骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第26話:破滅の竜王

 カルネ村からトブの大森林へ転移すると皆が出迎える。

 

「お待たせしました」

「ん、その子も来るんだ」

「見学したいそうです。それと改めて蘇生実験が必要かもです」

「陽光聖典だけじゃ不十分だった?」

 

 以前復活させた陽光聖典の亡骸は五体満足であった。その復活から分かったことは“やまいこ(ユグドラシル)の魔法でも復活が可能である”ということだけで、欠損による成功率はまったく考慮されていない。

 ユグドラシルではアバターが欠損するなどのゴア表現がなかったためにその可能性に思い至らなかったのだ。

 〈死者復活(レイズデッド)〉や〈蘇生(リザレクション)〉、またはその他の蘇生魔法で経験値ペナルティ以外の違いが他にないか調べなおさなければいけないだろう。

 

「不十分というか、欠損具合で成功率が変わるみたいなんですよね」

「ああ、それで」

 

 やまいこもラキュースが落ち込んでいた理由に気づいたようだ。

 そこへアウラの声が響く。

 

「モモン様! マイ様! 4キロほど北に魔樹を発見しました!!」

「4キロ? 大して動いていないんだな」

「確か高さ100メートルくらいだっけ? この距離で見えないのは例の擬態ってやつ?」

 

 今いる場所は蒼の薔薇を発見した場所。魔樹が切り開いた広場で見晴らしは良い。しかし、アウラが示した方角を見渡しても、深い森が広がるだけで高さ100メートルの魔樹がいるようには見えない。

 

「はい、マイ様。覚醒はしているみたいですけど、何かしている感じはありません」

「よしよし。仕掛けるなら今かな。どう? モモン」

 

 やまいこの言葉に頷くと、モモンは皆へ向きなおる。

 

「いよいよ討伐だが、まずはこのまま魔樹の手前1キロまで接近する。見学組はそこで待機。魔樹のもとへは俺とマイ、アウラとマーレの4人で向かう。魔物が現れたら各自自衛しろ。森だから火の使用は禁止。いいな?」

『はい! 畏まりました!』

 

 双子の声に続き見学組も了解を示す。

 因みに見学組はクレマンティーヌ、イビルアイ、漆黒聖典数名と闇妖精(ダークエルフ)たちだ。

 皆緊張した面持ちだが、そのなかでも闇妖精(ダークエルフ)たちの表情は硬い。なにしろ彼らの中には魔樹に追われた記憶を持つ者がいる。

 ここに集った闇妖精(ダークエルフ)たちは長老を初め、彼らの中でも秀でてた戦士たちだが、過去の記憶が魔樹を強烈に畏怖させるのだ。

 

 各々覚悟が決まると、一行はいよいよ前進する。

 

 

* * *

 

 

「この辺りでいいだろう。アウラ、奴を起こせるか?」

「アクティブモンスターであればターゲティングすれば向かってくると思います」

「そうか。なら今から我々は即席のチームだ。構成としてはややバランスが悪いが、推定どおりの難度なら楽に勝てるだろう。一応未知の魔法やスキルには警戒をするように」

 

 以前、ナザリックで模擬戦をしてアウラとマーレの連携が完璧なのは確認している。モモンガ含め両者とも後衛向きだが、ユグドラシルの後衛が前衛で暴れられるのがこの世界。さらにタンク役のやまいこが居るので問題はないだろう。

 

「ふふ。茶釜さんの子供たちとチームを組む日が来るなんてね。宜しくね、アウラ、マーレ」

「はい! よろしくお願いします! やまいこ様!!」

「僕も、が、頑張ります!」

 

 

 

 

 

 まずはアウラの狙撃用ターゲティングスキルの発動によって戦いの火蓋は切られた。

 一瞬の静寂の後、森が騒めく。地響きと共に木々が揺れ、野鳥たちが空へと追い出される。

 ユグドラシルの“ヘイトを集める”という効果がどう働いているのか分からないが、アウラのスキルに反応して魔樹が立ち上がり、その恐ろしく巨大な姿を現わす。

 高さ100メートルといえば30階建てのビルに相当するが、大気汚染によって常時防塵マスクを強いられる現実(リアル)では粉塵に遮られ到底目にすることのできない規模の物体だ。

 

「これは凄い。空気が澄んでいるとあんな高さまで見通せるんだな」

「ああ! モモンガさん!! 今の見た?」

 魔樹の巨大さに感嘆するモモンガの横でやまいこが驚きの声をあげる。

 

「あいつの頭のてっぺんに例の薬草があったよ!!」

「マジっすか!? アウラ、奴の強さを測定してくれ」

「はい!」

 

 アウラは親指と人差し指で輪を作ると魔樹に向けて覗き込む。

 

「三つ色違いなのでレベル80~85。体力は高すぎて測定できません」

「レベルは問題ないな。やまいこさん、こいつに見覚えあります?」

「無い。ユグドラシルにはいなかったと思う。ねえ、倒す前にマーレに薬草を採ってきてもらおうよ。倒した瞬間に枯れたりしたら嫌じゃん?」

 

 やまいこの懸念は理解できた。ユグドラシルでは植物系モンスターは倒されると枯れる演出が入ったり、ボスクラスだと光の粒になって消えたりする演出があるからだ。

 そして薬草採取の人選も最適だといえる。

 以前、ンフィーレアと行った薬草採取ではプレイヤーであるモモンガとやまいこは薬草採取が上手くできなかった。しかし上位森司祭(ハイ・ドルイド)のマーレなら植物との親和性が高い。もしかしたら綺麗に採取できるかもしれない。

 

「確かにこの世界、ドロップってないですもんね。新鮮なうちに採取しますか」

「うん。というわけでマーレ。ボクたちで敵を引き付けるから薬草を数個採ってきて」

「はい! お任せくださ――」

 

 マーレの返事を遮るように魔樹の触手が振るわれる。長さ300メートルほどの触手が横薙ぎに襲うが、直前でマーレの集団転移により事なきを得る。

 

「よくやったマーレ。薬草は頼んだぞ」

「はい! 〈ウッドランド・ストライド〉!!」

 

 マーレはスキルによって魔樹の枝に転移する。

 身体に纏わりつく闇妖精(ダークエルフ)に気づいたのか魔樹が煩わしそうに身を震わすが、マーレは構わず枝から枝へ転移し頂上を目指す。

 

「アウラ、注意を引き付けるぞ!」

「はい!」

 

 アウラは吐息、モモンガはバフをかける。

 とかく味方を強化するバフは敵のヘイトを稼ぎやすく、マーレに向かっていた魔樹の注意が外れ、モモンガたちへと興味が移る。

 そこへ遅れてやまいこが自己強化するスキルを発動すれば、魔樹のヘイトは完全にやまいこへと注がれる。

 振り上げられた触手がやまいこへ叩きつけられるが、強化された拳で打ち払われる。

 

「叩きつけは物理攻撃!」

「〈転移(テレポーテーション)〉・〈飛行(フライ)〉」

 

 やまいこの報告を聞き、特殊な支援は必要ないと判断したモモンガは、自らも攻撃するために魔樹を見下ろせる上空へ転移し滞空する。

 マーレを見ると流石は階層守護者序列二位。すでに魔樹の頭頂部に辿りつき薬草の採取に取り掛かっていた。

 そして魔樹の足元では再び触手がやまいこに叩きつけられようとしていた。

 

「今のうちに何本か減らすか。――〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉」

 

 触手の一本に狙いを定め、敵を空間ごと切り裂く第十位階魔法を放つが一発で切断するには至らず、やまいこがその千切れかけた触手を力任せに引っこ抜く。

 

「木と言えば斧。斬撃に弱いと思ったんだがな……。〈魔法三重化(トリプレットマジック)〉・〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉」

 

 今度は三重化した魔法で確実に触手を切り飛ばすと、魔樹が新たな動きを見せる。自らが薙ぎ倒した木々を触手で束ね、口と思しき樹洞(じゅどう)に放り込んでゆく。

 その口を上空のモモンガに向けバリスタの如く飲み込んだ木々を発射するが、事前に魔樹の行動を察知したやまいこがその横っ腹を強打することで射線がずれる。

 発射された巨木がモモンガの横を乱れ飛ぶ中、再度呪文を唱え3本目の切断に成功する。

 

 魔樹が残った触手を振り回すが、やまいこやアウラたちに面した触手を失っているためたまに飛ばされてくる樹木に気をつけていれば危険はなさそうだ。

 

「採取終わりました!」

「よし! たたみかけるぞ!」

 

 モモンガの掛け声にすかさずアウラが矢を放ち魔樹の影を縫い止め、新たにスキルを発動する。

 

「〈天河の一射(レインアロー)〉」

 

 巨大な弓を手にしたアウラがスキルを使用する。常時〈オートエイム〉が発動している弓だが、〈天河の一射(レインアロー)〉はその名の通り天空から数多の光の矢を降り注ぐ範囲攻撃。〈影縫いの矢〉で動きが止まっていることに加え、巨大な魔樹を相手に外しようもない。

 

――グオォォォー!!

 

 降り注ぐ光の矢を受けて魔樹の体が削られていくなか、やまいこは魔樹の足元で連撃を加えていく。二度三度と連撃を重ねていくと魔樹の幹が大きく抉れる。

 

 マーレを空中で抱き留めたモモンガが地上のやまいこたちと合流すると、アウラの声が響く。

 

「ああ!? あいつ、周りの木々から生命力を奪っています!!」

 

 アウラの声に周囲の森を窺うと、青々と茂っていた木々が急激に枯れていく。ユグドラシルで敵が何かをチャージしたら警戒すべきは二つ。体力回復か、特殊なスキルの発動だ。

 

「アウラ! 魔樹の体力は!?」

「残り4割ですが、徐々に回復しています!」

 

 やまいこが魔樹の幹に急接近し魔法の発動と共に拳を叩き込む。

 

「〈魔法最強化・大致死(マキシマイズマジック・グレーターリーサル)〉」

 

 膨大な負のエネルギーを流し込まれ魔樹が大きく揺らぐ。

 

「大きく削れました! あと少しです!!」

「モモンガ様! 上!!」

 

 やまいこが最後の一撃を加える直前、今度はマーレの警告が入る。

 モモンガが魔樹の頂上へ目を向けると、そこにはさっきまでは無かった複数の花が咲き、急激に萎んでいく最中であった。

 そして代わりに現れた巨大な果実も瑞々しさは一瞬で失われ、直ぐに黒々とした乾果になる。

 

 その形状に嫌な予感がする。

 

 魔樹が大きく幹を反らすと勢いをつけて実が投擲される。

 

「〈骸骨壁(ウォール・オブ・スケルトン)〉! 入れ! 爆弾だ!!」

 

 やまいこも攻撃を中断して傘に飛び込む。植物系のモンスターは状態異常を起こす攻撃を持つ者が多いからだ。未知の攻撃、特にチャージ後の特殊な攻撃は警戒しないわけにはいかない。

 全員が〈骸骨壁(ウォール・オブ・スケルトン)〉に収まると同時に頭上で爆発音が響く。

 

ズドドドドドドッ!

 

「わ! わわわわ!!?」

「炸裂系か!」

 

 サッカーボール大の種子が降り注ぎ、〈骸骨壁(ウォール・オブ・スケルトン)〉で守られていない周囲の大地を耕していく。

 轟音が鳴りやむとすかさずアウラが魔樹を測定する。

 

「体力あとわずかです! 自爆効果があったかと」

 

 魔樹を見上げるとアウラの言葉通り、至近弾だったためか炸裂した種子は魔樹の幹にも深い傷跡を残していた。

 

「よし! 〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)〉!」

 

 モモンガは止めとばかりに何本もの雷を束ねたような豪雷を放つ。

 魔樹の幹を下から穿ち、受けきれなかった雷が天に吸い込まれるように消える。

 

グオォォオオオオォォー!!

 

 断末魔の咆哮とともに魔樹がゆっくりとその巨体を倒していく。

 それを見ながらやまいこが一言。

 

「しばらくは木材に事欠かないね、ってあああぁ!? も、燃えてる!! マーレ! 水! 雨降らせて!!」

「は、はい!!」

 

 モモンガの放った強力な雷撃が魔樹を焦がし一部火の手が上がったが、マーレの魔法で局地的に雨が降りすぐに鎮火されていく。

 

「もう! モモンガさん! 火は駄目だって!」

「ご、ごめんなさい。まさか雷属性で炎のスリップダメージが入るとは思わなかったので」

 

 

 

 

 

 魔樹を倒し終え、薬草を吟味していると見学組が合流を果たす。

 漆黒聖典が歩み寄りモモンガたちの勝利を称える。

 

「モモン様、お見事です。神官長たちもさぞ喜ぶことでございましょう」

お前たち(漆黒聖典)でも楽に勝てたんじゃないか?」

「それはどうでしょう。私個人であれば負けはしないと思いますが、短時間で倒しきる自信がありません。移動を許せば多くの被害が予想されます」

 

 世辞を大真面目に返されてモモンガは苦笑する。確かに現地の戦力では100レベル4人組の戦闘と同じようにはいかないだろう。今回はたまたま山脈へ向かっていたが、もし人里に向かっていたら魔樹もその名に恥じぬ破滅を周囲にばら撒いたはずだ。

 

「ふむ、なんとも真面目な回答だな。まあいい、これでトブの大森林の脅威は取り除かれた。予定通り闇妖精(ダークエルフ)の国を復興させる。神官長たちにはそう伝えておくといい」

「は!」

 

 モモンガは次に跪いている闇妖精(ダークエルフ)たちへ話しかける。

 

「さて、闇妖精(ダークエルフ)たちよ。約束通り魔樹は葬った。次はお前たちの番だ」

「しかと承りました。国を築き盟約に従います」

「都市設計に関しては完全環境都市(アーコロジー)の概念を学んでもらう。こちらから人員を送るので従ってほしい。そして学んだうえでお前たち(ダークエルフ)らしさを盛り込んで励んでくれ」

「畏まりました」

 

 長老風の闇妖精(ダークエルフ)が代表で応える。五氏族の合議制だった彼らも、今日からはアウラとマーレが治める君主制に変わる。長くスレイン法国や八欲王をやり過ごした彼らなら良き臣下になるだろう。

 

「モモン様たちは闇妖精(ダークエルフ)の国を再興して何をする――んですか?」

「イビルアイ、無理に敬語を使う必要はないぞ。何をすると聞かれてもな、貿易かな」

 

 モモンガの答えに、しかしイビルアイは首をかしげる。

 

「森を支配すると受け取っていいのか?」

「ああ、そういう意味でならそうだな。闇妖精(ダークエルフ)たちに大森林全域を支配してもらうつもりだ」

「リ・エスティーゼ王国と国交を結んではもらえないだろうか」

「その申し出は嬉しく思うが、それこそ王国の出方次第だろう」

「……」

 

 イビルアイは黙り込んでしまうが、それも仕方がない。

 王国内で偏見なく闇妖精(ダークエルフ)と交渉できる人間はラナー王女しか思い当たらない。

 そしてそのラナー王女が国政に参与できないことも知っているからだ。

 

「モモン様は六大神や八欲王を知っているのか?」

「伝承だけならな。その辺の話は今度ゆっくりしようじゃないか。それよりもこの薬草に見覚えはあるか?」

 

 イビルアイに難病に効くといわれる薬草を見せるが首を振られる。

 

「そうか。この薬草を栽培できないと超絶レアアイテムってことになるんだが」

 

 モモンガは籠に入れられた薬草を手に取り、ンフィーレアたちと薬草採取をしたときに得た知識を思い出す。つまり、薬草を採取する際は根を残し次の季節に繋げなければならないのだ。しかし、モモンガたちは大本(魔樹)を滅ぼしてしまった。

 万が一、魔樹の上でしか育てることができないとしたら、とてつもなく勿体ないことをしてしまった可能性がある。

 モモンガが薬草の栽培方法に思い悩んでいると、マーレがおずおずと近づく。

 

「モ、モモン様、薬草のことで宜しいでしょうか」

「遠慮はいらない。上位森司祭(ハイ・ドルイド)のマーレからみて何か案はあるか?」

「こちらを」

 

 マーレが差し出したのは魔樹が最後に放った種子だ。

 

「ん、魔樹の種だな」

「はい。も、もし畑や鉢植えで栽培できなかったときは、この種から魔樹を育てて薬草の苗床にするというのはいかがでしょうか」

「なるほど! 良い案だ、マーレ。これでひとつ――」

「ちょっと待って!」

 

 やまいこがモモンガの言葉をさえぎる。

 

「ねぇ、マーレ。その種、()()()()()?」

「あ……」

 

 振り返ると全員の表情が引きつっていた。

 

 

 

 

 

 魔樹を討伐した現場で腐葉土を掘り返し、ひたすら種を探す。

 その気の遠くなる作業にモモンガは()を上げる。

 

「無理だな。諦めよう」

「だね。マーレ、いま何個くらい?」

「えっと、400個くらいです」

 

 森の一画にサッカーボール大の種が山積みにされていた。

 

「それだけ拾えれば十分でしょ。後々のために魔樹の葉っぱを押し花にして記録しておこう。そうすれば怪しい木が育っていたらすぐに分かるからさ」

「畏まりました」

 

 闇妖精(ダークエルフ)たちにとって再興初日が魔樹の種拾いというなんとも言えないものになってしまったが彼らの表情は明るい。故郷の再建にかける彼らの情熱が未来を照らしているのだ。

 後日、闇妖精(ダークエルフ)の民が合流すれば活気のある森になるだろう。

 

 モモンガが闇妖精(ダークエルフ)の今後に期待を膨らませていると聞き慣れない声が響く。

 

 

「まさか封印の魔樹(ザイトルクワエ)を倒せる存在が現れるなんて。揺り返しが起こったとみていいのかな?」

 

 

* * *

 

 

 そこには白銀の鎧を纏った騎士が佇んでいた。

 

《やまいこさん。こいつ生命感知(ディテクト・ライフ)に反応無し。アンデッドでもありません》

《姿を現わしているのに隠す意味ないよね? ゴーレムかな》

「ツアー!!」

「知り合いか? イビルアイ」

 

 モモンガの問いにイビルアイは慌てて口を押さえるが、手が仮面に直撃して小さく呻く。

 イビルアイは恐るおそる騎士を窺う。

 その様子に騎士は呆れたように手で先を促す。

 

「彼はツアー。十三英雄の一人“白銀”と呼ばれている者だ」

「十三英雄」

 

 軽く身構えたモモンガを見て、ツアーは名のる。

「初めまして。私の名はツァインドルクス=ヴァイシオン。アーグランド評議国で永久評議員を務めている。初めに断わっておくけど、私はぷれいやーではないよ」

「ふむ。私の名はモモンガ。ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターだ。そして隣にいるのがギルドメンバーのやまいこ。察しているようだが、私たちはプレイヤーだ」

「ギルドか。君たち以外にもプレイヤーはいるのかい?」

「それには答えられない」

「……」

 

 両者の間に緊張が生まれたのを感じ取ったイビルアイが、慌てたように声をあげる。

 

「ツアー。私は危うく滅びそうになっていたところをモモンさ――モモンガ様に助けてもらった。心配する気持ちはわかるけど、一旦収めてくれないか」

「イビルアイ、君はどうしてここにいるんだい? 滅びそうになったって。封印の魔樹(ザイトルクワエ)の危険性を彼女から聞いていなかったのかい?」

「あ、あぁ。会う機会が無かった」

「はぁ、分かったよ、イビルアイ。私も封印の魔樹(ザイトルクワエ)を倒しにきただけだからね」

 

 敵意は無いと判断したやまいこがツアーに質問する。

「ツァインドルクス=ヴァイ――」

「ツアーで構わないよ」

 

「じゃあ、ツアー。貴方はたしか白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)と呼ばれるドラゴンだと聞いているんだけど、その姿は人間に化けたものなの?」

「ああ、これかい?」

 やまいこの質問に対し、ツアーは兜のバイザーを上げて中身をみせる。

 

「これは傀儡。始原の魔法(ワイルド・マジック)で作られた鎧だよ」

「なるほど、道理で。でも、素直に教えてくれるとは思わなかったな。ありがとう」

「高位のぷれいやーに隠し通せるとは思えないからね。打ち明ける相手は選んでいるから、ここだけの話にしてほしい。こっちも君たちがぷれいやーだと吹聴する気はないから」

「そう。それは助かる」

 

 ツアーは改めてモモンガたちを見渡す。

「プレイヤー・闇妖精(ダークエルフ)吸血鬼(ヴァンパイア)・人間。この混沌とした集団、昔を思い出すね。人間が漆黒聖典でなければ言うことはないんだけど」

「ツアー!」

 挑発じみたセリフを咎めるイビルアイを無視して、ツアーは漆黒聖典に語り掛ける。

 

「スレイン法国は再び神を得たと思っていいのかな?」

 その問いに漆黒聖典は一瞬モモンガを窺うが、直ぐに答える。

「いいえ。私どもはまだ正式に庇護下には入っておりません。アーグランド評議国には伝わっていないようですが、スレイン法国は人間至上主義を改め、全種族共存共栄の道を模索しております」

 それを聞いたツアーが驚いたようにモモンガを見据える。

 

「アインズ・ウール・ゴウンは。いや、モモンガ殿はこの世界に何を望む?」

「世界に? 具体性に欠ける質問だな。モモンガ(個人)として答えるなら、“冒険”だろうな。この世界にきてまだ日が浅い。色々なものに対して興味が尽きない」

 唸るツアーにモモンガは続ける。

 

「ツアー、我々は様々な異形種が集まるギルドだ。六大神のように特定の種族に肩入れするつもりはない。崇高な理念を掲げてはいるが、これはプレイヤーたる我々の至極個人的な理由からきている。八欲王のように世界を奪うほどの野心も持ち合わせてはいない。もちろん、敵対すれば全力で叩き潰すがね」

 

「その言葉を鵜呑みにはできない。世界を歪めるほどの力を持っているのにもかかわらず、君たちぷれいやーは百年もたてば堕落して牙をむく。――でも、同時に君たちが()()()()()であることも知っている」

 

 ツアーはそう言うと背を向ける。

「今日のところは帰るよ。ただ、もし評議国を訪れることがあったら訪ねてきてほしい。訳あってあまり国から離れられないんだ」

「分かった」

 

 ツアーが立ち去り、緊迫した空気が薄れるとイビルアイは大きく息を吐く。

「喧嘩別れにならなくてよかった」

「まったくだ。というか、突発的な遭遇イベントは勘弁してほしい。正直疲れる」

 

 モモンガは皆に向かって言葉を続ける。

 

「よし、撤収だ。アウラ、マーレ、今日のところは闇妖精(ダークエルフ)たちを第六階層で休ませてやれ。後日、首都の建設場所が決まり次第、シャルティアに協力してもらって民を移動させろ」

『はい! 畏まりました!』

「では戻るか。〈転移門(ゲート)〉を開くから皆入ってくれ」

 

 皆が〈転移門(ゲート)〉をくぐりナザリックへ戻ると、魔樹の討伐クエストが終了する。

 

 

* * *

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第十階層玉座の間。

 魔樹討伐に同行した面々は解散し、今玉座の間にはイビルアイ一人が跪いていた。

 

 死の支配者(オーバーロード)半魔巨人(ネフィリム)の正体を晒したときは驚いていたイビルアイだったが、もともと十三英雄と面識があったせいか割と直ぐに慣れたようで、約束――ラキュースが勝手に約束してしまった昔話を身振り手振りを交え伝え終わったところだ。

 

「なるほど。なかなか面白い話だった」

 

 モモンガは面白いと評したが、役に立ったかといわれるとそうでもなかった。250年という長い年月のなかで、語られた出来事の順序が曖昧だったのだ。

 とはいえ伝承を当事者から聞けるという体験は貴重なものだし、得られた情報は価値があるといえた。特にスレイン法国では風化してしまった亜人たちの活躍を補完できたのは大きい。

 傍らではスケルトンメイジの書記官がイビルアイの言葉を書き留めているが、スレイン法国の伝承と照らし合わせれば辻褄の合わない歴史がでてくるだろう。

 

「イビルアイ。このナザリックにお前を迎え入れたいと言ったら、どうする?」

「ありがたいが、私は蒼の薔薇の行く末を見守ると決めている。今回全滅しかけて、彼女たちの存在が私の中でいかに大きいかを自覚したからな」

「そうか。なら、何十年、何百年後になるか分からんが、もし孤独に耐えられなくなったらここに来るといい。いつでも歓迎する。――ユリ、例の物を」

 

 ユリ・アルファが真っ赤なビロードが敷かれた銀のトレイをイビルアイに差し出す。

 そこには神聖な雰囲気を漂わせる純白の短杖(ワンド)があった。

 

蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)。使用回数制限はあるがアンデッドであるお前にも使える蘇生アイテムだ。昔話の礼だ。受け取るといい。仲間の蘇生は別途行うから安心しろ」

「そんな! 仲間の蘇生に加えこれほどのアイテム、過分では」

 

 イビルアイの目から見ても神話級のアイテムである短杖に彼女は尻込みする。

 

「仲間の蘇生は今回限りのサービスだ。次からはきちんと対価を要求する。その杖は昔話を聞かせてくれたお前個人への報酬だ。受け取っておいた方がいいぞ。今回、仲間を失う恐怖を再認識したはずだ。なんども奇跡が起こるなんて思ってはいないだろ?」

 

 それはイビルアイにも分かっていたことだ。あんな辺境の地で偶然プレイヤーが通りかかるなんて奇跡は二度と起こらないだろう。

 イビルアイは意を決して蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)を手に取ると頭を下げる。

 

「感謝する」

「それはお前の物だからどう使おうが自由だが、王国には隠しておけ。厄介ごとを招くだろうからな」

「命の優劣を計れるほど私はできた人格を持ってはいない。けど、極力使わないようにしようと思う。仲間にも秘密にするつもりだ」

「それがいいだろう。さて、報酬も渡したし、この後どうするか。やまいこさん、どうします?」

 

 モモンガは黙って会話を聞いていたやまいこに話を振る。

 

「んー。カルネ村へ戻って蒼の薔薇を蘇生するのもいいけど。せっかくだからシャルティアに紹介しておくのはどう? 同じ吸血鬼(ヴァンパイア)だし、お友達になれるんじゃないかな」

「ああ、いいですね。年齢を考えるとシャルティアが妹分になるのかな?」

 

 直後、イビルアイに周辺国を軽く滅ぼせる妹分ができたり貞操の危機を迎えたりするが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 後日、イビルアイは蘇生された蒼の薔薇共々王国へ帰り、伝えられる範囲内で一連の出来事をラナー王女へ報告するのであった。

 

 




独自設定
・アウラの測定スキルの親指と人差し指で輪を作って覗き込むポーズ。
・マーレが使用した<ウッドランド・ストライド>はスキル名から木々を瞬歩のように移動できる、又は転移できるスキルと仮定。
・アウラの<オートエイム>付きの弓は完全設定資料のラフ画より。
・魔樹の種子爆弾の描写。イメージ的には椿の種。
・イビルアイの持つ知識は書籍でもでていないので色々とぼかしています。

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