで葬儀とはやや急ぎ過ぎなような気もするが、この地域の宗教的な理由でもあるのだろうかとモモンガは首を捻る。

 

 ンフィーレアの姿を探すと、村人の治療を終えたらしく荷馬車の側に他の漆黒の剣らと共に休んでいた。荷馬車の側には捕虜となった野盗7人が転がっている。武器防具を取り上げられ、騒がないように猿轡をかまされ後ろ手に縛られている。

 

「ンフィーレアさん。今後の予定はどうしますか? 依頼を続けますか?」

「村がこんな状態ですが、この襲撃で村中の薬草を消費してしまったので出来れば薬草の採取に行きたいです。けど……」

 

 彼はそう言うと転がっている野盗を見下ろして思案する素振りを見せる。

 どうやら野盗の護送と採取の警護を両立出来ないか考えているようだ。

 

 

 

 

 

 ンフィーレアは考える。

 

(荷馬車は薬草をエ・ランテルまで運ぶのに必要。野盗は歩かせればいいけど、採取が終わる三日後まで世話をするのは馬鹿らしい。野盗だけ先にエ・ランテルまで護送するか、そもそもこの場で処分してしまうか……)

 

「モモンさん。一応確認なんですけど、この野盗たちをどうするつもりですか?」

「出来ればエ・ランテルに引き渡そうかと思っています。最近付近の村々が襲われていると村長さんが仰っていたので、もしかしたら王国から報奨金が出るかもしれませんから」

「なるほど。やっぱり王国に突き出す方向性で――、となると」

 

 その様子を見ていたペテルが提案する。

 

「ンフィーレアさん、荷馬車を貸して頂ければ今から私一人でエ・ランテルまで運びますよ。私を抜いた残りのメンバーとモモンさんたちとで薬草採取の依頼を継続してください。早ければ明日の昼には戻れると思いますし。どうですか?」

「ペテルさん独りで大丈夫ですか?」

「武器も取り上げて拘束してありますし、大丈夫ですよ。それに森での採取には野伏(レンジャー)森祭司(ドルイド)は外せません。いつも以上に薬草を補充するなら人数は多い方が良い筈です」

「……分かりました。お言葉に甘えさせて頂きます」

 

「なら早速行ってきます。モモンさん、暫くメンバーと村をお願いします」

「了解しました。お任せください」

 

 捕虜を荷台に載せ終わると車輪を軋ませながら出発する。それを見送るとモモンガと残った漆黒の剣のメンバーはンフィーレアに明日の日程を確認する。

 

「では私たちは明日に備えましょうか。出発はいつ頃になりますか?」

「早朝から森に入る予定です。目的地はさほど遠くは無いのですが森の中は歩きづらいですからね。水分補給用に水は多めに携帯して下さい」

「分かりました」

 

「それと、もし採取中に森の賢王が出現した場合は殺さずに追い払ってもらえますか?」

「……それは、一体どうしてです?」

「見ての通りこの村は森に近いのに柵で囲むなどしてモンスターへ備えていません。それはこの一帯が森の賢王の縄張りだったために強いモンスターが近づけなかったからです。もし森の賢王を倒してしまわれますと……」

「なるほど。天然の防波堤が無くなると」

「はい。そうなります」

 

「分かりました。ただ念の為、その森の賢王が出現した場合は漆黒の剣の皆さんはンフィーレアさんを連れてすぐに逃げて下さい。本気を出さねばならない程強かった場合、巻き添えになります」

「了解しました」

 

 これまでの戦闘でモモンガ達の実力は確かなものだったので殿を任せる事に反対の声は上がらない。それでも伝説の魔獣と謳われた森の賢王には出てきてほしくないというのが漆黒の剣の本音だった。

 

「皆さん――」振り返ると村長が立っていた。

 

「おや、村長さん。葬儀の方はよいのですか?」

「はい。祈りの言葉も済みましたから。なにより焼けた家などもなんとかしなければなりませんし。――ところで、いつもならこのまま村外れで野宿されると思うのですが、丁度と言ってはあれですが何軒か空き家になりまして。村の恩人を野宿させるのも申し訳ないので、もし宜しければお使い下さい」

 

 モモンガたちは雇われの身。判断をンフィーレアに任せると彼は一瞬迷い、その申し出を受けた。後で理由を聞くと、村として冒険者に謝礼金を支払いたいがお金のやり取りが少ない村にはそもそもまとまったお金がある筈もなく、空き家の提供は彼らなりの誠意の表れであろうと言う事だった。彼らの気持ちを汲んで遠慮せず申し出を受ける事にしたらしい。

 

「では今日はもうお開きとしましょうか」

「そうですね。では明日も宜しくお願いします」

 

 軽く挨拶を済ませると、モモンガとやまいこは宛がわれた空き家に荷物を運びこむ。

 未だ生活感が残っているのが心苦しい。

 

 しかし、初めて見るこの世界の生活空間にモモンガとやまいこは好奇心を隠し切れない。椅子やテーブルなどの家具や、コップといった食器に至るまで物珍しそうに手に取って観察する。ひとつひとつの出来栄えはナザリックの物と比ぶべくもない。ただゲームの中の完璧な造形とは違い、手作りならではの温か味を感じる事が出来た。

 ひとしきり堪能すると、モモンガがふと思い出したかのようにやまいこに語り掛ける。

 

「そういえば、クレマンティーヌにもこの家の事を教えないとな。まだ納屋に居るのかな」

「捕虜はナザリックに送ったから広場に戻って来てても良いのにね」

「家の場所説明し難いし、迎えに行くか」

 

 散歩がてら二人でクレマンティーヌを迎えに行くが、納屋に彼女の姿は無い。

 

「ん? クレマンティーヌ?」

「どこ行っちゃったんだろ……」

 やまいこも辺りをキョロキョロと見まわしているが発見できない。

「仕方がない。〈伝言(メッセージ)〉を使うか」

 

≪クレマンティーヌ。今どこにい――≫

≪助けて!! 神さまぁ!! 腑分けされちゃう! 死にたくない!!≫

≪!? ど、どういうことだ!!?≫

「あぁっ!! 〈転移門(ゲート)〉!!!」

 

 クレマンティーヌの絶叫を聞きながら戸惑うモモンガの視界の端に黒い霧状の転移門(ゲート)が現れる。

 やまいこが何かに思い至ったのか血相を変えて〈転移門(ゲート)〉を開くと、慌てたように飛び込んでいく。やまいこは()()()()()。自分が八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に何て指示したのか。「納屋に居る()()()ナザリック第五階層の『真実の部屋』に送っておいて」だ……。そしてやまいこは()()()()()。クレマンティーヌを道案内だけでなく、途中から仲間として連れている事をナザリック側に伝えていなかった。モモンガと二人で旅に出る際、外で活動する者は定期的に連絡を入れる決まり事を作ったのに、これではNPCたちに示しがつかない。

 

 モモンガがやまいこに続いて〈転移門(ゲート)〉に入ると、薄暗く肌寒い部屋に出た。

 

 

* * *

 

 

「ひっぐ……。ぐす……」

 

 ナザリック第五階層:真実の部屋。クレマンティーヌは間一髪のところでモモンガとやまいこによって助けられた。駆け付けた時、ほんの少~しお腹を開かれていたが今は回復魔法で塞がっている。

 

「なかなか犯罪チックな絵面ね」カシャッ!と、やまいこが記念写真を撮る。

 

 拷問部屋の中、黒スーツを着た男の足元に全裸の二十代の女が泣きながらしがみ付いているのだ。端から見ると犯罪臭が凄まじい。横で溺死体のような姿の拷問官ニューロニスト・ペインキルが申し訳なさそうに身体をクネクネさせていなければそこそこ絵に成りそうな感じだ。

 

「写真撮ってないでやまいこさんもフォローしてくださいよ……」

「あぁ。……うん。ごめん」

「取りあえず向こう(カルネ村)の家を無人にする訳にはいかないので俺は戻ります。やまいこさん、クレマンティーヌのケア宜しくお願いします。今夜はこのままナザリックで休ませましょう。明日森に出発するまでには戻ってきてください」

 

 やまいこが了承するとモモンガは一足先にカルネ村へ戻る。クレマンティーヌはモモンガの姿が見えなくなると、今度は慌ててやまいこにしがみ付く。

 

(これは相当トラウマになってるな……)

 

 装備品をニューロニストから回収してクレマンティーヌに着せると、やまいこはクレマンティーヌをヒョイとお姫様抱っこする。

 半魔巨人(ネフィリム)に戻っても良かったのだがクレマンティーヌに配慮して人間の姿のままだ。人間状態の外見は細身の女性だが、レベルがカンストしているやまいこの筋力は並みの人間より力強いのだ。

 

「ニューロニスト。騒がせたね」

「いいえぇ~。いいのよん。またいつでもいらしてねん♪」

 

 ニューロニストの濁声を後に真実の部屋を出ると、次はナザリック第九階層を目指す。

 

(まずはペストーニャに精神を安定させて……。次にアルベドに事情を説明してシモベ達にクレマンティーヌの事を周知するよう指示して……、食堂で食事……、大浴場でリフレッシュしてから就寝……。客室にはユリを付けておけば大丈夫かな……)

 

 

 

 その後、やまいこの予定通り事は進み今は一緒に食堂に居る。アルベドに事情を話したらもの凄い嫉妬の目でクレマンティーヌを睨み、火に油を注ぐ結果に成りかけたが、やまいこが窘めると事無きを得た。

 

(一緒に寝泊まりしていると言っただけであんなに反応するとは……)

 

「……どう? 美味しい?」

「めっちゃ美味い!! このお肉何!?」

「ユグドラシル産のフロスト・エンシャント・ドラゴンのモモ肉だって」

 

 当のクレマンティーヌはドラゴンステーキに喰い付いている。食事で元気が出るとは何とも現金なものだが機嫌を直してくれて良かった。

 

「あ~、生きててよかったぁ~」

「生を堪能しているところ悪いけど、明日早朝にカルネ村へ戻るからね」

「りょうか~い」

「今夜はこのままナザリックに泊まるから、後で客室に案内する」

 

 それを聞くとビクッと身体震わせて再びクレマンティーヌは青くなる。そして目の端に涙を浮かべながら懇願する。

 

「ひ、独りにしないでほしいなぁー……と……」

「……いい歳して添い寝なんて嫌だからね」

「そこを何とか! 神さまぁ!!」

 

(まだ引きずるか……)

 

 クレマンティーヌはやまいこに向って祈るように手を合わせている。

 

「却下。第九階層は自作NPCしか居ないから安全だって言ったでしょ。部屋の前にはユリを付けるからそれで我慢しなさい」

 

 やまいこの言う通り現在のナザリック第九階層にはギルドメンバー達が自作したNPCしか配置しておらず、賓客を害する愚か者は居ない……筈だ。

 転移後、警備の為に召喚したシモベを配置する案が守護者たちから出たが、やまいこの強い要望に推される形で却下された。理由は単にプライベートを確保したかったからで、その意図を伝えるとモモンガも賛成してくれた。

 現在、第九階層の警備は戦闘メイド(プレアデス)のシズとエントマの二名が担っている。

 

「ユリはボクが作った娘でナザリックでも珍しく善よりの存在だから、何か困ったことがあったら彼女に相談しなさい」

「うぅ……」

「そんな顔しないで。食べ終わったら大浴場行くよ。ちょっとリラクゼーションルームに付き合ってもらうから」

「り、りらくぜーしょん?」

「身体を揉みほぐすコーナーがあるんだけどね。ローパー系のMOB(モブ)なんだけど独りで試すのが怖いから一緒にどうかなと」

「“ろーぱーけいのもぶ”ってのが何なのか分かんないけど、マッサージなら……まぁ……」

 

 食事が終わり大浴場に移動する頃にはクレマンティーヌも落ち着きを取り戻していた。一般メイドがクレマンティーヌの身体を洗おうとするのを丁重に断わる一幕もあったが、様々な風呂を堪能し疲れを取ることが出来た。

 最後に二人で入ったリラクゼーションルームで()()嬌声を上げる事になるのだが、今までと違い命に関わる事ではなかったのでクレマンティーヌは良しとした。

 

 こうしてクレマンティーヌの刺激に満ちた一日が終わったのだった。

 

 




ナザリック第九階層に行ってみたいです。

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