骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第28話:バハルス帝国

 リ・エスティーゼ王国がフィオーラ王国の布告文に紛糾している頃、アゼルリシア山脈の東に位置するバハルス帝国にも同じ布告文が届いていた。

 

 帝都アーウィンタールの中央に位置する皇城。その最奥にある魔法で厳重に諜報対策が施された会議室では、フィオーラ王国から届いた布告文の分析と考察が試みられていた。王国のそれとは違い、帝国の会議は聡明な皇帝と優秀な側近たちにより粛々とした雰囲気だ。

 

 皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、フィオーラ王国を見定めるにあたりここ最近起こった周辺国の出来事を情報部から取り寄せた。取るに足らない情報を削ぎ落し、辿りついたのが竜王国の奇跡、スレイン法国の改革。

 特筆すべきは両報告書に“神”と“使徒”という単語が頻繁にでてくることだろう。これが()()()()()()()()()()()()()()()ならば笑い飛ばすところだが、生憎とこの世界は()()()()()()()()()()()()()()。今も竜が空を舞い、神の子孫が生き、数多の魔物が蠢いている世界だ。

 神と使徒。この世界では無視できない単語だ。

 

 そして歴史は語る。六大神然り、十三英雄然り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。亜人だから、異形だからと、姿かたちで相手を判断し、強者かもしれない存在を一方的に敵視するのは愚か者のすることだ。

 国を預かる者がそんな愚を犯すわけにはいかない。脆弱な人間は慎重に行動しなければ生き残れない。“藪の蛇を叩いたらコカトリスの尾でした”では遅いのだ。

 

 ジルクニフはこれまでに得た情報から、スレイン法国に神が顕現したのはデマではないと確信する。その従属神が竜王国を救い、そしてフィオーラ王国を建国した――。

 

 この結論にこれ程早く辿り付ける者は稀だろう。しかし、ここはバハルス帝国。ジルクニフには心強い味方がいる。

 200年前、魔神戦争を生き抜いた傑物。大魔法詠唱者にして人間種としては大陸全土で4人しかいない英雄の領域を超えた逸脱者の一人、フールーダ・パラダインそのひとである。

 

 帝国には伝説の時代を知る生き証人(フールーダ・パラダイン)がいる。建国して200年足らずの帝国にとって、また日々をトロール国やミノタウロス王国に脅かされている帝国にとって、神や魔神は色褪せることもなく、その存在感を鮮明に残していた。

 

 会議室の扉が開かれ、白ローブを纏い白髭を腰まで伸ばした老人が姿を現す。件の大魔法詠唱者だ。200年近くを生きた顔に相応しくその顔には深い皺が刻まれている。

「戻ったか、爺。調べはついたか?」

「微妙なところですな。闇妖精(ダークエルフ)が500年前に大森林を支配していた記録はありましたが、“フィオーラ”なる記述は見つかりませんでした。竜王国に現れた使者と同一人物だとは思いますが」

「となると迂闊に手はだせんか。しかし、ここ最近魔物の出現報告が増えたと思ったら、こいつらが森を騒がしていたせいか。なんにせよやっかいな時期に現れたものだ」

 

 ジルクニフの愚痴にフールーダが思い出したかのように懐から手紙を一通取り出す。

「陛下、ひとつ親書が届いております」

「また妙な布告文ではないだろうな」

 

 フールーダから封蝋で綴じられた手紙を受け取ったジルクニフは、蝋に印璽(いんじ)された紋章が誰のものか気付くとフールーダを訝しげに見る。

「爺、これは本物か?」

「はい。非公式ですが、本物です」

 

 ジルクニフはその言葉に溜息交じりに封を切る。中身を見て表情を険しくしたジルクニフが手紙をフールーダに渡すと、今度は手紙に目を通したフールーダが唸る。

 その内容が気になったのか、帝国が誇る四騎士のひとり“雷光”こと、バジウッド・ペシュメルが声をかける。

 

「陛下、何かやばいネタですか?」

 皇帝陛下に対して礼を欠いた口調だが、ジルクニフは咎めない。実力主義の帝国において、皇帝であるジルクニフが四騎士に求めているのは武であるからだ。礼節は必要なときに最低限振る舞える程度あればいい。

「王国軍の配置図と討ち取ってほしい者の一覧だ」

「え? いやいや、流石に胡散臭すぎますぜ。罠では?」

「まあ、そうなんだが、内容よりも最後の一文に問題がある」

 

 フールーダが手紙を皆に見えるよう机に広げると、件の一文をバジウッドが読み上げる。

「――神のご加護がありますように、ですかい?」

「そうだ。問題はそれを書いたのが()()ラナーだということだ。それもフィオーラ王国が布告文を寄こした後に、だぞ?」

 ジルクニフは彼女が意味もなく祈りを奉げる人間ではないことを知っている。かつて外交の席で見抜いた彼女の本性は、信仰心を持った人柄でもなければ文末に捻りのない定型文を使うような無教養な女でもない。もっとドス黒い得体の知れない何かだ。

 

「“神のご加護がありますように”。この一文がこれほどまでに気持ち悪く感じるとはな」

 ジルクニフは会議に参加する者たちに意見を求める。

「さて、お前たち。これを見てどう思う?」

 

「最後の一文が神との繋がりを示すものだとしても、布告文にあった“同盟国”のなかにリ・エスティーゼ王国は入っていません。内容の真偽はさておき、王国と戦争をすること自体は問題ないでしょう」

「恐らく王国内の派閥、国王派閥に主導権が移ったと見るべきかと。この様な形で我々(外部勢力)と接触してきたということは派閥の活動を秘匿する必要が無くなったことを意味し、派閥の地盤が固まった、あるいは既に勝敗が決したものかと思われます」

「この一覧にある者たちが都合よく戦死した場合、それは王国がひとつにまとまるという事。今以上に厄介な相手になるかもしれません。この一手に帝国が手を貸してよいものかどうか、対王国戦略を見直す必要があると進言いたします」

 

 部下の言葉をジルクニフは黙って聞く。概ね自分の所見と大差がない。王国と戦うこと事体は問題ない。元々()()()()()()()と思わせておいてかつてない規模の軍団でエ・ランテルを攻める予定であったからだ。

 ただ、ラナーが寄こしたこの手紙。彼女の意に沿うように軍を動かすかどうか、その判断がつかない。

 

「爺からは何かあるか?」

「ふむ。魔神を知る者として忠告するのであれば、フィオーラ王国とは敵対しないことです。速やかに特使を送るべきでしょう。そして、戦争に関してですが、王国が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のなら、エ・ランテルを攻める最後の機会やもしれませぬな」

 

 ジルクニフの胸のつかえが取れる。現状確定しているのはフィオーラ王国が建国されたことだけ。次に信憑性が高い情報として建国したのが使徒である可能性。魔樹(ザイトルクワエ)を倒したのが事実ならフールーダの言う通り敵対は不味い。

 ただ、()()()()だ。他はなにも変わらない。今後は分からないが、少なくとも今の王国は自分の知る王国のままだ。攻めるのなら今しかないだろう。今を逃したら二度と王国に手が出せなくなるかもしれないのだ。

 

 ジルクニフは王国に寄こした宣言文を思い出す。強引な内容は承知しているが大義名分はこちらにある。毎年戦争を収穫時期に合わせ、少しずつ相手の国力を削ってきたのだ。それらが積み重なって今がある。王国からエ・ランテルを刈り取る時がきたと考えるべきだろう。

 

「よし。王国に対しては予定通り6軍をぶつけ、エ・ランテルを盗るぞ。陣地の構築を急がせろ。それとロウネ、二つ頼みたいことがある」

「はい。何なりと」

 

 ジルクニフは最も優秀な秘書官に指示を出す。

「一つ目は、ブルムラシューを切り捨てる。どうやらラナーには奴との繋がりがバレているらしい。一切の記録を処分しろ。念のためイジャニーヤを雇い奴の屋敷も漁らせろ。我々に関する書類を見つけたら持ちかえった数だけ報酬をだすと伝えて構わん」

「畏まりました」

「二つ目は、部下を連れてカルネ村自治領へ行け。本来は私が直接行きたいところだが戦が近い。かといって後回しにもできない。いいか、なんでもいい。フィオーラ王国とひとつ条約を交せ。それを足掛かりに関係を深める。もし断られたらカルネ村自治領相手でも構わん。いいな?」

「は! 全身全霊をもって行わせていただきます」

 

「他の者はエ・ランテルをどう落とすか、作戦会議だ」

『は!』

 

 そして間もなく、6軍の将軍たちが会議の場に集結すると、ここに帝国による城塞都市エ・ランテル攻略が始まるのだった。

 

 

* * *

 

 

 カルネ村自治領、御方別荘、居間。

 モモンガとやまいこは、闇妖精(ダークエルフ)たちが書き起こした都市の設計図を見ていた。将来的に蜥蜴人(リザードマン)の集落との交易に堪えられるようデミウルゴスによって修正されており、完成度は中々のものだ。

 いまだ工事中のところもあるが、既に都市として機能している。

 

 結局のところ、闇妖精(ダークエルフ)たちは全員移住することになった。元々巨大な集落を形成していたこともあり、完全環境都市(アーコロジー)に抵抗無く話が進んだのは幸いだった。

 

 都市の中心にはマーレの魔法で魔樹(ザイトルクワエ)並に成長した巨木が御神木として生え、王城兼神殿が添うように建築された。

 区画は貯水池を中心とした設計となっており、貯水池を取り囲むように居住区や商業区、農業区などが配置された。この貯水池と各区画のセットが都市区画の最小単位となっており、御神木を中心に取巻くその様は、上空から見ればさながら都市が幾何学的に咲いているように見えるだろう。

 

 その中で、彼らが特に力を注いだのは居住性だ。長寿のかれらは一度住み着くと滅多に引っ越さない。その為、何を置いても居住性なのだ。

 そして居住区に次いで彼らが力を注いだのは農業区だ。より正確にいうなら研究区だろうか。ナザリックの意向により植物の品種改良と開発を種族(ダークエルフ)の至上命題としたため、大小さまざまな植物の研究施設が室内室外を問わず都市に練りこむ形で存在していた。

 それらは都市の外観的な特徴に現れており、どの区画にも屋上庭園が設置されていた。生まれたばかりの都市にもかかわらず植物にのみこまれたような景観は、まるで数千年の時を経た遺跡を連想させた。

 

 

 

 

 

 やまいこは籠一杯に盛られた林檎を手に取るとかぶりつく。闇妖精(ダークエルフ)たちが育てた現地産の林檎だが、その渋みに思わず眉をひそめる。

「……美味しくなるといいね」

 闇妖精(ダークエルフ)たちの至上命題。その当面の目標は商業目的の品種改良と、ナザリック向けの果実栽培だ。前者はこの世界に自生する林檎の品種改良であり、後者はユグドラシル産果実の栽培である。特に後者は特殊技能(スキル)と併せれば、能力値を一時的にではあるが強化できる飲み物を作れるようになるため、是非とも栽培の実現に漕ぎつけてほしい。もちろん、後者は厳重に秘匿されており、フィオーラ王国の中枢で厳重に管理されている。

 

「この世界にも〈道具鑑定(アプレイザム・マジックアイテム)〉はあるみたいですし、併用すれば案外早くできるんじゃないですかね」

 モモンガはリイジーが鑑定に使っていた魔法を思い出す。名前の通り単純にアイテムを鑑定する魔法だが、例えば“瑞々しい林檎”や“甘い林檎”といった具合に、品種改良に優位な個体を探し出せるかもしれない。

「ああ、その手があったか。うん、期待できるかも」

 やまいこがひとり納得していると、別荘の玄関が勢いよく開けられる音が響く。

 

「モモン様! マイ様! 大発見っすよ!」

 ルプスレギナの元気な声にモモンガとやまいこは玄関に続く扉へ目をやると、ちょうど何かを肩に担いだルプスレギナが顔を出したところだった。突然のことに驚いていたモモンガが、ルプスレギナの顔の横にあるのが少女の可愛らしいお尻だと気づき咄嗟に目を逸らす。

 

「大発見っす! なんとこの娘、生れな(タレ)――」

「――おげぇぇぇぇ!」

 盛大に吐瀉物(としゃぶつ)が居間にぶちまけられる。

 

『!?』

 ルプスレギナに野良猫の如く服の首根っこを掴まれたままモモンガとやまいこに差し出された少女は、目の前の二人を見るや激しく嘔吐した。

 バチャバチャと酸っぱい臭いを放つ液体をまき散らし、涙と涎で濡れた顔は恐怖を通り越して恐慌状態だ。呼吸は荒く、風を切るようにひゅーひゅーと鳴り、胸元は胃液まみれ。太ももには胃液のそれとは似て異なる黄色い液体が幾筋も伝い、身長差から床に届いていないつま先からは、チョロチョロと音を立てながら床に大きな水溜まりを作っていた。

 

 そのあまりにもあんまりな惨状に場が凍る。

 ルプスレギナは登場時の笑顔を張り付けたまま少女の首根っこを掴んでいたが、完全に思考停止に陥っていた。

 粗相をしでかした小娘を無礼者と誅殺するべきか、それとも原因を作った自分が自害するべきか、それとも御方々に謝罪するべきか、それともそれとも……と、思考が堂々巡りしている状態だ。

 モモンガとやまいこも出会い頭に嘔吐されて困惑を隠せない。

 

「モモン、回れ右。男子は見てはいけません」

 少女の痴態に一早く立ち直ったのはやまいこだった。モモンガに後ろを向くよう促すと、ルプスレギナに事情を聞く。

 

「ルプスレギナ、その娘は、病人かなにか?」

「はっ! いいえ! 生れながらの異能(タレント)持ちの新しい住人、アルシェです!」

生れながらの異能(タレント)?」

 いまだにルプスレギナに吊るされている少女を見る。先程より幾分か落ち着きを取り戻してはいるが呼吸は浅く早い。その目は驚愕に見開かれ、目の前にいるやまいこたちに釘付けだ。

 

「放してあげなさい」

 やまいこの指示で解放されたアルシェはその場にベチャリと湿った音を立てながらへたり込む。取り乱す様子はないがいまだに膝が笑っているのか腰砕けだ。

 

「それでどんな能力なの?」

 その質問にルプスレギナは目を泳がす。

「その、えぇ~と」

 まさかこの状況で“面白そうだから拾ってきた”とは言いだせず、足元のアルシェを立たせると“代わりに説明しろ”と目で訴える。

 

「あ、あのっ! 私、魔力を見れるんですっ! そ、それで、お二人の魔力が、あの、光が溢れててっ! ご、ごめんなさいっ! 粗相をしてしまい、大変お見苦しい姿を! お、お許しください! 本当にごめんなさい! お許しください!」

 やまいこはアルシェの言葉でおおよその事態を把握する。隣で後ろを向いたままのモモンガも察したのか「ああ、なるほど」と呟いているのが聞こえる。

 

 つまりはこの憐れな少女アルシェは、個人が到達できる最高の位階が第六位階と言われるこの世界で、生まれて初めて第七、第八、第九を飛び越え、超位魔法を扱える者の魔力を目の当たりにしてしまったのだ。

 己の師を遥かに凌駕する存在、しかも絶望的なまでの(80レベル以上の)レベル差を視覚的に直視してしまった彼女は、某テーブルトーク風に言えば“神格の存在を前に一時的狂気を発症した”のだ。

 これが死の支配者(オーバーロード)半魔巨人(ネフィリム)の姿で対面していたら発狂もありえたことを思えば、モモンガとやまいこが“人の姿”でいたことは不幸中の幸いだろう。

 

「モモン、探知防御用のアクセって今持ってる?」

「倉庫に入れっぱですよ。ふむ、じゃあ一時しのぎですけど、ルプスレギナ、彼女に〈恐怖の除去(リムーブ・フィアー)〉を」

「畏まりました」

 モモンガの指示でルプスレギナが恐怖を取り除く魔法を唱えるとアルシェの呼吸が落ち着いたのがわかる。

 

「どう?」

「あ、はい。ら、楽になりました」

「よしよし」

 ひとまず落ち着いて会話ができそうだとわかるとやまいこは安堵する。

 そこへ再び玄関が勢いよく開けられる。

「お邪魔するわよ! って、アルシェ!? あなたたち何したの!」

 息を切らせた半森妖精(ハーフエルフ)が居間に飛び込んできた。

 

「イミーナ!? だ、大丈夫だから! 何もされてないから。ね?」

「でも、あんたのそれ」

 アルシェの姿を見るかぎり、“なにかあった”のは確か。イミーナはアルシェの言葉を素直に信じることができないようだ。

 やまいこは話がややこしくなる前に経緯を説明する。

 

「イミーナさんは彼女の生れながらの異能(タレント)をご存知?」

「そりゃ、チームだからね」

「なら話は早い。アルシェさんは私たちの魔力に当てられて酔っちゃったみたいなの」

「魔力……酔い? 本当?」

 イミーナが確認とばかりにアルシェを見ると、肯定するようにブンブンと頭を縦に振る。

 

「本当よ、イミーナ。魔力に酔って粗相をしてしまっただけなの」

「そ、そうなの? まぁ、アルシェがそう言うな――」

「――だから()()は悪くないよ、イミーナ」

「はあ!? カ、カミサマ?」

 予想だにしなかったアルシェの言葉にイミーナは思わず聞き返す。それを聞いたモモンガとやまいこは溜息と共に天井を仰ぎ、ルプスレギナはさも当然であるかのようにウンウンと頷く。今のアルシェが正気と狂気、どちらなのか分からないが面倒なことになりそうだ。

 

「うん。神様はいたんだよイミーナ。師ですら足元にも及ばない魔力の奔流。今もこの部屋一杯に光が溢れてるの。ああ、イミーナにも見せてあげたい」

「……」

 “やっぱりなにかしたんでしょ”と言わんばかりにイミーナが疑いの目を向けてくる。

 

 その後、「いっそ記憶を消しましょう」と囁くモモンガの意見を却下し、やまいこはアルシェとイミーナを説き伏せ、二人に秘密を守らせることに成功する。

 そして今後は常に探知防御のアクセサリーを装備しようと御方々は心に誓うのだった。

 

 

* * *

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第十階層玉座の間。

 アルベドがひとりマスターソースを開いてギルドの収支を確認していると、一体のゴーレムを連れたデミウルゴスが現れる。

 

「あら、お帰りなさいデミウルゴス。アウラたちの国はどう?」

「元々自然との親和性が高い種族ですので完全環境都市(アーコロジー)への理解が早かったのには助かりました。悪魔の私から見ても美しい街並みになりそうですよ」

「へぇ、デミウルゴスがそこまで言うのなら一度見てみたいわね。それにしても、アウラたちに建国させるとは思わなかったわ。私はてっきり御方自ら建国されるものかと思っていたのに」

「まったくです」

 

 アルベドたち知恵者は、ナザリックはいずれスレイン法国か城塞都市エ・ランテルを乗っ取ると予想していた。しかし、実際に実行されたのはアウラとマーレを全面に押した闇妖精(ダークエルフ)の国の建国。その手際は鮮やかで、今後の収支予想も明るい。

 しかし、トブの大森林を完全支配できていないことにアルベドは不満を漏らす。

 

「御方々がお許ししているとはいえ、いまだ支配下に入らない輩がいるようね」

「おや、アルベドは気付きませんか? やまいこ様は()()()“支配を強要する必要は無い”と仰られた。これが何を意味するのか、お分かりになりませんか?」

 

 デミウルゴスの少し挑戦的な言葉に眉をひそめつつもアルベドは熟考する。

「まさか、フィオーラ王国に従うのも自由、従わないのも自由。そして、()()()()()()()()。そういうことね? デミウルゴス」

「はい。人間の生存圏内に突如として現れた亜人の国。周辺の人間だけではなく、森の住人たちにとっても多大な影響を与えたことでしょう。中には()()()()()()()()()と感じる亜人や魔物がいるかもしれませんね」

「つまり、このまつろわぬ者どもは、私たちがラナー王女に課した課題を促進させるだけでなく、帝国を測る材料にもなる、と」

「それだけではありません。概算によれば1000人に1人の割合で危険分子が紛れていた方が、住民の意識が引き締まり遵法精神が高まるそうです。外敵も時には箱庭を統治するのに必要な駒という訳です」

 

 アルベドは感嘆と共に忸怩(じくじ)たる思いに至る。守護者がラナー王女一人を試す間に、御方々は一つの策を弄し複数の布石を打った。極端な話、自分たちの働きがひとつ実る前に、御方は収穫を終えている。そんな感じだ。

 転移して以降少しずつ結果を出し、その度にお褒め頂いている。今回のラナー王女の件も特別期限は設けられてはいないが、“任せて頂いた”ということにどこか安堵し、気が緩んでいたのではないだろうか。

 

「デミウルゴス。私たち、少しばかり足りなかったようね」

「そうですね。直接関与はされていませんが、アウラたちの建国はラナー王女獲得への無言の後押しと見ていいでしょう」

 それは子供の木登りに親が手を添えるような優しい一押し。子供が積み上げた積み木を倒れないよう支える見えざる親の手だ。

 

「守られてばかりでは駄目ね。ふぅ、気持ちを切り替えましょう。それで、そのゴーレムはなにかしら」

 

 アルベドはデミウルゴスの後ろに付いてまわるゴーレムに興味を向ける。デミウルゴスの身長の半分ぐらい、90センチほどのミニゴーレムで、腰から上半身にかけて植物がまとわりついていた。身体の素材は円形闘技場(アンフィテアトルム)に配置されているものと同じ土塊のようだが、植物の方には心当たりがない。

 デミウルゴスが指示するとアルベドの前に歩みでる。ゴーレムらしく自我は無いようだ。

 

「これはマーレの発案で造られた“盆栽君試作2号機”です。やまいこ様がいたくお気に入られ、是非とも“やまいこズ・フォレスト・フレンズ”に加えたいと仰ったので第六階層に移すところです。自我はありませんが一応アルベドに面通しをと思いましてね」

「そう。それでその、盆栽君? もう少し詳しく説明してくれないかしら」

「端的に言えば魔樹(ザイトルクワエ)の盆栽です。プランターで栽培する薬草と、魔樹(ザイトルクワエ)で育てた薬草とで成分が変わるのかを調べる過程で生まれた副産物です」

「その実験の話は聞いているけど、それが何故ゴーレムに?」

 

 アルベドは魔樹(ザイトルクワエ)のことは書類上知ってはいたが実物を見るのは初めてだった。薬草の実験に関しても把握はしていたが、それはプランターでの栽培で事足りる実験であったはずで、それがなぜゴーレム化に至ったのか。

 

「マーレ曰く、トレントのような“働けるシモベ”にする実験だったようです。ただ、ある程度成長を遂げると周りから無差別に生命力を奪うようになったため“大地から切り離す”という意味でゴーレムに乗せたみたいですね。しかし自我を持つまでに成長させると今度は気性の荒さが災いして制御が利かなかったそうです。ですので一号機は破棄し、二号機は自我を持つ前で成長を止め、観賞用として育てることにしたそうです。一応、ここに小さな顔と頭頂部に薬草も生えていますよ」

 デミウルゴスが示した箇所には人面瘡に見えなくもない洞と、報告にあった薬草が生えていた。

 

「なるほど。取りあえず、第六階層に置くのね?」

「はい。性質上間違いがあってはいけませんから、普段は円形闘技場(アンフィテアトルム)で世話をするそうです。あそこならゴーレムだらけで奪える生命力も限られてますからね」

「分かったわ。それで、今後の予定は?」

「牧場の方は安定してきましたので、モモンガ様のご許可をいただき、しばらくはアウラたちの国と蜥蜴人(リザードマン)の集落を往復する日々です」

「そう、分かったわ。じゃあ、他に用事がなければ業務に戻ってちょうだい。――ああ、そうそう、忘れてたわ。回覧板で伝わっていると思うけど、近々戦争鑑賞会があるから覚えておいて」

「ええ、もちろん。連絡を受け次第すぐに駆け付けますとも。では、私はこれで」

 デミウルゴスは軽く会釈するとゴーレムを連れて玉座の間を後にする。

 

 再び独りになったアルベドはマスターソースに目を通し憂う。ナザリック内の収支は御方々の神懸った計算により奇跡的なバランスを保っている。そう、()()()()()()()()()()()()なのだ。

 神社のお布施や木材の売買で多少は稼げるようになるだろう。しかし、足りない。何か事が起こった場合を想定すると圧倒的に足りないのだ。

 現にフィオーラ王国の土木工事に使ったゴーレムの作成や、蜥蜴人(リザードマン)へ食料援助する際に使った“ダグザの大釜”で結構な額の金貨を消費している。

 

(もし守護者が死ぬような事態が起こったら)

 

 アルベドは頭を振って自分の想像を追い払う。

 そうならない為にも守護者達が一丸となって働けばいいのだ。

 

 ユグドラシル時代はモモンガ一人でナザリックの生計を立てていた。ナザリックはモモンガ一人に生かされてきた。

 でも、今は違う。世界は変わり、守護者たちが御方を支えることができるようになった。揺り籠の中で、ただ安寧を享受する時は終わったのだ。

 アルベドは強くそう思うのだった。

 

 

* * *

 

 

 リ・エスティーゼ王国の王都中央通り。戦争が近づきピリピリとした雰囲気の中、イビルアイは行きつけの最高級の宿屋へ向かっていた。ちょっとしたお使いの帰り道で、疲労とは無縁の身体だが精神的にクタクタだ。

 

「う~、早く宿に戻って引き籠りたい」

 チームのなかで唯一転移魔法が使えることからお使いの類を任されることが多い彼女だが、その転移魔法は予め転移先を準備しておかねばならず、結局のところ“帰り”はともかく、“行き”は徒歩と〈飛行(フライ)〉を併用して自力で行かなければならないのだ。

 暗く閉め切った部屋のベッドに飛び込みたいと切に願いながら宿屋の扉をくぐると、帰還報告だけは先に済ませようと一階の酒場を覗いて仲間を探す。

 案の定、いつもの席に大柄な女戦士を見つける。ガガーランしかいないのか他のメンバーは見当たらない。こちらに気づいたのかガガーランが手を振る。

 

「よぉ、帰ったか、イビルアイ。帝国はどうだった?」

「別に観光に行ったわけえぇ!?」

 イビルアイは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 なぜなら――

 

「おや、戻りいんしたか? 待ちくたびれたでありんす」

「な、なぜ、おま――シャルティアがここにっ!?」

 ガガーランの体躯に隠れていて気付かなかったが、そこには先日ナザリックで紹介された14歳ほどの美少女に見える吸血鬼の真祖(トゥルーヴァンパイア)が優雅に座っていた。イビルアイに倣ってか赤いローブを纏い、髪の毛も金髪だ。恐らく変装のつもりなのだろう。フードをかぶっているお陰で周囲に吸血鬼(ヴァンパイア)であることはバレていないようだが、仮面を装備していないためにイビルアイからしてみたら不安でしかたがない。

 

 そしてテーブルに近づいてから気づくが、シャルティアの足元にはティアが纏わりついており、妙に慣れた手つきであやされていた。

 

「特別休暇でありんす。先日大量の闇妖精(ダークエルフ)を――」

「――待った! 待てっ!」

 イビルアイはシャルティアの言葉をさえぎると慌ててマジックアイテムを起動する。

「よ、よし。これで誰にも聞かれまい。というか、話していい内容なのか?」

 その問いにシャルティアは真顔になり、懐から書類を取り出すと何やら調べ始める。

「だ、大丈夫でありんす。機密指定ではありんせん」

 

「お、おいおい大丈夫かよ。うっかり機密情報を聞かされて口封じとか勘弁だぜ」

 ガガーランの意見はもっともだ。

「美少女に、口封じ。受けて立つ」

 唇を突き出すティアを努めて無視してイビルアイは用件を聞く。

 

「で? 休暇なのは分かったが、なんでここなんだ?」

「釣れないでありんすねぇ。ナザリックに籠っていると仕事をしてしまいそうだから思い切って外出してみたでありんす。ちゃんと許可も頂いたし護衛も付いているから大丈夫でありんす」

「その護衛ってのは天井のあれか?」

「流石は()()()()。あれに気づけるとはレベル50以上でありんしょうか」

「は!? おい、イビルアイ。上に何か居るのか?」

 

 二人の会話を聞きガガーランが驚きの声と共に天井を仰ぎ見る。

「まったく見えねえぞ。ティアはどうだ?」

「ふっ、ガガーランはまだまだ。そこにいる」

 ティアは見当違いのところを指さす。

 

「二人とも諦めろ。難度140前後の不可知化だ」

「ひゃっ!?」

 告げられた難度に目を白黒させるガガーランとティアに、シャルティアの難度が300であることを“今は”伏せておこうとイビルアイは心に決める。

 

「今日は人生の先輩たるお姉さまから色々と学ぼうと思ってお茶会の準備をしてきたでありんす」

 人生の先輩――やまいこ様がそういえばそんな事を言っていたことをイビルアイは思い出す。人として12年、吸血鬼(ヴァンパイア)として250年近く生きていることを話したら是非とも先達としてシャルティアを導いてくれと頼まれた。頼まれたような気がするのだが。

 

(どうしろというのだ)

 

 シャルティアを見ると、まるで手品のようにティーセットとバスケットを取り出し、テキパキとテーブルに並べていく。酒場であるにもかかわらず店の商品以外の飲食物を取り出すシャルティアを店員が訝し気に見るが、“蒼の薔薇の連れ”ということで黙認してくれるらしい。

 そんな店員たちに心の中で謝りつつも、イビルアイは漂ってくる良い香りに鼻をくすぐられる。香りに釣られテーブルの下からティアも顔を出す。

 

「いい香り。美味しそう」

「だな。あんま詳しくないけどよ、城で出されるのより上等っぽくないか」

「当然でありんす。さあ、遠慮せず飲まんし」

 シャルティアの勧めに従い口を付ける。

 

「美味すぎだろっ! リーダーたちにも飲ませてやりてえな」

「そういえば二人はどうした?」

「いつもの。姫様のとこ」

 その言葉にシャルティアが一瞬目を細めたようにイビルアイは見えた。黄金と称される王女の存在を聞き及んでいたのかと勘ぐるが、シャルティアはラナーへの興味を示す訳でもなく黙々と茶菓子の用意を始める。

 気のせいかと思うイビルアイだがもちろん気のせいではない。ただ、ラナーに関しては“働きを見守る”と守護者各位に通達されていたのだ。デミウルゴスたち知恵者主導の案件に首を突っ込む必要は無いとシャルティアが判断したにすぎない。

 

「焼き菓子も召し上がれ。ここに居ない二人の分もあるから心配いりんせん」

「お、なんか悪いな」

「これは至高。独り占めしたい」

 極上の紅茶とお菓子に心奪われたガガーランとティアは完全にお茶会気分だ。

 イビルアイも席につくと気分を改める。考えてみれば竜王と張り合えるだろう“えぬぴーしー”と親睦を深めておくのも悪くないと思い直す。繋がりを持つことはいつか己の身を、または仲間を救うことになるかもしれないからだ。

 

 初めはぎこちない雰囲気だったが、時間と共に打ち解けテーブルが華やぐ。ガガーランの質問ばかりが目立ったが、気さくな口調と羨望の眼差しにナザリックを誇りに思うシャルティアとしても悪い気はしなかった。もちろん互いに喋れないことは適当にはぐらかして追及せず、なんやかんやで名前で呼び合うようになるころにはとっぷりと暮れていたのだった。

 

 




独自設定
・ルプスレギナの〈恐怖の除去〉(リムーブ・フィアー)。一時的に恐怖を取り除く。勇気を与えているわけではない。アルシェは恐怖状態を脱したものの冷静に御方々の魔力を見てしまい、“なにか”を意識に刷り込む。アルシェの信仰心が正気と狂気のどちらなのかは誰にも見分けが付かない。
・天井に張り付いていたのは八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)。本来レベルが近いイビルアイが気付けるか分かりませんが、アンデッドは“生命”の探知に長けている(2-303)ことを拡大解釈して気付けたことにしています。

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