骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第30話:軍勢

 カッツェ平原を挟み、リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国の戦いが始まる。

 戦いの火蓋を切ったのは王国側だった。左翼に展開していたボウロロープ侯爵率いる五万の兵と、自慢の“精鋭兵団”五千が前進したのだ。

 

 対する帝国軍は前進する王国軍に対して弓兵で牽制射撃を加える。そして帝国軍の右翼を以って前進してくる王国軍の左翼を抑えるかと思われたが、意外にも帝国軍は中央の三軍をまっすぐ前進させた。

 

「これは……。直接ここを叩くつもりか?」

 王国軍本陣から戦場を眺めていたガゼフは帝国軍の動きに疑問を漏らす。

 というのも左翼を前進させた王国に対して中央を進めてしまうと、仮に王国軍が右翼を前進させた場合、中央を進む帝国軍は左右から挟まれる形になるからだ。

 現に今、中央を進んでくる帝国軍を挟撃しようと王国軍の右翼が動き始めている。

 

「妙ですね。ここを狙うにしても速度が遅い」

 ガゼフと共に戦場を見ていたレエブン侯も違和感を覚えたようだ。

「ああ、騎馬隊で中央を一気駆けするなら分かる。しかし、あれでは挟み撃ちしてくれと言っているようなものだ」

 ガゼフの指摘通り、中央を進む帝国軍は歩兵で構成されており速度は遅い。このまま王国軍右翼が前進すれば左翼と共に包囲することができる。

 

「帝国軍の陣地で動きがあるようです。騎馬隊が編成されつつあるみたいですね」

「我々の左右どちらかを抑えるつもりだろうが、後手すぎる。あの皇帝が?」

 ガゼフは今までの経験から、帝国軍らしからぬその動きに胸がざわめく。

 毎回倍近い戦力差があるにもかかわらず、帝国軍の神懸った戦術に翻弄され、王国軍はいつも少なくない被害がでた。

 

 その帝国軍が今、なんとも冴えない動きをしている。

 

 

 

 

 

 ガゼフが帝国軍の動きに戸惑いを感じていると、にわかに騒がしくなる。

「何事だ!」

 側に控える近衛兵に問いただす。

「は! その、どうやら陣地内に小麦粉の袋が投げ込まれたようで」

 

「なんだと?」

 陣地内を見渡すと確かに白い煙が小さく上がっている。

 被害は無いようだが帝国軍から飛んできたようには思えない。かといって悪戯にしては稚拙すぎる。

 

 徴兵された農民たちの不満が、小麦をぶちまけるという奇行に走らせたのでは。

 農民たちに同情的なガゼフがそう思った矢先、彼の視界の隅に再び白い煙が上がる。

 今度は本陣の近くだ。

「またか!?」

 悪戯も過ぎれば処罰しなければならない。

 ましてや今は帝国との戦争中で士気にかかわりかねない。

 

「どうやら不埒者がいるようだ。ガゼフ殿、王の傍に戻った方がいい」

「そうさせていただく」

 ガゼフは一礼すると素直にレエブン侯の勧めに従う。身近なところで異変が起こっているのならば、王をお守りするために備えなければならない。

 

 ガゼフは踵を返し、本陣に向かいながら思考する。

 冷静に考えると農民の悪戯説には無理がある。なぜなら身分の低い民兵は本陣から遠く、最前線に配置されているからだ。本陣付近は近衛や騎士、身分の高い貴族直轄の兵が固めている。

 もし彼らの中に犯人がいたとしたら、それはそれで犯人が挙がらないのもおかしい。ここは警備が一番厳重な場所であり、不審な行動をするものがいればすぐに取り押さえられるはずだ。

 

 小麦粉は二回投げ込まれた。

 

 二回目は本陣の近くに投げ込まれた。

 

 不意に予感めいたものが働いた。

 国王のもとへ駆けだそうとした矢先、「バキャッ!」と大きな音を立てて側にいた兵士が崩れ落ちる。反射的に倒れた兵士に目を向けると、頭に樽が直撃して絶命したようだ。

 

「な、なに!?」

 突然のことに驚愕するガゼフだが、すぐに異変に気付く。

 砕けた樽が辺り一面に飛散させた液体が独特な香りを漂わせていることに。

 

「錬金……油。っ! た、退避だ! 退避しろ!」

 ガゼフが思わず叫んだ直後、ドカドカドカッ! と本陣全域に無数の樽が降り注ぐ。

 その突然の事態に本陣付近の王国軍は混乱に陥る。

 運悪く樽が直撃した兵士はそのまま倒れ、また地面に広がる錬金油に足を取られ転倒する兵士が続出する。

 そして、ガゼフは見る。

 

 天から無数の火の玉が降り注ぐのを。

 

 

* * *

 

 

「パラダイン様。目標上空です」

 測量のために落とした二個目の小麦粉袋を確認した弟子がフールーダに報告する。

「うむ。では皆の者、あとは訓練通りだ。――攻撃準備!」

『は!』

 

 フールーダ・パラダイン旗下のもと、その高弟子30名がリ・エスティーゼ王国軍の陣地上空200メートルほどの位置に円陣を組みながら滞空していた。

 彼らは防寒対策のために何着も服を厚着しており、腰から下は白い皮袋にすっぽりと収まっている。そして各自錬金油を詰めた樽を〈浮遊板(フローティング・ボード)〉に載せて牽引していた。

 

 本来〈飛行(フライ)〉は“滞空”と“水平飛行”に向いており、重力に逆らい上昇するには不向きな魔法である。まして高度200メートルともなると熟練の魔法詠唱者(マジックキャスター)でないと難しく、鳥のように飛び回るには相当な訓練が必要だ。そのため多くの魔法詠唱者(マジックキャスター)は地表すれすれを這うように〈飛行(フライ)〉を使うのだ。

 

 しかし、フールーダたちは皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)鷲馬(ヒポグリフ)に引っ張り上げてもらうことでその困難を克服した。

 戦場から目の届かない場所で飛びたち、大きく迂回することで王国軍に見つからずに陣地上空へ到達したのだ。彼らの穿いている白い皮袋も空に溶け込むための装備である。

 

 フールーダたちはこの日のために訓練と実験を重ねた。

 どれだけ高く飛べば目視されにくくなるか。空に溶け込む色はなにか。効率よく散布できる円陣の大きさは。樽の強度は。錬金油の成分は。等々、王国軍の本陣をいかにして効率良く燃やすかを何度も何度も実験したのだ。

 

 フールーダは弟子たちを見回す。

 全員樽を投下する準備を終えている。

 

「――投下!」

 

 フールーダの掛け声に従い、次々と樽が投下されていく。それも円陣を徐々に広げながら、なるべく広い範囲を覆うように、だ。

 眼下では豆粒よりも小さな王国軍兵士たちが突然の出来事に慌てふためき、混乱で組織だてて動けずにいるのが見てとれる。

 

 樽の投下が終わり、広範囲に散布された錬金油が陽の光を照り返す。

 それを満足そうに確認すると、フールーダが再び声を発する。

 

「――攻撃開始!」

 

 フールーダ自身も魔法を発動し、眼下の敵に向かって〈火球(ファイヤーボール)〉を放つ。

 無数の火の球が敵陣に吸い込まれるように小さくなっていき、そして――。

 

――ドドォオォォーーンッ!

 

 大きな爆発の後、巨大な火柱があがる。

 

 

* * *

 

 

 ナザリック地下大墳墓第六階層、円形闘技場(アンフイテアトルム)

 王国軍の本陣が爆発したと同時に会場が沸く。帝国軍の勝利は半ば確定で、それでいて地味な戦いになりそうだと思っていたところに大爆発である。

 

 そして貴賓席にも感嘆の声が響く。

「面白い! まさか、そうか。その手できたか!」

「やっぱり上を取られるときっついよね」

 

 帝国軍の初動から冴えない印象を受けていたモモンガとやまいこは、この作戦に驚いた。上空を取られると戦闘が不利になるのはユグドラシルでも同じだ。自分たちが攻める立場なら間違いなく高高度からの爆撃や狙撃を作戦に盛り込むだろう。

 そして二人は効果的な魔法を扱えない現地の戦力を甘く見ていた。せいぜいが遠く離れた場所から〈火球(ファイヤーボール)〉や〈雷撃(ライトニング)〉を散発的に放つのが関の山だと思っていたのだ。しかし違った。彼らの創意工夫する姿勢を侮っていたのだ。

 

「見たかお前たち。これが人間の恐ろしさであり、学ぶべきところだ」

 階層守護者たちも泥臭い戦いを予想していたのか、帝国のこの派手な作戦に感心しているようだ。

 

「兵ガ劣ルバカリカ、王国ハ、指揮系統モ失ッタ。完全ニ詰ミ、ダ」

「ここから持ち直すのは難しいだろうね。――徹底した合理主義と勝利を掴もうとする姿勢には学ぶべきものがあります。しかし、ラナーの課題は達成できそうですが、王国は厳しそうですね」

 デミウルゴスの言葉にアルベドが続く。

「そうね。正直、あの手紙の内容は迂闊としか言えなかったけれど。まあ、すぐに滅亡はしないでしょうから、早めに拾ってあげればいいんじゃないかしら」

 

 知恵者二人の言葉にモモンガとやまいこは見つめあう。

《王国が滅亡ですって、やまいこさん》

《う、うん。お姫様、来ちゃうのか》

 承認はしたもののいまだにラナーの受け入れに心の準備ができていない御方々である。なるべく守護者たちに相手をさせようと互いに意思確認していると、それまでひたすらメモを取っていたドラウディロンが不貞腐れながらお菓子を頬張っているのに気づく。

 

「あの若造め、よもやこれ程とは」

 ビーストマンの大進攻のおり、援軍を寄越さなかった皇帝に少なからず恨みがあるのか女王の言葉には少し棘がある。

「如何した、ドラウ」

「ん? ああ、空に対する備えというものが思いつかなくてな」

 

 ドラウディロンの言葉にモモンガも思案する。

 この世界にもドラゴンの鱗をも貫ける大型弩砲(バリスタ)がある。が、大型であるために機動力は皆無で、待ち伏せたり誘き寄せたりといった使い方が一般的だ。なので今回のように200メートル上空を飛び回るフールーダを狙撃することはできないだろう。

 

 かつてのギルドメンバー、“爆撃の翼王”の異名をもつペロロンチーノであれば地上からドラゴンを射落とす事も容易い。しかし彼のような力をこの世界の住人に期待はできないし、いたとしてもそれは一握りの英雄だ。国防という観点からすれば英雄にできることなぞたかが知れている。

 となると大量に大型弩砲(バリスタ)を量産してその一斉射撃にかけるか、または帝国のように空対空部隊を組織するのが手っ取り早い。

 

 あるいは、銃。

 モモンガは先ほど戻ってきたシズに目を向けるがすぐに首を振り己の考えを否定する。

 モモンガとやまいこはこの世界に銃を伝えるつもりはない。本人たちが自力で開発したとしても普及しないように手を回すつもりだ。

 弓ほどの技量を必要とせず、ひとたび弾丸が飛び出せばその殺傷能力は絶大。銃は不特定多数の市民が持つには過剰すぎるのだ。

 

「確か、竜王国の近くに飛竜騎兵部族の里があると聞いたが、彼らを雇ってみてはどうだ?」

「う~む。あやつらは閉鎖的なうえ妙に気位が高くてな。でも、鉱山の利権で敵対する前に一度話をしておいた方が良いかもしれないな」

 面倒臭そうな表情を浮かべるドラウディロンにモモンガは諭すように言いくるめる。

 

「何事も対話から始めるのは良い事だ。もし飛竜騎兵たちとの関係に進展があったら結果の良し悪しに関わらず教えてくれ。彼らには興味はあるが、こちらはしばらくトブの大森林で忙しい。間を取り持ってくれれば謝礼もしよう」

「紹介だけで謝礼とは気が引ける。でも了解した。引き受けよう」

 

 現地勢力による対空部隊の足掛かりを作れたことに一人満足したモモンガは、ふとこの貴賓席で唯一の人間であるクレマンティーヌに質問を投げかけてみる。

「そういえばスレイン法国は対空用の部隊は組織しているのか?」

「いいえ、召喚する天使が飛べるので、そのような部隊は組織されていません」

「ああ、言われてみればそうだな。今度天使がどれくらい高く飛べるか調べてみるか」

 

 

 

 

 

 モモンガは新たに生まれた疑問に思いを馳せつつ広場の〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉に目を向ける。

 そこには戦場の中央を進んでいた帝国軍の間を縫って、騎馬隊が混乱する王国軍陣地に向かって突撃を敢行するところであった。拡大された画面を見ると、どうやら騎馬隊のなかに四騎士が全員揃っているようだ。

 

「あんな手紙をだすから」

 アルベドは王国軍が蹂躙される様子を呆れながら眺めている。デミウルゴスも肩をすくめて仕方がないといった様子だ。

「彼女にしては性急でしたね。我々との繋がりを匂わせることで帝国を誘導したかったようですが、鮮血帝はそこまで甘くはなかったようだ。フィオーラ王国の出現がなければもう少し慎重に行動したのでしょうけど、焦りがでたようですね」

「皇帝の洞察力を当てにするだなんて、ただの博打じゃない。真実なんて後から作れるんだから、彼女は“神と繋がりがある”と言い切るべきだったのよ」

 

 アルベドとデミウルゴスのダメ出しを聞き、何かに思い至ったコキュートスが一際深く「ブシュー」と冷気を吐き出す。

「御方々ヲ匂ワセタニモ拘ラズ、帝国ハ王国ニ挑ンダ。コレハ、アインズ・ウール・ゴウント敵対スル意思ガ有ルトイウコトデハ?」

 貴賓席の温度が下がったのはコキュートスの冷気だけが原因ではあるまい。

 

「よし、滅ぼそう」

「ほ、滅ぼすべきです」

「賛成でありんす」

 色めき立つ守護者に怯えたドラウディロンとクレマンティーヌが人知れず身を寄せ合う。二人の気持ちを代弁するなら「関わり合いたくない」だ。

 

「皆怒りを鎮めなさい。モモンガ様とやまいこ様は帝国の滅亡はお望みではないわ」

『え!?』

 アルベドの言葉にデミウルゴスを除く守護者たちに動揺が広がる。忠誠心から漏れた誅殺の言葉であったが、主の意向と違えていては大問題。恐る恐るといった感じで御方々と訳知り顔の同僚たちを窺う。

 

 そんな困り顔の同僚たちに仲間思いの悪魔が説明する。他種族の支配について、完全環境都市(アーコロジー)の秩序について、必要悪について。分かりやすく丁寧に説明する悪魔の言葉を、守護者たちに交ざって御方々も耳を傾けるのだった。

 

 

* * *

 

 

 レエブン侯は子飼いの元オリハルコン級冒険者チームの活躍により、間一髪のところで大爆発から逃れた。使徒から賜った指輪のおかげで自身は無事だが、周囲は悲惨な状況だ。そこかしこに酸欠と火傷に悶える兵士たちと焼死体が転がっている。

 頭上を見上げるとまるで空に蓋をするかのように黒煙が広がり、僅かな煙の切れ目から火の玉が無秩序に降ってくるのが見える。立て続けに発生する小規模の爆発が兵たちの混乱に拍車をかけた。

 

 レエブン侯は前線に目を向ける。

 中央を進んでいた帝国の歩兵3万が左右に分かれ道を作り、そこを帝国の本陣から騎兵が一直線に駆けてくるのが見える。

 本来であれば左右の王国軍で押しつぶせる規模だが、本陣の大爆発を目の当たりにした民兵は無力な農民へともどり、武器を捨て逃げまどうばかりだ。

 もはや軍団は崩壊していた。

 

(ラナー様の目論見は外れた)

 

 帝国は王国を直接盗りにきた。

 ラナーの手紙には王国に必要のない者たちの位置が記されていた。それは転ずれば王国が失いたくない者たちの位置を示すものでもある。

 帝国は選択したのだ。王国の安定化に(くみ)するよりも、一気にリ・エスティーゼ王国そのものを簒奪しようというのだ。

 

「撤退だ! 撤退のラッパを鳴らせ! エ・ランテルまで撤退だ!」

 

 規律なく逃げまどう王国軍がこの戦争でできることはもはや何もない。

 この場で再び兵たちをまとめ上げるのは困難。いや、はっきり言ってどんな名将でも無理だ。

 ひとまずエ・ランテルまで撤退して立て直す必要がある。

 

 撤退を始めた王国軍に対し、しかし帝国の騎馬隊は深追いはしなかった。彼らは進路を右にとり、そのまま王国軍左翼を飲み込んでいく。

 帝国の狙いがボウロロープ侯爵なのかバルブロ王子なのかは分からない。ただひとつ確かなのは、王国軍左翼の退路が断たれたということだ。それはエ・ランテルの防衛に精鋭兵団を期待できなくなったことを意味する。

 

 レエブン侯は部下が用意した馬に乗るとエ・ランテルへと走らせる。

 途中、前線へ目を向けると、遠くにガゼフが四騎士を相手に戦っているのが見えた。

 

(無事でいてくれ)

 

 レエブン侯はそう祈らざるを得ない。それは最近友となったガゼフの無事を願う気持ちであり、また保身からくる打算の現れもある。

 帝国の支配に呑まれたら多くの王国貴族たちの首が飛ぶだろう。その中に自分がいないとは限らないのだ。

 

 レエブン侯は気持ちを切り替えると馬を走らせる。

 一刻も早く国王と合流し、軍を再編してエ・ランテルを防衛しなければならない。

 ここでエ・ランテルを失えば王国は間違いなく崩壊するのだから。

 

 

* * *

 

 

 城塞都市エ・ランテルは三重の防壁に囲まれた堅牢な都市だ。

 しかし、日が暮れる頃には帝国軍に包囲されてしまった。

 軍は夜間の奇襲を恐れ、不安を追い払うかのように篝火を焚いて周囲を照らしているが、今のところ包囲する帝国軍に動きはない。

 

 中心から行政区、市街区、駐屯区と分けられた区画は、平時であればとっくに街が寝静まっている時間帯ではあるが、状況が状況なだけに騒がしかった。

 行政区は逃げ延びた国王や領主とその親衛隊が詰め、今後の対策と部隊の再編成を行っている。

 そして市街区と駐屯区では傷付き疲れ切った兵士たちで溢れていた。街の神官や薬師たちが懸命に働いてはいたが、負傷者が多く治療は行き届いていない。

 

 防壁の上からそんな傷付いた兵士たちを眺めるガゼフにレエブン侯が声をかける。

「ご無事でしたか」

「部下に、救われました」

 

 ガゼフは先の戦いで王の無事を確認すると、突撃してきた騎馬隊を足止めする為に戦った。

 しかし、帝国四騎士が現れて防戦一方となり、最後は王国の左翼が壊滅。捕らえられそうになったガゼフを王国戦士団が決死の覚悟で救い出したのだ。

 ガゼフを救うために失われた部下の数は少なくない。しかし、彼が稼いだ時間で多くの王国兵が逃走できたのだ。レエブン侯もその一人と言えよう。

 

「これからが大変です」

「凌げると思うか?」

「凌げなければ王国は終わりです」

「起死回生の策はないのか?」

 ガゼフの無茶ぶりにレエブン侯は苦笑する。

 

「無い訳ではありませんが、王都に残るザナック王子とラナー様次第でしょう」

「両殿下が?」

「残った膿を出し切ればあるいは、と」

「膿? よく分らんが、当てがあるならそれにかけよう」

 

 ガゼフには両殿下が何を成し遂げようとしているのか知らない。

 しかし、耐え忍ぶことで可能性が生まれるのなら全身全霊をかけて抗うのみだ。

 帝国四騎士は侮れず、フールーダを破る(すべ)はいまだに思い付かない。

 それでも、希望があるうちは戦える。

 戦えるのだ。

 

 

 

 

 

「おい、こいつもだ」

「おう」

 負傷兵だらけの大通りを一人一人検診する者たちがいる。兵士の生死を確かめる街の有志たちだ。

 彼らは治療が間に合わずに死んでしまった兵士を墓地へと運ぶ作業を行っている。死体を放置していると衛生上宜しくないからだ。帝国軍に包囲されている以上、疫病などには気を付けねばならない。

 呻き声を掻き分け、数人がかりで荷車を押して駐屯区西側の墓地へと移動する。

 

 駐屯区は徴兵された農民たちの仮住まい、つまり兵舎が立ち並ぶ区画。その西側には市街区の面積の4分の1に相当する大規模な墓地がある。

 墓地は周囲から隔離するかのように、街の防壁とは別に壁で取り囲まれていた。生者と死者の世界を隔てる境界線だ。

 この世界では死の気配が濃厚な場所に不死者(アンデッド)が発生する。それを防ぐために必要な設備である。

 

 街の防壁とまではいかないが、それなりに背が高く分厚い壁に重厚な門に辿りつく。

 墓地の入口だ。

「開けてくれ」

 平時であれば夜間は見回りの衛兵しか出入りできないが、今は戦時中。防疫のために死者の輸送に限り許されている。

 閂が外され鈍い音を立てながら門が開かれる。

 

「お疲れさん。ここらはもう一杯だ。次から左手の奥へ運んでくれ。まだ増えそうか?」

「どうだろうな。薬師たちのおかげで随分と落ち着いてきたと思うが」

「そうか」

 

 衛兵は不安げに大きな月を仰ぐ。

 戦争のたびに死者はでる。それは仕方のないことだ。

 しかし、今回はいつもの小競り合いではない。

「追い返せればいいがなぁ」

 もちろん帝国軍のことだが衛兵の言葉に答える者はいない。

 皆薄々感づいているのだ。帝国が優勢であることを。

 

 王国の未来を暗示するかのように墓地に霧が立ち込める。

 見通しの悪さに男たちは暗雲とした気持ちになる。

「糞、辛気臭ぇ。さっさと済ませよう」

 荷台から亡骸を下ろし、一体二体と並べていく。

 

 そんな中、不意に近くから物音する。

「おい。なにか聞こえないか?」

「やめろよ。死者の前で悪趣味だぞ」

「いや、確かに聞こえた。不死者(アンデッド)じゃねぇだろうな」

「見回りの衛兵じゃないのか?」

 

 男たちが手を休め顔をあげて目を凝らすと、霧の向こうから衛兵がヨタヨタと歩いてくる。その見慣れた格好に気を許した男が、ランタンを片手に近づくと声をかける。

「見回りご苦労様です。アンタ、大丈夫か?」

 

 瞬間、大量の不死者(アンデッド)が霧向こうから現れ、男たちを飲み込む。

 

「ひぃやあ!」

「た、助けっ! あぎゃあ゛ぁあ゛ぁああ!」

 男たちは瞬く間に動死体(ゾンビ)に群がられる。

 そして響き渡る絶叫に被せるように壊れたような笑い声が墓地に木霊する。

 

「ふははははは! この時を待っていた!! 素晴らしい! 素晴らしいぞ!!」

 月明かりに照らされたのは赤黒いローブを纏った魔法詠唱者(マジックキャスター)風の男。痩せこけた体型に土気色の肌は生者というよりもまるで不死者(アンデッド)だ。

 男は両手を天に掲げて叫ぶ。

 

「さあ、不死者(アンデッド)たちよ! 生者を喰らえ! この地に死を振りまくのだっ!」

 

 




独自設定
飛行(フライ)浮遊板(フローティング・ボード)の仕様。
・原作未登場だと思いますがこの世界にも大型弩砲(バリスタ)がある。
・スレイン法国に空軍は無い……と思う。

補足
・フールーダの部隊が測量するための小道具として小麦粉を使用したためか、王国軍陣地の爆発を粉塵爆発と勘違いされた方がいましたが、小麦粉はあくまでも目印にすぎず、爆発自体はナパーム弾をイメージした錬金油が引き起こしています。描写が足りず申し訳ない。
・墓地の規模。一応アニメに一瞬映ったエ・ランテルの地図を参考。

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