骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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八本指
第20話:勧誘


 月明かりの下、複数の人影が丘の上からカルネ村を見下ろし、その集団のリーダー格と見られる男女が短い会話を交わす。

 

「あれのどこが“村”なのよ」

「だな。でも確かにあれがカルネ村だ」

 

 男は八本指に所属する“千殺”マルムヴィスト。腰にレイピアを指し、小洒落たチョッキを着た優男だ。女も同じく八本指に所属する“踊る三日月刀(シミター)”エドストレーム。二つ名が示す三日月刀(シミター)を六本も腰に下げた踊り子風の女だ。

 

 リ・エスティーゼ王国を影から蝕む地下犯罪組織「八本指」。

 彼らを語るとき、ひとくくりに八本指と呼称されることが多いが、内情は複数の裏組織が各部門をそれぞれが担い、独自に動く複合組織である。

 

 今、カルネ村を遠くから覗き見る集団は、そんな八本指の警備部門に所属する者たちだ。先の二人は警備部門最強の六人と謳われる「六腕」であり、二人は共にアダマンタイト級冒険者に匹敵する実力者たちであった。

 

「で、どうするよエド。あの様子だと忍び込むのも骨だぜ?」

「何言ってるのよ。別に襲撃しにきた訳じゃないんだから、堂々と正門から入ればいいのよ」

「それもそうか。それで、勧誘? 軽く了承してくれたら楽なんだがなぁ」

「決裂しても手を出さないでよ?」

 

 今回、六腕の二人がカルネ村を訪れたのは、八本指の定例会議で「野盗『笑う甲冑団』を全滅させた冒険者への報復案」が挙がった際、それを聞いた警備部門の長が是非勧誘したいと主張したため、急遽交渉役として送り出されたからだ。

 

「分かっている。決裂したら一旦持ち帰って再協議、だろ?」

「そうよ」

 

 エドストレームは振り返り、控えていた部下に声をかける。

 

「お前たち、連中は間違いなく居るんでしょうね」

「はい。今日は二回訪れています。昼頃、商隊と共にエ・ランテルを往復。そして日の入り直後に再びカルネ村に入り、それ以降出てきていません。冒険者組合に探りを入れたところ、連中は緊急連絡先にカルネ村を追加登録したとの報告も受けています。どうやら家を新築したらしく、拠点にするのではと思われます」

 

「ふ~ん、ミスリルになって間もない冒険者がねぇ。随分と羽振りがいいじゃないか」

「南から流れてきたって話だが、財力はあるようだな」

 

 不透明な部分もあるが武力と財力を持つ相手なら交渉する価値はある。

 

「じゃあ、行くのは私たちと、あと二人付いてきて。残りはここで待機。万が一、1時間経っても私たちが帰ってこなかったら撤退して本部に報告すること。分かった?」

『は!』

 

 部下の威勢のいい返事を後に、エドストレームたち4人はカルネ村を目指し丘を下るのだった。

 

 

* * *

 

 

 モモン、マイ、クレマンティーヌが、商人バルド・ロフーレの商隊護衛で三台の幌馬車にそれぞれ乗り込み、一ヶ月振りに訪れたカルネ村は劇的に様変わりしていた。

 

「ロフーレ様、見えてきました、けど。あれは本当にカルネ村でしょうか」

 

 遠く丘の上から望むカルネ村は以前のような無防備な農村ではなく、高い壁と堀で囲まれた堅固なものになっていた。眼下に広がる壁の内部こそ「普通の村」ではあるが、何も知らない旅人が視界の通らない正門から見たとしたら砦と勘違いしてもおかしくはないだろう。

 特に目を引くのは正門右側、煉瓦造りの壁に半ば埋まるようにそびえる円筒形の側防塔。縦に細長い独特な形の覗き窓は暗く、内部に見張りが居るのか判断が付かない。

 

 先の発言は、伝え聞いたカルネ村の惨状から大きくかけ離れたその様相に、商隊の御者が上げた戸惑いの声であった。

 

「村の半数が犠牲になったと聞き及んでおりましたが。あれほどの改修を村人だけで?」

 バルドの驚嘆が続くが、ある意味当事者であるモモンガたちも、このカルネ村の変わりように驚きを隠せない。

 

《モモンガさん、報告は受けていたけど》

《想像以上ですね。やっぱり報告書には写真の添付が欲しいなぁ》

 

 これがユグドラシルならスクリーンショットを撮って添付するだけで済むが、この世界ではその機能は失われている。別途、プレイヤーが所有するカメラもあるにはあるのだが、アルバム機能付きなので、下手にシモベたちへ貸し出そうものなら()()()()を前に任務どころではなくなるだろう。

 一応、この世界に対象の姿を写し取る魔法が存在することは冒険者組合にハムスケを登録した際に確認している。しかし、それはこの世界独自の魔法であるためにナザリック内に扱える者がいないのが歯がゆい。

 

(いや、一度スクロールにすればソリュシャンみたいな盗賊スキル持ちなら使えるか?)

 

「王都に行ったら転写系のスクロールを探してみるか」

「おや、スクロールをお求めですかな?」

 思わず口に出してしまった独り言だが流石は大商人、商機に繋がる話題には敏感だ。

 

「ええ、風景を写し取るような魔法があれば是非。ロフーレ殿はスクロールも扱っているのですか? 今回の仕入れが水薬(ポーション)だったので、そちらが専門かと勝手に思っていましたが」

「専門という意味では水薬(ポーション)などを含む食料関係全般です。でもまぁ手広くやっておりますのでスクロールも扱っておりますよ」

 任せてくださいと豪語した後に、ロフーレは声をやや落として続ける。

 

「とは言ったものの、スクロールは魔術師組合が仕切っておりますので、正直なところ量も質も敵いません。腕の立つ魔術師や特異な魔法を扱える魔術師を抱え込めればよいのですが、魔術師組合を差し置いて商人と契約する魔術師はそれこそ稀有な存在なのです。おっと、申し訳ない。愚痴になってしまいましたな」

「いえいえ、お気になさらずに」

 

 大商人らしからぬ弱音とも取れる言葉に、かつて営業として働いていたモモンガは意外に思う。商人同士であればあるいは許される内容かもしれないが、商売相手には嘘でも景気の良い話題を振った方が後の取り引きが容易になるからだ。

 

「そういえばモモンさんは魔術師組合に登録されていないと聞きましたが、本当ですか?」

「ええ、まだこの地域に来て間もないですからね。色々と見て回りたいのです。日銭と身分証明のために冒険者組合に登録はしましたが、組織といったものになるべく束縛されたくないのですよ」

 

 モモンガはエ・ランテルの魔術師組合から度々勧誘を受けていたが、頑なに断っていた。現地の魔術師たちの視点でみれば互いに研鑽を深めることができる場であるが、魔法を学術的に理解していないモモンガにとっては無学を曝け出す可能性のある場でしかなく、またそれを隠し通せるだけの演技力が無いことも自覚していたからだ。

 さらに組合内で知識を共有する点も、情報の秘匿性が重要視されていたユグドラシル出身のモモンガにはどうも馴染めそうになかった。

 

(それに帝国魔法学院以上の魅力を王国の組合には感じないしなぁ。百歩譲ってセバスの報告にあった王都の組合か)

 

「なるほどなるほど。私も自由の身であれば旅をしてみたいものだ。もし旅先で珍しいものを見かけたら教えてください。情報だけでも買い取らせていただきますよ」

「ロフーレ殿の御眼鏡にかなう物が見つかるかは分かりませんが、分かりました。これはと思うものはお知らせいたしましょう」

 

 

 

 

 

 他愛のない話をしているあいだに商隊はカルネ村の正門まで辿りつく。

 ゴブリンたちに加えてルプスレギナとシズが居るはずだが、隠れているのか姿を見つけることができない。代わりに1人の少女が一行を出迎える。

 

「ようこそ、カルネ村へ。バルド・ロフーレ様ですね? バレアレ家までご案内させていただくエンリ・エモットと申します。よろしくお願いします」

「ああ、ご親切にどうも。お嬢さん、宜しく頼むよ」

 

 正門で出迎えてくれたのはエンリ・エモットであった。

 荷台にモモンガの姿を認めるとエンリは目を輝かす。

 

「あ! モモン様!! お久しぶりです!!」

「ずいぶんと村の様子が変わったようだな」

「はい! 大変でしたけど、なんとか収穫期に間に合いました。これもモモン様のおかげです」

「そうか。積もる話は後にしよう。今日は仕事で寄ったんだ。案内を頼む」

「そ、そうでした。すみません。ではまず広場まで行きましょう」

 

 村の様子も気になるが、まずは依頼を優先しなければならない。依頼主そっちのけで話し込んでしまっては職務怠慢を理由に報酬を減らされても文句をいえない。

 

「これは、帝国もかくやと思われる広場ですな。ここまで整備された広場は王国内でも珍しい。エンリさん、これはカルネ村の皆さんたちだけで?」

 

 エンリの案内で馬車を進めると煉瓦が敷かれた広場に着く。

 バルドの驚きは当然で、ここ王国で煉瓦が敷設された道は少ない。流石に帝国を引き合いに出したのはバルドなりのお世辞だとは思うが、王都リ・エスティーゼや有力な貴族が治める都市でさえ全ての道が舗装されているわけではないのは事実。この国ではひとたび雨が降ると靴を泥で汚すことになるのだ。

 

「はい。外壁用の煉瓦を作り過ぎてしまいまして。折角なので広場だけでもと」

「いやはや、見事なものだ」

「モモン様にお借りしたゴーレムのおかげです」

「ゴーレム! モモンさんはゴーレムをお持ちで?」

 

 エンリたちへ特に口止めをしていなかったために思わぬところでバルドの追及を受ける。

 

「襲撃に居合わせた手前何かお手伝いできないかと考えていたところに復興計画の話を聞きましてね。微力ながらゴーレムを貸し出すという形で援助させていただきました」

「合点がいきました。なるほど、ゴーレムがあればこれほどの改修も可能でしょうな」

 

 バルドが一人納得しているとエンリから声がかかる。

 

「皆さん、広場の先を真っすぐ進むとバレアレ家です」

「ほう。他の家々とは離れているんですね」

「薬草を煮詰める際に強烈な臭いが発生するので村の住人に配慮したいと、バレアレ家の要望でして」

 

 エンリがもっともらしい理由をバルドへ伝えるが、実際はエンリにも伝えられていない訳がある。

 それは週に何度かギルドメンバーの大錬金術師タブラ・スマラグディナに扮したパンドラズ・アクターが、バレアレ家に貸し出した錬金機材の使い方を教えに来ているからだ。村人に目撃されないよう地下の研究室へ直接〈転移門(ゲート)〉で移動はしているが、念には念を入れて他の家屋から離れた位置に工房を建築したのだった。

 

 

 

 

 

 バレアレ家の工房に着くとさっそく水薬(ポーション)の積み込み作業を始める。

 馬車三台分なので結構な量の木箱を運ぶことになるが、モモンガもやまいこもカンスト組。魔法詠唱者(マジックキャスター)タンク(壁役)兼ヒーラーではあるがステータス的にこの世界の一般人を遥かに凌駕した筋力を持っている。たとえ液体で満たされた水薬(ポーション)が大量に詰まった木箱でも難なく持ち上げることが可能だ。

 

「これは驚いた。あれだけの量をこんな短時間で積み込んでしまわれるとは」

 

 ンフィーレアと会計を済ませたバルドが今日何度目かの驚きを見せる。

 

「――モモンさん、先ほどのスクロールの件、是非協力させてください。皆さんは今後、間違いなくアダマンタイトになられる方々だ。これからも懇意でありたい」

「これはまた直球ですね。でもスクロールの件は了解しました。もし見つかりましたらご連絡ください。ところで、今日はこのままエ・ランテルに戻る流れでよろしいですか?」

「それでお願いします。この調子なら夕方には戻れそうですね。いやはや、モモンさんたちに引き受けていただいてよかった」

 

 積み込んだ荷の点検が終わり幌馬車に乗り込むと、ンフィーレアがモモンガに駆け寄る。

 

「モモン様、今度お時間頂けますか? ご相談したいことがありまして」

「ん? なら今夜にでも会おうか。ついでに新築した家も見てみたい」

「畏まりました。お待ちしております」

 

 

 

 

 

 カルネ村を出ると、特に襲撃も無く商隊は無事にエ・ランテルへと戻る。

 

「こんなに気が楽な道中は初めてのことですよ。こちらが成功報酬になります。モモンさん、次の機会があれば是非ご指名させていただきたい」

「ありがとうございます。こちらもスクロールの件、宜しくお願いします」

 

 モモンガとバルドが堅く握手を交わすと護衛依頼が終了する。

 

 

* * *

 

 

「良い家だ。カルネ村の改修も見事だったぞ、二人とも」

 

 夜になり再びカルネ村に戻ったモモンガ一行は新築した家を訪れ、その出来の良さに感心していた。図面はナザリックで用意したものの、建築自体は村人たちに任せたため不安があったのだが、完成した別荘はそれは見事な作りだった。もちろんナザリック地下大墳墓と比べれば品質は雲泥の差ではあるのだが、廃材を再利用しつつも味わい深く、趣のある家具を(こしら)えてくれた村人たちに感動を覚えたのだ。

 

 カルネ村の要塞化も外から見るほどではなく、中に入ってしまえば整理されているとはいえ普通の村だ。外壁によって若干見通しが悪くなってしまったが、植木を植えることで閉塞感を緩和しようという試みが窺える。もっとも野盗に襲われた記憶が新しい村人たちにとっては、開放感よりも閉塞感が勝ろうとも安全を選ぶだろう。

 

「お役に立てて光栄です!」

「過分な評価、恐れ入ります」

 

 ルプスレギナとシズがやや表情を硬めに返事をする。玉座の間とは異なり、アルベドを通さずに直接やり取りすることに緊張しているようだ。

 

「うん。まぁ、そう硬くなるな。我々がこの冒険者の姿をとっているときはもっと砕けた感じでいいぞ。そうだな、クレマンティーヌを見習うといい」

 

 そう言いながら居間を見渡すと、やまいことクレマンティーヌは暖炉の前でだらけていた。

 

(確かに最近冷え込んできたけどさ)

 

「まぁ、砕け方は各自の裁量に任せる」

「そ、そうっすか? ではお言葉に甘えて。次は何をすればいいっすかね?」

 

「引き続きこの家に住み込んで管理を任せる。それと今後は村への過度な干渉はしないように。普段はこの家の管理に努め、村の防衛は村人たちにやらせるように。彼らには自立してもらわなければならないからな。村人では対処出来ない緊急の問題が起こった場合に限り介入しろ。それ以外の出来事は定期的にアルベドに報告するように」

「了解っす」

「了解」

 

 一通り戦闘メイド(プレアデス)の二人に指示を終えると、同席していたンフィーレアに向き直る。

 

「待たせたなンフィーレア。それで相談とは?」

「あ、はい。今回の水薬(ポーション)取り引きでまとまったお金が入ったので、エンリと相談して村人とゴブリンたちの装備を買い揃えることになったんです。そこでモモン様にお力添えを頂けたらと」

 

 詳しく話を聞くと、戦いに不慣れな村人には弓と槍、よく森に入るゴブリンにはマチェットと鋼鉄製の防具が欲しいとのことだった。

 

「わざわざ私に頼まなくてもエ・ランテルで買えばいいんじゃないか? それとも魔法が付与されている物が欲しいのか?」

「いえいえ違います。確かにマジックアイテムも魅力的ですけど。えーと、村人たちの分はエ・ランテルで用意できると思うんですけど、その、ゴブリンの装備となると」

 

「ああ、なるほど。亜人の装備が人間の街で手に入るわけがないな」

「はい。人間用はゴブリンには合いません。村に鍛冶師がいないので丈を調整することもできません。魔獣登録をしたとはいえ街にゴブリンたちを連れて行くのにはまだ不安がありまして」

「ふむ。了解した。配下の鍛冶師を手配しよう。細かいことはルプスレギナと調整してくれ。ルプスレギナ、そういうことなのでナザリックとの連絡は任せたぞ」

 

「任されたっす!」

 

コンコンコン

 

 ルプスレギナの元気な声の後に玄関をノックする音が響く。

 

「あ、私が出るよ」

 

 今まで暖炉の前でだらけていたクレマンティーヌがひょいと立ち上がると訪問者に応対するために玄関に向かう。

 

「はいは~い。どちら様~? ってエンリちゃん。彼氏のお出迎え? ん? 私らに客?」

 

 玄関からクレマンティーヌとエンリの声が聞こえる。

 

「どうやら客人のようだな。ンフィーレア、申し訳ないが今日のところはここまでにしよう」

「は、はい。では、おいとまします。お邪魔しました」

 

 

* * *

 

 

 村娘に案内され、難なく目的の家に着いたエドストレームはやや拍子抜けする。

 応対した軽戦士風の女、恐らくクレマンティーヌと呼ばれる女も、特に警戒する素振りも見せずに来訪者を家に招き入れたのには驚きを通り越して呆れてしまう。

 

(40人を屠った冒険者にしては緊張感がない。過信しているのか、ただ油断しているだけなのか)

 

 そして居間に通されると予想外の存在にエドストレームは困惑する。

 テーブルを挟み黒スーツの男が一人座っている。報告にあった魔法詠唱者(マジックキャスター)のモモンだろう。が、その後ろに控える二人のメイドに関しては報告を受けていない。

 

(メイド? 南方の貴族出身なのだろうか。これは取り込む価値があるかもしれない。それにしても)

 

 エドストレームは同性でありながら二人のメイドに見惚れてしまう。1人は眼帯をしているものの、二人とも恐ろしいほどに整った顔をしている。

 

(コッコドールが欲しがりそうね)

 

 確か、もう一人。素早く居間を見渡すと、暖炉の前で寛いでいる女を見つける。トレードマークのスーツを着ていないが、風貌から恐らくモンクのマイだろう。

 エドストレームはマルムヴィストに目配せすると、モモンに向かって挨拶をする。

 

「夜分に悪いわね。私はエドストレーム。お兄さんが漆黒のリーダー、モモンで良いのかな?」

「ああ、そうだ。立ち話もなんだ、座ってくれ」

「申し出はありがたいけど、用件を伝えたらすぐ帰るからこのままで構わないわ」

「ふむ。それで用件とは?」

 

「単刀直入に言う。我々は八本指――、正確には警備部門の六腕だけど、漆黒の三人を仲間として迎え入れたい」

「てっきり報復を仕掛けてくるかと思っていたんだが」

「へぇ。八本指と聞いても動揺しないところを見ると肝は据わっているようね。でも誤解しないでちょうだい。そうしたいと思っている連中が上にいることは確か。でもね、六腕としては殺された野盗に思い入れはないの。むしろたった3人で40人の野盗を撃退できる実力者なら仲間に迎えたいと思っているのよ」

「なるほど。八本指も一枚岩では無いと」

 

「その辺のところは好きに受け取ってもらって構わないわ。ただ一つ言えることは六腕は実力主義。実力さえあれば組織内での待遇は保障するし、冒険者よりも刺激的でワーカーよりも稼ぎがいい仕事を用意できる。まぁ、無理にとは言わないけど、どうする?」

 

 しばし沈黙の後、モモンが口を開く。

 

「そうだな。代わりにお前が私の配下になる案もあるが、どうだ? なかなか面白い戦い方をするそうじゃないか、“踊る三日月刀(シミター)”のエドストレーム。その腰にある六本の三日月刀(シミター)は伊達ではないんだろう?」

「っ!?」

 

 エドストレームの警戒心が跳ね上がる。

 視界の隅で隣にいるマルムヴィストも身構えたのが分かる。

 

(こちらが連中を調べたように、連中もこちらを調べている)

 

 しかし警戒すべきは調べられていた事実よりも、調べた上で()()()()()()を勧誘したことだ。

 

(ただの冒険者じゃなさそうね)

 

「本気で言っているのかい?」

「もちろん。三食寝床付き、週休二日で給与は要相談。働きによっては装備も支給しよう」

「あっはは。魅力的な話だけれど、生憎と実力が定かでない相手に従う気は無いわ」

「そうか? なんなら力尽くで従わせても構わんぞ?」

 

「エド。こいつら痛い目を見ないと気が済まないらしい」

 モモンの挑発にマルムヴィストが気色ばむ。

 

 交渉のみで引き上げる予定だったが、流石にここまで言われてしまっては沽券に関わる。部下の前で舐められたまま引き下がれるほど裏社会は甘くは無い。

 特に六腕のように力で組織を統率していると、些細な風評から綻びが生まれるものなのだ。

 

(仕方がない、か)

 

 エドストレームは素早く居間を再確認する。

 椅子に座ったままのモモンと控えているメイドが二人。暖炉前で相変わらず寛いでいるマイと、エドストレームたちを案内してきたクレマンティーヌが左側の壁に背中を預けて寄りかかっている。

 技の特性上、できれば狭い室内ではなく屋外で戦いたいが、戦闘要員だけで数えれば4対3で勝っている。

 

 立ち回りを失敗しなければ、押し切れる。

 

(この距離ならモモンの魔法詠唱よりも先に三日月刀(シミター)が届く。マイは位置的にマルムヴィストに任せるとして、問題はすぐ左にいるクレマンティーヌ。後ろに控える部下では少々手に余りそうだけど。三日月刀(シミター)を二本援護に回すか)

 

 エドストレームが思考を巡らせていると、モモンが語り掛ける。

 

「考えはまとまったか? 新築を傷つけたくないからできれば大人しく従ってほしいんだが」

「はん。喧嘩を売ったのはそっちだろ? 今更穏便とはいかないね」

「そうか? しかし、二人だけで勝てるのか? こう見えてうちのメイドは強いぞ?」

「!?」

 

(戦えるメイド、だと!? いや、それよりもこいつは今、何て言った? ()()()()()()()()()()? ――確かにそう聞こえた。こっちの部下二人を完全に戦力外と見ているのか)

 

「お、おい。エド」

 エドストレームがモモンの言葉に苛立ちを覚えていると、動揺したマルムヴィストに声をかけられる。

 

(ちっ、六腕のくせに怯えを声音に出すんじゃないよ!)

 

「慌てる必要は無いよマルムヴィスト。メイドが本当に戦えたとしても数に大差はないじゃない。いつも通――」

「違うっ! 後ろの二人が居ない!!」

「な……」

 

 隙にならぬよう後方へ一瞬だけ視線を送り、すぐにモモンを睨みつける。

 肌がじんわりと汗ばむ。

 

(どこに消えた!? 家には一緒に入ったはず。玄関から居間までの短い間に伏兵がいた?)

 

「部下を何処へやった!」

「はて? ()()()()()()()()()じゃないか」

「正直に言――」

「本当だとも。()()()()()()()()()()()、お前は()()()()()()()()()()。さて、どうする? お前がここに居ることは誰も知らない。我々に寝返るいい機会だと思わないか?」

 

 エドストレームは悟る。

 

(嵌められた。狙われていたのはこちらだったか)

 

 ただの冒険者三人組だと思っていた相手は、八本指でさえ捉えることのできない「大きな組織」である可能性が高い。そしてその組織は八本指を探り得る能力と、実力行使をも辞さない行動力を持っている。

 

「どうやら詰んでいるようね」

「エ、エド――」

 

 

 シャシャンッ――!!

 

 

 それは突然の出来事であった。

 半ば諦めたようなエドストレームにマルムヴィストが声をかけようとした瞬間、エドストレームの腰に装備されていた五本の三日月刀(シミター)が宙に舞ったのだ。

 

 エドストレームは腕一本、指先一つ動かさず、しかし、三日月刀(シミター)はまるで熟練の剣士が抜き放ったかのごとく独りでに舞い、そして間髪容れず三本の三日月刀(シミター)がモモンガに、そして二本がクレマンティーヌへと完全な奇襲となって殺到する。

 

 最初に反応したのは武技を重ね掛けしたクレマンティーヌであった。

 床を蹴り、エストックを抜き放ちつつ自らに迫る二本の三日月刀(シミター)を紙一重ですり抜けると、そのままモモンガへと飛来する三本の三日月刀(シミター)に飛び込む。

 柄の頭で一本目の三日月刀(シミター)の刀身を叩き割り、次いで身体を捻って差し出した左腕を犠牲に二本目を受け止めるが、三本目には僅かに届かない。即座に思考を切り替えて三本目を諦めると、クレマンティーヌは攻撃へと転じる。

 捻った動作に身を任せて回転すると、そのままエドストレームの懐に潜り込み、その無防備な腹に回し蹴りを叩き込む。

 

「ぎゃふっ!!」

 

 クレマンティーヌは派手に吹っ飛んだエドストレームを無視して取り逃した三本目の行方を確認すると、モモンガの前に割って入ったルプスレギナが造作もなく三日月刀(シミター)を受け止めていて安堵する。

 

「っ! 痛てててて」

「大丈夫か? クレマンティーヌ」

「いや~、急だったからちょっち武技がまにあわなかったよ~」

 

 腕を見ると三日月刀(シミター)が二の腕に深々と刺さっている。先ほどの立ち回りで抜け落ちなかったので、恐らくは骨に達しているのだろう。しかし、装備している“女王のビキニアーマー”には〈生命力持続回復(リジェネート)〉が付与されているため、幸いなことに出血自体は少ない。

 

 エドストレームはといえば、防御に回していた三日月刀(シミター)が床に転がっているところをみると、吹っ飛んだ先で頭でも打ったのか気絶してしまったようだ。

 

「お、お前らっ!! いったい何なんだ!!?」

 

 エドストレームの奇襲に合わせることすらできなかったマルムヴィストが、今更ながらレイピアを抜き、手負いのクレマンティーヌへ向ける。

 

「お? なになに? このクレマンティーヌ様と刺突合戦やろうって?」

「な、舐めんなよ!!」

 

 威勢は良いが、孤立してしまったマルムヴィストは下手に動けない。

 

 クレマンティーヌの筋肉が軋み臨戦態勢に入ったことが分かる。恐らく武技を発動したのであろう。片腕を負傷しているが、一対一で対峙した戦闘で後れを取ることはあるまい。

 両者の間に緊迫した空気が漂い、いつ放たれてもおかしくないクレマンティーヌへモモンガは声をかける。

 

「クレマンティーヌ。そっちは要らないから武器だけ回収だ」

「はいは~い、くっくっく。残念だったねぇ。モモンちゃんは女にしか興味ないってさ♪」

 

「ぷふっ」っと噴き出す声が暖炉の方から聞こえてくるが、マルムヴィストにそれを気にする余裕は無い。今の会話から自分は既に用済みなのだと理解したからだ。

 いや、用済みとかそんな次元ですらない。

 モモンは初めから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 二人の部下がどうなったかは知らないが、武器を渡せば解放してくれるとは到底思えない。

 

 耐え難い恐怖に飲まれたマルムヴィストが、それでも最後に剣を振るえたことは奇跡といえた。

 

 

* * *

 

 

「うぅ……ん?」

「お目覚めかな? 念のために回復魔法をかけたから身体に異常は無いはずだが」

「ここは?」

 

 意識を取り戻したエドストレームがゆっくりと首を回して辺りを見渡すと、先ほどと同じ風景であることに気付く。

 モモンが対面に座っており、その後ろにメイド二人が控えている。暖炉の前ではマイが寛いでいて、クレマンティーヌは壁に寄りかかっている。

 

 ただ先ほどと微妙に違う点が二つある。一つは自分が椅子に座らされていて、目の前に三日月刀(シミター)が無造作に置かれていること。二つ目はモモンが見慣れたレイピアを物珍し気に観察している点だ。

 

「マルムヴィストは?」

「誰のことだ? 君は初めから()()だったじゃないか」

「……」

 

「じゃぁそのレイピアは何だ!」とは叫べなかった。声を張れるほどの気力が残ってはいなかったのだ。

 

 気を失う直前、三本目を難なく掴み取った赤毛のメイドが発した殺気を思い出す。あの強烈な殺意に意識を取られ、クレマンティーヌの回し蹴りをまともに食らってしまったのだ。

 しかし、今はあれで良かったと、何となくだが蹴られて良かったと思っていた。

 

 もしあの時、三本目の三日月刀(シミター)がモモンに届いていたら、確実に自分は殺されていただろう。そう感じさせるほど、あのメイドから放たれた殺意は物理的な圧として襲ってきたのだ。そしてそれは今もエドストレームの心に深い傷跡を残していた。

 現に今もメイドの顔を見ることができない。視界の隅にメイドの足元を映すのがやっとだ。

 

 目の前に置かれた三日月刀(シミター)を見る。取り上げずに本人の目の前に放置している事実が全てを物語っている。何度振るおうとも届くことはないと。

 

「なぜ、私なんだ? 私はどうなる?」

「“なぜ”に対する答えは、単にお前の能力に興味を持ったからだ。似たような魔法は知っているが、五本同時に、それもあれだけ正確に操る奴は初めてだったんでな。収集したいと思っただけだ。そして“どうなる”に対する答えは、未定と言っておこう」

「未定……」

 

「収集が目的で用途は考えていなかった。とは言え、いずれは働いてもらうがな。強さは示したんだ。従ってもらうぞ?」

「……分かった」

 

 レイピアに興味を無くしたのかモモンは虚空にレイピアを消すと、エドストレームに目を向ける。

 

「仕事を与える前にまずは教育だな」

「教育?」

「裏社会の人間を部下に持つことに不安があってな。裏切る気が起きないように教育を受けてもらう。まぁ、その辺は部下に任せるつもりなんだが。そろそろ迎えが来るはずだ」

 

 その言葉を待っていたかのようにモモンの背後に黒い霧状の楕円が広がる。

 

 

 

 

 

「噂をすれば来たか。ん? マーレか」

「は、はい! 第六階層守護者マーレ・ベロ・フィオーレ、アルベドさんの要請に従い参上いたしました! お久しぶりです。モモンガ様、やまいこ様!」

 

「久しぶり~。マーレ、元気だった? お姉ちゃんと仲良くしてる?」

 

 それまで暖炉の前で寛いでいたやまいこがマーレに歩み寄ると頭を撫でる。

 

「わ! はわわ!? は、はい。仲良くしています!」

「よしよし」

 

 そんな二人を眺めながらモモンガはふと疑問に思う。

 

(アルベドに人選を任せはしたが、なんでマーレを寄こしたんだ? てっきり〈転移門(ゲート)〉を開いたシャルティアが直接来ると思ったんだけど)

 

 頭を撫でられ顔を赤くしているマーレにモモンガは確認のために質問をする。

 

「マーレ。アルベドから詳細は聞いているか?」

「はい! 現地で手に入れた人間を下僕にすべく調教せよ、と」

「ちょ!? あー、間違いではないんだが」

 

(調教、か。確かにシャルティアに任せると色々とアレなことになりそうだよな)

 

 シャルティアの背後にドヤ顔のバードマンを幻視したモモンガは、頭を振って妄想を振り払う。

 

(いかんいかん。なるほど、それを危惧してアルベドはマーレを選んだのか)

 

「な、なにか指示に齟齬があったのでしょうか?」

 歯切れの悪いモモンガの言葉に不安顔になるマーレ。

 

「いや、問題は無い。ふむ、何事も経験だな。マーレ、そこに座っている女がそうだ。面白い魔法を使うので配下にした。ただ裏社会出身でその思想に不安がある。説得したとはいえ現に古巣を裏切ってここに居る訳だからな。状況が変われば今度は我々を裏切るかもしれない。そうならないためにもナザリックの素晴らしさ、アインズ・ウール・ゴウンの精神を教え込んでほしい。マーレ、できるか?」

「お、お任せください! 裏切る気が起きないよう徹底的に教育します!」

 

「その意気だ、マーレ。調教ではなく教育だ。ついでに八本指に関する情報も聞き出しておいてくれ。デミウルゴスの手に入れた情報と照らし合わせて精度を上げたい」

「畏まりました!」

 

 モモンガはやる気に満ちたマーレの返事に満足する。

 

「やまいこさんから何かマーレに伝えることあります?」

「ん? 教育かー、そうだなぁ。一度に詰め込み過ぎないことかな。焦ってもいい結果にはならないから、噛み砕いて少しずつ、適度に休憩を入れて気長にね。あと古典的な方法として“飴と鞭”かな。厳しくしつけた後、上手くできたらきちんと褒めてあげること」

 

 やまいこの言葉にコクコクと熱心に頷くマーレ。初めはアルベドの人選に不安があったが、この分なら問題なく教育してくれるだろう。加虐的な調教ではなく教育であるなら真面目なマーレであれば大丈夫なはずだ。

 一通りアドバイスを聞き終わったマーレがエドストレームを半ば引きずるように〈転移門(ゲート)〉の先に消えると、家の中に静寂が戻る。

 

「よし。今日はもう休もうか。ルプスレギナとシズも下がっていいぞ」

『畏まりました』

 

 屋敷と呼べるほど大きくはないが部屋数は十分にある。

 モモンガは各々が与えられた部屋に戻ったのを確認すると、生まれ変わったカルネ村で初めての夜を過ごすのであった。




モモンガ「説得して仲間になってもらったんだ。(^^」
エドストレーム「……」

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