骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第24話:八本指

 八本指娼館部門の長、コッコドールが消えてから数日後。

 警備部門の長、ゼロの呼びかけにより再び緊急会議が開かれる。

 待ち焦がれていた襲撃犯の正体が判明したということで円卓の間は賑わっていたが、集会を呼び掛けた当のゼロの姿がなかった。

 

 初めのうちは到着が遅れているだけと思われたが、一向に現れないゼロに対して他の長たちが痺れを切らし不満をこぼし始める。

 そんな円卓の間に「ガチャリ」と音を立てて扉が開けられれば、散々待たされた者たちの視線が集まるのは当然のことだろう。

 

「誰だ、お前」

 

 そこに佇んでいたのは皆が期待した巨漢ではなく、薄く笑みをたたえた見慣れぬ一人の男だった。

 南方の顔立ちに丸眼鏡をかけたその男は、同じく南方で好まれているスーツと呼ばれる服装で身を固めていたが、六腕にこのような男が所属しているとはこの場の誰も聞いたことがなかった。

 スーツから伸びる()()()()()()()()()()が、この男が人間ではないことを示していたが、その非現実的な姿にこの場の誰もが一瞬呆けてしまったのは致し方のないことであろう。

 

 

 

 

 

 麻薬部門の長、ヒルマは、解体されていく部下を恐怖に染まった表情で見守る。

 目と耳を閉じ、眼前で繰り広げられる惨劇を拒絶したいが、それは許されていなかった。

 如何なる力が働いているのか、男に見続けるよう命じられ、それに逆らえないのだ。

 何かをされた覚えは無い。

 ただただ、男の口から発せられるその声に、その言葉に逆らえないのだ。

 

 円卓の間に現れたこの男は、入室するなり一言発したただけでその場にいた各部門の長6人と警備12人を支配してしまったのだ。

 

 今、円卓の中央では男――悪魔が連れてきた覆面を被った男性使用人が、切り分けた食材を調理しているところだ。各長が連れていた護衛たちは自ら全裸になり、屠殺されるために整列している。既に半数以上が食材だ。

 パタパタと小柄なメイドが各長たちの前にテーブルクロスやナプキンなどを配置してゆくなか、ヒルマはこの先待ち受ける未来を想像し吐き気を催す。

 

 悪魔は円卓の周りをゆっくりと歩きながら静かに語る。

 

「さて、君達は我が主のシモベとなって生きることを許された。主を不快にさせた罪は償わなければならないが、まずは親睦を深めるために素敵なご馳走を手配させてもらった。再教育を受ける前に英気を養ってくれたまえ」

 

 悪魔がメイドに目配せすると、各長たちの目の前に料理が並べられていく。

 ヒルマは部下が食材として使われていることに強烈な忌避感を覚えるが、それ以上に麻薬部門の長として嗅ぎ慣れた香りが料理から漂ってくることに身の危険を感じる。

 

 料理を並べ終わると、小柄なメイドが説明を始める。

 

「ライラの葉を使用したサラダ、下拵えしたヒレ肉とライラの実を煮込んだスープ。一口サイズに切り揃えたリブロースステーキをメインとし、付け合わせに挽肉と血の腸詰ブラックプディング。デザートはライラジャムを絡めたヨーグルトとなっております」

 

 ヒルマはその内容に身震いする。

 自身が専門に扱ってきた麻薬、ライラの粉末。通称黒粉は依存性の高い麻薬だ。

 服用の仕方は至って簡単。水で溶いて飲用するだけである。それだけで多幸感と陶酔感を得られるため、王国では非常に広まっていた。

 強い依存度に反して禁断症状は極めて弱く、中毒者が暴れ回ることもないため王国の上層部はその危険性を認識しておらず、また八本指の圧力もあり黒粉はほぼ黙認されている状況であった。

 

 意志の強い者であれば数回服用した程度なら社会復帰は可能だろう。

 しかし、目の前の料理は違う。

 漂う濃厚な香りが、一発で廃人に至らしめるモノであるとヒルマは直感する。

 

過剰摂取(オーバードース)。急性中毒で、死ぬ)

 

「気に入ってくれたかね?」

「ひぅ!?」

 

 いつの間にか自分の後ろに悪魔が佇んでいた。

 背後から耳元に顔を寄せ、優しい口調で続ける。

 

「君は確かヒルマ、だったね。畑で栽培するくらいだ。さぞや好物に違いない」

「ぁ……ぅ……あ゛ぁ……」

 

 ヒルマは必死に否定しようとするが、発言は許されていない。

 言葉にならない呻き声だけが虚しく口から洩れる。

 

「それは良かった。――では、『八本指の諸君、料理を食べたまえ』」

 

 

 

 

 

 カチャカチャと食器が擦れる音と、小さな嗚咽が円卓の間に響く。

 食事が始まりしばらくすると、ヒルマの視界の隅で他の長たちが鼻血を噴きながら次々と皿に顔を突っ込んで倒れていく。

 呼吸が荒く、瞳孔も開いている。危険な兆候だ。

 

 ヒルマは黒粉に触れる機会が多かったためか他の長より耐性が高く、辛うじて意識を保っていたが、判断力は著しく低下していた。

 彼女は自分の鼻血がポタポタと料理に落ちる様をどこか別世界の出来事のように眺めていたのだ。

 視界を染めていくその“赤”が自分の血なのか、部下の血なのか、それとも初めから赤い料理であったのか、すでに判断できずにいる。

 

 さらに一口二口と震える手で料理を口に運ぶと、ついに糸が切れたように机に突っ伏する。

 意識を手放す寸前、傾いた視界の中で入り口から闇妖精(ダークエルフ)の少女が現れるのを見る。場違いなほどオロオロとしているその少女をただぼーっと眺め、そしてぷつりと気絶する。

 

 

 

 

 

「デミウルゴスさん、他の部屋は片付きました」

「ありがとう、マーレ。君のお陰で滞りなく制圧が完了した」

 

 マーレはこの優しい悪魔の言葉が世辞などではなく本心であると知っている。しかし、同時にデミウルゴス一人でも、なんら問題無く制圧できるであろうことも知っていた。

 デミウルゴスのもつ常時発動型(パッシブ)スキル〈支配の呪言〉はレベル40以下の存在を“言葉”によって支配する、ある意味この転移世界ではほぼ無敵の能力だからだ。

 

 しかし、気絶した八本指の長たちが食事の手を止めた通り、対象が意識を失ってしまえばそれまでだ。さらに言語を理解できなければそもそも効果が発揮しないという欠点もある。

 それでもレベル100のデミウルゴスが現地の人間に後れを取ることは万が一にも有り得ないことだが、その万が一に備えて階層守護者序列2位であるマーレがここに居る。

 

「あ、あの。すぐに撤収しますか?」

「ああ、そうだね。予定よりも早いが戻るとしよう」

 

 デミウルゴスが何か念じる素振りをみせると、若干の時間差をもって〈転移門(ゲート)〉が開かれ、中からシャルティアと吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)、デミウルゴスの配下たちがぞろぞろと現れる。

 

「お待たせでありんす。……ん?」

 

 シャルティアは挨拶するなり血の香りに気づいたのか鼻をスンスンと鳴らし円卓を見渡す。

 その視線が円卓の中央で余った食材を摘み食いしているエントマと、その傍らに控える調理を免れた全裸の男3人を捉える。

 シャルティアと吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の目が爛々と輝く。

 

「デミ――」

()()駄目です。後にしてください」

「そ、そう。何をすればいいのでありんすか?」

「今回は書類関係のみを回収したい。このアジト自体は再利用する予定だからなるべく壊さないように頼むよ」

「了解でありんす。で、これは?」

 

 シャルティアは倒れ伏す長たちを見る。

 

「彼らには再教育を施し、新たなシモベになってもらいます」

「ふーん。じゃあ、第五階層に?」

「はい。()()()第五階層にお願いします。なにか新たな情報を持っているかもしれませんからね」

 

 シャルティアが了解すると、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)とデミウルゴスの配下たちが行動を開始する。

 

 後日、八本指の長たちは再び王都に戻ることになるが、その忠誠はアインズ・ウール・ゴウンへと向けられることとなる。また歪だった組織体制も見直され、より強固な組織に生まれ変わったのだった。

 

 

* * *

 

 

 ゼロは本日何度目かの絶叫を上げ、地面に転がる。

 見れば彼の左肘は逆に曲がり、右腕も逞しい筋肉を破り骨が飛びでていた。

 

「ルプスレギナ、回復を」

「ほいほいっと。〈大治癒(ヒール)〉」

 

 赤毛のメイドが魔法を唱えるとたちどころにゼロの身体が修復される。

 

「さあ、お立ちなさい。御方々へ強さを示さねば本当に終わってしまいますよ?」

 

 己を何度も粉砕する眼鏡をかけた夜会巻きのメイドと、人知を超えた奇跡を大儀式も必要とせず放つメイド。

 この二人と戦い始めて――、いや、一方的に蹂躙され始めてからどれくらい時が経ったのだろうか。

 

 

 

 

 

 気付いたらココにいた。

 ゼロは六腕のメンバー、デイバーノックとペシュリアンらと共に遺跡のような闘技場に立っていた。

 王国に闘技場は無い。かといって帝国の闘技場にも見えない。

 

 デイバーノックが「強制的に転移させられたようだ」と状況を分析した。

 彼は六腕に所属する死者の大魔法使い(エルダーリッチ)、アンデッドだ。

 魔法に明るい彼の説明によれば相当高度な魔法が使われたようだったが、そのことに動揺するまもなく彼と同じような風貌のアンデッドが5体現れた。

 

 一目見て規格外だと察した。

 彼らはデイバーノックを指名すると、恐怖に慄く彼に容赦なく魔法を放った。

 そう。アンデッドの彼が恐怖したのだ。

 

 必死の抵抗も虚しくデイバーノックの魔法は相手の直前で打ち消され、逆に相手の魔法は彼を焼き、瞬く間に手足を吹き飛ばされてしまった。

 

 そして、頭と胴体だけになってしまったデイバーノックの前に闇を纏った冥界の王が現れた。

 距離が離れていたため聞き取ることはできなかったが、二三言葉を交わした素振りを見せた後、「忠誠を誓う」と叫ぶ声に仲間を一人失ったことを知る。

 

 

 

 

 

 次に現れたのは連絡が取れなくなっていたエドストレームだった。

 近づいてきた彼女の姿を見てゼロは驚く。

 肩口から先、()()()()()()()のだ。

 

 敵に捕まり拷問を受けたのかと思ったがそうではなかった。

 

「あっはっはっは! 勘違いしないでおくれよ? 私は満ち足りているんだ」

 

 言うや否やエドストレームは腰の三日月刀(シミター)を抜き放つ。

 たとえ腕が無くても彼女なら〈舞踊(ダンス)〉で武器を扱うことができるのは知っている。

 しかし、抜き放たれた本数は以前のそれよりも多かった。

 

 九本もの三日月刀(シミター)が宙に浮いていた。

 よく見ると魔法が付与されているのかゆらゆらと輝いている。炎を纏う刀身が三本、冷気を纏う刀身が三本、そして稲妻を纏う刀身が三本だ。

 

 エドストレームは少し困ったような、それでいて悪びれたそぶりも見せずに声をかける。

 

「ペシュリアン。アンタに恨みはないけど、アンタを倒さないと再生してもらえなくてね」

 

 そこまで言われれば馬鹿でも分かる。

 つまりは敵だ。

 

 ゼロは九本の三日月刀(シミター)を恨めしく見る。

 五本のときでさえ対策を練って挑まねば危うい相手が、さらに四本も追加されてしまっては安易に飛び込むこともできない。

 これは誇張でもなんでもなく、単純に九人の剣士を相手にするのと同義なのだ。

 

 ゼロはちらりとデイバーノックがいた方向を窺う。

 合流されてはと警戒したがそこには誰もいなかった。

 奴らがどこに行ったのか、ここが何処なのか、分からないことが多すぎた。

 

 この場で唯一情報を持つのは目の前にいるエドストレームだけ。

 つまり戦わないという選択肢は無い。

 死なぬ程度に痛めつけ情報を引き出さなければならない。

 ゼロはペシュリアンに指示を出す。

 

「ペシュリアンッ! 二人で行くぞ!!」

「おぅ!」

 

 ペシュリアンは己の武器、ウルミに手を掛け間合いを計る。

 特殊な金属で打たれたこの長剣は柔軟性に富み、よく曲がり波打つ特徴を持つ。

 故に扱いは非常に難しいのだが、ペシュリアンの技量でもって抜き放てば刀身に反射する光の帯があたかも空間を切り裂いたかのように閃き、敵を切り伏せることができるのだ。

 

 しかし、超速の斬撃に備えたエドストレームの取った対策は至極単純。

 六本の三日月刀(シミター)を編むように配置してペシュリアンとの間に壁を作ったのだ。

 ウルミが鞭のようにしなるとはいえ本物の鞭のように物体を回り込むことはできず、斬撃に特化したその形状は隙間を縫って刺突するには向いていない。

 

 ペシュリアンが踏み込めないのを見てとると、ゼロはエドストレームの背後に回り込もうと動く。たとえ九本の三日月刀(シミター)を操れようと、対象を視認できなければ対処は難しいだろうと考えたのだ。

 実際に回り込むことができなくてもエドストレームの意識を分散することができれば勝機が生まれるはずだ。

 

 しかし――。

 

 ゼロが彼女の注意を引こうとやや大袈裟な所作で移動していると、不意に視界外から脇腹を強打され吹っ飛ぶことになる。

 

「ぐっ!? 新手か!!」

 

 大きく飛ばされたゼロであったが体勢を崩すことなく着地し素早く身構える。

 突然の奇襲に対し冷静に対処したかったゼロだが、自分を吹き飛ばしたのが眼鏡のメイドだと知るとその表情が驚きに変わる。

 

 

* * *

 

 

 モモンガとやまいこは幾人かの階層守護者を伴い第六階層にある円形闘技場(アンフィテアトルム)にいた。

 円形劇場とも訳されるこの場。演目は殺戮、舞台俳優は六腕。その戦いぶりを貴賓席から眺めていた。

 

(ユグドラシル時代にも多くの敵対プレイヤーがこの場で倒されてたな)

 

 感慨に耽るモモンガは闘技場を見下ろす。

 デミウルゴスの報告で六腕の能力は把握していたが、もしかしたらエドストレームのように何か特化した能力を持っていないかと観察することにしたのだ。

 

 最初にモモンガの眼鏡に適ったのはデイバーノックだ。

 この世界で自然発生(自動POP)した死者の大魔法使い(エルダーリッチ)であること。新たな魔術を覚えたいというモモンガに通ずる願い。そして何よりも生者を憎まず対話が可能なところが気に入ったのだ。

 

 少なくとも、やまいこがカッツェ平野で殴り飛ばした死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は対話ができなかった。

 

(いや、対話させなかった、が正しいのかもしれないな)

 

 実際のところは出会って早々、やまいこが頭蓋骨を粉砕してしまったので、もしかしたら実力差を示した後であれば対話に応じた可能性も捨てきれないのだが。

 

 気を取り直して闘技場を見る。

 ゼロ対ユリ・アルファ、ペシュリアン対エドストレームの戦闘が始まっていた。

 

 

 

 

 

「エドストレームが操れる本数を増やせたのは驚きですね、やまいこさん」

「うん。まさか()()で本当に上達するとはボクも思わなかったよ」

 

 やまいこが言う()()とは切り落とされた両腕のことだ。

 エドストレームがコキュートスと手合わせをした際、〈舞踊(ダンス)〉にはある種の集中力が必要だと聞いたコキュートスが、それならばと防御にしか使っていなかった両腕を切り落としたのだった。

 

 曰く「コレデ操ルコトニ集中デキルハズ」だ。

 

 切り飛ばす現場とその理由を目の当たりにしたときはドン引きしたモモンガとやまいこだったが、物は試しにとユグドラシルで銃士(ガンナー)狙撃手(スナイパー)たちが使っていた集中力を高める装備を与えたところ、徐々にだが扱える本数を増やしていったのだ。

 現状9本が限界のようだが、無事にペシュリアンを倒せれば両腕を再生させ、本格的に何かしらの任務に充てる予定であった。

 

 そして対するペシュリアンだが、残念ながらこちらは不要と判断されていた。

 当初は「空間斬」なる二つ名にユグドラシルでも屈指のとある特殊技術(スキル)を連想したものだが、蓋を開けてみればまったくの別物であったことから興味を失ったのだ。

 エドストレームとの戦いにおいて何か示せねばそのまま処分だ。生き残れば牧場か、誰かの玩具。死んだらアンデッドの材料か誰かのオヤツになる運命だ。

 存外ナザリック地下大墳墓は人間の需要が高いのだ。

 

 ゼロがユリに掛かりきりになったことで、エドストレームは攻撃に五本、防御に四本でペシュリアンに挑むようだ。

 ペシュリアンは迫りくる三日月刀(シミター)を超速の斬撃で捌きいなしていくが、防戦一方で攻撃に転じることができない。

 じりじりと後退を余儀なくされ、壁際に追いやられるのも時間の問題だろう。

 

 両者の決着にもうしばらく時間がかかるとみたモモンガとやまいこは、次にゼロとユリの戦いに目を向ける。

 

 レベル差を考慮して、ユリには相手の実力を全て引き出すまでは手加減するよう指示してあった。

 事故を防ぐため回復役のルプスレギナも付けたが、レベル51のユリとアダマンタイト級と噂されるゼロの実力差は相当開きがあったのか、早くもゼロの肉体が弾け飛び、回復されていた。

 

「どうですか、やまいこさん。何か分かりますか?」

「んー、彼の職業(クラス)はシャーマニック・アデプトみたいだね。動物の入れ墨が光るたびに肉体が強化されている。まあ、それでもユリには届かないみたいだけど」

 

 ゼロはあの手この手でユリに挑む。時にはフェイントで回復役のルプスレギナを狙ったりもしたが、ユリよりもレベルが高いルプスレギナに敵うはずもない。

 全身に刻んだ動物の入れ墨が光るたびに格段に動きが良くなるのだが、そのたびに迎撃され地面に転がる。

 10回近く回復される頃には闘技場の一画はゼロの血肉で赤く染まってしまっていた。

 

 そうこうするうちに特殊技術(スキル)に使用回数があったのかゼロの動きが悪くなり、最終的にはルプスレギナの回復を受けても動かなくなってしまった。

 ユリが判断を仰ぐように貴賓席を見上げる。

 

「動かなくなっちゃいましたね」

「あれだけ一方的じゃあね。無気力になるのも仕方がない」

 

 やまいこの声は同情的だ。

 

「配下にします?」

「いいんじゃない? ナザリックで彼の職業(クラス)を取っているシモベはいないし。それに彼は警備部門の長だよね? 他の長たちみたいに組織を任せるなら管理職経験者は採用していいんじゃないかな」

「あー、確かに管理職経験者と言われればそうですね。分かりました」

 

 モモンガは頷くと予め決めておいた合図をユリに送る。

 

 

 

 

 

 モモンガの合図を確認したユリは足元でへばっているゼロに向き直り一礼する。

 

「おめでとうございます、御方々からご採用とのことです。今後は配下として御方々へ忠誠を捧げ、身を粉にして尽くしてください。なお、この通知は一方的なものではなく拒否することもできますが、如何いたしますか?」

 

 ゼロはペシュリアンを窺う。

 ペシュリアンとエドストレームの戦いは、ペシュリアンの頭が胴と離れることで決着が付いたようだった。

 

「配下になったら、アイツみたいに強くなれるのか?」

「それは貴方次第かと存じます」

「フッ、確かにな」

 

 ゼロは思考する。

 この場にエドストレームがいてマルムヴィストがいない理由とは何か。

 答えは簡単だ。先ほどから話に出てくる御方々とやらに認められたか否かだ。

 ペシュリアンは死んだ。恐らくマルムヴィストとサキュロントも無事ではないだろう。

 拒否したら間違いなく消される。

 最強を自負していた自分にまさかこんな日が来るとは思いもよらなかった。

 今欲しているのは安らかな死などではない。純粋に力が欲しい。

 慢心していた自分が忘れていた力への渇望。

 それを思い出したのだ。

 

「分かった。忠誠を誓う」

 

 

* * *

 

 

 ヴァランシア宮殿の一室。

 ラナー主催の秘密会議が開かれる。

 そこにレエブン侯の興奮した声が響く。

 

「ラナー様、使徒と接触できたというのは本当ですか!?」

 

 彼は前回の会議以降、配下を使い必死に王都内を捜索したが、結局使徒と思しき漆黒の三人を見つけることができなかったのだ。

 残る手段はスレイン法国へ大使を送り謁見を乞うことだが、ザナック王子とラナー王女のどちらかをどうやって送り込むかと思い悩んでいたのだ。

 

「昨夜、私の部屋にお越しくださいました。ふふ、悲鳴を上げなかった自分を褒めてあげたいです」

「寝所に現れたのか!?」

 

 ラナーの返事に今度はザナックが驚きの声を上げる。

 それも当然だ。王族の、しかも王女の寝所となれば警備は厳重だ。

 それを誰にも見つかることなく侵入するなどありえない。

 

「はい、全く気付かぬまに。まさに突然の来訪でした」

「そ、それで使徒はなんと?」

 

「結論から言うと、彼らは八本指を掌握したそうです。そしてその八本指の情報網と六腕の武力を貸してくださるそうです。それらをもって王国の膿を出せと。――こちらを」

 

 ラナーは二人に見えるようテーブルに一通の手紙と指輪を5個並べる。ザナックは一見なんの変哲もないその指輪を手に取り、興味深げに観察する。

 レエブン侯は手紙を手に取ると、苦渋に染まった表情になる。

 

「これは、八本指を使えるのはありがたいですが、厳しいですね。猶予は?」

「特に指定はありませんでした。でも、王国が好条件で席を得る最後の機会でしょう。早急に事を進めるほかないと思います」

 

 それを聞いたザナックが指輪をそっと戻しながら問う。

 

「ラナーよ、父上や兄上はどうする?」

 

 ザナックの言う父上とは当然国王のことである。そして兄上とは、第一王子、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフのことだ。

 バルブロは貴族派の盟主とされるボウロロープ侯爵の娘を妻に持つことから貴族派の影響を強く受けている。ザナックとラナーにとってはいわば目の上のたん瘤。王国が一つに纏まらない理由の一因子である。

 

「お父様の求心力は弱まってはいますが存在感はまだまだご健在。ストロノーフ様共々引き入れるためにも時期をみて伝えた方がいいでしょう。具体的には帝国との戦いの直前。兵をどのように采配するかを決める前が理想です」

「なるほど。つまり兄上が身を置くボウロロープ侯爵の軍を帝国にぶつけると」

 

 ザナックは言いながらラナーの表情を窺うが、腹違いの兄とはいえ身内(バルブロ)を切り捨てることにひとかけらの憐憫すら感じている様子はなかった。

 

「はい。彼らは彼らで地盤を固めるために戦果を欲しがるはずです。誘導は容易いでしょう。問題はそれまでに私たちも敵と味方を選別して根回しをしておくことです。戦争の勝敗に関わらず弱った貴族派を打倒し、素早く王国を手中に収める必要があります」

「王派閥を説得するとして、どうやって信用させる? 根回しするにしても何か担保が必要だ。神託を受けたからと伝えても、それがそのまま通じる相手ではないぞ」

 

「そこでこの指輪です。毒耐性・疾病耐性・斬撃耐性の上昇と、生命力持続回復、それに疲労無効の効果が付与されているそうです」

「な、なんだと!? この指輪一つで王国の五宝物に匹敵――いや、それ以上のものなのか!!?」

 

 ザナックは指輪に指を通すと、護身用の短刀に恐る恐る指を押し付ける。

 傍から見るとなんとも危な気だがザナックの指は刃に押されるだけで切れる様子がない。結構な力を込めてようやく薄皮が切れ血が滲むが、それも直ぐに治癒する。

 

「こいつは凄い、本物だ」

「使徒曰く、この指輪は追跡が可能とのこと。万が一奪われたら隠さず報告するようにと。そして誰かに譲渡する場合も事後報告で構わないから連絡するようにと仰られました。まずはここにいる私たちで一つずつ。残り二つですが、渡す相手を慎重に選ぶ必要があります」

 

 ラナーの言葉にレエブン侯は頷くが、候補は既に決まっている。

 というより、元々味方になりえる人物は少ないのだ。

 

「渡す相手は限られていますよ?」

「そうですね。リ・ボウロロール領を包囲する意味でも有力なのはウロヴァーナ辺境伯。そして領地がスレイン法国に一番近いペスペア侯でしょう。レエブン侯からお渡しできますか?」

「問題無い。これだけの神器であれば使徒の話にも真実味が生まれる。彼らも王国を憂う者たち。切っ掛けさえあれば必ずや仲間になってくれましょう」

 

 

* * *

 

 

 八本指を掌握し、王都の観光も終えたモモンガ一行は、デミウルゴスの計画の邪魔にならぬよう気を利かせてカルネ村へと引き返した。

 次の観光先は帝国を予定していたが、冒険者組合長から長期間エ・ランテルを離れないでくれと頼まれていたため、あいだに冒険者業を挟むことにしたのだ。

 例によってセバスとソリュシャンは商人として先に帝国へ潜入している。

 

「ただいま~」

「お帰りなさい」

「おか~」

「お帰りっす」

「お帰り、モモン様」

 

 カルネ村の別荘に戻ったモモンガを三者三様の声が出迎える。

 

「どうだった? いい依頼あった?」

「いや、戦争が控えているせいか輸送系の依頼しかなかった。まあ代わりに霊薬の噂を聞けたけど」

「霊薬?」

「トブの大森林の奥にあらゆる病を治せる薬草が自生しているらしい。ただ、興味本位で探しに行かないように釘を刺されましたけどね。なんでも30年前にアダマンタイト級1チームにミスリル級2チームを加えてようやく採取したとか。かなりの危険を伴うと」

 

 ランクに見合った討伐系の依頼が見つからず、さりとて特別金銭に困ってる訳でもないモモンガが組合で暇そうにしていたところ、組合長が世間話ついでに教えてくれたものだ。

 

「参考までにこれがその薬草らしいです」

 

 モモンガは冒険者組合から借りた薬草の写しを見せる。

 

「へぇ。ユグドラシルにはなかったよね? リイジーさんに聞いてみる?」

「ですね。この世界の材料で万能薬やエリクサーに類する物が作れるなら確保したいです」

 

 低位階用のスクロール素材は目途がたったが、その他の消耗品に関してはまだ代替品が見つかっていないのが実情だ。

 特にポーション用の素材やバフ料理用の食材などは全くといっていいほど見つからないため、ナザリック内での品種改良も視野に入れているほどだ。

 

 消耗品に関して憂いていると、玄関の戸が叩かれる。

 シズが応対し連れてきたのは――。

 

「げぇ! 兄貴!?」

 

 以前、トブの大森林で出会ったクレマンティーヌの兄、クアイエッセだった。

 クレマンティーヌは相変わらず兄の視界から逃れようとやまいこの影に隠れる。

 

「お久しぶりです。モモン様」

「久しぶりだな、一月半振りか? 丁度いいところに来てくれた。この薬草に見覚えは無いか? トブの大森林に自生しているらしいんだが」

 

 薬草の写しを見せるがクアイエッセは首を振る。

 

「いいえ、生憎と覚えはありません」

「そうか。――それで、見つかったのか?」

「はい。あの後、帝国側から調べ、なんとか」

 

 クアイエッセの探し物。

 それはトブの大森林の何処かに眠っている破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)だ。

 一月半程前にトブの大森林で出会って以降、彼はアゼルリシア山脈の東、トブの大森林の東端まで一旦移動し、そこから王国側へ向けて調査していたのだ。

 トブの大森林の中央南端、カルネ村付近から捜索するより端から探した方が往復する二度手間が省けると考えたのだが、結果として見つけた場所が王国寄りだったことから時間が掛かってしまったとのことだ。

 

「復活を遂げた場所は恐らくここで、そこから大きく北西に移動し、見つけたのはこの辺りです。アゼルリシア山脈沿いに北上しているようですね」

 

 クアイエッセは地図を広げながら説明を続ける。

 

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)は移動する際、どうやら定期的に自らが薙ぎ倒した木々を森祭司(ドルイド)魔法で修復して足跡を隠しているようです。さらに休息する際は幻術を使っているのか、視覚的に森と同化して姿を隠すようです」

「ちょっと待ってくれ。森祭司(ドルイド)魔法に足跡だと? ドラゴンではなかったのか?」

「これは失礼いたしました。説明が不十分でした。召喚した魔獣を通して姿を確認いたしましたが、正体は全高100メートル、複数の太い根を足のように使って移動する巨大な樹木のモンスターでした」

 

「巨大なトレント、イビルツリーかな?」やまいこが興味を持ったのか話に加わる。

 

「マイ様、このモンスターにお心当たりが?」

「え? あぁ、どうだろう。ユグドラシルに似たような奴がいたから。それよりさ、たしか伝承によると破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)のせいで闇妖精(ダークエルフ)たちがスレイン法国南の森に引っ越したんだよね?」

 

 やまいこの問いに、しかしクアイエッセは首を振って否定する。

 

「いいえ、エイヴァーシャー大森林はエルフ王国です。闇妖精(ダークエルフ)の移住先はアベリオン丘陵南東の森ですね。法国からみて西側です。法国から比較的近い位置にありますが、彼らは森から出てくることが無いので、今まで大きな衝突は無く国交もありません」

「あれ、そうなのか。エルフ繋がりで混同していたか」

 

 やまいこはしばし熟考すると、顔を上げてモモンガへ向き直る。

 

「モモン、ボクに良い考えがあるんだけど」

 

 そう言うと、やまいこは悪戯っ子のように笑うのだった。

 

 

 




 序盤、デミウルゴスが念じる素振りを見せた後、<転移門>(ゲート)が開くシーンがありますが、これは<伝言>(メッセージ)ではなく念話です。対象はシャルティアのもとに待機させていた自分のシモベで、そのシモベ経由でシャルティアに<転移門>(ゲート)を開いてもらっています。
 書籍(6-365)にて思念で命令を飛ばす描写があったため採用しましたが、これがイメージ的な伝達なのか、それとも言語による伝達なのかは不明。
 なんかいい感じに伝達できたことにしてください。



独自設定
・やまいこが解説するゼロの職業(クラス)、シャーマニック・アデプトがユグドラシルに存在するかの記述は原作にありませんが、このお話では存在したことになっています。
破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の習性。

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