骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第38話:異変

「ねえ、これ見てモモン。これって“冷蔵庫”だよね?」

「ですよね……。それに、こっちは回転翼(プロペラ)が無いけど、形状的に“扇風機”ですよ」

 

 翌日、モモンガたちは午前中のうちに帝都北市場へと足を運んだ。

 中央市場の露店商が準備に追われているこの時間帯に、北市場は早くも活気づいていた。広場に並ぶ露店は屋台めいたものではなく、石畳に薄い敷物を広げただけの簡素なものだ。並べられた商品も見るからに中古品が多く、それらの商品を前にどっしりと居座る露店の主人たちは冒険者やワーカーと呼ばれる連中だ。

 そしてそんな露店を順繰りと物色している客層も、腕に覚えがある者たちで占められている。

 

 帝都北市場。そこは冒険者やワーカーたちが、冒険中に見つけたアイテムや、仲間内で不用となったアイテムを売買するための市場だったのだ。

 

 故に、掘り出し物がある。

 時には装備品の質で生死が決まる世界に生きる彼らだ。出展する品々も当然高価なマジックアイテムなどが多く含まれる。無音(サイレンス)が付与された鎖着(チェインシャツ)、命中補正が付与された合成長弓(コンポジットロングボウ)、軽量化が付与された大盾(ラージシールド)などなど、中古品だが駆け出しの冒険者たちには十分価値のある物が並んでいる。

 

 しかし、クレマンティーヌが供する御方々はそれらの装備品には目もくれず、もっと地味なアイテム、冒険を補助するようなマジックアイテムや、それこそ“あれば生活が少し楽になる”程度のマジックアイテムにご執心のようだ。

 

 それも当然だとクレマンティーヌは思う。

 自分に与えられたものを含め、彼らの装備はこの市場中のマジックアイテムを搔き集めても釣り合わない超一級品。余程変わり種でないと関心は示さないだろう。

 

 今、御方が手に取っているのは“魔法の保冷箱”と“魔法の送風筒”。

 前者は入れた物を冷やす魔法の箱で、後者は微風を発生させる魔法の筒だ。どちらも生活に必須かと問われると首を傾げる代物で、神器に囲まれた彼らには不要だと断言できる。

 

(チッ!)

 

 クレマンティーヌは誰にも聞かれぬよう小さく舌打ちする。

 店主の眼つきが気に入らない。やまいこが新たに保温瓶(ウォーム・ボトル)を手にしながら露店の主人相手に値切り交渉をしているのだが、当の主人は目の前の豊満な胸に釘付けなのだ。もともと客商売とは無縁の彼らは無遠慮で品がない。

 思わずその両目を抉りたくなる衝動に駆られる。

 

「もう少し安くならない?」

「ん~、そうだなあ……」

 

 聞こえてくる2人のやり取りから、露店の主人が交渉に全く集中出来ていないと分かる。

 やまいこの提示する金額が既に半額を割り込んでいるにもかかわらず、肝心の主人は注意散漫でただただ曖昧に頷くばかり。ここまでくると〈魅了(チャーム)〉を勘ぐってしまうが、原因は明らかにたわわな果実だ。

 スーツの守りは硬いが、はち切れんばかりのベストが妄想を駆り立てるのだろう。

 

 やまいこが己の“女”を誇示するような人物ではないことは、一緒に旅をしてきて知っている。

 なにしろ彼女の正体は人間では無く半魔巨人(ネフィリム)だ。人間の劣情なぞ気にも留めていないだろう。恐らく彼女自身に他意は無く、その視線誘導も無自覚なはずだ。

 ただ、結果的に交渉を優位に進めているのは流石だ。高値を吹っ掛けられたら交渉に割って入るつもりだったが、この様子なら杞憂に終わるだろう。

 

 しかし、クレマンティーヌを不機嫌にさせるものがもうひとつある。

 この北市場に着いてから、纏わりつくような視線を感じるのだ。

 

 クレマンティーヌは買い物に飽きた素振りで伸びをすると、さり気なく周囲に目を配る。

 相手を発見できない自分にも苛立つが、何よりも、敵意や殺気を発さず、ただ監視するだけというのが癇に障る。

 

(見つけたら、ぜってー絞める!)

 

「買った!」

 独り黒き波動に燃えていると、やまいこが無事に保温瓶(ウォーム・ボトル)を手に入れたようだ。

 受け取った金額を手に愕然としている露店の主人を見れば、勝者がどちらなのか容易に想像できる。

 

 ひとまず溜飲を下げると、気を取りなおして次の露店へと歩を進める御方々の後を追う。

 相変わらず絡む視線が気になるが、昨日の四騎士の例もある。アダマンタイト級冒険者の注目度は何処へ行っても高い。単に帝国側の素行調査だと思えば幾らか気持ちも楽になる。

 

「クレマンティーヌ、買い物に付き合わせて悪いな。何処か見て回りたい所とかあるか?」

 気を利かせたモモンガが声をかけてくるが、買い物自体に不満はない。

 市場巡りも観光といえば観光だ。

 

 しかし、目の前の神々は、多少でも我が儘を言わないと“遠慮している”と言って悲しい目を向けるのだ。純然たる支配者としての顔を知るクレマンティーヌは、その悲し気な眼差しにどうにも慣れない。

 さらに言えば、そんな現場を階層守護者たちに見られないことを祈るばかりだ。

 

「んー、強いて言えば闘技場とか?」

 魔法学園は午後に予定しているし、美術館は柄ではない。帝国主流の四大神にも興味がないので神殿巡りも琴線に触れない、――となると候補は絞られる。

 

「闘技場か。お、割と近いな」

 モモンガは手元の観光案内で場所を確認するとフムフムと頷いている。

「闘技場で食事できるみたいだな。市場を一巡りしたら昼食ついでに行ってみるか」

 

「いいね。じゃあ、ちゃちゃっと見ちゃおうか」

 モモンガの提案にやまいこも了承する。

 とはいえ、露店巡りはすぐに終わる。やまいこが鑑定用の眼鏡をかけていたこともあるが、元より神代の存在が心動かされる希少アイテムなぞ早々出回るものでもないからだ。

 

 

* * *

 

 

 活気のある大通りを進むと、多くの人々で混雑する闘技場前にたどり着く。

 北市場とは異なり、こちらは一般人も居るためか混雑具合は先程の比ではない。立ち並ぶ露店も台車や屋台を利用したしっかりした物で、取り扱う商品も観光客を意識した土産物や食べ物だ。

 

 モモンガたちは何の肉か分らない串焼きを頬張りながら闘技場を見上げる。

 第六階層の円形闘技場(アンフィテアトルム)に負けず劣らず見事な建築物だ。人の手で基礎から建てたのだから感嘆に値する。

 

 この建築物を見て感動しないユグドラシルプレイヤーはいないだろう。

 仮想現実から現実になったユグドラシル由来の物はどれもこれも完璧だが、プレイヤーはそれらが元々は実体の無いデジタルデータであることを知っている。もちろん、データの作成にはモデラーやグラフィッカーの活躍あってのものだとは理解していたが、それでも数え切れない数の職人が何年もかけて建築した作品から受ける感動は、やはり質が大きく異なるのだ。

 

 モモンガは広場を見渡す。

 賑わう広場を含め、ここには生の活気が満ちていて羨ましい。円形闘技場(アンフィテアトルム)の観客席全てをシモベで埋めるのは難しく、またゴーレムの拍手で穴埋めしたとしても生者の活気には敵わない。

 

 ナザリックと比べてどちらが良いか。

 モモンガの答えは当然ナザリックだ。ただ、それは大切な仲間たちとの思い出込みの回答だ。

 もし、“ナザリックをひとりで手に入れた”とか、ナザリックが“攻略直後の手付かずの状態”であれば答えは変わってきただろう。

 

 

 

 

 

「ねえ、あれも美味しそうじゃない?」

 やまいこに促されて目を向けると、螺旋状に巻かれた焼き菓子が目に入る。

 漂ってくる甘く香ばしい匂いが食欲をそそる。

「デザートに良さそうだ」

 

 注文するかたわら、モモンガはふと広場の一角に幌馬車が数台停まっているのが目に入る。

 周囲には同行するのであろう帝国軍の兵士たちが集まっていた。

 

 モモンガの視線に気づいたのか店主が焼きながら教えてくれる。

「気になるかい? ありゃ森妖精(エルフ)を送る輸送隊さ」

「奴隷から解放されたと聞きましたが、それですか?」

「ああそれだ。なんだ、知ってたのかい。帝国中に散らばった連中を一旦帝都に集めて、ああして送り出してるんだとさ」

 なるほどと頷くモモンガだが、実はアウラからの報告でこの店主よりも詳しく知っていた。

 

 つまるところ、件の森妖精(エルフ)たちはフィオーラ王国へ送られるのだ。

 ただ初めからフィオーラ王国が受け入れ先であった訳ではない。秘書官ロウネがフィオーラ王国から戻ってすぐに森妖精(エルフ)たちの解放は実現された。しかし、解放を宣言したものの、当の本人たちは故郷――エイヴァーシャー大森林に戻ることを拒んだのだ。

 

 曰く「狂王のいる国には戻りたくない」と。

 耳を切り落とされ、国に帰ってもまともな扱いを受けないと知っている彼らは、このまま一生を奴隷として終えても構わないと諦めていたのだ。奴隷にする過程で徹底的に心折られていた森妖精(エルフ)たちは、解放されたところで無気力から脱することができなかったのだ。

 

 これに困り果てたのはロウネだった。

 皇帝の意向によりフィオーラ王国と関係を密にしていく中で、耳を切り落とされた森妖精(エルフ)の存在は不都合だった。フィオーラ王国の闇妖精(ダークエルフ)と奴隷だった森妖精(エルフ)に直接的な関係はないが、今後を見据えると極僅かな不安材料も手元に残しておきたくはなかったのだ。

 

 そこで駄目もとでフィオーラ王国に受け入れを打診したところ、まさかの快諾。

 しかも数名の森妖精(エルフ)たちの耳を再生させ、「10年の労働義務を終えれば永住権を得られる」、「耳を再生してくれる」と喧伝させたことで、他の森妖精(エルフ)たちの説得が容易になったのだ。

 森妖精(エルフ)にとって10年は一瞬。なによりも、切り落とされた耳の再生は是が非でも叶えたい願いだったのだ。

 

 そして、冬の間に各領地へ知らせを飛ばしたことで、こうして今、帝国中から元奴隷の森妖精(エルフ)たちが帝都に集まってきている訳だ。

 行先は帝国最西端、トブの大森林の最東端。道中、危険な緩衝地帯を通るため、正規軍が引率するという手厚い扱いだ。

 

 

 

 

 

「ほらよ。できたぞ」

 代金を支払って焼き菓子を受け取ると、モモンガはやまいこたちと合流する。

 

「あれが例の馬車?」

「ええ、そのようです」

 やまいこも気になっていたのか馬車を見ている。

 

 アインズ・ウール・ゴウンは、エイヴァーシャー大森林に住む森妖精(エルフ)たちの情報をかなり高い精度で得ていた。

 王の暴政や民の境遇など、情報源はスレイン法国と、彼らが戦時中に捕らえた森妖精(エルフ)の捕虜、そして帝国と同じように解放された法国の森妖精(エルフ)奴隷たちからで、精神魔法を交えた聞き取り結果の信頼度は非常に高い。

 

 そして、同時にこの世界の限界を知ったのだ。

 

 この世界の限界。

 端的に言えば成長限界。ユグドラシル――、ゲーム用語でいえばレベルキャップだ。

 

 その知らせを受け、100年後を見据えて戦力を増強するつもりだったモモンガたちは大いに落胆した。

 

 モモンガたちは、現地戦力の脆弱性は実戦経験の少なさが原因だと予想していた。

 しかし、それは半分正解で半分不正解であった。スレイン法国で囲った巫女たちにある種のパワーレベリングを施したところ、狙い通り急速な成長を遂げることに成功した。だが、個人差はあれど早々に全員のレベルが頭打ちになってしまったのだ。

 多くが第四位階で成長が止まり、第五位階に登れたのは僅かひとり。ユグドラシルでいうレベル28前後、現地の基準で難度80前後が限界。誰一人として第六位階、帝国の逸脱者に並ぶことはできなかったのだ。

 

 この事実と、それまでに収集した情報がレベルキャップの存在を浮き彫りにした。

 600年の歴史を持つスレイン法国が、漆黒聖典を増強できずにいること。250年生き、「効率的なれべるあっぷなる儀式」を知るイビルアイでさえ魔将(イビルロード)に届かないこと。極めつけは、外見的な特徴からプレイヤーかNPC、またはそれらの子孫と目される件の森妖精(エルフ)の狂王が、その長い人生のなかで繰り返したであろう()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 これら先達たちが長年積み重ねた事実が、現地勢力に課せられたレベルキャップの存在を示唆していた。

 

 特に森妖精(エルフ)の王の試みは興味深く、そして分かりやすい。

 彼が同種だと思って交わっている相手は、姿形は同じでも“この世界固有の森妖精(エルフ)”で、ユグドラシルの血が流れているであろう王とは厳密には異なる種のはずだ。生まれた子が王に並ぶことができないのであれば、それは異系交配の限界ということだろう。

 人間と森妖精(エルフ)で同じ結果が出ているのならばそれは確信に近いといえる。

 

 現状、モモンガたちが想定する“()()()()()()()()”に堪え得るのは、スレイン法国がナザリックに隠し通せていると思っている切り札、“先祖返りした存在”ぐらいだが、そんな不確定不確実な存在が生まれるのをただ待つのは非効率だ。

 かといって、神人同士の近親交配を繰り返して“先祖返りしやすい血”を作ろうにも、100年という時間は余りにも短すぎる。

 

 この世界の住人に“パワーレベリング”や“養殖”を施しても、戦闘メイド(プレアデス)以上に育たないのであれば来たる100年後の戦いに耐えられるはずもない。最悪スキル一発で蒸発だ。

 弱さを補うために神器級(ゴッズ)で固める手もあるが、ユグドラシル時代でさえカンストプレイヤーがひとつ製作するのがやっとの代物をこの世界で量産できるとは思えない。なによりもデータクリスタルには限りがある。もちろん世界級(ワールド)は論外だし、伝説級(レジェンド)以下ではカンスト勢相手には焼け石に水だ。

 

 この世界の住人に投資するのは無駄――、とまでは言わないが、肩を並べて戦えなければ意味がない。アインズ・ウール・ゴウン仕切りの事業として、“レベル上げ”の優先順位がぐんと下がったのは致し方の無いことだろう。

 

 少なくとも、前線に立たせるなら人類の10倍の力を持つビーストマン、魔術的な働きを期待するなら魔現人(マーギロス)に投資した方が効果的だ。

 何処をとっても他種族より劣る脆弱な人類を無理に鍛える必要は無くなったのだ。

 

 

 

 

 

「クレマンティーヌ、強くなりたいか?」

「そりゃ~……、そー思っていた時期もあったけど」

 唐突すぎる質問にクレマンティーヌは真意を測りかねる。

 

 種族の成長限界と個人の素質で自分の成長が限界に近いことは自覚しているが、今はただ年齢的な肉体限界を迎えるまで最高の性能を引き出せればそれで満足だ。

 

 クレマンティーヌは絶対的な上位存在を目の当たりにして己の分を知った。

 がむしゃらに強さを求めていたあの頃とは違うのだ。今は神々の冒険(あそび)に付いて行けるだけの力があればいいと思っている。

 

 そんなクレマンティーヌの気持ちを知ってか知らずか、モモンガは提案する。

「力を望むなら人外への転生なんてどうだ? カジットは人の身であり続けることを選んでしまったからな」

「う~ん、カジッちゃんの代わりってのがなぁ……」

 

 兄を殺したいと願っていた過去の自分なら、この誘いに迷わず飛びついただろう。

 しかし、今は乗り気になれない。上手く言えないが、規格外の人外と過ごしたことで、己が人間であることに矜持を感じるようになったのだ。

 

「駄目だよモモン。せめて他の誰かで実験してからにしないと。転生後の強さがユグドラシルと同じとは限らないんだから」

 やまいこのその言葉にクレマンティーヌは内心苦笑する。

 

 やはり神々は何処か()()()()

 どちらもクレマンティーヌを思いやった言葉に聞こえるが、言葉の端々に彼らの感性が人間のそれとはズレているのが分かる。戯れに語られる生命の再構築、他人の命を対価に行われる実験。普通の人間が観光中に交わす会話ではない。

 自分が言うのもなんだが、神々はどこかネジがぶっ飛んでいる。

 

 それでも、そんな神でも、自分のことを他の有象無象よりは大切にしてくれるのだから調子が狂う。

 

「マイちゃんに一票~。実験が終わったら、そんときに改めて考えるよ」

 言いながら闘技場の入口を指す。

「それよりさ、闘技場入ろうよ。賭けもできるみたいだよ?」

「ほう、それは楽しみだな」

 

 上手く興味を向けさせたところで、クレマンティーヌはモモンガとやまいこの腕を取る。

 そのまま闘技場の門へと導くと、3人は周囲の壁に目を奪われる。歴代チャンピオンや活躍中の剣闘士たちのポスターが所せましと張り出されていて、なんとも華やかだ。

 

 トーナメント表を確認すると、クレマンティーヌは受付にチケットを求めるのだった。

 

 

* * *

 

 

 散々だった。

 いや、散財したのはモモンガとクレマンティーヌだけで、やまいこの懐は潤った。

 

 言わずもがな、トーナメントの賭け試合に二人が負け、一人が勝ったのだ。

 あくまでも観光中のお遊び。後悔するほどの大金は賭けていない――、と敗者の2人は己に言い聞かすが負け惜しみである。

 

「そろそろ魔法学院に向かいますか」

 闘技場を出ると既に日が傾いていて夕方に差し掛かっていた。

 魔法学院へ向かう頃合いだ。気分を変えるには丁度いい。

 

 バジウッドに都合してもらった紹介状では、残念ながら授業の見学はできないようだった。

 もちろん用意してもらっただけでもありがたいものだ。これでも講師による施設案内と、運が良ければ生徒たちの自主研究を見学できるかもしれないとの事だった。

 

「アルシェを連れてくればよかったな」

 ふとモモンガはアルシェの生い立ちを思い出す。

 その生れながらの異能(タレント)が発覚した際に聞き出していたのだが、守護者任せにしていた為に接点が少なく、今の今まで忘れていた。

 

「学院にシモベを潜入させてノウハウを盗ませようと思ってましたけど、アルシェを復学させるか、いっそのこと大使に任命して交流させるのもありかもしれませんね」

 スレイン法国やバハルス帝国らが取り組む組織体系を、ナザリックにも取り入れる動きがあった。

 その“取り入れ方”に関して守護者たちから様々な案が挙がっていたが、穏便に交流できる機会があるのなら要らぬ波風を立てる必要もない。

 

「でもモモン、あの子って親の借金から逃げてきたんだよね? 狙われたりしないかな」

 金銭問題は後々まで尾を引くもの。

 やまいこの懸念は尤もだ。

 

「借金取りか……。八本指みた――っと、すみません、〈伝言(メッセージ)〉がきました」

「おっけー」

 やまいこに断りを入れて、モモンガは〈伝言(メッセージ)〉に応える。

 

 

 

 

 

「――なんだって? いや、逆に開発に力を入れるチャンスか?」

 思いのほか緊急を要する内容だったために驚くが、悪い話ではない。

 ただ、初動が肝心だとモモンガは直感する。

 

(他の勢力に先を越されるのは不味い……か?)

 

「なにかトラブル?」

 モモンガの独り言を怪訝に思ったのか、やまいこが様子を窺う。

 

「トラブルというよりは、新発見……、かな」

「ふ~ん。……というか、説明~」

「はいはい、ちょっと待ってください。整理しますから」

 

 そして、やまいこに情報を共有すると今後の方針を相談する。

 

 結果、魔法学院の見学は先送り。

 モモンガ一行は急遽帝国魔法省へと向かうのであった。

 

 

* * *

 

 

 夕刻の皇城。

 重要な議題を片付け、一日の作業を終えようとしていた会議室に報せが入る。

 

 西の砦からの報告で、アゼルリシア山脈の中腹で狼煙が上がったとのことだった。

 ただ報せを受けたものの、ジルクニフにはその狼煙が何を意味するのか皆目見当もつかなかった。化外の山に狼煙が上がったところで、その意味するものが何なのか知る由も無い。

 しかし、記録係が引っ張りだしてきた古文書によって事態は一変、会議室がにわかに慌ただしくなる。

 

「それで爺、確認はできたか?」

「はい。狼煙の元はドワーフ王国の地表砦。記録では名をフェオ・ライゾ、ドワーフの都市のひとつです。ただ、魔法で確認できたのは地表部のみ。山の中までは分かりません」

「取引相手のフェオ・ジュラと“同じ”と考えていいのか?」

 

 その質問に顎髭を撫でながらフールーダは思案する。

「内部分裂したなどとは聞き及んでおりません。同じドワーフ王国と言えましょう」

 

 ジルクニフは熟考する。

 現状、情報が少なすぎて判断材料に欠けるが、少なくともドワーフ王国に何かあったと考えるべきだろう。貴重なマジックアイテムの輸入先と思えば無視するわけにもいかない事案だ。

 

「伝承に従って軍を派遣すべきか……。どう思う?」

「難しいところですな。盟約が結ばれたのは帝国建国前。あれは当時の諸侯と結ばれたもので200年以上も前の話です」

 

 古き盟約。

 記録係が引っ張りだしてきた古文書によれば、それは世界各地で暴れ回る魔神に対抗するために結ばれた共闘の誓いだ。様々な種族からなる十三英雄に倣い、当時影響力を持っていた諸侯たちが種族を問わず団結した証でもある。

 

 盟約の内容は至極単純だ。

 領地に魔神が襲来した際には狼煙を上げ、襲撃の周知と援軍を要請する。逆に狼煙を確認した同盟者たちは、ただちに兵を挙げて駆けつけねばならない。

 もっとも共闘の誓いなどと書かれてはいるが、その主だった活動内容は魔神の襲撃で混乱した各領地の秩序回復で、魔神との直接戦闘は不意の遭遇戦を除いて十三英雄たちに任せていたと記録されている。

 

 狼煙の由来を知った今、何もしないという選択肢は無い。

 しかし――。

 

「問題は魔神が本当に現れたかどうか、だが……」

 国を預かる者として、懸念するのはその一点に尽きる。

 エ・ランテルで伝説の不死者(アンデッド)に一軍を壊滅させられたばかり。とてもではないが魔神に対抗できる展望が持てない。

 おとぎ話にでてくる小国のように帝国も滅ぼされてしまうのではと思うと胃が痛くなる。

 

「陛下、盟約は帝国建国前のもの。我々に軍を派遣する義務はありません。しかし、情報が足りないのも事実。そこでまずは小規模の調査隊を組み、例の漆黒を水先人として雇っては如何でしょうか。アダマンタイト級ともなれば道中の露払いもできましょう」

 

 漆黒を雇い入れる利点を考えれば納得できる案だった。

 調査隊を送るにしても帝国軍は魔物との戦闘に慣れていない。冒険者が必要無いくらいには鍛えているつもりだが、その技術、戦術は人間や亜人を想定したもので魔物相手ではないからだ。

 人外の住む地での“生存率”ともなると手練れの冒険者に軍配が上がるだろう。それがアダマンタイト級冒険者ともなれば他者を守りながら行軍することも可能なはずだ。

 

 さらに利点がもう2つある。

 ひとつは、トブの大森林を横切る際、フィオーラ王国の者と遭遇した時に無用な誤解を避けることができるはずだ。同じアインズ・ウール・ゴウンに属する者であれば、いきなり戦闘になることもあるまい。

 

 そしてもうひとつ、対魔神である。

 死の騎士(デス・ナイト)骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を相手にできた漆黒であれば、魔神相手にも奇跡を見せてくれるかもしれない。

 それに、彼らと協力してドワーフに助勢すれば、“帝国が亜人に対して排他的では無い”と神に印象付けることもできる。

 

「その案を採用しよう。調査隊を組み、漆黒を護衛として雇う。指揮官は、誰が良いか……」

「レイナースで宜しいかと。魔物退治に従事していた彼女であれば十分な働きを期待できましょう」

「呪いのことを思えば逆に苦手意識を持っているかもしれんが……、そう決めつけるのは浅慮か」

「純粋に成功率を思えば止む無しかと」

 

 そう言われてしまえば返す言葉もない。

 それに、残り三人になった四騎士の中で、“誰を身近に置くか”を基準に考えると、レイナースはいざという時に不安があるのも確かだ。

 

「良し、指揮官はレイナースだ。聞いたな、皆の者。準備にかかれ!」

 ジルクニフの命を受け、秘書官たちが慌ただしく動きだす。

 

 隊員の選抜から漆黒への依頼と、秘書官たちにとってきっと長い夜になるだろう。

 

 




独自設定
・成長限界、レベルキャップまわりの話。
・古き盟約。

補足
・スレイン法国の元奴隷森妖精(エルフ)たちも帰国を拒んだため神社で預かっていた。フィオーラ王国建国後はそっちに移住させている。



 焼き菓子の値段を設定していないけど、銅貨以下の価格帯のものはどうやって値を付けているのだろう。書籍でもそういった売買の描写が少ないので分からないっす。

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