骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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破滅の竜王
第25話:蒼の薔薇


 王都リ・エスティーゼの東には、トブの大森林になかば抱え込まれるような形でエ・レエブル領がある。だからというわけではないが、かつて森に暮らしていた闇妖精(ダークエルフ)たちを襲った悲劇の伝承も記録は曖昧だが残っていた。

 そのため領主であるレエブン侯が「破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)復活の予言」を聞けば、その真偽を確かめようとするのは当然の成り行きだろう。

 

 領地の隣で世界を滅ぼす魔物が現れる。

 

 彼はミスリル級冒険者チーム二組を大森林へと送り込んだ。しかし、情報を持ち帰ることを最優先とし、決して無理はしないようにと指示をだして送り出したのにもかかわらず、一月以上が経ったある日を境に定期連絡が途絶えてしまったのだ。

 

 そこで予言を受けて以来、ともに同盟を組んでいたラナー王女に相談し、蒼の薔薇を調査に派遣することにしたのだった。

 

 それがおおよそ14日ほど前の出来事。

 

 今、蒼の薔薇は全滅の憂き目に遭っていた。

 

 

 

 

 

 トブの大森林は静まり返っていた。

 巨大な何かが這ったのか、辺り一面木々が薙ぎ倒されており、陽の当たることのなかった黒い腐葉土がさんさんと照らされている。

 その抉れたような森の真っ只中で、蒼の薔薇の一員、イビルアイは動かない自分の身体を絶望と失意をもって見つめていた。

 

 下半身を失い、片腕もどこかにいってしまった。トレードマークの仮面も失くして素顔を晒している状態だ。

 こんな重傷を負いながらも死ねないのは彼女がアンデッド――250年を生きる吸血鬼(ヴァンパイア)だからなのだが、その人よりも長い人生を終えようとしていた。

 

(守ってやれなかった)

 

 油断は無かった。

 かつては十三英雄らと共に魔神と戦った身だ。魔神や竜王がいかに恐ろしい存在であるかを知っている。

 しかし、気付くことができなかった。幻術なのか、それとも擬態だったのか。能力に差がありすぎて見破ることができなかった。

 

 とにかく、足元からなんの前触れもなく起き上がった()()は、先行していたティナとガガーランを吹き飛ばした。イビルアイも咄嗟に飛び退き距離を取ろうとしたが、樹齢数百年を超える太い樹木がまるで小枝のように薙ぎ倒され、それに巻き込まれて叩き落されたのだ。

 

 そこからはあっという間の出来事だった。

 圧倒的で、それでいて一方的な暴力が吹き荒れた。

 蒼の薔薇のメンバーは津波のように押し寄せる木々に掻き回され、一瞬で戦闘不能に陥ってしまったのだ。

 

 イビルアイはその何かが去っていく後ろ姿を見て、ようやくその正体が見慣れた王城を遥かに凌ぐ恐ろしく巨大な樹木のモンスターであることを知る。

 そしてその強大な存在が件の破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)であると悟った。

 

 戦闘は一切行われていない。

 相手は起き上がり、方向転換し、立ち去った。

 推定難度250のモンスターに、蒼の薔薇はただ轢かれたのだ。

 

「イ、イビルアイ。大丈夫?」

 

 蒼の薔薇のリーダー、ラキュースの弱々しい声が聞こえる。

 返事をしてやりたいが肺か喉をやられているのか声を出せない。

 ラキュースの声がする方へ眼を向ける。

 絶望ともいえる凄惨な状態だ。

 

 ラキュースは今、彼女を庇おうとしたティアと共に腕ほどの太さの木に貫かれていた。ラキュースは腹の辺りを、ティアに至っては胸を貫かれ、ラキュースに覆いかぶさるように死んでいる。

 ラキュースの周りには使い切った水薬(ポーション)の瓶が転がっており、辛うじて生きながらえているようだが先は長くは無いだろう。

 

 自分の身体を再び見る。

 長く人間社会で生きてきたため血を吸ってこなかった。その代償に、吸血鬼(ヴァンパイア)が元来持っている治癒力が低下していた。

 傷口が太陽に晒されているせいもあるかもしれないが再生速度が遅い。肉体の再生よりも腐肉をあさる森の獣や昆虫に食い荒らされる方が早いかもしれない。

 

(万策尽きる、か)

 

 トブの大森林の最奥。普通の人間が辿り着ける場所ではない。

 ここで誰かに見つけてもらうなんて希望は――

 

むにゅ。

 

(なっ!?)

 

 差し込む日差しを遮った何者かがイビルアイの頬っぺたを小枝で突いている。

 逆光でよく見えないが獣の耳が生えているようだ。

 

(ここへきて獣人か。運がない)

 

 殆どの獣人にとって人間は食料だ。

 自分はアンデッドだから見逃される可能性がある。しかし人間である他のメンバーは彼らにとって新鮮な肉だ。仲間の死体を失えばいよいよもって復活の希望すら断たれることになる。

 

「モモンちゃん、こっちに死体あるよ。こんなにちびっこいのに可哀そー」

「おおかた魔樹に轢かれたんだろう。効率ばかり求めて身の丈に合わない狩場に行くとこうなる、ん? 気をつけろクレマンティーヌ。そいつは既にアンデッド化しているぞ」

「え、マジ? なら楽にしてあげるかぁー」

 

「ま、待ってください! 私はリ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇のラキュース。その子は吸血鬼(ヴァンパイア)。わ、私の大切な仲間です!!」

 

 ラキュースの必死の叫び声が木霊する。

 

むにゅ。

 

(むぐぅ!?)

 

 動けないのをいいことに今度は無遠慮に口の中へ枝が突っ込まれる。

 

「あ、ほんとだ。ほら、牙がある」

「ほう。吸血鬼(ヴァンパイア)がアダマンタイト級冒険者。面白い」

 

 モモンと呼ばれた男の後ろ、ラキュースの方から今度は女の声が届く。

 視線を向けると黒スーツの女がラキュースを覗き込んでいる。

 

(黒スーツ、例の冒険者か?)

 

「モモン、魅了はされていないみたい。冒険者プレートも本物っぽい。本当に仲間みたいだけど、どうする? この娘、回復しないとそろそろ危ないよ」

 

 女の問いにモモンは肩をすくめて答える。

 

「異形種の友達なら助けないわけにはいきませんよね」

 

(そうだ、こいつらの名前。間違いない。ガゼフが言っていた冒険者!)

 

「イビルアイは人を襲うような、ゴホッ 悪い吸血鬼(ヴァンパイア)ではありません。だ、だから」

「喋らなくてもいいよ、討伐なんてしないから。クレっち、木を引っこ抜くから手伝って」

「は~い、っと、これさ、抜く前に一旦貫いている木を切断した方がよくない?」

「じゃあまず手前の子を引きはがすか。木がお腹から抜けないように押さえてて。これ以上出血すると危ないからね」

 

 視界の隅でラキュースの救助が始まりイビルアイはほっとする。

 これでひと先ず全滅は免れた。

 

 ティアの亡骸をゆっくりと引きはがし、ラキュースに刺さった木を抜く番となる。

 

「と、その前に水薬(ポーション)を用意しとかないとね」

 

 そういいながらマイが()()()()()()()()()のは青紫の水薬(ポーション)

 

(なっ!? あの取り出し方!! それにあの色は、なんだ?)

 

「これ背骨いっちゃってるよ、マイちゃん」

「あ、本当? じゃあ、念のためにこっち使うか」

 

(ぶっふぉ!? あ、あれは!!)

 

 マイが改めて取り出した水薬(ポーション)はかつて十三英雄たちが使っていた赤いものだ。

 

「ラキュースさん、舌を噛まないようにコレ咥えて。今から抜くから気をしっかりね」

 

 ラキュースにハンカチを噛ませると「せーのっ!」の掛け声で腹に突き刺さっていた木が引き抜かれる。流石はアダマンタイト級冒険者といったところか、気絶せずに耐えきったラキュースの口に水薬(ポーション)が流し込まれる。

 

(あれが私の知る水薬(ポーション)と同じなら)

 

「嘘!? 治ってる!!?」

 

 ラキュースの元気な声が響く。

 

(やはり。彼らはぷれいやーか、えぬぴーしーだな。何とかして意思疎通を試みたいが)

 

 イビルアイは「さてどうするか」と考えるが文字通り死に体。

 動かせるのは目と僅かに首を振るぐらいだ。

 

(いや、まだ様子を見るべきか?)

 

 ぷれいやーには良い奴と悪い奴がいることを思い出す。

 状況的に善人であることを願いたいが、正直なところはわからない。

 

「あ、あの! 本当に、ありがとうございます!!」

「治ってよかった。改めまして、ボクたちは漆黒の名で登録している冒険者。ボクはマイ。こっちはクレマンティーヌ。そしてそっちがリーダーのモモン。宜しくね」

「漆黒! 噂は伺っております。まさかこんな辺境の地で助けていただけるなんて。本当に、感謝しきれません。あの、もしやとても貴重な水薬(ポーション)をお使いになられたのでは」

 

 見たことのない水薬(ポーション)、しかもその効果は絶大。

 さしもの助けてもらったラキュースもその価値に気づいたようだ。

 

「ああ、気にしなくてもいいよ。ね、モモン?」

「ん? そうだな、一つ確認したい。君にこの子(イビルアイ)を癒す(すべ)はあるのか? あと、噂では蒼の薔薇は五人組と聞いていたんだが」

 

 ラキュースは周囲を見渡すと初めてその惨状を目の当たりにする。

 森の一画が切り開かれており、極太の倒木が幾重にも折り重なっていた。夜になったら森の獣も動きだす。ガガーランとティナを獣に奪われる前に確保しなければならないのだが、この中から二人を探し出すのは困難だろう。

 ラキュースが扱える蘇生魔法は第五位階の〈死者復活(レイズデッド)〉。蘇生魔法のなかでは一番低位のもので、復活時に対象の生命力を大量に消失するので(アイアン)以下の冒険者は間違いなく灰になる欠点がある。

 スレイン法国が大儀式で行使する〈蘇生(リザレクション)〉とは違い、蘇生の際、近場に五体が揃った死体が必要で、さらに部位が欠損しているほど蘇生の成功率が下がってしまうのだ。

 

 だから、なんとしてでも見つけ出さなければならない。

 

「えっと、はい。お察しの通り、一人は大柄な女性で、もう一人はこのティアと同じ外見の子が。恐らくこの付近に亡骸があるはずなんですけど。あと、私にはイビルアイを治す手段は、ありません」

「そうか」

 

 気丈に振る舞ってはいるがラキュースの表情は暗い。

 そんなラキュースを前に、モモンがしばし熟考する。

 

「君は秘密を守れる人間かね?」

「え?」

 

(わわ!?)

 

 モモンがイビルアイを持ち上げる。

 千切れた下半身、お腹の辺りからボタボタと内臓がこぼれ落ちるが、アンデッド故に元々痛覚が鈍いため痛みはない。

 

「あ、あの、もう少し丁寧に」

「ああ、すまん。まあ、それでだ。もし秘密を守れるのであれば、亡骸の捜索とこの子(イビルアイ)を回復してあげよう。そして水薬(ポーション)のお返しをしたいというのなら、この子(イビルアイ)を少しのあいだ借りたい」

 

(ななな、なにぃ!?)

 

「え!? そ、それは。あの、どういう」

 

 ラキュースは明らかに動揺している。長らく秘密にしていたことが明るみになっただけでなく、その秘密そのもの(イビルアイ)を持っていこうとしているのだ。

 命の恩人からの申し出でなければ全力で阻止するところだが、いかんせん相手の意図が読めずラキュースは困惑する。

 

「なに、少し話を聞くだけだ。見た目通りの年齢ではないのだろ? 私はその記憶に興味があるんだ。帰すときは完全な状態で送り届けるが、どうする? いくらアンデッドといえど、ここまで壊滅的な損傷を受けては滅ぶ――」

「そんな!!」

「――かもしれない

 

 ラキュースの表情は絶望に染まり、泣きそうな目でイビルアイを見る。

 

(おい! 信じるな!! 今、“かもしれない”って言ったろ!!)

 

 実際、“負のエネルギー”に満ちた墓地などに放置すれば、時間はかかるが回復できるのだ。

 ただその際はできれば虫が寄ってこないように香を焚いておいてほしい。

 

(いや、今はそんなことを考えている場合ではない! せめて信用できるまでは)

 

「信じます! 秘密も守ります!! イビルアイを助けてください!!」

 

(ラキュゥーースッ!!?)

 

「もちろんだとも。では、今からこの場を仕切らせてもらう。――アウラ! マーレ!」

 

 モモンが何者かを呼ぶと、それまで全く気配を感じなかった強大な存在が急接近する。

 

「アウラ・ベラ・フィオーラ、御身の前に」

「マーレ・ベロ・フィオーレ、御身の前に」

 

闇妖精(ダークエルフ)!!?)

 

 急に現れた二人の強者にラキュースとイビルアイは身を固くする。

 さらに闇妖精(ダークエルフ)で構成された50人程の集団と、黒い法衣に身を包んだ者たちが数名現れ、皆一様にモモンとマイに跪く。

 

「アウラ、マーレ、魔樹を討伐する前に一仕事だ」

 

 

* * *

 

 

 数日前のカルネ村。

 クアイエッセが訪ねてきたその日、やまいこは魔樹にからみ思い付いた案をモモンガに伝えた。

 

「国造りですか?」

「そうそう。魔樹を倒したらアウラとマーレに森を丸々支配してもらおうと思って。で、人間の立ち入りを制限する。そしたら森司祭(ドルイド)魔法で生産した木材を輸出するの。どう?」

「一方的に立ち入り禁止にしたら、周辺国と揉めませんかね」

「“禁止”じゃなくて“制限”ね。どうせ王国も帝国も魔物がうじゃうじゃいる森には手をだせないんだから、大丈夫だよ」

 

 やまいこの推察通り、この世界の人類は森で生き抜くことはできない。一部の狩人が森のごく浅いところで猟を行うのが関の山で、森の中に人里を作ろうものならたちまち亜人や魔物に襲われてしまうだろう。

 王国も帝国もトブの大森林に隣接こそはしているが、領土と主張できるほどの管理能力は持ち合わせていないのだ。

 

「林業を営んでいる様子もないから、トブの大森林を支配できれば彼らは木材の確保をボクたちに依存せざるを得ない。もちろん他の国から輸入する手段もあるだろうけど、ボクたちが価格設定をミスらなければ売れるはずだよ」

 

 やまいこの考えにモモンガは納得する。周辺国が置かれた地理的条件を考えればやまいこの案は理にかなっているように思える。

 ただ、トブの大森林は広大だ。多種多様な亜人や魔物が棲んでいる。

 問題はそれらをどう支配するかだ。

 

「やまいこさん。輸出の件は分かりましたけど、トブの大森林は広い。アウラのシモベは狩りには向いているかもしれないけど支配には向いていないと思いますよ?」

「そこで闇妖精(ダークエルフ)だよ。昔トブの大森林に住んでいた闇妖精(ダークエルフ)たちを呼び戻す。望郷の念に訴えれば言うこと聞いてくれるんじゃないかな」

 

 

* * *

 

 

 500年ほど前、突如天を切り裂いて現れた魔樹はトブの大森林で暴れ回った。

 当時トブの大森林を支配していた闇妖精(ダークエルフ)たちには対抗手段がなく、彼らは暴れ回る魔樹を天災として諦め、新天地を目指して南下した。

 しかし、魔樹によって打撃を受けていた闇妖精(ダークエルフ)たちは他国と戦えるだけの力がなく、ダークドワーフ国とエルフ王国、そしてスレイン法国に挟まれた森から動けなくなってしまったのだ。

 周辺三国を強行突破しても、ダークドワーフ国の奥は様々な亜人たちが巣食うアベリオン丘陵(戦国地帯)、エルフ王国を抜けた先は砂漠が立ちはだかり、傷ついた民を連れて排他的なスレイン法国を横断する危険も冒せなかったのだ。

 そこへ新たに八欲王も現れてしまい、いよいよもって森に隠れ棲むことを余儀なくされたのだ。

 

 500年。人類の感覚でいえば17世代分の長い年月を経ているが、人間より遥かに時間の感覚が緩やかな彼らは500年経っても人口をそれほど回復するには至らず、古い世代は望郷の念を募らせ、若い世代は外の世界を渇望していたのだった。

 

 そこへ現れたアウラとマーレは、闇妖精(ダークエルフ)たちにとってまさに救世主といえた。

 彼らは悲願たる帰郷に加え王族が滅んでいたこともあり、種族を導く新たな指導者に対し恭順の道を選んだのだ。

 かくしてアインズ・ウール・ゴウンは大きな武力衝突もなく闇妖精(ダークエルフ)たちを手中に収めたのだった。

 

 

 

 

 

 アウラとマーレに付き従う闇妖精(ダークエルフ)たちがガガーランとティナの亡骸をカルネ村の別荘へ運び入れていた。

 その様子をテーブルの上に寝かされたイビルアイがじっと窺う。

 

(祖たるエルフの王族の特徴、闇妖精(ダークエルフ)も同じなのだろうか?)

 

 イビルアイはアウラとマーレの姿から推察するが、元々闇妖精(ダークエルフ)に関する伝承には詳しくないため確信はない。

 代わりに強大な力を持つ闇妖精(ダークエルフ)の兄妹やクレマンティーヌと呼ばれた女、それにこの家で紹介されたメイドたちの反応で、何となくだがモモンとマイが“ぷれいやー”であると察していた。

 

「なるほど、普段はこの指輪と仮面で正体を隠しているのか。苦労しているようだな」

 モモンが発見されたイビルアイの片腕に装備された指輪と、赤い宝石の嵌った仮面を興味深く観察している。

 

 当のイビルアイは千切れた己の下半身と片腕をあてがわれた状態で寝かされていた。

 この状態で“負のエネルギー”を得られれば一から下半身を再生させるよりは早く済むはずだ。

 とはいえ普通の民家に“負のエネルギー”が満ちているわけもなく、その修復には恐ろしい時間が掛かると予想できる。

 

「さて、まずはイビルアイを治療するか。いつまでもそのなりじゃ不便だしな」

 モモンの言葉に期待はするが、いったいどうやって治療するのかと疑問に思う。

 しかし、傷口にモモンが手をかざすとすぐにその効果が表れイビルアイは驚きの声を上げる。

 

「こ、これは!? モモン様は死霊術士(ネクロマンサー)なのか?」

「そうだ。本当はもっといい魔法もあるんだが、今は魔力を温存しておきたい。時間はかかるがこれで我慢してくれ」

「いや、自力ではいつ動けるようになるか分からなかったからな。ありがたい(あの婆以外にも回復の伝手になってくれると助かるんだが)」

 

 イビルアイはいくらか楽になった首を回し、ソファーに寝かされているラキュースに目を向ける。発見されたガガーランとティナの損傷が激しく、それを目の当たりにして取り乱したので強制的に眠らされているのだ。

 ラキュースの魔法で復活できるのは彼女を庇ったティアだけだろう。こういうとき、なんて声をかけてやればいいのか分からない。

 普通の人間よりも多く死別を体験してきても慣れないものは慣れない。

 イビルアイは己の身体を修復してくれているモモンを見やる。

 

(“ぷれいやー”ならば)

 

 イビルアイは意を決してモモンに声をかける。

 

「モモン様。モモン様は“ぷれいやー”か?」

「……」

「力を貸してほしい。ガガーランとティナの蘇生を願いたい。あそこまで損傷しているとラキュースの魔法では難しい。もっと高位の蘇生魔法が必要なんだ」

「さっきラキュースさんが取り乱した理由はそれですか?」

「そうだ」

「なるほど。その口ぶりだとプレイヤーを知っているんだな?」

「ああ、十三英雄と旅をした」

「ふむ。――さぁ、もう動けるだろ?」

 

 モモンに仮面をカポッと被せられると、イビルアイはテーブルから降りて柔軟運動をする。

 千切れた下半身も片腕も問題なく馴染んでいる。

 

「どうだ?」

「いい感じだ。感謝する」

 

 イビルアイはモモンを見上げる。

 仮面で表情は見えないが静かにモモンの答えを待つ姿には若干の緊張と期待が見え隠れする。

 

「蘇生の件だが、昔話を聞いた後だ。ただその話も直ぐに聞いてやることはできない。この出会いは想定外でね。優先すべきことが他にある」

「もし破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を討伐しにいくのなら同行させてほしい。私たちは壊滅してしまったが、本来の目的は奴の調査。可能なら事の顛末を国に持ちかえりたい」

「依頼主は誰だ?」

 

 冒険者組合を通さない依頼だったためにイビルアイは一瞬言い淀む。

 破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の調査は本当だが、十三英雄を超えるかもしれない存在を前に、その力の一端を確かめられる機会は逃がせないとイビルアイは考えた。

 だからこそ今後の関係も踏まえ素直に伝える。

 

「ラナー王女だ」

「ふむ。大人しく観戦するなら同行を許す。ただ持ちかえる情報に関しては制限させてもらうぞ」

「了解した」

 

 それを聞くとモモンは頷き、メイドへ指示をだす。

 

「ルプスレギナ、我々は森に戻る。しばらくその女(ラキュース)を客人対応で預かってくれ。起きたらエンリを呼んで軽い食事でも作ってもらえ」

「畏まりました、モモン様」

 

「では、行こうか。イビルアイ。〈転移門(ゲート)〉」

 

 闇の中へ姿を消すモモンを追ってイビルアイも気持ちを新たに飛び込むのだった。

 




独自設定
・イビルアイの吸血事情、及び吸血鬼(ヴァンパイア)の回復事情。
<死者復活>(レイズデッド)の欠損による成功率変動。(※D&Dを参考に解釈)
闇妖精(ダークエルフ)の歩んだ歴史。

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