骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第32話:生者と不死者

 帝国軍に包囲された城塞都市エ・ランテル。

 深夜、都市内に抱える墓地から突如として大量の不死者(アンデッド)が溢れ、立てこもる王国軍は帝国軍と戦わずして崩壊の憂き目にあっていた。墓地に隣接していた駐屯区が特に被害が大きく、また墓地に一番近い西の居住区も不死者(アンデッド)の侵入を許してしまい、徐々にその被害を広げようとしていた。

 

 エ・ランテルの北門付近に金属同士が激しく打ち合う鋭い音が響く。

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと死の騎士(デス・ナイト)が奏でる音だ。

 

 ガゼフは逡巡する。

 少しの油断で致命傷を受けかねない相手、死の騎士(デス・ナイト)

 それを己が無事なうちに都市の外へと追い出したかった。

 

 しかし、すぐ目の前にある北門はフールーダ・パラダインによって塞がれてしまっている。さらに言えば戦争を想定したこのエ・ランテルには防衛的な観点から都市と外界を繋ぐ大きな門は僅かに4対のみ。

 つまり、各門の間隔が離れすぎているのだ。

 

 ガゼフが逡巡する理由はそれだ。

 目の前の死の騎士(デス・ナイト)は強敵だ。それも宝具を纏った己が全力で挑んでも容易には勝利を確信できないほどにだ。そんな相手を遠く離れた東西どちらかの門まで誘導できるだろうか。

 よしんば誘導が成功したとして、門が無事である保証もない。

 

(いや、あの帝国のことだ。すでに全て塞がれたと見るべきか)

 

 この混乱に乗じて全ての門を塞ぎ、自らの手を汚さずに王国軍を潰そうと企てたに違いない。わざわざフールーダを動かしたことがそれを裏付ける。

 そしてエ・ランテルを包囲している帝国軍の動きが分からないのも懸念事項のひとつだ。死の騎士(デス・ナイト)を外に追い出せたとしても、そこに四騎士が待ち構えていては不味い。

 

不死者(アンデッド)は生者共通の敵。四騎士の助勢を期待できるか?)

 

 否、それは絶対にあり得ない。

 既にこの死の騎士(デス・ナイト)をけしかけられているのだ。助けるどころかこれ幸いと死の騎士(デス・ナイト)諸共魔法や弓で攻撃されるに違いない。

「取れる手段は初めからひとつということか……」

 

死の騎士(デス・ナイト)をこの場で倒す)

 

 それもごく短時間でだ。

 なぜなら墓地と隣接するこの場所は不死者(アンデッド)が次から次へと現れる。その不死者(アンデッド)どもを、ガゼフの邪魔にならないようにと部下たちが必死に押し止めているからだ。

 彼らはガゼフと違い疲労を無効化していない。つまり、時間が経てばたつほど、疲労しない不死者(アンデッド)側が有利になるのだ。

 だから時間はかけられない。

 

「オオオオァァァァアアアア!!」

 ガゼフの殺意を感じ取ったのか死の騎士(デス・ナイト)が吠える。

 それを不敵な笑みで応える。

「お前にも分かるか。……この場で屠ってくれるぞ、死の騎士よ」

 

 ガゼフは武技を駆使して連撃を重ねるが全て盾で防がれてしまう。

 しかし、狙いは初めからその大盾だ。死の騎士(デス・ナイト)と数度切り交わし、その巨躯を覆い隠す大盾は厄介だと判断したからだ。人間でいうところの急所や関節などを狙おうにも、素早い動きと練度の高い盾さばきによって防がれてしまうのだ。

 だからこそ、まずはその巨大な盾を剃刀の刃(レイザーエッジ)で切り刻み文字通り削り取るつもりなのだ。

 

 

 

 

 

 何度剃刀の刃(レイザーエッジ)を叩き込んだだろうか。

 剃刀の刃(レイザーエッジ)は宝具たり得る能力を発揮し死の騎士(デス・ナイト)の大盾を防具として役に立たなくなるほど削りきると、ついに剣の切っ先がその左肘を捉える。

 関節を断ち切る不快な感触と共に大盾だった物を持つ左腕が宙を舞いドサリと地面に落ちる。

 

『おおぉ! やったぞ!!』

『流石隊長だぜ!』

『伝説の戦いだ! すげぇ!!』

 決定打に欠ける攻防が続き不安を募らせていた周囲から歓声が上がる。

 

(行ける!)

 

 ガゼフ自身も確かな手応えを感じたため、攻撃の手を緩めずに一気にたたみかける。

 大盾による防御が無くなると、今まで苦戦していたのが嘘であるかのようにガゼフの剣が死の騎士(デス・ナイト)の身体を捉え削り取っていく。

 

(大盾ひとつでここまで変わるか)

 

 ガゼフは劇的に形勢が変わりやや拍子抜けするがそれも致し方がない。

 彼にはあずかり知らぬことだが、死の騎士(デス・ナイト)はユグドラシルにおいても防御に特化したモンスターだ。この転移世界で例えるならば防御能力は難度120と高いが攻撃能力は難度75相当。その特筆すべき防御の要である大盾を失えば、片足を英雄の領域に踏み込んでいるガゼフであれば十分に渡り合える存在と言えた。

 

 

 

 

 

 ガゼフは戦士として培ってきた経験から相手が限界に近付いていることを察知する。が、たとえ己が優位となっても彼は油断も慢心もしない。

 最後まで全力と行きたいが己は王国を背負う身。ふらつく死の騎士(デス・ナイト)へ究極の武技を叩き込みたいところだが、ここで集中力を全て消費して倒れる訳にはいかない。まだまだ多くの不死者(アンデッド)がエ・ランテルを蹂躙しているのだ。奴らを殲滅するだけの力は残しておかなければならない。

 

 故に今必要なのは余力を残しつつ死の騎士(デス・ナイト)を確殺しうる武技〈六光連斬〉。

 通常の武技3回分の集中力と体力を消費する代わりに、その名の通り一刀のもとに六つの斬撃を同時に叩き込む荒業だ。この武技を一発放つ程度であれば十分な余力を残せる。

 後顧の憂いを断ち切るには十分だろう。

 

 ガゼフは死の騎士(デス・ナイト)を見据えると剃刀の刃(レイザーエッジ)を正眼に構え闘気を練る。

 それに応えるかのように死の騎士(デス・ナイト)も波打つ剣を構える。が、片腕を失っているために軸がぶれており、現れた当初のような圧倒的な脅威はもはや感じられない。

 

「――っ! 武技〈六光連斬〉!」

 踏み込みと同時に武技を発動すると六つの剣閃が空中に線を描き死の騎士(デス・ナイト)を切り刻む。

「取っ――っ!?」

 

――ザンッ!

 

 討ち取った――と、ガゼフが確信した瞬間、ガゼフの左腕が切り飛ばされていた。

『せ、戦士長!』

 部下たちが揃えて悲鳴を上げる。

 

 左腕を狙ったのは偶然か、それとも意趣返しのつもりなのか、苦痛に歪むガゼフを見て死の騎士(デス・ナイト)は腐敗した顔で邪悪な笑みを浮かべる。

 

「くっ! ば、馬鹿な……、不死身なのか!?」

 ガゼフには油断も慢心も無かった。

 討ち取ったと確信した“戦士としての手応え”も確かなものだ。

 

 ただ、知らなかったのだ。死の騎士(デス・ナイト)の持つ特殊能力。ユグドラシルで明文化されたそれは、「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」という純然たる壁役としての能力。中位アンデッドでありながら、その使い勝手の良さから運用の仕方では高レベル帯でも活躍できる能力だ。

 あと一振り、右手に握る剃刀の刃(レイザーエッジ)を振るえば倒せたはずだが、しかし、ガゼフはその事を知らなかった。だからこそ確殺した筈の相手に斬られた動揺から、反射的に退いてしまっても誰にも責めることはできないだろう。

 彼の目には死の騎士(デス・ナイト)が文字通り不死身に映っていたのだから。

 

 ガゼフは数歩下がると片膝を突く。

 左上腕の半ばから切り飛ばされていた。切断面の焼けるような痛みに顔の筋肉がひきつけを起こしてしまう。長い戦士としての経歴のなかでも片腕を切断されたことは無かった。肉を裂き骨を断たれ神経を蹂躙される痛みに脂汗が滲む。

 止血を試みたいが死の騎士(デス・ナイト)を前に剣を手放す訳にもいかない。

 

守護の鎧(ガーディアン)が抜かれるとは……」

 王国から預かる宝具。守護の鎧(ガーディアン)は致命的な一撃を避ける魔化が施されていたはずだ。しかし、死の騎士(デス・ナイト)の一刀を防ぐことができなかった。口惜しいのは片腕では連斬系武技の精度が著しく低下することだろうか。

 ガゼフは自己分析し、さらに悪いことに気づく。

 心なしか疲労を感じるのだ。

 

「これは……不味いな……」

 切り落とされた左腕と共に疲労を無効化していた活力の籠手(ガントレット・オブ・ヴァイタリティ)の片方を失った。そのために効果が失われたのではとガゼフは推察する。

 唯一の救いは常時癒しの効果を得ることのできる不滅の護符(アミュレット・オブ・イモータル)によって出血ですぐに戦闘不能に陥ることはなさそうなことだ。もっとも、欠損した腕を再生するだけの効果はないので状況が好転するわけでは勿論ない。

 

「戦士長を守れ!」

『おぉ!!』

「な!? 止めろ! お前たち!!」

 ガゼフの窮地を悟った部下たちが彼を救うために死の騎士(デス・ナイト)に殺到する。しかし、たとえ弱っているとはいえ難度100を超える死の騎士(デス・ナイト)を相手に、難度30に届くかとどかないかの彼らが敵うはずがない。

 

「ふぐっ!?」

「ぎゃあ゛ぁ!!」

「ひぃい゛ぃぃ!」

 ガゼフの目の前で部下たちが倒れていく。

「止めろ! 下がるんだ!!」

 

()()()! また失うのか!!)

 

 日をまたがぬうちに二度も救われる。

 カッツェ平野に続き、またしても部下たちが命を懸けてガゼフを救い出そうとしている。そのこと自体には感謝しかない。己を慕う部下たちが強敵に立ち向かう様は誇りにさえ思う。しかし、同時に先を、未来を見据えてほしいとも思う。

 

 ガゼフは片腕を失った。

 これでは帝国の四騎士と渡り合うことはできない。既に戦士として死に、第一線には復帰できないだろう。そんな男を救ってなんになるというのだ。

 未来を担う者たちが命をかけて助ける価値は無いのだ。

 

「うぅおぉぉーー!!」

 ガゼフが吠える。

「武技〈流水加速〉!」

 武技を発動させると部下たちの間を縫い突撃を敢行する。部下を切りつけていた死の騎士(デス・ナイト)剃刀の刃(レイザーエッジ)を突き出すが既のところで剣で弾かれる。が、隙を突くことに成功し死の騎士(デス・ナイト)は体勢を大きく崩す。

 

(届かなかったか! だが、逃がさん!!)

 

 ガゼフはそのまま勢いを殺すことなく相手の懐に潜り込むと死の騎士(デス・ナイト)に鍔迫り合いを挑む。残された右腕のみで渾身の力を込めて押し込む。

 

「オオオオァァァァアアアア!!」

 死の騎士(デス・ナイト)は押し返そうとするが体勢を崩されていたこともあり次第にズルズルと足を滑らせ後退を余儀なくされる。

「足掻くなあぁぁーー!!」

 ガゼフが目指す場所は燃え盛る北門。

 そこへ死の騎士(デス・ナイト)ごと突っ込むつもりだ。

 

 ガゼフは己の役目が終わったことを悟り、死の騎士(デス・ナイト)と心中するつもりなのだ。今、死に体の彼にできることはこの化け物を炎にくべること。錬金油の炎で不滅の不死者(アンデッド)を焼き尽くすのだ。

 次代の王国戦士長のために宝具だけは残したかったが、こればかりは焼失しないことを祈るしかない。

 

 ガゼフの決死の突撃からの鍔迫り合いは功を奏し、死の騎士(デス・ナイト)を北門の炎に押し込むことに成功する。瞬く間に炎が二人を飲み込むが、しかし、そこでガゼフは死の騎士(デス・ナイト)には期待した炎による損傷効果が無いことに気づく。

 微かに燃えているようには見えるが、それによって()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ここまでか」

 ガゼフは目を瞑ると死を覚悟する。

 炎によって身を焼かれ呼吸もままならない。何か打開策を講じたいが、酸欠で朦朧とする頭では考えもまとまらない。意識が段々と薄れていくなかで、凛とした声が響く。

 

 

 

 

 

「避けなさい。ガゼフ・ストロノーフ」

「っ!?」

 それはかつてカルネ村で聞いた声。

 漆黒のスーツに身を包んだ女傑の声だ。

 

 失いかけていた意識が覚醒する。

 状況判断が追いつかないが、指示通りに行動すべきだとガゼフは直感する。

「武技〈即応反射〉! 武技〈流水加速〉!!」

 肺に残った空気を絞り出すかの如く、ガゼフは最後の力を振り絞り態勢を無理やり武技によって立て直すと、続けて発動した武技によって死の騎士(デス・ナイト)を突き飛ばす。その反作用を利用して北門から一気に離脱する。

 

 勢いあまって地面に転がったガゼフが顔をあげたその瞬間、炎に包まれた瓦礫が爆発する。燃え盛る瓦礫が宙を舞うその真っただ中を“漆黒のマイ”が駆け、そして、新手の登場に振り向こうとしていた死の騎士(デス・ナイト)の顔面をその拳が捉える。

 

パン!

 

 一撃。

 あの死の騎士(デス・ナイト)が、打撃一発で頭部を失い、滅んだ。

「ば、馬鹿な……」

「倒したのか……?」

 

 やまいこにしてみれば残ったHPを削り取っただけに過ぎないが、この場の王国兵たちにはとてもそのようには見えなかった。

 周囲の微妙な温度差を察すると、やまいこは地面に座り込むガゼフに声をかける。

 

「講義よ、ガゼフ・ストロノーフ。今の不死者(アンデッド)の名は見たまんま、“死の騎士”(デス・ナイト)。剣を交えたなら分かると思うけど、防御特化で不死者(アンデッド)特有の炎に対する脆弱性が無い。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()があるの。覚えておきなさい」

 それを聞きガゼフは合点がいく。

 自分は惜しいところまで行ったのだ。

 ただ、最後の最後で選択を誤ったのだ。

 

 ガゼフの瞳に理解が宿っているのを確認したやまいこは続ける。

「だから、ね。死の騎士(デス・ナイト)と出会ったなら、次からは二回殴りなさい」

「は……、はっはっはっ! 覚えておきましょう! っ痛!!」

 豪胆な指示に思わず笑みを漏らしたガゼフだったが、激痛が切断された左腕を思い出させる。体力も限界で半身を起こすことはできるが立ち上がるにはもう少し回復に時間がかかりそうだった。

 深呼吸をして心を落ちつかせると周囲へ意識を向ける余裕が生まれる。多くの部下たちがいまだに不死者(アンデッド)相手に戦っているようだ。

 

 

 

 

 

「戦士長!」

 自分を呼ぶ声に振り向くと部下が左腕を拾ってきたらしく差し出してくる。

「ああ、すまないな……」

 渡されたところでと思わなくはないが、王国から預かっている宝具を放置する訳にもいかないので素直に受け取る。しかし、必要な時に使えないのでは正直邪魔なだけだ。

 

 ガゼフはダメもとで懐から水薬(ポーション)を取り出すと一口飲み、残りを傷口に振りかけて左腕を当ててみる。炎で負った火傷がいくらか癒されるが流石に欠損した腕を治すことはできない。神殿なら繋げることができるかもしれないが、それもすぐにという訳にはいかないだろう。恐らく儀式に数日を要するはずだ。

 

「治療するから横になってもらえる?」

 マイの声に見上げると、いつの間にかその手に神聖な雰囲気を漂わせる白い短杖(ワンド)が握られていた。

「ほら、ゆっくりしている暇はないわよ」

「あ、あぁ……、頼む」

 

 マイはガゼフを横にさせると短杖(ワンド)をかざす。

 横になる事になんら意味は無い。ただの雰囲気出しだ。そうとは知らずに横になるガゼフに向けて短杖(ワンド)に込められた魔法を発動させる。短杖(ワンド)が魔法の発動と共に淡い光を一瞬だけ纏うと儚くも砕け散ってしまう。

 “砕ける”という不吉な現象に失敗を覚悟したガゼフだが、すぐに身体の変化に気づく。

 

「こ、これは……!?」

 切断された左腕が光の粒子となって消えると同時に、左上腕の切断面から光の粒子が虚空から現れ今度は左腕を形成していく。完全に左腕が再生されると中身を失った活力の籠手(ガントレット・オブ・ヴァイタリティ)だけが乾いた音を立てて転がる。

 ガゼフは恐るおそる左手を開閉したり肩を回してみたりと調子を確かめる。やや筋力が落ちているようだが問題はなさそうだった。驚くことに火傷も完治していた。

 そして短杖(ワンド)が砕け散ったことを思い出し、慌ててマイに向き直る。

 

「治して頂き感謝する。何かお返ししたいところだが……、短杖(ワンド)に見合うだけの物をお返しできるかどうか……」

「貸しにしておくわ。いずれ何かで返してもらうから」

「了解した。立場上“何でも”とはいかないが、私の力が必要な時は声をかけて頂きたい」

 

 やまいこが使用した短杖(ワンド)はユグドラシル時代に愛用していたものだが、実のところ同様の短杖(ワンド)は腐るほどアイテムボックスにストックされていた。

 今回、たまたま使用回数が残り一回の短杖(ワンド)が目に入ったために消費したに過ぎず、この転移世界で簡単に補充することができない事を差し引いてもそれほど貴重なものではない。

 しかし、事情を知らない者の眼前で砕け散れば、今のガゼフのように恩を売るには十分な効果を発揮するのだ。

 

 

 

 

 

「マイ、終わったか?」

 マイの後ろから漆黒のメンバーたちが現れる。

 軽戦士のクレマンティーヌ、魔法詠唱者(マジックキャスター)のモモン、そして森の賢王ハムスケ。

 

(カルネ村に自宅があると聞いていたが……、来てくれたのか)

 

 思えば北門から続く道の先はカルネ村。

 運に恵まれたとガゼフは感謝する。

「ミスリルへ昇級したと噂に聞いた。おめでとう」

 その唐突な祝いの言葉にモモンは苦笑する。

 

「おかげさまで。……お久しぶりですね、戦士長」

「ああ、よく来てくれた。 そ、そうだ! 表には帝国軍がいた筈だが……」

 表にはエ・ランテルを包囲する帝国軍がいたはずで、ガゼフはその動向が気になる。

 

「いいえ、居ませんでしたよ。……ああ、正確には死体のみで、軍団の姿はありませんでした」

「そうであったか……」

 死の騎士(デス・ナイト)相手に損耗を避けるため撤退したとガゼフは見当をつける。

 

(これで北側以外の帝国軍も撤退していれば助かるのだが……)

 

「戦士長、事情は魔術師組合から〈伝言(メッセージ)〉で伺っています。我々はこのまま居住区に向かいますが、駐屯区をお任せしても大丈夫ですか?」

 帝国軍の動きに憂慮しているとモモンから声がかかる。

 ガゼフは左腕を軽く振り感覚を確かめる。

「ああ、問題無い。皆さんには民を救っていただきたい」

 ガゼフの言葉にモモンは頷く。

「もちろんです。――そうだ、ハムスケをお貸ししましょう。お使いください」

 そういうとモモンはハムスケに指示をだす。

 

「ハムスケ、聞いての通りだ。お前は戦士長と共に駐屯区の不死者(アンデッド)を掃討しろ」

「合点承知でござる! 宜しく頼むでござるよ、戦士長殿!」

 ハムスケが後ろから躍り出る。

「これはかたじけない。ハムスケ殿が一緒なら心強い。こちらこそ助力を感謝する」

 

 ガゼフは漆黒のメンバーと別れるとハムスケを伴い部下たちが戦っている墓地へと駆けだすのだった。

 

 

* * *

 

 

 時は少し遡り、エ・ランテルの墓地。

 宝珠を片手にひとり小躍りする人影がある。件の混乱を招いた主犯、カジット・デイル・バダンテールだ。

 死の螺旋が始まり、次から次へと発生する負のエネルギーを宝珠に貯めていた。

 

「ぐふふふ、まさに人生の絶頂! このまま順調に集ま――」

「そこまでにしてもらおうか、カジット・デイル・バダンテール」

「っ! な、何者だっ!!?」

 

 突然声をかけられカジットの心臓がひとつ跳ねる。

 今、この墓地には自分を除き生者はいないはずだからだ。大儀式を共に執り行った部下も既に供物として処理した。この場で話しかけられるとは思いもしなかったのだ。

 

 そして咄嗟に振り返り、中空に留まる六つの影を見て驚愕する。

 より正確には五つの影の中心に佇む、一際濃厚な死の気配を纏う一つの影にだ。その姿を見た瞬間、カジットは反射的に平伏し縮こまってしまう。それは悪戯を咎められた子供のようにも、救いを求める信徒のようにも見える。

 

「お、お許しください!」

 自然と口から発せられた言葉は慈悲を乞うものだった。

 カジットは自分が引き起こした“死の螺旋”の規模であれば、せいぜいが骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が出現する程度だと思っていた。しかし、実際に現れた存在は予想していたそれらを遥かに超える上位存在であることを直感する。

 

 まるで違うのだ。

 放たれる死の気配が桁違いなのだ。自分を取り囲む死の権化たち。とりわけ眼前に佇む一体は、スレイン法国出身のカジットに“ある存在”を想起させる。

 

 死の神、スルシャーナ。

 

 神を前に、先ほどまで感じていた愉悦は霧散してしまう。

 それと同時に、これは願いを叶える絶好の機会なのではと考える。

「神よ! わ、儂の願い――」

「控えろ、カジット・デイル・バダンテール」

「っ! はっ!!」

 従属神と思しき存在の言葉にカジットは改めて平伏する。

 

「モモンガ様、聞く姿勢が整ったようです」

「ご苦労。――頭を上げろ」

 カジットは恐るおそる顔を上げ、モモンガと呼ばれた死の神を拝謁する。

 スルシャーナではなかった。しかし、その姿形はかつて神殿で伝聞したものにそっくりだ。

 

「私は、ナザリック地下大墳墓が主人、モモンガ。――カジットよ、お前に聞きたい」

「はっ! 何なりと!」

「う、うむ。……今、エ・ランテルで起こっているこの“死の螺旋”。それを以てしてお前は不死者(アンデッド)になろうとしている。間違いないな?」

「はい!」

「ではその手段を述べてみよ」

「はっ!」

 

 カジットは握りしめていた宝珠を神に見えるように差し出す。

「この“死の宝珠”に負のエネルギーを溜めることによって転生が可能となります」

 その言葉を聞いた神の目が赤く光る。

「ほう。面白そうな物を持っているな。見せてもらっても構わないな?」

「はっ! どうぞ」

 従属神から神へ宝珠が手渡される。

 

 〈道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)

 

「これは!? 知性あるアイテム(インテリジェンス・アイテム)。――発言を許す。……ふむ、構わん。だが転生は? ……そうか。ではこの男は? ……なるほど」

 神が死の宝珠と二三言葉を交わすと、期待した何かを得られなかったのかやや落胆したように肩を落とす。

 

「カジットよ、残念ながらこの宝珠には生者を不死化する能力は無いようだ」

「っ!? た、確かにでき――」

「――できる、と思わされていたのだよ。この“死の宝珠”によってな」

「そ、そんな……」

 突然告げられた真実、己の思考を宝珠に歪められていた可能性に気づきカジットは愕然とする。世界が大きく歪み足元がグラつく思いだ。

 

(では、儂が費やした5年もの歳月は……。なんの為に?)

 

 自分の意思で行動してきたつもりだったが、神に指摘されて自分の意思に自信が持てなくなる。

「死の宝珠の話……、そ、それは、真実ですかっ!?」

 カジットがそう問うた瞬間、従属神の叱責が飛ぶ。

 

「愚か! 御方のお言葉を疑うなど――」

「よい」

 それを神が片手で制す。

「我が力は人の身には奇跡も同然。にわかに信じられぬのも致し方がない」

 

 放心するカジットを気遣うように優しく神が語り掛ける。

「そこでだ、本題に入ろう。――カジットよ、忠誠を誓うなら望みを叶えてやろう。もちろんそれ相応の働きをしてからになるがな。……さあ、どうする?」

 

 平伏しカジットは低く呻く。

 これがいままでのカジットなら迷わず忠誠を誓い不死を願ったことだろう。しかし、いまここに平伏しているカジットは“死の宝珠”の支配が弱まり、自我を取り戻しつつあるカジットだ。

 

「どうした? カジット・デイル・バダンテール、不死化を願うのではなかったのか? ああ、そうか。何にするのか迷っているのかな? 魔法職の定番では死者の大魔法使い(エルダーリッチ)……、吸血鬼(ヴァンパイア)も捨てがたいな。不死者(アンデッド)に拘らないのであれば、夢魔(インキュバス)あたりはどうだ?」

 

 饒舌になっていく神とは対照的にカジットは苦悩する。

 死の神を前にして、多くの命を奪ってしまった罪の意識に苛まれていたのだ。それに拍車をかけるのが捨てたはずの洗礼名、“デイル”だ。なぜその名を神が知っているのか、そんな些末なことはどうでもよかった。ただその名を呼ばれるたびにかつて足繁く神殿へ赴いていたあの頃を思い出してしまうのだ。

 あの頃の、神に祈りを奉げていた信心深かったあの頃を思い出してしまうのだ。

 

 カジットは意を決して叫ぶ。

「忠誠を、忠誠を誓います! そして、私の心からの願い! 母の復活を!!」

 死を司る神に生命を、死者の復活を願う。多くの命を犠牲にした身で母の復活を神に願う。その浅ましさは重々承知しているが、ここで引き下がる訳にはいかなかった。引き下がってしまったらそれこそ全てが無駄になってしまうと思えたからだ。

 それは到底叶えられない願いであるように感じる。

 それでも願わずにはいられなかったのだ。

 

(罪滅ぼしを……)

 

 神が望む対価、カジットに求める働きが何であるかはまだ明言されていない。

 ただ、今はそれが善行の類であることを祈るばかりだ。どんな苦行でもいい。奪ってしまった命、その贖罪になりえれば何でもする覚悟であった。

 

「母の復活……だと」

 神が、呟く。

 先ほどまで朗々と種族名を諳んじていた調子とは真逆の重苦しい雰囲気だ。その重苦しさはまるで可視化された闇が空からストンと落ちてくるかのようにカジットへのしかかる。さしもの従属神らも突然雰囲気が変わった神に戸惑っているようだった。

 

 当の神は呟いてからピクリとも動かない。

 ただ真っすぐ、カジットを見据えていた。

 

 カジットは極度の緊張から時が止まってしまったのではと錯覚するほどだ。視野が死の神に吸い込まれるような感覚に陥る。周囲の音も遠ざかり静寂が襲う。地面に伏していなかったらとっくに倒れていただろう。

 

 カジットは声を絞りだす。

「も、申し訳ありません! 私にはっ! 私には過ぎた願いでした!!」

 視線を無理やり外すと額を地面に擦り付ける。

 カジットにはこれ以上紡ぐ言葉が思いつかなかった。

 ただ頭を下げ、審判を待つほかない。

 

 しかし、死を覚悟したカジットに届いたのは静かな声だった。

「そうか……、そうだな……。その願い、聞き入れよう」

 カジットはガバッと起き上がる。

 髑髏のような顔に喜怒哀楽は読み取れない。

「不死ではなく、母の復活を望むのなら、その願いを叶えよう。残る問題は何を以てしてお前の忠誠を測るかだが……、それは追々伝えよう」

「っ! ははあっ!!」

 

転移門(ゲート)

 

 カジットの目の前に漆黒の闇が広がる。

「……お前たち、カジットを連れてナザリックへ戻れ。デイバーノックに預けたら業務に復帰しろ」

「畏まりました、モモンガ様。――さあ、カジットよ。〈転移門(ゲート)〉へ入れ」

「はっ!」

 

 賽は投げられた。

 カジットは震える身体に鞭を打ち立ち上がると、闇の中へと歩を進める。この先、どのような運命が待ち受けているかカジットには分からない。しかし、進む以外に道は無い。

 

 この日、偏愛に囚われた男が人知れずエ・ランテルから姿を消す。

 残されたのは大量の屍と不死者(アンデッド)、そして夜空を見上げる死の支配者(オーバーロード)がただ独り。

 

 




独自設定
・連斬系武技は片腕では精度が落ちる。技量によっては発動不可。
活力の籠手(ガントレット・オブ・ヴァイタリティ)は左右揃って装備することで効果が発揮する。片方だけでは効果が無い、または半減。
・武技〈流水加速〉を移動手段に使える。
・“死の宝珠”によるカジットへの影響は思考の誘導など。
・“死の宝珠”からカジットへ話しかけたことが無いので、カジットは“死の宝珠”が知性あるアイテム(インテリジェンス・アイテム)であることを知らない。

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