骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第19話:神社

 デミウルゴスの報告書を読み終えたアルベドは小さく唇を噛む。やまいこ様の視察状況と羊の教育に関する提案書である。――が、書類の端々に御方から褒められたことを匂わせる文章がそれとなく入っていた。

 

(まったく、大人気ない)

 

 守護者たちはすべからくギルド、アインズ・ウール・ゴウンの為に働き、ひいては至高の御方々に己の全てを捧げ尽くさなければならない。その奉仕に優劣は無く、また競い合うものでもない。

 が、正直なところこの報告書には嫉妬を覚える。先の対ビーストマン戦では作戦の立案から条約締結までの功績を褒めていただいた。しかし、デミウルゴスのように個人の働きではない。

 暗い感情がもたげるが直ぐに平静を取り戻す。

 

(ダメね。逆に考えましょう)

 

 守護者統括という立場上、個人で功績を上げるのは難しい。それは仕方がない。であるならば他の守護者の働きに積極的に関わり、己の存在感を示すほかない。

 

(まずは、神社が完成したら視察して頂こうかしら)

 

 

* * *

 

 

 季節の変わり目か、城塞都市エ・ランテルに肌寒い風が吹く。大通りを行きかう人々の装いも初めて訪れた時よりもやや厚手の物だ。

 時刻は午前10時。中央広場はこれから依頼に赴く冒険者が集い、冒険者組合のラウンジもまた、新たな依頼が張り出されてはいないかと掲示板を確認する冒険者や依頼の受注手続きをする冒険者たちで賑わっていた。

 そんなラウンジのなかで(シルバー)プレートをさげた冒険者数名が情報交換を終え、しばし噂話に興じていた。

 

「聞いたか? 漆黒の連中がミスリルになったらしいな」

「色物新人かと思ったらあっという間だったな。あれはもっと上に行くぜ」

 

「あ~、マイさん良いよなぁ。特にあの胸! ちょっとキツめの顔と相まって最高だよな! 抱きてぇ~」

「やめとけよ。冒険者をやっている女に手を出してもろくなことにならんぞ」

「別にいいじゃねぇか」

「どのみち望みは薄いだろ。お前とじゃ釣り合わねぇ」

 

「俺はクレマンちゃんがいいなぁ。猫耳と尻尾とかマジ最高だよな!!」

「どいつもこいつも色ボケしやがって。大丈夫かこのチーム」

 

「……クレマンティーヌはヤバいって」

「ん? なんでだよ。酒場で乾杯に付き合ってくれるノリのいい姉ちゃんじゃん」

「いや、マイさん口説こうとするとさ、笑いながら割って入ってくるんだけどよぉ。目が笑ってねーんだよっ! これっぽっちもっ! 笑ってねーのっ! 分かる? ありゃマジでヤバい奴の目だって!」

 

「鼻の下伸ばした野郎が近づいてきたらそりゃ警戒するだろ。頼むから格上の冒険者と問題を起こさないでくれよ?」

 

 リーダーらしき冒険者がそこまで言うと、続けて発言しようとする仲間を制して入口に視線を送る。両開きの扉が軋みながら閉じたそこには件の漆黒の三人が立っていた。

 ラウンジが一瞬静かになるがすぐに元の喧騒が戻る。他の冒険者にも生活がある。エ・ランテルで成長著しい注目の3人とはいえ、憧れや嫉妬でいつまでも注視するものでもないからだ。

 

 

 

 

 

 モモンガはこの一瞬の間がどうにも苦手だった。初めこそ注目されている事に優越感を感じていたのだが、今は他の冒険者との距離感を覚えてしまい、居心地の悪さを感じている。

 

(少しペースが速かったか)

 

 モモンガは首から下げているミスリルプレートの効果に小さくため息をつくと、気分を切り替え受付へと足を向ける。

 

「いらっしゃいませ、モモンさん。依頼をお探しですか?」

「あぁ、何かあるかな」

「少々お待ちください」

 

 ミスリルにまでなると、指名依頼が少なからず来るようになる。その為、最近は依頼書が貼り出された掲示板ではなく、受付に直接確認しにくるのが恒例になりつつある。

 

「ご指名はありませんね。ただ一週間後に(ゴールド)以上、オリハルコン未満の方に商人の護衛依頼があります。エ・ランテルとカルネ村を往復する間の護衛とのことですが、如何いたしますか?」

「ん? 失礼なことを聞くかもしれませんが……、カルネ村ということは恐らく水薬(ポーション)の買い付けだと思いますが、なぜ(ゴールド)以上なのでしょうか。以前、(シルバー)の方のお誘いでカルネ村に行ったことがありますし、最近あの辺りに危険なモンスターは現れません。組合としては(アイアン)辺りの冒険者に回した方が喜ばれるのでは?」

 

 その質問に受付嬢は一瞬呆け、すぐに何かを察したのか内緒話をするように小声でモモンに囁く。

 

「そういえばモモンさんたちはここに来てまだ2ヶ月も経っていないんでしたね。えっとですね、まだ数か月後の話ですけど、帝国相手に戦争を控えているのはご存知ですか?」

「はい。たしか定期的に小競り合いをするとは聞いた事がありますが……」

 

 受付嬢につられモモンガも小声になる。その返事に受付嬢は頷くと話を続ける。

 

「表向きは商人の買い付けですが、裏では王国が動いているんです。組合は戦争に関与しない取り決めですので、本来であれば戦争準備にあたる行為に協力するようなことは出来ないんですけど、人命救助に使われる水薬(ポーション)であることと、商人を通して依頼を受けることで組合は目をつぶっているんです。

 所属している冒険者の多くが王国出身ですし、どうしても王国を贔屓する冒険者がいるんです。組合としては勝手に動かれるよりは多少歩み寄って、直接関与はできずとも買い出しの護衛を許可することで我慢してもらっているんです。

 王国に常備軍が少ないことは皆知っていますからね。愛国心というよりも、犠牲になる農民に肩入れしたいんです。水薬(ポーション)一つで助かる命がある。そこに救いを求めているんです。今頃王国中で冒険者たちが、間接的にですけど王国に手を貸しているはずですよ」

 

 モモンガは内心唸る。規則は大切だがガチガチに固めてしまうと何処かで不満が溜まるものだ。組織としては待遇や報酬で抑えたいところだが、心情面で制御が難しいのが個人の持つ感情ってやつだ。いかにしてガス抜きをするのかが経営者の腕の見せ所であろう。

 ナザリックのシモベたちは忠実だが、ことギルドメンバーが絡むと自制してくれるか甚だ疑問だ。今のところそのような暴走の兆候は見られないが懸念は拭えない。コントロールできずとも組合のガス抜きに変わる何かがナザリックの運営にも必要かもしれない。

 

(組合長も苦労してるんだな)

 

「あと(ゴールド)以上である理由ですが、水薬(ポーション)が高価なことはご存知だと思いますけど、発注本数が多いので万が一を考えると損害が恐ろしい額になるんです。以前、輸送中の水薬(ポーション)が野盗に奪われて大損害を被ったことがあるんです」

「なるほど。事情は理解しました」

 

「それで、どうします? 受けますか? バレアレ家の水薬(ポーション)は殊更高価なのでなるべく高ランクの冒険者に護衛していただきたいのですが」

「お引き受けします。久しぶりに様子を見たいですし」

「あぁ、そうですよね……」

 

 受付嬢の表情が曇る。カルネ村を襲った不幸に、モモンガたちが居合わせたことを思い出したのだろう。

 

「コホン、……畏まりました。では、改めてご確認願います。依頼者は商人バルド・ロフーレ様、一週間後にエ・ランテルからカルネ村を往復する商隊護衛です。報酬は一人頭前金で金貨1、成功で金貨3です」

「了解した」

「ではこちらにサインを」

 

 モモンガはここ最近、やまいこと共に勉強した王国文字で名前を書き込む。アンデッドの特性を生かして不眠で練習した結果、短い文章なら単語を拾うことでなんとなく読めるようになったのだ。しかし、単語は覚えど文法を完全には習得していないため、手紙のような長文はまだまだ書けそうにない。

 その点やまいこはというと、何かコツがあるのか意志疎通できる程度には書けるようになっていた。それでもクレマンティーヌ先生の評価は「まだ固い」である。

 

 一通り書類の準備が終わるとモモンガは仲間と共に組合を後にする。広場に出るとまだ日は高く、昼を回っていないようだ。

 

「聞こえていたかもしれないけど一週間後にカルネ村を往復する商隊護衛だ」

「はいよ」

「りょうかい」

 

 やまいことクレマンティーヌはいつものように返事をする。依頼の受注はほぼモモンガに丸投げ状態で、基本的に文句なく付いて来てくれる。が、もう少し自己主張してくれてもいいのにとモモンガは寂しく思う。多数決で冒険先を決めていたユグドラシル時代が懐かしい。

 

「しかし、戦争か……」

 

 モモンガは王国と帝国の戦争中をどう過ごそうか迷っていた。受付嬢の話では戦争が始まると城塞都市エ・ランテルは王国軍の拠点となるために日常生活に影響がでるとの事だった。各門での検査は厳しくなり、往来は兵士たちで溢れるという。極めつけはそんな状態故に都市全体が戦争ムードになり依頼が激減するということだった。

 

「クレっちはその戦争がどれくらい続くか知ってるの?」

「……ほんとにその呼び方続けるの?」

「いいじゃない。この間のお風呂で親睦も深まった事だし」

「まぁ、別にいいけどさぁ。で、戦争の期間だっけ? あー、う~ん。その辺は風花聖典が詳しいんだけど……。良し、ちょっと聞いてくるからまってて!」

「は!? ちょっとっ! って、いっちゃったよ……」

 

 やまいこが止める間もなく広場の人込みの中にクレマンティーヌは姿を消す。仕方なしに広場で待つついでに、モモンガは先日から気になっていた事をやまいこに質問する。

 

「ところで、大浴場で何があったんです?」

「ボクに、るし★ふぁーさんを殴る理由ができた。ただそれだけ」

「そ、そうですか……」

 

 やまいこから僅かな怒りの感情を覚えたモモンガは、釈然としないものを感じつつもそれ以上深く追及しない。そんなモモンガの様子に少々大人気無かったかと反省したやまいこが言葉を続ける。

 

「彼、大浴場のライオンをゴーレムに改造してたんだよ」

「え、マジですか!?」

「クレマンティーヌはすぐ下がらせたから無事だったけど、結構強かったよ」

「戦ったんですかっ!?」

「襲ってきたんだから当然でしょ? アイテムボックスに武器がなかったら危なかったんだから」

 

 話しているうちに怒りが再燃したのか、やまいこの拳が空を切る。

 

「それは、お疲れ様です……」

「一度ナザリックにある()()()()()()調べた方がいいかもね」

 

 ゴーレムクラフターでもあったるし★ふぁーは悪戯好きで、度々ギルドを騒がせていたメンバーだ。ユグドラシル時代では悪戯で済んだものが、フレンドリーファイアが解かれたこの世界では命に関わる事もある。まだどこかにドッキリを仕込んでいる可能性があるのだ。

 

「たっだいま~」

 

 ナザリックに戻ったら必ず調べようと心のメモ帳に書き込んでいると、食べかけの串焼きを手にクレマンティーヌが戻ってくる。

 

(風花聖典は串焼き屋にでも変装しているのか?)

 

「早かったな。それでどうだった?」

「風花の連中がいうには今年はヤバいかもってさー」

「小競り合いじゃ済まないって意味か? それともエ・ランテルが攻められるって意味か?」

 

「両方っぽい。なんか皇帝が激おこらしいんだよね。ほら、八本指。あいつらが結構な量の麻薬を帝国領に流してるみたいなんだよねぇ」

「また八本指か。しかし、小競り合い程度の争いなら別の場所へ行こうかと思ったけど、帝国が本気を出すというのなら見学をしてみたいものだな」

 

 モモンガの言葉にやまいこが続く。

 

「なら鑑賞会でもする? 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を広げてさ」

「いいですね。守護者たちにも人間の戦争がどういったものか勉強させるいい機会かもしれない」

 

 戦争は人間の良い面とは決して言えはしないが、シモベたちに観賞させれば何か得るものがあるかもしれない。人間蔑視はこの際置いておいて、折角システムから解放されてナザリック地下大墳墓から出られるようになったのだから「ナザリックの外」をもっと学んで欲しい、見聞を広めてほしいと思うのだ。

 

「そうと決まればアルベドに連絡を入れて予定を組ませるか。とはいえ戦争は2ヶ月先だし、今回の依頼も1週間後。さてどうするか」

「モモン。次の依頼までナザリックでゆっくりしようよ。エルダーリッチの討伐から忙しかったし、ざっと掲示板を見たけどめぼしい依頼も無かったしさ。で、竜王国の首都はこの間見たから、一週間後の依頼を終えたら次は帝国か王国の首都を見にいこうよ」

 

 やまいこから珍しく提案が入る。ここ最近の出来事としてはリイジー・バレアレの説得、エルダーリッチ討伐、竜王国の解放と確かに色々と忙しかった。一度、内政というか、ナザリックで出来ること、またはスレイン法国で出来ることを見直すいい機会かもしれない。

 

「では1週間ナザリックで過ごして、護衛任務の後は王国でいいですか? セバスの報告にあったこの世界固有の魔法に興味があるので、王国の魔術師組合本部を覗いてみたいんですよね。帝国魔法学院にはまだコネらしいコネもありませんし」

「よしよし、それでいこう。じゃあ、一旦ナザリックで小休止しましょうか」

 

 今後の大まかな予定が決まると、モモンガたちは久しぶりに冒険者生活とは関係のないナザリック生活を1週間過ごすのであった。

 

 

* * *

 

 

 ナザリック地下大墳墓が出現した法国森林区はここ一ヶ月の間に随分と様変わりしていた。アルベド提案の神社建築に先立ち、平地状に広がっていた森林はマーレの〈大地の大波(アース・サージ)〉によって2キロ四方の小高い丘が盛られていた。以前、法国の神官長たちを招いた際に使われたナザリックに直行する林道は木々により塞がれ、新たに展開された幻術により外部からは容易に近づけないよう隠蔽処理が施されていた。

 

 そして完成した神社が丘の頂上に鎮座していた。真新しい神社自体は一般的な作りで、社務所や拝殿、本殿などが建てられていたが、本殿は本来の用途とは異なりナザリック側が〈転移門(ゲート)〉を開く場所とされ、本来あるべきご神体の類いは安置されてはいない。

 また本殿に併設するように巫女たちの居住施設が回廊で繋がっており、境内を見渡せばそこそこ立派な規模の神社である。

 

「見事な神社だ。素晴らしいぞ、アルベド」

「ほんとほんと。細部までよく作り込まれているし、新築なんだけど歴史というか、趣を感じる」

「勿体ないお言葉。アウラとマーレの力があってこそです」

 

 御方々に喜んでもらえた嬉しさにアルベドの翼が震えていたが、モモンガとやまいこは見て見ぬふりをする。目は口程に物を言うとはよくいったものだが、アルベドの場合は翼に感情が表れるようだ。普段統括として毅然と振る舞っているアルベドに改めて指摘するほど野暮ではない。

 

「そう謙遜するな。アルベドがしっかりと計画を立てたからこそ滞りなく完成したのだ」

 

 モモンガたちの賛美は本心だ。現実世界(リアル)の2138年では重要文化財に登録された多くの神社が失われていた。辛うじて残った神社は貴重な観光資源として日本を牛耳る企業たちが懸命に保全したが、結果、巨大なドームで枯れた土地ごと神社を覆ったり、展示物のように博物館に移設するのが関の山であった。それらに在りし日の風情など感じられる訳がない。

 だからこそアルベドの指揮のもとで建てられた、この自然に囲まれた神社にモモンガたちは心を奪われたのだ。

 

 

 

 

 

 場所を移し本殿内。モモンガとやまいこは神社で働く者たちと面通しを行う。アルベドの後ろに控えている巫女たちが、普段見ることのない上機嫌なアルベドの様子に驚いていた。

 

「モモンガ様、やまいこ様。この者たちがここで働く巫女と、その世話をする侍女たちです」

 

 本殿に集められたのは巫女50人と侍女30人。巫女の選考はアルベドが提示した条件に従い、法国が国中から集めた者たちである。

 その条件とは、未婚の女性であること、第二位階以上の魔力を持つ者、の2つ。年齢は特に制限を設けなかったが、法国が寄こした巫女は皆若かった。

 そんな生娘たちが一様に平伏するハーレムのような場を目の当たりにしたやまいこがモモンガに声を掛ける。

 

「これはなかなか。まるでハーレムだけど、どう? モモンガさん」

「どうって、また無茶振りですね……」

 

 やまいこの茶々に意外にもモモンガの動揺は小さいようだった。

 それもそのはず、モモンガは第九階層のメイドたちで女性に囲まれる事に慣れ始めていたのだ。

 もっともその平常心は死の支配者(オーバーロード)の姿である時に限り、これが「鈴木悟」であったなら落ち着きなくそわそわしていたに違いない。

 

 やまいことモモンガは巫女を観察する。

 二人とも死の支配者(オーバーロード)半魔巨人(ネフィリム)の姿を晒しているが、信仰心で抑えているのか巫女たちからは恐怖心を感じ取ることはできず、代わりに強い崇拝の念を感じていた。

 

「アルベド。世話役まで全員女性だが、男はいないのか?」

「はい、モモンガ様。法国の神殿でも巫女の世話は侍女が行うのが慣例のようですので、郷に従ってみました。それに妙齢の女性の世話を男性に任せると些か不都合がでてくるかと」

 

 アルベドの言葉に巫女たちが僅かに顔を赤くする。

 

「う、うむ。確かにそうだな……」

 

 アルベドは続ける。

 

「ですのでこの本殿と巫女の居住施設は男子禁制でございます。()()()()、モモンガ様は例外でございます。ここはナザリックに属する場所。御方々はいつお越し頂いても問題ありません」

「そ、そうか……。しかし女性だけだと警備が心配だな。その辺はどうなっている?」

 

「10キロ四方の森林区全域に対してアースワームを4体放っております。玉垣で囲んだ境内には影の悪魔(シャドウデーモン)を5体巡回させております。そしてお稲荷さん型ゴーレムを拝殿の前に一組、参道の随所に六組配置しております」

「お稲荷さん型ゴーレム?」

「はい、お稲荷さんです」

 

 そう言うとアルベドは片手で狐の形を作りコンコンと示す。

 

「ガーゴイルを試しに配置してみたのですが、周囲の景観と合いませんでしたのでパンドラズ・アクターにストーンゴーレムを元に作ってもらいました」

「なるほど。警備としては申し分ないか」

 

 二人の会話が一区切りついたところでやまいこが手を上げる。

「モモンガさん、アルベド。ボクから彼女たちに話があるんだけど、いいかな」

 

 モモンガが頷くとアルベドは巫女たちに向き直り彼女たちに声を掛ける。

「皆の者、やまいこ様からお話があります。心して聞くように」

 巫女と侍女が改めて平伏すとやまいこは口を開く。

 

「面をあげなさい。――まず、アルベドから説明があったと思うけど君たちの仕事は我々アインズ・ウール・ゴウンと外部を繋ぐ窓口となること。規則と守秘義務を厳守すれば過度な束縛はしません。

 ここは神殿の態をなしてはいるけれど、ここで働くにあたって今まで六大神へ向けていた信仰心を捨てる必要はありません。今まで通り各々が信仰する神に祈りを奉げることを許します。もちろん我々に信仰を向けてもらっても構わないけれど、祈りがすぐに何か形になって返ってくるとは思わないで頂戴」

 

 そこで一呼吸間を置くとやまいこは懐から一冊の本を取り出す。

 

「仕事とは別に日々の鍛錬で覚えてほしい魔術がいくつかあります。この本には各系統ごとに我々が今後必要となりそうな魔法をまとめてあります。各自その身に合ったものを探してみて。一つこちらから要望があるとすれば〈魔力譲渡〉を優先的に覚えてくれると有事の際に助かる」

 

 やまいこの言葉に巫女たちの表情が引き締まる。

 恐らくこの場にいる全員が〈魔力譲渡〉を最優先に据えたのだろう。

 

 やまいこがこの神社に求めた役割は「魔力タンク」。

 お布施などによる資金獲得も大切だが、ナザリックにはモモンガ以外にも魔法職が多い。その魔法職の魔力回復が一つの課題であるとやまいこは考えていた。

 

 ユグドラシルでは魔力を回復する手段はたったの三つ。

 一つ目は〈魔力譲渡〉による他者から魔力を受け取る方法。二つ目は特殊なスキルなどで他者から魔力を奪う方法。そして最後が各自のステータスを基準にした時間経過による自然回復だ。

 ユグドラシルには消費アイテムで魔力を回復する手段がなかったのだ。

 

 そして今現在、この転移した世界でも魔力回復できる消費アイテムは発見できていない。

 今後、大規模な魔法の行使が必要になった時、魔力を譲渡できる存在は重宝されるはずだ。

 

「まぁ、そういう事で宜しく。写本で申し訳ないけど、はい」

「あ、有り難く頂戴いたします!」

 

 直接手渡されるとは思っていなかった巫女が緊張した面持ちで写本を受け取る。

 

「一応それ持ち出し禁止ね。そうだな、取りあえずこの本殿から外に出さないように。アルベド、申し訳ないけど影の悪魔(シャドウデーモン)を1体この本の警備にあてて」

「畏まりました。そのように調整いたします」

 

 写本には先述の通り各系統ごとにナザリックが今後必要となりそうな魔法がまとめられており、モモンガと相談して第六位階までに留めてある。

 内容はユグドラシルのフレーバーテキストを写したものだが、その何気ない文章がこの世界では魔法を解き明かして習得するうえで重要なものになっているのだ。

 

(ゲーム時代は条件を満たして選択するだけで覚えられたのに)

 

「さて、ボクからは以上だ。アルベド、この後の予定は?」

「はい。未だこの世界で蘇生魔法に関する実験を行っていないと伺いましたので、この後は復活の儀を予定しております。既に亡骸と復活に必要な金貨などを拝殿に用意しております」

「その金貨はどこから?」

「法国が用意したこの世界の金貨です。それと、当初はペストーニャの予定でしたが折角ですので、やまいこ様にお願いしたく思います」

 

「ボクが?」

「転移してから一ヶ月以上が経ち、色々と落ち着いてきましたので、ここで一つスレイン法国の者に御方々の御力を示すのも良い機会かと」

「なるほど、そういう話なら。モモンガさんはどう思う?」

 

「私も蘇生魔法はいつかは試したいと思っていたので、お願いします。ここはヒーラーであるやまいこさんが適任でしょう」

 

 やまいこがモモンガの言葉に了解の意を示すと全員で拝殿へと移動するのであった。

 

 

* * *

 

 

 ニグン・グリッド・ルーインは陽光聖典の隊員と共に戸惑いを覚えながら待機していた。

 アルベドと名乗る従属神に通された場所はスレイン法国では見慣れぬ建築様式で建てられた拝殿と呼ばれる間で、建築されて間もない為か真新しい木の香りがあたりを包み込んでいる。

 

 目の前には安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)に包まれた隊員の亡骸が6体。

 竜王国での戦いで失った部下の復活の儀が執り行われようとしているのだ。

 亡骸を回収できた6人のみであるが、復活できれば貴重な戦力となるのは間違いはない。

 願っていた神との謁見も同時に叶うと思えばこれに勝る喜びはない。

 

 しかし、ニグンはこれで良いのかと自問する。

 

 死者の復活は大儀式を行えばスレイン法国にもできる。

 しかし大儀式には入念な準備が必要であり、法国に多大な負担がかかるのだ。故に()()()というものがあった。

 スレイン法国や人類の存亡に関わるような重要な事案が優先されるのだ。

 

 共に戦った隊員を復活させる機会があれば喜んで受けたい。

 しかし、ニグンは優先度を考えてしまう。

 神の奇跡を賜る機会を隊員の復活に費やしてしまって良いのだろうか、と。

 薄情かもしれないが、スレイン法国にとって、人類にとってもっと有益な願いをするべきなのでは、と。

 

「モモンガ様、やまいこ様。こちらにございます」

 

 ニグンが答えを出せぬまま思い悩んでいるとついに神が現れる。

 

 一目見て思考が真っ白になる。

 

 噂に聞いた通り、モモンガは伝承にあるスルシャーナと瓜二つ。

 ついに相まみえることが叶った感動で胸が一杯になる。

 

 そしてモモンガの後ろから歩み出たもう一柱、やまいこを見て恐怖に支配される。

 種族を見極める事が出来ないが装備から垣間見える醜悪な素顔が恐ろしい。

 

「待たせてしまったかな? ボクが今回復活の儀を執り行うやまいこだ」

「お初にお目にかかります! 陽光聖典隊長、ニグン・グリッド・ルーインと申します!」

「そう硬くなる必要はないよ。後学のため巫女たちにも同席してもらうけど構わないね?」

「は! 我々は奇跡を賜る身。巫女様のお役に立てるのであれば復活を待つ隊員も喜びましょう」

 

 その返事を聞くと、やまいこは巫女たちを拝殿へ招き入れる。

 巫女と陽光聖典を含めるとかなりの大所帯だ。

 場が落ち着くとやまいこは静かに亡骸に近づく。

 

「ん? アルベド、金貨と……、これはこの世界の触媒かな?」

「はい。彼らはこれらで〈死者復活(レイズデッド)〉や〈蘇生(リザレクション)〉を行っているようです。今回は安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)で綺麗に保たれた亡骸がありますので〈死者復活(レイズデッド)〉で宜しいかと」

「そう」

 

 やまいこは身を正すとニグンに告げる。

 

「では、これから復活の儀を執り行う。……陽光聖典に告げる。今回の復活は多くの民を救った君たちの献身的な働きを称え、スレイン法国と竜王国の連名によってもたらされた願いに我々が応えたものだ。今後もその力が正しく振るわれることを期待する」

「は! このルーイン、陽光聖典を代表してお約束します。我等の力、必ずや無辜の民の為に振るいましょう」

 

 ニグンの宣誓に他の陽光聖典の隊員たちも深々と頭を下げる。

 

「宜しい」

 

 ニグンは何度か大儀式によって隊員の復活を経験していたので、今回の儀式も半日費やすことを覚悟していた。しかし、5分もかからずに六つの安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)が小さく上下し始めたのを見て言葉を失う。

 やまいこは亡骸の額に触れて呪文を発動させると、安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)に書かれた名前に小さく呼びかける。それを6人分、一人一分足らずで儀式を終えたのだ。神殿に奉仕経験のある巫女や侍女たちからも驚きの声が漏れる。

 

 拝殿の皆が見守る中、復活した陽光聖典がゆっくりと身を起こす。

 

「ふぅ。流石は陽光聖典と言ったところかな? 灰にならずに良かったね」

 

 大儀式もなく、6人の復活をただ一人で行った人外の御業。

 その光景を前に、ニグンたち陽光聖典はただただ平伏する事しかできなかった。




独自設定
・串焼き屋「風花」
・魔力回復手段のお話
・魔法のフレーバーテキストの役割
・蘇生魔法のルールがよく分らなかったので色々とぼかしています

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