骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第21話:王都リ・エスティーゼ

 エドストレームを勧誘した翌日、モモンガ一行はゴブリン邸を訪れていた。

 建物全体が中庭を囲む回廊のような造りのゴブリン邸は、その壁の一辺をカルネ村の外壁と一体化させており直接村の外へ出られるように裏門が設置されていた。毎日森へ狩りに出かけるゴブリンたちの利便性に応えたものだ。

 

 今、そんなゴブリン邸の中庭は水蒸気を含む熱気で満たされており、金属をリズミカルに叩く鋭い音が響いていた。アルベドが手配した鍛冶師のサラマンダーをルプスレギナがさっそく連れてきたのだ。

 

「なかなか面白い絵面だな」

 

 モモンガはルプスレギナとエンリの監督の下、採寸のため中庭に整列するゴブリンたちを眺めながら率直な感想を述べる。強面のゴブリンたちが大人しく両手を広げ採寸待ちする姿など滅多に見られる風景ではない。

 

「ほら、クレっち。あなたもこっちに来てマントを外しなさい」

「このままでもいいのに~」

 

 ゴブリンたちから少し離れた所で、やまいこに促されながらクレマンティーヌも採寸していた。

 昨晩のエドストレーム戦で負傷したクレマンティーヌは、その装備を見直されたのだ。当然と言えば当然なのだが、この世界では肌を晒せば負傷する可能性があった。装備の持つ基礎能力値はその装備の性能でしかなく、特殊な魔法効果が付与されていない限り晒されている身体を守ってはくれないのだ。

 

(能力値だけで判断できたユグドラシルは楽だったな)

 

 モモンガとやまいこが「クレマンティーヌに似合う」と渡した“女王のビキニアーマー”であったが、今回はそのほぼ下着と変わらない防御面積が仇となって負傷した。

 当のクレマンティーヌはルプスレギナの回復魔法で全快したため大して気にはしていないようだが、装備を当てがったモモンガとやまいこはそれを良しとはしなかった。

 敵に突っ込んでいく戦闘スタイルのクレマンティーヌが一番負傷しやすいことは分かっていたはずなのに、それを未然に防ぐことが出来なかったのは二人の落ち度だと捉えたのだ。

 

「諦めろクレマンティーヌ。俺を守ってくれたことには感謝しているがそのたびに負傷する可能性があるのなら対策を取らねばならない」

「そうだよ。毎回すぐに回復できるとは限らないんだから。切り傷なら〈生命力持続回復(リジェネート)〉でなんとかなるかもしれないけど、流石に欠損したら最悪死ぬよ? ほら、なるべく好みに合わせるからさ」

 

 やまいこがそう言いながら採寸しているクレマンティーヌの横で取り出したのはユグドラシルの装備カタログである。基本的な装備しか載っていないが、掲載されている装備は全てナザリックで制作可能だ。

 ユグドラシル時代は鍛冶スキルを持つギルドメンバーがここから基本となる装備を選び、そして希少なアイテムでカスタマイズしていくのである。

 

「モモン様、そろそろバレアレ家に行く時間」

 

 やまいことクレマンティーヌがわいわいとカタログを見始める中、控えていたシズがモモンガに声をかける。

 

「そうか。――二人とも、俺とシズはバレアレ家に行ってくる。素材が足りなかったらナザリックから取り寄せてくれ」

「了解」

「いってらっしゃーい」

 

 モモンガはゴブリンたちがいる中庭に目を向ける。そして仲良く話し込んでいるルプスレギナとエンリにも声をかける。

 

「ルプスレギナとエンリもそっちを頼んだぞ」

「了解っす」

「はい、いってらっしゃいませ」

 

(ルプスレギナとエンリは仲良くやっているようだな。今後も人間と関わる仕事にはルプスレギナを使うのもありかもしれない)

 

 モモンガは踵を返すと〈転移門(ゲート)〉を開いてシズと共にバレアレ家の地下研究室に転移する。

 

 

* * *

 

 

「いらっしゃいませ! モモン様!!」

 

 薬草の濃い臭いが充満する地下研究室に転移すると目の前にはやたらとテンションの高いタブラ・スマラグディナと、それに驚くンフィーレアとリイジーがいた。

 

「タブラさんの時はもう少し大人しくしろ。キャラが崩れてるぞ」

「は! 申し訳ありません」

「それで? 完成した新しい水薬(ポーション)とやらを見せてくれ」

「こちらにございます」

 パンドラズ・アクターに手渡されたのは青紫色の水薬(ポーション)。この世界の標準的な青色の水薬(ポーション)ではないことは一目瞭然だ。

 

「ふむ。これをンフィーレアとリイジーだけで作ったんだな?」

「はい。私は錬金機材の扱い方と、ユグドラシル由来の素材の特性を説明しただけ。水薬(ポーション)を作ったのは間違いなくこの二人の力です」

 

「なるほど。それで効能は?」

「昨夜捕らえた八本指で治験したところ、切り傷程度であれば瞬時に塞ぐことができましたが複雑骨折の場合は骨が歪に癒着してしまうことがあるようです。単純に回復量だけで判断するならば、具体的にはレベル40前後であれば十分使用に堪えられるかと思います」

 

 そこまで聞き、モモンガはンフィーレアとリイジーに目を向ける。二人とも評価を気にしているのか緊張した面持ちで控えているが、よく見ると顔には疲労の色が濃い。大方研究三昧でろくに休息も取っていないのだろう。

 健康管理も仕事の内だと説教してやりたいが、まずは功績を称えるべきであろう。

 

「リイジー、それにンフィーレア。素晴らしい成果だ」

 目に見えて安堵する二人にモモンガは言葉を続ける。

 

「今の研究と並行して、今後はこの青紫の水薬(ポーション)をこの世界の材料だけで作れるか試してほしい。もし可能であれば将来的に大量生産し、場合によっては販売も視野にいれたい」

『畏まりました』

 

 声を揃えて返事をするンフィーレアとリイジーの目には探究に燃える者の力強さがある。

 

「さて、リイジー・バレアレ。今回の成果はこの世界の人類にとって大きな一歩であると私は考えている。しかし、お前の言うところの“神の血”に至るにはまだまだ長い時間を要するだろう。そこで今回の見返りとして、お前を若返りさせようと思う」

「わ、若返り、じゃと」

 

 枯れても女性。“若返り”の言葉に目が期待に光る。

 

「言葉通りだ。ただ初めて試すから正直どうなるか分からない。例えば肉体の若返りに対して精神への影響は、とかな」

「記憶も退行する恐れがあると?」

「そうだ。肉体を若返らせたとて寿命が延びる保障もない。本来なら適当な人間で試すべきなのだろうが、成功した場合は口封じが面倒だし、逆に失敗した場合は経験値が勿体無い。であればぶっつけ本番で試すのも有りかなと思ってな。無理強いはしないが、どうする?」

 

 急な話に逡巡するリイジーだが、すぐに決意を固める。

「受けよう。今回の成果で思い知った。“神の血”までは果てどなく遠い。もし時間を稼げるなら、それにかけたい。――という訳じゃ、ンフィーレア。万が一のときは、お主が研究を主導するんじゃ」

「っ! はい。お婆ちゃん」

 

「リイジー・バレアレ。お前のその探究心に敬意を表そう。では取り掛かるとしよう。その辺の椅子に座ってくれ。あと衣類は緩めておくといい。シズ、手伝ってやれ」

「畏まりました」

 

 今から使うのは超位魔法〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉。

 経験値を消費することで、運営が用意した選択肢の中から願い事を選んで発動する魔法だ。発動の際、消費した経験値量に応じた数の選択肢に、200以上あるとされる願い事の中から状況に応じた願い事がランダムに浮かび上がる仕組みだ。

 

 シズがリイジーの面倒を見ている傍ら、モモンガは世界級(ワールド)アイテム「強欲と無欲」を取り出して装備する。続けてマーレが調査してアルベドがまとめた報告書を取り出すと、この世界に来てからストックした経験値量を確認する。

 

(今回は魔法がどのように変質しているか確かめるだけでいい。消費経験値は選択肢一個分、つまり10%。その経験値を“強欲と無欲”で支払う)

 

 実のところ経験値消費を無にするアイテムがあるにはあるのだが、超希少な課金アイテムなので実験では使いたくないのだ。アインズ・ウール・ゴウン内でもモモンガとやまいこがそれぞれ1個持っているだけと言えばどれだけ希少なのか伝わるだろうか。

 

(でも、ボーナスを全額つぎ込んだ俺とガチャ1回で引いたやまいこさんとじゃ価値が違うよなぁ)

 

「モモン様。準備、できた」

「よし。では始めるぞ」

 

 モモンガが強欲と無欲を掲げるとリイジーは目を瞑る。

 

「〈星に願いを(Wish upon a star)〉、俺は願う(I wish)!」

 

 特別唱える必要のない口上と共に呪文を唱えると、超位魔法〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉が発動する。地下研究室いっぱいに青白い光を放つ魔法陣が広がると、モモンガは自分の頭に膨大な情報が上書きされるような、または新たに書き込まれていくような感覚に襲われる。

 

「これは、すごいな……」

 

 “何か”が自分を書き換えていく不快感と、巨大な“何か”と結びつくような幸福感。

 形容しがたいそれらの波が去ったとき、モモンガは〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉がこの転移世界でどのように変質しているかを理解した。

 

 この世界において〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉は文字通り願いを叶えてくれる魔法へと変貌を遂げていたのだ。

 さらにユグドラシル時代では最大消費経験値が100%、つまり選択肢を10個出すのにレベル1ダウンしていたが、この世界では選択肢が存在しない代わりに最大500%、つまりレベル5ダウンすることで、より強大な願い事を叶えられる魔法に変質したのだ。

 運営が用意した選択肢ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()

 しかし――。

 

(残る問題は実際に消費する経験値量。どのような願いがどれくらいの経験値を必要とするのかが分からない。けど、こればかりは自分で対応表を作るしかないか。まずはリイジーを何年分若返りさせるか。10年や20年では実感し難いか?)

 

 失礼な話だが、モモンガにはリイジーが10年や20年若返って顔から多少皺が減ったところでそれに気付けない自信がある。

 

(一目見て成功したと分かるくらいとなると、思い切って40年くらいいってみるか? いや、50年。そうだな、50年にしよう。うん)

 

「リイジー・バレアレを50年若返らせたまえ!」

 

 モモンガの願いに応え魔法陣が一際強く輝くと、まるでガラス細工のように砕け散る。この世界にきて初めて唱える超位魔法だが、その派手な発動演出は健在であった。

 

「おおぉぉ! か、身体がっ!? ンフィーレアや、わしはどうなっておる!?」

「凄い! どんどん若返っているよ、お婆ちゃん!!」

 

 まるで動画を逆再生しているかのように、皺だらけだったリイジーの肌がみるみる張りと瑞々しさを取り戻していく。30代くらいだろうか、どことなくンフィーレアに似た面影から改めて血縁者であることが分かる。

 

「流石はモモン様。成功、おめでとうございます」

「ありがとう、パンドラズ・アクター。これで寿命も延びていればいいんだが」

「そればかりは時間の経過を待つほかありませんね。消費経験値は如何でしたか?」

 

 パンドラズ・アクターに促されるように“強欲と無欲”の貯蓄された経験値量を確認する。

 

「これは素晴らしい。想定よりも消費が遥かに少ない」

 

 失われた経験値と報告書を見比べ、今回消費された経験値がおよそビーストマンの戦士3人分。人間一人を50年若返らせるのにビーストマンの戦士3人で済むのなら安いものだ。

 

(若返り用にビーストマンを飼育する「若返り保険」なんて作ったら儲かるだろうな。餌代と管理費を積み立てて。いやダメだ。一日の使用回数が限られている超位魔法が必須な時点で破綻するのは明らかだ。リイジーのように限られた関係者に限定すべきか)

 

「身体の調子はどうだ、リイジー」

「うむ。特に不調は感じないのう。久々の感覚じゃがすぐに慣れるはずじゃ」

「そうか。記憶がそのままであれば一安心だな。言うまでもないが今起こったことは全て他言無用だ。若返りの理由はこちらで用意するから、それまではあまり出歩かないように」

「仰せのままに」

 

 最後に、興奮気味のリイジーとンフィーレアにしっかりと休憩も取るよう指示をすると、モモンガはシズを連れてゴブリン邸へと戻る。今日はクレマンティーヌの装備が準備でき次第、王都リ・エスティーゼへ向かう予定なのだ。

 気を新たに〈転移門(ゲート)〉をくぐると、モモンガは旅支度をするのであった。

 

 

* * *

 

 

「ズルい。クレマンティーヌはズルい」

「モモンちゃんまた? もー勘弁してよ。仕方がないじゃん」

「そうだよモモン。ボクも正直羨ましいとは思うけどね。女々しいぞ」

 

 今、モモンガ一行は数日をかけて王都リ・エスティーゼに辿りつき、その歴史を感じさせる大通りを歩いていた。モモンガはここまでの道中、度々クレマンティーヌを見ては先の通り「ズルい」と駄々をこねる始末だ。

 原因はクレマンティーヌの装備にあり、それはユグドラシルプレイヤーであるモモンガたちの力をもってしても真似ることのできないことであった。

 

「言い過ぎなのは分かってはいるんです。でもなぁ、重ね着できるなんて……」

 

 そう。モモンガが再三羨ましがっているのは、この世界の住人が()()()()()()()()()ことに対してだ。

 今、クレマンティーヌは以前から装備している“女王のビキニアーマー”の上から、黒く染めたレッサードラゴンの革で作られた帯鎧(バンデッド・アーマー)の上着とレッグガードを装備していた。これは“女王のビキニアーマー”が「全身鎧」に区分されていたユグドラシルでは有り得ない組み合わせなのだが、この世界では多少の調整が必要とはいえ下着同然のビキニアーマーを鎧の下に着こむことができたのである。

 

 鎧に鎧を重ねることができる。未だ装備面でユグドラシルのルールに縛られているモモンガとやまいこは大いに羨んだ。〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉で叶える案も挙がったが、しかし現状強敵らしい強敵もおらず、ある意味完成されている二人は経験値を惜しんで現状維持を選んだのであった。

 

「ユグドラシルでも永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)で叶えられたのかな……」

「あの運営ですからね、聞いてもらえたと思いますよ」

 

 やまいこの言葉にモモンガは即答する。

 やまいこの言う永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)とは世界級(ワールド)アイテムの中でもさらに強力な「使い切りタイプの世界級(ワールド)アイテム」のことだ。効果は〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉の上位互換。用意された願い事ではなく、運営に直接願い事を伝え、叶えてもらえるとんでもないアイテムだ。

 アインズ・ウール・ゴウンにとっては苦い思い出のある世界級(ワールド)アイテムだが、それも今となってはいい思い出だ。

 

 モモンガはあらためてクレマンティーヌを見る。

 上半身の露出が無くなりレッグガードも装備したとはいえ、相変わらず下半身、とりわけ腰から太ももにかけては元のまま下着同然だ。どうも脚の線は見せたいらしい。

 アクセサリー枠である頭の猫耳と腰の尻尾も健在だ。

 しかし、見た目はこの際どうでもよく、ゲーマーとしては装備を重ねる事で得られる恩恵が羨ましくてたまらない。

 

(課金アイテムで拡張しなくても好きなだけ指輪を装備できるんだもんなぁ)

 

「そういえば庇ってもらった礼をしていなかったな。受け取れ、クレマンティーヌ」

 

 モモンガは道すがらアイテムボックスから指輪を取り出すとクレマンティーヌに手渡す。

 

「え!? い、いいよそんな。この鎧だけで十分だよ」

「そう言うな。本来であればあの場はアインズ・ウール・ゴウン仕切りの作戦で、別段お前が負傷する必要はなかったんだからな。部下ならいざ知らず、お前は冒険者仲間だ。もちろん毎回何かをやるわけにはいかないが、今回はとりあえず特別手当だと思って受け取るといい」

「うー、なんか高価なものを貰いすぎなような」

「他にも理由が必要ならそうだな、言語学習の講師料なんてどうだ?」

 

 クレマンティーヌは降参とばかりに両手を挙げる。

 

「そこまで言うなら受け取るけどさ~。それでどんな効果なの? この指輪」

「毒耐性と疾病耐性の上昇。お前は肌を露出しているからな。対策しておいた方がいい。完全耐性ではないがこの世界でなら問題はなかろう。まぁ、酒に対しても効果を発揮するから、酔いたいときは強めの物を飲むか指輪を外すといい」

「一つの指輪に複数の効果って、予感はしていたけどすごいアイテム」

「そうか? 付呪スキルを極めるともっと凄いアイテムも作れるぞ」

「うへぇ」

 

「はいはい、二人とも。話してばかりいないで一緒に探してよ。この辺のはずなんだから」

 

 やまいこの言葉で本来の目的、ある家を探していたことを思い出す。

 大通りを見渡すと、そこは王都でも裕福層が住む地区だ。

 

 地図を片手に標識を確認しながら進むやまいこは、細長い三階建ての建物を見上げる。

 

「あったあった。この家かな?」

 

 ドアノッカーを鳴らし、しばし待つと中から初老の執事が現れる。 

 

「これはこれは、皆様ようこそいらっしゃいました」

「久しぶり、セバスさん。元気そうだね。お嬢様は中?」

「はい。皆様長旅でお疲れでしょう。どうぞ中でお寛ぎください」

 

 ここはリ・エスティーゼ王国で情報収集を任せられているセバスとソリュシャンの借家。ソリュシャンはスレイン法国に拠点を構える大商人の娘に扮し、セバスはソリュシャンに仕える執事ということになっていた。玄関先で交わされた「お嬢様」とはソリュシャンのことである。

 これらの挨拶は偽装した身分に則り、人目のある場所ではそう振る舞うよう厳命されているのだ。またそれらを裏付ける書類は全てスレイン法国が用意した公式なものであり、余程深く探らなければ偽りが露呈することはないだろう。

 

 居間に通されると待機していたソリュシャンが一礼する。ナザリックで着ていたメイド服ではなく大商人の娘らしくお洒落な服で着飾っている。セバスが横に控えれば誰が見ても大商人の娘だ。

 

「まずは二人とも情報収集ご苦労。とても役に立っているぞ。それと王都での情報収集はそろそろ切り上げ、次はバハルス帝国に行ってもらう予定だ。もし懇意にしている人間がいるなら今のうちに伝えておくといい」

「畏まりました、モモンガ様」

 

 セバスが代表で応える。室内に入り外部の人目が無い今、セバスとソリュシャンが示す態度はナザリックのそれである。

 

「二人にはしばらく商人の娘とその執事を演じてもらうつもりだ。ナザリックから遠く離れ、色々と不便をかけるかもしれないが宜しく頼む」

 

 モモンガが軽く頭を下げるとセバスが慌てて声を上げる。

 

「そんな頼むなどと勿体ない! ただ一言命じてくだされば宜しいのです。私もソリュシャンも御方のお役に立てるのであればこれに勝る喜びはありません。どうか私たちのためにお気を煩わせぬよう願います」

 

 セバスの言葉に隣に控えるソリュシャンもこくこくと頷いている。

 

「その言葉、ありがたく受け取ろう。とはいえ人間相手に商売をするのがどれほど煩わしいかを私は知っている。何か必要な物や困ったことがあったら優先的に処理するようアルベドに伝えておくので遠慮なく言うように」

「はい、お気遣い頂きありがとうございます」

 

(不慣れな土地に長期出張とか辛いもんなぁ)

 

「セバス、今日はこのまま休ませてもらう。明日は報告にあった魔術師組合本部へ案内してくれ。スクロールの品揃えをこの目で見てみたい」

「畏まりました、モモンガ様」

 

 

* * *

 

 

 翌日、モモンガ一行にセバスとソリュシャンを加えた全員で魔術師組合本部へと足を運ぶ。

 上客となっていたセバスのおかげでラウンジに席を用意してもらったモモンガ一行であったが、組合員からの視線がやたらと痛い。

 モモンガがそれとなくセバスに理由を問うと、初めて魔術師組合本部を訪れた際、傍若無人で我が儘設定のソリュシャンは色んな意味で注目を集めたとのことだった。

 

(確かにそんなデビューを果たしておいて()()じゃ注目もされるか)

 

 そのソリュシャンが今、モモンガと腕を組みニコニコ微笑みながら大人しく横に座っている。そのあまりのギャップに驚いているのではとセバスは分析する。

 

 ソリュシャンのこの振る舞いはモモンガたちが指示したものではなく、ソリュシャン自身が即興で作った「過去に暴漢から助けてもらって懐いている」設定である。

 突然始まったソリュシャンのロールプレイにモモンガとやまいこは思わず流されてしまったが、こんな様を他の女性NPCたちが見たらさぞ嫉妬するに違いない。

 

 そんなソリュシャンをやまいこは「したたか」と評する。ナザリックのシモベでここまで上手く公私混同しているのは後はデミウルゴスくらいだろう。

 

 セバスとクレマンティーヌを見ると、同席しているものの完全に手持無沙汰だ。執事然としたセバスは落ち着いた雰囲気を漂わせているが、魔法に興味が無いクレマンティーヌは見るからに暇そうだ。

 

「モモン、この生活魔法ってボクたちにも使えるのかな?」

 

 やまいこの声に商品カタログに目を落とす。

 魔力系・信仰系・精神系といった具合にユグドラシルにも存在する系統の魔法ならナザリックのシモベたちも使える可能性がある。しかし生活魔法と呼ばれる系統はユグドラシルには無い。

 

「うーん。位階だけで判断するなら使えそうだけど、ユグドラシルに無い系統だとダメかもしれないな。試しに買ってみてダメなら巫女たちに使わせるとか……。個人的にコレクションしたいものもあるからリストアップするけど、マイはどうする?」

「あ、じゃあ一緒にお願い。ボクはコレとコレね」

 

 数刻後、二人は購入リストを受け付けの組合員へ渡す。リストの内訳はやはりというか主に生活魔法に偏っていて、各種香辛料を生みだす魔法や衣類を漂白する魔法、なかには指先に小さな火を灯すなど手品紛いの魔法などが含まれていた。

 正直なところどれもナザリックでは使い道が無いものばかりだが、ユグドラシルには存在しない魔法ということも手伝い、二人ともコレクター魂がくすぐられてしまったのだ。

 

「お待たせいたしました。――計金貨50枚と銀貨20枚になります」

 

 支払いを終え袋詰めされた大量のスクロールを受け取ると組合員総出で送り出してくれる。一度に多額の購入をしたことでセバス同様モモンガたちも上客として認識されたようだ。媚びた様子は見られず誠意が感じられる。

 リ・エスティーゼ王国では王族や貴族のあいだで魔術師は胡散臭い存在として冷遇されており、この魔術師組合本部も王国の支援は受けていない。そのために組合の気質は民間企業に近く、冒険者や一般市民と親密に関わっているようだ。

 こうした背景も手伝いその接客術は見事なものである。

 

(この世界では魔法を開発できると聞いているのに、勿体ないなぁ)

 

 魔法の利便性を知る魔法詠唱者(マジックキャスター)たるモモンガとしては、国が組合を支援せずに放置しているのはなんとも勿体なく感じるのだ。

 

 モモンガはそんな魔術師組合を憂いながら仲間たちと再び街へくりだすのだった。

 

 

* * *

 

 

 魔術師組合本部を出て大通り、やまいこは久しぶりの買い物でご満悦だ。

 

(たまには散財も悪くない)

 

「モモン、まだ日は高いけど、どうする? 市場とか覗いてみる?」

「そうだなぁ、たしか王国戦士長に王都を訪れたら是非館にって誘われてましたよね」

「ガゼフ・ストロノーフ戦士長……だっけ?」

「そうです。荷物を一旦置きに戻ったら、土産でも持って訪ねてみませんか? ミスリルへ昇進したことを伝えるついでに王都の見所を聞いてみるってのはどうです?」

「いいね、それ。じゃあ、荷物置いたら市場でお酒でも買っていきますかー」

 

 

 

 

 

 そうと決まればと借家まで近道するため路地裏に入る。何度も角を曲がり表通りから完全に死角になるところまで進むと、薄汚れた路地に悪臭が漂い始める。

 

(王都も一歩道を逸れればこの有様か)

 

「ん? セバス、どうした?」

 やまいこはセバスが後方で足を止め、足元の麻袋へ視線を落としていることに気付く。

「マイ様、それが」

 

 目を凝らすと麻袋からはやせ細った腕が伸び、その小枝のような手がスラックスの裾を掴んでいる。

 

「――セバス」

 

 やまいこはセバスに麻袋を広げるよう目配せする。

 袋の口をセバスが広げると、予想していたものが出てくる。

 やまいこはしゃがみ込みその手を取る。

 

(人間、女か)

 

 栄養失調のためか病的なまでに痩せ細り、肩ほどに伸びた髪もボロボロの女だ。青い目は濁り見るからに生気が無く、その全身には数え切れない裂傷が刻まれていた。顔は殴打されたのか腫れあがり、身体の至る所に噛み痕と内出血がみられる。全裸でなければ性別すら判断ができぬほどに状態が悪い。

 事実、死に体の彼女がセバスのスラックスを掴めたのは奇跡だろう。

 

(王国の暗部、か)

 

 やまいこはこの女がどういう扱いを受けたのか容易に想像できた。しかし同性ゆえに多少の憐憫の情はあれど大きく心が動かされることはない。

 王国が()()()()()であることは調べがついている。奴隷制度が廃止されてなお囚われていた憐れなこの女は運が無かったのだ。

 

(厄介ごとに巻き込まれる前に立ち去るべきかな)

 

「マイ、セバス。何かあったのか?」

 

 二人が立ち止まったことに気付いたモモンガたちが引き返し、袋の中身に気付くと皆で取り囲む形になる。

 

「ん~? うへぇ、娼婦ってより奴隷? 廃止されたって聞いたけど、残ってるもんだねぇ」

 

 袋の中身を一瞥すると痛々しい姿から目を逸らしたかったのか、又は興味を無くしたのか、クレマンティーヌはそっぽを向く。ソリュシャンも特別反応を示さない。

 

「――おい。なんだお前ら、どこから湧いて出やがった」

 

 突然発せられたどすの利いた低い声に目を向けると、近くの鉄の扉から大柄な男が姿を現す。顔や腕に古傷を持つ男はいかにも裏社会の人間だ。

 

「おいおいおい。そいつから離れろや。見せもんじゃねぇぞ」

 

 こちらが多勢にもかかわらず男は敵意を剝き出しに近寄ってくる。

 

「お? なんだ、女連れか。おい、そこの冴えない野郎に爺さん。悪いことは言わねぇから消えな。ここは女連れで来るような場所じゃねぇぞ」

 

「モモン、行――」

 

 やまいこは立ち上がりながらモモンガを促そうとした刹那、セバスの表情が目に入り思わず息を呑む。

 

(あぁ、参ったなぁ)

 

 老紳士の顔に秘められた僅かばかりの感情に、やまいこは懐かしさを感じた。

 

(牧場に行ったせいで麻痺してたかな)

 

 やまいこは振り向きざまに男の胸倉を掴むと強引に持ち上げる。

 

「な、なにしやがっ、ぁ!?」

 

 やまいこより男の身長が高く、完全に浮かせることはできなかったが、それでも男が必死にばたつかせる足は辛うじてつま先が地面を掻くだけでまるで抵抗になっていない。

 

「やまいこさん!」

「ゴメンね、モモ――」

「1分待ってください。認識阻害の魔法を展開します」

 

 モモンガは数本のスクロールをアイテムボックスから取り出すとソリュシャンにそれらを発動させる。手慣れた様子でスクロールを消費していくソリュシャンを尻目にモモンガが告げる。

 

「人払いと音を遮断する魔法、それとこの入り口付近に幻術をかけます。これでこのエリアを隔離できるでしょう。制圧に30分、痕跡を消すのに30分、いいですね?」

「止めないの?」

「止めませんよ。ナインズ・オウン・ゴールからの付き合いじゃないですか」

 

(そうだ。モモンガさんはいつだってメンバーの意を酌んでくれていた)

 

「サポートは任せてください」

「了」

 

「なんだてめぇらっ! や、厄介なことになるぞ。八本指、聞いたことくらあぶっ!!?」

 

 男の喚きにやまいこは強烈なビンタを喰らわすと、そのまま男を絞め落す。

 

()()()()()()。買い物の余韻すら邪魔してくるとは、いい加減煩わしいぞ」

 

「モモン様、マイ様、準備ができました」

 

 ソリュシャンの言葉に頷くと、やまいこは意識を失った男を引きずり男が出てきた鉄の扉を躊躇いもせず蹴り破る。外開きにもかかわらず凄まじい衝撃で室内に吹っ飛んだ鉄の扉は、入口の側に立っていたであろう見張りを巻き込み突き当りの壁に突き刺さる。

 騒ぎ始めた室内の敵に対し間髪容れず手元の男を全力で投擲すると、投げられた男共々壁の染みとなった。

 

(せっかくモモンガさんがくれた時間だ。手早く済まそう)

 

 

* * *

 

 

 モモンガは建物の中に入っていくやまいこを見送ると各人に指示を飛ばす。

 

「セバスとクレマンティーヌはやまいこさんに付いていけ」

「畏まりました」

「りょうかーい」

 

 指示を終えるとモモンガはあらためて付近を警戒する。

 

「ソリュシャン、付近の状況は?」

「目撃者はおりません。扉を蹴破った音に表通りの人間が反応した様子もありません」

「上々。で、その女はどんな様子かわかるか?」

「少々お待ちください」

 

 ソリュシャンは袋から女を引きずり出すと手をその身体に這わせて診察を始める。

 

「上から順に、前歯の上下を抜かれています。肋骨、及び指にヒビ。右腕および左足の腱は切断。裂肛もあります。打ち身や裂傷などは全身にわたって無数にあるため詳細は省略させていただきます。皮膚や体液から複数の性病を患っているようです。また何らかの薬物中毒になっており内臓の働きも悪いと思われます」

 

「そうか。従業員を使い捨てとは、酷い話だ。いや、使い捨てとも限らんか?」

 

 診断を終え、次の指示を受けようとモモンガを窺ったソリュシャンの表情に恐怖が宿る。

 

 モモンガもやまいこと同様にセバスの表情には気付いていた。そしてその表情にやまいこが何を思ったのかも理解できた。ただそれとは別にモモンガは、この女に一瞬だが過労死した己の母親を重ねてしまったのだ。

 しかし、微かに芽生える苛立ちが何に対するものなのかモモンガには判断ができなかった。自分、母親、会社。それともその全てに対してなのか。目の前に転がる死に体の女がモモンガの心をざわつかせ表情を険しくさせる。

 

「い、いかがいたしましょう。お預かりしている大治癒(ヒール)がありますが」

 

 ソリュシャンの微かに怯えを含んだ声にモモンガは我に返る。

 

「――そのままで構わない。それよりも仕事だソリュシャン。確か職業(クラス)にポイズンメーカーを取得していたな?」

「はい。現在レベル4です」

「では隣接する建物へ侵入し、住民が一般人であれば眠らせ、ここと同業なら知らせろ。姿は晒さないように隠密でいけ。私はここの1階にいるから終わったらすぐに合流しろ」

「畏まりました」

 

 ソリュシャンが暗殺者(アサシン)特殊技術(スキル)で影に身を潜めたのを確認すると、モモンガは女を抱きかかえてやまいこが開けた扉へ向かう。

 道すがらアルベドへ〈伝言(メッセージ)〉を飛ばすと、ほどなくして王都から一つの娼館が姿を消すのであった。




独自設定
・超位魔法<星に願いを>の仕様を正しく理解しているか不明。もし間違っていたら独自設定ということでご容赦。
 事象に対するコストの妥当性は深く考えていません。既に存在する物の変質は比較的コストが安く、無から何かを得たり、有を無に帰すようなことには高いコストがかかる認識です。
 今回リイジーを50年若返らせたコストで治せる病気があったとしても、同じ病気を治せるポーションを同じコストで無から創り出すことはできない感じです。
・現地人の装備仕様
・描写していませんが特定の盗賊スキルを取得していればユグドラシル出身でも生活魔法系のスクロールを使用できる予定。ソリュシャンなど。

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