骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第16話:使徒

 竜王国の王城。薄暗くなり始めた城内を永続光(コンティニュアル・ライト)が照らしていく。

 夕方、玉座の間に本日何度目かのドラウディロンの声が響いた。

 

「よし! 頼んだぞ!」

「は! 陛下、お任せください!」

 

 平伏していた騎士風の男が立ち上がり颯爽と広間を出ていく。彼は疲労の残る体でこれから前線の砦までとんぼ返りしなければならない。しかしそれも女王を想えば苦では無いといわんばかりにその足取りは軽やかだ。

 

 そんな兵士を見送るとドラウディロンは一息つく。一日の執務を終えたのだ。

 宰相が漆黒聖典の用意した魔法詠唱者(マジックキャスター)に連れられスレイン法国へと旅立って半日。滞りなく謁見が済んでいれば明日にも戻ってくる筈だがドラウディロンの不安は大きい。

 この半日の間に伝令がもたらした情報はどれもが悪い知らせだった。二つ目の都市を守る複数の砦が敵の手に落ちたのだ。恐らく今夜か、明日にでも都市は陥落するであろう。

 

(はぁ。もはや神頼み、か)

 

 漆黒聖典の話が真実ならば、宰相が相見えるのは六大神を超えるかもしれない神。不興を招けば竜王国はさらなる窮地に立たされる可能性がある。しかし、不安は拭えないがそれでもドラウディロンは宰相を信頼していた。彼なら上手くやってくれると信じている。

 もっとも、交渉が上手くいったとしても何かしらの対価を要求されるはずだ。

 

(どんな神様か分からんが、国教化も視野に入れて。神に供物は付きもの、お布施だけで済んだとしても額が心配だ)

 

「へ、陛下!」

 

 宰相が持ち帰ってくるであろう案件にドラウディロンが思い悩んでいると、玉座の間に衛士の緊張した声が響く。見ると広間の中央に得体のしれない黒い霧が楕円形に広がっていた。霧が拡散することなく形を保っていることから魔術的な現象であると察しがつく。

 

「お下がりください! 陛下!!」

 

 衛士がドラウディロンを庇うように立ちふさがる中、広間に現れた黒い霧が一際大きく揺らぐと、文字通り「べっ」と霧の中から宰相が吐き出され広間に転がる。

 

「宰相!?」

「た、只今戻りました!」

「おぉぅ?! お、お帰り? これは一体」

「はい! モモンガ様に、えー、神に送っていただきました。それとご使者の方が――」

 

 宰相が言い終わる前に再び黒い霧が揺らぐと今度は幼い容姿をした闇妖精(ダークエルフ)の少年と少女が姿を現す。その瞬間、ドラウディロンの身に流れる竜の血がにわかに騒めく。容姿から明らかに双子であろう幼い闇妖精(ダークエルフ)たちから、その外見からは想像もできないほどの強大な力を感じたのだ。

 

(この二人が使者? この力、神ではないのか。それにあの目。伝え聞く森妖精(エルフ)の王族も左右の色が異なると聞くが。トブの大森林を支配していた闇妖精(ダークエルフ)の縁者だろうか?)

 

「よ、ようこそ、竜王国へおいでくださった。歓迎しよう。私がこの国を統べるドラウディロン・オーリウクルスだ」

 

 ドラウディロンが押しつぶされそうな圧のなか、なんとか自己紹介をすると闇妖精(ダークエルフ)の双子もペコリとお辞儀をする。

 

「アインズ・ウール・ゴウンの使者として参りましたアウラ・ベラ・フィオーラです」

「お、同じくアインズ・ウール・ゴウンの使者として参りましたマーレ・ベロ・フィオーレです」

「先触もなく突然の訪問をお許しください。貴国を憂えた主の気持ちの表れと思って頂ければ幸いです」

 

「こちらこそ宰相を送っていただき感謝する。こんなにも早く交流の機会を設けてくれたことを嬉しく思う」

 

 とても丁寧な口上を闇妖精(ダークエルフ)の少年、アウラが中性的な声で述べる。人懐っこそうな目にはドラウディロンを物珍し気に観察する気配が窺えるが敵意は無い。それに対してマーレと名乗った少女はおどおどとした雰囲気を発している。単に人見知りなのか使者としての務めに緊張をしているのかは分からないが、こちらも敵意といった感情は無いようだ。

 

(敵意が無いとはいえ、これほどの力の持ち主を従えている神とは如何ほどのものか)

 

「財政が逼迫している故、たいしたもて成しはできんが、まずは席を用意しよう。宰相!」

 

 宰相がメイドたちに会談の場を用意するよう指示をだす。テーブルクロスで飾り付けされた長机が慌ただしく繋げられ、さらに永続光(コンティニュアル・ライト)が追加されると薄暗くなりかけていた広間に明るさが戻る。

 

 

 

 

 

 城の者たちは何度も現れる伝令たちの雰囲気から、竜王国の置かれている厳しい状況を理解していた。そして宰相と共に現れた双子の闇妖精(ダークエルフ)が国の運命を左右するであろうことも、これまでに交わされた短い会話と、ドラウディロンと宰相の態度が雄弁に語っていた。

 故にこの広間に集う全ての者が国を想い全霊を尽くして準備にあたった。

 

 会談の準備が終わると両者席に着く。

 

「改めて歓迎しよう。フィオーラ殿、フィオーレ殿、竜王国へようこそ」

「歓迎を感謝します。陛下のご親書に対し、我らが主、モモンガ様のお返事をお持ちしました。それとアインズ・ウール・ゴウンが提案する共存協定書もご用意したのでご検討ください。マーレ」

「は、はい! こちらがお返事の手紙と、共存協定書の女王陛下用と大人用になりますっ!」

 

 マーレが懐から大切そうに手紙を取り出してメイドに託すと、隣にいるアウラの表情がわずかに緩む。初めてのお使いを無事にこなした妹に安堵したのだろう。

 

(兄妹仲は良好なよ……、ん? 私用と()()()?)

 

 モモンガの手紙に素早く目を通すとドラウディロンは胸をなでおろす。竜王国内を蹂躙しているビーストマンを撃退してくれる旨が書かれていたためだ。神の力が如何ほどのものかは計り知れないが、漆黒聖典が保証する存在だ。これでひとまず国は救われるだろう。

 

(いや、まだ首の皮一枚繋がっただけか)

 

 今回の支援を継続して受けられるようにしなければならない。そのためには共存協定書を確認して、場合によっては有利になるように交渉しなければならない……のだが。

 

(くっ! こういうことか!)

 

 ドラウディロンの手元にはデミウルゴスが編集し司書長(ティトゥス)が書き起こした子供用の協定書があった。小難しい文章が削られ、文章の所々には子供が集中力を切らさぬよう可愛らしい挿絵を挿入するなど小粋な配慮がなされている。

 

 隣に控える宰相を盗み見ると「大人用」と注意書きが付いた協定書を読んでいる。

 

(宰相! ちょろっとそれを見せろ!)

(それは構いませんが、幼女形態だけは解かないでくださいよ? モモンガ様は陛下のその姿をマジックアイテムで確認しておりますので)

(み、見られたのか。ふむ、あの時、か? もしかして私はずっとこの姿を保たないといけないのか?)

(真実を伝えない限りそうなりますな。そもそも普通の親書を書いていればこんな事態にはなっておりません。自業自得ですので諦めてください。私はあの親書のせいで死ぬ思いをしたのです。陛下も苦しむべきです)

(ぐぅ。忠臣とは思えぬ言葉)

 

 ドラウディロンと宰相がヒソヒソと話していると、何かを察したアウラが話し始める。

 

「ご安心ください、陛下。分かり易く説明させていただきます。今回、竜王国の“ビーストマン撃退”の要請に対し、アインズ・ウール・ゴウンは全面的に協力する事になりました。ただ誤解のないように予め申しますと、協力とは“ビーストマンに侵略された領土を取り返す”ことであり、追撃して殲滅はしません。

 そして撃退後も至高の御方々は竜王国との友好的な関係を築きたいとのお考えです。ですので竜王国にはアインズ・ウール・ゴウンとの共存を検討していただきたくお手元の資料を用意いたしました」

 

 その()()()()()()をドラウディロンは黙読する。

 

(うぅ、文章がゆるふわ過ぎて逆に分かり難い)

 

「フィオーラ殿、いくつか質問をよろしいか」

「どうぞ」

 

「この共通の決まり事の項にある友達どうし(加盟国間)ケンカ(戦争)はダメとあるが、もし無理やり巻き込まれた場合はどうなるのか」

「経緯をしらべて、非がある方をアインズ・ウール・ゴウンがお仕置きします」

 

「な、なるほど……。では安全保障の説明にある友達(加盟国)襲われ(侵略され)たら助けましょう、というのは今回アインズ・ウール・ゴウンがしてくれるように、我々も派兵して助けなければならないと?」

「その通りです。友達を助けるのは当然です」

「ふむ。しかし、例えば今、スレイン法国が襲われていて竜王国がそれを助けたくとも、ご覧のように我々も襲われていて助ける余裕が無い。この場合は免除とかしてもらえるのか?」

 

「ふっふっふ。ご安心ください! 至高の御方々はそんな事もあろうかと各加盟国に対して個別に対応できる追加の決まりごとをご用意しております。冊子の8ページをご覧ください」

 

 ドラウディロンがページを開いたのを確認するとアウラは続けて説明を始める。

 

「まずは、僕らは親友! ズッ友プラン(同盟条項)!」

 

(ズッ友プラン!?)

 

「これは加盟金を減額する代わりお互いに対等な立場を維持しましょうねっていうプランです。続いて、安心安全揺り籠プラン(保護条項)!」

 

(揺り籠プラン!!?)

 

「こちらは加盟金を少し増やす代わりに危険事をアインズ・ウール・ゴウンが肩代わりします。先ほど陛下が仰った派兵の免除はこちらのプランで対応できます。もちろん国力を回復したらプランの移行も自由です」

「な、なるほど。分かり易い説明を感謝する」

 

 ドラウディロンは思案する。

 

(できればズッ友プランにしたい。けどうちには軍事的な協力をする余裕が無い。となると揺り籠プランだが)

 

「フィオーラ殿。この件に関して家臣たちと相談したいので時間をいただきたい」

「もちろんです。お返事はいつでもかまいません。私達もこれからビーストマンの迎撃準備に入るので一旦戻ります。 あ! そうそう、これを渡すのを忘れていました」

 

 アウラが懐からアイテムを取り出すと机の上にそっと置く。

 

「えーと、本来はズッ友プランを選択しないとダメなんだけど、今回は初のお取引先というのと、陛下のお姿に心打たれた御方々の特別なお計らいで貸し出されるマジックアイテムです。

 その昔、御方々が定点狩りの際に使っていた設置型アイテムだそうです。半径50メートル圏内を第六位階までの探知から守ることができるとのことです。持ち運びできるので陛下の自室や会議室とか、必要に応じて使ってください」

「こ、これはこれは、有難くお借りする」

 

「では、私達は一度戻ります」

「承知した。見送りは――、魔法で戻られるのか?」

「はい。見送りはお気持ちだけで十分です」

 

 アウラがスクロールを使うと広間に再び黒い霧状の半球が浮かび上がり、マーレと共に姿を消した。

 

 

 

 

 

 神の使者が姿を消すと広間には静寂が訪れる。それと同時に張り詰めていた空気も弛緩しどこからともなく安堵の溜息が聞こえてくる。

 ドラウディロン自身短い時間ではあったがかなりの緊張を覚えたのだ。衛兵ならともかくメイドたちには辛かったかもしれない。

 

 ドラウディロンは貸し出されたマジックアイテムを観察する。背の低い三角錐の台座の上に不思議な模様が刻まれた球体が宙に浮いていた。

 

(これがあれば覗かれずに済むのか? いやしかし、早いうちに真実を告白した方がいいかもしれん)

 

「陛下、宜しいですか?」

「何だ?」

 

 宰相の眼差しはいつになく真剣だ。

 

「私が謁見を通じて得た感想ですが、モモンガ様とやまいこ様は心から共存を望んでおられるように感じました。国家の主体性を重んじ、主権を保った各同盟国が互いに協力しあうことを期待しておられました。私はこの協定を締結しても問題は無いと思っております。

 ……陛下はここまでのやり取りでどのようにお感じになりましたか?」

 

「ふむ。漆黒聖典の話だけでは判断がつかなかったがお前や使者の様子、そして親書を読む限りそのモモンガ様とやまいこ様とは関係を築いてもいいと思っている。ただ実際に会うまでは信用できるかどうかまでは答えられん。私も直接会談する必要があるかもな」

「左様ですか。では、今一つお伝えしなければならない事があります」

「ん?」

 

「モモンガ様は()()()()()です」

「!!?」

「それも死者の大魔法使い(エルダーリッチ)よりも上位種、死の支配者(オーバーロード)であるとお伺いしました」

「アンデッド……、それは本当、いや、本当なのだろう。先に伝えなかったのは先入観を持たせないためか」

「はい。申し訳ありません」

「かまわん」

 

 ドラウディロンは貸し出されたアイテムを手の中で転がしながら思案する。

 宰相の配慮はありがたい。あの闇妖精(ダークエルフ)の強大な力に当てられた状態で教えられていたら恐怖に囚われ判断を誤っていたかもしれない。親書や使者の言葉を全て疑っていたはずだ。警戒心は大切だが疑いすぎて視野が狭くなっては元も子もない。

 相手を「生者を憎むアンデッドだ」と拒絶するのは容易いが、この国は滅亡の危機に瀕していて助けが必要なのは事実。冷静に考えられる今だからこそ六大神の一柱(アンデッドの神)という例外と結びつけることができるのだ。まだ希望はある。

 

「大人用を見せてくれ」

「率直に申し上げますと、同盟と保護で年会費に大きな差があります。しかしたとえ保護を選んだとしても法国への寄進や国防費を合計した額と比べても雀の涙で済みます。余った予算を国力回復に費やすことができれば民の生活は確実に向上するでしょう。念願の練兵や装備を補うこともできます」

「ふむ。となると残る問題はこの独占貿易か。一方的に搾取されないことを祈るばかりだが。よし! 各大臣を緊急招集! 精査して明日にも返事を出すぞ!!」

 

 ドラウディロンの号令に従い城内が慌ただしくなる。

 慎重さは大切だが迷ってはいられない。今現在、物理的に食べられている国民がいるのだ。これ以上の犠牲をださないためにも早い決断が必要なのだ。

 

 

* * *

 

 

 丘の向こう側からビーストマンが雪崩のように押し寄せた時、陽光聖典のもとに砦の兵士たちが駆け付けた。

 絶望的な状況には変わりはないが、大楯を装備した兵士と陽光聖典の相性は良かった。兵士たちが防御に徹することで、それまで接近されれば耐えようのなかったビーストマンの爪牙から魔法詠唱者(マジックキャスター)である陽光聖典を守ることができた。そして防御を兵士に任せる事で陽光聖典も攻撃に集中することができたのである。

 夜通し撤退してきたために陽光聖典の疲労は大きいがこれで多少は余裕が生まれる。

 

(状況は厳しいが連携は取れている)

 

 陽光聖典隊長、ニグン・グリッド・ルーインは周囲を見渡す。

 駆け付けた砦の兵は60人。女王の命で自分たちを捜索していたという。ビーストマンに支配権を奪われた地域に60人足らずを送り込むなど無謀もいいところだがそのおかげで命拾いした。今のところ新たな犠牲は出ていない。

 兵士の中には数名見知った顔がある。ここ数年の間で非公式ながらも交流を深めた者たちだ。互いに多少は手の内を把握しているからこそ、この即席の連合は機能しているともいえた。

 

 大楯による防御はビーストマンに対して鉄壁では無いが隙間から槍を付き出す事で接近を防いでいる。それに自身が召喚した監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)で防御力を引き上げ、他の陽光聖典はそれらに守られながら炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)で接近してきたビーストマンに攻撃を集中させている。

 攻め込むことはできないが一方的に攻められることもない。簡易的な槍衾ではあるがビーストマンたちは攻めあぐねている。膠着状態といえた。

 

(違う。遊ばれているだけだ)

 

 92対500。種族的な強さを考慮すれば負けは確定している。

 では何故一気に攻め込まないのか。

 

 腕試しをしているのだ。

 

 ビーストマンたちは強敵と出会うこともなく二つの都市を落とした。その事実が彼らに余裕を持たせ、戦いに遊びを見出したのだ。誰が一番最初に炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)をやり過ごし槍衾を越えて人間の首を取ることができるか。そんな雰囲気だ。

 

(飽きられたら終わりか)

 

 その危惧はすぐに現実のものになる。

 個別に襲ってきていたビーストマンが複数の組をつくり、左右から揺さぶりをかけてきたのだ。

 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)で捌けなくなった時、または大楯の壁に綻びができた瞬間、一斉に襲い掛かってくるに違いない。

 

 揺さぶりをかけるビーストマンが徐々に増えてくると目に見えて防御に歪が生まれる。そして、同時に襲ってくるビーストマンが10組を超えたとき、防御が決壊した。

 

「ここまでかっ!!」

 

 兵士たちは槍から剣へ持ち替えて応戦するも圧倒的な膂力で倒されていく。

 魔術に特化した陽光聖典の隊員にはもはや為すすべもない。

 気付けば包囲されつつある。

 

 が、その包囲の一部が血しぶきを上げながら吹き飛ぶと、ニグンの見知った顔が現れる。

 

「無事か! ルーイン殿!!」

「漆黒聖典!?」

「耐えろ! 間もなく従属神の方々が加勢にくる!! 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)も攻撃にまわせ!」

「了解した!」

 

 ニグンは大きく息を吸うと兵士を鼓舞する為に声を張り上げる。

 

「兵士諸君!! 援軍がくるぞ!! 攻撃は我等に任せて防御円陣だ! ここを凌げば帰れるぞ!!!」

『おおぉおーー!!』

 

 防御から攻撃に転じたニグンの監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)が戦闘に参加すると、その炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)よりも大きな体に威圧されてビーストマンたちも迂闊には飛び込めなくなる。振るわれる巨大なメイスにさしものビーストマンたちも侮れない威力を持っているからだ。

 陣形が整えられていく傍ら、その防御の輪から飛び出した漆黒聖典もまた兵士に取り付くビーストマンたちを薙ぎ払っていく。噂に違わずその武力は圧倒的であった。

 

 新たな敵に危険を察知したビーストマンたちが間合いを取り始めた時、ニグンは見た。

 

 それは例えるならば紅い流星。

 

 天より一直線に落ちてきた()()はビーストマンが一番多く集まる場所に着弾すると、轟音と共に大地を抉り大量の土砂を舞い上げる。

 一瞬の静寂の後、パラパラと落ちてくる砂石に混ざりビーストマンだったものと思われる肉片もボタボタと降ってくる。

 

 そこには真紅の鎧を纏った少女が佇んでいた。

 背中に白い翼を生やし、奇妙な形ではあるがランスを携えている姿は間違いなく神話に聞く戦乙女である。

 

 ニグンは美しいと素直に思った。

 

「さて――、どうしんしょうか」

 

 鈴を転がすような声。

 真紅の戦乙女が混乱止まぬビーストマンたちをぐるりと見渡すと魔法を唱える。

 

魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)集団全種族捕縛(マス・ホールド・スピーシーズ)

 

 信じられない光景。

 大勢いたビーストマンがたった一つの魔法で制圧されたのだ。ニグン達を直接包囲していたビーストマンたちは範囲外だったが、後詰めが制圧された事に動揺を禁じえず既に及び腰である。

 

 そして太陽を遮る巨大な影が二つ、上空を旋回している事に気付く。

 

()()()()()落ちてきたのだろうか)

 

「ド、ドラゴン?」

 

 流石に味方の兵からも動揺の声が漏れるが、目の良い兵士が何かに気付き声を上げる。

 

「お、おい、あれを見ろ。俺らの紋章だ」

「もう一つは、どこの紋章だ?」

 

 

 

 

 

 上空を舞う二匹のドラゴンはそれぞれ異なる紋章を首から下げていた。一つは竜王国。

 そしてもう一つは見知らぬ紋章であった。

 この場でその紋章を知る人間はただ一人。

 

「シャルティア様、ご加勢に感謝いたします」

 

 漆黒聖典はシャルティアに歩みよると跪く。初めて見る完全武装のシャルティアを前に、玉座の間では感じることのできなかった強烈な覇気を受けて、流石の漆黒聖典もその身を固くする。

 それを見たニグン含め陽光聖典の面々も慌てて跪き、砦の兵たちもそれに倣う。「格が違う」などという生易しいものではないと魂が直感したのだ。

 拘束を免れたビーストマンたちも、ここにきてようやく戦場に現れた上位存在がどちらの味方であるかを察し、逃走を始める。

 

 しかし、シャルティアは追わない。上空のドラゴン二匹がゆっくりと追跡を始めたからだ。

 この場の人間たちにはあずかり知らぬ事ではあるが、上空のドラゴンにはアウラとマーレが騎乗している。他にもナザリックの戦力が周囲に展開しているのだ。

 

「ぬしは確か、――漆黒聖典。 ふふふ、加勢は()()()()でありんすぇ。まぁ、それはさて置き、〈転移門(ゲート)〉を開きんすからさっさと入りなんし。ここから先はぬしらに耐えられる戦場ではありんせん」

 

 言うや否や〈転移門(ゲート)〉が開かれる。

 漆黒聖典に促されて兵士たちが恐る恐るゲートに入っていく。負傷者を優先し、手の届く範囲の味方の死体も回収する。

 

 シャルティアは静かにそれを見守る。ここから先には人間は不要、邪魔なのだ。

 今回の任務は、アインズ・ウール・ゴウンが初めて表舞台で大々的に活動するもの。万が一にも失敗は許されないと、アルベドとデミウルゴスの二人からは何度も念を押された。

 守護者たちの心には、御方々が冒険者として旅だった日にデミウルゴスが語った話が棘として刺さっているのだ。曰く、異変に気付けなかった守護者は信頼を失っているのだと。

 

(信頼を取り戻す)

 

 が、簡単には取り戻せないだろう。

 至高の御方々は文字通り超越した存在である。何でも完璧にこなす存在を前に己の価値を証明する事は難題だ。モモンガ様ややまいこ様にできることを「出来ました」と誇ってもすぐに信頼には繋がらないのは明らかだ。

 しかし、デミウルゴスはそれでも大丈夫だと不安を募らせる守護者たちを慰めた。比較優位がどうのと難しい事を言っていたが、要は御方々にとって取るに足らない雑務を守護者が引き受ける事で「時間」をご提供すればいいらしい。

 勿論、理想は同時に利益も提供することらしいが、今回に限って言えばやまいこ様の「ビーストマンの捕獲案」とデミウルゴスの「陥落した二つの都市から物資を秘密裏に奪う案」が利益に繋がるという。

 こうした任務の成功と利益を丁寧に積み重ねることが信頼への一番の近道だといわれた。

 デミウルゴスが既にスクロールの件で貢献しているが、今回はアインズ・ウール・ゴウンの名を冠した初めての任務。

 

(失敗は許されない)

 

 人間たちが全て転移した事を確認すると、シャルティアは新たな〈転移門(ゲート)〉を繋ぐ。

 繋いだ先から己のシモベである吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)20名と戦闘メイド(プレアデス)のユリ・アルファとソリュシャン・イプシロンが姿を現す。

 

 シャルティアたちの任務はビーストマンの拉致と、囚われている竜王国民の救出である。

 ビーストマンの拉致に関しては先の通り、魔法で捕縛して第五階層に繋げた〈転移門(ゲート)〉に放り込む作戦である。捕縛してしまえば戦力として不安な吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)でも運ぶことはできるし万が一の時は首を刎ねることもできる。これらはビーストマンに交渉の余地はなく一定の数が集まるまで続けられる。ナザリックの住人でも問題なく行える作業だ。

 

 しかし異形種を恐れる人間の救出は難しい。下手に近寄っては狂気に陥るかもしれない。なので任務にあたる人選は限りなく人間に姿形が似ているシモベが選ばれた。

 人間の捜索はアサシンスキルを持つソリュシャンが担当し、説得役には善性に偏っているユリ・アルファがあたる。念の為に竜王国の紋章を全員に持たせているため、先ほどの兵たちの反応を見るかぎり余程のことがなければ滞りなく達成できるはずだ。

 万が一、頑なに拒む人間がいた場合はシャルティアが〈魅了(チャーム)〉で促す予定だがこれは最終手段とされている。〈魅了(チャーム)〉では記憶の改竄ができないため、後々混乱を招く恐れがあるのだ。

 

(これでセバスがいれば完璧なんでありんすが)

 

「シャルティア様、こちらは全てナザリックへ送ってしまっても宜しいのでしょうか」

 

 物思いにふけているシャルティアにユリが声をかける。

 現実に引き戻されたシャルティアは地面に転がっているビーストマンたちを一瞥する。

 何やら吠えているようだが興味を引く内容でもなければ一々腹を立てるほどのものでもなかった。既に運命が決まっている相手が何を叫ぼうが無駄というものだ。

 

「それで問題ありんせん。選別は拷問の悪魔(トーチャー)たちが行いんすから、皆どんどん放り込んでおくんなまし」

 

 シャルティアがパンパンと手を鳴らすと吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)たちがさっそく作業に取り掛かる。まだまだ任務は始まったばかりである。

 

 

* * *

 

 

 アウラは上空から下界を望む。大地は所々焼け焦げ燻っていた。

 一日中ドラゴンに乗り、たまに高度を下げてはビーストマンの野営地にブレスをお見舞いする簡単なお仕事だ。少々退屈だがシャルティアの任務が終了するまで同じ行動を繰り返さなければならない。 

 

 アウラとマーレの初動はまず目立つこと。

 地上のシャルティアたちが行動しやすいようにビーストマンたちの注意を引くことであった。

 

「お、お姉ちゃん! シャルティアさんから〈伝言(メッセージ)〉。ビーストマンを集め終わったって。あと、一つ目の都市の捕虜を救出したけど計画に変更があったみたい」

「ん? なにか問題発生?」

 

 アウラとマーレの次の行動。それは竜王国内に残るビーストマンたちの殲滅である。

 にもかかわらずマーレの伝える言葉に「計画の変更」という芳しくない一文があることにアウラは眉を顰める。現場の判断で臨機応変に対処するよう言われているが、予定通り計画が進むに越したことはない。

 シャルティアが〈転移門(ゲート)〉で捕虜を救出後、都市内に立てこもるビーストマンたちは八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が、そして都市外で野営しているビーストマンたちはアウラの魔獣とマーレのドラゴンが駆逐する手筈である。

 

「人間の捕虜が多過ぎて、全員を首都に送れそうにないから、ふ、複数の倉庫に閉じ込めたって。一応、都市を解放するまで外に出ないように説得はできたみたいだよ」

「ふーん。まぁ、外に出てこなければ大丈夫か。じゃあ、あたしたちも次の行動に移ろっか」

「う、うん」

 

 シャルティアの〈伝言(メッセージ)〉は計画に若干の変更があったことを伝えるものであったが、同時に人間の目を一ヵ所に集める事で不用意な遭遇や目撃を回避できることを意味していた。それはナザリックの戦力を投入できる事を指している。

 であるならば問題は無い。

 

 注意深く異形の存在を一般人に秘匿するのは円滑な救助のためでもあるが、真の狙いは今後、他の国と接触するに先立って竜王国の民にアインズ・ウール・ゴウンの素晴らしさを喧伝してもらうためであった。

 異形に慣れぬ人間にはまず結果だけを周囲に喧伝してもらう。そうすることで次の取引相手とも友好的に接触することが出来るとアルベドとデミウルゴスは踏んでいるのである。

 

 ではドラゴンは良いのかという事になるが、竜王国の王族が竜の血を引いている事は周知の事実であり、そのため国民はドラゴンに対する忌避感が比較的低いと推測されたのだ。

 事実、捕虜の中にもアウラたちのドラゴンを目撃した者がいるが、「ドラウディロン女王が助けに来た」「王家の親戚では」と良い意味で噂が働き、シャルティアたちは大きな混乱もなく説得することができたのである。

 あとはビーストマンたちに文字通り「お前達はドラゴンの尾を踏んだ」と警告する示威行為の側面を持つ。

 この警告は功を奏し、一部のビーストマンたちは竜王国外へ逃れるために既に移動を始めていた。

 

「マーレ、確認だけど、竜王国から出たビーストマンは追わなくていいからね?」

「わ、わかってるよ、お姉ちゃん」

 

 オドオドと返事をするマーレであるが、その視線の先には未だ状況を飲み込めていないビーストマンの一群がいる。何者か(シャルティア)に制圧された食糧庫を取り戻すために目の前の都市に攻め込むか、それとも国境に近いもう一つの都市に撤退するかを迷っているようだ。

 

「じゃあ、ぼ、僕も行ってくるよ。この子(ドラゴン)のことよろしくね」

「はいはい。いってらっしゃい。あたしらは反対側から都市の周りを時計回りでぐるっと攻めるから。マーレは逆回りでね」

「う、うん。それじゃ」

 

 マーレは軽く別れの挨拶を交わすと、結構な高さを飛行するドラゴンから飛び降りる。

 普段は高い所から飛び降りるのを怖がるくせにと思いながらアウラが下を見ると、さっそく大地がうねるのが見える。マーレが〈大地の大波(アース・サージ)〉を唱えたのだろう。瞬く間にビーストマンたちが土石流に飲み込まれていく。

 

「よしよし」

 

 アウラも周囲に意識を飛ばすと、潜んでいたシモベの魔獣たちが次々と姿を現す。

 可愛いペットたちはナザリック外での初めての狩りに皆興奮しているようだ。

 大量の玩具が駆けまわっているのである。興奮するなという方が酷だろう。

 

「んじゃーあたしらも行こっか!!」

 

 

 この日、突如現れた圧倒的なまでの暴力にビーストマンの軍勢は飲み込まれた。

 7万の軍勢のうち逃れられたのは僅か2万であった。


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