骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第22話:娼館

 やまいこを追ってセバスとクレマンティーヌが娼館の一階フロアに突入する。フロアは既に制圧されており、やまいこは表玄関を封鎖しているところであった。

 

「マイ様、ご指示を」

「聞き出した情報によると地下に本命の娼館エリアがあるらしい。ボクは上の階にいるという責任者を捕らえにいくから、セバスとクレマンティーヌは地下に囚われている女性たちの救出を宜しく。時間が無いからさっさと済ますよ」

「畏まりました」

 

「マイちゃん、地下への入口も聞き出してる感じ?」

 

 クレマンティーヌの()()()付けに未だ慣れぬセバスは渋い顔をする。しかし御方々がそうあれと望まれている以上は努めて受けいれようと表情を引き締める。

 実のところ彼女に対するセバスの評価は悪くはない。カルネ村での行いを耳にしており、同盟者であるにもかかわらず戦闘メイド(プレアデス)を差し置き脆弱な人の身で御方を庇った行いは称賛に値すると考えていた。

 

 対する当のクレマンティーヌはセバスと組むことに緊張気味だが、アルベドやナーベラルを相手にするよりは余裕が見える。

 そんなクレマンティーヌからの質問にやまいこは壁際の床を指さす。

 

「そこ。隠し階段があるってさ。じゃあ、ボクは行くよ」

「いってらっしゃ~い」

 

 セバスとクレマンティーヌはやまいこが二階へ上がるのを見届けると視線をかわす。

 

「んじゃ~行きますか、セバスさん」

「はい。時間が限られていますから私が先行して敵を処理します。クレマンティーヌ様は囚われている女性の介抱をお願いします。女性である貴女の言葉なら信用されやすいと思いますので」

「はいは~い、任せて」

 

 

 

 

 

 床に偽装された落とし戸を通り、セバスとクレマンティーヌは地下の娼館エリアを目指す。

 煉瓦で舗装された通路は所々にランタンが設置されているが薄暗く、土臭さとカビ臭さの中に僅かに甘い香りを漂わせていた。上手く換気できず淀んでしまった空気を香を焚くことで誤魔化しているのだろう。また舗装された煉瓦も素人が施工したのか酷く歪んでいた。

 

「まるで手作りの秘密基地ですね」

 

 セバスの漏らした感想にクレマンティーヌが軽口で応えようとしたちょうどその時、クレマンティーヌはビクリと肩を震わす。

 

「驚いた~。〈伝言(メッセージ)〉か」

 

 セバスはその言葉を聞き足を止める。この状況下で〈伝言(メッセージ)〉ということは御方からの指示である可能性があるからだ。

 そしてその予想は当たる。ほどなく〈伝言(メッセージ)〉を終えたクレマンティーヌが伝言を共有する。

 

「セバスさん、モモンちゃんから伝言。客はなるべく殺さず無力化するようにって。私は救出した女たちを一階に集めろって言われているから、廊下の安全を先に確保してもらっていいかな?」

「畏まりました。そういうことでしたら廊下は血で汚さない方がよろしいですね」

 

 そこからはセバスの独擅場。出会う従業員たちを血が出ないよう処理し、ものの数分で廊下の制圧を完了する。その間、各部屋には客らが特殊な情事に耽っていたはずだが防音が施されているのが災いし誰一人気付く者はいなかった。

 

 

* * *

 

 

 そこはさほど大きくはない部屋であった。簡素な造りの部屋に家具は衣装棚とベッドが一つずつ。そして申し訳程度に絨毯が敷かれている。

 この部屋がやや手狭なのには訳がある。それはここが地下にある非合法の娼館の一室で、国に露呈しないよう全て八本指の構成員が手掛けたからだ。セバスの“手作りの秘密基地”との評価は、正規の職人が施工していない点で的を射ていたといえる。

 

 そんな娼館の一室に備えらえたベッドの上で、だらしない贅肉を纏った中年をやや過ぎた男が裸の女を組み敷いていた。

 男の名はスタッファン・ヘーウィッシュ。王都リ・エスティーゼの巡回使で、貴族派に属し裏社会に便宜を図ることで私腹を肥やしてきた男だ。

 

 スタッファンは拳を振り上げると組み敷いた女の顔面へ振り落とす。

 いつからそれを繰り返していたのか、肉を叩く音は湿り気を帯びゆっくりと持ち上げた拳にはねっとりとした血が付着していた。

 

 女の顔は内出血で大きくはれ上がり元の顔が分からないほど痛めつけられていた。瞼は腫れ、鼻はひしゃげ、唇も裂けている。髪は血で固まり、先ほどまで必死に顔を庇っていたであろう痣だらけの腕は糸が切れたかのようにベッドに投げ出されていた。

 

「おい、どうした。もう終わりなのか?」

 

 再び拳を振り上げ、そして振り落とす。

 殴られ続けた女はもはや彼が期待するような反応は返さない。

 微かに痙攣するだけになった女を見下ろしたスタッファンは、背中を駆けのぼるぞわぞわとした心地よい感覚にぶるりと身を震わす。

 

「おお……、堪らん」

 

 彼は女を殺さないようになどと加減はしない。ボロボロになった女を抱く時が一番興奮するという性的嗜好をもっているからだ。元が美しければ美しいほど良く、ボロボロにしていくその過程が重要であって生きていようが死んでいようが関係ない。最後に射精さえできればそれで満足できるのだ。

 

 助けて。

 許して。

 ごめんなさい。

 もうやめて。

 

 いままで抱いてきた女たちの叫び声を思いだしスタッファンは悦に入る。

 

(あいつら、いい声だったな)

 

 そして彼は女たちが動かなくなる直前に漏らす()()()()()()()()()()()を聞くのが堪らなく好きなのだ。それを聞くためなら結果的に死んでしまったとしても構わないとさえ思っている。たとえ殺してしまったとしても金さえ積めばここでは面倒ごとを全て片付けてくれるからだ。

 とはいえ無反応になった女はやはりつまらない。こうなる前に行為に至っておけばと僅かに後悔する。

 

 スタッファンは気を取り直すと、もはや意識があるのかも分からない女の足に手をかけて開かせる。無抵抗に開かれた股は尿に濡れているが、彼は気にせず体を寄せると欲望に堅くなった自身を掴み挿入を試み――。

 

 カチャリと音をたてて扉が開かれた。

 

「なっ!?」

 突然開けられた扉に目を向けると、執事然とした老人の姿があった。

「なんだ爺! 部屋間違えてんぞ!!」

 

 スタッファンの怒声を意に介せず、老人=セバスは平然とした足取りでベッドに近寄る。

 

「おい! 聞こえ――」

 

 パンッ!

 

 セバスの平手打ちがスタッファンの言葉を中断させる。

 

「な……な……!?」

 ワナワナと震えるスタッファンは、何をされたのか理解できない様子であった。しかし、次第に打たれた頬が熱を持ちジンジンと痛みが広がると、ようやく理解が追い付いたのか、顔を真っ赤にして怒りをあらわにする。

 

「ぎざまぁ! こんなごどして――」

 

 パンッ!と前回よりも強烈な平手打ちがスタッファンの頬を打つ。その衝撃に耐えられず、彼はベッドから転げ落ちてしまう。

 セバスはさらに平手打ちを数回お見舞いし、止めとばかりに両膝を踏み砕く。

 

「ぎっ!? ぎゃああぁぁあぁぁぁ!!! あ゛、あ゛じがあぁ!!!」

 のたうちまわるスタッファンをよそに、セバスは廊下で待つクレマンティーヌに声をかける。

 

「クレマンティーヌ様、彼女で最後です。宜しくお願いします」

「は~いっと。うわぁ、これ、生きてる?」

 

 ベッドに横たわる女に近づいたクレマンティーヌは、己の下腹部が熱くなるのを感じる。彼女もまた嗜虐趣味の持ち主。ボロボロになった女を前に、密かに劣情を催していた。

 アインズ・ウール・ゴウンとの出会いで生き方こそ矯正されたが、二十数年培ってきた本質がすぐさま変わるものでもない。冷静を装いここまできたが、一人助けるたびにどうしようもなく疼いてしまうのだ。

 

 クレマンティーヌは欲望を鎮めると青い水薬(ポーション)を取り出し、女の口に含ませる。

 

「ダメか。状態が悪い」

 

 クレマンティーヌは飲ますことを諦め、青い水薬(ポーション)の残りを女の顔と身体に振りかける。僅かにだがゆっくりと傷がいえていくのを確認すると、そのまま女を背負いモモンガの待つ一階へと運ぶ。

 

 これで地下の制圧は完了だ。従業員10人に客7人。女は蛸部屋に詰められていた人数を含めて12人。正味10分強の出来事であった。

 

 

* * *

 

 

 モモンガが一階フロアでソリュシャンからの報告を受けていると、隠し階段から女を抱えたクレマンティーヌが現れる。

 

「これで最後だよ」

「分かった。ソリュシャン、意識は無いようだが念のためこの女も眠らせてくれ」

 

「畏まりました」

 

 クレマンティーヌが抱えていた女を床に寝かせると、ソリュシャンは素早く睡眠薬で眠らせる。今から開く〈転移門(ゲート)〉を目撃されないためだ。

 床に寝かされた女たちは、袋詰めされていた一人を加え13人。全員ソリュシャンによって眠らされてはいたが、最低限の治療しか施されておらず、横たわる姿は痛々しい。

 

「――もう大丈夫です」

「よし」

 

 モモンガが〈転移門(ゲート)〉を開くと数名の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が出てきて床に寝かされている女性たちを〈転移門(ゲート)〉の向こう側へと運んでいく。

 その様子を見ていたクレマンティーヌが首を傾げる。

 

「てっきり王国の神殿か詰所にでも押し付けるのかと思ったけど、ナザリックに送るの?」

「惜しいな。正解は神社だ」

「法国に造った神殿のこと? でもなんで? 王国の人間を誘拐したら面倒事にならないかな」

「理由は二つある。一つは王都に着いたばかりで目立ちたくない。非合法の娼館らしいから痕跡さえ残さなければ疑われることは無いだろう。もう一つは巫女たちの訓練だ」

 

 クレマンティーヌは訓練という言葉に興味を引かれる。

 

「訓練? 扱える位階を上げたいってこと?」

「そういうことだ。仮にこの世界の人類に成長限界があると仮定しても弱すぎる。というか、強い奴と弱い奴で二極化しすぎている。俺とマイはその原因を実戦経験の乏しさと、種としての脆弱さのせいだと推測している」

 

「ふ~ん。それでまずは経験を積ませたいと」

「その通り。兵士の実戦経験が乏しいのはまぁ理解できる。命は惜しむものだし平和が一番だ。では魔法詠唱者はどうだ? 特に信仰魔法を扱う連中だ。この世界の神殿連中は、目の前に治療を必要としている人がいるにもかかわらず、対価がなければ治癒魔法を唱えようとしない。だから成長しないんじゃないか?」

 

 モモンガとやまいこは、一般人やただ訓練を繰り返す兵士より冒険者が強いのは実戦経験の差が原因だと考えていた。つまり命を奪った回数だ。信仰系魔法なら治療した回数だろう。

 しかしこの世界の人類は脆弱で、芽が出る前に魔物に刈り取られてしまうのだ。

 モモンガは説明を続ける。

 

「例として竜王国の兵士たち。彼らは戦う機会に恵まれてはいたが成長する前に殺されてしまっていた。でも漆黒聖典やアダマンタイト級冒険者のように()()()()()まで育ってしまえば、その後の実戦を怠らなければ成長は容易であると推測している」

「そう言われると確かにそんな気がするかも? 神人はべつとしても、私ら漆黒聖典は亜人狩りばかりしてたし、冒険者も難度の高いモンスターは高ランクの冒険者に依頼が偏るもんね。それがモモンちゃんのいう“二極化”につながる感じか……」

 

 この世界の人間が極端な強者と弱者で二極化するのは、この世界には無限湧きする経験値稼ぎ用の低レベルモンスターがいないのが要因だろう。人類の生存圏を一歩出ればそこには初級を通り越していきなり中級モンスターが犇めいている。これはレベル上げ以前の問題だ。

 

現実(リアル)なら「ゲームバランスが悪い」と運営が叩かれるだろうな)

 

「それとなクレマンティーヌ。これはあくまでも保護であって誘拐ではないからな。回復したら望む場所に送り届けてやるさ」

「ふーん。でも、帰る場所あるのかねぇ」

「……無かったらそのときまた考えるさ」

 

「モモン様、女共の移送が終わりました」

 

 クレマンティーヌとの会話が一段落したところに吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)から声がかかる。

 

「ご苦労。では〈転移門(ゲート)〉を第二階層に繋げるから待機しているエントマを呼んできてくれ」

「畏まりました」

 

 

 

 

 

 吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)と入れ代わりでエントマが姿を現すとペコリとお辞儀をする。

 

「モモン様ぁ、お召しにより参上しましたぁ」

「よく来てくれた。指示はアルベドから聞いているだろうから省く。地下が制圧済みだからさっそく始めてくれ。入口はそこだ。下でセバスが客らを拘束しているはずだ。ソリュシャンも協力してやれ」

「承りましたぁ。いっさいがっさいお持ち帰りしますぅ」

「畏まりました、モモン様」

 

 エントマが懐から札を取り出しスキルを発動するとクレマンティーヌが小さな悲鳴をのみこむ。なぜならエントマの可愛らしい足元から大小様々な昆虫が数えきれないほど湧き出したからだ。

 小さいもので10センチ、大きいもので1メートルほどの昆虫がカサカサと音を立てて床を埋めていく様は免疫の無い人にはまさに悪夢だろう。

 

 昆虫たちを引き連れたエントマとソリュシャンが地下に向かってしばらくすると、昆虫たちが様々なものを〈転移門(ゲート)〉に放り込むために往復を開始する。観察すると小型の蟲は集団で協力し、中型の蟲は転がし、大型の蟲は背に載せ運んでいて見ていて飽きない。

 書類や小道具、ドレスやメイド服などの衣装、はては椅子やベッドなどの家具までもが運ばれていく。

 

「昆虫苦手か?」

 隣で引きつった笑顔を張り付けていたクレマンティーヌに声をかける。

「いやぁ、特に苦手意識は無かったんだけど、さすがに量がね……」

 

「同感だ。――さて、マイを追って俺たちも上に行くか」

「りょ~か――」

 

 ズンッ

 

「っ!? なんだ!!?」

 モモンガとクレマンティーヌが階段に向かって歩き出そうとした瞬間、建物全体を揺るがすほどの強い振動を感じた。

「う、上の階からだよねぇ……」

 

 そして――

 

 ミシ……、ミシミシッ

 

 天井を見るとヒビが入っており、パラパラと埃を落としながら徐々にたわみつつある。

 

ギシギシッ、バキンッ!!

 

「待て待て待てっ!! 〈骸骨壁(ウォール・オブ・スケルトン)〉!!」

 

 ドガガァァンッ! ガラガラガラッ、ドドォーーン

 

 咄嗟に唱えた魔法で傘のように壁を展開して崩落する天井をやり過ごす。

 

「無事か、クレマンティーヌ」

「うぇっぷ、だ、だいじょうぶ。埃が口に入っただけ」

 

 大きな崩落が収まり骨の壁を解除すると惨状を目の当たりにする。どうやら天井、二階の床が崩落したようだった。

 粉塵がおさまった頃合いで視線を落ちてきた瓦礫に移すと、仁王立ちするやまいこが一人。

 そこにモモンガの呆れた声が響く。

 

「何してくれちゃってるんですか、やまいこさん」

 

 

* * *

 

 

 時を遡り、やまいこが突入した直後の2階。

 やまいこはすぐにそこが偽装されたフロアだと気付く。見張りを兼ねた一階フロアとは違い、普段はあまり使われいないのか家具に薄っすらと埃が積もっていたのだ。

 

(本命は3階かな?)

 

 一階にいた男の証言が正しければ“上”に責任者がいるはずだが、しかしそれが2階と3階のどちらかなのかわからない。

 逡巡した後、やまいこは念のために2階の各部屋を回ることにする。

 

(ちゃんと場所も聞いておくんだった)

 

 時間をかけて各部屋を回り、最後の部屋を調べ終わって廊下に出ようと踵を返したところで背後から、無人であるはずの室内からバタンと大きな音が響く。

 慌てて振り返ると、先ほどまでただの壁だったところが口を開け、二人の男が室内を窺っていた。

 

「ああ、隠し通路か。気付かなかったよ」

「〈警報(アラーム)〉が発動したからわざわざ隠し通路を通ってきたのに。運が無いな」

 

 先頭の男が室内に滑り込むとやまいこを値踏みする。色白だが猛禽類を思わせるその眼差しは鋭い。顔を眺め、胸で視線が一瞬止まり、両手を調べ終わると再び胸元、正確にはタイピン代わりにしている冒険者プレートに戻る。

 

「ミスリル級冒険者でその風貌、噂の漆黒か」

「そういう貴方は八本指の何某さん?」

「六腕のサキュロントだ。たしかマルムヴィストとエドストレームが勧誘に向かったはずだが、行き違いになったか?」

 

 疑問を口にするサキュロントの後ろから、もう一人の男が甲高い声で喋り出す。

 

「あら? 綺麗な顔ね。体つきもいいわ。サキュロント、この娘も連れていきたいんだけど、どうかしら? 下の娼館がどうなってるか分からないけれど働かせれば多少は元が取れるでしょ」

「駄目ですよ。この女はこのあいだの会議で話題に上がった冒険者。先に六腕で勧誘する約束です」

「あぁ、あの漆黒とかいう」

 

 サキュロントに諭された男は素直に引き下がる。

 

「で、どうだ? 俺たちの仲間にならないか? 八本指は力のある者にとっては居心地のいい組織だ。望むものが全て手に入るぞ?」

 

 やまいこは自信あり気に振る舞うサキュロントへ拒絶の意を込めて拳を構える。

 

「断わる。既に最高の組織に属し、かけがえのない家族がいる」

 

「あらあら、振られてんじゃない。ならいいでしょ? 多少壊れても構わないから、ね?」

「別料金でお願いしますよ、コッコドールさん。――そんな訳で悪いけど手足の一本ぐらい覚悟しろよ? 大丈夫、ここの客は特殊な奴が多いから、顔だけでも結構稼げるらしいぞ?」

 

 サキュロントは下卑た表情で剣を抜くとやまいこと対峙する。

 

「まったく、ここに茶釜さんがいなくて君たちは幸せ者だよ」

 

 かつての女性ギルドメンバー、ぶくぶく茶釜は実力派声優だ。ロリボイスでアダルトゲームにも出演していたが「親しき中にも礼儀あり」を地でいくような人物で、礼節に厳しい人であった。特に下関係の話題に対しては気を使っていたものだ。

 同じくギルドメンバーであったぶくぶく茶釜の弟ペロロンチーノがよく猥談を聞き咎められて怒られていたが、そのときの説教ボイスは恐ろしく迫力があり、普段の可愛らしい声との落差はさすがは声優といった感じであった。

 

 そんな彼女が親しくもない相手から露骨に下関係の話題を振られたらどうなるのだろうか。

 

(ガチギレしたら静かになるタイプかなぁ)

 

「あ、そうそう、マルムヴィストとエドストレームね。うちのクレっちが一人で倒しちゃったよ」

「!?」

「だからさ。貴方も大人しくして――ねっ!!」

 

 やまいこはモンクのスキルで気を煉ると拳に乗せ()()()で正拳突きを放つ。

 

「なに!?」

 

 両者の間は一足飛びに届く距離ではなかったがサキュロントは本能的に回避行動をとる。

 

「ぐぎゃっ!!?」

 

 そして代わりにコッコドールが吹っ飛び壁に叩きつけられる。

 床に伏せぴくりとも動かないコッコドールを見てサキュロントが叫ぶ。

 

「そっちが狙いか!」

「会話からするとその男がここの責任者でしょ? 警護任務失敗だね」

 

 サキュロントの顔から余裕が無くなる。

 

「マルムヴィストとエドストレームを倒したってのは本当か?」

「本当。因みにエドストレームは勧誘させてもらったよ」

「あの女、裏切ったのか」

「それで? 報告書によるとたしか()()()()()()()()()だっけ? 無抵抗で捕まってくれると助かるんだけど、どうする?」

「ほざけ」

 

 サキュロントが小さく魔法を唱えるとその姿が五つに分裂する。そして5人のサキュロントがやまいこを取り囲むようにゆっくりと動く。

 

「手足を削いで嬲り殺してやる」

 

 それを見たやまいこは心底面倒臭そうな顔になる。

 

「予感はしてたけど幻魔ってそういう」

「後悔しても遅いぞ」

「一撃」

「何!?」

「一撃で決める」

 

 やまいこが挑発するようにサキュロントに向かって手招きする。

 

「やってみせろ!!」

 

 5人のサキュロントが剣を振り上げ距離を詰めると、やまいこは〈剛体〉を唱え物理防御と物理攻撃力にボーナスを得る。そして先ほどと同じように気を煉ると〈極震〉を発動する。これはヒーラーであるやまいこが複数の雑魚敵に取り付かれたときに使うスキルで、自分を中心にスタン効果のある衝撃波を全方位に放つものだ。

 すなわち、全力で地面、ここでは床に向かって拳を振り下ろす。

 

 ズンッ!

 

 刹那、衝撃波が室内を駆け巡り5人のサキュロントを襲い、その5人とは()()()()()()()()()()、透明化していた本物のサキュロントの悲鳴が上がり、同時に剣を取り落とす音が聞こえる。

 やまいこが音のした方へ振り返ると気絶したサキュロントが転がっていた。

 

「ね? 一撃ってい――」

 

 ドガガァァンッ!

 

「わわわわっ!!?」

 

 やまいこの言葉を待たずに衝撃で緩んだ床が崩落する。

 

 ガラガラガラッ ドォーーン

 

 

* * *

 

 

「というわけなんだよ、モモン」

「ああ、分かりました分かりました。それでその責任者はどこです?」

「え? えぇ~っと、そ、その辺、かな?」

 

 やまいこを中心に床が崩れたために二階の部屋にあった家具などが中心に向かって折り重なるように瓦礫と化していた。

 

「ご無事ですか!?」

 

 緊迫した声に振り返ると地下室からセバスと戦闘メイド(プレアデス)の二人が出てくるところだった。崩落の衝撃は地下まで届いたようで緊急事態と判断したようだ。

 

「我々なら大丈夫だ。下の様子はどうだ?」

「衝撃はありましたが被害はありません」

「なら作業再開だ。地下が終わったら次はこの瓦礫も頼む。人間が二人埋まっているはずだ。というか、こんな時のための便利な魔法があるじゃないか。〈生命感知(ディテクト・ライフ)〉」

 

 モモンガは呪文を唱えて瓦礫をざっと見渡す。

 

「あー、一人死んでるな。そこに生命反応がある」

 

 モモンガの指す場所をセバスが掘り起こすと、瓦礫に揉まれたせいか関節が増えたボロボロのサキュロントが姿をあらわす。気を失っているようだが受け身の取れない状態で命が助かったのは儲けものだ。

 

「こいつは?」

「六腕のサキュロント。ということは責任者っぽい方が死んじゃったか。ごめん、蘇生する?」

「まぁ、まだ7本残ってますから別にいいですよ。で、サキュロントはどうでした?」

「ん~正直微妙」

「じゃあ、他の従業員と同じでいいか。セバス」

「は!」

 

 モモンガの意を酌んだセバスは掘り出したサキュロントを〈転移門(ゲート)〉に放り込む。

 

「それで3階は見たんですか?」

「まだ。隠し通路で鉢合わせしちゃったからさ」

 

 やまいこの発言にソリュシャンが何か思い出したのかモモンガに声をかける。

 

「モモン様、ご報告したいことが」

「どうしたソリュシャン」

「それが、地下にも隠し通路がありました。如何いたしましょう」

「ん? 両隣の建物は無関係だったんだよな?」

 

「はい。恐らく一軒先か、もっと離れた場所に続いているかと。普段から使われている様子はなく避難用かと思われます」

「であれば放置で構わん。活動範囲はこの建物だけに絞れ」

「畏まりました」

 

「よし。撤収作業を続けるぞ。選別は考えなくていいからどんどん放り込め」

 

 モモンガの掛け声で撤収作業が再開される。

 床が一部崩落するという想定外の事故があったものの、こうしてモモンガたちによる襲撃は成功し、王都から非合法の娼館が一つ消えたのだった。

 

 

* * *

 

 

 スタッファン・ヘーウィッシュは恐怖していた。必死に裸の身体を揺すり脱出を試みるが、四肢にまとわりつく強固な粘液からは逃れられそうもない。

 

「う゛ぐう゛ぅっ!!」

 

 口も塞がれているために叫ぶこともできないが、セバスによって砕かれた両膝は回復魔法によって完治していた。

 回復されたときは一縷の望みにすがったが期待は直ぐに裏切られた。

 

 目の前に見覚えのある顔があるのだ。

 六腕のサキュロント。王都で度々つるんでは商人や町民を脅して金を巻き上げた仲だが、彼も同じように全裸で拘束され身動き取れない状態であった。ただスタッファンと違う点が一つ。彼は元の体型よりも大幅に()()()()()()()()()。かつての軽戦士然とした体形は見る影もなく、肥え太った色白の肌がモコモコと蠢いていた。

 猛禽類を思わせた鋭い目は虚ろに濁り、口はだらしなく涎を垂らすだけで意思を感じられない。

 

「確か、餓食狐蟲王が巣を欲しがっていたわね」

 

 娼館から連れ去られ、最初に面通しをした角と羽を生やした美しい女悪魔はそう呟いた。あの時は何を言っているのか分からなかったが、今なら理解できる。

 自分がこの後どうなるか、目の前にいるサキュロントが答えなのだ。

 

 スタッファンは自分の背後に意識を向ける。先ほどから自分の背後に何かが居る気配を感じるのだ。首を回そうにも固定されてて見ることができない()()は間違いなく自分にとって悪い存在だ。考えたくないが目の前のサキュロントをこんな風にした犯人である可能性が高い。

 

 ふと視線を落とすと、自分の股下を通り何かが鎌首をもたげていた。触手めいた形状の先端に昆虫の産卵管のような鋭い針がついている。

 

「う゛う゛っ! う゛ぐおぉぉぉ!!」

 

 無駄と分かりつつも必死に抵抗を試みるがやはり逃れられない。

 

――トスッ!

 

「うぐっ!?」

 

 腹部に感じた鋭い痛みに目をやると先ほどの針がヘソ付近に刺さっていた。見なければ良かったと後悔するが後の祭りである。何かが針を通して腹に染みわたる感覚におぞましさを感じ恐怖を覚える。

 

 そして、触手がゆっくりと蠕動を始める。その動きに合わせて卵管を通りゼリー状の粘液に包まれた何かがブリュブリュと皮下脂肪の下に注入されるのが分かる。

 

「ふっ! ふっ! ふっ!」

 

 いっそ痛みに気を失うことができればどんなに楽かと思うが、最初の一刺しで麻酔でも注入されたのか不思議と痛くはない。それが思考を冷静にさせ客観的に自分を分析してしまう。元々だらしなく贅肉を付けていた自分の腹が徐々に膨らんでいくさまもどこか他人事だ。

 

 目の前のサキュロントを見る。

 彼に至っては手足まで余すところなくみっちりと詰まっている。

 そう、彼が答えなのだ。




独自設定
・エントマの昆虫召喚
・やまいこの技全般
・餓食狐蟲王の家族の増やし方

独自解釈
・モモンガの現地人に関する考察


 執筆にあたり餓食狐蟲王のモデルとされる芽殖孤虫を検索したら全身が痒くなりました。

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