骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第17話:祝賀会

 夕焼けと血肉に染まった大地にマーレが一人佇んでいた。両腕には世界級(ワールド)アイテムである「強欲と無欲」。それに貯められた経験値を満足そうに眺めていた。

 先の作戦とは別に、マーレには実験課題が出されていた。それは現地生物が経験値を落とすのかを確認する実験で、結果は上々だ。一部のスキルや魔法の行使には経験値やレベルを消費するものがあるため、今回得られた結果には御方々も喜ばれるに違いない。

 

「……?」

 

 マーレが上空に気配を感じ視線を向けると、二匹のドラゴンと共に姉のアウラが降下してくるところであった。

 

「マーレ。どう? 吸収できた?」

「うん。き、きちんとできたよ。ただ……ユグドラシルと違って個体差があるみたい」

「個体差? 同じビーストマンで? 職業が違ったとかじゃないの?」

 

 二人は事前にモモンガからユグドラシルの経験値に関して軽く説明を受けていたので、その差異に疑問を覚える。

 

「ううん。弓兵と戦士で確かに差はあったんだけど……、職業ごとに一匹一匹殺して調べても個体差があったから……」

 

 マーレの周囲にはビーストマンたちのおびただしい数の死体が転がっていた。

 一見すると無造作に法則性も無く転がっているようだが、アウラにはそこで何が起こったのか容易に想像できた。

 

 ビーストマンたちの死体で目立つのは頭部の損傷。これは間違いなくマーレによる打撃痕だ。

 そしてよく観察すればビーストマンの身体や防具に細かい線状の擦り傷が確認できる。恐らくマーレの〈植物の絡みつき(トワイン・プラント)〉に拘束され、逃れようと抗ったのだろう。

 さらに死体の側に転がる武器を見ると同種のもので揃えられていることが分かる。

 

 つまり、()()したのだ。

 

 所持していた武器で職業が確定する訳では無いがマーレはそれを基準にしたようだ。

 剣を持つビーストマン。斧を持つビーストマン。弓を持つビーストマン。

 

 マーレは丁寧に選別したうえで、一匹一匹検証したのだろう。

 

 ユグドラシルでは、各種族にはそれぞれ基本経験値に職業や役職によって増減された経験値が固定値として設定されていた。ビーストマンの戦士であれば全員同じ経験値を持っているのが普通であり、それは他の全てのモンスターにも適用されるルールであった。

 NPCである守護者たちには想像の埒外であるが、ユグドラシルはあくまでもゲームでありモンスターは全てデータなのだ。

 

「モモンガ様たちが仰っていた『この世界はユグドラシルとは違う』って、こういう違いの事だったのかもね」

「う、うん。僕もそう思う。経験値もだけど、強さにも個体差があったと思う。だ、だから油断しないようにしなきゃって」

 

 

「ここに居たんでありんすか」

 

 

 振り向くとシャルティアたちが揃って姿を現した。

 

「アルベドから伝言でありんす。『現時刻を以って作戦を終了。アウラ、マーレ、ユリ、ソリュシャン、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)はナザリックへ戻るように』。……やり残した事がなければ〈転移門(ゲート)〉を開きんすよ?」

「シャルティアは?」

「私は吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を連れて国境にある砦にモモンガ様がお創りになられた死の騎士(デス・ナイト)を配置する仕事が残っているでありんす」

 

 揺り籠プランの締結に伴い用意された死の騎士(デス・ナイト)は、モモンガが中位アンデッド作成のスキルで作ったレベル35のアンデッドモンスターだ。

 大きさは3メートル弱。右手には波打つ刀身を持つ刃渡り1メートル強のフランベルジュ、そして左手にはその巨体を覆い隠すほど大きなタワーシールドを装備している。

 攻撃力はレベル25相当、防御力はレベル40相当という防御に特化したモンスターであり、どんな攻撃を受けても体力を1残して耐える能力と、殺した相手を従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)にするという二つの特殊能力を持つ。

 この世界の住人にとってはまさに伝説級の存在である。

 

 本来であれば骸骨の顔を晒しボロボロのマントと赤錆びた鎧を着た邪悪な騎士の見た目だが、竜王国に配備される個体には真新しい板金鎧(プレートアーマー)が装備され、外見からはアンデッド要素が隠されていた。

 一見すると騎士風の大きなゴーレムのようで、タワーシールドに装飾された竜王国とアインズ・ウール・ゴウンの紋章が唯一その所属を表していた。

 それを国境沿いにある三つの砦に三体ずつ、シャルティアの〈転移門(ゲート)〉で配置する予定であった。

 

「じゃあ、あたしらは先に帰ろっか。マーレの調べ物も終わっているんだよね?」

「う、うん。ビーストマンも居なくなっちゃったし。もう大丈夫」

 

「では――〈転移門(ゲート)〉」

 

 全員がナザリックに戻ったのを確認すると、シャルティアは吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を連れて走り出す。

 死の騎士(デス・ナイト)の配置が終われば晴れてこの任務は終了となる。

 

(信頼回復への第一歩……)

 

 シャルティアは再び気を引き締めると竜王国の砦を目指すのであった。

 

 

* * *

 

 

 その日、竜王国を統べるドラウディロン女王は二人の神を前に、大いに笑い、大いにはしゃぎ、大いに泣いた。そして何度も何度も感謝を口にした。

 

 人間より10倍強いとされたビーストマンの軍勢、7万。

 帝国の職業軍人たる常備軍全8軍を投入しても敵わぬかもしれない相手から、2日もかからずに領土を取り戻したのだ。

 さらに囚われていた国民も助け出されたと知ったドラウディロンの喜びようはまさに天真爛漫な少女のそれであった。

 

 神は今回の侵攻を退けただけではない。

 長年悩まされ続けたビーストマンたちから竜王国を解放したのだ。

 

 ドラウディロンは明るい未来に歓喜した。

 今まで叶えることの出来なかった国造りを、夢を、子供のように明るく神に語って聞かせた。

 

(まさか本当に幼児退行してしまわれたのでは……)と宰相が人知れず心配する傍らで、ささやかな祝賀会を満喫するドラウディロンと、それを温かく見守る神がいた。

 

「多くの国民を救い出してくれて本当に感謝する! それにしても倉庫街の物資を根こそぎ持って行くとはビーストマン共め! 許せん!!」

「物資も取り返せれば良かったのですが、人命救助と殲滅を優先したので……。申し訳ない」

「!! いやいやいや、すまない。つい愚痴っぽくなってしまった。国民が生きて戻ってくれただけで十分だ」

 

 初めは神を前に緊張していたドラウディロンであったが、気付けば随分と慣れ親しんでいた。

 その馴れ馴れしい態度に宰相は終始気が気でなかったが、モモンガとやまいこは不機嫌になる事もなく優しく接している。

 

「ドラウディロン陛下、必要な物資があったらお知らせください。可能な限り用意いたします。もちろん対価は払ってもらいますが、金銭でも物々交換でも構いません。相談頂ければその都度融通いたしましょう」

「う、うむ。甘えてばかりで申し訳ないが宜しく頼む。それと先ほどの輸送の件も聞き入れてくれて感謝する」

 

 輸送の件とは文字通りナザリックと竜王国間での物資の運搬に関してである。

 モモンガとしては<転移門>(ゲート)で素早く運んでしまおうと画策していたのだが、ドラウディロンの要望で人間を雇用して輸送する事になったのだ。

 

 国を立て直す際、労働を通して国民にお金を回したいというドラウディロンの願いであった。長年ビーストマンに搾取され続け半ば無気力になりつつあった国民に、働く喜びと消費の喜びを取り戻してほしかったのだ。

 

「構いませんとも。自国民を想う陛下のお気持ちには感銘を受けます。陛下の采配には学ぶものがある。我々はどうも効率を求め過ぎてしまっていけない。結果的に下々の仕事を奪ってしまう事に思い至らなかった」

 

 モモンガとやまいこは、なんでも魔法で済ませようとすると何処かで割を食う者が出てくるのは薄々気付いていた。今回こうして具体例を目の当たりにしたことで、新たに支配下に入る勢力にはうまい具合に仕事を割り振れるように配慮しなければならないだろうと思った。

 勿論、優先すべきはナザリックの利益であり、その為であれば躊躇うことなく魔法を行使するつもりではあったが。

 

「では、名残惜しいが我々はそろそろ帰るとしよう」

「なんと! もうお帰りか……」

 

 まだ話し足りないのかドラウディロンはがっかりした表情になる。

 

「なに、互いに友好関係を結んだのだ。これからはいつでも会えるだろう。相談事があればいつでも頼ってくれて構わないとも」

「そうか……。もう少し語り合いたかったが次の機会に取っておこう」

 

 互いに軽く挨拶を交わすと、アインズ・ウール・ゴウンの面々は<転移門>(ゲート)の奥へと姿を消したのだった。

 

 

* * *

 

 

 竜王国で開かれた協定締結と都市奪還作戦の成功を祝う祝賀会からナザリック地下大墳墓へと戻ったモモンガとやまいこは、留守番していたクレマンティーヌと合流すると人間の姿に変身した。

 

(もしかしてこっちに来て初めて普通の服を着たんじゃないか?)

 

 いつもなら冒険者用の服装、三つ揃えの黒スーツを着るところだが、今の二人は比較的ラフな服装をしていた。もっともそのラフな服装も元がユグドラシルの装備なので、現地の人間から見たら相当上質な洋服である。

 

 今、三人が向かっている場所は第九階層で営業されている小さなバー。

 祝賀会で酒がふるまわれたが、骸骨であるモモンガは飲めるはずもなく、やまいこも毒無効化の装備をしていたので口にしたものの酔うことはなかったのだ。

 この世界に来て未だ酒を飲んでいなかった二人は<伝言>(メッセージ)を通じて悔しがり、そしてこのバーの事を思い出したのだ。

 

「いらっしゃいませ。モモンガ様、やまいこ様、クレマンティーヌ様」

 

 バーに到着し店内に入るとマスターが出迎える。彼は食堂の副料理長を務めるマイコニドで、キノコを思わせる頭部には赤紫色の液体が斑点状に染み出したような外見をしている。

 性格は温厚で人当たりのいい人物だが、その顔には人間でいう目鼻口耳といったパーツが無いので一見どっちを向いているのか分からないのが欠点であった。

 

 そして狭い店内で見逃しようのない存在がもう一人、テーブル席にいた蟲王(ヴァーミンロード)のコキュートスがモモンガたちの姿を認めると、挨拶をしようと立ち上がる。

 

「そのままでいいぞコキュートス。ここはそう畏まる場所でもなかろう。無礼講だ。いつも通り楽しんでいてくれて構わない」

「畏マリマシタ」

 

 コキュートスは軽く会釈をすると再び席につきグラスを傾ける。

 

≪モモンガさん。コキュートス、意外と様になってるね≫

≪ですね。彼がここに居るのには驚きました≫

 

 三人でカウンターにつくとクレマンティーヌがマスターに話しかける。

 

「私に様はつけなくてもいいのに、副料理長」

「そうはいきません。クレマンティーヌ様は御方々がナザリックに招いたお客様であり、同時にこの店のお客様でもあります。それに食堂もよくご利用いただいていますしね?」

 

 声の調子から軽くウィンクをしていそうだが残念ながら表情は読み取れない。

 

(それにしても……)

 

 意外にもクレマンティーヌと副料理長の仲は良好のようだ。

 ナザリックを訪れるたびに食堂を利用し、美味しい美味しいと言いながら食事をするクレマンティーヌに料理人として好感を覚えたのであろうか。

 

 モモンガはふと他の守護者もここを利用しているのか気になった。

 

「マスター、守護者たちは普段からここを利用しているのか?」

「はい、モモンガ様。とはいっても常連と呼べるのはデミウルゴス様とコキュートス様のお二人だけでございますね。守護者以外の方ですとエクレア殿もよくご利用くださっております」

 

「エクレアが!?」

 

 モモンガの代わりに思わず反応したのはやまいこであった。

 アインズ・ウール・ゴウンの三人いた女性メンバーの一人、()()()()()()()()が創り出したイワトビペンギンの存在を思い出す。

 

「彼、飲めるの? その……手がアレじゃない?」

「はい。流石にカクテル・グラスは無理ですが、トール・グラスでお出ししていますので」

「な、なるほど……」

 

 やまいこはペンギンがカクテルを飲む風景を悶々と想像しているようだ。

 

「ところで皆様、本日はどういたしましょうか。リクエストがございましたらお申し付けください。もしお任せ頂けるのであればお勧めのカクテルをお出しいたしますが」

「そうだな……、私とやまいこさんは普段酒を飲まないから、初めは何か軽いもので頼む。クレマンティーヌは好きなものを頼むといい」

 

 現実世界でのアルコールは嗜好品として高価な部類に入る。アーコロジー内であれば安酒も手に入れることは出来たがそれでも値段は馬鹿にならない。

 そしてアーコロジー外ではそれこそ健康に害のある紛い品が多く出回っていた。

 いずれにせよ給料のほぼ全てをユグドラシルに奉げてきた鈴木悟にとって、お酒は付き合いで飲む以外にはまったく必要のないものであった。

 

 しかし、ここに至っては現実となったナザリックの酒に興味が湧く。

 

 マスターが慣れた手つきでグラスに黄金色に輝くシャンパンを注ぐ。次いで鮮やかな橙色の果汁をグラスに満たすと爽やかな柑橘系の果物の香りが漂う。やおら軽くかき混ぜた後、グラスの縁に輪切りのオレンジが添えられ、モモンガとやまいこの前に出される。

 

「初めは軽いものということで、こちらはミモザになります。アルコール度数は低く飲みやすいカクテルです」

 

 モモンガとやまいこはグラスを手にさっそく味見をする。

 

「へぇ。飲みやすい。ボクこれ好きかも。いい香り」

「確かに飲みやすい。それにしてもカクテルはもっとこう派手に作る印象があったが……」

 

「シェイカーですね? ご興味がおありでしたらピーチフィズをお出しする時にご覧にいれましょう。桃の風味を楽しめるカクテルです」

「楽しみだ」

「うんうん」

 

 

 

 

 

 その後、2~3種類ほどカクテルを振る舞われると女性陣がガールズトークに花を咲かせ始めた為、モモンガはカウンターを離れてコキュートスと合流する。

 

「一緒にいいかな?」

「喜ンデ」

「マスターに聞いたがデミウルゴスとよく飲んでいるらしいな。これは興味本位で聞くんだが、普段どういった話をしているんだ?」

 

 プライベートの時間に上司が割り込むことに躊躇いを覚えるが、モモンガは意を決して質問をぶつけてみる。こういう機会でもなければなかなか聞けないのも確かなのだ。

 

「仕事ノ話カラ私事マデ幅広ク……。デミウルゴスハ前防衛責任者デスノデ、最近ハ防衛面ノ相談ニ乗ッテ貰ッテイマス」

「なるほど。守護者達が互いに相談しあって物事に当たるのは良い事だ。それで、防衛を任されるようになって調子はどうだ?」

「守護スル対象ガ、ナザリック全体ニ及ンダコトデヤリ甲斐ヲ感ジテオリマス。タダ……」

 

 コキュートスは言い淀む。

 やり甲斐はあると言っていたが何か不満があるのだろうか。

 

「構わん。何か思うところがあれば言ってくれ」

「……デハ。ナザリックヲ守護スル仕事ニ不満ハアリマセン。タダ……、コノ身ヲ一振リノ剣トシテ創造サレタ身ナレバ、戦場ヲ欲スル心ハ打チ払エズ……」

「なるほど。確かに武人として生み出されたコキュートスには少々刺激が足りないか。とはいえ、お前を一振りの剣で終わらせる気は無いぞ?」

 

 モモンガのその言葉に昆虫の顎を小さく鳴らすとコキュートスは冷気を放出する。

 

「……恐レナガラ、ソレハドウイウ意味デショウカ」

「何事にも変化が必要だということだ、コキュートスよ。デミウルゴスたちが外で何をしているか聞いているだろ? 牧場を作り、神社を建て、情報を集めている。先日は敵を打ち倒し人間を助け出した。彼らの働きはかつての階層守護者の仕事とは一線を画すものだ」

「変化……。新タナ才覚ヲ、オ求メナノデショウカ」

「簡単に言えばな。そうあれと創られたお前たちだが新しい物事に触れることで成長する事を私は期待している。そういう意味ではコキュートスにも何か新しい経験をさせてやりたいが……。教官とか、為政者とか……」

 

 コキュートスはブシューとひときわ大きく冷気を吐き出す。

 

「教官ハマダシモ、(まつりごと)ハ……、自信ガアリマセン」

「分からんぞ? もしかした――

 

ガシャン!

 

「な、なんだ!?」

 

 突然の音にモモンガとコキュートスはカウンターを窺うと、やまいこがクレマンティーヌの左腕と胴体、腰の辺りをしっかりとホールドするように抱きついていた。

 

「クレッちー! 辛い経験をしてきたんだねぇ!!」

「ちょっ!? ま、まって! マイちゃん!! い、痛い! やまいこ様!! 痛いからぁ!!」

 

 バキャっと聞こえてはいけない音がクレマンティーヌの身体から聞こえてくる。

 左腕かアバラが折れたのだろう。

 やまいこは流石と言うべきか、人間の姿でも100レベルのステータスはそのままだ。

 

「待って! ほんと死んじゃうから!! い、息がぁ……!!」

 

 クレマンティーヌは唯一自由な右手でやまいこの肩をタップしている。

 そしてゴキッと鈍い音が響いた瞬間クレマンティーヌは崩れ落ちた。

 恐らく背骨を折られ下半身への神経を切断されたのだろう。それまで踏ん張っていた両足がクレマンティーヌの制御から解放されたのだ。

 

「まずい! コキュートス! やまいこさんをクレマンティーヌから引きはがせ!!」

「御意!!」

 

 コキュートスが四本の腕で器用にやまいこを引きはがすと、すかさずモモンガが瀕死のクレマンティーヌに水薬(ポーション)を飲ます。

 絞められた場所が心臓より下だった為にギリギリ死なずに済んだようだ。

 

「大丈夫か? クレマンティーヌ」

マジやばかったんだからね? ねっ!?

「お、おぅ。よしよし」

 

 マスターがおしぼりとお冷をクレマンティーヌに差し出す。

 

「あ、ありがとう……」

「いえいえ、災難でしたね。ご無事でなによりです」

 

 コキュートスを見るとやまいこを抱きかかえている。

 やまいこは寝てしまったようだ。

 

「コキュートス。休憩時間中にすまないが、やまいこさんを連れてユリ・アルファを探してくれ。そして寝かしつけるよう伝えるんだ」

「畏マリマシタ。デハ、失礼イタシマス」

 

 やまいこを抱えたコキュートスがバーを出ると静寂が戻る。

 

「マスター。騒がせて済まなかったな」

「お気になさらずに。御方の意外な一面が見れたと思えばこれも役得かと」

「ふむ。そう言ってくれると助かる。しかし困ったな。今後、やまいこさんには守護者同伴……。いや、やめておこう。あまり制限をつけたくはない。今のは聞かなかったことにしてくれ」

 

 マスターは静かに頷くと割れたグラスを片付け始める。

 モモンガも顔色が戻り始めたクレマンティーヌを立たせる。

 

「私は最後に一杯いただくが、クレマンティーヌはどうする?」

「あー……、じゃー付き合う。でもちょっと待ってて、着替えてくるから」

 

 見ると股間が濡れているがカクテルがこぼれただけでは無さそうだ。

 

「分かった、待つとしよう。マスター、クレマンティーヌが戻ったらお勧めのカクテルを頼む」

「畏まりました」

 

 しばらくした後、モモンガとクレマンティーヌは乾杯する。

 そして、何事も無く無事にお開きになると、長かったナザリックの一日もまた終わりを告げた。

 こうしてモモンガとやまいこの初めてのお酒体験は、居合わせた者たちにとって忘れられない思い出となるのであった。

 

 

* * *

 

 

「うぅー、頭痛い……」

「おはようございます、やまいこ様。お水をどうぞ」

 

 二日酔いのせいかやまいこは酷い頭痛に襲われる。

 ユリ・アルファが用意したよく冷えた水を一気飲みすると、頭痛を和らげるために毒無効化の装備を付け半魔巨人(ネフィリム)の姿に戻るが、残念ながら期待したほどの効果は得られなかった。

 

「まだ微妙にズキズキする……。くっそー、現実(リアル)で飲んでいたお酒はとことん薄められてたんだな……」

 

 意図せず気付いてしまった真実にやまいこはガッカリしてしまう。

 

(それにしても、お酒は毒扱いだとして、お酒の影響で頭痛になった場合は解毒? それとも病気扱いなのかな……?)

 

「やまいこ様、昨夜はそのままお休みになられたのでシャワーを浴びてはいかがでしょうか。二日酔いも醒めるかと思います」

「あー、そだね。モモンガさんたちを待たせちゃまずいし、朝シャンといきますかー」

 

 今日はエ・ランテルに戻り、冒険者組合で新しい依頼を探す予定だったのを思いだしもぞもぞとベッドから這い出ると、ユリが申し訳なさそうに声をかける。

 

「いえ、やまいこ様……。申し上げにくいのですが、モモンガ様とクレマンティーヌ様は既に出発しておられます」

「ふぇえ!?」

 

 あまりの驚きに変な声が漏れる。

 

「先ほどモモンガ様から<伝言>(メッセージ)を頂きまして、『簡単な依頼しかないのでクレマンティーヌと二人で受けてしまいます。やまいこさんはそのまま休養ということで』とのことです」

「……今何時?」

「既にお昼を回り14時となっております」

 

 やまいこは再びボフッとベッドに倒れこむと天井を仰ぎ見る。

 

「あちゃー……」

「やまいこ様、昨晩の事は覚えておられますか?」

「ん? クレマンティーヌの身の上話を聞いて、なんか絡んだ記憶が薄っすらと……。そういえば部屋に戻った記憶がない、かも?」

 

 ユリの顔がやや呆れたような表情を見せる。

 

「な、なにかしちゃったかな……」

「はい。酔った勢いでクレマンティーヌ様に抱きつきそのまま背骨を折ったと伺いました。治療はモモンガ様が。部屋へはコキュートス様が運んでくださいました」

 

 しばしの沈黙。

 自分のしでかした事に自己嫌悪する。

 

「あー……、最悪。 ……シャワー浴びる」

「畏まりました」

 

 

* * *

 

 

 シャワーを浴びて気分を切り替えると、食堂で遅すぎる朝食兼昼食を食べる。

 食堂を利用するには微妙過ぎる時間帯にも拘らず、料理長はサンドイッチとコーヒーを用意してくれた。

 

(やっぱ手軽に済ませたい時はこれに限る。ほんと、サンドウィッチ伯爵に感謝ね)

 

「やまいこ様。本日のご予定は如何いたしますか?」

 

 サンドイッチに舌鼓を打っているとユリがスケジュールの確認を取ってくるが、急遽空いた時間の為にこれといって特別な予定が無い。

 しかし、かといってだらだら過ごすのはシモベたちの「御方」としては宜しくない。

 

「うーん……。折角だしデミウルゴスのところに行ってこようかな。まだ進捗が届いていないし」

「では、アルベド様に供回りの手配を――」

 

「いや、その必要はない。このまま転移先を知っているシャルティアの所に寄るから。彼女に直接〈転移門(ゲート)〉で送ってもらうつもり」

「畏まりました」

 

 

* * *

 

 

 食事を終えて向かった先はナザリック地下大墳墓第二階層、死蝋玄室。

 第一階層から第三階層の階層守護者たるシャルティア・ブラッドフォールンの私室である。

 

 ユリが玄室の扉をノックし、応対に出た吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)に用件を伝えると中へ通される。

 視界を遮るように垂れ下がる薄いレースの飾り幕をくぐって奥に進むと、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を周囲にはべらせた玄室の主、真祖(トゥルーヴァンパイア)のシャルティアが優雅なお辞儀で出迎えてくれる。

 

 肌も露わな吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)に囲まれた(シャルティア)の姿を見たらペロロンさんは間違いなくこの中にダイブしたであろう。

 

「ようこそ、やまいこ様」

 

 アンデッドが集う玄室は薄暗いものの清潔に保たれており、シャルティアの趣味なのか香が炊いてあるようで室内は甘い香りで満たされていた。ピンクとも薄紫色ともとれる靄が掛かっており、やまいこはユグドラシル時代にも同じようなフィールドエフェクトがあった事を思い出す。

 

(確か、生者がこれに触れると何らかのバッドステータスが付いたような……)

 

 やまいこは状態異常に対して抵抗できていることに気付き安堵する。

 玄室を見渡すと、ユリを含めシャルティアやシモベの吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)たちもアンデッドなので霧の影響は無さそうだ。

 

「シャルティア。デミウルゴスの牧場を視察しに行くから〈転移門(ゲート)〉をお願い」

「畏まりんした。お供は必要でありんすか?」

「いや、必要ない。直接牧場に送ってくれれば問題ない」

 

 シャルティアが了解を伝えると〈転移門(ゲート)〉を開く。

 

「やまいこ様、〈転移門(ゲート)〉の先はエントマと夢魔(サキュバス)が詰めている事務所となっているでありんす。ご用向きは彼女たちにお伝えくださいまし」

「うん。分かった。――ユリ」

 

 ユリを手招きすると自分の指からリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを外して差し出す。

 

「指輪を預かってて。この後は第九階層の警備に戻りなさい」

「畏まりました」

「それじゃ、行ってきます」




クレマンティーヌ:_(:3」 ∠)_ シ シヌ……
やまいこ    :( ˘ω˘ )スヤァ

独自設定
・経験値周り
・御方々の酒の強さ
・フィールドエフェクト

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