骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第29話:布陣

 秋が終わり、しかし雪が降るにはまだ早い月。

 要塞化から早二ヵ月強、カルネ村の住人たちは逞しく生きていた。リ・エスティーゼ王国から独立して三週間ほどになるが覚悟していた嫌がらせはなく、意外なことに使節団が一度来たきりでその後は音沙汰はない。

 

 しかし、元同胞たちと争わずに済んだことに安堵したのも束の間、トブの大森林から定期的に魔物が襲撃してくるようになった。野盗や王国軍を想定して訓練していたため、散発的に襲ってくる魔物程度ならば撃退できた。おかげで自信を持つことはできたが、やはり戦闘は命にかかわるだけに村人は気の休まらない日々を送っていた。

 

 魔物の襲撃が始まった原因はトブの大森林に現れたフィオーラ王国だという。闇妖精(ダークエルフ)たちの支配から逃れようとした一部の魔物たちが、縄張りを変えたり森から飛び出してきたのだ。村の野伏(レンジャー)曰く、一度森の安定が崩れると数ヶ月、下手をすると数年、魔物たちが活発になり森が騒がしくなるとのことだ。

 村人たちにはあずかり知らぬ事だが、今回に限って言えばトブの大森林の全域に跨る大混乱であるため、落ちつくには確実に数年を要するだろう。

 大きな声では言えないが、魔物の増加で近隣の冒険者たちへの依頼が増えてなかなかに潤っているらしい。

 

 とはいえ、件のフィオーラ王国も今では大切な同盟者だ。交流が始まって真っ先に影響が現れたのは食卓事情だろう。もちろん良い意味でだ。今まで人の手では得ることのできなかった森の恵みを受けることができるようになったのだ。

 

 例えば肉。今までハムスケ一匹でカルネ村自治領周辺の治安を維持していたが、フィオーラ王国の手の者が加わったことで格段に森が安全になったのだ。勿論、油断はできないが、それでも狩人が踏み込める領域が広がれば、それだけ獲物を得る機会が増えることを意味する。

 今では村人全員に肉が行きわたるほど潤っており、なによりも干し肉に回せるだけの余裕が生まれたことに、これから本格的な冬を迎える村人たちを喜ばせた。

 

 そして村人たちが物珍しさから欲しがったのが蜥蜴人(リザードマン)たちがもたらす新鮮な魚だ。カルネ村自治領は海から遠く、また村人にとって〈保存魔法(プリザベイション)〉がかかった魚は高価なため、基本的に安価な干し魚しか口にする機会がなかったのだ。もちろん、村の近くに川はあるのだが、そういった自然の恵みは大抵魔物の支配下にあり危険地帯。カルネ村付近の川に言及するならば小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)などの縄張りとなっていることが多く、気楽に釣りをすることも困難なのだ。

 

 また、肉や魚以外に果物も入ってくるようになり、村人たちの健康が劇的に改善された。これは単純に普段摂ることのできなかった栄養素によるものだが、フィオーラ王国から格安で輸入される果物のおかげで王国の他の農民たちより髪や肌の色艶が良くなりつつある。

 

 

 

 

 

「まさに漆黒様々ね」

 イミーナが林檎を齧りながら発した気安い言葉に、隣にいる小鬼の弓兵(ゴブリン・アーチャー)のシューリンガンが眉をひそめる。

「その林檎、何個目です? しっかり見張りしてくださいよ」

「分かってるわよ。ちゃんと見てるって」

 

 彼らは今、カルネ村自治領北側の側防塔に詰めていた。イミーナは帝国側、シューリンガンは北の森側を監視している。今のところ三日に一度の割合で魔物が現れているが、その多くは村に近づくことなく去っていく。たまに村に近づく魔物がいるが、大抵は側防塔からの射撃で追い払えていた。

 イミーナは狭間窓から空を見上げる。微かに夜空が明るみ始めた頃だが村人たちはまだ夢の中。夜が明ければ交代の時間だ。

 

「はぁ、完全に昼夜逆転しちゃったな。新婚なんだからもう少し気を使って欲しいわ」

「夜目が利くんだか――」

 シューリンガンの言葉が不自然に途切れたので目を向けると、険しい表情で狭間窓を覗き込んでいた。イミーナも同じ狭間窓から外を窺う。

 カルネ村自治領から少し離れた森の切れ目。そこに結構な数の魔物が蠢いていた。

 

人食い大鬼(オーガ)妖巨人(トロール)。あの数は不味いわね」

「それだけじゃねえ。一瞬だが魔狼(ヴァルグ)悪霊犬(バーゲスト)も見えた。こりゃまだまだ潜んでいるぜ」

「鐘を鳴らすわよ!」

 

 カルネ村自治領に鋭い警鐘が鳴り響く。

 三連打。間を置きまた三連打。それが繰り返し鳴らされる。このカルネ村にあって、その旋律が何を意味するのか分からない村人はいない。

 しばらくすると家々に小さな灯りがともり、続いて自警団たちも駆け込んでくる。

 この旋律は自警団のみならず、村人総出で対処が必要という意味なのだ。

 

「敵か!?」

「森から魔物の団体さんよ。今までの比じゃないわ」

「不味いぜ隊長(リーダー)人食い大鬼(オーガ)妖巨人(トロール)魔狼(ヴァルグ)悪霊犬(バーゲスト)が見えた。他にも潜んでいる可能性が高い」

 

 隊長(リーダー)と呼ばれた小鬼の隊長(ゴブリン・リーダー)のカイジャリが狭間窓に取り付くと目を凝らす。

「数が多いな」

 カイジャリは瞬時に決断すると村へ向かって叫ぶ。

人食い大鬼(オーガ)たちを急がせろ! 全員だ! 北から来るぞ!」

 

 カルネ村自治領の戦力として加わった人食い大鬼(オーガ)は五匹。普段は二匹が壁内を巡回していて五匹が一度に武具を装備することは無い。しかし今回その全員が招集されたことに自警団と村人たちの間に緊張が走る。

 

「カイジャリさん! なにごとですか!?」

 村長のエンリとヘッケランも側防塔に駆け込んでくる。カイジャリの言葉が聞こえていたのか二人とも顔が強張っている。

「姐さん、魔物たちが襲撃してくるかもしれねぇ。それも大群だ」

「ハムスケさんの目を盗んでここまで!?」

 

 エンリの驚きは当然と言えた。森の賢王と謳われたハムスケのおかげで、今まで魔物が群れで襲ってくることは無かったからだ。しかしそれに対してイミーナが冷静に考察する。

「たぶん、森の外周を回ってきたんだと思う。その証拠に魔物の群が北東に伸びている。きっと帝国側から南下してきたのよ」

 

「あの、避難所の方はどうしますか? 今、アルシェさんとロバーデイクさんが付いているはずですけど」

「あの二人もこっちに呼んだ方がいい。今回は妖巨人(トロール)悪霊犬(バーゲスト)がいるから、私たちはフォーサイトとして動いた方がいいと思う」

 イミーナがヘッケランに目配せすると彼も頷きで応える。妖巨人(トロール)悪霊犬(バーゲスト)は村人たちでは荷が重い。ここはチームワークを生かせるフォーサイトの出番だろう。村人たちに先んじて接敵し、一体一体確実に屠らねば被害が大きくなる恐れがある。

 

「じゃあ姐さんは避難所へ二人を呼びに。そのまま避難所に待機していてくだせえ」

「分かりました。すぐに呼んできます」

 エンリが走っていくのを見送ると、カイジャリは側防塔から村を見渡す。村人たちはこの非常事態にあって訓練通りに良く動いていた。既に弓を携え所定の位置についており指示を待っている。

 

「よし! シューリンガンはこのまま村人たちに目標を指示しろ。俺は下に降りる」

「了解!」

「イミーナさんは魔物が壁に取り付くまでは弓で援護を。ヘッケランさんは下で待機。フォーサイトが揃ったらそちらの判断で動いてくれ」

「わかったわ」

「おう。任せとけ」

 

 カイジャリは側防塔を出ると気を引き締める。この戦いは間違いなくカルネ村自治領にとってかつてない激戦となるからだ。

 しかし、悲観はしていない。何故なら目の前の自警団も、村人たちも、その目に強い決意を見て取れたからだ。

 

 

* * *

 

 

 カッツェ平原、城塞都市エ・ランテル方面。

 リ・エスティーゼ王国軍25万が布陣していた。

 陣地内では徴兵した農民たちが訓練に勤しんでいるが、その内容は剣や槍の扱いを身体に馴染ませるものであり戦闘訓練には見えない。さらによく観察すると、若い世代ほど真剣に、年齢が上がるにつれ無気力なのが窺える。見る者が見れば農民たちの士気が決して高くないことが分かるだろう。

 

 王国軍で()()()に戦えるのは国王ランポッサ三世直轄のガゼフ・ストロノーフ率いる“王国戦士団”と、その戦士団に触発されてボウロロープ侯爵が組織した“精鋭兵団”だけだろう。両組織とも王国では貴重な専業兵士だからだ。徴兵された農民とはそもそも練度が雲泥の差であり、帝国の専業軍人にも比肩する。

 なかでも王国戦士長たるガゼフは周辺国家においても最強の戦士として知られ、帝国が誇る四騎士を同時に相手取ることができる実力を持っていた。

 王国にとってこの二つの軍団をどう運用するか、その采配がそのまま勝敗をわけることになるだろう。

 

「壮観だ。これ程の規模は久々だな」

 作戦会議も終わり、目の前に広がる25万の軍勢にボウロロープ侯爵が簡素な感想を述べる。

 例年であれば20万に届くかとどかないかの規模だが、今回は当のボウロロープ侯爵の働きかけで例年以上の軍団規模となっていた。

 これには突如現れたフィオーラ王国に対する示威的な意味も込められていたが、本音としては内部に力を誇示して弱まりつつある派閥の力を取り戻そうという魂胆だ。

 

 彼は贔屓にしていた商人や八本指との繋がりがプッツリと切れたことに焦っていた。有力な人脈が次々と手を離れていくのを止めることができず、問いただそうにもはぐらかされるばかり。

 さらにここ最近、国政においてザナック王子の政策に目を見張るものがあり、その知略が評価されつつあるのだ。そのせいで己が擁立しているバルブロ王子の評価が下がり始めていた。

 

 故にボウロロープ侯爵は考えた。今回の帝国との戦争でバルブロ王子共々武勲を挙げ、王国内での発言権を取り戻そうと。

 

「これだけの厚みがあれば帝国の六軍もそうそう抜けられますまい」

 ボウロロープ侯爵の言葉を拾い答えたのはレエブン侯だ。その“防戦すればやり過ごせる”ともとれる言葉にボウロロープ侯爵は鼻白む。

「ふん。いつもならば追い返すだけだが今回は打ってでる。王国に喧嘩を売るとどうなるか、帝国はその身をもって知ることになるだろう」

「そうですね。ご武運をお祈りしています」

 

 レエブン侯は心にもない言葉を贈る。

 指輪同盟はフィオーラ王国の出現によって難しい局面に立たされていた。

 ラナー曰く、帝国はフィオーラ王国を見据え、本気でエ・ランテルを攻めるという。そしてその言葉通り、帝国はいつもなら四軍で済ますところを今回は六軍も投入した。

 本来であれば例年通りの戦いにかこつけて王国の膿を取り除く予定であったが、城塞都市エ・ランテルの防衛をも視野に入れる必要がでてきたのだ。

 

 幸いにもボウロロープ侯爵をそれとなく誘導して()()()()()に仕立て上げる事には成功した。鮮血帝が話に乗ればボウロロープ侯爵の戦死は濃くなるだろう。

 しかしその後のエ・ランテル防衛は頭の痛い問題であった。万が一押し切られ、エ・ランテルに籠城する事態に陥ると王国戦士団だけでは打開が難しい。それこそボウロロープ侯爵の精鋭兵団も必要になるだろうが、侯爵を失ったら指揮が混乱する。滞りなく合流できる保証もない。

 

 唯一の救いはエ・ランテルが城塞都市であること。その守りは固い。

 有能な都市長のおかげで兵糧の貯蓄は十分にあり、本格的な冬まで耐えれば帝国軍の士気は下がるだろう。その隙を突くしかない。

 

「いっそフィオーラ王国が引っ掻き回してくれれば」

 レエブン侯は誰にも聞かれないよう小声で独り言つ。

 

 

* * *

 

 

 カッツェ平原、帝国領方面。バハルス帝国軍の六軍団が陣地を構築し駐屯していた。

 数にして6万。王国軍の25万と比べると圧倒的に数では劣るが、その全てが職業軍人で構成されているために質では大きく勝っていた。練兵に練兵を重ね、治安維持も司る彼らのおかげで帝国内での魔物の被害は周辺国に比べ低い。

 総じて帝国軍は並みの冒険者程度の力をもっているのだ。

 

「すげえ数だな」

 帝国四騎士、“雷光”のバジウッド、“激風”のニンブル、“重爆”のレイナース、“不動”のナザミが揃って王国軍を眺めていた。

「彼、出てきますかね」

 

 バジウッドはニンブルの言う“彼”が誰なのか、すぐに察する。

「ガゼフか、どうだろうなあ。陛下の話じゃ期待薄そうだが」

「期待って、戦いたいのですか?」

「そりゃあ農民を相手にするよりは、な。“最強の戦士”、戦ってみたいだろ?」

 

 バジウッドの言葉に、しかし他の四騎士の反応は芳しくない。

「気持ちは分かりますけどね。でも、出てこない方が楽でいい」

「男の矜持に口を挟むつもりはありませんけど、陛下のお言葉をお忘れなく」

 

「ああ、はいはい。ガゼフには複数で当たれ、だろ? 分かってるさ」

 四騎士の紅一点、レイナースの釘にバジウッドは応える。

 実のところ、帝国四騎士はガゼフの強さをきちんと把握していた。

 ガゼフ・ストロノーフは強い。四人が束になってギリギリ倒せるか倒せないかだろう。

 帝国四騎士の役割はガゼフを討つことではなく、ガゼフを抑え味方の被害を減らす事なのだ。

 

 帝国軍の組織理念に“個としての英雄”は必ずしも必要とされていない。帝国が重んじるのは知識や経験の蓄積と共有。英雄から強さを抽出し、兵士を並列化することを是としている。

 ある戦いで勝敗を分けた理由は何か。兵士の生死を分けたのは何か。そういった情報を“英雄と呼ばれる生存者”から集め、訓練を通して共有させ組織全体の強化を図るのだ。

 

 逸脱者、フールーダ・パラダインがいい例だろう。彼は帝国最強の個だが、魔法学院や魔法省を通じ、帝国に多くの優秀な人材をもたらしている。

 フールーダの高弟子ともなれば第三位階を習得した熟練者が多く、なかには第四位階に到達している稀代の天才もいる。フールーダという個が、その知識、その経験を後世に伝えた結果、帝国の国力に厚みが生まれたのだ。

 スレイン法国の特殊部隊、陽光聖典の隊員が第三位階の習得が条件であることを鑑みれば、帝国の“強者を育成する”という理念は功を奏しているだろう。

 

「なんにせよ、今回はエ・ランテルを盗りに行くらしいからな。楽しみだ」

「貴族たちの館を包囲するのとは規模が違いますからね」

「雪が降る前には終わらせたいわね」

「なに、農民が守る都市なんざたかが知れてる。一瞬だろう」

 

 四騎士たちは思い思いに口にする。

 戦いを前に緊張感のない調子だが、彼らは帝国の勝利を信じて疑わない。

 例え兵士の数に四倍以上の開きがあろうと相手は農民。職業軍人には敵わない。

 そして彼らは知っている。王国が魔法詠唱者を軽んじていることを。警戒すべきはガゼフ・ストロノーフただ一人であることを。

 

 王国軍は、敵ではない。

 

 

* * *

 

 

 ナザリック地下大墳墓第六階層、円形闘技場(アンフイテアトルム)

 中央の円形広場には複数の〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉が浮かび、カッツェ平原に展開する王国軍と帝国軍を映し出している。

 

 観客席には名在りのシモベを中心に、その補佐を行う高位のシモベたちが数多く集っていた。

 表向きの名目としては王国と帝国の戦いを観察し研究する勉強会だが、実際は働き詰めのシモベたちを慰労するためのただの鑑賞会である。その証拠に堅苦しい空気はなく、観客席のシモベたちには料理長が腕を振るったスナックやドリンクが用意されており、一般メイドたち41人も料理を運んではいるが彼女らの席もきちんと用意されている。

 

 これは働き過ぎのシモベを憂いたモモンガとやまいこの働きかけによるものである。

 当初は階層守護者だけを対象にした鑑賞会だったが、新たに導入した週休二日制で“休日の過ごし方が分からない”と嘆くシモベたちがいると報告を受けて急遽企画されたものだ。

 メイド長のペストーニャが行ったカウンセリングによると、休日の過ごし方が分からないだけでなく、仕事を取り上げられたことでストレスを感じているシモベが少なからずいるらしかった。

 それを聞いた御方々は悩んだ末、まずは少しずつ“仕事以外のこと”を広めることにしたのだ。

 

「休憩時間の導入はすんなりいったのにね」

「ええ、まさか嘆願書まで出されるとは思いませんでしたよ」

 円形闘技場(アンフイテアトルム)の貴賓席でモモンガとやまいこが呟く。

 週休二日制を導入する前に“慣らし”として“休憩時間”を導入した際は大きな混乱はなかったのだが、“()()()()()()()()()”は御方々の想像をはるかに超える衝撃をシモベたちに与えたようで、一般メイドなどのシモベたちに至っては上を下への大騒ぎとなったのだ。

 階層守護者たちがモモンガらの意を酌み、率先して休日を楽しむ努力をシモベたちに披露しなければ混乱は収まらなかっただろう。

 

 

 

 

 

 わいわいと賑やかな観客席とは異なり、貴賓席には落ちついた雰囲気が漂う。

 貴賓席には死の支配者(オーバーロード)半魔巨人(ネフィリム)、各階層守護者に加え、ゲストに竜王国のドラウディロン女王とクレマンティーヌがいた。

 

 ドラウディロン女王を見ると、ここぞとばかりに両国の情報を持ちかえろうと個人的に貸し出された遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を操っては両陣営を偵察し、メモ用紙に何やら熱心に書き込んでいる。

 

 その勉強熱心な女王の姿に感銘を受け、階層守護者たちも戦場に向ける眼差しは真剣だ。各階層守護者の手元には筆記用具が配られており、こちらは両国軍の様子を眺めながら勝負の行方を書き込んでいる。

 結果がでた後で、その予想が当たったか、何故外れたか、どうすれば勝てたかなどを議論させる予定であったが、階層守護者たちは満場一致で帝国が勝利すると予想しており、果たしてこの試みに意味があるのか甚だ疑問だ。

 

 モモンガはドラウディロン女王が操る遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を覗き込む。

 王国軍の編成は騎馬隊が少なく、その多くが長槍を装備した歩兵と弓兵だ。対する帝国軍は騎馬隊が多く、歩兵と弓兵の割合は少ない。しかし、帝国にはこれに加えて不可視化した鷲馬(ヒポグリフ)が飛び回っていることがニグレドの調査で判明している。

 事情通のドラウディロン女王によれば、皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)だという。つまり皇帝が戦場に来ているのだ。

 

「王国側にはそれらしいものが飛んでいないところを見ると、戦場の情報収集能力も帝国側に軍配が上がるようだな」

 モモンガの言葉に守護者たちも頷く。現状、贔屓目に見ても王国側に勝てる要素がない。

 コキュートス曰く、「訓練ヲ受ケタ戦士ガ、農夫ヲ五人切レバ終ワル」だ。

 

 王国が唯一誇るガゼフ・ストロノーフが皇帝の首を取ればあるいはといったところだが、帝国四騎士がおいそれと接近を許すはずがない。

 

「それにしてもモモンガさん。フールーダ・パラダインらしい人物が見当たらないね」

「ああ、そう言えばそうですね。参加しないのかな?」

 今のところ帝国で情報収集をしているセバスが寄こしたフールーダ・パラダインの容姿と一致する人物は見当たらない。

 

「帝国の本気を見るという意味では彼の活躍も見てみたかったんですけどね」

「まあ、仕方がないよ。この世界の“砦戦”で満足しておこう」

 砦戦――。ユグドラシルで例えるならギルド戦にあたるものだが、ユグドラシルでは砦を構成する核となる建築物などは破壊対象外であった。また、例え壊れたとしても、砦と関連付けされているオブジェクトであればギルドのマスターソースから修復が可能なのだ。

 しかし、この転移世界の物は違う。どの建築物も人の手によって建てられたものだ。攻撃を受ければ壊れるし、直すにはそれ相応の労力を必要とする。

 

 別にモモンガもやまいこも破壊の美学に傾倒している訳では無いが、それでも城塞都市という巨大な建築物がどう攻略されるのかに興味が惹かれるのだ。

 

「エ・ランテルの防壁は分厚い。素直に門を攻めるのかな」

「今いる魔法詠唱者たちでは爆裂魔法も無理そうですしね」

「もしかしたら後ろに控えている物資のなかに攻城兵器があるのかも」

「ああ、組み立て前の? もしそうなら期待できそうですね」

 

 これから多くの命が失われる戦争を前に、不謹慎ではあるが砦戦に思いを馳せる二人であった。

 

 

* * *

 

 

 カルネ村自治領と魔物の群との戦闘は、魔物側の進撃によって開始された。

 急遽、射撃管制所となった側防塔からシューリンガンの指示が村人たちへ飛ぶ。

 

「方位1、仰角2。射撃用意! 撃て!」

 シューリンガンが合図で壁の内側から無数の矢が魔物に向かって飛んでいく。

 

 村人たちが行っているのは壁を挟んだ定点射撃で、これには利点が二つある。

 一つ目の利点は、事前に村の周囲を観測しておくことで、簡単な指示だけで観測手の意図する目標に射撃できることだ。

 二つ目の利点は、射撃手が壁の内側にいることで安全を確保できることと、村人たちが直接敵を見なくて済むことだ。

 

 この“敵を見ずに済む”ことは心理的に重要であった。独立を果たし意識改革が行われたカルネ村自治領ではあるが、村人の皆が皆、心の強い人物ではないからだ。

 現に今、射撃を行っている村人のなかには、先の野盗の襲撃で夫を失った未亡人がいる。残された子供を守るために武器を手に取ってはいるが、やはり恐ろしいものは恐ろしい。

 面と向かって殺意を向けられたら動きが鈍る人もいる。だからこその壁越しの射撃である。

 村人たちは指示に従って訓練通りに矢を放つだけで心的な負担が減る。側防塔に登るのは慣れてからでいいのだ。

 

 しかし、この射撃には欠点もある。それは性質上、射撃対象が点目標ではなく地域目標であるため、単純に命中率が低いのだ。相手が群であれば効果は高いが、一個体を攻撃するのには向いていない。

 

 イミーナが村人たちの射撃から逃れた魔物に向かって、持ち前の特殊技能(スキル)で三本の矢を連射する。射線の通る相手に弓の扱いに長けたイミーナが外す訳がない。そしてそれは二体の小鬼の弓兵(ゴブリン・アーチャー)も同じこと。

 門に取り付こうとする魔物に向かって次々と矢を放つ。

 

 しかし、数が多い。三人の射撃だけでは追い付かず、ついに魔物が門を叩く音が村に響き渡る。

 

「イミーナ! 待たせた!」

 イミーナを呼ぶ声に下を覗き込むとフォーサイトのメンバーが揃っている。久々のフォーサイトとしての戦いに気持ちが昂るが、相手は妖巨人(トロール)悪霊犬(バーゲスト)。油断はできない。

 自分を呼ぶ声に答えようとしたイミーナは、西の壁をよじ登る複数の大蛇に気づく。

「ジュゲム! 西よ!」

 

 イミーナの警告に門を警戒していたジュゲムが反応し、小鬼の騎兵(ゴブリン・ライダー)を呼ぶ。

「キュウメイ! チョウスケ! 二人で左の蛇どもを仕留めろ! できるな!!」

「問題無い!」

「任せてくれ!」

 後ろで控えていたキュウメイとチョウスケが(ウルフ)を駆って走り出すと、ジュゲムは村人に新たな指示をだす。

「村の皆は槍に持ち替えて所定の位置に! 無理に戦おうとせず距離を取ることだけに集中しろ! 戦闘は俺たち小鬼(ゴブリン)とフォーサイトの役目だ!」

 

 ジュゲムの言葉が終わると同時にイミーナが地上のフォーサイトと合流する。

 ヘッケランは集まったフォーサイトに確認をとる。

「よし! フォーサイトの目標は妖巨人(トロール)悪霊犬(バーゲスト)。見つけたら最優先で受け持つぞ」

『了解』

 

 短いやり取りを終えるとひときわ大きく門が叩かれ、蝶番の軋む音が響く。

 もう間もなく門が破られる。

 

 誰もが思った時、門は()()()()()()()()()()()()()()

 

「わしの研究を邪魔するのは誰じゃあぁぁ!!」

「リ、リイジーさん!?」

 

 リイジー・バレアレが鬼の形相で佇んでいた。

 村に鳴り響いた警鐘は()()()()()()()を要求するものだ。

 当然、リイジーも例外ではない。

 御方々から借りた錬金機材でかつてない研究成果をあげているリイジーにとって、寝ても覚めても研究に次ぐ研究の日々。枯れかけていた情熱が再燃し、人生において今が一番充実していると言っても過言ではない。

 

 その研究を邪魔する者がいる。

 それだけでリイジーの腹は据えかねていた。

 

 口から火を吐きださんばかりの形相で、再び魔法を発動しようと手を突き出す。

 先程の魔法で門は既に破壊されているが、幸いなことに人食い大鬼(オーガ)の死体が塞ぐ形となり魔物が一気に雪崩れ込んでくることは無い。

 なによりも村からの攻撃が矢だけだと思っていたところに突然の雷光で魔物たちは怯んでいたのだ。

 そこへ再び雷撃が襲う。

 

「〈雷撃(ライトニング)〉!〈雷撃(ライトニング)〉!〈雷撃(ライトニング)〉!」

 門の前に密集していたところへ放たれた雷撃は、複数の魔物を巻き込み村に悲鳴がこだまする。

 

「お、おっかねぇな」

 誰もがリイジーに目を奪われていると後方から声がかかる。

「皆さん! こちらを!」

 

 振り返るとリイジーの孫、ンフィーレアが大きな箱を抱えてやってくる。目の下に隈を作っているところを見れば、研究漬けで疲労しているのが分かる。

 地面に下ろした箱からカチャカチャと硝子の擦れる音がすることから、どうやら大量の水薬(ポーション)を運んできたようだ。

 

「補給物資、ですか?」

「いいえ、攻撃用です。白、紫、緑の順で投げてください。それぞれ粘着剤、酸、毒です」

「おお、投擲用か。錬金術師(アルケミスト)製なら確かだな」

 

 

 

 

 

「あちゃ~、これはもう決まりっすかねぇ」

 戦闘が行われている場所から遠く離れた位置で、ルプスレギナはカルネ村自治領の戦いぶりを観察していた。

「事前に肌を焼くことで毒の巡りを良くしようという作戦は評価する。とても効果的」

 シズの冷静な所見にルプスレギナはふふんと鼻を鳴らすだけで応えない。

 彼女にしてみればもう少し苦戦してくれた方が面白かったからだ。

 

「ああ、魔法の矢(マジック・アロー)。勝負ありっすね」

 リイジーとアルシェ、共に第三位階に到達している魔法詠唱者(マジックキャスター)たちが、得意とする魔法で魔物を蹂躙していく。特に、アルシェが放った魔法の矢(マジック・アロー)は第一階魔法と低位ではあるが、発動者のレベルに比例して飛翔する不可避の矢が増えるため、今回のように動きの素早い魔狼(ヴァルグ)悪霊犬(バーゲスト)に対して効果が高く、魔物の数を減らすことに貢献していた。

 

 粘着剤で絡めとられた魔物たちは、村人たちの槍とカルネ村に所属する人食い大鬼(オーガ)たちの棍棒で次々と止めを刺されていく。

 

 残るはボス格とみられる妖巨人(トロール)のみだが、流石に動きがままならない状態で小鬼(ゴブリン)の一団とフォーサイト、五匹の人食い大鬼(オーガ)錬金術師(アルケミスト)が相手では多勢に無勢。

 尋常ではない再生能力を持つ妖巨人(トロール)ではあったが、酸をかけられながら人食い大鬼(オーガ)たちの棍棒で叩き潰されれば肉塊になるのも時間の問題だろう。

 

「ルプー。もう介入規定を満たせない。ここはシモベに任せて私たちもナザリックに戻ろう」

「そうっすね~。いやー残念残念」

「鑑賞会に参加できない方が、嫌」

「確かに。んじゃ、行くっすか」

 

 ルプスレギナとシズは踵を返すと、影に潜むシモベに後を任せてナザリックへと帰還するのだった。

 

 




独自設定
・帝国軍の組織理念
・ガゼフと四騎士のパワーバランス
・ユグドラシルの砦の破壊不可オブジェクト。原作に記述があったような無かったような……、自信がないので念のために独自設定ということに。
・定点射撃の説明。webで見つけた防衛省規格、火器用語(射撃)を参考に書きました。けど用語の使い方が合っているのか不明。そもそも弓矢は“火器”ではないような……。

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