骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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冒険
第6話:冒険者


 リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国の3ヵ国にとって要所となる境界に、王国領の城塞都市エ・ランテルがある。城塞都市を冠する通り3重の城壁に囲まれた堅牢な都市で、中心から行政区、市街区、駐屯区と分けられている。

 物々しい都市ではあるが3ヵ国を繋ぐ地理的な利便性から、()()()()()()()()()()()比較的に多くの人や物資が流入する都市であり、その市街区には大いに活気があった。

 

 市街区の大通りに面した一番大きな中央広場には様々な露店が並び、生野菜から出来合いの料理、生活用品から武具などを求める人々で賑わっている。

 広場を囲むように背の高い建物が立ち並んでおり、中でも木造5階建ての建築物は見事な外観で多くの人が出入りしていた。

 

 この建物こそが「冒険者組合」だ。

 市民から請け負う小さな依頼や国から請け負うモンスターの討伐依頼など、様々な依頼を提供する斡旋所だ。

 

 冒険者組合の両開きの扉から出てきた3人組に周囲の注目が集まる。

 その首には真新しい(カッパー)のプレートを下げており、駆け出しの冒険者である事が窺える。それだけならありふれた新人冒険者だが、彼らの容姿が皆の視線を集めた。

 

 黒髪黒目の男女が一組、金髪の女が一人。

 この地域では珍しい黒髪はもちろんだが、その服装にも周りの視線を集める原因があった。

 

 広場には多くの冒険者がおり、この3人を見かけた誰もが困惑していた。

 彼らはただ興味本位で見ている訳ではなく、実利を伴って新人がどういう奴なのか観察しているのである。今後味方になり命を預ける相手かもしれないし、場合によっては商売敵になるかもしれない相手だ。背格好で差別されるような世界では無いのだ。

 過去にも奇抜な格好で注目を集めようとする若手がいたのは確かだ。ただ、この3人は少々()()()()()()()()が否めない。

 

 スーツと猫耳である。

 

 3人とも服装を黒一色で統一していた。異邦人の2人は南方の国でよく見かけるスーツを着ていて冒険者には見えない。金髪の女はスーツでは無いが、マントの下は露出度の高い下着然とした格好で、黒い猫耳と尻尾を生やしていた。

 さらに金髪の女がエストックとスティレットを数本装備しているが、スーツの2人には装備らしい装備が見当たらない。ここまでチームの実態が見えてこないのは珍しく、どう接するべきか皆掴みかねていた。

 

「マイ。本当にこれで行くのか?」

「大丈夫だって! クレマンティーヌもそう思うでしょ?」

「似合ってる似合ってる♪ てかモモンちゃん気にしすぎだって」

「そうか? 周りの目が気になるんだが……」

 

 件の3人はモモンガとやまいこ。そして道案内で付いてきた漆黒聖典の隊員、疾風走破ことクレマンティーヌである。

 お忍びの調査にユグドラシルのキャラクター名をそのまま名乗るのは不味いという事で、冒険者として活動する際は、モモンガはモモン、やまいこはマイと名乗る事にしたのだ。

 

 ちなみにやまいこの顔はいつの間にかユリと並んでも遜色の無いほど美人になっているが、モモンガはあえて突っ込んでいない。元々()()似ていただけに、今では姉妹と言い切れるレベルになっている。

 

 そんなやまいこはスーツに身を包みご満悦だ。

「憧れてたんだよー。防塵素材でゴワゴワしてない本物のスーツ!」

「たしかにここまで上等なスーツなんて初めてですけど、仕事(リアル)を思い出して……複雑」

 

 2人が揃って着ているのは、現実世界でも富裕層の間でしか現存していないスリーピースのスーツだ。

 黒い生地には薄いストライプ、八つボタンの黒いベストからは濃い灰色のワイシャツとワインレッドのネクタイが覗いている。黒革の手袋に黒革の靴を履いており、ネクタイを除けば第一印象は「黒い」である。教師や営業職より殺し屋に見える。

 

「クレマンティーヌはどう? その装備、気に入った?」

 

 クレマンティーヌも黒い装いだが、こちらはスーツとは違い露出が高い格好をしている。マントの下は下着めいた格好で、その引き締まった身体を必要最低限の装甲で守っている。

 目を引くのはやはり金髪からぴょこんと覗いている黒い猫耳と、腰のあたりから生えている黒い猫の尻尾だろう。本人のネコ科の動物を思わせる愛くるしい顔によく似合っていた。

 

「最っ高! 大・満・足!!」

「道中でクレマンティーヌの戦い方は分かったからね。それに頑張ったご褒美だから」

 

 そう。クレマンティーヌは頑張ったのだ。

 エ・ランテルまでの道中、モモンガとやまいこへ施した戦闘指南や、別途クレマンティーヌを対象にした実験の数々に付き合ったご褒美なのだ。

 

 クレマンティーヌは実験を思い出すとぶるっと震える。戦闘指南は刺激的で楽しかったし、〈負の接触〉(ネガティブ・タッチ)も不快感はあったが我慢できた。

 しかし、回復魔法の効果を確認する為に片腕を()()()吹っ飛ばされるとは思っていなかった。極め付けは、やまいこに身体を拘束された状態で行われた〈絶望のオーラ〉の実験は、肉体よりも精神への苦痛だった事もあり正直辛かった。〈絶望のオーラ〉が具体的にどんなものなのかはクレマンティーヌに判断出来なかったが、一段階目と言われたそれは恐怖を感じたものの耐える事が出来た。

 でも二段階目で不覚にも失禁してしまい、泣きながら逃げようと足掻いたがやまいこの拘束を解くことは叶わなかった。

 三段階目から先は自分がどうなったのかさえ覚えていない。犬がわんわん鳴く幻覚をみた気がするが、やまいこ曰く発狂したらしいのできっと酷い有様だったに違いない。実際下半身から色々と垂れ流していたから酷かったのだが……。

 

 気が付くとテントで横になっており、精神が無事なのを確認されると〈火属性付与Ⅲ〉(エンチャント・ファイアー)と〈刺突攻撃Ⅲ〉が付与されたエストック、〈火属性無効化〉(エネルギーイミュニティ・ファイヤー)〈生命力持続回復〉(リジェネート)が付与された女王のビキニアーマー、〈回避上昇〉〈攻撃速度微増〉〈致命成功率微増〉〈致命攻撃力微増〉のセット効果のある猫耳と尻尾、〈疲労無効〉の指輪が下賜されたのだ。

 

「エストックとビキニアーマーはあげる。猫耳セットと指輪は貸出だから失くさないようにね」

「はーい」

 

 クレマンティーヌは純粋に嬉しかった。この二人はしっかりと自分を理解してくれている。用意された装備は自分の戦闘スタイルにぴったり合っていた。

 猫耳セットは若干恥ずかしいがいずれ慣れるだろう。ともすれば()()カイレと同じような目で見られるかもしれないが、自分の戦闘スタイルを考えると老いてまで酔狂な格好をする気は無い。今だから出来る格好だ。年齢的にはあと5~6年で肉体的な絶頂期を迎えるだろう。それまで最高の性能を引き出せるならどんな格好でもするつもりだった。

 

「でも、いきおいで私もチームに入っちゃったけど良かったのかな? チームバランス的には私より従属神の方々が適任だと思うけど」

 

 当初、モモンガとやまいこだけでチームを組む予定だったが、組合の受付嬢から(カッパー)で2人組だと受けられる仕事がかなり限られてしまうとアドバイスを貰ったのだ。

 そこで白羽の矢が立ったのがここまで道案内してきたクレマンティーヌであった。

 

「構わない。彼らは確かに強いが冒険者としては過剰だし、この世界の事を何も知らないからな。こっちの世界を知っていて強さも兼ね揃えた者が望ましい。その点では漆黒聖典の隊員は適任だ。事後承諾だが先ほど〈伝言〉(メッセージ)で隊長にも許可は取ったから安心しろ」

「はーい。じゃーこれから宜しくー」

「……意外と普通に話すんだな。こっちも気楽でいいけど」

「いやー、そうして欲しいって言われたし、外見が人間だと接しやすい、みたいな?」

 

 なるほどと頷きながらモモンガは納得する。

 クレマンティーヌの明け透けな態度はありがたかった。冒険者チームなのに妙な上下関係があると要らぬ噂が立ちかねないからだ。

 

「んじゃー宿屋にいきますかー」

「一応受付嬢に勧められた宿にしようか。場所分かる?」

「まっかせて~」

 

 広場を離れる3人を、広場の冒険者たちは不思議な物を見るような表情で見送るのだった。

 

 

* * *

 

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層、玉座の間に階層守護者とセバス、戦闘メイド(プレアデス)が集まっていた。一同を見渡すとアルベドが静かに口を開く。

 

「では皆、会議を始めるわ。次に皆が揃って会えるのは当分先になると思うから、心して聞いてちょうだい。モモンガ様のご指示に従い、定期的に報告会を開く事になったのは通達した通りよ。外での仕事がある者は〈伝言〉(メッセージ)での連絡を忘れないように。現時点ではナザリックの存在を伏せて活動する事。

 それと、やまいこ様の発案でシモベ達の身体測定をする事になったから、各自ペストーニャの所へ行って測定してもらうように」

「身体測定でありんすか?」

 シャルティアが不思議そうに首をかしげる。

 

「そうよ。やまいこ様はこの世界での生理的な影響を危惧されておられるわ。魔法のルールが若干変わっている事を考えると無いとも言えない問題だから、2ヵ月毎に1年間は計測するとの事。その後問題が無いようなら廃止するそうよ」

「私はアンデッドでありんすし成長しないと思いんすが……」

「自分モ成虫ダカラ、成長ハシナイト思ウノダガ……」

 シャルティアに続きコキュートスも首を捻る。

 

「それでもよ。外で仕事がある者は出かける前に忘れずにね」

 デミウルゴス、セバス、ソリュシャンが了解の意を示す。

 デミウルゴスはスクロール素材の探索、セバスとソリュシャンは法国の商人に成り済まして帝国と王国の情報収集をする予定だ。

 

「身体測定に関しては以上よ。次にユリ、ルプスレギナ、ナーベラルには急な来客に備えて貰うわ。モモンガ様からグリーンシークレットハウスをお借りしているから、3人には墳墓入口で待機してもらうわね。休憩は交代で、無人にならないよう気を付けて」

『畏まりました』

 

「他の者は警戒レベルを通常に戻してナザリックの警護に当たるように」

「了解でありんす。……はぁ、それにしても……」

「どうしたの? 成長しない胸を測定するのが嫌?」

「ち! ちゃうわ! モモンガ様とやまいこ様に護衛を付けられなかったのが心配でありんすよ!!」

 

 階層守護者たちは冒険に出る至高の御方に、当然護衛を付けるつもりであった。階層守護者でなくてもせめて戦闘メイド(プレアデス)の誰かをお供にと進言したが聞き入れられなかったのだ。

 不安顔の仲間たちにデミウルゴスは声をかける。

 

「それに関しては致し方が無い事だと思いますよ、シャルティア。私が至高の御方と同じ立場であれば、やはり同じ判断を下したでしょう」

「っ! ……理由を教えておくんなまし」

「簡単な事です。我々階層守護者は子も同然。未知なる危険に晒したくはない――と慈悲深い御方々は仰られるだろうけど、実際は我々が不甲斐無いからに過ぎません。皆さんもお忘れではないと思いますが、ナザリックがこの世界に転移した際、ここに居る誰一人としてその異変に気付くことが出来なかった。守護者として信頼を失って当然です」

 

 空気が重くなる。デミウルゴスの言う通り、あの時この場の誰も異変に気付くことが出来なかった。セバスの報告を聞くまで確信が持てなかったのだ。

 

「だからこそ我々は与えられた任務を確実に遂行し、失った信用を取り戻さねばなりません」

「デミウルゴスの言う通りよ。御身の心配ももっともだけれど、私達の在り様にも気を配るべきだと思うわ。まずは信用を取り戻す事。皆も肝に銘じなさい」

 

 アルベドのその言葉に一同は神妙に頷いた。

 そして暗い空気を追い払うかのようにデミウルゴスは話題を変える。

 

「しかし、驚くべきは至高の方々が人間に変身出来るという事実。正直、初めてお見かけした時は目を見張りました」

「指輪ノ(ちから)ト伺ッタゾ」

「は、はい。僕も伺いました。ユグドラシルの時と効果が微妙に変わっていると仰っていました」

「ほう、それは興味深い。マーレ、どのように効果が変わったかは聞いているかい?」

「えっと。あの、確かユグドラシルでは自由に種族を選択できたとか……。でもこの世界ではそれが出来ず『深く理解している種族』に限定されてしまっていると……」

「ふむ。深く理解している種族……ですか。これは考えようによってはアルベドにもチャンスがあるかもしれませんねえ」

「わ、私!?」

 

 受肉したモモンガを想像し悶々していたアルベドは急に話を振られて焦る。

 

「はい。モモンガ様にサキュバス、又はその近親種について深くご理解して頂ければアルベドとの間に子をも――」

「ちょ、ちょっと待つでありんす!! こ、ここでわたしたちが勝手に進めていい話ではありんせん!」

 

 シャルティアが慌ててデミウルゴスの言葉を遮ると、アルベドも追随する。

 

「そ、そうよ! この話はここまでにしましょう!」

「これは意外ですね。アルベドなら喜んで話に乗ると思いましたが」

「とんでもない! モモンガ様にはやまいこ様がいらっしゃるじゃない!」

「確かに至高の方々同士であればこれに勝るものはありませんが。御方を抜きにしても……、個人的には神人の件もありますしナザリックの戦力増強の為に私たち(NPC)だけでも繁殖実験はしてみたいのですが」

 

「勝手な繁殖実験はダメよ。ナザリック地下大墳墓の維持運営費用は至高の御方々が厳密な計算の上でシモベたちを召喚しているんだから。

 と、とにかく! この話は事を急いてするものではないわ。私としても御寵愛を受けたいのはやまやまだけれど、御二人の関係が固まってからでも遅くないと思っているの。ね、セバスもそう思うでしょ?」

 

 今度はセバスがアルベドに話を振られたが、彼は空気を読んで同意する。

 

「はい。ナザリックが転移する直前のご様子を思えば、御二方をそっと見守るのも有りかと」

「セバス。御二人のご様子とは?」

 

 食いついたデミウルゴスに若干の面倒臭さを感じたがそれをおくびにも出さずセバスは答える。

 

「この世界へ転移する直前、玉座に座られたモモンガ様は膝の上にやまいこ様を乗せられると、それはもう仲睦まじく過ごされておりました。具体的には――」

 

 何故そんな細かい所まで覚えているんだと疑問に思うほど詳細に説明するセバスの話に、あの時の光景を思い出したのかアルベドと戦闘メイド(プレアデス)たちが顔をほのかに赤らめる。その様子にデミウルゴスも何かを納得したのか「なるほど」と頷く。

 

「この世界に来て初めての朗報と言ったところでしょうか。分かりました。御方のご子息に関しては暫くは見守るとしましょう。繁殖実験に関しては申請書を提出し御方の判断を仰ぐとしましょうか」

 

 デミウルゴスの言葉にほっとしたアルベドはこれ以上話が拗れないうちに守護者統括として場をまとめる。

 

「ではこれにて会議を終了するわ。各員仕事に執りかかってちょうだい」

 

 一同は礼をするとそれぞれの想いを胸に解散したのだった。

 

 

* * *

 

 

 城塞都市エ・ランテル、居住区外縁側の通りをモモンガ一行は進む。冒険者組合があった先ほどの大通りと比べると建物の背は低く、小さな商店や住宅が立ち並んでいる。一行はクレマンティーヌの案内の下、受付嬢が教えてくれた新米冒険者用の安宿へと到着した。

 両開きのウエスタンドアを開けて入ると一階は酒場にもなっているのか意外なほど広く奥行きもある。雑多に並べられた丸テーブルには幾人かの冒険者たちが席に着き、食事や雑談をしているのが見える。

 モモンガは受付らしきカウンターで店の主人と思しき屈強そうな男に声をかける。主人は元冒険者なのか体には細かな傷が目立つなかなかの偉丈夫だ。

 

「部屋を借りたい」

「何泊だ?」普段から冒険者たちを相手にしているだけにその濁声(だみごえ)は堂々としていた。

 

「一泊でお願いしたい」

「相部屋で一日五銅貨、飯はオートミールと野菜。肉が欲しけりゃ追加で一銅貨だ」

「出来れば3人部屋を希望したいんだが」

 

 主人がちらりとやまいことクレマンティーヌへ視線を向ける。

 

「3人チームか。すまないがこの宿には相部屋の他は二人部屋と四人部屋しかない。二人部屋は一日七銅貨、四人部屋は一日一銀貨だ」

「四人部屋で頼む」

「前払いだ。部屋へは奥の階段から3階突き当り。これが鍵だ」

 

 料金を払い鍵を受け取るとモモンガたちは歩き始める。が、それを邪魔するかのように酒場の丸テーブルから足が出された。

 立ち止まって足の持ち主を観察すると(アイアン)のプレートをしており、嫌らしい薄笑いを浮かべている。宿屋の中という事もあり物々しい装備はしておらずラフな格好だ。同じテーブルを囲む者たちもその風体は似通っており恐らく冒険者チームなのだろう。

 

(やれやれ……)

 

 モモンガはこの挑発に乗ることにし、その足を軽く蹴りはらう。

 

「おいおい、痛いじゃねぇか」男は待っていましたと言わんばかりに立ち上がり、ドスの利いた声で威圧しながらゆっくりとモモンガににじり寄る。

 

(主人も他の客も見ているだけで止めようとしない。つまりあれだ。新人いびりの一環、手荒い歓迎って奴だな。ユグドラシルにも居たっけ。こんな風に絡んでくるNPCが)

 

 ここでの対応次第で冒険者としての前評判が変わりそうだなと思ったモモンガは、そんな思考をする自分に苦笑する。

 

「ふっ。まるでゲームだな」

「……野郎」

 

 モモンガにおちょくられたと思った男の目に怒りの感情が宿る。しかし視線が後ろに控えるやまいことクレマンティーヌを捉えると、その怒りが粘ついた物へと変わる。

 

「てめぇはむかつく野郎だが……俺は寛大でな。そっちの女を一晩貸してくれたら許してやるぞ?」

 

 後ろに居て見えないがクレマンティーヌの方から微かな殺意を感じる。分かり易いくらいに下卑た挑発だが、チームメイトをその辺の娼婦と同じように扱われては頃合いだろう。

 

(大事になる前にさっさと終わらそう)

 

 モモンガが男の胸倉を掴もうとした瞬間、二人の間に素早く割って入る影が一つ。

 

「え!?」

 

 やまいこが流れるような動きでモモンガの前に滑り込むと、僅かに身を沈め、上半身を捻るようにして差し出した左腕の正拳を男の腹へ叩き込む。

 強烈な一撃を腹に受けた男が堪らず前屈みになるのに合わせ、やまいこは一歩踏み出した右足で男のつま先を固定すると、突き出された男の顎に真下から腰だめた右手の拳を垂直に放つ。

 ゴキャッ!と嫌な音を立てて、意識を刈り取られた男がその場に崩れ落ちる。

 

 回避はおろか抵抗すら出来ずに男が倒された事に、それまで周りで様子を見ていた客たちからどよめきが起こる。

 やまいこの身のこなしが(カッパー)のそれでは無かったからだ。

 

「モモン、こいつ弱いよ」

「あ、あぁ……。マイ、もう少し手加減した方が良いと思うぞ」

 やまいこがいきなり直接的な手段に出るとは思わなかったモモンガは内心ドキドキが止まらない。

 

 当のやまいこは相手の予想外の弱さに驚いた表情をしている。

「クレマンティーヌを基準にしちゃったからな……」

 

「自分で言うのもなんだけど、私これでも英雄の領域に踏み込んでるからねぇ」

 クレマンティーヌは倒れている男を見ながらケラケラと笑っている。

 

 倒れた男を見下ろすと顎が粉砕されていた。

 道中、ゴブリンなどで加減を学んでいなかったら頭が吹き飛んでいたかもしれない。

 

(自分も気を付けないと簡単に人間を殺してしまいそうだ)

 

 モモンガは絡んできた男と同席していた冒険者たちに声をかける。

 

「で? 次はどうする? お前たちのお仲間は()()()()ようだが。続けるか?」

 モモンガの言葉にテーブルの男たちは青ざめる。

 ここに来てようやく絡んだ相手が(カッパー)の雰囲気ではない事に気付いたようだ。

 

「な、仲間がすまないことをした! 謝らせてくれ!」

「そうか。彼女も無事なようだし、許すとも。宿の主人には迷惑料を払っておいてくれ」

「勿論だ。こちらで払っておく」

 

 モモンガ一行は酒場を見渡し一段落した事を確認すると、階段を登って与えられた部屋へと向かう。

 

 

 

 

 扉を開けると机が一つと木製の寝台が四つ、それ以外に調度品が見当たらない質素な部屋が出迎える。鎧戸が開け放たれた窓からは外の明かりが差し込んでおり、3階の部屋なだけに見晴らしはそこそこ良かった。

 三人は疲労無効のアイテムを装備しているとはいえ、ベッドに腰を下ろすと自然と一息ついてしまう。

 

「さて、これからの事だが、クレマンティーヌ。今後、同じチームとしてやっていくにあたり我々の当面の目的と改めて簡単な取り決めだけ伝えておく」

「はい。モモンガ様」

 

 モモンガの真面目な口調に対しクレマンティーヌも姿勢を正し真面目に応える。

 

「あー……、うん。先に取り決めを伝える。私とやまいこさんがこの冒険者の格好をしている間は人目が無くても畏まらなくていい。敬称も不要だ。あくまでパートナーとして振る舞ってくれ。チームリーダーはモモン。依頼で得た報酬は均等割。あと冒険の途中で何者かを生け捕らねばならない事態になった時はお前に任せる。先程のような脆弱な相手だと、下手をすると我々の力では殺してしまいかねないからな。いいな?」

「はーい。そーいうの得意だからまっかせてー」

 

「切り替えが早いな……。良し。続いて目的だが一つは人間観察だ。謁見の場に居たなら聞いていただろうがナザリックの基本方針は共存共栄だ。しかし共存するにしても相手は選ぶつもりだ。この意味は分かるな?

 そして二つ目の目的は、冒険者として社会的地位を得る事だ。これは周辺の様々な情報を得る為ではあるが、同時にナザリックとして立場的に対応がし難い事態が起こった時に、ナザリックとはまったく関係の無い一介の冒険者として介入するためだ。分かったか?」

「りょうかーい」

 

「マイからクレマンティーヌに何かある?」

「ん? そうだな。強いて言えば冒険者のランクを手っ取り早く上げる方法とか? 何か前例とか知ってる?」

 

 冒険者登録したての三人は当然最低ランクの(カッパー)だ。この上に(アイアン)(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトと続く。ランクが高くなるほど仕事の質も報酬額も良くなり社会的地位も高くなるのだが、如何せん(カッパー)からアダマンタイトまでは先が長い。

 

「んー……ランクを飛び級したいって事だよねぇ? 手っ取り早いのは第五位階魔法辺りをぶっ放すとか? 実力は簡単に証明できるだろーけど周りの心証はどーかなぁ……。

 社会的地位って、要は周りの信用を得たいって事でしょ? なら強いモンスターを討伐するのが堅実かもね。エ・ランテルで一番強い冒険者がミスリル級らしいから、難度50程度のモンスターでも倒せば組合も試験とか抜きに認めてくれるんじゃないかな?」

「なるほど。彼らが倒せない敵を討伐して恩に着せれば名声も得られるし、一気にミスリルかオリハルコンにはなれそうだね」

 

 確かに現地の戦力で敵わないモンスターを目の前で討伐するのは効果的に思えた。単に実力のある冒険者よりは救国の英雄とかの方が活動する上でも良いはずだ。ただ難度50、つまりレベル15前後という微妙なモンスターをどうやって確保するかが問題だが。

 

「ふむ。モンスターを討伐する方向性で行こう。ただし実行する前にしばらくは新人らしく依頼を受けて顔を売っておこう。それで良いかな?」

「異議なし」

「わたしもそれでおっけー」

 

 こうして三人の冒険は静かに幕を開けるのだった。

 

 




ブリタは青いポーションを前にご満悦。

独自設定
・クレマンティーヌの装備一式
・猫耳セットは某ゲームから

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