骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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竜王国
第15話:真にして偽りの竜王


 カッツェ平原を彷徨う事、五日。

 視界の悪い濃霧の中、それでも取得していた〈不死の祝福〉によってアンデッドの位置を把握できると踏んでいたモモンガであったが、いざ濃霧を見渡すとアンデッドの位置を示す光点が霧で乱反射してしまい、そこに居るのは分かるが何体いるのか正確に把握するには相当近寄らなければならなかった。

 

 対するアンデッドは生者を探知することに長けており、迷わずモモンガ達に突っ込んできたのだ。

 襲ってくる殆どのアンデッドは低レベルだったため倒すのは容易かったが、ある時を境に突然数が増したかと思うと件のエルダーリッチと遭遇、さらには冒険者組合の情報には無かったアンデッド軍団を従えていた為にそのまま乱戦に突入してしまい、奇しくも受付嬢の忠告が正しかったことが証明されたのだった。

 

 アンデッド軍団の規模から長期戦を覚悟するクレマンティーヌであったが――。

 

 転移世界のエルダーリッチがユグドラシル産と同じとは限らないと慎重な姿勢を見せるモモンガを余所に、やまいこが「()()()()()()()()()()()()()()()()()」と接近戦を挑み、黒革の手袋に装備した〈神聖属性付与3〉(エンチャント・ホーリー)のヒヒイロカネ製ナックルでエルダーリッチの頭蓋骨を粉砕し、あっけなく任務が終わってしまった。

 残された大量のアンデッド軍団も、やまいこの〈集団標的〉(マス・ターゲティング)化した〈中傷治癒〉(ミドル・キュアウーンズ)でほぼ一掃してしまい、モモンガとクレマンティーヌの活躍は無いに等しかった。

 

 

 

 

 

 そんな一方的な戦いが繰り広げられているカッツェ平原の遥か南東の地で、同じく一方的な戦いにより死闘を繰り広げる一団がいた。

 

 スレイン法国の特殊部隊、陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインは窮地に立たされていた。

 彼の部隊は本国から遠く離れた地でビーストマンを相手に戦っていた。いや、それは戦いと呼べるものでは無かった。如何に被害を抑え撤退するかであった。

 

 陽光聖典は国の体制が変わり表立って活動できるようにはなったが、依然として信仰系の第三位階魔法習得が加入条件である為、その数は予備役含め僅か100人程であることには変わりはない。

 今回、現役の40人を連れてきたが、その貴重な隊員がまた一人、ニグンの目の前でビーストマンの牙に倒れた。これで8人目。大きな損失だ。

 

 倒れ伏した部下に喰らい付こうとしていたビーストマンに炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)が殺到し屠ると、ニグンは即座に瀕死の部下に駆け寄ると水薬(ポーション)を飲ませ肩を貸す。

 もはや回復に魔力を割く余裕が無いのだ。

 

「立て!」

 

 ビーストマンは非常に俊敏で厄介な相手だった。炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)で倒せない相手では無いが、ひとたび距離を縮められると人間の術者には為す術がないのだ。

 ただし、優れた身体能力を持つビーストマン達は生まれ持った五感に頼った戦い方を好む傾向にあり、それゆえに秀でたその器官を封じる搦め手が有効であった。

 ニグンは疲労の色が濃い部下達を激励する。

 

「倒すことを考えるな! 一班は炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)で足止めに集中! 二班は〈束縛(ホールド)〉、〈混乱(コンフュージョン)〉、〈盲目化(ブラインドネス)〉、使える状態異常魔法を叩き込めっ!!」

 

 これは撤退戦だ。さらに言うなら「如何に()()()()()()撤退するか」である。

 彼ら陽光聖典の後ろには、数千人規模の避難民が今なお逃走中であるからだ。

 

 竜王国は二つの都市を失った。そう、()()()()()だ。その避難民がたったの数千人なのだ。

 ビーストマンは人を食べる。人間を狩る為に竜王国の都市を度々襲ってきたビーストマン達が、今回に限って用意周到に都市を包囲し滅ぼす勢いで総攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

 陽光聖典が逃がそうとしている避難民達は、そんなビーストマン達の網をすり抜けた幸運な集団であった。そしてそれを追ってきたビーストマンも、少数の分隊であり本隊ではなかったことも幸いした。分隊であったからこそ陽光聖典は耐える事が出来たのだ。

 恐らく包囲の網から逃れられなかった人々は捕虜になり遠くない未来、潰されて食料にされるだろう。今までは食料たる人間が滅ばぬよう狩り尽くすような行動はしてこなかっただけに、急な方向転換が不気味であった。

 

「ニグン隊長! 右手の丘に新手20!!」

「このまま撤退する!! 近づけさせるな!!!」

 

 その数に軽く眩暈を覚えるニグンであったが、彼はここで死ぬ気は無い。

 連れている部下も状況判断に優れた百戦錬磨の強者だ。防御に徹すれば損害は免れぬとしても砦までは撤退できるはずだ。

 

「隊長! 奴ら戻っていきます!!」

「……なに?」

 

 部下の報告に丘を見上げると確かにビーストマン達がさがっていくのが見える。

 

 嫌な予感がする。

 

「あれが斥候だとしたら……。 ッ!!? クソッ!!」

 

 

 オオォォォォォォォォォォォーン

 

 

 予感は的中する。

 ビーストマンの遠吠えと共に丘の上に500近いビーストマンの一団が現れた。

 

(いや、丘の向こうに本隊が迫っているかもしれない)

 

「防御陣形ッ!! 総員、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を召喚!!!」

 

 圧倒的な戦力差を前にもはや逃れられないと悟った部下達は、次々と天使を召喚し陣形の盾になるように天使たちを配置していく。今回の遠征に魔封じの水晶の所持が許されなかったことが悔やまれる。

 ニグンも監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)を召喚すると、死を覚悟するのであった。

 

(せめて一目、この目で神を見たかった……)

 

 

* * *

 

 

 竜王国という国がある。スレイン法国の東に位置し国境代わりの大きな湖で隔てられてはいたが、隣国という間柄である。竜の名を冠したこの国を治めているのは竜と人間の混血児である黒鱗の竜王(ブラックスケイル・ドラゴンロード)こと、ドラウディロン・オーリウクルス女王である。

 竜王(ドラゴンロード)ではあるものの、その身には竜の血が八分の一しか流れてはおらず、竜王(ドラゴンロード)であれば行使できるはずの「始原の魔法(ワイルド・マジック)」も多大な犠牲を払わねば使えない上に、素の攻撃力も一般人並みという残念な竜王(ドラゴンロード)である。ほぼ人間でありながら始原の魔法(ワイルド・マジック)を一応は行使できることから、スレイン法国からは「真にして偽りの竜王(ドラゴンロード)」と呼ばれていた。

 彼女を目にした多くの者は、竜の血が魅せるのか辛うじて高潔さを感じとることができるものの、その外見が威厳とはほど遠い幼い少女のそれである為に、主に庇護欲を駆り立てられることは間違いないだろう。

 

 そんなドラウディロンが統べる竜王国は、東に広がるビーストマン国からの大侵攻により滅亡の危機に瀕していた。ビーストマンにとって竜王国とは食料が勝手に増える良質な餌場なのだ。

 戦いは常に一方的で、食欲を満たすためだけに毎年数度の襲撃を受けていたのだが、ここにきて襲撃の回数と質が変わったのだ。長らく餌場として戦争とすら呼べぬ殺戮を繰り返してきたビーストマン達が、いよいよもって竜王国を滅ぼすために本腰を入れたかのようだった。

 

 両者には歴然とした戦力差があり、戦況を覆すのは早くも絶望的であった。ビーストマンは生まれながらにして恵まれた身体能力を持ち、人間の成人男性を1とした場合、ビーストマンの成人はその10倍の能力を持つ。

 竜王国の民が例外なく竜の血を引いていれば状況は変わっていたかもしれないが、残念ながら竜の血を引くのは王族のみであり、国民は無力な人間だ。

 唯一の救いはビーストマンは種として基礎能力が高い分、突出した強さを持った強者が少ないことだろう。また、生まれながらの膂力に頼った戦いを好み、高度な戦術的な戦いをしてこないことも幸いしていた。

 

 

 

 

 

 竜王国の王城。玉座に座る女王へ宰相が戦況報告をしていた。

 

「陛下、都市が一つ落とされました。そして二つ目の都市も陥落間近とのことです。現在、首都に隣接する砦に避難民が押し寄せております。兵と冒険者が共同で防衛にあたっていますが、ビーストマンが攻めてきたら長くは耐えられますまい。

 また、伝令によるとスレイン法国の陽光聖典が民を逃がすために囮として前線に残ったそうです。現在彼らの所在は不明です」

 

 陽光聖典の所在が不明なのは悩ましい問題であった。スレイン法国の方針が変わったとかで、今まで多額の寄進をすることで見返りとして派遣して貰っていた陽光聖典が今回は無償で派遣されてきたのだ。

 そのことに喜んだ矢先、まさかのビーストマン国の大攻勢が始まり、都市一つを失うと同時に当の陽光聖典も行方不明になるという事態にドラウディロンは暗澹たる気持ちになる。

 つかの間に覚えたささやかな喜びが、絶望をより一層鮮明なものにする。

 

「彼らには何度も助けてもらった。捜索隊を出せそうなら向かわせてくれ。うぅ、陽光聖典の助けがあっても今回は抑えられぬか……。帝国からの返事はまだなのか?」

「望みは薄いですな。帝国もトロールの国と隣接していますし、何よりもそろそろあの時期ですので兵をこちらに回す余裕は無いでしょう」

「あぁ、王国とのいつものアレか。まったく、下らない小競り合いばかりしおって。うちらが滅んだら次はあいつ等だというのに!」

 

 ドラウディロンは玉座から足を投げ出し、少女とは思えないやさぐれた表情を見せる。

 

「陛下、その形態の時は愛らしく振る舞って下さい。士気にかかわります」

「……形態言うな」

「しかし、情報筋によると帝国は本気のようですよ? 今回は確実にエ・ランテルを落としにかかると上層部では囁かれているようです」

「知らん! 王国の都市なんぞ興味無いわ! 今は目の前のビーストマンだ」

 

 お先真っ暗な現状にドラウディロンは頭を抱える。

 

「なぜ、今回に限ってこんな」

「他国に国防の一端を任せていた罰かもしれませんな」

「好き好んで任せていた訳ではないわ! 恒久的な練兵が国力に繋がることは知っておる。しかしこの国が欲しているのはビーストマンに対応できる即戦力。軍事費に金を回しても直ぐに兵が強くなるわけではなかろう」

「まぁ確かにそうなんですが。陛下が始原の魔法(ワイルド・マジック)をぽんと撃てれば万事解決なんですがね」

 

 その言葉にドラウディロンは自虐的に笑う。

 

始原の魔法(ワイルド・マジック)か……。もう少し竜の血が濃ければ撃てたかもしれんがな。

 八分の一の私では100万の民の命を磨り潰す事になる。そんな事をすればビーストマンではなく私が国を滅ぼしかねん。これは最終手段だ」

「そんな未来は迎えたくないですな。では、そうならない為にも、前線の指揮官たちに激励の手紙を30枚くらい書いてください。もちろん幼い筆跡で、子供が信頼を寄せるような感じでお願いします」

「ぐぇー。あれは素面(しらふ)では書けん。酒を持ってこ――」

 

「失礼します! スレイン法国の使者が参られ、謁見を申し出ております」

 

 酒をねだるドラウディロンの声を遮り、玉座の間に使者の来訪を告げる衛士の声が響く。

 

「なに! 陽光聖典の者が戻ったのか?」

「いいえ、漆黒聖典と名乗っております」

「……漆黒聖典?」

 

 噂によれば陽光聖典と同じくスレイン法国の秘匿された特殊部隊の筈だ。

 今までスレイン法国の使者は神官職の者が窓口となって謁見に訪れていたが、陽光聖典にしろ漆黒聖典にしろ、六色聖典に所属する者が直接会いに来たことは一度も無かった。

 ドラウディロンは宰相と目配せする。国の存亡を左右する予感がしたからだ。

 

「直ぐに通してくれ」

「はっ!」

 

 

 

 

 

 玉座の間に現れたのは射干玉の髪を床に届きそうなほど伸ばした幼さを残した青年であった。

 しかしドラウディロンに流れる竜の血が、この青年がただの人間でないことを知らせていた。同時にその顔も偽りのものである事に気付くが、この場でそれを指摘することに実利が無いと判断する。

 

「良くぞ参られた! スレイン法国の者よ! まさか噂に聞く漆黒聖典が来てくれるとは思わなかったぞ!」

 

 玉座の間に天真爛漫な少女の声が響く。

 そこには先ほどまでやさぐれていた少女の面影はなかった。

 

「お初にお目にかかります。スレイン法国の六色聖典が一つ、漆黒聖典にございます。以後お見知りおきを」

「うむ。私が竜王国女王ドラウディロンである。来てもらって早々申し訳ないが、貴国に派遣して貰った陽光聖典と連絡が取れなくなっていることを先に伝えさせて頂く。捜索隊を出す予定だが戦況が芳しくない。最悪の結果を覚悟しておいて欲しい」

 

 ドラウディロンは前もって懸念事項を隠さず告白する。

 

「ご心配なく。今のところ陽光聖典は前線にて健在でございます」

「そ、そうなのか? それなら一安心なんだが。して、今回はどのようなご用向きか」

「今回謁見を賜りましたのは我々が掴んだ悪い情報と、それを解決する為のご提案をさせて頂くためです」

 

 漆黒聖典の「悪い情報」に不安を覚えるドラウディロンであったが、同時に解決策を示してくれるのならば聞かない訳にはいかない。

 

「続けてくれ」

「はい。まず悪い情報ですが、私共の仲間が遠見にてビーストマン達のただならぬ動きを察知いたしました。陥落した貴国の都市に6万弱のビーストマンが駐屯しており、そして現在攻められている都市には6000程のビーストマンが包囲網を敷いております」

「そうか」

 

 ドラウディロンは静かに目を閉じる。二つ目の都市が陥落するのを確信したからではない。7万近いビーストマンを押し返す力がこの国には無いからだ。それだけの数で攻めてこられたらこの首都まで一瞬であろう。

 幸いにして首都は衛星都市以上に堅固で、守りを固めれば攻城戦に不慣れなビーストマン相手なら即陥落する事は無いだろう。しかし、それでも他国の援軍が来なければ滅亡は免れない。

 

「解決策というのはどのようなものか聞かせて欲しい。漆黒聖典の助力を頂けるのだろうか?」

「私共漆黒聖典は少数精鋭で個として最強を自負しておりますが、貴国民を救う事は出来ません。100を守る横で1000の民を失うでしょう。私共の力は多を救うには向いておりません」

 

 漆黒聖典は少数精鋭の部隊。神人以下その隊員は一騎当千の猛者揃いだ。ビーストマンが数万居ようとも撃破は可能だし、要人警護も数名が対象なら可能だ。

 しかし、彼らの武力は手の届く範囲しか守れない。数十万の民を物理的に守るには人として限界があるのだ。

 

「で、では、解決策というのは……」

「個で数万を相手取ることが出来るお方をご紹介致します。――いえ、勿体ぶった言い方は止めましょう。スレイン法国に神が降臨されました。私共の提案とは神へ拝謁を乞い、竜王国の窮状を伝えることです。その為に是非、女王陛下にはスレイン法国へお越しいただきたく思います」

 

「お、お待ち頂きたい!」 宰相が堪らず割って入る。

 

「貴方の申される神とは、つまり、法国で信仰されている六大神と解釈して宜しいのか」

「いいえ。六大神ではありませんが、同等以上の力をお持ちのお方です」

「貴国の方針が変わったのも神の降臨に依るものと思って良いのですね?」

「はい。自然淘汰を是としながら、種を越えて共存を望む者であれば等しく守護して下さる慈悲深いお方です。残念ながらスレイン法国は未だ神の庇護下に入ることは叶っていませんが、将来的に守護して頂けるよう国を再編中でございます」

 

 宰相は素早くドラウディロンに目配せすると、彼女は小さく頷く。

 彼女の竜眼が、漆黒聖典は嘘を言っていないと判断したのだ。

 

 これはとんでもない話だ。

 人類はかつて六大神によって滅亡を免れた過去がある。その後に現れた八欲王も伝え聞く神話は破滅的な物が多いが、その実周辺の亜人種を(ことごと)く駆逐したことで人類の生存圏を確保した功績は計り知れないと歴史学者は分析している。

 もし、そんな神々が再び降臨したのであれば、そしてそれが理性的な神であるならば、漆黒聖典の言う通り拝謁を求め庇護を願い出ることが竜王国の窮地を脱する一番の近道だろう。

 

 しかし、と宰相は思案する。

 

「陛下、ここは私がスレイン法国へ出向き神の謁見を賜って参ります」

「何故だ? 救国を願うのならば国を統べる私が行かねば礼に欠けるのでは?」

「いえ、存亡の危機に瀕しているからこそ、国を統べる者が導かねばならないのです。今、陛下の姿がこの国から無くなったら臣下の者に混乱が生じます。使者殿もどうかご理解願いたい」

 

「畏まりました。女王陛下には親書をご用意頂ければと。それと事は一刻を争います。私共の方で〈飛行(フライ)〉と〈浮遊板(フローティング・ボード)〉を使える魔法詠唱者(マジックキャスター)を用意いたしております。こちらを利用して湖を越え、一気に神都へ向かいたいと思います。準備が出来次第、お声をおかけ下さい」

 

 まだ見ぬ神に一抹の不安を胸に秘め、宰相はさっそく準備に取り掛かるのだった。

 

 

* * *

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第九階層。モモンガの執務室の最奥中央にモモンガの事務机がある。

 やまいこはモモンガの左隣に設置された椅子に座っている。そしてその後ろにはクレマンティーヌが身を隠すように控えていた。一般メイドを除き、超越した人外しかいない空間に緊張気味の表情を浮かべるクレマンティーヌだが、その主な原因が初顔合わせの時に殺気立ったアルベドが目の前にいるからだとやまいこは察していた。

 

 モモンガとやまいこは変身を解いており、死の支配者(オーバーロード)半魔巨人(ネフィリム)の姿でアルベドの報告を受けるところであった。

 

「モモンガ様、やまいこ様。突然のお呼び出し、申し訳ありません」

「構わん。カッツェ平原の任務も行き詰っていたしな。それで、〈伝言(メッセージ)〉では竜王国の使者が来たとか言っていたが、待たせているのか?」

「はい。只今第十階層の待合室で待機させております。スレイン法国の神官を通し、緊急の謁見を願い出ております。私が対応することも考えましたが、内容によってはアインズ・ウール・ゴウンとして動く事を想定しますと御方々に直接ご対応して頂いた方が良いと判断いたしましたのでご連絡さし上げました」

 

「了解した。クレマンティーヌ、竜王国に付いて簡単に説明してくれ」

「はい。竜王国は法国の東に位置し、竜の血を継ぐドラウディロン女王が統治する国です。竜の血を継いでいるのは一部の王族のみで、大多数の民は普通の人間です。長年隣国のビーストマン国から餌場として扱われており、人々は集団行動を余儀なくされ、街を防壁で囲んで暮らしています。女王が純粋な人間ではないためスレイン法国は表立っては加勢してきませんでしたが、毎年六色聖典のいずれかを派遣しビーストマンの間引きを手伝ってまいりました。以上です」

 

「なるほど。となると法国経由で接触してきて且つ緊急ということは情勢に大きな変化があったと見るべきか。それも竜王国にとって悪い方向に。ふむ、やまいこさん、問題が無ければこれから謁見に臨みたいのですが、宜しいですか?」

「うん。ただ、もしかすると竜王国と同盟を組むかもしれないから念のためデミウルゴスとパンドラズ・アクターも呼んでおこう。法国はプレイヤーが作った国だからボクたちを容易に受け入れられたけど、他国が同じとは限らないからね。想定外の問答があった時に意見を聞ける者は多い方がいいと思う」

「あー、確かにそうですね。アルベド。守護者で謁見に臨むのはお前と、デミウルゴスとパンドラズ・アクターだ。ナザリックに残っている戦闘メイド(プレアデス)とクレマンティーヌも参加させる。クレマンティーヌの立ち位置は戦闘メイド(プレアデス)の一段下だ。他の守護者は通常勤務で構わない。では、デミウルゴスが戻り次第、竜王国の使者と謁見する。準備を始めてくれ」

 

「畏まりました。モモンガ様」

 

 アルベドが退出すると、やまいこの後ろでクレマンティーヌが大きく息を吐く。

 

「大丈夫?」

「いや、急に話を振られたから。もう少し真面目に座学を受けておけばとちょっち後悔」

「クレマンティーヌは十分役に立ってるよ。ね? モモンガさん」

 

「そうだな。お前からは多くの事を学んだ。とはいえその座学とやらにも興味がある。教科書のような物があるのなら一度見てみたい」

「お、確かに教師として教科書は是非見てみたい。クレマンティーヌ、今度時間がある時にでも何冊か貸してよ」

「それなら国立図書館を案内するよ」

「国立図書館! いい響き!!」

 

 やまいこのテンションが上がる。

 

「やまいこさん、今回の任務が終わったら行ってみましょう。さて、脱線してしまいましたが、やまいこさんにクレマンティーヌ、デミウルゴスが戻るまでに腹ごしらえするなら済ませちゃってくださいね」

『はーい』

 

 やまいことクレマンティーヌが食堂に向かい一般メイドも下がらせると、モモンガは久しぶりに過ごす一人の時間を堪能するのであった。

 

 

* * *

 

 

 神との謁見が叶った竜王国の宰相は心底後悔していた。

 今、目と鼻の先に死の支配者(オーバーロード)半魔巨人(ネフィリム)が居るのだ。

 だが、後悔の原因は恐ろしい姿のモモンガややまいこが手の届く距離に居るからではない。モモンガが魔法の鏡で竜王国の王城内を映し出し、ドラウディロンの姿を探しているのだ。

 

(なぜ、確認を怠ってしまったのか)

 

 

 

 

 

 謁見が始まり玉座の前で平伏していた宰相の耳に、女性の清涼とした声が響く。

 

「モモンガ様、やまいこ様。竜王国の宰相がお目通りをしたいとの事です」

 

「良くぞ参られた、竜王国の者よ。私がこのナザリック地下大墳墓の主人、モモンガだ」

「同じく、ナザリック地下大墳墓の主人、やまいこ」

 

「本日は急な訪問の上、時間を割いて頂き誠にありがとうございます」

「うむ。さっそくだが用件を聞こう」

「はっ! 今回参じましたのはモモンガ様にご助力を願い出るためでございます。現在、竜王国はビーストマンによる侵攻を受けており、滅びの一途を辿っております。こちらにドラウディロン女王からの親書と漆黒聖典殿の紹介状を預かっております。お納めください」

 

 アルベドの指示に従いユリ・アルファが受け取ると、玉座のモモンガの下まで届ける。

 自動翻訳アイテムを装備したモモンガとやまいこは、親書に目を通すと困惑する。

 

「あー、宰相殿。失礼な事を聞くかもしれんが、ドラウディロン女王は、成人されておらぬのか?」

「は……、ぇ?」

 

 宰相はその言葉の意味を察し青ざめる。

 

(も、もしや。もしや! いつもの調子(子供の筆跡)で親書を書いたのか!!?)

 

 モモンガが読み、今はやまいこの手にあるドラウディロンの親書には、竜王国の窮状が幼い文字で綴られていた。滅亡の危機から国を救ってほしいと神様に嘆願する内容は、子供が必死に書いたと思えば胸にくるものがあるだろう。

 だがそれは兵の士気を上げるための方便であって、外に向けた公式の親書には相応しくない。

 

素面(しらふ)では書けないとか言っていたくせにっ!!)

 

「どうなのだ? まだ子供なのか?」

「は! いえ、その、女王は竜の血を引いておりますれば、その成長は人間と異なる為……、子供と言っていいのか正直分かりかねます」

「ふむ。確かにアウラやマーレの外見は幼いが、人間基準では老成していてもおかしくない歳だしな。なるほど、種族が違えば推し量るのも難しいか」

 

(な、納得してくれた!? このまま押し通すし――)

 

「良し。見てみるか」

「なぅっ!!?」

 

 まるで心臓を物理的に掴まれたようだった。

 そんな魔法が実際にあったら間違いなく死んでいただろう。

 

 モモンガは空間から遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を取り出すと「確か東だったな」と適当に当たりを付けて操作を始める。

 宰相の心臓がはち切れんばかりに鼓動する。

 

「お、お待ちください! モモンガ様!!」

「安心しろ。別に国家機密を覗こうとしている訳では無い。貴国が置かれている状況は理解した。我々が援軍を送るにしても場所を確認せねば〈転移門(ゲート)〉も開けんからな。お、ここが王城か。宰相殿、見られて都合の悪い部屋もあろう。ここにきて城内を案内しろ」

 

 モモンガはもう一つ魔法を発動させると不可視の感覚器官を城内へと導く。

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)と併用することで室内も映し出せるようになる魔法だ。

 

「モモンガ様がお待ちです。どうぞこちらへ」

「あ、あぁ。申し訳ない」

 

 ユリが優しく宰相を導くが、玉座へと続く段を一段登る度に死が迫ってくるようで生きた心地がしない。

 

(いや、それよりも、だ。モモンガ様は陛下のことを確実に幼気な少女だと誤解している。万が一、ここでやさぐれた表情の陛下がだらしなく椅子に座っている姿が映し出されたら。い、飲酒している可能性すらあるのでは!?)

 

「それで? 正門から真っすぐ入って良いのか?」

「はい、暫く直進すると……、あ、そこの階段を上がってください」

 

(ま、まさか、そもそも私が居ないことをこれ幸いと大人形態になっていたら、神を謀ったとして私は罰せられるのだろうか? 私だけが罰せられるのならば良いが、国が滅ぼされたりしないだろうか)

 

「ふむふむ。しかしあれだな。覗いている身で言うのもなんだが、情報系魔法の対策をしていないのは如何なものかと思うぞ? こうして覗かれる危険性があるからな。これを機に対策をするといい。なんなら探知阻害系のマジックアイテムを貸し出すぞ?」

「はっ! 大変貴重な経験をありがとうございます! マジックアイテムの件、是非とも宜しくお願いしたく思います!」

 

「うむ。パンドラズ・アクター、聞いての通りだ。宝物殿に幾つか余っていた探知阻害系のアイテムを見繕ってくれ。そうだな、第六位階までを阻害できれば十分だろう」

「畏まりました。後ほどご用意いさせて頂きます」

「頼んだぞ」

 

「モモンガ様、この廊下の、突き当りです……」

 

 このまま玉座の間に着かなければと願うが、意に反して終点は確実に近づいてくる。通い慣れた筈の廊下が妙に短く感じる。まるで絞首台に向かう死刑囚のような心境だ。

 

 そうこうする内に廊下の奥に豪華な扉が見えてくる。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)が扉の前で一旦止まると、宰相は目を閉じて祈った。

 玉座に幼女姿のドラウディロンが居ることを強く願った。この扉の奥が映し出された瞬間、竜王国の運命が決まるのだ。額にじんわりと汗が滲む。

 

(陛下、どうか、どうか!)

 

「こ、これはっ!!」

 

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)は音を拾わない。その為、目を瞑っている宰相には何が映し出されているのか分からない。モモンガの声にビクリと身を震わした宰相だが、続く言葉が無いことに不安を覚える。

 背中に冷や汗を流しながら宰相は意を決して目を開けた。

 

「!!? へ、陛下ぁー!!!」

 

 かくして遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)に映し出されたドラウディロンを見た宰相は感極まって叫ぶ。

 そこには幼い子供が身振り手振りを交え一生懸命に兵を激励する姿が映っていた。

 

(完璧です! 完璧ですぞぉっ!!)

 

「さ、宰相殿。気持ちは分かるが落ち着くのだ」

「し、失礼いたしましたっ! 大変お見苦しいところを」

 

 モモンガは目に涙をためた宰相を落ち着かせるようになだめる。

 

「よい、よいのだ。ドラウディロン女王は立派に責務を果たしておいでだ。対面する兵士の顔を見れば為政者として愛されているのが分かる。またこうして目の前で臣下の心も垣間見ることができたしな。やまいこさん、我々もかくありたいものですね」

「うん。ボクたちもシモベに愛されるように頑張らないと」

 

 モモンガが遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を改めて覗くと、ドラウディロンの訝し気な目がこちらに向いていることに気付く。

 

「ほう。不可視の目を捉えるか。完全に発見している訳ではなさそうだが、これも竜の血が為せる業か」

 

 モモンガはこれ以上気取られる前に遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)をしまうと、やまいこに向き直る。

 

「やまいこさん、私はこの竜王国を助けたいと思いますが、如何ですか?」

「賛成。彼らの主従関係には惹かれるものがあった。どうだろう、モモンガさん。ボクたちがこのまま介入するのは簡単だけど、ここは彼らに倣ってボクたちも守護者の誰かに使者を任せてみない?」

 

「なるほど、なら人選をどうするか。そうだ、アウラとマーレなら歳が近そうだしいいかもしれませんね」

「うん。適任だと思う。あとは持たせる親書と共存協定書の用意か。大人用と子供用を用意した方がいいのかな?」

 

 やまいこのその疑問にモモンガも宰相へ問う。

 

「ふむ、時に宰相殿。(まつりごと)はドラウディロン女王が取り仕切っているのか?」

「は、はい! ドラウディロン女王が実権を握っており、国としての意思決定を行っております」

「であるならば子供用を用意するべきだろうな。協定を結ぶに当たって齟齬があってはいけない」

 

 モモンガは姿勢を正すと守護者達に指示を飛ばす。

 

「では、守護者たちよ。アインズ・ウール・ゴウンは竜王国に手を差し伸べるためにアウラとマーレを使者として送る。デミウルゴス、各条項は現行の草案を採用するものとして子供にも分かり易いように編集してくれ」

「畏まりました。モモンガ様」

 

「パンドラズ・アクターは早急に先ほどのマジックアイテムを用意しろ」

「お任せください。直ぐにご用意いたします」

 

「アルベドは対ビーストマン戦の立案を。ただしアルベド自身は前線に出る事を禁止。デミウルゴスも編集が終わったら牧場建築を優先すること。あと、アウラとマーレをここに呼んでくれ」

「仰せのままに。モモンガ様」

 

「あ、そうだ。モモンガさん。ボクから一ついいかな」

「どうしました?」

「いや、デミウルゴスに確認なんだけど」

 

 やまいこの突然の問いにデミウルゴスは眼鏡を光らせると一礼する。

 

「はい、何でしょう? やまいこ様」

()()()にビーストマンは居るかい?」

 

 その問いにデミウルゴスは僅かに微笑む。

 

「いいえ。残念ながらまだおりません」

「そうか。じゃあ、アルベド。立案に当たってビーストマンの生け捕りも考慮するように。具体的な数に関してはデミウルゴスと相談して」

「畏まりました。やまいこ様」

 

「ふむ。では、状況を開始せよ」

 

 守護者が一様に礼をすると、行動を開始する。

 モモンガは宰相に向き直ると、改めて立場を表明する。

 

「宰相殿。聞いての通り、我々アインズ・ウール・ゴウンは竜王国と友好的な関係を築きたいと思っている。そこで今回、ドラウディロン女王からの親書に応え、貴国に侵入したビーストマンを追い払う事を約束しよう。その働きを以って我々が用意した共存協定に関して協議して欲しい。決して悪い話ではないはずだ」

「はい! お力添え感謝いたします!! 協定の件、謹んでご検討させていただきます!!」

「では、こちらの準備が出来るまでゆっくり休んでいてくれ」

 

 モモンガはユリに宰相を客室へと案内させると、自らは再びカッツェ平原へと旅立つのだった。


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